マイナー血統で活躍した競走馬たち

kalmo55
現代国内競馬の主流血統から外れているにも関わらず、素晴らしい成績を残した競走馬についてまとめました。

現代競馬の主流血統と言えば、ディープインパクトを筆頭としたSS系種牡馬、キングカメハメハあたりに絞られてきた感があります。

今回は、それら主流から外れた「マイナー血統」であったにも関わらず、華々しい戦果をあげた競走馬たちをご紹介したいと思います。

オグリキャップ

父はアメリカ産馬ダンシングキャップ。
母は地方馬のホワイトナルビー。
当時はほとんど名の知られていなかった、無名の2頭から生まれました。

彼のキャリアは地方の笠松競馬から始まりましたが、1987年から1988年にかけて
破竹の14連勝を成し遂げ、一気にスターホースへの道を駆け上がります。
その勢い、突然変異とも言えるマイナー血統からの躍進から「芦毛の怪物」との異名も。

主な勝ち鞍は1988年有馬記念、1989年マイルチャンピオンシップ等。
しかし、一番有名なのは1990年の有馬記念かもしれません。

http://www.youtube.com/watch?v=X9boXtOMfZ8
青帽子の8番がオグリキャップ。

直前のジャパンカップで11着と言う大敗を喫したオグリキャップ。
誰もが衰えを想像していた中、大復活によって有終の美を飾ったレースでした。
ラジオたんぱ白川アナの「さあ頑張るぞオグリキャップ」というフレーズも有名。

ダイユウサク

父はアメリカで生まれ、主に欧州で活躍したノノアルコ。
母は現役時代目立った成績をあげられなかったクニノキヨコ。

元々体質が弱く、デビューも4歳(現基準の3歳)終盤と遅かったダイユウサク。
デビュー以降数戦の内容は惨憺たるものでしたが、キャリアを重ねるごとに少しずつ
能力を開花させて行きます。

6歳(現基準の5歳)シーズン終盤になるとようやく覚醒し、
オープン特別競走や重賞を次々と制覇します。
デビュー当時、10秒以上の差で負けていたことを考えればめざましい躍進です。

そして、1991年の有馬記念。
ダイユウサクは初の中山2500m、高齢という全く買い要素のない状況で参戦します。
オッズは14番人気の137.9倍。ファンからはほぼ見向きもされていない証拠でした。

ところが…

http://www.youtube.com/watch?v=JAXC0AR1URU
黄色の帽子8番がダイユウサク。
後方追走から直線で内へ潜り込むと、鋭く伸びて衝撃の完勝。
勝利から最も遠かったマイナー血統馬が、一年収めのグランプリで頂点に立った瞬間でした。

ミホノブルボン

父はアイルランド産の未勝利馬マグニテュード。
母は地方競馬出身のカツミエコー。
今や知る人も少なくなった2頭の間に生まれました。

ところが、3歳(現基準の2歳)で調教を積むごとに異常な好時計を連発した本馬。

朝日杯3歳ステークス(現朝日杯FS)や皐月賞を連戦連勝で制し、ついにはダービーをも制覇。
菊花賞は僅かな差で破れクラシック3冠こそ逃しましたが、彗星の如く現れ、嵐のように
去って行ったマイナー血統馬として、今でも語り草となっています。

つい先日、2017年2月22日永眠。28歳の大往生でした。

http://www.youtube.com/watch?v=jvA3PgMESC0
橙帽子15番がミホノブルボン。
ただ一頭飛ばし続け、全く他馬を引き寄せない圧勝。
ヤケ逃げではなく、本当に強い逃げ馬でした。

セイウンスカイ

父は悲運のイギリス出身馬シェリフズスター。
母は出走経験の無いシスターミル。

父のシェリフズスターは産駒が活躍していなかった為、本馬が走り出す頃には既に
廃用となることが決められていました。

新馬戦では5番人気ながら、4コーナー先頭からあっという間に突き抜ける競馬で圧勝。
着実に戦績を積んで臨んだ皐月賞を勝ち、さらには3000mの菊花賞を逃げて勝つなど、
抜群のスタミナを誇るタフネスでした。

http://www.youtube.com/watch?v=LKG1uKCqjB4
黒帽子4番がセイウンスカイ。
長丁場の3000mで一度も先頭を譲らず圧勝するという、破格の強さを見せました。
既に種牡馬として失敗と見なされ冷遇されていた父も、少しは救われたかもしれませんね…

メイショウドトウ

父はアイルランド生まれ、フランス等欧州で活躍したビッグストーン。
母はアメリカ産馬のプリンセスリーマ。
やはり血統的な評価はいまひとつで、取引額は約500万円であったと言われています。

デビューから勝ち負けを繰り返しながらも、比較的順調に勝ち上がった本馬。
先団~中団から取引額500万円の馬とは思えない切れ味を発揮していました。

GⅠ戦線に名乗りをあげて以降は名馬・テイエムオペラオーの2着に敗れるレースが続きましたが、2001年、宝塚記念をついに制覇。「メイショウ」冠で有名な松本オーナーに初のGⅠタイトルをもたらしました。

http://www.youtube.com/watch?v=ZXqeSp3cH9Q
赤帽子3番がメイショウドトウ。
早めに仕掛けて先頭に立つと、宿敵テイエムオペラオーを何とか振り切りました。
メイショウドトウ鞍上の安田康彦騎手は、このレースに敗れれば本馬の主戦騎手を降りるという
覚悟を決めていたようで、何としてでも勝ちたいという工夫・想いが伝わる騎乗でしたね。

コスモバルク

父はアメリカ産で1996年アイリッシュダービーの勝ち馬ザグレブ。
母はレース出走経験のないイセノトウショウ。

父の産駒には特筆すべき活躍馬がおらず、母は未出走。
そんなコスモバルクの評価は高いはずもなく、マイネルの総帥・岡田繁幸氏によって
約400万円という安値で購入されました。

地方の北海道競馬から出走を始めた本馬は、中央競馬初戦となった百日草特別を
9番人気で制すると、ラジオたんぱ杯2歳ステークス、弥生賞を立て続けに勝ち、
クラシックレースの皐月賞でも2着に入る等、正に下馬評を覆すような活躍を見せます。

2006年にはシンガポールエアラインズカップで優勝、
地方所属馬としては史上初めての海外GⅠ制覇を成し遂げました。

http://www.youtube.com/watch?v=ewpyo-9E9mQ
赤帽子2番がコスモバルク。
番手からレースを展開、他馬が続々と脱落する中、
最後まで粘り強く足を伸ばし、勝利をもぎ取りました。
五十嵐冬樹騎手のガッツポーズも印象的。

モーリス

父は2008年ジャパンカップを9番人気で勝ったスクリーンヒーロー。
母は未勝利馬メジロフランシス。

血統が地味なことに加え、幼駒時代は特に秀でた点も無く、
ノーザンファームによるセールでの落札価格は約1050万円でした。

デビュー後しばらくは、光るものを持ちながらなかなか力を発揮できない
状況が続いていましたが、堀調教師の下へ転厩すると能力が覚醒。
1000万クラスから7連勝を飾り、一気に名を轟かせることとなりました。

その武器は驚異的なキレを持つ末脚で、特にダービー卿チャレンジトロフィーで
見せたゴボウ抜きは今も語り草となっているほどです。

http://www.youtube.com/watch?v=YhiK2ctkhDo
黄色の帽子10番がモーリス。
この時モーリス自身の上がりタイムは33.0、しかもレースラップを見ると
最後の1F(200m)で10.9という異次元の足を使っています。

ちなみに中山競馬場の1600mコースは一般にミドル~ハイペースからの減速ラップを踏むことが多く、
12.3 – 11.5 – 11.8 – 11.1 – 11.3 – 11.6 – 11.7 – 10.9というラップを見れば、本馬が
いかに異質な足を使ったかということが分かります。

ゴールドアクター

父はモーリスと同じスクリーンヒーロー。
母は主に障害競走で活躍したヘイロンシン。

現代の主流血統から程遠い父母より生まれた本馬は、新馬戦でも11番人気と、
その前評判は決して高くありませんでした。

しかしながら3歳の夏になると徐々に真価を発揮し、
菊花賞では7番人気から3着に入る大健闘。

その後半年以上を休養に充てましたが、その能力は衰えるどころかますます強化。
休み明けからの4連勝で一気に有馬記念を制し、その名に恥じぬ一流馬の仲間入りを果たしたのです。

http://www.youtube.com/watch?v=amJSXX68ljE
青帽子7番がゴールドアクター。
スタートから好位につけると、ゴールドシップの作った乱ペースにも惑わされず
力強く抜け出し、最後はサウンズオブアースとの激しい叩き合いを制しました。
坂で足を持続させるタフさ、要所でのギアチェンジ等多くの要素が要求されたレースと言えるでしょう。

そこまで期待されていなかった血統の馬が、良績を残す。
漫画みたいで、実に素晴らしいですね。

まだまだリサーチ不足で内容の乏しい記事ですが、随時更新を行います。

https://matome.naver.jp/odai/2148810928981537601
2018年10月16日