解説
U2のアルバムの中でももっとも人気がなく、評価の低いアルバム。定説ではBoyツアーの1981年3月22日ポートランド公演の後、ボノが歌詞を書いたノートなどが入ったブリーフケースを紛失し、それがアルバムのレコーディングに支障を来して不満足な出来に終わったということになっている……が、果たしてそうなのか? この点について異議を唱えているのがこのアルバムのプロデュースを担当したスティーブ・リリーホワイトで、彼は「当時U2のメンバーは歌詞をまったく重視しておらず、ボノがマイクの前に立って即興で捻りだしていた。歌詞を書いたノートがあったとしても、そんなものはメモ程度のもので役に立つものではなかったのではないか?」という趣旨のことを述べている。またエッジもU2 by U2の中で「ツアーが入っていざスタジオに入ってもなにも思い浮かばなかった」とうっかり漏らしている……これらの話を総合すると早くもネタ切れに陥ったというのが真相だろう。
そしてアルバムのテーマは信仰。当時ロックと信仰の狭間で揺れ、ボノ、エッジ、ラリーはバンド脱退まで考えたという当時の彼らの心情がそのまま表れている。後にボノは「Octoberはほとんどのバンドが無視している分野に立ち入っている」と自画自賛しているが、当時、ロックに宗教を持ち込むことは非常にダサいこととされており、事実、ボブ・ディランが1979年~1981年にかけてSlow Train Coming、Saved、Shot of Loveのいわゆる宗教三部作を発表した際は大きく評判を落としたものである。U2もそうなりかねなかったのだが、1981年8月16日Thin Lizzyのスレーン城公演で前座として登場し、October収録曲を初披露した際、オーディエンスに暖かく迎えられ、ホッと胸をなでおろしたのだという。
アルバムタイトルのOctoberは理想主義よりも物質主義が蔓延る80年代に文明の黄昏を感じたことから、そう名づけられ、元は曲のタイトルだったが、アルバムのタイトルにもなった。
プロデューサーはBoyに引き続いてスティーブ・リリーホワイト。当時リリーホワイトは同じアーチストを二度プロデュースしないというポリシーを持っていたのだが、バンドが新しいプロデューサーを探している時間がなかったので、例外的にプロデュースを担当したのだという。彼はアルバムの出来にはさほど不満はないのだが、レコーディング前に曲をライブで練り上げたBoy収録曲と違って、レコーディングの際に作ったOctober収録曲はスタジオヴァージョンよりもライブヴァージョンのほうが断然いいという不満を抱えているのだそうだ。
また前述したように人気・評価ともに低い本作であるが、当時まだ自分の技術に自信がなかったアダムが泣きながらベースを弾いたというだけあって、アダムは全曲ベストアルバムに入れたいぐらいお気に入りなのだという。またBoyに比べて音の空間を生かした曲作りがされており、前作ではどこか一本調子だったエッジのギターも自由自在に唸っており、そのエッジがピアノを弾いていたり、イリアンパイプがフィーチャーされていたり、細部に工夫も見られる。
ちなみに当時のアルバムのセールスは可もなく不可もなくというもので、アイランド・レコード内ではU2との契約を打ち切る話も持ち上がったらしいのだが、社長のクリス・ブラックウェルの反対により、なんとか首の皮一枚繋がった。
ジャケット
デザインはスティーブ・アルビニ。
スタジオ近くのダブリン運河で撮影した。All That You Can’t Leave Behindの際もこのあたりでジャケット用の写真撮影をして、アルバムのタイトルもGrand Canal Docksにする案もあったが、結局、ボツになった。
レコード会社はこのジャケットに難色を示したが、バンドは自分たちの意見を押し切った――が、今となってはレコード会社ほうが正しかったと考えているようで、U2のアルバム史上最低の作品という定評を得ている。
収録曲
1. Gloria
https://matome.naver.jp/odai/2153597867835617601/2153611709784798603
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:スティーブ・リリーホワイト
・チャート:IRE10位 UK55位
Octoberからのセカンドシングル。
Gloriaとはラテン語でGlory(神の栄光)の意味。ボノはラテン語を話せず、教会でほんの少しだけ単語を覚えた程度(ちなみにBono Voxとはラテン語で「いい声」という意味である)。だからレコーディングの際に突然口からGloriaという言葉が出てきた際も意味がわからず、ラテン語がわかる学生に意味を教えてもらった。歌詞や歌い方にはポール・マクギネスから貸してもらったグレゴリオ賛歌のアルバムの影響があるとのこと。当時、宗教とロックの狭間で揺れていたボノ、エッジ、ラリーの心境を反映し、宗教的な内容となっている。
またパティ・スミスのカバー経由で知ったヴァン・モリソンのGloriaも意識しているとのこと。
アダムが初めてベースソロを披露している。
僕はこの曲の歌詞が大好きだ。すぐにできたんだ。この曲は言語というものをもう一度見つめ直すこと、つまり、言葉で喋りつつ、言語以外の方法を探ることを表現している曲だと思う。I try to sing this song… I try to stand up but I can’t find my feet.という歌詞はラテン語的であり、賛美歌的でもある。最後にラテン語のコーラスで盛り上がるところは凄いね。いまだに笑ってしまうよ。素晴らしいほど馬鹿げていて、壮大で、オペラ的な曲だ。もちろんGloriaはヴァン・モリソン的な意味で女性についての曲だ。アイルランドのバンドである限り、そのことには自覚的でなければならない。当時の反応は面白いものだったよ。みんな「女性を精神的に扱い、神を性的に扱っている」というんだ。そんなことを言われる前に歌詞は完成していたといのにさ。神のことを歌っているのに女性のことを歌っているなんてことありえるだろうか? けれど今やこの曲は神についての曲といわれているんだ。女性ではなくてね。(ボノ)
Gloria by U2 Songfacts
ロケ地は「October」のレコーディングを行ったウインダム・レーン・スタジオ近くのグランド・セントラル運河に浮かべた荷船の上。当時、PVが珍しかったという事情も相まって、MTVでヘビーローテーションされ、U2の知名度アップに一役買った。
2. I Fall Down
歌詞に登場するジュリーとはニューヨークのリッツでライブした際、ステージに上がってきた裕福な弁護士の娘のことと言われており、後に彼女はアイルランドに渡ってアダム以外のU2のメンバーが入っていた宗教団体シャロームに加わり、元Virgin Prunesのドラマーで当時U2のローディーをやっていたポッドと恋に落ちた……のだが、当のボノはこのことをよく覚えておらず、真相はわからない。
3. I Threw a Brick Through a Window
自分の姿が映ったガラス窓にレンガをぶつけて粉々に割ってしまいたいという自己嫌悪の曲。Boyのテーマの延長線上にある曲といえよう。
4. Rejoice
I Will Followと同じく家庭が崩壊する感覚を歌った曲。
5. Fire
https://matome.naver.jp/odai/2153597867835617601/2153611709784798503
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:スティーブ・リリーホワイト
・チャート:IRE4位 UK35位
・収録曲:
1. Fire
2. J.Swallow
Octoberリリースの三ヶ月前にリリースされたアルバムからのリードシングルで、U2のシングルとして初めてUKチャートにチャートインした。元はSaturday Nightという曲で、Boyの初期ヴァージョンには最後の曲のShadows and Tall Treesの後に隠しトラックとして収録されていたものである。
レコーディングはBoyツアー中に休暇で訪れたバハマのナッソーにあるクリス・ブラックウェルのスタジオで行われた。シングルヒットを意識したそうだが、エッジが「理想と中身が一致しなかった」と語っているとおり、凡曲に終わっている。
6. Tomorrow
ボノはこの曲の作詞をしている際、道端に停めた黒い車がノックされるシーンをイメージしていた。当初は北アイルランド紛争の犠牲者のことだと思っていたのだが、アルバムリリース後、ボノが14歳の時に死んだ母親のことを歌っていることに気づいた。そのシーンは母親の葬式の朝、霊柩車に乗るのをためらった時のものだった。
ボノが直接的に母親のことを歌っている曲はI Will Follow、Tomorrow、Lemon、Mofo、Iris (Hold Me Close)である。
https://matome.naver.jp/odai/2153597867835617601/2153611709784799103
イリアンパイプを弾いているのはヴィニー・キルダフという元In Tua Nua、The Waterboysのメンバーで、シネイド・オコナーやClannadとの共演歴もあるマルチ音楽プレーヤーで、Warツアーでも何度かステージで共演している。
1996年、ボノとアダム・クレイトンはドーナル・ラニー監修のCommon Groundというケルトミュージックのコンピ集でこの曲をセルフカバーしている。
7. October
アルバムのレコーディングに入る前に一部出来ていた曲で、本当はもっと長い曲になるはずだったのだが完成させることが出来ず、こんな短い曲になった。エッジが子供時代以来久しぶりにピアノの前に座った時に出来た曲だそうだ。
8. With a Shout (Jerusalem)
イエス・キリストの磔死をテーマにした曲。
Some Kind Of Wonderfulというダブリンのグループのホーンがフィーチャーされている。
9. Stranger in a Strange Land
曲のタイトルはロバート・A・ハインラインの同タイトルの小説「異星の客(Stranger in a Strange Land)」が由来。
1981年2月Boyツアーの最中、U2のメンバーは西ドイツからベルリンに入った。当時ドイツは西ドイツと東ドイツに分かれていて、ベルリンはベルリンの壁によって東西に分断統治されていた。そしてメンバーがヴァンに乗って壁を通過する際、監視兵が後部席を開けさせたのだが、そこで彼が見たものは寝袋に包まって眠っているU2のメンバーだった。ボノはその自分と同じ年頃の監視兵がどのような人物で、どのような人生を歩んできたのか興味を抱いてこの曲を書いた。
2018年現在ライブで演奏されたことは一度もない。
10. Scarlet
歌詞がRejoiceの一言だけなので曲のタイトルもRejoiceと勘違いしがちだがScarletである。
ポール・マクギネスから貸してもらったグレゴリオ賛歌のアルバムにインスパイアされて作った曲で、アルバムのタイトルの候補でもあった。
11. Is That All?
The Electric Co.をライブで演奏する際、初めに挿入されていたThe Cryという曲を発展させたものだが、ビル・グラハムにもナイル・ストークスにも蛇足と切り捨てられている。
2018年現在ライブで演奏されたことは一度もない。
B面曲
J.Swallo
FireのシングルのB面に収録。スタジオでの実験的音源だったが、B面に収録する際、急遽ヴォーカルを入れた。二時間で作ったらしい。タイトルはリプトン・ヴィレッジのメンバーだったJohnny Swallow(本名Reggie Manuel)の名前が由来。
Octoberのデラックス・エディション収録。
その他
ツアー
アウトアピアランス
■Gloria
・Sound Savers Volume 2 (1989) – Gloria (Live from Denver, CO, Jun. 5, 1983 – Fade In / Out)収録。ライブアルバムUnder a Blood Red Skyのヴァージョン。
・Sounds of the Eighties: The Rolling Stone Collection (1995)
■Tomorrow
・Island Records Pre-Release Limited Edition (1980)
■October
・Island Records Pre-Release Limited Edition (1980)
・They Call It An Accident(1982)- U2初のサントラ参加。October (Instrumental Edit)とOctober (Remix)の二曲が収録されている。
評価
■アルバム
・1981年ホットプレス年間ベストアルバム第6位
・1981年ロッケリア(イタリア)年間ベストアルバム第11位
・1989年バスカデロ(イタリア)80年代のベストアルバム
・2018年アンカットの究極のレコードガイド
■Gloria
・1981年ホットプレス読者が選ぶ年間ベストアイリッシュシングル第4位
・2004年Qマガジンが選ぶグレイティストロックリスト150・U2の偉大な20曲第16位
・2006年National Reviewベスト保守ロックソング第6位
■Fire
・1981年ホットプレス読者が選ぶ年間ベストアイリッシュシングル第2位
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:スティーブ・リリーホワイト
・チャート:IRE17位、UK11位、US104位