【寺院】山形「出羽三山」行くならまずはここに行け!!【神社】

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【寺院】山形「出羽三山」行くならまずはここに行け!!【神社】

出羽三山

出羽三山とは月山・羽黒山・湯殿山を合わせた総称。
古修験道の山として古くから信仰を集め、出羽三山全体がパワースポットとされています

羽黒山

羽黒山(標高414m)には、三山の神を合祭した出羽神社の社殿・三山合祭殿が山頂にあります。
参道には国宝五重塔があり、2,446段の石段と杉並木が続き、神聖な雰囲気を漂わせています

大社殿

日本一の茅葺屋根、出羽三山の神々を祀る

月山・羽黒山・湯殿山の三神を合祭した日本随一の大社殿。
厚さ2.1mの萱葺の屋根、総漆塗の内部など、その全てに迫力があって見ごたえ十分。
本殿は度重なる火災にあったが、現在の社殿は文政元年(1818年)に再建したもの。
前方の鏡池は、神秘の御池として古来より多くの信仰を集め、羽黒信仰の中心でもあった。

月山神社

月山は、羽黒山・湯殿山とともに出羽三山をなし、修験道の聖地として信仰を集めています。
山頂に鎮座する月山神社は、近代社格制度における東北で唯一の旧官幣大社であり、守護神、月読命が祀られています。
また月山山頂からの眺めは、庄内平野はもちろん、鳥海山、朝日飯豊連峰、遠く岩木山、八幡平までも望むことができる絶景です。
さらには広大な区域が磐梯朝日国立公園の特別区域に指定されており、そこには庄内町の花クロユリや、本州では月山と尾瀬にしか自生していないオゼコウホネなど、希少な高山植物があちこちに咲いています。
かつて松尾芭蕉が月山に登ったときには、「雲の峯いくつ崩れて月の山」という句を詠みました。

出羽三山の奥の院

「語るなかれ聞くなかれ」という神域で、本宮から先は撮影禁止。

湯殿山は標高1,500mで月山に連なり、伊勢・熊野と並ぶ三大霊場のひとつです。
その北側中腹、梵字川の侵食によってできた峡谷中には、五穀豊穣・家内安全の守り神として崇敬される湯殿山神社本宮があります。
出羽三山の奥の院とも呼ばれ、月山・羽黒山で修行をした行者がここで仏の境地に至るとされています。
湯殿山本宮前が月山への登山口(湯殿山口)で、装束場(施薬小屋)までは急な岩坂、鉄はしごと続き、まさに修験場と呼ぶにふさわしい

まずは霊峰に登る前に、

霊峰とは神仏がまつってあり、信仰の対象となっている山。また、神々(こうごう)しい山。

今回、出羽三山に霊峰参拝するにあたって特に気を付けるのは、霊感がある人は念珠や七五三縄を用意してた方がいいです。

出羽三山には神様もいますが修行で命を落とした者や救われたい霊もいます
よく聞く話では参拝後、それらの霊も連れて帰ったと言う話も聞きます

念珠

数珠は「珠数」「寿珠」などとも書き、全国的に広く普及している法具(仏具)です。
仏教のお経や念仏を唱える際、その回数を数える為に使われることから、念珠とも呼ばれます。
数珠を持ち心を込めて合掌をする事で、御仏と繋がり、煩悩が消え功徳を得ると言われています。

数珠は持ち主を守る厄除け(お守り)であり、仏との縁を示す唯一の仏具です。

七五三縄

弘法大師は高山に登り見渡すと八方に峯立連なり曼荼羅の中央八葉の地あり。 これ故にこの地を聖域と俗界との境とされ葛羅を集めて注連をはり、八葉中台、即ち注連寺境内に護摩壇を築き上火の行を修すると身には白衣、頭には白冠、首には葛羅で結んだ七五三を掛けた八大金剛童子が現れて、大師を湯殿山へと導きました。

行者、湯殿山の参拝者は注連寺にてお祓いを受け、身を清め、八大金剛童子の装束と同じ姿になり湯殿山を目指しました。

江戸時代には月山参拝の八方七口の1つ注連掛口(しめかけぐち)として参拝者で賑わいをみせたが、時が流れるにしたがい参拝の時には、白衣、宝冠は着けずとも七五三縄だけを首に掛けての参拝姿が受け継がれています。

また参拝した後には、自宅の玄関、神棚などに掛けて魔除けのお守りとされています。

七五三縄は湯殿山に参拝するときに宿坊に宿泊しているのなら貸してもらえることもあります

湯殿山 注連寺

注連寺(ちゅうれんじ)は、山形県鶴岡市大網にある真言宗智山派(新義真言宗系)の寺院。戦後、一時的に新義真言宗湯殿山派の大本山として独立していた時期もある。山号は湯殿山。本尊は大日如来。

ここで当時の七五三縄が購入できます

ちなみに映画『おくりびと(英題:Departures、2008年、監督:滝田洋二郎)』のロケ地でもある。

注連寺の天井画

弘法大師が湯殿山を開山した折、堂宇を建て、諸人の祈祷所にしたのが開創と伝えられている歴史ある寺で、森敦の小説「月山」(芥川賞受賞作)の舞台としても知られている。鉄門海上人の即身仏が安置されており、境内には森敦文学碑がある。樹齢約200年の「七五三掛桜」も美しい。

美しい天井画

美術の教科書にも載った天井画
山にこもりながら4年がかりで完成させたものと

即身仏‐鉄門海上人

注連寺には鉄門海上人(恵眼院鉄門海上人)の即身仏(ミイラ)が厨子に納められており、公開されている。山形県内には庄内地方を中心に8体もの即身仏が安置されているが、そのうちの5体が注連寺系とされる

鉄門海上人は1768年(明和5年)鶴岡市の出身で、25歳の時に注連寺第69世の寛能和尚の弟子となり「鉄門海(「海」は空海の海)」の名を戴き一世行人となった。上人の足跡は北は北海道から南は四国にまで及び湯殿山信仰の布教に大きな業績を残した。3000日にもおよぶ苦行を経て弘法大師空海と同一年齢の数え62歳で即身仏になったと伝えられる。この年齢以外の即身仏は伝染病の流行や飢饉などが発生した折、民衆の苦しみの救済を祈願し彼らの苦しみに成り代わって自ら即身仏になったといわれる

出羽三山参りの順序など作法や歴史を教えてもらえるので出羽三山を訪れる前にぜひ立ち寄ると良いと思います。

https://matome.naver.jp/odai/2147963198728862601
2017年07月25日