80年代 最強 洋楽ロック・プレイリスト 頼むからこの曲は聴いてくれ!

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80年代の洋楽ロックの歴史的に絶対に聴いてほしい曲と個人的に大好きな曲を紹介。年代順に配列したので音楽シーンの流れを感じてほしい。

Joy Division – Love Will Tear Us Apart(1980年)

今曲はバンド最大のヒット(全英13位)となる。ヒットの直後、ヴォーカルで中心人物のイアン・カーティスは1980年5月18日に首を吊り自殺。享年23歳。ジョイ・ディヴィジョンは70年代末期のパンク・ムーブメント後の英国における最重要ロック・バンドである。残った3人のメンバーは(だれか1人でもメンバーが欠けたらバンド名を変更する約束となっていたため)バンド名をニュー・オーダーに変更し活動を続けていくこととなる。

Blondie – Call me(1980年)

70年代後半から80年代初期に活躍したニューヨークのバンド。ヴォーカルのデボラ・ハリーは当時のセックスシンボル。後に登場し大成功をおさめるマドンナなんかにも影響を与えた。今曲は全米・全英共にチャート一位を獲得した代表曲。

John Lennon – Starting Over(1980年)

1980年12月8日、スタジオ作業を終え自宅アパート前でリムジンから降りた元ビートルズのジョン・レノンは拳銃で4発撃たれルーズヴェルト病院で23時過ぎに死亡した。満40歳没(享年41)。

Journey – Don’t Stop Believin’ (1981年)

70年代中盤にデビューしたジャーニーは当初、インストゥルメンタル曲主体のプログレッシヴ系ロックバンドであった。しかし、77年にヴォーカリスト スティーブ・ペリーが加入し徐々にヴォーカル主体のメロディアスな曲調へと変貌し80年代前半にヒット曲を量産するのであった。

E.L.O. – Twilight(1981年)

70~80年代の前半までヒット曲を量産した英国のバンド。プログレッシブ・ロックの要素とビートルズ的なポップさを融合したバンド。今曲は81年リリースの曲された曲で日本でも時折、CMなどでも使用されてきて、2005年のTVドラマ『電車男』のオープニングでも使用され聴いたことがある人も多いだろう。

Asia ‐ Heat Of The Moment(1982年)

プログレ・ロックのメンバーたちが集まりスーパーグループを結成。しかも、アルバムは9週間も全米1位を記録し年間チャートでも1位を記録し大ヒット。

Duran Duran – Hungry Like The Wolf (1982年)

80年代はMTVの登場で欧州のミュージシャンの曲がアメリカで大ヒットするようになった。第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンというムーブメントである。その中心的存在がDuran Duranであり、ヴィジュアル的にも優れた彼らのPVは世界中で視聴され80年代を代表する英国のバンドとなった。

Survivor – Eye Of The Tiger(1982年)

シルヴェスター・スタローンの監督・主演の映画「ロッキー3」で有名な曲。サバイバーは80年代前半にヒット曲を量産。メロディアスでキャッチーな曲調で産業ロックなどと揶揄されたこともあった。

Donald Fagen – I.G.Y. (1982年)

今曲が収録されたアルバム「ナイトフライ」は初めて完全デジタル録音されたポピュラー音楽のアルバムでもある。緻密で隙間のない完成度の高いサウンド。マイケル・ブレッカー、ラリー・カールトン、リック・デリンジャー、ジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ジョーダン…  ジャズ・フュージョン、ロック界の錚々たるメンバーが多数アルバムに参加している。

New Order – Blue Monday 12 inch (1983年)

前身のバンド、ジョイ・ディヴィジョンのヴォーカル イアン・カーティスの自殺をメンバーが知った月曜日を曲にしたもので世界的な大ヒットとなった。

Frankie Goes To Hollywood – Relax(1983年)

80年代前半を代表するイギリスのプロデューサー トレヴァー・ホーンに見出されデビューし大ヒットした楽曲。SM行為を描写した歌詞や排尿音などが使われていたため多くの放送局で放送禁止となった。

Stray Cats – Rock This Town(1983年)

ネオ・ロカビリーを代表するバンドの代表曲。

Def Leppard – Photograph(1983年)

デフレパードはNWOBHM (New Wave Of British Heavy Metal) ムーヴメントの中心的存在。テイラー・スイフトも彼らのファンで、後年、彼らと共演を果たす。

Billy Idol – Rebel Yell (1983年)

英国のパンクバンドのヴォーカリストだったビリー・アイドルはスティーヴ・スティーヴンスというスーパーギタリストと出逢いアメリカで大成功を収めた。ニューウェーブとハードロック、パンクが高いレベルで融合したサウンドは80年代のロックの一つの理想形でもある。

The Smiths – This Charming Man(1983年)

80年代 英国ロック史における最重要ロックバンド。インディーズ所属で火がつき後進のブリット・ロックの連中に多大なる影響を与えた。

Bruce Springsteen – Dancing In the Dark (1984年)

ブルース・スプリングスティーンはロックの救世主といわれている。84年リリースのアルバム「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」からは多数のヒット曲が生まれ2000万枚状のセールスを記録し、彼は名実ともに80年代アメリカを代表するロック・スターとなった。

Kenny Loggins – Danger Zone(1986年)

トム・クルーズを世界的スパースターにした映画「トップガン」で有名な曲。この曲が収録されたサウンドトラックも世界的な大ヒットとなる。ケニー・ロギンスは80年代のアメリカ映画で数々の曲を手掛け、多くの大ヒット曲を連発した。

RUN-DMC – Walk This Way(1986年)

1975年のエアロスミスの名曲をヒップホップ・グループのRUN-DMCがカバーしエアロスミスと共演し大ヒット。

Sting – Englishman In New York (1987年)

ザ・ポリスで世界的な大成功を収めソロに転向したスティングは、ソロ一作目からジャズに接近していった。今曲は彼のソロ2作目に収録されている初期の代表曲である。

Deacon Blue – Loaded(1987年)

スコットランドのグラスゴー出身の80年代後半から90年代前半にかけてスマッシュ・ヒットを堅実に出し続けたバンド。グラスゴー出身のバンドらしく心地よく爽やかな胸がドキドキするようなメロディーの楽曲が多いナイスなバンド。

U2 – With Or Without You(1987年)

アイルランドのバンド U2が世界的なバンドとなったターニングポイント的大ヒット曲。

Richard Marx – Should’ve Known Better (1987年)

リチャード・マークスはデビュー後、卓越したソングライティングと高い歌唱力で80年代後半に7作連続で全米チャートの5位以内のシングルヒットを飛ばした。その後も90年代中盤までスマッシュヒットを飛ばし続けた。ちなみに彼はデビュー前、ブラックミュージック界のスーパースター ライオネル・リッチーに才能を認められ彼のレコーディングに参加したり、カントリーの大御所 ケニー・ロジャースのバックボーカルを務めたりと下積みを積んでいた。

Roxette – The Look(1988年)

当時、スウェーデンに留学していたアメリカの学生によって「The Look」がアメリカに紹介され、ローカルラジオ局を中心に火がつき80年代後半から90年代初期に大ヒット曲を連発したスウェーデンの2人組。

The Stone Roses – I Wanna Be Adored(1989年)

英国のマッドチェスター・ムーブメントを代表する彼らのデビュー・アルバムの一曲目。80年代を終わりと90年代の始まりを予感させる。90年代のブリットポップ・ムーメントの連中はザ・スミスとストーンローゼズに多大なる影響を受けている。
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2017年06月11日