四女(松本聡香氏 仮名)の経歴
https://matome.naver.jp/odai/2149628260662748201/2149629367369696203
1989年生まれ。
教団の中で最も高いステージである「正報師」の位にあった。
5歳の時に地下鉄サリン事件が起きた。
小学校への通学拒否にあう。学校に通い始めてからは、いじめにあった。
2006年、オウムと密接な関係にある家族から自立したいとして、ジャーナリストの江川紹子氏に後見人になってもらう。
2007年8月、「宗教に戻ります」との伝言を残し、江川氏のもとから失踪。
9月、江川氏は後見人を辞任。
2010年、『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』を出版。
三女(松本麗華氏 実名)の経歴
https://matome.naver.jp/odai/2149628260662748201/2149629367369696403
1983年生まれ。
「正報師」に次ぐ「正大師」の位にあった。
一時は後継者と呼ばれていたようだが、四女が生まれて、後継者説はなくなった。
11歳の時に地下鉄サリン事件が起きた。
小学校、中学校には1日も通えなかった。
多くの通信制高校に入学を拒否され、日出高校が受け入れた。
大学受験には合格するも、複数の大学から入学を拒否される。
裁判を起こして勝ち、文教大学に通い、卒業した。
2015年、『止まった時計』を出版。
四女について
背景事情として、四女の事件の認識、家族や教団との関係をまずは探っていく。
四女のサリン事件の認識
「宗教弾圧だ」。信者らからそう聞かされてきた四女は、15歳になるまで地下鉄サリン事件をはじめ教団の犯罪をまったく知らなかった。テレビや新聞、雑誌を見ていなかったからだ。(産経ニュース 2015.3.16)
【消えない戦慄 地下鉄サリン事件20年(1)】麻原彰晃死刑囚の四女、明かす「父、獄中から教団に指示」 – 来栖宥子★午後のアダージォ
四女の自伝『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』には「私が総理大臣の名前も知らなかったため、恥をかいてはならないと新聞をとるようにもなりました」という記述があり、産経ニュースが本当のことを伝えているのか不明である。
実際に事件のことを知ることになったきっかけ
中学時代、社会科の先生が思わず、「オウムはヒトラーよりましだ」という発言を行い、私はハッとして、これを調べるようになったのです。私はそこで、父の弁護団長だった渡辺脩弁護士が書いた『麻原を死刑にして、それで済むのか?』という本を家の中で見つけ出し、これを読みました。
週刊新潮2008年1月31日号
私が事件のことを知ったのは母の元を離れていた中学2年の時でした。三女宛だったと思うのですが、当時オウムの弁護団長だった渡辺脩弁護士から『麻原を死刑にして、それで済むのか?』という著書が送られてきたのです。
創2014年3月号
1審で麻原に死刑判決が出た後のことだ。中学校で法律について学んだ際に「宗教弾圧で死刑になるのだろうか」と疑問に思い、インターネットなどで調べて初めて事実を知った。(産経ニュース 2015.3.16)
【消えない戦慄 地下鉄サリン事件20年(1)】麻原彰晃死刑囚の四女、明かす「父、獄中から教団に指示」 – 来栖宥子★午後のアダージォ
媒体によって、書かれているきっかけが違っており、実際のきかっけは分からない。
『麻原を死刑にして、それで済むのか?』という本を読んで事件について知ったのは共通しているので、その点は産経ニュースが間違っているか、その本を読んだことを省略しているのかもしれない。
また、教団が起こした事件を知った年齢も媒体により異なっており、どれが正しいのかよく分からない。
家出
https://matome.naver.jp/odai/2149628260662748201/2149629367369697903
こうした教団内部の権力闘争は、私が家出をする直接の原因になりました。(p45)
私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか
母の権力は三女の存在によって成り立っています。私が姉のことを悪く言っているということが母の耳に入れば、母は権力を守るためにどんな手段を使ってくるかわかりません。さすがに殺しまではしなくても監禁くらいはされそうに感じました。私が家出することを決めたとき、母はたまたま外出中でした。私は、急いで荷物をまとめ、家から避難したのです。(p46)
私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか
オウムとの関係を断ち切れない家族に強い違和感を抱くようになり、私は16歳の時に家出をしました。(p162)
私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか
(事件に対する)贖罪の思いを行動に移すには、家族や教団の呪縛から逃れる必要があると感じて、江川さんにすがったのです
週刊新潮2008年9月20日号
同じ本の中でも、家出の理由が違っており、また、週刊誌とも理由が異なっているので、いずれが本当の理由なのかははっきりしない。
家族や教団から離れたいということだったのであろうか。
江川紹子氏が後見人に就任
https://matome.naver.jp/odai/2149628260662748201/2149629367369698603
しかし、その後の四女の行動は不可解である。
彼女がパソコンの中に書いていた文書の数々、彼女と接点のある元信者たちの証言、現役の幹部の話などから、彼女の考えや計画、さらには私には知られないようにとっていた行動が分かってきて、この「もう一つの物語」が見えてきた。
残念ながら彼女の父親を『グル』と崇める気持ちや宗教的な関心は、私が気が付きにくい形で、むしろ深まっていました。
(中略)
教祖の後継者という自覚で行動している者を支援していくわけには参りません
Egawa Shoko Journal: 未成年後見人の辞任について
8月中旬には、「『宗教に戻ります』との伝言を残し、江川さんの下から失踪した」
「失踪後の四女が頼ったのは、父親のかつての弟子たちである。」
「今は九州の元在家信徒の家に身を寄せ」
週刊新潮2008年9月20日号
教団や上祐史浩元代表(44)の新団体の信者らと隠れて連絡をとるようになり、「(宗教的な)啓示を受けた」「救済しなければ」などと信者らに話していたという。四女は今年7月末に行方不明となり、住んでいた部屋には松本死刑囚の教義を肯定する内容の文書が残されていたという。
読売新聞2007年9月13日
四女は、麻原への崇拝の度を強め、一連のオウム事件は宗教的に深い意味があったという見解を持っていた
4.麻原の四女の、著書の誤りについて | 団体総括(本編) | オウムの教訓 -オウム時代の反省・総括の概要-
教団から逃れたいと言って江川氏に後見人になってもらったが、そのウラでは麻原を崇拝する宗教を作ろうとしていたようである。
しかも、地下鉄サリン事件には宗教的に深い意味があったまで述べている。
これからすると、家出の真の理由は自分の教団を作ることだったということになろう。
家出の理由が媒体によって異なるのは、真実を語っていないからと考えるとすっきりする。
では、麻原をグルとして崇める四女が、なぜ、死刑執行をすべきだと言うのか?
麻原は詐病だと言う四女
麻原が1審で死刑判決を言い渡された半年後の16年夏、四女は初めて東京・小菅の東京拘置所で父と面会した。面会は6回ほど重ね、19年3月には自分の名前を呼ばれた。最後の20年6月には「きょうは寒いですけど、体は大丈夫ですか」との問いに、麻原は「きょう、けっこう寒いね」と答えたという。(産経ニュース2015.3.16)
【消えない戦慄 地下鉄サリン事件20年(1)】麻原彰晃死刑囚の四女、明かす「父、獄中から教団に指示」 – 来栖宥子★午後のアダージォ
笑い声に乗じて父が言ったのです。「さとか……」それは私にだけ聞こえるくらいの小さくて懐かしい父の声でした。父は右手で自分の口を覆い隠すようにして、笑い声でごまかすように私の名前を呼んだのです。看守は気づかなかったようですが、私には聞きとれました。いえ、おそらく口の動きが見えていなければ私も聞き逃してしまったかもしれません。もしかしたら、父は私の話をちゃんと聞いて理解しているのだろうか。ふと、そんな気がしました。
私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか
これらのことから、四女は麻原が詐病だと断言。
詐病ではないとする見解も多い
https://matome.naver.jp/odai/2149628260662748201/2149629367369699703
(麻原の部屋には)本や置物など、生活感のあるものは一切、ありません。代わりにあるのは、糞尿でした。床には便が所々に落ち、小便で水たまりができている。すえた臭いの中、僕らは“古いもの”はチリトリで削ぎ落としてトイレに流し、“新しい”ものはモップで拭かなければなりませんでした
東京拘置所「衛生夫」が語った オウム首魁「麻原彰晃」闇の房 / 大道寺将司~午後の一番風呂の“厚遇” – 来栖宥子★午後のアダージォ
今の麻原は自分で用を足せないどころか、おむつを付けていてもなお、不始末を仕出かしてしまう状態。そして汚物が付いたシミだらけの布団で寝ているのです。担当の刑務官もあまりの異様さに呆れ、“このまま執行は出来ないんじゃないか”と呟いていました
東京拘置所「衛生夫」が語った オウム首魁「麻原彰晃」闇の房 / 大道寺将司~午後の一番風呂の“厚遇” – 来栖宥子★午後のアダージォ
精神科医で東京拘置所の医務官を務めたことのある加賀乙彦氏や、精神医学会の重鎮、秋元波留夫氏(故人)らは、麻原を拘禁反応が出ており、詐病ではないと述べている。
100歳の精神科医 松本智津夫(麻原彰晃)被告と接見「長期の勾留で拘禁反応…裁判を受ける能力喪失」(朝日新聞 2006年2月1日)
100歳の精神科医 松本智津夫(麻原彰晃)被告と接見「長期の勾留で拘禁反応…裁判を受ける能力喪失」 – 来栖宥子★午後のアダージォ
「松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚は完全に拘禁反応 治療に専念させ事件解明を」加賀乙彦氏 医師として自信(毎日新聞 2011年11月27日)
「松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚は完全に拘禁反応 治療に専念させ事件解明を」加賀乙彦氏 医師として自信 – 来栖宥子★午後のアダージォ
拘置所の医師、検事も意思疎通が出来ないことをコメントで認めている。弁護人も意思疎通ができない。実際鑑定した3名の鑑定医も意思疎通がとれない。
2006-01-22 – Kawakita on the Web
弁護人や鑑定した医師だけでなく、検事も、拘置所の意思も意思疎通が図れないことを認めている。(検察は意思疎通は図れないが詐病であると主張しているようである)
誰もが意思疎通を図ることができない麻原が、四女の言うように、小声で四女の名前を呼んだりできるのであろうか。
これまで見てきた四女の発言、行動の整合性のなさ、矛盾を考えると、どうも四女には虚言癖があるのではないかと思われる。
四女には虚言癖があるのではないかという仮説が正しいのか、検討する必要があると言える。
三女本『止まった時計』への反論
本はまったくフィクションと言っていい。なかには尊師は凄いと書いてある。オウムを否定する言葉もない。彼女はオウム的な価値観の中で今も生きていると思います。
麻原彰晃の四女が「止まった時計」を批判「全くのフィクション」 – ライブドアニュース
しかし、三女(松本麗華氏)の自伝『止まった時計』には、「尊師は凄い」などと書かれておらず、逆に「父は明らかに幻覚、幻聴があり、一九九三年ごろからは、アメリカから毒ガス攻撃を受けていると本気で言っているように見えました」(p65)と、麻原のことを否定する記述もある。
また、三女は、教団との関係について、「アレフはわたしを敵対視するようになりました」「教団内でわたしのことを『悪魔』と呼ぶようになり」、アレフに対して裁判を起こしている旨、書いており、アレフを否定している。
どうやら、四女には虚言癖があると言ってよさそうである。
なぜ、四女は、麻原を執行すべしと発言するのか?
https://matome.naver.jp/odai/2149628260662748201/2149629367469701403
麻原のことをグルと崇め、地下鉄サリン事件は宗教的に深い意味があったと肯定する四女が、なぜ、麻原の死刑執行をすべきと発言するのであろうか。
虚言癖を前提とすると、心から被害者のために執行して欲しいとは思っていないと考えるべきであろう。
しかし、そうすると、余計に真意を計りかねてしまう。一体、父親を殺して欲しいと発言する意図・目的はどこにあるのだろうか。
ここで四女が、自分の教団を作ろうとしたことが、その謎を解く鍵になるのではないかと思う。
自分が宗教的指導者であるという気持ちが強くなったと江川氏、上祐氏が述べていることからすると、父親がいなくなればその後釜を狙えると考えている可能性もある。すなわち、自分がグルになって教団を作るためには、グルである父親が邪魔であるということである。
マハーグルと称された麻原がいなくなれば、残る者の中で最も宗教的に高位にあるのは四女である(彼女の弟たちは一時、教組とされたが、宗教的な位は付与されていない)。
もし、この推測が正しいなら、江川氏だけでなく父親も自分の目的のために利用したことになる。
あるいは、ホームレス、ネットカフェ難民を経験し、就職しても父親の娘故にクビになったことからすると、単に社会で生きていくために父親の存在を早く消したいという気持ちからそのような行動に出ているのかもしれない。
しかし、それだと発言の矛盾は説明しづらい。嘘を付く必要はなく、事実を淡々と述べるだけで十分であろう。
四女は保身のために、「謝罪」を持ち出していただけと
考える方がすっきりしますね。
わたしの願い への3EMGs6WrsQさんのコメント
四女の謝罪が、保身や注目のためであるとするなら、執行発言も同じ理由だと考えられる。
社会から注目されたい、社会に褒められたいという気持ちから行動していると考えると、説明はつく。確かに、犯罪者であっても親子の情があるのに、父親を執行するように発言すれば、多くの人が褒めるであろう。承認欲求が行動原理だと考えると、テレビに多数出演したり、週刊誌などの取材を受けたりしていること、自らの教団を作ろうとしたことは説明できる。
もし、そうだとするならば非常に怖い気もするが、実のところはどうなのだろうか。
三女(松本麗華氏)について
5歳でオウムの施設に引っ越し、小・中学校にも通わず、ずっと教団の中で生活してきた三女。盲目の麻原の介助で、1日が潰れていたという。長時間麻原と一緒に行動していたので洗脳されており、布教を目的としてマスコミに出たり、本を出版したりしているという意見がある。
その意見が正しいかどうか検討するために、三女の教団との関わり合いなどについて見ていく。
三女は洗脳されていたのか?
ちょうど10〜11歳くらいで、家出を考えていました。「絶対の真理」といった言葉に納得がいかなかった。絶対と言うからには根拠が必要だけど、私が持っているのはオウム側の情報だけ。いろいろ知らないと「絶対」なんて言えない。(中略)
でも、入ってくる情報はオウム側の情報ばかり。それが納得いかなかった
オウム真理教教祖・麻原彰晃の三女アーチャリー・松本麗華さん「単なる人間に、いつかなりたい」
世界中の宗教を巡って、オウムが正しいのか見てみたい(と、教団にいた頃思っていた)
居酒屋むらじゅん_アーチャリー_前後編 【AbemaTV】 – YouTube
幼い頃から、オウムで説かれている教義が本当なのだろうかと疑問を持っていたという。
93年頃、智津夫が本気でアメリカから毒ガス攻撃を受けていると信じるようになったことについては、明らかに幻覚、幻聴だったとアーチャリーは記している。
「今から振り返ると統合失調症などの精神疾患によるものと見ることができるのではないか、とも思います」
オウム真理教教祖の麻原彰晃の三女が手記出版で心境を告白 – ライブドアニュース
三女は、麻原のことを精神病を患っていたのではと述べており、否定的に捉えているようである。
三女と世間との関わり合いは?
武蔵野大学(当時は武蔵野女子大学)、和光大学、文教大学の三つに入学拒否されている。
(中略)
彼女は、文教大学に対する地位保全を求める仮処分を裁判所に申請し、それが認められて文教大学に入学。既に卒業している。
オウム麻原三女「入学拒否事件」初の手記。和光大での討論は実現するか(篠田博之) – 個人 – Yahoo!ニュース
高校は通信制高校に通い、いくつかの大学で入学拒否されたものの、最終的には入学が認められ、卒業している。
また、教団にいた期間よりも社会に出てからの期間の方が長いこと、前記のオウムや麻原に対する考え方すると、洗脳されていたという説は成り立たないであろう。
三女と教団との関係は?
公安調査庁が元オウム真理教教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚(59)の三女(31)について、教団主流派「アレフ」の実質的な教団幹部に当たるとみて調査していることが7日、分かった。
麻原死刑囚の三女、アレフ「実質的な現職役員」とみて調査 公安調査庁、教団の観察処分更新請求へ(1/2ページ) – 産経ニュース
わたしは絶対に「現職役員」などではありません。
わたしがアレフの「現職役員」であると公安調査庁に「認定」されたことについて | お父さん分かりますか?
公安調査庁に対して、わたしに対する「幹部」認定の処分の取り消しと名誉毀損の損害賠償請求。
三つ訴訟を提訴 | お父さん分かりますか?
2018年の公安審査委員会の決定でも、松本麗華氏は役員だとは認定せず。
インターネット版官報
アレフの教義を広めようなどとは到底思いません
日本テレビ「NEWS ZERO」
教団からお金を受け取っている?
(受け取って)ないですね。
日本テレビ「NEWS ZERO」
(裁判で三女は)アレフのことを、反社会的でいかがわしい団体だと批判していました。
【速報】麻原彰晃死刑囚の三女・松本麗華さん、本日12月7日に東京地裁で本人尋問に出廷 – さくらフィナンシャルニュース
アレフは今、逆にアーチャリーを敵対視し「悪魔」とさえ呼ぶようになっている
オウム真理教教祖の麻原彰晃の三女が手記出版で心境を告白 – ライブドアニュース
三女は、オウムの後継団体であるアレフを否定しており、アレフ相手に損害賠償請求の裁判も行っている。
これらのことからすれば、布教目的という説は誤りと言える。
麻原の死刑執行回避のためか?
いかにレッテルを貼ろうと、父は詐病ではありません。
父は心神喪失の状態にあり、治療を必要としています。
(http://blog.asahara-kousoshin.info/?eid=52)と、三女は麻原の治療を求める。
父親の病気を訴えることで、麻原の死刑執行を回避しようとしているという意見もある。
麗華さんは本人に事件の真相を語らせるためにも、治療を行い、父が生きているうちに真実を明らかにしたいと考えている。
「父のことは大好きです」”麻原彰晃の娘”アーチャリーを通して考える犯罪加害者家族の人権 | Abema TIMES
わたしはただ父に治療を施してもらいたい。
父が何も語れなかったことにより、いわゆるオウム事件の真相もわかっていません。
わたしは父自身の口から、何があったのか聞きたいです。
このままでは、真相もわからぬまま事件を風化させてしまうことになります。
それでは、教訓も得られず、似たような事件の再発も防げません。
後悔 | お父さん分かりますか?
もしも、父の口から語られた真相が、どんなに残酷で、父がどんなに極悪人だったという話だとしても、真相を知りたいんです。
「父のことは大好きです」”麻原彰晃の娘”アーチャリーを通して考える犯罪加害者家族の人権 | Abema TIMES
とあるように、真相を父の口から聞きたいということのようである。
しかし、
娘の手記出版程度で回避できるほど「死刑執行(阻止)」は甘くもない。
現時点での松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚の刑執行は有り得ない・・・〈来栖の独白2015.6.6〉 – 来栖宥子★午後のアダージォ
とすれば、死刑回避のためという見解も成り立たなくなる。
父がいてくれたから、人を好きになるっていう気持ちを持っている
「父のことは大好きです」”麻原彰晃の娘”アーチャリーを通して考える犯罪加害者家族の人権 | Abema TIMES
何かあった時に、頑張ろうと思えるのは、父の存在があるからです。
「父のことは大好きです」”麻原彰晃の娘”アーチャリーを通して考える犯罪加害者家族の人権 | Abema TIMES
他にも父の存在があったから、いろいろな苦難に耐えてこられたと、三女は述べている。
これらのことからすれば、三女が言う通り、麻原の口から語って欲しいと思っているだけなのかもしれない。