中元節とは中国の伝統行事の一つで、旧暦7月15日に行われてきました。
日本でも「お中元」と呼ぶ習慣があり、これは平素お世話になっている人に贈り物をする習慣ですが、これはもともと中国の中元節に由来しています。
中元節(お中元)の由来と習慣
昔中国では春節の15日(春節…旧暦の正月から15日目、2度目の満月の日)を「天官大帝の誕生日」とし、これを「上元節」(元宵節とも)と呼びました。7月の15日は「地官大帝の誕生日」でこれが「中元節」、10月15日が「水官大帝の誕生日」で「下元節」と言いました。
中元節(お中元)の由来と習慣
やっぱり上元、下元もあるんですね
暦に関する話しにはたびたび中国の古い思想が登場します。この上元・中元・下元もそうした中国の古い思想の一つである「三元論」が根底にあります。
お中元(No.0740)
後に民間において、7月15日は地府(地獄)の門が開き、死者の霊魂が赦される日だという言い伝えがあり、そこで中元節はだんだんと「鬼節」(死者の日)という意味を持つようになりました。またこの日は仏教の「盂蘭盆会(うらぼんえ)」(いわゆるお盆)とも重なり、こうして7月15日はこの二つの行事が習合し(異なる神々や宗教的教義が同一化すること)一体化して日本にも伝わりました。
中元節(お中元)の由来と習慣
中元節はお盆の行事などとともに日本に伝わりますが、江戸時代からお盆に供物などの贈り物をする習慣が生まれ、こうして「お中元」と言えば「夏の贈り物」を意味するようになっていきました。
中元節(お中元)の由来と習慣
この内の中元は死者をあがなう日として先祖の供養が行われており、日本のお盆のシーズンと合わさって感謝や気遣いの習慣へと変わっていったと言われています。
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三元(さんげん)とは、1年の中で上元(じょうげん)・中元(ちゅうげん)・下元(かげん)の3つの日の総称である。雑節とすることがある。
元々は中国の道教の行事である。
三元 – Wikipedia
あわせて三元というんですね
三元を司る3神を三官大帝(中国語版)という。三官大帝は龍王の3人の娘と人間の陳子椿とのあいだに生まれた、龍王の孫である。彼らの誕生日が、三元として祝われるようになった。
三元 – Wikipedia
竜王の孫!なんかすごそうですね
上元
中国では元宵節、元夕などと言い、この日を中心に色取々の灯籠を灯して夜祭を行った。
この日に小豆粥を食べると、その年の疫が避けられると言われる。
日本では、1月15日は小正月に当たった。ただし、改暦後の日本では小正月は新暦1月15日に移動する場合もある。
三元 – Wikipedia
小豆粥をたべる風習は日本にも伝わっていますね。
中元
元々道教では、中元は人間贖罪の日として、一日中火を焚いて神を祝う風習があった。のちには、死者の罪を赦すことを願う日となった。
中国仏教ではこの日に、祖先の霊を供養する盂蘭盆会(うらぼんえ)を催す。中元と盂蘭盆会は習合し一体化している。
三元 – Wikipedia
道教と仏教が習合したのが現在の形なんですね
下元
古代中国においては先祖の霊を祀る行事だったが、後に、物忌みを行い経典を読み、災厄を逃れるよう祈る日となった。
日本ではこの日に行われる行事や「下元」と称する行事はないが、この前後の日に、収獲を感謝する十日夜(とおかんや)、亥の子などが行われ、日本に伝わった下元が各地の収獲祭と結び付いたものと考えられている。
三元 – Wikipedia