<閲覧注意>本当にあった怖い話「漬物石」「錆びたかんざし」「美人画」

kent303
<閲覧注意>本当にあった怖い話「漬物石」「錆びたかんざし」「美人画」についてまとめました。

漬物石

これは俺の祖父祖母の家の話で、本当は他人に話してはならない話。
すべて実話なので読んでもらいたい。
ちょっと長くなるが、ご容赦を。

去年の7月のことだ、
俺の祖父と祖母は老人ホームですでに他界していて、
実家を管理する人がいなかったから荒れ放題になってしまっていた。
本来ならば相続の関係で俺の母親の姉(長女)がその実家を引き継ぐはずだったんだが、
なぜか姉夫婦は相続を頑なに拒んで放棄したので、お鉢が俺たちの元へ回ってきた。
その時は田舎の山奥という場所の悪さと、都会暮らしに慣れ親しんでいる姉夫婦のことだから興味も無いのだろうな、くらいに思っていた。
ところが俺の母親も厄介なもんが回ってきた、と肩を落としていた。
ともかくうちで実家の母屋と土地を相続することになったから、両親と俺の3人で実家の大掃除に出かけたんだ。
実家を訪れるのは俺ですら10年ぶりで、本当に山奥のド田舎だった。

(熊が麓まで降りてくるって有名な山の近く)
長い間手入れしていなかったから、門から母屋の玄関までもう草がボーボーで腰近くまで生えていた。
草刈り機を持ってきた親父もさすがに参った様子で、とりあえずみんなで母屋の中に入ったんだわ。
すると蜘蛛の巣と虫の死骸とかでえらい騒ぎで、「亀虫」がそこらじゅうにへばりついていた。
臭いし、汚いし、(何で俺がこんなところを片づけなきゃいけないのか…)とすでに憂鬱になっていた。

掃除しようにも、とても一日やそこらで片づく状態じゃなかった。
とりあえず俺は貴重なものが無いか部屋の中を色々探し始めた。
ガスも水道も電気も止まっているから、懐中電灯片手に作業。
でも貴重品があるはずもなく、ほとんど衣類とかゴミばかりだった。

俺は小学生くらいの時にはよく実家で遊んだが、両親が家を新築してすぐに祖父祖母の元を離れたから、
思い出もほとんど無く、写真とか本とかも片っ端からゴミ袋に詰め込んだ。
母屋は築110年以上経っていると聞かされていたから昔は相当立派なものだったと思う。
さらに祖父には弟たちが何人かいたが、祖父を含めてみんな陸軍の将校だった。(みんな戦死したらしい)
壁とかには木銃?みたいなのもかかっていて、まるで戦時中のような古めかしさを感じた。
だから俺はもう部屋の掃除よりもこの家を探検してみたい気持になって裏庭とか、農具の小屋とか、色々見て回り始めた。

あっちこっち探索していたら、母屋に屋根裏部屋があることに気づいた。
もちろん覗いてみたくなって、近くにあった枝切り挟みの柄で木枠のある天井の板を突き上げて外したんだ。
母親が「そんなところ鼠が這ってるからやめなさいよ」と言ったんだが、下駄箱の上に立って屋根裏によじ登った。
天井裏は確かに埃と鼠の糞だらけで、腐ったあちこちの板の隙間から外の光りが漏れていた。
広さはかなりあったが、めぼしいものは何も無く、かなり昔の農具や風車が転がっていた。
苦労して登ってみたわりには面白いものが見当たらず、俺は少し落胆して降りようと思ったが、
ライトでよく見回していると、屋根裏部屋の壁の隅に「ポスター」みたいなのが貼ってあることに気づいた。
俺は目が悪いのでもっと近くで見ようと、鼠の糞だらけの汚い床を歩いてその壁のところまで寄ってみたわけ。

んで近くでよく見てみると、そのポスターに見えたものは一枚の「張り紙」だった。
紙は黄ばんでいて筆で何か書かれていたが、達筆で俺にはよく読めなかった。
ただ、「大正二年」って書かれているのが読めたから多分、祖父あたりが書いたものだろうと思ったんだ。
ところが不可解だったのは、その紙が何重にもなっていて、米つぶを糊にしたものでしっかり張り付いていたことだった。
見た感じで10枚くらい重ねて一枚一枚が両面くっついているから、(なんか変だな)とは思った。
その紙自体も壁板に糊で張りついていて、とにかくこれが何なのか気になった俺は、
この紙を母親に見せてやろうと隅のほうからゆっくり剥がしてみた。
上手く剥げずに裏の紙が板に残ってしまったんだけど、そこに俺はぞっとするものを見た。

『○○家 ノ?? 開ケルベカラズ ??禁ズ』

記憶にある限り、紙の裏の板に筆の縦書きでそう書いてあった(?は見たこともない漢字で読めなかった)

ある日、私は森に迷ってしまった。
夜になりお腹も減ってきた。
そんな中、一軒のお店を見つけた。
「ここはとあるレストラン」
変な名前の店だ。
私は人気メニューの「ナポリタン」を注文する。
数分後、ナポリタンがくる。私は食べる。
……なんか変だ。しょっぱい。変にしょっぱい。頭が痛い。
私は苦情を言った。
店長:「すいません作り直します。御代も結構です。」
数分後、ナポリタンがくる。私は食べる。今度は平気みたいだ。
私は店をでる。
しばらくして、私は気づいてしまった……
ここはとあるレストラン……
人気メニューは……ナポリタン……

意味も分からず漠然と恐怖を覚えた俺は、剥いだ紙を母親に見せるのも忘れて慌てて屋根裏から降りた。
ちょうど居間で掃除していた母親にこのことを話すと、突然母親は「そんなところにあったかッ!」
と絶叫して玄関に走り出すと、気が狂ったように屋根裏入り口の板を元に戻し始めた。
一体何がどうしたのか状況を飲み込めない俺は、呆然とその様子を居間で眺めていた。
母親は板を元に戻すと、その真下にあった下駄箱を横に倒して俺のところに駆け寄ってこう言った、
「開けたか!?! 見たのか!? 正直に言いなさい!!」
(ハッキリ言って今でもあの時の母親の異常な剣幕は脳裏に焼きついている。完全に人格違ってた)
俺はもうただ「いや、なんも見てない見てない…」と、わけも分からず宥めるように答えた。
あまりにもでかい声出して怒鳴るもんだから、外で草刈ってた父親も飛んできて「どうしたい?」と様子を見に来た。
母親は俺が何も知らないことを確認すると、安堵したあと「バカタレッ!!!」とまた怒鳴りつけた。

事態が収まったあと、俺の弟には話さないことを約束として母親が事情を話してくれたんだが、
母親がまだ子供の頃、この家には「入ってはいけない部屋」というものが存在したらしく、
母親は日頃から両親にしつこくその話をされたのだという。
なんでもその部屋がこの家の何処かにあって、その部屋に入ると祟りに合うと言われていたらしい。
おかげで母親はその部屋のことが幼い頃からすっかりトラウマになってしまって、
朝学校へ行くと夕方になっても外で遊んで家に戻らなかったという。
その「入ってはいけない部屋」は曾爺さんの代からあったらしく、曾爺さんの兄貴だが誰かがとにかく厳しい人で、
自分の子供を折檻するためによく、1メートル四方くらいの箱の中に蓋して閉じ込めて漬物石を乗せていたらしい。
ところがそんなある日、何かの原因でその子供が箱の中で死亡し、夏に葬式が行なわれたという。

この事件以降、家の中ではお重箱や弁当箱、箱という箱の「蓋」がすべていつの間にか外されたり、
鍵をかけてある蔵の漬物桶に何度石を置いても、いつの間にか漬物石がすべて軒下に運ばれるという不可解な現象が起きたらしい。
この怪奇現象の話は俺も生前の祖父から何度か聞かされた記憶がある。
当時はお祓いなどもさんざんしたようで、その箱を供養のために四九日間、家に安置することになったという。
ところが戦争で家の男衆が召集されてゆくと、箱を気味悪がった家族らが「家の中の人目につかない場所」に隠してしまった。
こうして家の構造上、あるはずのない「小部屋」が作られ、そこに収められたという話だ。
結局、部屋の場所だけは祖父祖母も死ぬまで喋らず、娘たちにも話さなかった。
だが俺は、屋根裏のあの紙が貼られてる壁板の周囲だけ外からの陽射しが無かったのを見た、

つまりあの張り紙の奥こそが「入ってはいけない部屋」であり、(母親はそこまで言わなかったが、言いたくもなかったと思う)
何枚も重ねて貼られていたあの紙は恐らく、何重にもする必要があった御札の一種ではないかと思う。よほど強力な怨念があったのかもしれない。
だが恐怖体験はこれで終わりじゃなかった、

その後、掃除を切り上げて3人で家に帰ると、
留守番していた中2の弟が俺らを見るなりこう言った、

「その石どうしたの?」

肌が泡立った。

後で弟に聞いてみたが、俺と母親と父親、

三人揃って大きな漬物石抱えて帰ってきたんだと。

以上ですが、
それ以来、この話は家族の間で一切しなくなった。
触れてはならないものだと感じた。
もちろん実家にはもう近づかないし、
あの屋根裏部屋に何があるのかも考えたくない。
いまでもあの小さな部屋には怨念が漂っていると思う。
漬け物石

錆びたかんざし

まだ学生の頃、いつもバイトのあと彼氏とイチャイチャしながら駅まで帰るっていうパターンだったんだけど、
ある時彼が「どうしてもやりたい。今すぐ」とか言い出して、バイト先は神田だったんですけど、
土日の神田ってほんと人気がなくて、けっこう路地裏とか駐車場とか、平気でやれるかんじだったんで、
時々その辺で青姦しちゃってたんです。もちろん立ちでです。
で、古いかんじの工務店みたいなのと、トタン屋根の車の修理屋みたいな看板の店との間に細い路地があるのを見つけて、
両方廃屋っぽかったんで、この奥でやっちゃおうってことになりました。
石畳の薄暗い路地に、まずは彼氏が入っていきました。わたしも少し時間差で人通りが無いのを確認してから続きました。
外から見た以上に通路は真っ暗で、突き当たりは反対の通りのビルかマンションの建設現場で、
ブルーシートがかかってました。あ、これは楽勝でけっこう安心して出来るな、なんて思ってたら、奥から戻ってくる彼とぶつかりました。
「余裕じゃん」

て言ったら、「しゃべるな、しゃべるな」って彼が鋭い小声で言って、わたしの手を掴みました。
それでものすごい勢いでわたしを引っ張って戻るんです。??とか思ったけど、
いつも明るい彼のただならない様子に、黙って従いました。

工事現場に人でもいたのかな?って振り返ろうとしたら、「振り向くな」って彼が言いました。
うしろでかすかに、じゃりって土を踏む音が聞こえました。そのとき、ものすごい勢いで全身に鳥肌が立ちました。
なんでかはわかりません。何かを理解して鳥肌がたったとかではないです。
同時に、からん、と何か硬いものが落ちる音が聞こえました。
彼が手を強く引っ張りました。わたしも早足で下を向いて歩き、
そしてついに路地から通りに出たところで彼が走りだしました。

わたしも全力で走り、神田駅の見える大通りまで来て、やっと彼が止まりました。
二人とも息がすごく上がってたけど、必死さと緊張でそこまでくるまで気づきませんでした。
「なに?なにがあったの?」と聞くと、彼がちらっと後ろや横を振り返って、
「いや、やばい。とりあえず電車に乗ろう。人が一杯居るところにいきたい」と言うので、二人でJRに乗りました。

切符を買う彼の顔は真っ青でした。わたしも同じだったと思います。
ちょっと前まで発情しまくりで、お互い股間を熱くしてたのが嘘のような冷えっぷりです。
改札を通ると、彼も少し落ち着いたようでした。
いつもはわたしの駅まで送ってくれるのに、「今日はお前、お母さんに迎えに来てもらえ。
俺もそうするから」と彼が言って、(二人もと実家だったので)、結局そのまま話は無く、それぞれ親に迎えに来てもらって(笑)帰りました。
で、家についてしばらくしてから彼から電話がかかってきて、何があったのかをやっと話してくれました。

あの細い路地を入っていったとき、両脇は廃屋で裏は工事現場で、これは余裕、
今後の青姦スポットとしてキープだ、とか思ったらしいんです。(私も同じことを思っていたので)
路地は突き当たりで曲がるようになっていて、そうすると少しばかりのスペース(工務店のほうの裏庭だったっぽいと彼は言ってました)があり、
そうしたら、その土の上に裸の人がこっちに背を向けて体育座りをしていたって言うんです。

一瞬、廃屋じゃなかったんだ、やばい、でも裸かよ、とか思ったらしいんですけど、
抱え込んだ膝に上に頭を伏せていたその人が彼の気配に気付いたのか、顔をあげたらしいんです。
「顔は見なかった。あのまま見てたら振り返ったんだと思う。でももう頭を上げた瞬間に引き返した」と彼は言いました。
その人(?)は、頭が通常の人間の3倍くらい横に長く、髪の毛はまったく無くて、
「フアァ・・」ってあくびするみたいな何か言うみたいな変な声を出した、って言ってました。
その声で、絶対やばいもんだと確信したらしいです。「俺さあ、霊感とか全然無いしさあ、金縛りだってあったことねーのに。

でもあんなの初めて見た、絶対やばかった。今でも震えが止まらない」って言っているのを聞いて、わたしもまた鳥肌が立ってきました。
「てっちゃん(彼の仮名)が怖かったからびっくりしたけど、わたしもすっごく怖かったよ。後ろでじゃりって足音したよね・・・」
「ごめん、もういいよ、あんましゃべんねーほうがいいよ。もう忘れよう。ごめん、今度からちゃんとホテルでやろう」と彼が言って、
その瞬間、あそこでからんと音がきこえたのを思い出し、はっとなってバッグの中を見ると、案の定無くなってたんです、
彼に買ってもらった髪留め(洋風のかんざしみたいな)が・・・やっぱり落としてたんです。

でも、あそこで落としたなんていえないから、もうこれは平日の昼間、人通りがあるときに自分でとりにいこう、と決めました。
けっこう高いやつだったし、気に入っていたので、怖い気持ちはもちろんあったけど、昼間なら大丈夫、と思って、
結局次の日、大学に行く前に、おばあちゃんの数珠(笑)とお守りとか塩とかを持って、その場所に向かいました。

朝の神田は、やっぱり人がたくさん居て、普段うざいオヤジとかサラリーマンさえも、大事にいとしく思えるくらいでした(笑)
で、問題の場所についに差し掛かりました。通勤のサラリーマンの行列に混じって。
そうしたら、なんと驚いたことに、工務店のほうは廃屋じゃなかったんです
。やってるのかは怪しかったですが、とりあえず引き戸が開いていて中に軽トラが入ってるのが見えました。
やってるとは思わなかったんで、どうしようと行列からはずれて迷っていたら、
例の路地の奥からおばあさんがほうきとちりとりを持って出てきました。
そうして工務店の前を掃除し始めました。しばらく見ていたら、ふと目が合って、おばあさんが手を止めてわたしをじっと見てきました。

もうこうなったらと思って、「すいません、昨日か一昨日くらいに、このへんで金色のかんざしみたいなクリップみたなのを落としちゃったんですけど無かったですか?」
と近づきながら聞いてみました。
おばあさんはじっと相変わらず私を見ていて、ちょっと一瞬怖くなったけど、別段昨日みたいなこの世ならぬ寒い感じはしなかったし、明るくて人通りもたくさんです。
「いつ?あんたここの道入ったの?」とおばあさんが言いました。「いや、入ったってほどではないんですけど、ちょっと酔っ払ってたんで・・」と言葉を濁したら、
「かんざしなんて無いよ。このこと?」と、緑の大きなちりとりの中に、葉っぱとかゴミと一緒に入っているのを指指しました。
「あ!これです」って手にとった瞬間・・・金色のメッキでビーズがついていたクリップは真っ赤に錆びていて、触った瞬間昨日の鳥肌がまた立ちました。

「こんなに汚れっちまって、そんでもいんならいけど、いらないんなら置いてきな。ばあちゃんほかしといてやるから」(なぜか関西弁?)とおばあさんが言いました。
気に入っていたし、たぶん手にとった瞬間の鳥肌が無ければあれだけぼろくても持って帰ったと思います。
でもすごくいやなかんじがして、持ち帰りたくないと強く思いました。
「・・すいません、じゃあこのまま捨ててください」「酔っ払いだかなんだか知らんけど。ここ私道だからね。もう入ったらだめだよ」とおばあさんが言いました。
人通りはたくさんありましたが、来たことを後悔していました。早くその場を立ち去りたくてたまりませんでした。
おばあさんに挨拶もそこそこに帰ろうとして、一瞬ちらっと振り返りました。
おばあさんはほうきとちりとりを持ったまま、さっきまでとは別人のように怒りの表情を浮かべてわたしを見ていました。
路地の奥が少しだけ見えました。通路のむこうに、内股すぎる頭の大きな人が曲がって消えていくのが見えました。
錆びたかんざし

美人画

初めまして。私は都内で古美術を扱い、口を糊している者です。
さて、この仕事をしていますと色々な不可解な事象に出くわしますが、
今回は御挨拶も兼ね、今迄で一番強烈だった話をしたいと思います。

3年前のことです。私は稲城市のとある大きな農家から土蔵の整理を
召し使いました。なんでも息子さんが事業を始めるのにまとまった
入り用が欲しいとの事です。私は早速その立派な倉の中を相棒と物色
し始めました。めぼしい物を査定していると突然、相棒が「ほう」と
呟きました。何か面白い物でも見つかったのかと思い、相棒の元に
行ってみると相棒は一枚の絵画に見入ってます。
「狩野派だな?」「ああ間違いない」「誰だ?」
相棒はそれが入っていた箱の裏書きをみていましたが、何も書いてありません。

「無名か?」「いや暗くてわからん。でも調子から視て江戸中期だろう。
明和か安永か」「いずれにしても明るい所で落款、花押(署名)を調べないと」
私達は表に出て、改めてその絵を見つめ直しました。
絵は目が覚めるような美人画。流石は狩野派、線は堅くとも色使いは鮮やかです。
しかしどこを視ても、透かしても署名の類いはありません。
「無名だが、これは大した物だぞ!」「早く帰って調べてみよう!」
私達は相応のものを倉主に支払い、他の二足三文のがらくたと一緒にその絵を
持ち帰りました。その後その絵がもたらす不幸など考えもせずに…。

さて、稲城からの帰途、車の中で私達はあれこれ絵のことについて
話し合いました。狩野派は江戸画壇界でも保守派で知られています。
作品の対象は殆どの場合、風景や動物、静物等です。
しかし、江戸の文化の本流が侍から町人に移るにつれ、絵の対象も
役者絵や美人画、応挙にみる幽霊画などに変わっていきます。
浮世絵文化の台頭です。しかし、狩野派はそれを由としませんでした。
そんな格式ばった狩野派を嫌い、狩野派を密かに抜け野に下った才能ある
若い絵師が当時沢山いました。これで絵が無名なのも理由が分かります。
「もしかして英山かもしれないぞ!」「まさか!!」
そんなことを話ながらふと、車の外に目をやると普段と全然違う光景が
目に飛び込んできました。(ここは? …下町だ!)私達は何故か
深川の辺りを走行していました。私は驚いて相棒に聞きました。
「お前…外苑で高速降りたよな?」「ああ…なんでこんな所いるんだ?」
相棒も首をかしげるばかりです。外苑で高速を降りたのは記憶にある。
ほんの五分くらい前の事です。で、何故深川にいるのか?
私達は狐に摘まれたような思いで、車を店のある港区某所に向けました。

さて、店に戻った我々は改めてその美人画を見つめ直しました。
絵は女が立て膝でだらしなく座っている様を描いてます。
女は下級遊女でしょう。乱れた高髷に簪が1本、櫛1本。ほつれた髪が
艶かしい。麻の衣は細い縦縞に朝顔の図柄。これをざっくりと羽織り、
帯を無造作に腰に巻いている様は夏の情事の後でしょう。
裾が乱れ真っ白な太股が見えます。まるでその奥の秘所迄見えそうです。
女は袂で顔を被い、口元は見る事は出来ません。
「……………」
私達は言葉を失いました。乱れ髪の描写の細やかさ、螺鈿の櫛の緻密さ、
着物の鮮やかさ! これだけの仕事ができる絵師は一体何者でしょう?
…ただ…何か…嫌な…落ち付かない感じがするのです。
深夜、何も理由がないのに急に不安がもたげて来る…そんな感じです。
理由は“目”でした。我々に流し目をくれる切れ長の細い目のその眼は、
針の先で突いた点の様に小さいのです。

相棒も同じ事を感じていたのでしょう、さっと絵を巻取ると、元の箱に
納めました。そして私に言いました。
「なんか…なんというか…」「嫌な感じだろ!?」「うん…ちょっとな。
もう遅いし今日はここ迄にするか」
たいして遅くもないのに相棒はそう言うと、さっさと車に乗り込み、
帰宅して行きました。私も店の照明を落とし、自宅のある2階へと戻った
のです。そして変異はその夜から起り始めました。

その夜の事です。私は祖母の夢を見ました。私が生まれる前に逝去し、
会ったこともない祖母ですが、仏壇の遺影と同じ服装で祖母だと
分かりました。一つ違うのは遺影の祖母は白黒写真ですが、目の前の
祖母はカラーでした。
祖母が悲しそうな顔で私に話し掛けようとした瞬間、けたたましい
電話のベルに飛び起きました。電話は相棒の奥さんからでした。
「こんな遅くにどうしたんですか?」

「○○(相棒の名前です)が…交通事故を起こして…意識不明の重体で…」
泣きじゃくる奥さんを制して事情を聞くと、相棒は車で電信柱に突っ込み、
頭を強打して頭蓋骨骨折。今、病院の集中治療室で生死の境を彷徨っている
とのことです。
「一体どこでそんな?」「それが深川なんです。何故そんなとこで…」
「深川!?」私はつい奥さんの話を遮ってしまうくらいの大声を出して
しまいました。
「とにかくすぐそちらに行きますので」「いえ。面会謝絶ですので来て
頂いても…容態が変わったらすぐお知らせしますので」
私は重い気持ちで受話器を置き、びっくりして見つめている妻に事情を
話し、眠れぬ夜を過ごしました。幸い容態急変の電話はありませんでした。

翌日はとても忙しい一日でした。まず同僚が入院している病院に行き、奥さんに
見舞金を渡しました。奥さんの話では、峠は越えたが予断を許さない状態とのこと。
その後、同僚の仕事と私のそれを一役でこなし、深夜に疲れ果てて帰宅。床に
付きました。
うなされて(悪い夢ですが、覚えていません)目が覚めると、いつも隣に寝ている
妻がいません。あれっ? っとその時、階下の店から女の泣き声がします。
妻の泣き声です。(なんだこんな時間に!?)私はいらいらしながら階段を降り、
うす暗闇の店の中で泣き咽ぶ妻を確認した時…この時私は始めて、はっきりと
パニックの虫が背中に爪痕をたてたのを、今でも非常に覚えています。
妻は接客用に拵えた店の奥座敷の床の間に伏せていました。そして床の間に飾って
あるのは………あの美人画でした。妻が箱から取り出して飾ったのでしょう。

雲の上を歩くような足取りで私は妻の元へ歩み寄り、その肩を優しくそっと揺り動かしました。
「どうしたの?」
妻は泣きじゃくり私の手をはね除け、いやいやをしながら増々大声で咽びあげます。
私はそんな妻の肩を抱き支えながら、掛けてある絵を外しました

あれ程身も蓋もなく泣き叫んでいた妻は、私が絵を外した瞬間、急にぐったりと、
眠ってしまいました。信じられない程に穏やかな寝息です。
「どうしたの?」
はっとして振り向くと、娘(当時中学1年生でした)が不安そうな顔で見つめて
います。咄嗟に私は、
「ちょっとお母さんと喧嘩して…もう大丈夫だから」と答えました。
娘はまだ不信そうでしたが、納得したのか階上へと戻りました。
娘が部屋に戻って30分後、私は妻をおぶって寝室へ戻り、寝かせ付けたのです。

次の朝、私は明るい妻の呼び掛けで寝不足の目を覚ましました。
娘が学校に行った後、私は妻にさりげなく昨日の夜の事を尋ねました。
妻はニコニコしながら答えます。
「えっ??? 何それ?」
妻はまったく覚えていません。
その日もまず病院を尋ね、相棒の奥さんから相棒の命が助かった由を知りました。
しかも外傷に比べて脳の損傷が全くない事を知り、二人で手を取り合い喜びました。
さてその夜、昨日と全く同じ悪夢が繰かえされました。
私が厳重に隠したあの“絵”を妻は事もなく見つけ出し、床の間に飾っておいおい泣くのです。
この日は流石に娘に隠す事は出来ず、二人で妻をなだめ、寝かし付け、
三人一緒に奥座敷に布団を引いて寝ました。
翌日…妻は変になりました。

朝、私と娘は狼の遠吠えのような声で目を覚ましました。妻です。布団の中で仰向けの状態のまま、
「うおおおおぉおおん!! うおおおぉぉぉぉおおん!!」と獣のような声で哭き、
「しくしくしくしく」と子供のように泣くのです。
私は妻を大学病院へ連れて行きました。診断の結果は脳腫瘍でした。

ただ、ひとつだけ。。。
此所に書き込んだからには気を揉んだ方に話しておきます。
私の店にあるあるものが擬人化して、夢に出て来て助けていただきました。
また、私の店にその絵画に書かれていたある骨董品が現存してまして、
それを深川のあるところに絵と一緒に供養(焼却)しました。
それで落ち着いたのです。今、私の相棒も妻も元気です。
あの悪夢は私の子供をも巻き込んだ大変なものでした(娘はエクソシストの
リンダ・ブレアみたいになりました)。
まぁ、詳しく話す事はできません。それはタクシー事故で知りました。
では、みなさんお元気で! 唐突ですが、察して下さい。
みなさんお元気で! こころより祈ってます
美人画

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2019年03月12日