11月の歳時記【日本の年中行事・祝日・記念日】

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十一月/霜月【文化の日/立冬/酉の市/七五三/ボジョレー・ヌヴォー解禁/えびす講/勤労感謝の日】「今日は〇〇の日」って…何の記念日?何で休日?何をする日?…知ってる様でちゃんと知らない「特別な日」特徴や意味・由来・起源など…日本文化と暮らしの雑学。

十一月(霜月 しもつき)の暦【年中行事・祝日・記念日】

11月3日 文化の日
11月7日ごろ 立冬
11月酉の日 酉の市
11月15日 七五三
11月第3木曜日 ボジョレー・ヌヴォー解禁
11月20日ごろ えびす講
11月23日 勤労感謝の日(新嘗祭)

文化の日【11月3日】

<国民の祝日> 1948年 祝日法制定時〜
1873〜1911年 天長節(明治天皇誕生日)
1927〜1947年 明治節意義:自由と平和を愛し、文化をすすめる

11月3日は平和と文化を重視した「日本国憲法」が1946年に公布された日。

この日、皇居で文化勲章の親授式が行われる。全国の博物館・美術館では無料開放するところがあり、催しも多くなる。またこの時期、文化庁主催の芸術祭が開催される。

晴天の確率が高い「特異日」としても有名。


https://matome.naver.jp/odai/2157118603706160101/2157263912628373303
明治節

1927〜1947年の11月3日

近代日本の礎を築いた明治天皇の功績を偲び、1925年に祝日制定の請願運動が起こった。全国2万人の署名が帝国議会に上げられ、1927年に明治天皇の誕生日である11月3日が「明治節」と定められた。

明治節は当時の祝祭日である「四方節・紀元節・天長節」に追加され、四大節のひとつとなった。

憲法「公布」の記念日

公布日=文化の日 / 施行日=憲法記念日

戦後1946年11月3日「日本国憲法」が公布された。これは、旧憲法(*1)が紀元節(*2)に公布されたことに倣い、新憲法公布を明治節にあわせたとも考えられる。

議会では11月3日を「憲法記念日」とする動きがあったが、日本の憲法と天皇の結びつきを懸念したGHQは強く反対したため、憲法記念日は公布日ではなく施行日の5月3日となった。

しかし当時、明治天皇の人気は高く明治節は日本人の生活に定着していた。GHQはそれを考慮し違う名称での祝日制定を提案。1948年祝日法により、11月3日は「文化の日」として国民の祝日となった。

*1) 旧憲法:大日本帝国憲法(1889年公布)
*2) 紀元節:神武天皇(初代天皇)の即位日、2月11日(のちの建国記念の日)

立冬【11月7日ごろ】

2019年11月8日/2020〜2022年11月7日/2023年11月8日/2024〜2026年11月7日/2027年11月8日

<二十四節気>

太陽黄経225度。冬の初日。
秋が極まり冬の気配が立ち始める日。

「木枯らし一号」が吹く時期。

【 木枯らし・凩 】
晩秋から初冬の間に吹く風速8m/s以上の北寄りの風。気圧配置が西高東低の冬型になったことを示す。冷たく乾いていて「木の葉を落とし枯らしてしまう風」という意味がある。

酉の市【11月酉の日】

<年中行事・干支・神道・仏教>

関東地方を中心に、鷲神社(おおとりじんじゃ)などの鷲や鳥にちなむ寺社で開催される祭り。
縁起物を飾った「縁起熊手」の露店が立ち並び、寺社から「熊手守り」が授与される。

酉の日は12日毎に巡るため、11月中に2回もしくは3回の酉の日があり、初酉〜3回目までをそれぞれ「一の酉・二の酉・三の酉」と言う。「三の酉」がある年は火事が多いと言われ、熊手に「火の用心」のシールを貼って売り出されることが多い。

【 酉の市 起源 】諸説

☆神道:日本武尊が東征の戦勝祈願を鷲宮神社(埼玉県久喜市)で行い、祝勝を花畑の大鷲神社(東京都足立区)で行ったことから、日本武尊の命日とされる11月酉の日に大酉祭が行われた。

☆神道:日本武尊が11月酉の日、浅草の鷲神社(東京都台東区)に戦勝のお礼参りをした。その際、社前の松に武具の熊手を立て掛けたことから、熊手を縁起物とし大酉祭が行われた。

☆仏教:1265年11月酉の日、日蓮が、上総国鷲巣の小早川家(現・大本山鷲山寺)で国家平穏を祈ったところ、明星(金星)が明るく輝きだし、鷲妙見大菩薩が鷲の背に乗り現れ出た。これにちなみ浅草の長國寺では11月酉の日に鷲妙見大菩薩(鷲大明神)の開帳が行われ、この日に市が立った。

【 地元収穫祭から都市型の祭へ 】

江戸時代、大鷲神社(東京都足立区)近隣の農民による収穫祭が行われ、境内では収穫物や農具・古着などが売られていた。鷲大明神は鶏大明神とも呼ばれ、当時氏子は鶏肉や鶏卵を食べる事を忌み、鶏を神として祀った。参詣人(農民)は生きた鶏を奉納し祭が終わると浅草寺観音堂前に放つのが慣わしとなっていた。
この祭り(酉の日に立つ市)は綾瀬川の水運により、江戸市中からの参詣者も次第に多くなったが、社前での辻賭博が盛大に開帳されたため禁止令により賑わいは衰微する。
かわって、酉の市の賑わいは浅草の鷲神社へと移る。鷲神社の東隣に新吉原があったこともあり、浅草酉の市は盛況を見せた。その後、関東の多くの寺社で酉の市が開かれるようになった。

縁起熊手
元々は縁日の境内で熊手や鍬などの農具を販売していたが、次第に縁起物が農具につけられるようになり今日の装飾熊手になった。熊手は、落ち葉等をかき集める道具であることから「福(運や金銀)をかき込む」また、鷲が獲物をわしづかみする爪を模したともいわれ「福徳をわしづかみする」という意味が込められている。
購入の際、買った(勝った)まけた(負けた)と気っ風の良いやり取りをし、値切った分を店へのご祝儀にすることが「粋な買い方」とされ、商談が成立すると威勢よく手締め(三本締め)が打たれる。

七五三【11月15日】

<年中行事・神事・二十八宿・陰陽思想>

7歳の女子・5歳の男子・3歳の女子(または男女)の成長を祝う。晴れ着を着て神社などに参拝し、無事な成長のご報告と感謝、将来の幸福と健康を祈願する。

江戸時代に始まり、正式には旧暦の数え年で行う。
明治の改暦以降は新暦11月15日に行われ盛んになった。現在では11月の休日に満年齢で行なうことが多く、寒冷地では1か月早めて10月15日に行う慣習もある。

【 古来の七五三 】

現代、7歳・5歳・3歳での行事を「七五三」と称した一つの(同じ)行事として行われるが、元々はそれぞれの年齢での異なった行事であり、行事日も違っていた。(関東圏)

数え年3歳「髪置 かみおき」:髪を剃ることを終了し、伸ばし始める儀
数え年5歳「袴着 はかまぎ」:男児がはじめて袴を着ける儀
数え年7歳「帯解 おびとき」:女児が幼児用の付紐をやめ、幅の広い大人の帯を締める儀

【 七五三の始まり 】行事日=11月15日と年齢=7・5・3歳の由来

1681年の旧暦11月15日、徳川綱吉(江戸幕府第5代将軍)が長男である徳松(2歳で館林城主となる)の健康を祈願し、盛大に催しを行った。これが庶民に広まり、子どもの年中行事になったと言われている。

当時は乳幼児の死亡率が高く「七つまでは神の内」という言葉の通り、子どもをこの歳まで無事に育てることは並大抵なことではなく、神様に託すしかなかった。(前述の徳川徳松は5歳で夭折)

旧暦の15日は二十八宿(*1)の鬼宿日(*2)として最上の吉日とされ、また満月でもあり縁起が良い。旧暦11月は「新嘗祭」が行われる月であり、氏神への収穫感謝に合わせて、子どもの成長に感謝し加護を祈る行事が定着していった。

*1) 二十八宿 にじゅうはっしゅく:天の赤道帯を西から東に28分割したもの。また区分の基準である天の赤道付近の28星座。その区域(星座)を「宿」と言い、月はおよそ1日間に1宿を通過する(宿る)。古代中国で発祥し天文学や占星術に用いられた。
*2) 鬼宿日 きしゅくび:二十八宿の鬼宿(かに座)に当たる日で旧暦の毎月15日。この日は「鬼が出歩かない日」であり、婚礼以外は万事吉である。釈迦(シッダールタ)が生まれた日が鬼宿日であったため吉日になったという説もある。

七五三の年齢は、3歳・5歳・7歳とすべて奇数の年齢である。陰陽思想において奇数は「陽数」で縁起が良い数字とされる。この考え方は江戸幕府(陰陽思想に基づく5節句の制定等)でも定着していたと考えられる。

千歳飴

ちとせあめ

千歳とは「千年」や「長い年月」という意味。
千歳飴は細く長く作られており(規定:直径1.5cm以内・長さ1m以内)紅白に着色され「鶴亀」や「松竹梅」の図柄や「寿」の文字が描かれた縦長の化粧袋に入れられている。
名称・容姿・包装ともに健康長寿の願いが込められている。

【 千歳飴 起源 】諸説

☆大阪:江戸時代初期、大阪(摂津)飴屋の平野甚右衛門が販路拡大のため江戸に出て、浅草寺境内で「食べれば千歳まで生きられる」と触れて「千歳飴 せんざいあめ」を売り出し流行した。

☆浅草:江戸時代中期、浅草の飴売り七兵衛が紅白の棒状の飴を「千年飴」と名付け売り出し流行した。(有力説)

☆神田:江戸時代後期、神田明神前の甘酒屋「天野屋」で「祝い飴」が売られていた。神田明神は千歳飴発祥の地と言われている。

ボジョレー・ヌヴォー解禁【11月第3木曜日】

<外来イベント>

ボジョレー・ヌヴォーは、ボジョレー地区で生産されるヌヴォー(試飲新酒)仕様の赤ワインで、その年に収穫されたブドウの出来具合を確認するための試飲酒である。

通常のボジョレーワイン(*)とは異なり、ブドウ収穫後、急速発酵技術を用いて数週間で醸造され、その年の11月に出荷を済ませる。軽い仕上がりで長期の熟成には耐えられない。

*) ボジョレーワイン:生産地はフランス・ブルゴーニュ地方最南部の丘陵地帯ボジョレー地区で、ガメ種(赤)またはシャルドネ種(白)を使用したものに限られる。更に厳しく生産地・葡萄収穫量・アルコール度数などを定めた「クリュ・ボジョレー」や「ボジョレー・ヴィラージュ」がある。

【 ヌヴォー解禁日と日本 】

元々は、主にワイン業者向けの試飲酒であったが、そのフレッシュな味わいは人気があり、後に一般消費者向けに新酒として大々的に売る販売手法が確立された。「100年に1度の出来」などの過剰なキャッチコピーで、毎年のように最高級の評価がなされている。

各メーカーがどこよりも早くヌヴォーを販売しようと競い合い、ワインとして十分出来上がっていないものが出回るようになったため、1967年フランスAOCは一般販売の解禁日を設定した。

解禁は、販売する国の現地時間11月第3木曜日の未明午前0時である。日本は先進国の中で最も早く解禁の時を迎え、ワインとしては例外的に空輸される。「世界一早くヌーヴォーの解禁日を迎える国 」として、日本のバブル景気には解禁日前夜にカウントダウンイベントが開催されるなど、大きなブームとなった。バブル崩壊で衰退するも1997年頃からの赤ワインブームで再び脚光を浴び、2001年には日本がボジョレー・ヌーヴォー輸出国1位となった。

えびす講【11月20日ごろ】

<祭祀・日本神話>

神無月(旧暦10月)に出雲に赴かない留守神「えびす神」または「かまど神」を祀り、1年の無事を感謝し、五穀豊穣・大漁・商売繁盛を祈願する。

講(*1)のひとつであり、えびす神を信仰する社寺(えびす神社や摂末社でえびす神を祀る社寺)で行われる。また、家庭内祭祀でもあり東日本ではその意味合いが強い。

行事日は旧暦10月20日であるが、新暦の10月20日や月遅れの11月20日(または前後の休日)に催されることが多い(二十日えびす)。また「年の市」と結び付けて12月20日に行う場合もあり、関西では「十日えびす」として1月10日・15日(ごろ)に催される。

えびす講の日は市が立ち魚や根菜などが売られ、たくさんの縁起物(吉兆)を飾った福笹や熊手が売られる。この日に合わせて安売りが行われることも多く、商業祭としてえびす講を行う地域もある。

同時期に開催される「酉の市(*2)」や「誓文払い(*3)」は、由来が異なり「えびす講」とは無関係である。

*1) 講:宗教行事を行なう結社・団体。またその行事や会合。
*2) 酉の市:上記参照。えびす講と同様に「縁起熊手」が販売される。
*3) 誓文払い:京都の冠者殿社(八坂神社の摂社・誓約の神)に参詣し(止むを得ず)偽りの誓文をした身を祓い清める。遊女や商人などが参詣して身を祓い、利益還元の大安売が行われた。

べったら市
えびす講に合わせ、寳田恵比寿神社と椙森神社(日本橋)・恵比寿神社(渋谷区恵比寿)で10月19日・20日に開かれる。地元老舗など約500軒の露店が軒を連ねる。
江戸時代に始まり、元々は「えびす講」に用いる道具や供物を売る市で、後に名物の「べったら漬」を多く売る様になった。
この市ではえびす神に因み、魚(近くの魚河岸で売れ残った干魚など)を売る店も多く「くされ市」とも呼ばれている。

勤労感謝の日【11月23日】

<国民の祝日> 1948年 祝日法制定時〜
1873〜1947年 新嘗祭(祝祭日)意義:勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう

日本では古代より五穀の収穫を神々に感謝する宮中祭祀「新嘗祭 にいなめさい」が行われており、11月23日がその祭日でもあった。
戦後、GHQの国家神道排除の動きで祝祭日は廃止され、1948年祝日法により11月23日は、農業に限らず幅広い全ての労働に対する「勤労感謝の日」として国民の祝日となった。

新嘗祭

にいなめさい

11月23日に執り行われる宮中祭祀。
天皇が即位の礼の後に初めて行う新嘗祭を「大嘗祭 だいじょうさい」という。

天皇が天神地祇(*)に新穀を供え、その年の収穫に感謝すると共に、自らもこれを食す。

稲穂には天照大神の霊威があり、その子孫である天皇が食すことで霊威を身に移し、生命を養う力を得て翌年の豊穣を約束するものとされる。

また、記紀による稲作の起源は、ニニギノミコトの天孫降臨に際して天照大神が稲穂を授けたことであり、大嘗祭と新嘗祭はその再現でもある。

ニニギを体現する(子孫である)天皇が大嘗祭で身に付けた霊威を年々更新することが新嘗祭の意義であるといえる。

*) 天神地祇 てんじんちぎ:天津神と国津神(=全ての神々)。高天原(天上)誕生の神を天津神(天神)、葦原中国(国土)誕生の神を国津神(地祇)という。

【 新嘗祭の歴史 】

古くから日本各地で五穀(特に稲)の収穫を祝う風習があった。また、日本の行政は稲作に重点が置かれ、飛鳥時代に始まった新嘗祭は最も重要な宮中祭祀とされた。

元来、新嘗祭は冬至(新暦12月22日ごろ)に行われていたが、後に旧暦11月二の卯の日に定められた。

1873年の改暦の際、旧暦11月二の卯の日は新暦だと翌年になってしまうため、この年の新暦11月二の卯の日にあたる11月23日に行われ、翌年以降も11月23日が行事日となった。また、同年公布の法令により、この日は同名の祭日(休日)と定められた。

1948年祝日法で11月23日の新嘗祭は「勤労感謝の日」と改称され祭日では無くなるが、宮中での祭祀はこの日に執り行われ、これに合わせて各地の神社では収穫祭が行われている。

戦前までの日本では、新穀を神に献納してから人も食すことが出来るとされ、新嘗祭までは新米を口にしない風習があった。


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参考・引用(文献・website記事)

この記事は複数の文献(website等)を基に作られています。
各文献での物事の意味や起源、解釈等に多少の違いがありますが、ここではそれらの最も一般的で有力と思われる情報を掲載しています。

Wikipedia:https://ja.wikipedia.org
コトバンク:https://kotobank.jp
日本文化いろは事典:http://iroha-japan.net
日本文化研究ブログ:https://jpnculture.net
日本の行事・暦:http://koyomigyouji.com
世界の民謡・童謡:http://www.worldfolksong.com
暮らし歳時記:http://www.i-nekko.jp
起源を紡ぐ 意図の糸:https://fm0817.com
日本神話・神社まとめ:https://nihonsinwa.com
日本の暦:https://www.ndl.go.jp/koyomi
神社本庁:https://www.jinjahoncho.or.jp
こよみのページ:http://koyomi8.com

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2019年12月16日