ピアノ好きなら知っておきたいピアニスト10人【Part 2】

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ピアノファンなら知っているであろう名ピアニスト10人をまとめました。最近ピアノファンになってもうちょっといろいろなピアニストを知りたいという人にもオススメの記事です。

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クリスティアン・ツィマーマン

ベートーヴェン国際音楽コンクールで優勝後、1975年のショパンピアノコンクールで優勝し、一躍時の人に。現代ポーランドを代表する大ピアニスト。本来であれば調律師が行う整音にも精通しており、調律も自身でこなすほどのこだわり。それゆえに彼の演奏は音響が素晴らしく、録音では彼の魅力は半減してしまう。音の粒がそれぞれ有機的に繋がり、音響美を構築している。派手な技巧を見せびらかすわけでもなく、奇をてらった解釈もしない。真摯に曲に向き合った結果生まれる、上品で紳士的な演奏は、現代の最高レベルのピアニズムに達している。

ダン・タイ・ソン

ショパンコンクール最初のアジア人での優勝者は誰か分かるだろうか。中国人?日本人?それとも韓国人?全部ハズレ。ベトナム人のダン・タイ・ソンである。現在ではカナダに在住しており、日本での知名度はそこそこだが、名演奏家として評価が高い。彼の幼少期、ベトナムは戦争中で、紙の上に鍵盤を書きその上で練習していたという逸話がある。ハノイ音楽院卒だったので、実はショパンコンクールで書類選考で落選しそうになったが、モスクワ音楽院留学の経歴に救われ出場でき、見事優勝したシンデレラストーリーの持ち主。爆撃の音を聴いて育ったからこそ、静寂や雑音の無い純化されたピュアな音の重要性に気が付いたのだろうか。高い技術に支えられた彼の演奏はどこまでも静謐で透き通っている。平和な中でピアノの練習だけしていただけでは到達し得ないピアニズムはあるものだと気が付かされる。

ダニエル・バレンボイム

アルゼンチン出身のユダヤ人ピアニストであり指揮者。南米アルゼンチン出身というと意外な感じがするが(とはいえ10歳のときに建国間もないイスラエルに移住しているが)、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれ、実はパリよりも経済的に豊かだった。国の経済悪化でその後は衰退するが、いまでも文化水準は高い。現代最高の女流ピアニストのアルゲリッチもアルゼンチン出身だ。幼少期に、名指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラーに「天才だ!」と言われた逸話が残っている。腕ごと鍵盤に落すスタイルの演奏なので、重厚な音を響かせる。曲は滑らかに流れ、程よい除情感を携える。通俗的と批判する人もいるが、通俗的だと何か悪いのだろうか・・・?とても聴いていて心地よい演奏をする名ピアニストだ。

ワレリー・アファナシエフ

大ピアニストであるギレリスの弟子。ライプツィヒのバッハ国際コンクール優勝、エリザベート王妃国際音楽コンクール優勝。ロシア出身だが西側に政治亡命している。スローテンポの演奏でまるで夜の森を彷徨うかのよう。物思いにふけるような情緒が漂う。コンサートでは詩を朗読してみたり、彼の持つ世界観へ誘ってくれるが、若干”異様”でもある。実はコンクールでは正統派の演奏だったが、自己の演奏を追求していく中で現在のスタイルになったようだ。しかし、もはや現代のピアニスト(プロではなく音大生ですら)には超絶技巧が標準装備されており、即物的な演奏が多い中、自己の世界観を演奏で表現できる彼こそ、現代において真のピアニストと言えるのではないだろうか。

マレイ・ペライア

リーズ国際ピアノ・コンクールの米国人として初優勝。ペライアの演奏を聴くと、ヨーロッパ的な趣があり、とても都会の喧騒にまみれたニューヨーク出身とは思えないが、音楽院もニューヨークのマネス音楽院に通っており、拠点はずっとアメリカである。音は鮮明で、曲は流れるようであり、新鮮だ。タッチに特徴があり、ほどよく繊細で詩情もある。指を故障したが復活し、リスト等の難曲も披露し、ヴィルトゥオーソ(超絶技巧のピアニスト)としての面目躍如となった。

マリア・ジョアン・ピレシュ

ポルトガルが生んだ女流ピアニスト。7歳でモーツァルトのピアノ協奏曲を公開演奏したという神童で、若くして演奏家として成功していた。”神童ブランド”でその後、演奏家として活躍する人も多いが、ベートーヴェン生誕200周年記念コンクールに出場し、あっさり優勝しているから才能は本物だ。彼女の演奏は、粒のそろった透明な音で、素晴らしい詩情を湛えている。自然体の演奏で、ふと風が過ぎ去っていくかのよう。技巧に溺れて迷走している演奏家と違い、人生を達観したかのような落ち着いた演奏は、聴衆に安らぎを与える。ただ演奏家としては引退して後継の指導に尽力している。

グリゴリー・ソコロフ

ロシアン人ピアニスト、第3回チャイコフスキーコンクールに16歳で優勝。ソ連崩壊前に西側に亡命しているが、それまでは「鉄のカーテン」に阻まれ西側では全く無名だった。西側は亡命してくるソ連のピアニストの演奏水準の高さに度肝を抜かれたというが、ソコロフも西側を驚かせた一人だ。右手は真珠のように粒がそろっているが、それぞれが有機的に連なり旋律を見事に歌い上げる。それを盛り上げるのは深く響く左手だ。鍵盤の上を飛び回る技巧とは異なり、ペダリングやタッチなどを微細に使い分けて曲に色彩を出しているが、あまりの高度な技術に目を見張る。2015年のショパンコンクール入賞者は、感銘を受けたピアニストで、一様にソコロフの名前をあげている。遠いのでアジアへの演奏旅行はしないらしいので、日本ではいまでも伝説のピアニストの一人である。

フー・ツォン

中国における最初の大ピアニストで、ユンディ・リに連なる中国ピアニズムの端緒となった。1953年ブカレスト国際ピアノコンクール第3位、1955年ショパンコンクール第3位入賞。コンサートピアニストとしては日本でも人気が高かったが、もう80歳を超える大御所で、最近は専ら若手の指導にあたっている。父が文学者だったため、中国の文化大革命で犠牲になり、中国には帰国せずロンドンを拠点にしている。父が学校に不信感があり学校は11歳で退学し父が文学等を教えていたという。優しくなめらかな音響の造形がなんとも見事な演奏。呼吸するように自然にテンポルバートし、旋律は大らかに奏でられ、響きは深淵。2010年のショパンコンクールでは、教え子のアヴデーエワが予備予選で落選していることを知ると、抗議して彼女は結局繰り上げ合格となったが、結局、彼女は圧巻の演奏で優勝を飾っている。

ラドゥ・ルプ

ルーマニア出身のピアニスト。名教師ネイガウスの弟子(ネイガウスの孫はショパンコンクールの覇者ブーニン)。ヴァン・クライバーン国際コンクール、エネスコ国際コンクール、リーズ国際ピアノ・コンクールでそれぞれ優勝。演奏は細部まで丹念に描かれ、とても繊細。よく「1000人に1人のリリシスト」(リリシスト=抒情詩人)といわれるように、抒情的な美しい演奏は多くの人を魅了する。クラシック音楽の名門デッカと契約し多くの録音を残しているが、名盤も多く、特に1970年代はデッカの看板ピアニストと知られた。

シフ・アンドラーシュ

ハンガリー出身のピアニスト。チャイコフスキー国際コンクール第4位、リーズ国際ピアノ・コンクール第3位入賞しているが、当時政府によってコンクール出場が強制されていたので出場しただけで、結果は本位ではないらしいが、彼の現在での名声を考えるとコンクール歴なんてたしかにどうでもよくなってしまう。軽やかなタッチながら、抒情的で荘厳な響きを奏でる。端正が取れた演奏である。バッハの再解釈についてはグールド以来とも言われる。クラシック音楽の名門デッカでの録音も多く、特にモーツァルトやバッハの録音が著名で名盤として知られる。

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2018年08月15日