70年代 最強 洋楽ロック・プレイリスト 頼むからこの曲は聴いてくれ!

danasoundmachine

Free – All Right Now(1970年)

http://www.youtube.com/watch?v=siMFORx8uO8
1969年にデビューし1973年に解散した英国のブルース・ロックバンド。今曲は彼らの最初のヒット曲にして最大のヒット曲。ヴォーカルのポール・ロジャースはソウルフルな歌声で70年代の英国ロックシーンを代表するヴォーカリストの一人。後にフレディー・マーキュリー亡き後のクィーンとクイーン+ポール・ロジャースの名で世界ツアーを行った。

The Kinks – Lola(1970年)


60年代の同時代にビートルズやローリング・ストーンズと共に活躍した英国のロックバンドの代表曲の一つ。シニカルな歌詞にフォーキーでモダンなポップ・サウンドの名曲。70年代の英国パンクの連中や90年代のブリットポップの連中に影響を与えた偉大なるバンド。

Derek And The Dominos – Layla(1971年)


エリック・クラプトンは「スローハンド」の異名を持つ60~70年代の英国を代表するロック・ギタリス。クラプトンは70年にアメリカのミュージシャンたちとデレク・アンド・ザ・ドミノスを結成。デュアン・オールマンをゲストに迎えて「レイラ」を録音。デュアン・オールマンのスライドギターとクラプトンのギターの共演はロック史に残る名演。

Yes – Roundabout(1971年)

http://www.youtube.com/watch?v=-Tdu4uKSZ3M
60年代後半くらいからロックの世界にクラシックやジャズの要素も入っていき、楽器やスタジオ機材も進歩し、どんどんテクニカルで難解でプロフェッショナルな技術や知識がないとできないロックソングが誕生し始めた。イエスは英国のプログレッシブ・ロックを代表するバンドの一つで「Roundabout」は初期の彼らの代表曲。

Uriah Heep – Look At Yourself (1971年)


70年代のブリティッシュ・ハードロック初期を代表するバンドの一つ。アルバム『対自核(LOOK AT YOURSELF)』(1971年)は名盤の誉れ高い。

Alice Cooper – School’s Out (1972年)


メイクを施しショーアップされたステージで70年代に大成功を収めたアメリカのロックスター。後のグラムロックやへヴィーメタル、ニューロマンティックなどヴィジュアル系ミュージシャンたちに多大なる影響を与えた。今曲は彼の72年の代表曲で全米2位を記録している。

Slade – Cum On Feel The Noize(1973年)


70年代前半のグラムロック・ムーブメント期に活躍した英国のロックバンド。今曲は彼らの大ヒット曲にして代表曲。バンドは元アニマルズのチャス・チャンドラーに見いだされて彼がマネージャーとなり成功へと導いた。ちなみにチャンドラーはジミ・ヘンドリックスのマネージャーとして有名である。

Grand Funk Railroad – We’re An American Band(1974年)


70年代に活躍したアメリカのハードロックバンドの全米1位に輝いた曲。ポップ寄りのミュージシャンであるトッド・ラングレンをプロデューサーに指名してPOP化したことで大成功を収める。

Bay City Rollers – Saturday Night(1975年)

http://www.youtube.com/watch?v=b6_Ey-a8tIk
スコットランド エディンバラ出身のタータンチェックの衣装を身にまとったバンドで70年代中盤に一世を風靡した。代表曲「Saturday Night」は全米1位にも輝いた。

David Bowie – Fame(1975年)


70年代、デヴィッド・ボウイは創造と破壊を繰り返しロック史に残る偉業を残した。今曲はジョン・レノンと共演・共作しソウル&ファンクを取り入れ全米1位に輝いた。

Thin Lizzy – The Boys Are Back In Town(1976年)


70年代のアイルランドを代表するロックバンド。シングル「The Boys Are Back in Town」がヒットしアメリカやイギリスでもアルバム「Jailbreak」がヒットした。中心人物のフィル・ライノットはアイルランドを代表するロック・アイコンでダブリンの街には銅像もある。1986年にヘロイン注射が原因で36歳で亡くなった。

Kansas – Carry On Wayward Son(1976年)


プログレッシブ・ロックとハードロックの要素が合わさった「アメリカン・プログレ・ハード」を代表するカンサスの代表曲の一つ。

Eagles – Hotel California(1977年)

http://www.youtube.com/watch?v=h7PtlgfHXYo
暗喩に富んだ歌詞やメランコリックなメロディ、美しいコーラスワーク。イーグルスを70年代のアメリカを代表するロック・バンドに導いた代表曲。ちなみにアメリカで最も売れた音楽アルバムはイーグルスのベスト盤である。

Cheap Trick – I Want You to Want Me(1977年)


78年の日本の武道館での公演をアルバムにして日本独自販売し逆輸入の形でアメリカ本国で発売した結果、数百万枚ものセールを記録。”Budokan”の名を世界中に知らしめることとなった。チープトリックはその後、人気が低迷するが、80年代後半に再び人気を獲得し全米1位も獲得する。90年代以降はオルタナティブ・ロックやパワーポップの連中たちにリスペクトされるバンドとなる。

Television – Marquee Moon(1977年)


70年代のアンダーグラウンドなNYパンク・シーンを代表する楽曲。インテリジェンスを感じさせる飾らないスタイリッシュさがカッコイイ。後の90年代のアメリカのオルタナティブ・ロックの連中の多くはモロに影響受けた作品。

The Rolling Stones- Miss You(1978年)


ディスコ・ミュージックが流行している時代にリリースされたストーンズ流のディスコ・ロック。今のところ、これがローリング・ストーンズにとって最後の全米1位のシングル曲である。

Patti Smith Group – Because the night (1978年)


70年代のNYパンクシーンで活躍し、「クイーン・オブ・パンク(パンクの女王)」と呼ばれているアメリカを代表する女性ロック・ミュージシャン。文学や詩、演劇に傾倒しインテリジェンスな世界観は多くのフォロワーを生んだ。今曲は70~80年代おアメリカのロック界を代表するブルース・スプリングスティーンとの共作で彼女最大のヒット曲である。また、近年ではノーベル文学賞を授賞したボブ・ディランの代わりに受賞式に出席し、スミスがディランの曲を披露、スピーチを代読した。

The Knack – My Sharona(1979年)


一度は誰でも聴いたことがある有名なギターリフ。70年代末期に大ヒットし5週連続全米1位を獲得。この曲の成功でビートルズの再来とまでもてはやされたが、その後、スマッシュヒットを放ちはしたがスターダムに昇ることはできなかった。しかし、名曲「My Sharona」は今でも世界中の人たちが今日も愛聴している。

The Buggles – Video Killed The Radio Star(1979年)


歌詞の内容はテレビの登場で仕事を奪われたラジオ・スターの歌手の話。MTVで最初に放送された音楽PVであり、数多くのミュージシャンにカバーされた。メンバーのトレバー・ホーンは80年代に売れっ子プロデューサーとして活躍し、キーボードのジェフ・ダウンズはイエスやエイジアで活躍。

The Boomtown Rats – I Don’t Like Mondays(1979年)


ブームタウン・ラッツはアイルランドのダブリン出身のバンドでアイルランド出身のバンドとしては初めて英国でシングル・チャート1位を獲得したバンドでもある。今曲、「I Don’t Like Mondays(哀愁のマンデイ)」は、1979年1月29日にアメリカのサンディエゴの小学校で当時16歳の少女が起こしたライフル乱射事件を描いた曲で、彼女の犯行動機のひとつが「月曜日が嫌い」だった。中心人物のボブ・ゲルドフは80年代にバンドエイド、2000年代にはLIVE 8などのミュージシャンによるチャリティ活動の中心人物としても有名である。
https://matome.naver.jp/odai/2149715139484045901
2017年06月11日