【閲覧注意】ネットで拾った怖い話《名作》をひたすら張り付ける

dai1201naoao810

コトリバコ

俺、暇なときにまとめサイト見てる者です。
俺自身霊感とかまったくなくて、ここに書き込むようなことはないだろうなぁって思ってたんですが、
先月あったホットなお話を書き込もうかと思いここに来た次第。

一応話の主役の許可は取って書き込んでます。
ここなら多くの人が信じてくれそうなので。
長文かも。(文才もなく長文カキコもほとんどしたこと無いので読みにくいかも)

冒頭述べたように、俺自身にはまったくもって霊感などは存在してません。
なのでこれ、ホントに霊とか絡んでる話かは俺には判別不可。
皆さんに判別してほしい。
会話の内容も、覚えてるものを書いているのでかなり乱文かもしれません。

で、本題。
この話は、霊感の強い友達の話。

その友達は中学生の時からの付き合いで、30手前になった今でもけっこう頻繁に遊んだり、飲みに行くような間柄。
そいつん家は俺らの住んでるところでもけっこう大きめの神社の神主さんの仕事を代々やってて、普段は普通の仕事してるんだけど、正月とか神事がある時とか、ケコーン式とかあると、あの神主スタイルで拝むっていうのかな?
そういった副業(本業かも)をやってるようなお家。
普段は神社の近くにある住居にすんでます。

で、その日も飲みに行こうかってことで、とりあえず俺の家に集合することになったんです。
先にそいつと、そいつの彼女が到着して、ゲームしながらもう一人の女の子を待ってたんです。

その神社の子をM、遅れてくる子をS、俺のことをAとしますね。Mの彼女はKで。

913 小箱 2 2005/06/06(月) 12:58:15 ID:lJdBivui0 しばらくゲームしながら待ってたら、Sちゃんから電話がかかってきたんです。

Sちゃん「ごめんちょっと遅れるね、面白いものが納屋から見つかって、家族で夢中になってた~
「Aってさ、クイズとかパズル得意だったよね?面白いものもって行くね!
「もうちょっと待ってて~~~
ってな感じの内容でした。

で、40分くらいしたころかな、Sちゃんがやってきたんです。
その瞬間、というかSちゃんの車が俺ん家の敷地に入った瞬間かな
Mが「やべぇ。これやべぇ。やべ・・・・ どうしよ・・ 父ちゃん今日留守だよ」
って言ったんです。

俺「ん?Mどうしたが?また出たんか?」
K「大丈夫!?またなん?」
M「出たってレベルのもんじゃねぇかも・・・・ はは・・ Aやべぇよこれ、Sちゃん・・まじかよ」

Mは普段は霊感あるとかオバケみるとか神社の仕事とか、あまり話題には出さないんですが、
たまにこうやって怯えてるんですよ。
俺もSもKも、そのことは知ってるんですがMが突っ込んだ話されるのを嫌がるので
普段はあまり話題にしません。

Sちゃんが俺の部屋まで上がってきました。
Mは顔面蒼白ってかんじで、
M「Sちゃんよ・・・・ 何持ってきたん?出してみ・・・」
S「え?え?もしかして私やばいの持ってきちゃった・・・のか・・な?」
M「うん・・」
S「これ・・・来週家の納屋を解体するんで掃除してたら出てきたん」

そういってSちゃんは木箱を出したんです。
20㌢四方ほどの木箱でした。電話でパズルって言ってたのはこのことだろう、
小さなテトリスのブロックみたいな木が組み合わさって箱になってたと思う。

M「それ以上触んなや!触んなや!!」

その瞬間、Mはトイレに猛ダッシュ「おぅえぇええ。ぅぇえぇうぇええええ」
嘔吐の声が聞えてきました。
Kがトイレに行ってMの背中をさすってやってるようでした。(良い彼女だ・・w)
一通り吐き終えたMが戻ってきました。

Mが携帯を取り出し電話をかけました。
M「とうちゃん・・・・コトリバコ・・・ コトリバコ友達が持ってきた」
M「俺怖い。じいちゃと違って俺じゃ、じいちゃみたくできんわ・・」
M泣いてました。とうちゃんに電話かけて泣いてる29歳・・・
それほど恐ろしいことなんでしょう。俺も泣きそうでした。
M「うん付いちょらん、箱だけしか見えん。」
M「跡はあるけどのこっちょらんかもしらん」
M「うん、少しはいっちょる、友達のお腹のとこ」
M「シッポウの形だと思う・・・シッポウだろ?中に三角ある。シッポウ」
M「間違いないと思う、だって分からんが!俺は違うけん!」
(なにやら専門用語色々でてたけど、繰り返していってたのはコトリバコ、シッポウ
(もっと色々言ってたけど忘れました、ごめん)
M「分かったやる。やる。ミスったら祓ってや、とおちゃん頼むけんね」
Mここで電話を切りました。
最後にMは2分ほど思いっきり大泣きして、しゃくりあげながら「よし」
と正座になり、自分の膝のあたりをパシっと叩きました。
もう泣いてませんでした。なにか決意したようで。

M「A・・カッターか包丁貸してごせや」
(「ごせ」ってのはうちらの方言で、~してくれとかの語尾ね)
俺「お、おい、何するん!?」
M「誰か殺そうっちゅうじゃない、Sちゃん祓わないけん」
M「Sちゃん、俺みて怯えるなっちゅうのが無理な話かもしらんが、怯えるな!」
M「KもAも怯えるな!とにかく怯えるな!怯えるな!!負けるか!負けるかよ!!」
M「俺が居る!怯えるな!怯えるな!」
M「なめんな!俺だってやってやら!じいちゃんやってやら!見てろよ糞!糞ぉおおおおお!」
Mは自分の怯えを吹き飛ばすかのように咆哮をあげていました。
Sちゃん半泣きです・・・怯えきってました。
俺もKも泣きそうです。ほんとにちびりそうだった・・・
S「分かった、分かった、がんばっでみる」
俺もSもKもなにやら分からないけど、分かった分かったって言ってました。

M「A包丁かカッター持ってきてごせや」
俺「お、おぅ・・」包丁をMに手渡しました。
M「A俺の内腿、思いっきしツネってごせや!おもいっきし!」
もう、わけ分からないけど、Mの言うとおりにやるしかありません。
M「がぁあああああがあぐいうううあああ・・・・・”!!!」

Mの内腿をツネり上げる俺。
俺に腿をつねり上げられながら、Mは自分の指先と手のひらを包丁で切りつけました。
たぶん、その痛みを消すためにツネらせたのかな?
M「Sちゃん口開けぇ!」
MはSちゃんの口の中に、自分の血だらけの指を突っ込みました。
M「Sちゃん飲みぃ、まずくても飲みぃ」
S「あぐ;kl:;っぉあr」
Sちゃん大泣きです。言葉出てなかったです。
M「◎△*の天井、ノリオ? シンメイイワト アケマシタ、カシコミカシコミモマモウス」
なにやら祝詞か呪文か分かりませんが、5回~6回ほど繰り返しました。
呪文というより浪曲みたいな感じでした。

そしてMがSちゃんの口から指を抜くとすぐ、SちゃんがMの血の混じったゲロを吐きました。
S「うぇええええええええええおええわええええええええ」
M「出た!出た!おし!!大丈夫!Sちゃんは大丈夫!」
M「次・・・!」
M「じいちゃんみててごせや!」

Mは血まみれの手を、Sちゃんの持ってきた木箱の上にかぶせました。
M「コトリバココトリバコ ◎△*??Й・・・」
M「いけん・・いけん・・やっちょけばよかった」
Mがまた泣きそうな顔になりました。
M「A!っとおちゃんに電話してごせや」
言われたとおりにMの携帯でMのとおちゃんに電話をし、Mの耳元にあてました。
M「とおちゃん、ごめん忘れた、一緒に呼んでくれ(詠んでくれかな?)」
Mは携帯を耳にあて、右手を小箱添えて、また呪文みたいなもの
を唱えてました。やっぱり唄ってるみたいな感じでした。

M「終わった。終わった・・・・おわ・・・ったぁ・・うぅえぇえええ」
Mはまた号泣してました。大の大人が泣き崩れたんですよ。
Kによしよしされながら、20分くらい大泣きしてました。
俺とSとKも号泣で、4人でわんわん泣いてました。
その間も、Mは小箱から決して手を離さなかったような気がします。
(号泣してたんであまり覚えてませんがw)

すこし落ち着いてから、Mは手と箱を一緒に縛れる位のタオルかなにかないか?
って聞いてきたので。薄手のバスタオルでMの手と木箱を縛り付けました。
M「さて、ドコに飲みに行く?」
一同「は?」
M「って冗談じゃw 今日はさすがに無理だけん、A送ってくれよ」
(こいつどういう神経してるんだろ・・・ ほんと強い奴だなぁ)

その日はSもMもKもなんだかへとへとで、俺が送っていくことになりました。
(飲みだったんで、もともと俺が飲まずに送る予定だったんですよ!いやホントにw)

で、それから8日ほどMは仕事を休んだようです。
そして昨日Mと会い、そのときのことを聞いてみたんですが。
M「あ~っとなぁ。Sちゃんところは言い方悪いかもしらんが、◎山にある部落でな」
M「ああいうところには、ああいったものがあるもんなんよ」
M「あれはとおちゃんが帰ってきてから安置しといた」
M「まぁあんまり知らんほうがええよ。」
なにやら言いたくない様子でした。
それ以上は、いくら聞こうとしても教えてくれない_| ̄|○

ただ最後に
M「あの中に入っちょるのはな、怨念そのものってやつなんよ」
M「まぁ入ってる物は、けっこうな数の人差し指の先とへその緒だけどな・・・」
M「差別は絶対いけんってことだ、人の恨みってのはこわいで、あんなもの作りよるからなぁ」
M「アレが出てきたらな、俺のじいちゃんが処理してたんだ」
M「じいちゃんの代であらかた片付けた思ってたんだけど、まさか俺がやることになるなんてなぁ」
M「俺はふらふらしてて、あんまり家のことやっちょらんけぇ、まじビビリだったよw」
M「ちょっと俺も勉強するわ まぁ才能ないらしいがw」
M「それとな、部落云々とか話したけど、差別とかお前すんなや・・Sちゃんとも今までどおりな」
M「そんな時代じゃないしな~ あほくせぇろ」
俺「あたりめぇじゃんw」
俺「それよりさ、この楽しい話誰かに話してもええの?」
M「お前好きだなぁ 幽霊すら見えんくせにw」
俺「見えんからこそ好きなんよ」
M「ええよ別に、話したからって取り付くわけじゃないし」
M「どうせ誰も信じねぇよ、うそつき呼ばわりされるだけだぞ、俺はとぼけるしw」

と、いうわけで
ここに書き込ませてもらった次第です。
長文失礼しました~!
まさか奴もこれだけの人数に話してるとは思わねぇだろうな~ パソコンオンチだしw

それと最後にひとつ
この箱ってね、まとめサイトに同じような箱の話ありましたよね?
木箱開けたら爪と髪が入ってて、昭和天皇がどうとかって紙切れが入ってたって話。
昨日Mの話で中身をチラっと言ってたのを思い出して、ふと・・・
そういった呪物の作り方があるのかな?

俺の住んでるとことはど田舎で、地域限定されて見物客?とか来られたら
さすがに俺も怖いので、あまり地域は追求しないでください。
部落差別は少なくなったといいますが、俺は見えにくくなっただけだと思っています。
そういった一部の人たちが新たな差別を生む可能性も怖いので。
ただ、皆さんの推察どおり島根県です。(ばればれですかねw)
(俺のおしゃべり癖を多少後悔・・・・
だってね、俺も情報欲しいんよ・・ここなら集まりそうじゃん。)

さすがに大事になっており、やばいかなって思ったので
さっきMとSに電話してこの経緯を伝えました。
Mいわく「別にここがどこか分かったって詳細なんかわかりゃしないよ、安心しろビビリ」
とのことです。

電話ついでにというか、昨日Mに聞きそびれた事を質問してみました。

1.あの場にいたS以外の人間、つまり俺とKは大丈夫なのか
2.また、俺の家に来る前に、件の小箱で遊んでたという家族は大丈夫なのか
3.頼むよ!まじアレなんだったの!?気になって毎夜6時間しか寝られないよ!
以上3点です。

以下Mの回答。
1.2.の回答
アレは子供と子供を生める女にしか影響なし。
Sの父と弟は問題外、母は・・・閉経してるんじゃないか?
Sのばあちゃんもな。もちろんA(俺)も大丈夫。
Kについては危ないかなと思ったけど、触れた時間が短かったため問題なしだろう。
いざとなったらとおちゃんがいるし大丈夫。
(あの日は旅行でMの母と外出してたそうです)
とのこと。

3.実はM自身も詳細は知らないらしい。ただコトリバコは「子取り箱」だそうです。
*本当かどうかは不明です、俺を何とか反らそうとウソついたのかもしれないですが・・・
昨日の会話の口ぶりからして、知らないはずが無いと思ってます。
ただ、そこまでして隠すほどのことだってことでしょうか。なおさら怖いけど気になります。

また単独スレの>>31さんの言われる「狐酉」がどうかはその時点ではきいてなかったので不明です。 (電話のあとで気づいたため)

次、Sちゃんとの会話ですが要約すると
あの後、業者が納屋を解体しにきたのですが、
そのときお隣のおじいさんと一騒動あったそうで、
そのときの内容を明日3人に話しておきたいと。(M,俺,K)
で、S曰く、自分も恐怖より好奇心が勝ってるということ。当事者として、何があったのか
アレはほんとに何だったのかをせめて知りたいということでした。(さすがだぜSちゃん!)

で、今Mに話したらOKということで・・・ ちょっと考え込んでましたが。
明日M,S,K,A4者会談開催してきます。Kは来るか分からないけど。

Mのお父さんに話を聞ければ一番いいのでしょうが、さすがにMが渋ってるのに
お父さんに直談判って訳にはいかないでしょうね・・・
もし聞くことが出来れば聞いてみます。

ここまで来たら全部知りたいなぁと思ってます。書き込んでみてよかった。だいぶ焦ったけどw
でも、友達なくすようなことはしたくないので、M,S,Kの誰からかストップかかったら
カキコは止めますね。現時点では好奇心にかき消されてますが罪悪感もあるので。

~全貌~

載せようかどうかかなり迷ったんですが、4人で相談しそれぞれ思うところもあり、掲載することにしました。
最後にお願いもあります。

かなり長い話だったので、まとめも時間がかかり、また、俺自身かなり衝撃的なことを偶然聞かされたので
混乱してます。
また、5時間近く話しをしてたので会話の細部は記憶を頼りにかなり補完して、会話らしくしているということも了承してください。
あと、主要な発言しか書いてません。伏せてる部分も多々あります。
(一応MとSに見てもらい、修正いくつかしてからアップしてます)
文章ぐだぐだかもしれませんがご勘弁を。

*文中、「部落」とか「集落」という言い方してますが実際の話の中ではそう読んでいません。
あくまで便宜上の言い方です。一応ひどい言葉らしいので伏字みたいなものと思ってくださいね。

6日夜の時点では当事者4人、俺の家でSの話を聞くという予定だったのですが
SがSの家族、そして納屋の解体の時に一騒動あったという隣家のおじいさん
も交えて話がしたいとのことで、Sの家に行くことになりました。

M,S,K,A(俺) それと、Sの父は「S父」、母を「S母」、Sの祖母を「S婆」
Sのおじいさんを「S爺」隣のおじいさんをJとしましょうか。
タイプたいぎいので。(S弟は仕事のため不在)

話の内容は以下のようなものです。
それと、方言で書くのはなるべくやめます。JとS婆の話、ほとんど異国語なのでw

◎まず、Sが事件の後、納屋の解体業者が来た時の話を。

俺の家での出来事の2日後になります。
5月23日、頼んでいた業者がきて解体用の機械を敷地に入れ作業に入ろうかというとき
S父に隣家のJが話しかけてきたそうです。
S父がおじいさんに納屋を解体することを伝えるとJは抗議してきたそうです。
S父ともめてたそうで、その声を聞いたSが「もしかしたらあの箱のことを
知っているのかも」と思い、Jに聞いてみようと外にでたそうです。
この時点でSは家族にあの日のことは話してなかったそうです。

「納屋を壊すな!」というJに対し
「反対する理由はあの箱のことかなのか」「あの箱はいったい何なのか」
という様なことを聞くと、Jは非常に、非常に驚いた顔をし、
「箱を見つけたのか」「あの箱はどうした?」「お前は大丈夫か?」
とあわてた様子で聞いてきたそうで、Sが事件の経緯を話すと
Jは自分の責任だ、自分の責任だと謝ったそうです。
そして、「聞いておかんかったからこんなことになった」
「話しておかんかったからこんなことになった」
「近いうちにお宅の家族に話さないけんことがある」と言い、帰って行ったそうです。

そしてSはポカンとしてるS父に事件のことを話したそうです。
そしてJの話を聞いてから、俺らに話そうと思ってたのですが、
Jが話しに来る素振りを見せずイライラしてたところに、昨夜俺から電話があったと言うわけです。
そして、昨日俺の電話を受け、Mも来るなら今日しかないと思い
その「話さないといけないこと」を今日話して欲しいということで
Jを父と一緒に説得して来ていただいたそうです。
◎次に、Mの話
S父がJにお話いただけますか?と言うと
俺とKが居ることで話していいものか悩んでいると(部外者ですもんね)

と、このあたりで
M「先に話させてもらっていいですか?
そういってMが話し始めました。

M「Jさん・・・・  本来、あの箱は今あなたの家にあるはずでは?
M「今の時代、呪いと言っても大概はホラ話と思われるかもしれないが
M「この箱については別。俺は祖父、父から何度も聞かされてたし
M「実際、祖父と父があれを処理するのを何度か見てきた。
M「箱の話をするときの二人は真剣そのものだった。
M「管理簿もちゃんとある。それに事故とはいえ箱でここの人が死んだこともありましたよね。

M「今回俺が箱に関わったってことと、父が少し不審に思うことがあるということで
M「改めて昨夜、父と管理簿を見たんです。
M「そうしたら、今のシッポウの場所はJさんの家になってた。
M「そうなると話がおかしい。父は「やっぱり」と言ってました。
M「俺の家の方からは接触しないという約束ですが
M「今回ばかりは話が別だろうと思って来ました。
M「俺の父が行くといったのですが、今回祓ったのは俺なので俺が今日来ました。

Jさん、そしてその他一同は黙って聞いてました。MとJにしか分からない内容なので。

M「それでですね。Jさん。あなたの家に箱があったのなら、Sのお父さんが
M「箱のことを知らないのは仕方がないし、なんとか納得はできます。
M「Sのおじいさんは◎△(以下T家としますね)さんから引き継いで、
M「すぐに亡くなられてますよね。
(Sのおじいさんは俺らが知り合った時、つまり厨房の時にはすでにお亡くなりだそうです
M「管理簿では、T家⇒Sの家⇒J家の移動が1年以内になってました。
M「Sのおじいさんがお父さんに伝える時間が無かったのだろうと理解はできるんです。
M「それに約束の年数からいって、Sのお父さんに役回りが来ることはもう考えにくい。
M「あなたかT家で最後になる可能性が高いですし。
M「でも、今回箱が出てきたのはSの家だった。これはおかしいですよね。
M「俺、家のことはあまりやってなかったので、管理簿をまじまじと見たことなんて
M「なかったんですが、昨夜父と管理簿をみて正直驚きましたよ。
M「Sの話をさっき聞くまでは、もしかしたら何か手違いがあって、あなたも箱のことを
M「知らなかったのかもしれないと考えてたのですが、あなたは知っていますよね?
M「知っていたのに引き継いでいない。そしてSの家にあるのを知ってて黙っていた。

M「俺、今回のこと、無事に祓えたんであとは詮索されてもとぼければ済むかなって
M「思ってたんですよ。何かの手違いでSの家の人みんなが知らなかっただけで
M「結果オーライというか・・・  正直焦りまくったし、ビビリまくったけど・・・
M「今日だって、昨日父と管理簿見てなかったらここには来てなかったと思います。
M「本来の約束なら、俺の家からこっちに来ることは禁止ですからね。
M「だから今日俺が来たってことは伏せておいて欲しい。
M「でも、そういうわけには行かなくなったみたいです。

M「俺は怒ってますよ。俺の父もね。
M「ただ、顔も知らない先祖の約束を守り続けないといけないって言うのは、
M「相当酷な話だというのも分かります。
M「逃げ出したいって気持ちも。俺だってそうでしたから。
M「俺だってあの日、箱を見ただけで逃げ出したかった。
M「わずかな時間のことだったのに、本気で逃げようかと思った。
M「アレを下手すれば十数年、下手すれば何十年保管するなんてどれだけ怖いのか
M「でも、もしこういったことがここ全体で起きてるのだとしたら
M「残りの箱の処理に関しても問題が起きます。
M「Sはたまたま、本当にたまたま箱に近づかなかったっていうだけで
M「たまたま、本当に偶然あの日俺と会うことになってたってだけで・・・
M「もしかしたらSは死んでたかもしれない。
M「そして、もしかしたら他の箱で被害がでているかもしれない。
M「だから、なぜこういうことになってたのか話していただけませんか?

M「それとこいつ(Kのこと)はその場に居た「女」です。もちろん子供を生める体です。
M「部外者ではないです。被害者です。
M「それとこいつは(俺のことです)、部外者かもしれませんが、そうでもないかもしれません。
M「こいつの名前は◎○です。ここらじゃそうそうある苗字じゃないですよね?◎○です。

俺はなんのことやら分からなかったです。ただJさんが俺の方をみて
あぁ・・そうかぁ・・・」って
長文すいません。あと半分くらい続きます。

◎Jさんの話しに行きますね
(一部S父母の通訳付きです)

J「まず、箱のことを説明したほうがいいですかな。
J「チッポウ(シッポウかと思ってましたがチッポウらしい)はSの家、J家、
J「そして斜め向いにあったT家の3家で管理してきたものです。
J「3家に割り当てられて箱です。
J「そしてあの箱は3家持ち回りで保管し、家主の死後、次の役回りの家の家主が
J「葬儀後、前任者の跡取りから受け取り、受取った家主がまた死ぬまで保管し、
J「また次へ、次へと繰り返す。受取った家主は、跡取りに箱のことを伝える。跡取りが
J「居ない場合は、跡取りが出来た後伝える。どうしても跡取りに恵まれなかった場合
J「次の持ち回りの家に渡す。他の班でも同じです。3家だったり4世帯だったりしますが。
J「そして他の班が持っている箱については、お互い話題にしないこと。
J「回す理由は、箱の中身を薄めるためです。
J「箱を受取った家主は、決して箱に女子供を近づけてはいけない。
J「そして、箱を管理していない家は、管理している家を監視する。
J「また、Mの家から札をもらい、箱に張ってある古い札と貼り替える。
J「約束の年数を保管し、箱の中身が薄まった後Mの家に届け処理してもらう。
J「M神社(仮にそう呼びますね)と昔にそういう約束をしたらしい

M「それで、俺の家は昔の約束どおり持ち込まれた箱を処理・・・・ 供養してたんだ
M「ここにある全ての箱と、箱の現在の保管者の管理簿つけて。

J「そうです。本来なら、私がS爺が亡くなったときに箱を引き継ぐはずでした。
J「でも、本当に怖かったんです、申し訳ない許して欲しい。
J「Tの父親が死に(Sの家の前任者です)、引き継いだS爺も立て続けに死に、
J「男には影響ないと分かっていても怖かった。
J「そんな状態で、いつS父が箱を持ってくるのか怯えてたんです。
J「でも、葬儀後、日が経ってもS父がこない。
J「それでT(S家の前任者の跡取り)と相談したんです。
J「もしかしたらS父は何も知らないのかもしらない、箱から逃げられるかもしれないと。
J「そしてまず、S父に箱のことをそれとなく聞き、何も知らされていないことを確認しました。
J「そして納屋の監視は続け、S家に箱を置いたままにしておくこと
J「Tは札の貼り替えをした後、しばらくして引っ越すこと(松江に行ったらしいです)
J「そうすれば、他班からは「あそこは終わったんだな」と思ってもらえるかもしれないから。
J「引き継ぐはずだった私が、S家の監視を続けること。
J「そして、約束の年が来たらJが納屋から持ち出しM神社に届けること。
J「そして・・・・ 本当に、本当に申し訳ない
J「それまでに箱にSやSの母が近づいて、死んでしまったとしても
J「箱のことはSの家は知らない、他班の箱のことは触れることは禁止だから
J「ばれることは無いだろうと、Tと相談したんです。本当に申し訳ない
J「だから、他班の箱のことは分からない。こんなことは無いと思う、申し訳ない

Jさんは土下座して何度も謝ってました。
S父さんは、死んだS爺さんに納屋には近づくなとは言われていたそうです。
また、実際気味の悪い納谷で、あえて近づこうとは思ってなかったようです。Sも同様に。

それで、今回どうせなら取り壊そうという話になり、中の整理をしていて
そのときにSが箱を見つけてしまったという経緯でした。
S父さん、S母さん、S婆さん、信じられないという感じでしたが、
ただS婆さんだけがなにやら納得したような感じで、
S婆「納屋はだから近づかせてもらえなかったのか」という風なことをおっしゃってました。

M「なるほど、そういうことでしたか・・・
M「引継ぎはしなかったとはいえ、監視しなければならず、結局は箱から
M「箱から逃げることは出来なかったんですね。
M「結局苦しんだと
M「決まりの年までたしかあと19年でしたよね?
M「・・・引き継いでいたとしても結局は俺が祓うことになってたのかなw

M「S父さん、S母さん、S婆さん、S・・・
M「現実味の無い話で、まだ何が何だか分からないと思う。
M「でもこれは現実で、このご時世にアホみたいに思うかもしらんが、現実で
M「でも、Jさんを怒らないであげてほしい。
M「あの箱が何か知ってるもんにとっちゃ、それほど逃げたいもんだけん
M「まぁ、もう箱はないんだけん安心だが?
M「面白い話が聞けて楽しかったと思ってJさんを許してやって欲しい
M「Jさんを許してやって欲しい

Jさんうつむいて、うなだれて、見ててなんだか痛々しかったです。

M「それと、たぶんみんなあの箱の中身が何かを知りたいだと思う。
M「ここまで話したら、もう最後まで聞いてほしい。
M「俺も全部は知らんけど、知ってることを話す。
M「ここはもう箱終わったけん、問題ないと思うし
M「正直、残りの箱はあと二つ、たぶん俺が祓わんといけんもんだけん
M「俺の決意ってのもある
M「それと、S父さんは本来知っておかんといけん話だけん
M「それとAは、たぶん今話とかんとしつこいけんなぁw

M「あの箱はな、子取り箱っていって間引かれた子供の身体を入れた箱でな
M「作られたのは1860年代後半~80年代前半頃。
M「この部落(俺らの言葉では部落といいませんが、差別用語です)は
M「このあたりでも特にひどい差別、迫害を受けた地域なんよ
M「で、余りにもひどい迫害だったもんで、間引きもけっこう行われていた
M「△▼(地域名です)の管轄にあったんだが
M「特に△▼からの直接の迫害がひどかったらしい。
M「で、働き手が欲しいから子供は作るが、まともな給料がなく
M「生活が苦しいから子供を間引くと・・・ これは一応わかるよな?

M「で、1860年代後半かな?隠岐の島で反乱があったのはしっちょるか?
M「その反乱は1年ほどで平定されたらしいんだけど
M「そのときの反乱を起こした側の一人が、この部落に逃れてきた
M「島帰りってやつだな・・・
M「反乱の理由とかは学校で少し習ったろ?隠岐がすごい裕福な土地だったってこととかも
M「まぁ、それはいいや。
M「で、その島帰りの人間、名前がな・・・ ◎○って言うんだよ。

(俺の苗字と同じでした。なんだか訳わかんね・・・)
◎○⇒以下AAとしますね。

M「AAは反乱が平定されて、こっちに連れてこられた時に
M「隙を見て逃げ出してきたそうだ、話によるとだけどな。
M「この部落まで逃げてきたと。
M「部落の人らは、余計な厄介ごとを抱えると、さらに迫害を受けると思って
M「AAを殺そうとしたんだって。
M「で、AAが「命を助けてくれたら、お前たちに武器をやる」
M「というようなことを言ったそうだ。
M「その武器って言うのがな、小箱だ。小箱の作り方。
M「部落の人はその武器がどのようなものかを聞き、
M「相談した結果、条件を飲むことにしたんだ。

M「AAはもう一つ条件を出してきた。
M「武器(小箱)の作り方を教えるが、最初に作る箱は自分に譲って欲しいということ
M「飲めるなら教える。どうしてもダメなら殺せと
M「部落の人はそれを飲んだ。
M「そしてAAは箱の作り方を教えた・・・
M「作り方を聞いてからやめてもいい、そして殺してくれてもいいともAAは行ったそうだよ
M「それだけ禍々しいものだけん、この小箱ってのは、AAも思うところがあったのかもな
M「ただ、「やり遂げたら自分も命を絶つが、それでもやらなければならないことがある」
M「そうAAは言ってたそうだ

*箱の作り方、全部載せるとさすがにやばそうなので?いくつか省きますね。

M「それで、その方法がな、最初に複雑に木の組み合わさった木箱をつくること
M「これはちょっとやそっとじゃ木箱を開けられないようにするための細工らしい。
M「これが一番難しい作業らしい。お前らもちょっと見ただろ?あのパズルみたいな箱
M「アレを作るんだ。
M「次に、その木箱の中を、雌の畜生の血で満たして、1週間待つ
M「そして、血が乾ききらないうちに蓋をする。
M「次に、中身を作るんだが、これが子取り箱の由来だと思う。
M「想像通りだと思うが。間引いた子供の体の一部を入れるんだ。
M「生まれた直後の子は、臍の緒と人差し指の先、第一間接くらいまでの
M「そして、ハラワタから絞った血を
M「7つまでの子は、人差し指の先と、その子のハラワタから絞った血を
M「10までの子は、人差し指の先を
M「そして蓋をする。閉じ込めた子供の数、歳の数で箱の名前が変わる
M「一人でイッポウ、二人でニホウ、三人でサンポウ、四人でシッポウ
M「五人でゴホウ、六人でロッポウ、七人でチッポウ
M「それ以上は絶対にダメだとAAは念を押したそうだ
M「そして、それぞれの箱に、目印として印をつける。
M「イッポウは△、ニホウは■といった具合に。
M「ただ、自分の持っていく箱、ハッカイだけは7つまでの子を、八人をくれと
M「そして、ハッカイとは別に、女1人と子供を1人くれと。
M「ハッカイは最初の1個以外は決して作るな とも言ったそうだ。

M「普通、そんな話まで聞いて、実行なんか出来ないよな
M「そんな胡散臭い人間の話、ましてやそんな最悪の話
M「いくら生活苦しくても、自分の子供を殺すのでさえ耐え切れない辛さなのに
M「さらに殺した子供の死体にそんな仕打ち・・・・
M「でもな、ここの先祖はそれを飲んだんだ、やったんだよ
M「どういった動機、心境だったのかは全部はわからないけど
M「それだけものすごい迫害だったんだろうね
M「子供を犠牲にしても、武器を手にしないといけないほどに、すごい・・・
M「そして、最初の小箱を作ったんだと
M「各家、相談に相談を重ねて、どの子を殺すかっていう最悪の相談
M「そして実行されたんだ。
M「そして・・・ハッカイが出来上がった。

M「AAはこの箱がどれほどのもので、どういう効果なのかを説明した
M「要望にあった子供と女を使ってね。
M「その子供と女の名前は、□■と$*(伏せますね)
M「そして、犠牲になった8人の子供の名前は _______(伏せますね)
M「聞いたことあるろ?
(俺らは知ってる名前です。でもいえません、ほんとにごめんなさい)

M「で、効果はAに言ってたようなものだ
M「女と子供を取り殺す。それも苦しみぬく形で
M「何故か、徐々に内臓が千切れるんだ、触れるどころか周囲にいるだけでね。

M「そして、その効果を目の当たりにした住民は、続けて箱を作ることにした。
M「住民が自分たちのために最初に作った箱はチッポウだった
M「俺が祓った奴だな。7人の子供の・・箱・・・
M「わずか2週間足らずの間に、15人の子供と、女1人が殺されたんだよ
M「今の時代じゃないだろ?・・・ ひどいよな・・・・
M「そして、出来上がった箱を、△▼の庄屋に上納したんだ
M「普通に住民からの気持ち、誠意の印という名目で
M「庄屋の家は・・・ ひどい有様だったらしい
M「女子供、血反吐を吐いて苦しみぬいて死んだそうだ。

M「そしてな、住民は△▼のお偉方達、△▼以外の周囲地域にも伝えたそうだ。
M「今後一切部落に関わらないこと、放って置いて欲しいこと。
M「今までの怨みを許すことは出来ないが、ほうっておいてくれれば何もしないということ
M「守ってくれるのなら、△▼へ仕事に出ている部落の者も、今後△▼に行くこともしないということ
M「そして、もしこのことに仕返しをすれば、この呪いを再び振りまくということ
M「庄屋に送った箱は、直ちに部落に返すこと。
M「なぜ放置するのか、その理由は広めないこと、ただ放置することだけを徹底すること
M「そして・・・ この箱はこれからも作り続けること
M「既に箱は7つ存在していること。
M「7つあるっていうのは、これはハッタリだったんだろうなと思う。そう思いたい・・・
M「言い方は失礼なんだけど、読み書きすら出来なかった当時の住民に
M「これだけのことが思いつくはずは無いと思うんだが・・・ AAの知恵だったんだろうか

M「△▼含め、周りの地域は全てこの条件を了承したらしい。
M「この事件は、その一時期は周辺に噂としてでも広まったのだろうかな
M「すぐさま部落への干渉が一切止んだそうだ。

M「で、この部落の大人たちは、それでも作り続けたんだよ
M「この箱をね。すでにAAはどこかに行ってたらしいんだが
M「箱の管理の仕方を残していったそうだ。
M「女子供を絶対に近づけないこと。
M「必ず箱は暗く湿った場所に安置すること
M「そして箱の中身は、年を経るごとに次第に弱くなっていくということ
M「もし必要なくなった、もしくは手に余るようなら、○を祭る神社に処理を頼むこと
M「寺ではダメ、必ず処分は○を祭る神社であること

M「そして、住民たちは13年に渡って箱を作り続けたそうだ。
M「ただ、最初の箱以外は、どうしても間引きを行わなければならない時にだけ
M「間引いた子の身体を作り置いておいた箱に入れた、ということらしい。
M「子供たちを殺すとき、大人たちは
M「△▼を怨め、△▼を憎め、というようなことを言いながら殺したらしい。
M「殺す罪悪感から少しでも逃れたいから、△▼に反らそうとしてたんだろうな。

M「箱を作り続けて13年目、16個目の箱が出来上がっていた。
M「イッポウ6つ、ニホウ2つ、ゴホウ5つ、チッポウ3つ
M「単純に計算しても、56人の子供・・・
M「作成に失敗した箱もあったという話だから、もっと多かったんだろうな

M「そして、13年目に事件が起きた
M「その時、全ての箱は1箇所に保管されてたんだが
M「監視を立ててね。そして事件が起きた。
M「11歳になる一人の男の子が監視の目を盗んで箱を持ち出してしまった。
M「最悪なのが、それがチッポウだったってこと
M「箱の強さは、イッポウ<ニホウというふうに数が増えれば強くなる。
M「しかも出来上がって間もないチッポウ
M「箱の外観は分かるよな・・・ Sが楽しく遊んだっていうように
M「非常に子供の興味を引くであろう作りだ。
M「面白そうなおもちゃを手に入れた男の子は家に持ち帰り。
M「その日のうちに、その子を含め家中の子供と女が死んだ。

M「住民たちは、初めて箱の恐怖を、この武器が油断すれば自分たちにも
M「牙をむくということを改めて痛感した。
M「そして一度牙をむけば、止めるまもなく望まぬ死人がでる。確実に。
M「そして恐怖に恐怖した住民は箱を処分することを決めたそうだ。

M「それからは大体分かるよな。
M「代表者5人が俺の家に来たんだわな。
M「そして、俺の先祖に処理を頼んだ。
M「しかし箱の力が強すぎると感じた俺の先祖は
M「箱の薄め方を提案したんだ。それはJさんの言った通りの方法
M「そして、決して約束の年数を経ない箱を持ち込まないこと。
M「神社側からは決して部落に接触しないこと。
M「前の管理者が死んだ後、必ず報告をすること
M「箱ごとの年数は、恐らく俺の先祖が大方の目安・・・
M「箱の強さによって110年とか、チッポウなら140年ほど
M「箱の管理から逃げ出せないよう、そのルールを作ったんだ
M「で、班毎に分かれたあと、一人の代表者を決め
M「各班にその代表者が届けた。そしてどの箱をどの班に届けたかを
M「俺の神社に伝え、俺の祖先が控えた後・・・・ その人は殺される・・
M「これでどの箱をどの班がどれだけの年数保管するのかは分からない
M「そして、班内以外の者同士が箱の話をするのをタブーとしたそうだ。
M「なぜ全体で管理することにしなかったのかは、恐らくだが
M「これは俺のじいちゃんが言ってたんだが
M「全体で責任を背負って責任が薄まるよりも
M「少ない人数で負担を大きくすることで逃げられないようにしたんじゃないかな?

M「で、約束の年数を保管した後、持ち込まれた箱を処理したと。
M「じいちゃんの運の悪いところは、約束の年数ってのが
M「じいちゃんとおれのひいじいさんの代に、もろ重なってたってことだ。
M「箱ごとの約束の年数っていうのは、法則とかさっぱり不明で
M「他の箱はじいさんの代で全部処分できたんだが
M「チッポウだけはやたら長くて、俺の代なんだよなぁ・・・
M「まだ先だと思って何もやってなかったけど真面目にせにゃ・・・

M「これで全部だ。箱に関すること。俺が知ってること。
M「そして、俺が祓ったチッポウは、最初に作られたチッポウだってこと。

それと、Mはさっき電話で
M「箱の年数はどうやって決めたのかは分からない。
M「俺の先祖が箱について何かしら知ってたのかも知れないし
M「AAという人物からそういう話があったらそうしてくれと頼まれていたのかもしれない。
と言ってました

以上が昨日の夜の出来事です。
もうね、三文小説のネタにでもなりそうなお話で
現実に箱事件を目の当たりにした俺も、何がなにやらで混乱してます。

これ、ホントは掲載するのどうしようか、本気で迷いました。
明らかにタブーなことだろうと思うし、部落の人にとっては絶対外に漏れては
困ることでしょうし・・・
ただ、箱は残りふたつってMが言ってました。チッポウが2。
これは責任持ってMが処理するって言ってたのと、
俺ら4人、話を聞いても謎な部分が多すぎて
皆さんの力を借りたいって思ったから掲載することにしたんです。

冒頭で言ってた、お願いしたいことって言うのがそれなんです。
この話読んだ後、なにかこれに関する情報があったら教えていただけませんか?
詳しい地域とか明かせないし、みんなの名前も怖いから教えられないんですが
俺達の個人的な欲で、知りたいんです。

Mの話を聞いても、MとMのとおちゃんにも不明なことは多いらしく
また、Sとその家族、Kも出来うる限り知りたいと。
Mも今の時代なら分からない部分が少しは埋まるかもと。
オカルトチックな話で、信憑性もかな~~~り薄いことだろうと思います。
俺も箱を実際見とらんかったら信じてないと思うしw

AAが誰なのか、もともとは何処から来たのか?
AAha箱の作り方を何処から知ったのか。
また、AAなる人物はどういう理由で隠岐に居たのかとか
ハッカイとかいう最初の箱はドコに行ったの?とか
AAはその後どうなったの?とか
ハッカイ使ってAAは何をしたの?とか
隠岐は京都付近の政治犯が送られて来たってのは習ったんでしってますが
この箱の作り方が、京周辺にあるものなのか?とか

これは俺のルーツ知れるかなぁっていう個人的な欲も含まれています。
父母が生きてた時、父方の先祖は隠岐から来たってのは聞いてたんですが
詳しいところは不明なんで、俺がAAと関わりあるのかは不明なんです。
妹どもももちろん知ってるわけないし、母方のばあちゃんに聞いてもわかるわけねぇし・・

歴史に詳しい方、ハッカイとか言う言葉が出てくる郷土史
昔話など、情報でてこないですかね?

箱の呼び名の由来も不明ですし。
ただ、俺の想像なんですが、
イッポウ、ニホウとかは「一封」、「二封」~~で
ハッカイって言うのは「八開」なのかなとも。

俺らの名前、特に俺自身の苗字を明かせない、地域の名前とか肝心な部分を
伏せてるとか、こんな状態でお願いするのはお願いになってないし
失礼だとは思いますが、何か情報があったらぜひお願いします。

俺自身も、図書館等で郷土史など調べてみるつもりです。
何か分かったらまたここに書き込むつもりです。
よろしくお願いします。

それと最後に。
最後のMの話なんですが、俺自身の思うところや感想を
Mの言葉を借りて勝手に盛り込んでる文章になってるかもしれません。
Mは「こんなかっこつけぇな話し方しねぇよ!」って言ってましたしw
ただ、それほど強烈に心に食い込む話だったんです。
何も思わず、何も語らずってこと俺には出来ないです。
でしゃばりかもしれませんが、お許しください。

「2重カキコですか?」「連続投稿ですか?」って怒られるほどの長文ですが
目を通していただけたこと、お礼を申し上げます。

リゾートバイト

まずはじめに言っておくが、こいつは驚くほど長い。
そしてあろうことか、たいした話ではない。
死ぬほど暇なやつだけ読んでくれ。

忠告はしたので、はじめる。

これは俺が大学3年の時の話。

夏休みも間近にせまり、大学の仲間5人で海に旅行に行こうって計画を立てたんだ。

計画段階で、仲間の一人がどうせなら海でバイトしないかって言い出して、
俺も夏休みの予定なんて特になかったから二つ返事でOKを出した。
そのうち2人は、なにやらゼミの合宿があるらしいとかで、バイトはNGってことに。

結局、5人のうち3人が海でバイトすることにして、残り2人は旅行として俺達の働く
旅館に泊まりに来ればいいべって話になった。

それで、まずは肝心の働き場所を見つけるべく、3人で手分けして色々探してまわることにした。

ネットで探してたんだが、結構募集してるもんで、友達同士歓迎っていう文字も多かった。
俺達はそこから、ひとつの旅館を選択した。

もちろんナンパの名所といわれる海の近く。そこはぬかりない。

電話でバイトの申し込みをした訳だが、それはもうトントン拍子に話は進み、
途中で友達と2日間くらい合流したいという申し出も、
「その分いっぱい働いてもらうわよ」
という女将さんの一言で難なく決まった

計画も大筋決まり、テンションの上がった俺達は、そのまま何故か健康ランドへ直行し、
その後友達の住むアパートに集まって、風呂上りのツルピカンの顔で、ナンパ成功時の行動などを綿密に打ち合わせた。

そして仲間うち3人(俺含む)が旅館へと旅立つ日がやってきた。
初めてのリゾートバイトな訳で、緊張と期待で結構わくわくしてる僕的な俺がいた。

旅館に到着すると、2階建ての結構広めの民宿だった。
一言で言うなら、田舎のばーちゃんち。
○○旅館とは書いてあるけど、まあ民宿だった。○○荘のほうがしっくりくるかんじ。

入り口から声をかけると、中から若い女の子が笑顔で出迎えてくれた。
ここでグッとテンションが上がる俺。

旅館の中は、客室が4部屋、みんなで食事する広間が1つ、従業員住み込み用の部屋が2つで計7つの部屋が
あると説明され、俺達ははじめ広間に通された。

しばらく待っていると、若い女の子が麦茶を持ってきてくれた。
名前は「美咲ちゃん」といって、この近くで育った女の子だった。

それと一緒に入ってきたのが女将さんの「真樹子さん」。
恰幅が良くて笑い声の大きな、すげーいい人。もう少し若かったら俺惚れてた。

あと旦那さんもいて、計6人でこの民宿を切り盛りしていくことになった。

ある程度自己紹介とかが済んで、女将さんが言った。
「客室はそこの右の廊下を突き当たって左右にあるからね。
そんであんたたちの寝泊りする部屋は、左の廊下の突き当たり。
あとは荷物置いてから説明するから、ひとまずゆっくりしてきな。」

ふと友達が疑問に思ったことを聞いた。(友達をA・Bってことにしとく)
A「2階じゃないんですか?客室って。」

すると女将さんは、笑顔で答えた。
「違うよ。2階は今使ってないんだよ」

俺達は、今はまだシーズンじゃないからかな?って思って特に気に留めてなかった。
そのうち開放するんだろ、くらいに思って。

部屋について荷物を下ろして、部屋から見える景色とか見てると、
本当に気が安らいだ。これからバイトで大変かもしれないけど、
こんないい場所でひと夏過ごせるのなら全然いいと思った。
ひと夏のあばんちゅーるも期待してたしね。

そうして俺達のバイト生活が始まった。

大変なことも大量にあったが、みんな良い人だから全然苦にならなかった。
やっぱ職場は人間関係ですな。

1週間が過ぎたころ、友達の一人がこう言った。
A「なあ、俺達良いバイト先見つけたよな。」

B「ああ、しかもたんまり金はいるしな」

友達二人が話す中俺も、
俺「そーだな。でももーすぐシーズンだろ?忙しくなるな。」

A「そういえば、シーズンになったら2階は開放すんのか?」

B「しねーだろ。2階って女将さんたち住んでるんじゃないのか?」

俺とAは
A俺「え、そうなの?」と声を揃える。
B「いやわかんねーけど。でも最近女将さん、よく2階に飯持ってってないか?」
と友達が言った。

A「知らん」
俺「知らん」
Bは夕時、玄関前の掃き掃除を担当しているため、2階に上がる女将さんの姿を
よく見かけるのだという。
女将さんはお盆に飯を乗っけて、そそくさと2階へ続く階段に消えていくらしい。

その話を聞いた俺達は、
「へ~」
「ふ~ん」
みたいな感じで、別になんの違和感も抱いていなかった。

それから何日かしたある日、いつもどおり廊下の掃除をしていた俺なんだが、
見ちゃったんだ。客室からこっそり出てくる女将さんを。
女将さんは基本、部屋の掃除とかしないんだ。そうゆうのするのは全部美咲ちゃん。
だから余計に怪しかったのかもしれないけど。

はじめは目を疑ったんだが、やっぱり女将さんで、その日一日もんもんしたものを
抱えていた俺は、結局黙っていられなくて友達に話したんだ。

すると、Aが言ったんだよ、
A「それ、俺も見たことあるわ」

俺「おい、マジか。なんで言わなかったんだよ」

B「それ、俺ないわ」

俺「じゃー黙れ」

A「だってなんか用あるんだと思ってたし、それに、疑ってギクシャクすんの嫌じゃん」

俺「確かに」

俺達はそのとき、残り1ヶ月近くバイト期間があった訳で。
3人で、見てみぬふりをするか否かで話し合ったんだ。

そしたらBが
「じゃあ、女将さんの後ろつけりゃいいじゃん」
ていう提案をした。

A「つけるってなんだよ。この狭い旅館でつけるって現実的に考えてバレるだろ」

B「まーね」

俺「なんで言ったんだよ」

AB俺「・・・」

3人で考えても埒があかなかった。
来週には残りの2人がここに来ることになってるし、何事もなく過ごせば
楽しく過ごせるんじゃないかって思った。
だけど俺ら男だし。3人組みだし?ちょっと冒険心が働いて、「なにか不審なものを見たら報告する」ってことで
その晩は大人しく寝たわけ。
そしたら次の日の晩、Bがひとつ同じ部屋の中にいる俺達をわざとらしく招集。
お前が来いや!!と思ったが渋々Bのもとに集まる。

B「おれさ、女将さんがよく2階に上がるっていったじゃん?あれ、最後まで見届けたんだよ。
いつも女将さんが階段に入っていくところまでしか見てなかったんだけど、昨日はそのあと出てくるまで
待ってたんだよ」

B「そしたらさ、5分くらいで降りてきたんだ。」

A「そんで?」

B「女将さんていつも俺らと飯くってるよな?それなのに盆に飯のっけて2階に上がるってことは、
誰かが上に住んでるってことだろ?」

俺「まあ、そうなるよな・・・」

B「でも俺らは、そんな人見たこともないし、話すら聞いてない」

A「確かに怪しいけど、病人かなんかっていう線もあるよな」

B「そそ。俺もそれは思った。でも5分で飯完食するって、結構元気だよな?」

A「そこで決めるのはどうかと思うけどな」

B「でも怪しくないか?お前ら怪しいことは報告しろっていったじゃん?
だから報告した」

語尾がちょっと得意げになっていたので俺とAはイラっとしたが、そこは置いておいて、
確かに少し不気味だなって思った。

「2階にはなにがあるんだろう?」

みんなそんな想いでいっぱいだったんだ。

次の日、いつもの仕事を早めに済ませ、俺とAはBのいる玄関先へ集合した。
そして女将さんが出てくるのを待った。
しばらくすると女将さんは盆に飯を載せて出てきて、2階に上がる階段のドアを開くと、
奥のほうに消えていった。ここで説明しておくと、2階へ続く階段は、玄関を出て外にある。
1階の室内から2階へ行く階段は俺達の見たところでは確認できなかった。
玄関を出て壁伝いに進み角を曲がると、そこの壁にドアがある。
そこを開けると階段がある。わかりずらかったらごめん。
とりあえずそこに消えてった女将さんは、Bの言ったとおり5分ほど経つと戻ってきて、
お盆の上の飯は空だった。そして俺達に気づかないまま、1階に入っていった。

B「な?早いだろ?」

俺「ああ、確かに早いな」

A「なにがあるんだ?上」

B「知らない。見に行く?」

A「ぶっちゃけ俺、今ちょーびびってるけど?」

B「俺もですけど?」

俺「とりあえず行ってみるべ」
そう言って3人で2階に続く階段のドアの前に行ったんだ。

A「鍵とか閉まってないの?」
というAの心配をよそに、俺がドアノブを回すと、すんなり開いた。

「カチャ」

ドアが数センチ開き、左端にいたBの位置からならかろうじて中が見えるようになったとき、
B「うっ」

Bが顔を歪めて手で鼻をつまんだ。

A「どした?」

B「なんか臭くない?」

俺とAにはなにもわからなかったんだが、Bは激しく匂いに反応していた。

A「おまえ、ふざけてるのか?」

Aはびびってるから、Bのその動作に腹が立ったらしく、でもBはすごい真剣に

B「いやマジで。匂わないの?ドアもっと開ければわかるよ」と言った。

俺は、意を決してドアを一気に開けた。
モアっと暖かい空気が中から溢れ、それと同時に埃が舞った。

俺「この埃の匂い?」

B「あれ?匂わなくなった」

A「こんな時にふざけんなよ。俺、なにかあったら絶対お前置いてくからな。今心に決めたわ」
とびびるAは悪態をつく。

B「いやごめんって。でも本当に匂ったんだよ。なんていうか・・生ゴミの匂いっぽくてさ」

A「もういいって。気のせいだろ」
そんな二人を横目に俺はあることに気づいた。
廊下が、すごい狭い。
人が一人通れるくらいだった。
そして電気らしきものが見当たらない。外の光でかろうじて階段の突き当たりが見える。
突き当たりには、もうひとつドアがあった。

俺「これ、上るとなるとひとりだな」

A「いやいやいや、上らないでしょ」

B「上らないの?」

A「上りたいならお前行けよ。俺は行かない」

B「おれも、むりだな」
AがBをどつく。
俺「結局行かねーのかよ。んじゃー、俺いってみる」

AB「本気?」

俺「俺こういうの、気になったら寝れないタイプ。寝れなくて真夜中一人で来ちゃうタイプ。
それ完全に死亡フラグだろ?だから、今行っとく。」
訳のわからない理由だったが、俺の好奇心を考慮すれば、今AとBがいるこのタイミングで
確認するほうがいいと思ったんだ。
でも、その好奇心に引けを取らずして恐怖心はあったわけで。
とりあえず俺一人行くことになったが、なにか非常事態が起きた場合は絶対に(俺を置いて)逃げたりせず、
真っ先に教えてくれっていう話になったんだ。
ただし、何事もないときは、急に大声を出したりするなと。
もしそうしてしまったときは、命の保障はできないとも伝えた。俺のね。
そんでソロソロと階段を上りだす俺。
階段の中は、外からの光が差し込み、薄暗い感じだった。
慎重に一段ずつ階段を上り始めたが、途中から、
「パキっ・・・パキっ」
と音がするようになった。
何事かと思い、怖くなって後ろを振り返り、二人を確認する。
二人は音に気づいていないのか、
じっとこちらを見て親指を立てる。
「異常なし」の意味を込めて。
俺は微かに頷き、再度2階に向き直る。
古い家によくある、床の鳴る現象だと思い込んだ。
下の入り口からの光があまり届かないところまで上ると、好奇心と恐怖心の均衡が怪しくなってきて、今にも逃げ帰りたい気分になった。
暗闇で目を凝らすと、突き当たりのドアの前に何かが立っている・・かもしれないとか、
そういう「かもしれない思考」が本領を発揮しだした。

「パキパキパキっ・・」

この音も段々激しくなり、どうも自分が何かを踏んでいる感触があった。
虫か?と思った。背筋がゾクゾクした。
でも何かが動いている様子はなく、暗くて確認もできなかった。
何度振り返ったかわからないが、途中から下の二人の姿が逆光のせいか
薄暗い影に見えるようになった。ただ親指はしっかり立てていてくれた。
そしてとうとう突き当たりに差し掛かったとき、強烈な異臭が俺の鼻を突いた。
俺はBとまったく同じ反応をした。
俺「うっ」
異様に臭い。生ゴミと下水の匂いが入り混じったような感じだった。
(なんだ?なんだなんだなんだ?)
そう思って当たりを見回す。
その時、俺の目に飛び込んできたのは、突き当たり踊り場の角に
大量に積み重ねられた飯だった。
まさにそれが異臭の元となっていて、何故気づかなかったのかってくらいに
蝿が飛びかっていた。
そして俺は、半狂乱の中、もうひとつあることを発見してしまう。
2階の突き当たりのドアの淵には、ベニヤ板みたいなのが無数の釘で打ち付けられていて、
その上から大量のお札が貼られていたんだ。
さらに、打ち付けた釘に、なんか細長いロープが巻きつけられてて、くもの巣みたいになってた。
俺、正直お札を見たのは初めてだった。
だからあれがお札だったと言い切れる自信もないんだが、大量のステッカーでもないだろうと思うんだ。
明らかに、なにか閉じ込めてますっていう雰囲気全開だった。
俺はそこで初めて、自分のしたことは間違いだったんだと思った。
「帰ろう」
そう思って踵を返して行こうとしたとき、突然背後から

「ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ」
という音がしたんだ。
ドアの向こう側で、なにか引っかいているような音だった。

そしてその後に、
「ひゅー・・ひゅっひゅー」
不規則な呼吸音が聞こえてきた。
このときは本当に心臓が止まるかとおもった。
(そこに誰かいるの?誰?誰なの?)←俺の心の中
あの時の俺は、ホラー映画の脇役の演技を遥かに逸脱していたんじゃないかと思う。
そのまま後ろを見ずに行けばいいんだけど、あれって実際できないぞ。
そのまま行く勇気もなければ、振り返る勇気もないんだ。
そこに立ちすくむしかできかった。
眼球だけがキョロキョロ動いて、冷や汗で背中はビッショリだった。
その間も
「ガリガリガリガリガリガリ」
「ひゅー・・ひゅっひゅー」
って音は続き、緊張で硬くなった俺の脚をどうにか動かそうと必死になった。
すると背後から聞こえていた音が一瞬やんで、シンっとなったんだ。
ほんとに一瞬だった。瞬きする間もなかったくらい。
すぐに、「バンっ!」って聞こえて
「ガリガリガリガリガリガリ」って始まった。
信じられなかったんだけど、それはおれの頭の真上、天井裏聞こえてきたんだ。
さっきまでドアの向こう側で鳴っていたはずなのに、ソレが一瞬で頭上に移動したんだ。
足がブルブル震えだして、もうどうにもできないと思った。
心の中で、助けてって何度も叫んだ。
そんな中、本当にこれも一瞬なんだけど、視界の片隅に動くものが見えた。
あのときの俺は動くものすべてが恐怖で、見ようか見まいかかなり躊躇したんだが、
意を決して目をやると、それはAとBだった。
下から何か叫びながら手招きしている。
そこでやっとAとBの声が聞こえてきた。
A「おい!早く降りてこい!!」
B「大丈夫か?」
この瞬間一気に体が自由になり、我に返った俺は一目散に階段を駆け下りた。
あとで二人に聞いたんだが、俺はこの時目を瞑ったまま、
一段抜かししながらものすごい勢いで降りてきたらしい。
駆け下りた俺は、とにかく安全な場所に行きたくて、そのままAとBの横を通りすぎ
部屋に走っていったらしい。この辺はあまり記憶がない。
恐怖の記憶で埋め尽くされてるからかな。
部屋に戻ってしばらくするとAとBが戻ってきた。
A「おい、大丈夫か?」

B「なにがあったんだ?あそこになにかあったのか?」

答えられなかった。というか、耳にあの音たちが残っていて、思い出すのが怖かった。
するとAが慎重な面持ちで、こう聞いてきた。
A「お前、上で何食ってたんだ?」

質問の意味がわからず聞き返した。
するとAはとんでもないことを言い出した。
A「お前さ、上についてすぐしゃがみこんだろ?俺とBで何してんだろって目を凝らしてたんだけど、
なにかを必死に食ってたぞ。というか、口に詰め込んでた。」

B「うん・・。しかもさ、それ・・」

AとBは揃って俺の胸元を見つめる。
なにかと思って自分の胸元を見ると、大量の汚物がくっついていた。
そこから、食物の腐ったような匂いがぷんぷんして、俺は一目散にトイレに駆け込み、胃袋の中身を全部吐き出した。
なにが起きているのかわからなかった。
俺は上に行ってからの記憶はあるし、あの恐怖の体験も鮮明に覚えている。
ただの一度もしゃがみこんでいないし、ましてやあの腐った残飯を口に入れるはずがない。
それなのに、確かに俺の服には腐った残飯がこびりついていて、よく見れば手にも、
ソレを掴んだ形跡があった。
気が狂いそうになった。
俺を心配して見に来たAとBは、
A「何があったのか話してくれないか?ちょっとお前尋常じゃない。」
と言った。
俺は恐怖に負けそうになりながらも、一人で抱え込むよりはいくらかましだと思い、
さっき自分が階段の突き当たりで体験したことをひとつひとつ話した。
AとBは、何度も頷きながら真剣に話を聞いていた。
二人が見た俺の姿と、俺自身が体験した話が完全に食い違っていても、
最後までちゃんと聞いてくれたんだ。それだけで、安心感に包まれて泣きそうになった。
少しホッとしていると、足がヒリヒリすることに気づいた。
なんだ?と思って見てみると、細かい切り傷が足の裏や膝に大量にあった。
不思議におもって目を凝らすと、なにやら細かいプラスチックの破片ようなものが
所々に付着していることに気づいた。
赤いものと、ちょっと黒みのかかった白いものがあった。
俺がマジマジと見ていると、
B「何それ?」
といってBはその破片を手にとって眺めた。

途端、
「ひっ」といってそれを床に投げ出した。
その動作につられてAと俺も体がビクってなる。

A「なんなんだよ?」

B「それ、よく見てみろよ」

A「なんだよ?言えよ恐いから!」

B「つ、爪じゃないか?」

瞬間、三人共完全に固まった。
AB俺「・・・」
俺はそのとき、ものすごい恐怖のそばで、何故か冷静にさっきまでの音を思い返していた。
(ああ、あれ爪で引っかいてた音なんだ・・)
どうしてそう思ったかわからない。
だけど、思い返してみれば繋がらないこともないんだ。
階段を上るときに鳴っていた「パキパキ」っていう音も、何かを踏みつけていた感触も、床に大量に散らばった爪のせいだったんじゃないか?って。
そしてその爪は、壁の向こうから必死に引っかいている何かのものなんじゃないか?って。
きっと、膝をついて残飯を食ったとき、恐怖のせいで階段を無茶に駆け下りたとき、
床に散らばる爪の破片のせいでケガをしたんだろう。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
確かなことは、ここにはもういられないってことだった。
俺はAとBに言った。
俺「このまま働けるはずがない」

A「わかってる」

B「俺もそう思ってた」

俺「明日、女将さんに言おう」

A「言っていくのか?」

俺「仕方ないよ。世話になったのは事実だし、謝らなきゃいけないことだ」

B「でも、今回のことで女将さん怪しさナンバーワンだよ?
もしあそこに行ったって言ったらどんな顔するのか俺見たくない」

俺「バカ。言うはずないだろ。普通にやめるんだよ。」

A「うん、そっちのほうがいいな」

そんなこんなで、俺たちはその晩のうちに荷物をまとめ、
男なのにむさくるしくて申し訳ないが、あまりの恐怖のため、
布団を2枚くっつけてそこに3人で無理やり寝た。
めざしのように寄り添って寝た。

誰一人、寝息を立てるやつはいなかったけど。
そうして明日を迎えることになるんだ。
次の日、誰もほとんど口をきかないまま朝を迎えた。
沈黙の中、急に携帯のアラームが鳴った。
いつも俺達が起きる時間だった。
Bの体がビクンってなって、相当怯えているのが伺えた。
Bは根がすごく優しいヤツだから、前の晩俺に言ったんだ。
B「ごめんな。俺なんかよりお前のほうが全然怖い思いしたよな。
それなのに俺がこんなんでごめん。助けに行かなくて本当ごめん。」
俺はそれだけで本当に嬉しくて目頭が熱くなった。
でもよくよく考えてみると、「俺なんかより怖い思い」ってなんだ?
実際に恐怖の体験をしたのは俺だし、AもBも下から眺めていただけだ。
もしかしてあれか?俺の階段を駆け下りる姿がマズかったか?
普通に考えて、俺の体験談が恐ろしかったってことか?
少し考えて、俺も大概、恐怖に呑まれて相手の言葉に過敏になりすぎてると思った。
こんな時だからこそ、早く帰ってみんなで残りの夏休みを楽しくゆっくり過ごそうと、
そればかりを考えるようにした。
だがその後のBの怯えようは半端なかった。
俺達がたてる音一つ一つに反応したり、俺の足の傷を食い入るようにじっと見つめたり、
明らかに様子がおかしかった。
Aも普段と違うBを見て、多少びびりながらも心配したんだろう、
A「おい、大丈夫か?寝てないから頭おかしくなってんのか?」
と問いかけながらBの肩を掴んだ。
するとBは急に、
B「うるさいっ!!」
と叫び、Aの腕をすごい勢いで振り払ったんだ。
Aと俺は一瞬沈黙した。
俺「おい、どうしたんだよ?」
Aは急のできごとに驚いて声を出せずにいた。
B「大丈夫かだって?大丈夫なわけねーだろ?
俺も○○(俺の名前)も死ぬような思いしてんだよ。
何にもわかってねーくせに心配したふりすんな!!」
Aを睨み付けながらそう叫んだ。
何を言ってるんだろうと思った。
Bの死ぬ思いってなんだ?俺の話を聞いて恐怖してたわけじゃないのか?
AとBは仲間内でも特に仲が良かったんだが、その関係もAがBをいじる感じで、
どんな悪ふざけにもBは怒らず調子を合わせていた。
だからBがAに声を荒げる場面なんか見たことなかったし、もちろん当の本人Aもそんな経験なかったんだと思う。
Aはこれも見たことないくらいにオロオロしていた。
俺は疑問に思ったことをBに問いかけた。

俺「死ぬ思いってなんだ?お前ずっと下にいたろ?」

B「いたよ。ずっと下から見てた」

そして少し黙ってから下を向いて言った。

B「今も見てる。」

俺「・・」

今も?
え、何を?

俺は訳がわからない。
全然わからないんだが、よくある話で、Bの気が狂ったんだと思った。
何かに取り憑かれたんだと。
そんな思いをよそに、Bは震える口調で、でもしっかりと喋りだした。

B「あの時、俺は下にいたけど、でもずっと見てたんだ」

俺「上っていく俺だよな?」

B「違うんだ・・いや、初めはそうだったんだけど。
お前が階段を上りきったくらいから、見え出したんだ」

俺「・・うん」

本当はこのとき、俺の心の中は聞きたくないという気持ちが大半を占めていた。
でもBは、もうこれ以上一人で抱えきれないという表情で、まるで前の日の自分を見ているようだったんだ。
あのとき、俺の話を最後までちゃんと聞いてくれたAとB、あれで自分がどれだけ救われたかを考えると、
俺には聞かなくちゃならない義務があるように思えた。

俺「何が、見えたんだ?」

B「・・・」

Bはまた少し黙りこみ、覚悟したように言った。

B「影・・だと思う」

俺「影?」

B「うん。初めはお前の影だと思ってたんだ。
けど、お前がしゃがみこんで残飯を食っている間にも、ずっと影は動いてたんだ。
お前の影が小さくなるのはちゃんと見えたし、自分らの影も足元にあった。」

B「それでそれ以外に動き回る影が・・」

B「3つ・・いや4つくらいあった。」

俺は、全身にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。

どうかこれがBの冗談であってくれと思った。
しかし、今目の前にいるBはとてもじゃないが冗談を言っているように見えなかった。
むしろ、冗談という言葉を口に出したとたんに殴りかかってくるんじゃないかってくらいに真剣だった。

俺「あそこには、俺しかいなかった」

B「わかってる」

俺「そもそも、あのスペースに人が4,5人も入って動き回れるはずない」

あの階段は人が一人通れる位のスペースだったんだ。

B「あれは人じゃない。それ位わかるだろ」

俺「・・・」

B「それに、どう考えても人じゃ無理だ」

Bはポツリと言った。

俺「どういうことだ?」

B「全部、壁に張り付いてた」

俺「え?」

B「蜘蛛みたいに、全部壁の横とか上に張り付いてたんだ。
それで、もぞもぞ動いてて、それで、それで・・・」

自分の見た光景を思い出したのか、Bの呼吸が荒くなる。

俺「落ち着け!深呼吸しろ。な?大丈夫だみんないる」

Bはしばらく興奮状態だったが、落ち着きを取り戻してまた話しだした。

B「あれは人じゃない。いや、元から人じゃないんだけど、形も人じゃない。
いや、人の形はしてるんだけど、違うんだ」

Bが何を言いたいのかなんとなくわかった俺は、
俺「人間の形をしたなにかが、壁に張り付いてたってことか?」
と聞いた。
Bは黙って頷いた。
口から飛び出そうなくらいに心臓の鼓動が激しくなった。とっさに、Bが見たのは影じゃないと思った。
影が横や上の天井を動き回るのは不自然だ。仮にそれが影だったとしても、確実にそこに何かがいたから影ができたんだ。それくらいバカの俺でもわかる。
ということは、俺は自分の周りで這い回る何かに気づかず、しかも腐った残飯をモリモリと食べていたってことなのか?
あの音は・・?
あのガリガリと壁を引っかく音は、壁やドアの向こう側からじゃなくて、俺のいる側のすぐそばで鳴っていたということか?
あの呼吸音も?
恐怖のあまり頭がクラクラした。そんな俺の様子を知ってか知らずか、Bは傍に立っていたAに向き直り、
B「ごめん、さっきは取り乱して。悪かった」
と謝った。

A「いや、大丈夫・・こっちこそごめんな」
Aもすかさず謝った。

その後なんとなく気まずい雰囲気だったが、俺は平静を保つのに必死だった。
無意味に深呼吸を繰り返した。そんな中Aが口を開いた。

A「お前さ、さっき今も見てるっていったけど」

BはAが言い終わらないうちに答えた。

B「ああ、ごめん。あれはちょっと、錯乱してたんだわ。ははっ
ごめん、今は大丈夫」

そういったBの笑顔は、完全に作り笑いだった。
明らかに無理した笑顔で、目はどこか違うところを見ているようだった。関係ないんだが、このとき何故かものすごい印象的だったのは、Bの目の下がピクピクいってたことだ。
こんなん何人かに一人はよくあることだよな?だけど無理して笑う人の目の下ピクピクは、結構くるものがあるぞ。話を戻すと、Aと俺はそれ以上聞かなかった。
臆病者だと思われても仕方ない。だけど怖くて聞けなかったんだ。

ちょっと考えてみろ、ここまで話したBが敢えて何かを隠すんだぞ。
絶対無理だろ。聞いたら、俺の心臓砕け散るだろ。
それこそ俺が発狂するわ。少しの沈黙のあと、広間のほうから美咲ちゃんが朝飯の時間だと俺達を呼んだ。
3人で話している間に結構な時間が過ぎていたらしい。正直、食欲などあるはずもなく。
だが不審に思われるのは嫌だったし、行くしかないと思った。
俺はのっそりと立ち上がり、二人に言った。

俺「なるべく早いほうがいいよな。朝飯食い終わったら言おう」

A「そうだな」

B「俺、飯いいや。Aさ、ノートPCもってきてたよな?ちょっと、貸してくれないか?」

A「いいけど、朝飯食えよ」

B「ちょっと調べたいことがあるんだ。あんまり時間もないし、悪いけど二人でいってきて」

俺「了解。美咲ちゃんに頼んでおにぎり作ってもらってきてやるよ」

B「うん、ありがと」

A「パソコンは俺のカバンの中に入ってる。勝手に使っていいよ。ネットも繋がるから。」

そう言って俺達はそのまま広間に行った。

後から考えると、辞めるその日の朝飯食うってどうなの?
他人がやってたら絶対突っ込むくせして、俺らふっつーに食べたんだが。
広間に着くと、女将さんが俺らを見て、更には俺の足元をみて、満面の笑顔で聞いてきたんだ。

「おはよう、よく眠れた?」って。

そんな言葉、初日以来だったし、昨日のこともあったからすごい不気味だった。
びびった俺は直立不動になってしまったわけだが、Aが、
A「はい。すみません遅れて。」
と返事をしながら俺のケツをパンと叩いた。
体がスっと動いた。
いつも人一倍びびってたAに助け舟を出してもらうとは思わなかったから、正直驚いた。
そしてBが体調不良のためまだ部屋で寝ていることを伝え、美咲ちゃんにおにぎりを作ってもらえるよう頼んだ。

「あ、いいですよ。それよりBくん、今日は寝てたほうがいいんじゃ」

美咲ちゃんは心配そうにそう言った。
Aと俺は、得に何も言わず席についた。
”もう辞めるから大丈夫”とは言えないからな。
朝飯を食っている間、女将さんはずっとニコニコしながら俺を見てた。
箸が完全に止まってるんだ。「俺、ときどき飯」みたいな。
美咲ちゃんも旦那さんもその異様な光景に気づいたのか、チラチラ俺と女将さんを見てた。
Aは言うまでもなく、凝固。
凄まじく気分の悪くなった俺達は朝飯を早々に切り上げて、女将さん達に話をするため、部屋にBを呼びに行った。
部屋に戻る途中、Bの話し声が聞こえてきた。
どうやらどこかに電話をしているようだった。俺達は電話中に声をかけるわけにもいかなかったので、部屋に入り座って電話が終わるのを待った。
B「はい、どうしても今日がいいんです。・・・・はい、ありがとうございます!
はい、はい、必ず伺いますのでよろしくお願いします。」そう言って電話を切った。
どうやらBは、ここから帰ってすぐどこかへ行く予定を立てたらしい。
俺もAも別に詮索するつもりはなかったんで何も聞かず、すぐにBを連れて広間に向かった。
広間に戻ると美咲ちゃんが朝飯の片付けをしていた。女将さんはいなかった。
俺はふと思った。
あそこに行ってるんじゃないか?って。
盆に飯のっけて、2階への階段に消えていったあの女将さんの後姿がフラッシュバックした。
きっとあの時持って行った飯は、あの残飯の上に積み重ねてあったんだろう。
そうして何日も何日も繰り返して、あの山ができたんだろうな。
(一体あれは何のためなんだ?)
俺の頭に疑問がよぎった。
けど、そんなこと考えるまでもないとすぐに思い直した。
俺は今日で辞めるんだ。ここともおさらばするんだ。すぐに忘れられる。
忘れなきゃいけない。心の中で自分に言い聞かせた。
Aが女将さんの居場所を美咲ちゃんに尋ねた。

「女将さんならきっと、お花に水やりですね。すぐ戻ってきますよ」

そう言って美咲ちゃんは、Bの方を見て、

「Bくん、すぐおにぎり作るからまっててね」
と笑顔で台所に引っ込んだ。
ああ、美咲ちゃん・・何もなければきっと俺は美咲ちゃんとひと夏のあばん(ry
俺達は女将さんが戻ってくるのを待った。
しばらくすると女将さんは戻ってきて、仕事もせずに広間に座り込む俺達を見て
「どうしたのあんたたち?」
とキョトンとした顔をしながら言った。
俺は覚悟を決めて切り出した。
俺「女将さん、お話があるんですけどちょっといいですか?」
女将さんは
「なんだい?深刻な顔して」
と俺達の前に座った。
俺「勝手を承知で言います。

俺達、今日でここを辞めさせてもらいたいんです」

AとBもすぐ後に、
AB「お願いします」
と言って頭を下げた。
女将さんは表情ひとつ変えずにしばらく黙っていた。
俺はそれがすごく不気味だった。
眉ひとつ動かさないんだ。まるで予想していたかのような表情で。
そして沈黙の後、
「そうかい。わかった、ほんとにもうしょうがない子たちだよ~。」
と言って笑った。
そして給料の話、引き上げる際の部屋の掃除などの話を一方的に喋り、
用意ができたら声をかけるようにと俺達に言ったんだ。
拍子抜けするくらいにすんなり話が通ったことに、三人とも安堵していた。
だけど、心のどこかでなんかおかしいと思う気持ちもあったはずだ。
話が決まったからには俺達は即行動した。
荷物は前の晩のうちにまとめてある。
あとは部屋の掃除をするだけで良かった。
バイトを始めてから、仕事が終われば近くの海で遊んだり、疲れてる日には戻ってすぐに爆睡だったんで、
部屋にいる時間はあまりなかったように思う。だから男3人の部屋といえど、元からそんなに汚れているわけでもなかった。
そんなこんなで、一時間ほどの掃除をすれば部屋も大分綺麗になった。
準備ができたということで、俺達は広間に戻り、女将さんたちに挨拶をすることにした。
広間に着くと女将さんと旦那さん、そして悲しそうな顔をした美咲ちゃんが座っていた。
俺達は3人並んで正座し、
俺「短い間ですが、お世話になりました。
勝手言ってすみません」

俺AB「ありがとうございました」
と言って頭を下げた。すると女将さんが腰を上げて、俺達に近寄りこう言った。
「こっちこそ、短い間だったけどありがとうね。これ、少ないけど・・・」

そう言って茶封筒を3つ、そして小さな巾着袋を3つ手渡してきた。
茶封筒は思ったよりズッシリしてて、巾着袋はすごく軽かった。
そして後ろから美咲ちゃんが、「元気でね」
といってちょっと泣きそうな顔しながら言うんだ。
そして、「みんなの分も作ったから」って3人分のおにぎりを渡してくれた。
おいおい止めてくれ。泣いちゃうよ俺!そう思ってあんまり美咲ちゃんの顔を見れなかった。前日で死にそうな思いしたのにまさかのセンチって思うだろ?
だけど、実際すげー世話になった人との別れって、その時はそういうの無しになるものなんだわ。
挨拶も済んで、俺達は帰ることになった。行きは近くのバス停までバスを使って来たんだが、帰りはタクシーにした。
旦那さんが車で駅まで送ってくれるって話も出たんだが、Bが断った。
そして美咲ちゃんに頼んでタクシーを呼んでもらった。
タクシーが到着すると、女将さんたちは車まで見送りに来てくれた。
周りから見ればなんとなく感動的な別れに見えただろうが、実際俺達は逃げ出す真っ最中だったんだよな。
タクシーに乗り込む前に、俺は振り返った。かろうじて見えた2階への階段のドア。目を凝らすと、ほんの少し開いてるような気がして思わず顔を背けた。
そして3人とも乗り込み、行き先を告げた後すぐ車が動き出した。旅館から少し離れると、急にBが運転手に行き先を変更するよう言ったんだ。
運転手になにかメモみたいなものを渡して、ここに行ってくれと。
運転手はメモを見て怪訝な顔をして聞いてきた。
「大丈夫?結構かかるよ?」

B「大丈夫です」

Bはそう答えると、後部座席でキョトンとしているAと俺に向かって
B「行かなきゃいけないとこがある。お前らも一緒に」
と言った。俺とAは顔を見合わせた。考えてることは一緒だったと思う。

(どこへ行くんだ・・?)

だが、朝のBの様子を見た後だったんで、正直気が引けて何も聞けなかった。
またキレ出すんじゃないかとびびってたんだ。しばらく走っていると運転手さんが聞いてきた。
「後ろ走ってる車、お客さんたちの知り合いじゃない?」
え?と思って振り返ると、軽トラックが一台後ろにぴったりくっついて走っていた。
そして中から手を振っていたのは、旦那さんだった。
俺達は何か忘れ物でもしたのかと思い、車を止めてもらえるよう頼んだ。道の端に車が止まると、旦那さんもそのまますぐ後ろに軽トラを止めた。
そして出てくると俺達のところに来て、
「そのまま帰ったら駄目だ。」
と言った。

B「帰りませんよ。こんな状態で帰れるはずないですから」

Bと旦那さんはやけに話が通じあっていて、Aと俺は完全に置いてけぼりを食らった。

俺「え、どういうこと?」
なにがなにやらわからんかったので素直に質問した。

すると旦那さんは俺のほうを向き、まっすぐ目を見つめて言った。
旦「おめぇ、あそこ行ったな?」

心臓がドクンって鳴った。

(なんで知ってんの?)

この時は本気で怖かった。霊的なものじゃなくて、なんていうか大変なことをしてしまったっていう思いがすごくて。
俺は、「はい」と答えるだけで精一杯だった。すると旦那さんはため息をひとつ吐くと言った。
旦「このまま帰ったら完全に持ってかれちまう。なぁんであんなとこ行ったんだかな。
まあ、元はと言えば俺がちゃんと言わんかったのが悪いんだけどよ。」

おい、持ってかれるってなんだ。勘弁してくれよ。ここから帰ったら楽しい夏休みが待ってるはずだろ?不安になってAを見た。Aは驚くような目で俺を見ていた。
さらに不安になってBを見た。するとBは言うんだ。

B「大丈夫。これから御祓いに行こう。そのためにもう向こうに話してあるから」

信じられなかった。憑かれていたってことか?何だよ俺死ぬのか?この流れは死ぬんだよな?なんであんなとこ行ったんだって?行くなと思うなら始めから言ってくれ。
あまりの恐怖で、自分の責任を誰か他の人に転嫁しようとしていた。呆然としている俺を横目に、旦那さんは話を進めた。

旦「御祓いだって?」

B「はい」

旦「おめぇ、見えてんのか」

B「・・・」

A「おい、見えてるって・・」

B「ごめん。今はまだ聞かないでくれ」

俺は思わずBに掴みかかった。
俺「いい加減にしろよ。さっきから何なんだよ!」

旦那さんが割って入る。

旦「おいおい止めとけ。おめぇら、逆にBに感謝しなきゃならねぇぞ」

A「でも、言えないってことないんじゃないすか?」

旦「おめぇらはまだ見えてないんだ。一番危ないのはBなんだよ」

俺とAは揃ってBを見た。
Bは、困ったような顔をしてそこにいた。

俺「どうしてBなんですか?実際にあそこに行ったのは俺です」

旦「わかってるさ。でもおめぇは見えてないんだろ?」

俺「さっきから見えてるとか見えてないとか、なんなんですか?」

旦「知らん」

俺「はぁ!?」

トンチンカンなことを言う旦那さんに対して俺はイラっとした。

旦「真っ黒だってことだけだな、俺の知ってる情報は」

旦「だがなぁ・・」

そう言って旦那さんはBを見る。

旦「御祓いに行ったところで、なんもなりゃせんと思うぞ」

Bは、疑いの目を旦那さんに向けて聞いた。
B「どうしてですか?」

旦「前にもそういうことがあったからだな。
でも、詳しくは言えん。」

B「行ってみなくちゃわからないですよね?」

旦「それは、そうだな」

B「だったら」

旦「それで駄目だったら、どうするつもりなんだ?」

B「・・・」

旦「見えてからは、とんでもなく早いぞ」

早いという言葉が何のことを言っているのか俺にはさっぱりわからなかった。
だが、旦那さんがそういった後、Bは崩れ落ちるようにして泣き出したんだ。
声にならない泣き声だった。俺とAは、傍で立ち尽くすだけで何もできなかった。
俺達の異様な雰囲気を感じ取ったのか、タクシーの窓を開けて中から運転手が話しかけてきた。
「お客さんたち大丈夫ですか?」
俺達3人は何も答えられない。
Bに限っては道路に伏せて泣いてる始末だ。
すると旦那さんが運転手に向かってこう言った。
旦「あぁ、すまんね。呼び出しておいて申し訳ないんだが、こいつらはここで降ろしてもらえるか?」
運転手は、
「え?でも・・」
と言って俺達を交互に見た。その場を無視して旦那さんはBに話しかける。
旦「俺がなんでおめぇらを追いかけてきたかわかるか?
事の発端を知る人がいる。その人のとこに連れてってやる。
もう話はしてある。すぐ来いとのことだ。」

旦「時間がねぇ。俺を信じろ」

肩を震わせ泣いていたBは、精一杯だったんだろうな、顔をしわくちゃにして声を詰まらせながら言った。
B「おねが・・っ・・します・・」

呼吸ができていなかった。
男泣きでもなんでもない、泣きじゃくる赤ん坊を見ているようだった。
昨日の今日だが、Bは一人で、何かものすごい大きなものを抱え込んでいたんだと思った。
あんなに泣いたBを見たのは、後にも先にもこの時だけだ。
Bのその声を聞いた俺は、運転手に言った。
俺「すいません。ここで降ります。いくらですか?」

その後、俺達は旦那さんの軽トラに乗り込んだ。といっても、俺とAは後の荷台なわけで。乗り心地は史上最悪だった。
旦那さんは俺達が荷台に乗っているにも関わらず、有り得んほどにスピードを出した。
Aから軽く女々しい悲鳴を聞いたが、スルーした。どれくらい走ったのか分からない。
あんまり長くなかったんじゃないかな。まあ正直、それどころじゃないほど尾てい骨が痛くて覚えていないだけなんだが。
着いた場所は、普通の一軒家だった。横に小さな鳥居が立っていて石段が奥の方に続いていた。
俺達の通されたのはその家の方で、旦那さんは呼び鈴を鳴らして待っている間、俺達に「聞かれたことにだけ答えろ」と言った。

旦「おめぇら、口が悪いからな。変なこと言うんじゃねぇぞ」

俺は思った。この人にだけは言われる筋合いがないと。
少し待つと、家から一人の女の人が出てきた。
年は20代くらいの普通の人なんだけど、額の真ん中にでっかいホクロがあったのがすごく印象的だった。
その女の人に案内されて通されたのは家の一角にある座敷だった。
そこには一人の坊さん(僧って言うのか?)と、一人のおっさん、一人のじいさんが座っていた。
俺達が部屋に入るなり、おっさんが「禍々しい」と呟いたのが聞こえた。

旦「座れ」

旦那さんの掛け声で俺達は、坊さんたちが並んで座っている丁度向かい側に3人並んで座った。
そして旦那さんがその隣に座った。するとじいさんは口を開いた。
「○○(旅館の名前)の旦那、この子ら全部で3人かね?」

旦「えぇ、そうなんですわ。このBって奴は、もう見えてしまってるんですわ」

旦那さんがそう言った瞬間、おっさんとじいさんは顔を見合わせた。すると坊さんが口を開いた。
坊「旦那さん、堂に行ったというのは彼ですか?」

旦「いえ。実際行ったのはこの○○(俺の名前)って奴で」

坊「ふむ」

旦「Bは下から覗いていただけらしいんです」

坊「そうですか」

そして少し黙ったあと坊さんはBに聞いたんだ。

坊「あなたは、この様な経験は初めてですか?」

Bが聞き返す。
B「この様な経験?」

坊「そうです。この様に、霊を見たりする体験です」

B「え・・ないです」

坊「そうですか。不思議なこともあるものです」

B「・・俺」

Bが何か喋ろうとしていた。
そこにいた全員がBを見た。

坊「はい」

B「俺、・・・死ぬんでしょうか?」

そう言ったBの腕は、正座した膝の上で突っ張っているのに、ガクガクと震えていた。すると坊さんは静かに答えた。

坊「そうですね。このままいけば、確実に」

Bは言葉を失った様子だった。震えが急に止まって、畳を一点食い入るように見つめだした。
それを見たAが口を挟んだ。

A「死ぬって」

坊「持って行かれるという意味です」

意味を説明されたところで俺達はわからない。何に何を持って行かれるのか。更に坊さんは続けた。

坊「話がわからないのは当然です。○○くんは、堂へ行った時に何か違和感を感じませんでしたか?」

坊さんが堂といっているのは、どうやらあの旅館の2階の場所らしかった。それで俺は答えた。

俺「音が聞こえました。あと、変な呼吸音が。2階のドアにはお札の様なものが沢山貼ってありました」

坊「そうですか。気づいているかも知れませんがあそこには、人ではないものがおります」

あまり驚かなかった。事実、俺もそう思っていたからだ。

坊「恐らくあなたは、その人ではないものの存在を耳で感じた。本来ならば人には感じられないものなのです。誰にも気づかれず、ひっそりとそこにいるものなのです」

そう言うと、坊さんはゆっくりと立ち上がった。

坊「Bくん、今は見えていますか?」

B「いえ。ただ音が、さっきから壁を引っかく音がすごくて」

坊「ここには入れないということです。幾重にも結界を張っておきました。その結界を必死に破ろうとしているのですね」

坊「しかし、皆がいつまでもここに留まることは出来ないのです。今からここを出て、おんどう(ごめん音でしかわからない)へ行きます。Bくん、ここから出ればまたあのものたちが現れます。」

坊「また苦しい思いをすると思います。
でも必ず助けますから、気をしっかり持って付いて来てくださいね」

Bはカクカクと首を縦に振っていた。

そうして、坊さんに連れられて俺達はその家を出てすぐ隣の鳥居をくぐり、石段を登った。
旦那さんは家を出るまで一緒だったが、おっさんたちと何やら話をした後、坊さんに頭を下げて行ってしまった。
知ってる人がいなくなって一気に心細くなった俺達は、3人で寄り添うように歩いた。
特にBは、目を左右に動かしながら背中を丸めて歩いていて、明らかに憔悴しきっていた。
だから俺達はできる限り、Bを真ん中にして二人で守るように歩いた。
石段を上り終わる頃、大きな寺が見えてきた。だが坊さんはそこには向かわず、俺達を連れて寺を右に回り奥へと進んだ。
そこにはもう一つ鳥居があり、更に石段が続いていた。
鳥居をくぐる前に坊さんがBに聞いた。
坊「Bくん、今はどんな感じですか?」

B「二本足で立っています。ずっとこっちを見ながら、付いてきてます」

坊「そうか、もう立ちましたか。よっぽどBくんに見つけてもらえたのが嬉しかったんですね。
ではもう時間がない。急がなくてはなりませんね」
そして石段を上り終えると、さっきの寺とは比べ物にならない位小さな小屋がそこにあり、坊さんはその小屋の裏へ回ると、俺達を呼んだ。
俺達も裏へ回ると坊さんは、ここに一晩入り、憑きモノを祓うのだと言った。
そして、中には明りが一切ないこと、夜が明けるまでは言葉を発っしてはならないことを伝えてきた。

坊「もちろん、携帯電話も駄目です。明りを発するものは全て。食ったり寝たりすることもなりません」

どうしても用を足したくなった場合はこの袋を使用するようにと、変な布の袋を渡された。
俺は目を疑った。
(布って・・)
だが坊さん曰く、中から液体が漏れないようになっているらしい。信じ難かったが、そこに食いついてもしょうがないので大人しくしといた。その後俺達に、竹の筒みたいなものに入った水を一口ずつ飲ませ、自分も口に含むと俺達に吹きかけてきた。そして小さな小屋の中に入るように言った。俺達は順番に入ろうとしたんだが、Bが入る瞬間、口元を押さえて外に飛び出して吐いたんだ。突然のことで驚いた俺達だったが、坊さんが慌てた様子で聞いてきた。

坊「あなたたち、堂に行ったのは今日ではないですよね?」

俺「え?昨日ですけど」

坊「おかしい、一時的ではあるが身を清めたはずなのに、おんどうに入れないとは」

言ってる意味がよく分からなかった。すると坊さんはBのヒップバッグに目をつけ、
坊「こちらに滞在する間、誰かから何かを受け取りましたか?」
と聞いてきた。
俺は特に思い浮かばず、だがAが言ったんだ。
A「今日給料もらいましたけど」

当たり前すぎて忘れてた。そういえば給料も貰いものだなって妙に感心したりして。

俺「あ、あと巾着袋も」

A「おにぎりも。もらい物に入るなら」

給料を貰った時に女将さんにもらった小さな袋を思い出した。そして美咲ちゃんには朝、おにぎりを作って貰ったんだった。
坊さんはそれを聞くと、Bに話しかけた。
坊「Bくん、それのどれか一つを今、持っていますか?」

B「おにぎりはデカイ鞄の方に入れてありますけど、給料と袋は、今持ってます」

Bはそう言ってバッグからその二つを取り出した。

坊さんは、まず巾着袋を開けた。すると一言、「これは・・」と言って俺達に見えるように袋の口を広げた。中を覗き込んで俺達は息を呑んだ。そこには、大量の爪の欠片が詰まっていたんだ。俺の足に張り付いていたものと一緒だった。見覚えのある、赤と黒ずんだものだった。

Bは、その場ですぐまた吐いた。俺もそれに釣られて吐いた。周辺が汚物の匂いでいっぱいになり、坊さんも顔を歪めていた。坊さんは、Bの持ち物を全て預かると言い、俺達2人も持ち物を全て出すように言った。
俺は、携帯と財布を坊さんに手渡し、旅行鞄の方に入っている巾着袋を処分してもらえるよう頼んだ。坊さんは頷き、再度Bに竹筒の水を飲ませ、吹きかけた。
そして俺達3人がおんどうの中に入ると、
坊「この扉を開けてはなりません。皆、本堂のほうにおります。明日の朝まで、誰もここに来ることはありません。」

坊「そして、壁の向こうのものと会話をしてはなりません。このおんどうの中でも言葉を発してはなりません。居場所を教えてはなりません。」

坊「これらをくれぐれもお守りいただけますよう、お願いします」

そう言って俺達の顔を見渡した。俺達は頷くしかなかった。この時既に言葉を発してはならない気がして、怖くて何も言えなかったんだ。

坊さんは俺達の様子を確認すると、扉を閉め、そのまま何も言わず行ってしまった。おんどうの中はひんやりしていた。
実際ここで飲まず食わずでやっていけるのかと不安だったが、これなら一晩くらいは持ちそうだと思った。
建物自体はかなり古く、壁には所々に隙間があった。といっても結構小さいものだけど。
まだ昼時ということもあり、外の光がその隙間から入り、AとBの顔もしっかり確認できた。
顔を見合わせても何も喋ることができないという状況は、生まれて初めてだった。
「大丈夫だ」という意味を込めて俺が頷くと、AもBも頷き返してくれた。
しばらくすると、顔を見合わせる回数も少なくなり、終いにはお互い別々の方向を向いていた。
喋りたくても喋れないもどかしさの中、後どれくらいの時間が残っているのか見当も付かない俺達は、ただただ呆然とその場にいることしかできなかったんだ。
途方もない時間が過ぎていると感じているのに、まだ外は明るかった。
するとAがゴソゴソと音を立て出した。
何をしているのかと思い、あまり大きな音を出す前に止めさせようと思ってAの方に向き直ると、Aは手に持った紙とペンを俺達に見せた。
こいつは、坊さんの言うことを聞かずに密かにペンを隠し持っていたのだ。
そして紙は、板ガムの包み紙だった。まあメモ用紙なんて持っているはずない俺達なので、きっとそれしか思い浮かばなかったんだろう。
(こいつ何やってんだよ・・)
一瞬そう思った俺だが、意思の疎通ができないこの状況で極限に心細くなっていた所為もあり、Aの取った行動に何も言う事が出来なかった。
むしろ、ひとつの光というか、上手く説明できないんだが、とにかくすごく安心したのを覚えてる。
Aはまず自分で紙に文字を書き、俺に渡してきた。
”みんな大丈夫か?”
俺はAからペンを受け取り、なるべく小さく、スペースを空けるようにして書き込んだ。
”俺は今のところ大丈夫、Bは?”

そしてBに紙とペンを一緒に手渡した。
”俺も今は平気。何も見えないし聞こえない。”
そしてAに紙とペンが戻った。こんな感じで、俺達の筆談が始まったんだ。
A”ガム残り4枚。外紙と銀紙で8枚。小さく文字書こう”
俺”OK。夜になったらできなくなるから今のうちに喋る”
B”わかった”
A”今何時くらい?”
俺”わからん”
B”5時くらい?”
A”ここ来たの1時くらいだった”
俺”なら4時くらいか”
B”まだ3時間か”
A”長いな”

こんな感じで他愛もない話をして1枚目が終わった。
するとAが書いてきた。

A”○○文字でかい”

俺は謝る仕草を見せた。
するとAは俺にペンを渡してきたので、

俺”腹減った”

と書き込みBに渡した。そしてBが何も書かずにAに紙を渡した。
するとAは

A”俺も”

と書いて俺に渡してきた。
あれだけ心細かったのに、いざ話すとなるとみんな何も出てこなかった。俺は、日が沈む前に言っておかなければならないことを書いた。
俺”何があっても、最後までがんばろうな”

B”うん”

A”俺、叫んだらどうしよう”

俺”なにか口に突っ込んどけ”

B”突っ込むものなんてないよ”

A”服脱いでおくか”

俺”てか、何も起きない、そう信じよう”

Bは俺の書いた言葉にはノーコメントだった。

俺も書いたあと、自分で何を言ってるんだろうと思った。

坊さんは、何も起きないとは一言も言っていなかった。
むしろ、これから何が起こるのかを予想しているような口ぶりで俺達にいくつも忠告をしたんだ。
そう考えると俺達は、一刻も早く時間が過ぎてくれることを願っている一方で、本当の本当は、夜を迎えるのがすごく怖かったんだ。
夜だけじゃない、あの時ああしてる時間も、本当は怖くてしょうがなかった。
唯一の救いが、互いの存在を目視できるということだっただけで。
俺の一言で空気が一気に重くなった。
俺はこの空気をどうにかしようと、Bの持っていた紙とペンをもらい、俺”何か喋れ時間もったいない”と書いてAに渡した。他人任せもいいとこ。
Aは一瞬困惑したが、少し考えて書き出し、俺に渡してきた。

A”じゃあ、帰ったら何するか”

俺”いいね。俺はまずツタヤだな”

B”なんでツタヤ?”

俺”DVD返すの忘れてた”

A”どんだけ延泊!?”

まあ嘘だった。どうにかして気を紛らわせたかったからなんでもいいやって適当に書いた。結果、雰囲気はほんの少しだが和み、AもBもそれぞれ帰ったら何をするかを書いた。少しずつだが、ゆっくりと俺達は静かな時間を過ごした。
そして残りの紙も少なくなった頃、Bはある言葉を紙に書いた。
B”俺は坊さんに言われたことを必ず守る。死にたくない”
俺もAも、最後の言葉を見つめてた。
俺は「死にたくない」なんて言葉、生まれてこの方本気で言ったことなんかない。
きっとAもそうだろう。死ぬなんて考えていなかったからだ。
死を間近に感じたことがないからだ。それを、今目の前で心の底から言うヤツがいる。
その事実がすごく衝撃的だった。
俺はBの目をしっかりと見つめ、頷いた。
その後は特に何も話さなかったが、不思議と孤独感はなかった。
お互いの存在を感じながら、俺達は日が暮れるのを感じていた。
何もせずにいると蝉の鳴き声がうるさくて、でも徐々に耳が慣れて気にならなくなった。
でも、なんか違和感なんだ。よく耳を凝らすとなにか他の音が聞こえるんだ。
さらに耳を凝らすと、段々その音がクリアに聞こえるようになった。
俺は考えるより先に確信した。
あの呼吸音だって。Bを見た。薄暗くて分かりづらかったが、Bに気づいている気配はなかった。
Bには聞こえないのか?そういえばBって呼吸音について言ってたっけ?
もしかしてあれは聞いたことがないのか?それとも単に気づいていないだけか?頭の中で色々な考えが浮かんだ。
すると硬直する俺の様子に気づいたBが、周りをキョロキョロと見回し始めた。
この状況の中で、神経が過敏にならないはずがなかった。俺の異変にすぐ気づいたんだ。
すると、Bの視線が一点に止まった。俺の肩越しをまっすぐ見つめていた。
白目が一気にデカくなり、大きく見開いているのがわかった。
AもBの様子に気が付き、Bの見ている方を見ていたが何も見つけられないようだった。
俺は怖くて振り返れなかった。それでも、あの呼吸音だけは耳に入ってくる。
ソレがすぐそこにいることがわかった。動かず、ただそこで「ひゅーっひゅーっ」といっていた。
しばらく硬直状態が続くと、今度は俺達のいるおんどうの周りを、ズリズリとなにか引きずるような音が聞こえ始めたんだ。
Aはこの音が聞こえたらしく、急に俺の腕を掴んできた。
その音は、おんどうの周りをぐるぐると回り、次第に呼吸音が「きゅっ・・・・きゅえっ・・」っていう何か得体の知れない音を挟むようになった。
俺には音だけしか聞こえないが、ソレがゆっくりとおんどうの周りを徘徊していることは分かった。
Aの腕から心臓の音が伝わってくるのを感じた。Bを確認する余裕がなかったが、固まってたんだと思う。
全員微動だにしなかった。俺は恐怖から逃れるために、耳を塞いで目を瞑っていた。
頼むから消えてくれと、心の中でずっと願っていた。
どれくらい時間が経ったかわからない。ほんの数分だったかも知れないし、そうでないかも知れない。
目を開けて周りを見回すと、おんどうの中は真っ暗で、ほぼ何も見えない状態だった。そしてさっきまでのあの音は、消えていた。
恐怖の波が去ったのか、それともまだ周りにいるのか、判断がつかず動けなかった。そして目の前に広がる深い闇が、また別の恐怖を連れて来たんだ。目を凝らすが何も見えない。
「いるか?」「大丈夫か?」の掛け声さえ出せない。
ただAはずっと俺の腕を握ってたので、そこにいるのが分かった。
俺はこの時猛烈にBが心配になった。Bは明らかに何かを見ていた。
暗がりの中で、Bを必死に探すが見えない。
俺は、Aに掴まれた腕を自分の左手に持ち直し、Aを連れてBのいた方へソロソロと歩き出した。
なるべく音を立てないように、そしてAを驚かせないように。

暗すぎて意思の疎通ができないんだ。誰かがパニックになったら終わりだと思った。
どこにいるか全くわからないので、左手にAの腕を持ったまま、右手を手前に伸ばして左右にゆっくり振りながら進んだ。すると指先が急に固いものに当たり、心臓がボンっと音を立てた。
手に触れたそれは、手触りから壁だということがわかった。おかしい、Bのいた方角に歩いてきたのにBがいない。俺は焦った。さらに壁を折り返してゆっくりと進んだ。だがまた壁に行き着いた。途方に暮れて泣きそうになった。
「Bどこだ」の一言を何度も飲み込んだ。
どうしていいかわからなくなり、その場に立ち尽くしたままAの腕を強く握った。
すると、今度はAが俺の腕を掴み、ソロソロと歩き出したんだ。

まず、Aは壁際まで行くと、掴んだ俺の腕を壁に触らせた。
そしてそのままゆっくりと壁沿いを移動し、角に着いたら進路を変えてまた壁沿いに歩く。
そうやっていくうちに、前を歩くAがぱたりと止まった。そして、俺の腕をぐいっと引っ張ると、何か暖かいものに触れさせた。
それは、小刻みに震える人の感触だった。Bを見つけたと思った。でもすぐ後に、(これは本当にBなのか?)という疑問が芽生えた。
よく考えたらAもそうだ。ずっと近くにいたが、実際俺の腕を掴んでいるのはAなのか?
俺は暗闇のせいで、完全に疑心暗鬼に陥っていた。俺が無言でいると、Aはまた俺の腕を掴み、ソロソロと歩き出した。
俺はゆっくりとついていった。すると、ほんの僅かだが、視界に光が見えるようになった。
不思議に思っていると、部屋にある隙間から少しだけ月の明かりが入ってきているのが目に入った。
Aはそこへ俺達を連れて行こうとしているのだと思った。何故気づかなかったのか、今思っても不思議なんだ。
暗闇に目が慣れるというのを聞いたことがあったけど、恐怖に呑まれてそれどころじゃなかった。
ほんとに真っ暗だったんだ。
とにかく、その時俺はその光を見て心の底から救われた気持ちになった。
そしてAに感謝した。後から聞いたんだが、
A「俺は見えもしなかったし、聞こえもしなかった。なんか引きずってる音は聞こえたんだけどな。
でもそのおかげで、お前達よりは余裕があったのかも。」
と言っていた。
大した奴だって思った。

光の下に来ると、Aの反対側の手にBの腕が握られているのが見えた。
月明かりで見えたBの顔は、汗と涙でぐっしょり濡れていた。
何があったのか、何を見たのか、聞くまでもなかった。
夜は昼と違って、すごく静かで、遠くで鈴虫が鳴いていた。
俺達はしばらくそこでじっとしていた。
恥ずかしながら、3人で互いに手を取り合う格好で座った。ちょうど円陣を組む感じで。
あの状態が一番安心できる形だったんだと思う。
そして何より、例え僅かな光でも、相手の姿がそこに確認できるだけで別次元のように感じられたんだ。しばらくそうしていると、とうとう予想していたことが起きた。
Aが催したのだ。生理現象だから絶対に避けられないと思っていた。
Aは自分のズボンのポケットから坊さんに貰った布の袋をゴソゴソと取り出すと、立ち上がって俺達から少し離れた。静寂の中、Aの出す音が響き渡る。
なんか、まぬけな音に若干気が抜けて、俺もBも顔を見合わせてニヤっとした。
その瞬間だった。

「Bくん」

AB俺(・・・)
一瞬にして体に緊張が走る。
するとまた聞こえた。俺達がおんどうに入った扉のすぐ外側からだった。

「Bくん」

俺達は声の主が誰か一瞬で分かった。
今朝も聞いた、美咲ちゃんの声だった。

「Bくんおにぎり作ってきたよ」

こちらの様子を伺うように、少し間を空けながら喋りかけてくる。
抑揚が全くなく、機械のようなトーンだった。Bの手にぐっと力が入るのが分かった。

「Bくん」

「・・・」

しばらくの沈黙の後、突然関を切ったように、

「Bくんおにぎり作ってきたよ」

「いらっしゃいませ~」

「おにぎり作ってきたよ」

「Bくん」

「いらっしゃいませ~」

「おにぎり作ってきたよ」

と同じ言葉を何度も何度も繰り返すようになった。尋常じゃないと思った。恐かった。美咲ちゃんの声なのに、すげー恐かった。坊さんはおんどうには誰も来ないと俺達に言っていた。
そしてこの無機質な喋り方だ。扉の外にいるのは、絶対に美咲ちゃんじゃないと思った。
気づくとAが俺達の側に戻り、俺とBの腕を掴んだ。力が入ってたから、こいつにも聞こえてるんだと思った。俺達は3人で、おんどうの扉の方を見つめたまま動けなかった。
その間もその声は繰り返し続く。

「いらっしゃいませ~」
「Bくん」
「おにぎり作ってきたよ」

そしてとうとう、扉がガタガタと音を出して揺れ始めた。おい、ちょ、待て。
扉の向こうのヤツは扉をこじ開けて入ってくるつもりなんだと思った。
俺は扉が開いたらどうするかを咄嗟に考えた。
(全速力で逃げる、坊さんたちは本堂にいるって言ってたからそこまで逃げて・・おい本堂ってどこだ)とか。もうここからどうやって逃げるかしか考えてなかった。やがてそいつは、ガンガンと扉に体当たりするような音を立てだした。無機質な声で喋りながら。

そしてそのまま少しずつ、おんどうの壁に沿って左に移動し始めたんだ。
一定時間そうした後にまた左に移動する。その繰り返しだった。
(何してるんだ・・?)
不思議に思っていると、俺はあることに気づいた。俺達のいる壁際には隙間が開いている。
そしてそいつは今そこにゆっくりと向かっている。
(もし隙間から中が見えたら?)
(もし中からアイツの姿が見えたら?)

そう考えると居ても立ってもいられなくなり、俺は2人を連れて急いで部屋の中央に移動した。移動している。ゆっくりと、でも確実に。
心臓の音さえ止まれと思った。ヤツに気づかれたくない。いや、ここにいることはもう気づかれているのかもしれないけど。
恐怖で歯がガチガチといい始めた俺は、自分の指を思いっきり噛んだ。そして俺は、隙間のある場所に差し掛かったそいつを見た。
見えたんだ。月の光に照らされたそいつの顔を、今まで音でしか感じられなかったそいつの姿を。真っ黒い顔に、細長い白目だけが妙に浮き上がっていた。
そして体当たりだと思っていたあの音は、そいつが頭を壁に打ち付けている音だと知った。
そいつの顔が、一瞬壁の隙間から消える。外でのけぞっているんだろう。
そしてその後すぐ、ものすごい勢いで壁にぶち当たるんだ。
壁にぶち当たる瞬間も、白目をむき出しにしてるそいつから、俺は目が離せなくなった。
金縛りとは違うんだ、体ブルブル動いてたし。ただ見たことのない光景に、目を奪われていただけなのかも知れないな。
あの勢いで頭を壁にぶつけながら、それでも淡々と喋り続けるそいつは、完全に生きた人間とはかけ離れていた。
結局、そいつは俺達が見えていなかったのか、隙間の場所でしばらく頭を打ち付けた後、さらにまた左へ左へと移動していった。
俺の頭の中で、残像が音とシンクロし、そいつが外で頭を打ち付けている姿が鮮明に想像できた。
正直なところ、そいつがどれくらいそこに居たのかを俺は全く覚えていない。
残像と現実の区別がつけられない状態だったんだ。
後から聞いた話だと、そいつがいなくなって静まりかえった後、3人ともずっと黙っていたらしい。
Aは警戒したから。
Bは恐怖のため動けなかったから。
そして俺は残像の中で延長戦が繰り広げられていたから。
そんでAが俺を光の場所へ連れていこうと腕を掴んだ時、体の硬直が半端なくて一瞬死んだと思ったらしい。
本気で死後硬直だと思ったんだって。
BはBで、恐怖で歯を食いしばりすぎて、歯茎から血を流してた。
Aだけは、やっぱり姿を見ていなかった。
あと、そいつはそこから遠ざかって行く時カラスのように「ア゛ーっア゛ー」と奇声を発していたらしい。
その声は、Aだけが聞いていたんだけど。
そいつの2度の襲来によって、その後の俺達の緊張の糸が緩むことはなかった。
ただ、神経を張り巡らせている分体がついていかなかった。
みんな首を項垂れて、目を合わすことは一切無かった。
Bは、催したものをそのまま垂れ流していたが、Aと俺はそれを何とも思わなかった。
あんなに夜が長いと思ったのは生まれて初めてだ。
憔悴しきった顔を見たのも、見せたのも、もちろん人でないものの姿を見たのも。
何もかも鮮明に覚えていて、今も忘れられない。
おんどうの隙間から光が差し込んできて、夜が明けたと分かっても、俺達は顔を上げられずそこに座っていた。
雀の鳴き声も、遠くから聞こえる民家の生活音も、すべてが俺の心臓に突き刺さる。
ここから出て生きていけるのか、本気でそう思ったくらいだ。
本格的に太陽の光が中に入りこんできた頃、遠くからこっちに近づいてくる足音が聞こえた。
俺達は完全に身構え体制に入った。
足音はすぐ近くまで来ると、おんどうの裏へ回り入り口の前で止まった。
息を呑んでいると、ガタガタっと音がし、「キィーッ」と音を立てて扉が開いた。
そこに立っていたのは、坊さんだった。
坊さんは俺達の姿を見つけると、一瞬泣きそうな顔をして、
坊「よく、頑張ってくれました」
と言った。
あの時の坊さんの目は、俺一生忘れないと思う。
本当に本当に優しい目だった。
俺は、不覚にも腰を抜かしていた。
そして、いい年こいてわんわん泣いた。
坊さんは、俺達の汗と尿まみれのおんどうの中に迷わず入って来て、そして俺達の肩を一人一人抱いた。
その時坊さんの僧衣?から、なんか懐かしい線香の香りがして、
(ああ、俺達、生きてる)
って心の底から思った。そこでまた俺子供のように泣いた。しばらくしても立ち上がれない俺を見て、坊さんはおっさんを呼んできてくれた。

そして2人に肩を抱えられながら、前日に居た一軒家に向かった。
途中、行く時に見た大きな寺の横を通ったんだが、その時俺達3人は叫び声を聞いた。
低く、そして急に高くなって叫ぶ人の声だった。家の玄関に着くと耳元でAが囁いた。
A「さっきのあれ、女将さんの声じゃね?」
まさかと思ったが、確かに女将さんの声に聞こえなくもなかった。
だが俺はそれどころじゃないほど疲れていたわけで。
早く家に上げて欲しかったんだが、玄関に出てきた女の人がすげー不快そうに俺達を見下しながら、
「すぐお風呂入って」
って言うんだわ。まーしょうがない。だって俺達有り得んくらい臭かったしね。そして俺達は、3人仲良く風呂に入った。
まあ怖かった。いきなり一人になる勇気はさすがになかった。風呂を上がると見覚えのある座敷に通され、そこに3枚の布団が敷いてあった。
「まず寝ろ」ということらしかった。ここは安全だという気持ちが自分の中にあったし、極限に疲れていたせいもあった。
というか、理屈よりまず先に体が動いて、俺達は布団に顔を埋めてそのまま泥のように眠った。

俺は眠りに入る中で、まったくもってどうでもいいことを思った。
(起きたらあいつらに、俺達が帰るって電話しなきゃな。)

旅行の準備満タンでスタンバイする友達2人は、俺達が今こうして死にそうな思いをしていたことを知らない。
もちろん、旅行計画がオジャンになることも。そういえば、おんどうから出る時俺はBに聞いたんだ。
俺「B、もう、見えないよな?」

するとBは、確かな口調で答えた。
B「ああ、見えない。助かったんだ。ありがとう」

おれはその最後の一言を聞いて、Bが小便を垂らしたことは内緒にしておいてやろうと思った。俺達は助かったんだ。その事実だけで、十分だった。

ーーー

その後目を覚ました俺達は、事の真相を坊さんに聞かされることになる。
そして、人間の本当の怖さと、信念の強さがもたらした怪奇的な現実を知るんだ。
Bの見たもの、俺の見たもの、Aの聞いたもの。それを全て知って、俺達は再び逃げ出す決心をする。
今まで読んでくれた人たち、本当にありがとう。自分でもこんな長文になるとは思ってもなかった。
沢山の期待がある分、それに沿えない結果だったかもしれないけど、話を湾曲させたくなかったからそのまま書かせてもらった。
長すぎるのもなんなんで、一応ここで完結にしておく。これから先は、事の真相を書くんで、本当に気になる人だけ読んでくれ。

あの後、俺達は死んだように眠り、坊さんの声で目を覚ました。

坊「皆さん、起きれますか?」

特別寝起きが悪いAをいつものように叩き起こし、俺達は坊さんの前に3人正座した。

坊「皆さん、昨日は本当によく頑張ってくれました。
無事、憑き祓いを終えることができました」

そう言って坊さんは優しく笑った。

俺達は、その言葉に何と言っていいか分からず、曖昧な笑顔を坊さんに向けた。
聞きたいことは山ほどあったのに、何も言い出せなかった。

すると坊さんは俺達の心中を察したのか、
坊「あなたたちには、全てお話しなくてはなりませんね。お見せしたい物があります」
と言って立ち上がった。

坊さんは家を出ると、俺達を連れて寺の方に向かった。

石段を上る途中、Bはキョロキョロと辺りを警戒する仕草を見せた。
それにつられて俺も、昨日見たアイツの姿を思い出して同じ行動を取った。

それに気づいた坊さんは、俺達に聞いた。
坊「もう大丈夫のはずです。どうですか?」

B「大丈夫・・何も見えません」

俺「俺も平気です」

その返事を聞くと坊さんはにっこりと笑った。

大きな寺に着くと、ここが本堂だと言われた。
坊さんの後ろに続いて寺の横にある勝手口から中に入り、さっきまで居た座敷とさほど変わらない部屋に通された。
坊さんは俺達にここで少し待つように言うと、部屋を出て行った。
Bは落ち着かないのか貧乏揺すりを始めた。
暫くすると、坊さんは小さな木箱を手に戻って来た。
そして俺達の対面に腰を下ろすと、坊「今回の事の発端をお見せしますね」
と言って箱を開けた。3人で首を伸ばして箱の中を覗き込んだ。
そこには、キクラゲがカサカサに乾燥したような、黒く小さい物体が綿にくるまれていた。
AB俺(何だこれ?)
よく見てみるが分からない。だがなんとなく、どっかで見たことのある物だと思った。
俺は暫く考え、咄嗟に思い出した。昔、俺がまだ小さい頃、母親がタンスの引き出しから大事そうに木の箱を持ってきたことがあった。
そして箱の中身を俺に見せるんだ。すげー嬉しそうに。
箱の中には綿にくるまれた黒くて小さな物体があって、俺はそれが何か分からないから母親に尋ねたんだ。
そしたら母親は言ったんだ。
「これはねぇ、臍(へそ)の緒って言うんだよ。お母さんと、○○が繋がってた証」

俺は子供心に(なんでこんなの大事そうにしてるんだろ?)って思った。

目の前にあるその物体は、あの時に見た臍の緒に似ているんだと思った。

A「これ何ですか?」

坊「これは、臍の緒ですよ」

というか似てるもなにも臍の緒だった。

A「俺初めて見たかも」

B「おれ見たことある」

俺「俺も」

坊「みなさん親御さんに見せてもらったのでしょう。
こういうものは、大切に取っておく方が多いですから」

坊「この臍の緒も、それはそれは大切に保管されていたものなのです」

俺たちは黙って坊さんの話を聞いていた。

坊「母親の胎内では、親と子は臍の緒で繋がっております。
今ではその絆や出産の記念にと、それを大切にする方が多いですが、臍の緒には色々な言い伝えがあり、昔はそれを信じる者も多かったのです」

B「言い伝え?」

坊「そうです。昔の人はそういう言い伝えを非常に大切にしておりました。今となっては迷信として語られるだけですが」

そう前置きをして坊さんは臍の緒に関する言い伝えを教えてくれた。主に”子を守る”という意味を持っているが、解釈は様々。
”子が九死に一生の大病を患った際に煎じて飲ませると命が助かる”とか”子に持たせるとその子を命の危険から守る”というのがあって、親が子供を想う気持ちが込められているところでは共通しているらしい。
俺たちはその話を聞いて、「へぇ~」なんて間抜けな返事をしていた。

坊さんは一息入れると、微かに口元を上げて言った。

坊「ひとつ、この土地の昔話をしてもよろしいですか?今回の事に関わるお話として聞いいただきたいのです」

俺達は坊さんに頷いた。ここから、坊さんの話が始まる。
結構長くて、正確には覚えてない、所々抜け落ち部分があるかも。

坊「この土地に住む者も、臍の緒に纏わる言い伝えを深く信じておりました。
土地柄、ここでは昔から漁を生業として生活する者が多くおりました。
漁師の家に子が生まれると、その子は物心がつく頃から親と共に海に出るようになります。
ここでは、それがごく普通のしきたりだったようです」

坊「漁は危険との隣り合わせであり、我が子の帰りを待つ母親の気持ちは、私には察するに余りありますが、それは深く辛いものだったのでしょう。
母親達はいつしか、我が子に御守りとして臍の緒を持たせるようになります」

坊「海での危険から命を守ってくれるように、そして行方のわからなくなったわが子が、自分の元へと帰ってこれるようにと」

俺「帰ってくる?」

俺は思わず口を挟んだ。

坊「そうです。まだ体の小さな子は波にさらわれることも多かったと聞きます。
行方の分からなくなった子は、何日もすると死亡したことと見なされます。
しかし、突然我が子を失った母親は、その現実を受け入れることができず、何日も何日もその帰りを待ち続けるのだそうです」

坊「そうしていつからか、子に持たせる臍の緒には、”生前に自分と子が繋がっていたように、子がどこにいようとも自分の元へ帰ってこれるように”と、命綱の役割としての意味を孕むようになったのだと言います」

皮肉な話だと思った。本来海の危険から身を守る御守りとしての役割を成すものが、いざ危険が起きたときの命綱としての意味も持ってる。
母親はどんな気持ちで子どもを送り出してたんだろうな。

坊「実際、臍の緒を持たせていた子が行方不明になり無事に帰ってくることはなかったそうです」

坊「しかしある日、”子供が帰ってきた”と涙を流して喜ぶ1人の母親が現れます。これを聞いた周囲の者はその話を信用せず、とうとう気が狂ってしまったかと哀れみさえ抱いたそうです。
何故なら、その母親が海で子を失ったのは3年も前のことだったからです」

B「どこかに流れついて今まで生きてたとかじゃないんですか?」

坊「そうですね。始めはそう思った者もいたようです。そして母親に子供の姿を見せてほしいと言い出した者もいたそうなのです」

B「それで?」

坊「母親はその者に言ったそうです。”もう少ししたら見せられるから待っていてくれ”と」

どういう意味だ?帰って来たら見せられるはずじゃないのか?
俺はこの時、理由もなく鳥肌が立った。

坊「もちろんその話を聞いて村の者は不振に思ったそうですが、子を亡くしてからずっと伏せっていた母親を見てきた手前、強く言うことができずそのまま引き下がるしかできなかったそうです」

坊「しかし次の日、同じ事を言って喜ぶ別の母親が現れるのです。そしてその母親も、子の姿を見せることはまだできないという旨の話をする。
村の者達は困惑し始めます。」

坊「前日の母親は既に夫が他界し、本当のところを確かめる術が無かったのですが、この別の母親には夫がおりました。
そこで村の者達は、この夫に真相を確かめるべく話を聞くことになったそうです」

坊「するとその夫は言ったそうです。”そんな話は知らない”と。母親の喜びとは反対に、父親はその事実を全く知らなかったのです。
村人達が更に追求しようとすると、”人の家のことに首を突っ込むな”とついには怒りだしてしまったそうです」

まあ、そうだよな。何にせよ周りの人に家の中のことをごちゃごちゃ聞かれたらいい気はしないだろうな、なんて思ったりもした。

坊「その後何日かするとある村の者が、最初に子が戻ってきたと言い出した母親が、昨晩子共を連れて海辺を歩く姿を見たと言い出します。暗くてあまり良く見えなかったが、手を繋ぎ隣にいる子供に話しかけるその姿は、本当に幸せそうだったと。この話を聞いた村の者達は皆、これまでの非を詫びようと、そして子が戻ってきたことを心から祝福しようと、母親の家に訪ねに行くことにしたそうです」

坊「家に着くと、中から満面の笑顔で母親が顔を出したそうです。村の者達はその日来た理由を告げ、何人かは頭を下げたそうです。
すると母親は、”何も気にしていません。この子が戻って来た、それだけで幸せです”と言いながら、扉に隠れてしまっていた我が子の手を引き寄せ、皆の前に見せたそうです」

坊「その瞬間、村の者達はその場で凍りついたそうです」

AB俺「・・・」

坊「その子の肌は、全身が青紫色だったそうです。そして体はあり得ない程に膨らみ、腫れ上がった瞼の隙間から白目が覗き、辛うじて見える黒目は左右別々の方向を向いていたそうです。そして口から何か泡のようなものを吹きながら母親の話しかける声に寄生を発していたそうです。それはまるでカラスの鳴き声のようだったと聞きます。
村の者達は、子供の奇声に優しく笑いかけ、髪の抜け落ちた頭を愛おしそうに撫でる母親の姿を見て、恐怖で皆その場から逃げ出してしまったのだそうです」

坊「散り散りに逃げた村の者達はその晩、村の長の家に集まり出します。何か得体の知れないものを見た恐怖は誰一人収まらず、それを聞いた村の長は自分の手には負えないと判断し、皆を連れてある住職の元へ行くことにします。その住職というのが、私のご先祖に当たる人物らしいのですが・・」

坊「相談を受けた住職は、事の重大さを悟りすぐさま母親の元に向かいます。そして母親の横に連れられた子を見るや、母親を家から引きずり出し寺へと連れて帰ったそうです。その間も、その子は住職と母親の後をずっと付いてきて奇声を発していたのだとか」

坊「寺に着くとまず結界を強く張った一室に母親を入れ、話を聞こうとします。しかし、一瞬でも子と離れた母親は、その不安からかまともに話をできる状態ではなかったと聞きます。ついには子供を返せと、住職に向かってものすごい剣幕で怒鳴り散らしたのだそうです」

A「それでどうなったんですか?」

坊「子を想う母は強い。住職が本気で押さえ込もうとしたその力を跳ね飛ばし、そのまま寺を飛び出してしまったのだそうです」

坊さんは少し情けなそうな顔をしてそう言った。

坊「その後、村の者と従者を何人か連れて母親の家に行きましたが、そこに母と子の姿はなかったそうです。
そして家の中には、どこのものかわからない札が至る所に貼り付けられ、部屋の片隅には腐った残飯が盛られ異臭が立ち込めていのだとか」

この時俺は思った。あの旅館の2階で見たものと同じだと。

坊「そこに居た皆は同じことを思いました。母親は子を失った悲しみから、ここで何かしらの儀を行っていたのだと。
そして信じ難いことだが、その産物としてあのようなモノが生まれたのだと。その想いを悟った村の者達は、母親の行方を村一丸になって捜索します」

坊「住職はすぐさま従者を連れ、もう一人の母親の家に向かいますが、こちらも時既に遅しの状態だったそうです。得体の知れないモノに語りかけ、子の名前を呼ぶ母親に恐怖する父親。その光景を見た住職は、経を唱えながらそのモノに近づこうとしますが、子を守る母親は住職に白目を向き、奇声を発しながら威嚇してきたのだそうです」

現実味のない話だったのに、なぜかすごく汗ばんだ。

坊「村の者は恐れ、一歩も近寄れなかったと言います。しかし住職とその従者は臆することなくその母親とそのモノに近づき、興奮する母親を取り押さえ寺へ連れ帰ります。暴れる母親を抱えながら、背後から付いて来るモノに経を唱え、道に塩を盛りながら少しずつ進んだのだそうです」

坊「寺に着くと住職は母親をおんどうへ連れて行き、体を縛りその中に閉じ込めたのだそうです」

A「そんなことを・・」

Aが哀れみの声を出した。

坊「仕方がなかったのです。親と子を離すのが先決だった、そうしなければ何もできなかったのでしょう」

坊さんがしたことではないが、Aは坊さんから顔を背けた。

少しの沈黙の後、坊さんは続けた。

坊「母親の体には自害を防ぐための処置が施されたようですがその詳細は分かりません。その後、おんどうの周りに注連縄を巻きつけ、住職達はその周りを取り囲むようにして座り経を唱え始めたそうです。中から母親の呻き声が聞こえましたが、その声が子に気づかれぬよう、全員で大声を張り上げながら経を唱えたそうです」

坊「住職達が必死に経を唱える中、いよいよ子の姿が現れます。子は親を探し、おんどうの周りをぐるぐると回り始めます。何を以って親の場所を捜すのか、果たして経が役目を成すのかもわからない状態で、とにかく住職達は必死に経を唱えたのです」

そこで坊さんは一息ついた。

B「それで、どうなったんですか?」
Bの声は恐る恐るといった感じだった。

坊「おんどうの周りを回っていたそのモノは、次第に歩くことを困難とし、四足歩行を始めたそうです。その後、四肢の関節を大きく曲げ、蜘蛛のように地を這い回ったそうです。それはまるで、人間の退化を見ているようだったと。その後、なにやら呻き声を上げたかと思うとそのモノの四肢は失われ、芋虫のような形態でそこに転がっていたのだとか」

坊「そしてそのモノは夜が明けるにつれて小さくすぼみ、最終的に残ったのが、臍の緒だったのです」

俺は、坊さんの話に聞き入っていた。
まるで自分達の話に毛が生えて、昔話として語られているような感覚だった。

するとAが聞いたんだ。

A「え、もしかしてその臍の緒って・・」

すると坊さんは静かに答えた。

坊「今朝、おんどう奥の岩の上に転がっていたものです」

B「マジかよ・・」

Bは呆然として呟いた。

俺「なんで?なんで俺達なんですか?」

坊「詳しくはわかりません。この寺には、代々の住職達の手記が残されていますが、母親でない者にこのような現象が起きた事例は見当たりませんでした」

坊「何より、肝心の母親の行った儀式について。これがまだ謎に包まれたままなのです」

B「母親に聞かなかったんですか?」

坊「聞かなかったのではなく、聞けなかったのです」

ポカンとしていると坊さんはまた話し始めた。

坊「住職達がおんどうを開け中を確認すると、疲れ果ててぐったりした母親がいたそうです。子を求めて一晩中叫んでいたのでしょう。すぐさま母親を外に運びだし手当てをしましたが、目を覚ました時には、母親は完全に正気を失っておりました。二度も子を失った悲しみからなのか、はたまた何か禍々しいモノの所為なのか、それも分かりかねますが」

坊「そして村の者が捜索していたもう一人の母親ですが、一晩経を読み上げ疲れ果てた住職達の元に、発見の知らせが届いたそうです。近海の岸辺に遺体となって打ち上げられていたと。母親は体中を何かに食い破られており、それでいて顔はとても幸せそうだったとあります。何が起きたのかはわかりませんが、住職の手記にはこうありました。”子に食われる母親の最後は、完全な笑顔だった”と。」
信じられないような話なんだが、俺達は坊さんの話す言葉一つ一つをそのまま飲み込んだ。

坊「遺体となって見つかった母親の家は、村の者達による話し合いで取り壊されることとなり、その際に家の中から母親の書いたものらしいメモが見つかったそうです」

そう言って坊さんはそのメモの内容を俺達に説明してくれた。
簡単に言うと、儀式を始めてからの我が子を記録した成長記録のようなものだったそうだ。
どんな風に書かれていたのかは憶測でしかないんだが、内容は覚えているので以下に書く。わかりづらいかも。

○月?日 堂の作成を開始する
×月?日 変化なし

・・・

△月?日 △△(子の名前)が帰ってくる
△月?日 移動が困難な状態
△月?日 手足が生える
△月?日 はいはいを始める
△月?日 四つ足で動き回る
△月?日 言葉を発する
△月?日 立つ

この成長記録に、母親の心情がビッシリと書き連ねてあったらしい。
ちなみに、もう一人の母親は、屋根裏に堂を作っていたらしく、父親はその存在に全く気づいていなかったのだそうだ。

坊「私もすべてを理解しているとは言えませんが、この母親の成長記録と住職の手記を見比べると、そのモノは自分の成長した過程を遡るようにして退化していったと考えられませんか?」

確かにその通りだと思った。そして坊さんは、それ以上の言及を避けるように話を続けた。

坊「これ以降手記には、非常に稀ですが同じような事象の記述が見られます。だがその全てに、母親達がいつどのようにしてこの儀を知るのかが明記されていないのです。それは全ての母親が、命を落とす若しくは、話すこともままならない状態になってしまったことを意味しているのです」

坊さんは早期に発見できないことを悔やんでいると言った。

坊「今回の現象は初めてのことで、私自身もとても戸惑っているのです。何故母親ではないあなたがそのモノを見つけてしまったのか。子の成長は母親にしか分からず、共に生活する者にもそれを確認することはできないはずなのです」

そんなデタラメな話有りなのか?と思った。そしてBが、話の核心を知ろうと、恐る恐る質問した。
B「あの、母親って、・・・もしかして女将さんなんですか?」

坊さんは少し黙り、答えた。

坊「その通りです」

坊「真樹子さんは、この村出身の者ではありません。○○さん(旦那さんの名前)に嫁ぎこの村にやってきました。息子を一人儲け、非常に仲の良い家族でした」

そう言って話してくれた坊さんの話の内容は、大方予想が付いていたものだった。
女将さんの一人息子は、数年前のある日海で行方不明になったそうだ。
大規模な捜索もされたが、結局行方は分からなかったらしい。
悲しみに暮れた女将さんは、周囲から慰めを受け、少しずつだが元気を取り戻していったそうだ。旅館もそれなりに繁盛し、周囲も事件のことを忘れかけた頃、急に旅館が2階部分を閉鎖することになったんだって。
周りは不振に思ったが、そこまで首を突っ込むことでもないと、別段気にすることはなかったそうだ。そしてこの結果だ。
女将さんは、どこから情報を得たのか不明だが、あの2階へ続く階段に堂を作り上げそこで儀式を行っていた。

そしてその産物が俺達に憑いてきたという訳だが、ここがこれまでの事例と違うのだと坊さんは言った。
本来儀式を行った女将さんに憑くはずの子が、第3者の俺達に憑いたんだ。
考えられる違いは、女将さんは息子に臍の緒を持たせていなかったということ。
そこの村の人達は、昔からの風習で未だに続けている人もいるらしいが、女将さんはその風習すら知らなかった。
これは旦那さんが証言していたらしい。
そして妙な話だが、旅館の2階を閉鎖したというのに、バイトを3人も雇った。
旦那さんも初めは反対したそうだが、女将さんに「息子が恋しい。同年代くらいの子達がいれば息子が帰ってきたように思える」と泣きつかれ、渋々承知したそうなんだ。
これは坊さんの憶測なんだが、女将さんは初めから、帰ってきた息子が俺達を親として憑いていくことを知っていたんではないかということだった。
結局これらのことを俺達に話した後坊さんはこう言った。
坊「あなた達をあのおんどうに残したこと、本当に申し訳なく思います。しかし、私は真樹子さんとあなた達の両方を救わなければならなかった。
あなた達がここにいる間、私達は真樹子さんを本堂で縛り、先代が行ったように経を読み上げました。あのモノがおんどうへ行くのか、本堂へ来るのか分からなかったのです」
つまり、俺達に憑いてきてはいるが、これまでの事例からいくと母親の女将さんにも危険が及ぶと、坊さんはそう読んでいたってことだ。
俺は、別に坊さんが謝ることじゃないと思った。それにこの人は命の恩人だろ?と思ってBを見ると、肩を震わせながら坊さんを睨み付けて言ったんだ。

B「納得いかない。自分の息子が帰ってくりゃ人の命なんてどーでもいいのか?」

坊「・・」

B「全部吐かせろよ!なんでこんな目に遭わせたのか、それができないなら俺が直接会って聞いてやる」

B「旦那さんだって知ってたんだろ?それなのに何で言わなかったんだ?」

坊「○○さんは知らなかったのです」

B「嘘つくな。知ってるようなこと言ってたんだ」

坊「この話は、この土地には深く根付いています。○○さんが知っていたのは伝承としてでしょう」

坊さんが嘘を吐いているようには見えなかった。だがBの興奮は収まりきらなかったんだ。

B「ふざけんじゃねーぞ。早く会わせろ。あいつらに会わせろよ!」

俺達はBを取り押さえるのに必死だった。坊さんは微動だにせず、Bの怒鳴り声を静かに聞いていた。
そして、
坊「この話をすると決めた時点で、あなた達には全てをお見せしようと思っておりました。真樹子さんのいる場所へ案内します」

と言って立ち上がったんだ。坊さんの後を付いて、しばらく歩いた。本堂の中にいるかと思っていたんだが、渡り廊下みたいなのを渡って離れのような場所に通された。
近づくにつれて、なにやら呻き声と何人かの経を唱える声が聞こえてきた。そして、その声と一緒に、バタンッバタン
という音が聞こえた。かなりでかかった。離れの扉の前に立つと、その音はもうすぐそこで鳴っていて、中で何が起きているのかと俺は内心びくびくしていた。そして坊さんが離れの扉を開けると、そこには女将さん一人とそれを取り囲む坊さん達が居た。俺達は全員、言葉を発することができなかった。女将さんは、そこに居たというか・・なんか跳ねてた。エビみたいに。うまく説明できないんだが。寝た状態で、畳の上で、はんぺんみたいに体をしならせてビタンビタンと跳ねていたんだ。人間のあんな動きを俺は初めてみた。そして時折苦しそうにうめき声を上げるんだ。俺は怖くて女将さんの顔が見れなかった。正直、前の晩とは違う、でもそれと同等の恐怖を感じた。呆然とする俺達に坊さんは言った。
坊「この状態が、今朝から収まらないのです」
するとAが耐え切れなくなり、
A「俺、ここにいるのキツイです」
と言ったので、一旦外に出ることになった。音を聞くことさえ辛かった。つい昨日の朝に見た女将さんの姿とは、まるで別人の様になっていた。
そこから少し離れたところで俺達は坊さんに尋ねた。憑き物の祓いは成功したのではないかと。

坊「確かに、あなた達を親と思い憑いてきたものは祓うことができたのだと思います。現にあなた達がいて、ここに臍の緒がある。しかし・・」

すると急にBが言ったんだ。
B「そうか・・俺が見たのは、1つじゃなかったんだ」

初めは何のことを言ってるのかわからなかったんだが、そのうちに俺もピンときた。
Bはあの時、2階の階段で複数の影を見たと言っていなかったか?

坊「1つではないのですか?」

坊さんは驚いたように聞き返し、Bがそうだと答えるのを見ると、また少し黙った。
そして暫く考え込んでいたかと思うと急に何かを思い出したような顔をして、俺達に言ったんだ。

坊「あなた達は鳥居の家に行ってください。そしてあの部屋を一歩も出ないでください。後で人を行かせます」

ポカンとする俺達を置いて、坊さんはそのまま女将さんのいる離れの方に走って行った。
俺達は急に置いてけぼりを食らい、暫く無言で突っ立っていた。
すると離れの方から、複数の坊さんが大きな布に包まった物体を運び出しているのが見えた。
その布の中身がうねうねと動いて、時折痙攣しているように見えた。
あの中にいるのは女将さんだと全員が思った。
そのままおんどうの方に運ばれていく様を、俺達は呆然と見ていたんだ。
ふとお互い顔を見合わせると、途端に怖くなり、俺たちは早足で家に向かった。
そこからは、説明することが何も無いほど普通だった。
家に行って暫くすると、別の坊さんがやって来て「ここで一晩過ごすように」と言われた。
そしてその坊さんは俺たちの部屋に残り、微妙な雰囲気の中4人で朝を迎えたというわけ。
次の朝、早めに目が覚めた俺達がのん気にめざにゅ~を見ていると、坊さんがやって来た。俺達は坊さんの前に並んで話を聞いた。坊さんは俺達の憑き祓いは完全に終わったと言った。昨日言っていた通り、俺達に憑いてきたモノは一匹で、それは退化を遂げて消滅したのを確認したんだと。俺達はそれを聞いて安堵した。しかし坊さんはこう続けた。女将さんを救うことができなかったと。泣きそうなのか怒っているのか、なんとも言えない表情を浮かべてそう言った。
死んだのかと聞くと、そうではないと言うんだ。俺はその言葉から、女将さんが跳ね回っている姿を思い出した。
(ずっとあの状態なのか・・?)
恐る恐るそれを聞くと、坊さんは苦い顔をしただけで、肯定も否定もしなかった。
女将さんの今の状態は、憑きものを祓うとかそういう次元の話ではなく、何かもっと別のものに起因してるんだって。
詳しくは話してくれなかったんだが、女将さんが行った儀式は、この地に伝わる「子を呼び戻す儀」と似て非なるものらしい。
どこかでこの儀の存在と方法を知った女将さんは、息子を失った悲しみからこれを実行しようと試みる。
だが肝心の臍の緒は自分の手元にあったわけだ。こっからは坊さんの憶測なんだが、女将さんはこれを試行錯誤しながら完成系に繋げたんじゃないかということだった。
自分の信念の元に。そしてそこから得た結果は、本来のものとは別のものだった。
堂には複数のモノがおり、そこに息子さんがいたかは分からないと。
坊さんが言ってた。
この儀の結末は、非常に残酷なものでしかないんだと。
それを重々承知の上で、母親達は時にその禁断の領域に足を踏み入れてしまう。
子を失う悲しみがどれ程のものなのか、我々には推し量ることしかできないが、心に穴の開いた母親がそこを拠り所としてしまうのは、いつの時代にもあり得ることなのではないかと。
Bは、女将さんのこれからを執拗に聞いていたが、坊さんは何も分からないの一点張りで、俺たちは完全に煙に巻かれた状態だった。
俺達が坊さんと話終えると、部屋に旦那さんが入ってきた。
俺は正直ぎょっとした。顔が土色になって、明らかにやつれ切った顔をしてたんだ。
そして、俺達の前に来ると泣きながら謝って来た。泣きすぎて何を言ってるのかは全部聞き取れなかったんだけど、俺達は旦那さんのその姿を見て誰も何も言えなかった。俺達に申し訳ないことをしたと泣いているのか、それとも女将さんの招いた結果を思って泣いているのか、どっちだったんだろうな。
今となってはわかんねーな。
その後、俺達は何度も坊さんに確認した。これ以降俺達の身には何も起きないのか?と。すると坊さんは困ったような顔をしながら「大丈夫」だと言った。その後、坊さんの所にタクシーを呼んでもらって俺達は帰ることになった。
一応、昨日の朝俺を家まで運んでくれたおっさんが駅まで同乗してくれることになったんだが。このおっさんがやたら喋る人で、それまでの出来事で気が沈んでる俺達の空気を一切読まずに一人で喋くりまくるんだ。
そんでこのおっさんは
「それにしても、子が親を食うなんて、蜘蛛みたいな話だよなぁ」
と言ったんだ。
俺達は胸糞悪くなって黙ってたんだけど、おっさんは一人で続けた。
「お前達、ここで聞いた儀法は試すんじゃねーぞ。自己責任だぞ」
そう言って笑うんだ。俺達の気持ちを和らげようとして言ってるのか本気でアホなのかわかんなかったけど、一つ確かなことがあった。

俺達は、坊さんに真実を隠されて教えられたんだ。儀の方法は、その結果と一緒にこの地に伝わってるんだ。
このおっさんが知ってて坊さんが知らないはずないだろ?そう思うと、これだけの体験をさせといて、結局は大事なところを隠して話されたことにすげーショックを受けた。
坊さんを信用していた分、なんか怒りにも似たものが湧き上がってきたんだ。タクシーが駅に着くと、おっさんが金を払うと言ったが俺達は断った。早くこの場所から逃げ出したい、その一心だった。
坊さんが「大丈夫」と言った一言も、全部嘘に思えてきた。それでも俺達には、あの寺に戻る勇気はなくて、帰りの電車をただただ無言で待つことしかできなかったんだ。

ーーーー

その後、帰って来てからは、なんともない。
まあ、なんともないからここに書き込めてるわけだけど。
「もう2度とあの場所へは行かない」
3人で話してると必ず1回はその言葉が出てくるくらい、俺達にとってトラウマになった出来事だったんだ。
あと、Bはあれから蜘蛛を見るのがどうもダメらしい。
成長過程のアイツの姿を見てるからね。
俺はと言うと、今は普通に社会人やってます。若干暗闇が苦手になったくらい。
人間のど元過ぎれば熱さ忘れるって、あながち間違いじゃないかもしれないな。本当の本当に後日談なんだが、その話を残りの友達2人に話したんだ。
2人とも俺達3人の様子を見て、一応信じてはくれたんだけど。でもそいつらその後に、興味半分で旅館に電話を掛けてみたんだって。(最低だろ)
そしたら、電話に出たのは普通のおばさんだったらしい。
そいつら俺達に言うんだよ。女将さんか確認しろって。そんで、後ろでカラスが異様に鳴いてるって言うんだ。
絶対無理だと思った。女将さんが無事でも無事じゃなくても、俺にはその後を知る勇気なんか出なかった。
タラタラ書いて正直すまなかった。真相といっても的を得ない内容だったかもしれないが、ご勘弁願います。
これがありのままっす。オチなしですが。

長々読んでくれてどうもありがとう。

危険な好奇心

少し長い話ですが、暇な方、読んでください。

小学生の頃、学校の裏山の奥地に俺達は秘密基地を造っていた。
秘密基地っつっても結構本格的で、複数の板を釘で打ち付けて、雨風を防げる3畳ほどの広さの小屋。
放課後にそこでオヤツ食べたり、エロ本読んだり、まるで俺達だけの家のように使っていた。
俺と慎と淳と犬2匹(野良)でそこを使っていた。
小5の夏休み、秘密基地に泊まって遊ぼうと言うことになった。
各自、親には『○○の家に泊まる』と嘘をつき、小遣いをかき集めてオヤツ、花火、ジュースを買って。修学旅行よりワクワクしていた。
夕方の5時頃に学校で集合し、裏山に向かった。
山に入ってから一時間ほど登ると俺達の秘密基地がある。基地の周辺は2匹の野良犬(ハッピー♂タッチ♂)の縄張りでもある為、基地に近くなると、どこからともなく2匹が尻尾を振りながら迎えに来てくれる。
俺達は2匹に『出迎えご苦労!』と頭を撫でてやり、うまい棒を1本ずつあげた。
基地に着くと、荷物を小屋に入れ、まだ空が明るかったのでのすぐそばにある大きな池で釣りをした。まぁ釣れるのはウシガエルばかりだが。(ちなみに釣ったカエルは犬の餌)
釣りをしていると、徐々辺りが暗くなりだしたので、俺達は花火をやりだした。俺達よりも2匹の野良の方がハシャいでいたが。
結構買い込んだつもりだったが、30分もしないうちに花火も尽きて、俺達は一旦小屋に入った。
夜の秘密基地というのは皆始めてで、山の奥地ということで、街灯もなく、月明りのみ。聞こえるのは虫の鳴き声だけ。
簡易ライト一本の薄明るい小屋に三人、最初は皆で菓子を食べながら好きな子の話、先生の悪口など喋っていたが、静まり返った小屋の周囲から、時折聞こえてくる『ドボン!』(池に何かが落ちてる音)や『ザザッ!』(何かの動物?の足音?)に俺達は段々と恐くなって来た。
しだいに、
『今、なんか音したよな?』
『熊いたらどーしよ?!』
など、冗談ではなく、本気で恐くなりだしてきた。
時間は9時、小屋の中は蒸し暑く、蚊もいて、眠れるような状況では無かった。それよりも山の持つ独特の雰囲気に俺達は飲まれてしまい、皆、来た事を後悔していた。
明日の朝までどう乗り切るか俺達は話し合った。
結果、小屋の中は蒸し暑く、周囲の状況も見えない(熊の接近等)為、山を下りる事になった。
もう内心、一時も早く家に帰りたい!と俺は思っていた。
懐中電灯の明かりを頼りに足元を照らし、少し早歩きで俺達は下山し始めた。5分ほどはハッピーとタッチが俺達の周りを走り回っていたので心強かったが、少しすると2匹は小屋の方に戻っていった。
普段、何度も通っている道でも夜は全く別の空間にいるみたいだった。
幅30㌢程度の獣道を足を滑らさぬよう、皆無言で黙々と歩いていた。
そのとき、慎が俺の肩を後ろから掴み『誰かいるぞ!』と小さな声で言ってきた。
俺達は瞬間的にその場に伏せ、電灯を消した。
耳を澄ますと確かに足音が聞こえる。
『ザッ、ザッ、』
二本足で茂みを進む音。
その音の方を目を凝らして、その何者かを捜した。
俺達から2、30㍍程離れた所の茂みに、その何者かは居た。
懐中電灯片手に、もう一方の手には長い棒のようなものを持ち、その棒でしげみを掻き分け、山を登っているようだった。
俺たちは始め恐怖したが、その何かが『人間』であること。また相手が『一人』であることから、それまでの恐怖心はなくなり、俺たちの心は幼い『好奇心』で満たされていた。
俺が『あいつ、何者だろ?尾行する?』と呟くと、二人は『もちろん』と言わんばかりの笑顔を見せた。

微かに見える何者かの懐中電灯の明かりと草を書き分ける音を頼りに、俺達は慎重に慎重に後を着けだした。

その何者かは、その後20分程、山を登り続けて立ち止まった。

俺達はその後方30㍍程の所に居たので、そいつの性別はもちろん、様子等は全くわからない。
かすかな人影を捕らえる程度。
ソイツは立ち止まってから背中に背負っていた荷物を下ろし、何かゴソゴソしていた。
『アイツ一人で何してるんだろ?クワガタでも獲りに来たんかなぁ・』と俺は言った。
『もっと近づこうぜ!』と慎が言う。
俺達は枯れ葉や枝を踏まぬよう、擦り足で、身を屈ませながら、ゆーっくりと近づいた。

俺達はニヤニヤしながら近づいていった。頭の中で、その何者かにどんな悪戯をしてやろうかと考えていた。
その時、
『コン!』
甲高い音が鳴り響いた。
心臓が止まるかと。

『コン!』
また鳴った。一瞬何が起きたか解らず、淳と慎の方を振り返った。
すると淳が指をさし、
『アイツや!アイツ、なんかしとる!』と。

俺はその何者かの様子を見た。
『コン!コン!コン!』
何かを木に打ち付けていた。いや、手元は見えなかったが、それが【呪いの儀式】というのはすぐにわかった。と言うのも、この山は昔から【藁人形】に纏わる話がある。あくまで都市伝説的な噂だと、その時までは思っていたが。

俺は恐くなり、『逃げよ。』と言ったが、
慎が
『あれ、やっとるの女や。よー見てみ。』と小声で言い出し、淳が
『どんな顔か見たいやろ?もっと近くで見たいやろ?』と悪ノリしだし、慎と淳はドンドンと先に進み出した。
俺はイヤだったが、ヘタレ扱いされるのも嫌なんで渋々二人の後を追った。

その女との距離が縮まるたびに『コン!コン!』以外に聞こえてくる音があった。
いや、音と言うか、
女はお経?のような事を呟いていた。

少し迂回して、俺達はその女の斜め後方8㍍程の木の陰に身を隠した。
その女は肩に少し掛かるぐらいの髪の長さで、痩せ型、足元に背負って来たリュックと電灯を置き、写真?のような物に次々と釘を打ち込んでいた。すでに6~7本打ち込まれていた。

その時、
『ワン!』
俺達はドキッとして振り返った、そこにはハッピーとタッチが尻尾を振ってハァハァいいながら「なにしてるの?」と言わんような顔で居た。
次の瞬間、慎が
『わ゛ぁー!!』と変な大声を出しながら走り出した。
振り返ると、鬼の形相をした女が片手に金づちを持ち、『ア゛ーッ!!』みたいな奇声を上げ、こちらに走って来ていた。

俺と淳もすぐさま立ち上がり慎の後を追い走った。
が、俺の左肩を後ろから鷲づかみされ、すごい力で後ろに引っ張られ、俺は転んだ。
仰向きに転がった俺の胸に『ドスっ』と衝撃が走り、俺はゲロを吐きかけた。何が起きたか一瞬解らなかったが、転んだ俺の胸に女が足で踏み付け、俺は下から女を見上げる形になっていた。
女は歯を食いしばり、見せ付けるように歯軋りをしながら『ンッ~ッ』と何とも形容しがたい声を出しながら、俺の胸を踏んでいる足を左右にグリグリと動かした。
痛みは無かった。もう恐怖で痛みは感じなかった。女は小刻みに震えているのが解った。恐らく興奮の絶頂なんだろう。
俺は女から目が離せなかった。離した瞬間、頭を金づちで殴られると思った。

そんな状況でも、いや、そんな状況だったからだろうか、女の顔はハッキリと覚えている。
年齢は40ぐらいだろうか、少し痩せた顔立ち、目を剥き、少し受け口気味に歯を食いしばり、小刻みに震えながら俺を見下す。
俺にとってはその状況が10分?20分?全く覚えてない。
女が俺の事を踏み付けながら、背を曲げ、顔を少しずつ近づけて来た、その時、タッチが女の背中に乗り掛かった。
女は一瞬焦り、俺を押さえていた足を踏み外し、よろめいた。
そこにハッピーも走って来て、女にジャレついた。
恐らく、2匹は俺達が普段遊んでいるから人間に警戒心が無いのだろう。
俺はそのすきに慌てて起きて走りだした。
『早く!早く!』と離れたところから慎と淳がこちらを懐中電灯で照らしていた。
俺は明かりに向かい走った。
『ドスっ』
後ろで鈍い音がした。
俺には振り返る余裕も無く走り続けた。

慎と淳と俺が山を抜けた時には0時を回っていた。
足音は聞こえなかったが、あの女が追い掛けてきそうで俺達は慎の家まで走って帰った。

慎の家に付き、俺は何故か笑いが込み上げて来た。極度の緊張から解き放たれたからだろうか?
しかし、淳は泣き出した。

俺は『もう、あの秘密基地二度と行けへんな。あの女が俺らを探してるかもしれんし。』と言うと
淳は泣きながら『アホ!朝になって明るくなったら行かなアカンやろ!』と言い出した。
俺がハァ?と思っていると、慎が俺に
『お前があの女から逃げれたの、ハッピーとタッチのおかげやぞ!お前があの女に後から殴られそうなとこ、ハッピーが飛び付いて、代わりに殴られよったんや!』

すると淳も泣きながら
『あの女、タッチの事も、タッチも・・うっ・』と号泣しだした。

後から慎に聞くと走り出した俺を後から殴ろうとしたとき、ハッピーが女に飛び付き、頭を金づちで殴られた。女は尚も俺を追い掛けようとしたが、足元にタッチがジャレついてきて、タッチの頭を金づちで殴った。
そして女は一度俺らの方を見たが、追い掛けてこず、ひたすら2匹を殴り続けていた。

俺達はひたすら逃げた。

慎も朝になれば山に入ろうといった。
もちろん、俺も同意した。

しかし、そこには、さらなる恐怖が待っていた。
興奮の為、明け方まで眠れず、朝から昼前まで仮眠を取り、俺達は山に向かった。
皆、あの『中年女』に備え、バット・エアーガンを持参した。
山の入口に着いたが、慎が『まだアイツがいるかも知れん』と言うので、いつもとは違うルートで山に入った。
昼間は山の中も明るく、蝉の泣き声が響き渡り、昨夜の出来事など嘘のような雰囲気だ。
が、『中年女』に出くわした地点に近づくに連れ緊張が走り、俺達は無言になり、又、足取りも重くなった。
少しずつ昨日の出来事が鮮明に思い出す地点に差し掛かった。
バットを握る手は緊張で汗まみれだ。

例の木が見えた。女が何かを打ち付けていた木。

少し近づいて俺達は言葉を失った。

木には小さな子供(四・五歳ぐらいの女のコ?)の写真に無数の釘が打ち付けられていた。
いや、驚いたのはそれでは無い。その木の根元にハッピーの変わり果てた姿が。
舌を垂らし、体中血まみれで、眉間に一本、釘が刺されていた。
俺達は絶句し、近づいて凝視することが出来なかった。
蝿や見たことの無い虫がたかっており、生物の『死』の意味を俺達は始めて知った。

俺はハッピーの変わり果てた姿を見て、今度中年女に会えば、次は俺がハッピーのように・・・と思い、すぐにでも家に帰りたくなった。
その時、淳が『タッチ・・、タッチの死体が無い!タッチは生きてるかも!』と言い出した。
すると慎も
『きっとタッチは逃げのびたんだ!きっと基地にいるはず!』と言い出した。俺もタッチだけは生きていて欲しい。と思い、三人で秘密基地へと走り出した。

秘密基地が見える場所まで走ってきたが、慎が急に立ち止まった。
俺と淳は『!中年女?!』と思い、慌てて身を伏せた。黙って慎の顔を見上げると、慎は
『・・なんだあれ・?』
と基地を指差した。
俺と淳はゆっくり立ち上がり、基地を眺めた。
何か基地に違和感があった。何か・・・

基地の屋根に何か付いている・・。
少しずつ近づいていくと、基地の中に昨夜忘れていた淳の巾着袋
(淳は菓子をいつもこれに入れて持ち歩いている)
が基地の屋根に無数の釘で打ち付けてあるではないか!
俺達は驚愕した。
【この秘密基地、あの中年女にバレたんだ!】

慎が恐る恐る、バットを握り締めながら基地に近づいた。

俺と淳は少し後方でエアーガンを構えた。基地の中に中年女がいるかもしれない。
慎はゆっくりとドアに手を掛けると同時に、すばやく扉を引き開けた。

『うわっ!』

慎は何かに驚き、その場に尻餅を付きながら、ズルズルと俺達の元に後ずさりをしてきた。
俺と淳は何に慎が怯えているのか解らず、とりあえず銃を構えながら基地の中をゆっくりと覗いた。

そこには変わり果てたタッチの死体があった。
『うわっ!』
俺と淳も慎と同じような反応をとった。
やはりタッチも眉間に五寸釘が打ち込まれていた。
俺はその時、思った。あの中年女は変態だ!いや、キチ●イだ!普通、こんなことしないだろう。
とてつもない人間に関わってしまったと、昨夜、この山に来た事を心から後悔した。

しばらく三人ともタッチの死体を見て呆然としていたが、慎が小屋の中を指差し、『おい!!あれ・・・』

俺と淳は黙りながら静かに慎が指差す方向を覗き込んだ。
基地の中・・・
壁や床板に何か違和感が・・・何か文字が彫ってある・・
近づいてよーく見てみた。
『淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺・・・』
無数に釘で淳・呪・殺と壁や床に彫ってあった。
淳は『え??・・』
と目が点、というか、固まっていた。いや、俺達も驚いた。なぜ名前がバレているのか!

その時、慎が『淳の巾着や、巾着に名前書いてあるやん!』
『?!』
俺は目線を屋根に打ち付けられた巾着に持って行った。
無数に釘で打ち付けられた巾着には確かに
【五年三組○○淳】
と書かれてある。
淳は泣き出した。
俺も慎も泣きそうだった。学年と組、名前が中年女にバレてしまったのだ。もう逃げられない。俺や慎の事もすぐにバレてしまう。
頭が真っ白になった。
俺達はみんなハッピーやタッチのように眉間に釘を打ち込まれ、殺される。。。
慎が言った
『警察に言おう!もうダメだよ、逃げられないよ!』
俺はパニックになり
『警察なんかに言ったら、秘密基地の事とか昨日の夜、嘘付いてここに来た事バレて親に怒られるやろ!』
と冷静さを欠いた事を言った。いや、当時は何よりも親に怒られるのが一番恐いと思っていたのもあるが。。。
ただ、淳はずっと泣いたまま、

『ッヒック、ヒック・・』
何も掛ける言葉が見つからなかった。

淳は無言で打ち付けられた巾着を引きちぎり、ポケットにねじ込んだ。
俺達は会話が無くなり、とりあえず山を降りた。淳は泣いたままだった。
俺は今もどこからか中年女に見られている気がしてビクビクしていた。
山を降りると慎が
『もう、この山に来るのは辞めよ。しばらく近づかんといたら、あの中年女も俺らの事を忘れよるやろ。』と言った。
俺は『そやな、んで、この事は俺らだけの秘密にしよ!誰かに言ってるのがアイツにバレたら、俺ら殺されるかもしれん。』

慎は頷いたが淳は相変わらず腕で涙を拭いながら泣いていた。
その日、各自家に帰り、その後、その夏休みは三人で会うことは無かった。
その二週間後の新学期、登校すると、淳の姿は無かった。慎は来ていたので、慎と二人で『もしかして淳、あの女に・・・』
と思いながら、学校帰りに二人で淳の家を訪ねた。
家の呼び鈴を押すと、明るい声で『はぁーい!』と淳の母親が出て来た。
俺が『淳は?』と聞くと、おばさんは『わざわざお見舞いありがとねー。あの子、部屋にいるから上がって。』
と言われ、俺と慎は淳の部屋に向かった。
『淳!入るぞ!』と淳の部屋に入ると、淳はベットで横になりながら漫画を読んでいた。
以外と平気そうな淳を見て俺と慎は少し安心した。
慎『何で今日休んだん?』
俺『心配したぞ!風邪け?』
淳『・・・』
淳は無言のまま漫画を閉じ、俯いていた。
そこにおばさんが菓子とジュースを持ってきて、
『この子、10日ぐらい前からずっとジンマシンが引かないのよ。』と言って『駄菓子の食べ過ぎじゃないのー?』と続けた。
笑いながらおばさんは部屋を出ていった。
俺と慎は笑って
『何だよ!脅かすなよー、ジンマシンかよ!拾い食いでもしたんだろ?』とおどけたが、淳は俯いたまま笑わなかった。
慎が『おい!淳どうした?』と訪ねると淳は無言でTシャツを脱いだ。

体中に赤い斑点。
確かにジンマシンだった。俺は『ジンマシンなんて薬塗ってたら治るやん。』と言うと、淳が、
『これ、あの女の呪いや・・・』と言いながら背中を見せて来た。
確かに背中も無数にジンマシンがある。
慎が『何で呪いやねん。もう忘れろ!』と言うと
淳は『右の脇腹見て見ろや!』と少し声を荒げた。
右の脇腹・・たしかにジンマシンが一番酷い場所だったが、なぜ『呪い』に結び付けるかが解らなかった。
すると淳が『よく見ろよ!これ、顔じゃねーか!』
よく見て俺と慎は驚いた。確かに直径五㌢程の人、いや、女の顔のように皮膚がただれて腫れ上がっている。

俺と慎は『気にしすぎだろ?たしかに顔に見えないことも無いけど。』
と言ったが、
『どー見ても顔やんけ!俺だけやっぱり呪われてるんや!』と言った。
俺と慎は淳に掛ける言葉が見つからなかった。と言うより淳の雰囲気に圧倒された。
いつもは温厚で優しい淳が・・少し病んでいる。青白い顔に覇気のない目、きっと精神的に追い詰められているのだろう。
俺と慎は急に淳の家に居づらくなり、帰ることにした。
帰り道、俺は慎に『あれ、どー思う?呪いやろか?』と聞いた。
慎は『この世に呪いなんてあらへん!』と言った。なぜかその言葉に俺が勇気づけられた。

それから三日過ぎた。依然、淳は学校には来なかった。
俺も慎も淳に電話がしづらく、淳の様子は解らなかった。ただクラスの先生が『風疹で淳はしばらく休み』と言っていたので少し安心していた。
しかし、この頃から学校で奇妙な噂が流れ始めた。
【学校の通学路にトレンチコートにサンダル履きのオバさんが学童を一人一人睨むように顔を凝視してくる】
という噂だ。
その噂を聞いた放課後、俺は激しく動揺した。何故なら俺は唯一、間近で顔を見られている。
慎に相談した。
慎は『大丈夫!夜やったし見えてないって!それにあの日見られてたとしても、忘れてるって!』と、俺を落ち着かせる為か、意外と冷静だった。
何よりも嫌だったのが、俺と慎は通学路が全くの正反対。俺と淳は近所なのだが、淳が休んでいる為、俺は一人で帰らなければいけない。
俺は慎に『しばらく一緒に帰ろうよ!俺、恐い。』と慎に頼んだ。慎は少し呆れた顔をしていたが、『淳が来るまでやぞ!』と行ってくれた。
その日から、帰りは俺の家まで慎が付き添ってくれる事になった。

その日から慎と帰ることになった。

その日は学校で噂の『トレンチコート女』(推定・中年女)には会わなかった。
次の日も、その次の日も会わなかった。
しかし、学校では相変わらず【トレンチコートの女】の噂は囁かれていた。

慎と一緒に下校することになり五日目、俺達は久しぶりに淳の見舞いに行くことにした。

お土産に給食のデザートのオレンジゼリーを持って行った。

淳の家に着き、チャイムを押した。いつもの様に叔母さんが明るく出て来て俺達を中に入れてくれた。

淳は相変わらず元気が無かった。ジンマシンは大分消えていたが、淳本人は
『横腹の顔の部分が日に日に大きくなっている。』
と言っていたが、俺と慎には全く解らなかった。むしろ、前回見たときよりはマシになっているように見えた。
精神的に淳はショックを受けているのだろう。
俺達は学校で流れている『トレンチコートの女』の噂は淳には言わなかった。
帰り間際に淳の叔母さんが俺達の後を追い掛けて来て、『淳、クラスでイジメにでも会っているの?』と不安げな顔で聞いて来た。
俺達は否定したが、本当の理由を言えないことに少し罪悪感を感じた。

それから三日後、
その日は珍しく内藤と佐々木と俺と慎の四人で一緒に下校した。
内藤は体がデカく、佐々木はチビ。実写版のジャイアンとスネオみたいな奴ら。
もう俺と慎の中で『中年女』の事は風化しつつあった。学校で噂の『トレンチコート女』も実在したとしても、全くの別人と思えて来ていた。

その日は四人で駅前にガチャガチャをしに行こうと言う話になり、いつもと違う道を歩いていた。

これが間違いだった。

楽しく四人で話しながら歩いていると、佐々木が『あ、あれトレンチコート女ぢゃね?』
内藤『うわっ!ホンマや!きもっ!』と言い出した。
俺はトレンチコート女を見てみた。心の中で《別人であってくれ!》と願った。
トレンチコート女はスーパーの袋を片手に持ち、まだ残暑の残るアスファルトの道で、ただ、突っ立っていた。うつむいて表情は全く解らない。

慎は警戒しているのか、小声で俺達に『目、合わせるなよ!』と言ってきた。
少しずつ、女との距離が縮まっていく。緊張が走った。女は微動たりせず、ただ、うつむいていた。
女との距離が5㍍程になったとき、女は突然顔を上げ、俺達四人の顔を見つめてきた。そして、その次に俺達の胸元に目線を送って来ているのが解った。
!名札を確認している。

俺は焦った。平常心を保つのに必死だった。
一瞬見た顔であの日の出来事がフラッシュバックし、心臓が口から出そうになった。
間違いない。『中年女』だ!
俺はうつむきながら歩き過ぎた。
俺はいつ襲い掛かられるかとビクビクした。
どれくらい時が過ぎただろう。いや、ほんの数秒が永遠に感じた。
内藤が『あの目見たけ?あれ完全にイッテるぜ!』と笑った。
佐々木も『この糞暑いのにあの格好!ぷっ!』と馬鹿にしていた。
俺と慎は笑えなかった。
佐々木が続けて言った
『やべ!聞こえたかな?まだ見てやがる!』
俺はとっさに振り返った。
『中年女』と目が合った・・・
まるで蝋人形のような無表情な『中年女』の顔がニヤっと、凄くイヤらしい微笑みに変わった。

背筋が凍るとはこの事か。。。
俺は生まれて始めて恐怖によって少し小便が出た。
バレたのか?俺の顔を思い出したのか?バレたなら何故襲って来ないのか?
俺の頭はひたすらその事だけがグルグル巡っていた。

内藤が『うわーっ、まだこっち見てるぜ!佐々木!お前の言った悪口聞かれたぜ!俺知らねーっ!』っとおどけていた。

もうガチャガチャどころではない。曲がり角を曲がり、女が見えなくなった所で俺は慎の腕を掴み
『帰ろう!』と言った。
慎は俺の目をしばらく見つめて『あ、今日塾だっけ?帰らなやばいな!』と俺に合わせ、俺達は走った。

家とは逆の方向に走り、しばらくして俺は慎に『アイツや!あの目、間違いない!俺らを探しに来たんや!』
慎は意外と冷静に『マジマジと名札見てたもんな。。学年とクラス、淳の巾着でバレてるし。。』
俺はそんな落ち着いた慎に腹がたち『どーすんだよ!もう逃げ切れネーよ!家とかそのうちバレっぞ!!』

慎『やっぱ警察に言おう。このままはアカン。助けてもらお。』

俺『・・・』俺はしばらく黙っていた。たしかに他に助かる手は無いかもしれないと思った。
『でも、警察に何て言う?』と俺が問うと慎は
『山だよ。あの山に打ち付けられた写真とかハッピー、タッチの死体、あれを写真に撮って、あの女が変質者って言う証拠を見せれば警察があの女を捕まえてくれるはずや!』

俺は納得したが、もうあの山に行くのは嫌だったが、仕方が無かった。

さっそく、明日の放課後、浦山に二人で行く事になった。

明日の放課後、裏山に行く。その話がまとまり、俺達は家に帰ろうとしたが、『中年女』が何処に潜伏しているか解らない為、俺達は恐ろしく遠回りした。通常なら20分で帰れるところを二時間かけて帰った。
家に着いて俺はすぐに慎に電話した
『家とかバレてないかな?今夜きたらどーしよ!』などなど。俺は自分で自分がこれほどチキンとは思わなかった。
名前がバれ、小屋に『淳呪殺』と彫られた淳が精神的に病んでいるのが理解できた。
慎は『大丈夫、そんなすぐにバレないよ!』と俺に言ってくれた。
この時俺は思った。普段対等に話しているつもりだったが、慎はまるで俺の兄のような存在だと。
もちろんその日の夜は眠れなかった。
わずかな物音に脅え、目を閉じれば、あのニヤッと笑う中年女の顔がまぶたの裏に焼き付いていた。

朝が来て、学校に行き、授業を受け、放課後、
午後3時半。。
俺と慎は裏山の入口まで来た。
俺は山に入るのを躊躇した。『中年女』『変わり果てたハッピーとタッチ』『無数の釘』
頭の中をグルグルと鮮やかに『あの夜の出来事』が甦ってくる。
俺は慎の様子を伺った。慎は黙って山を見つめていた。慎も恐いのだろう。
『やっぱ、入るの恐いな・・・』と言ってくれ!と俺は内心願っていた。

慎はズボンのポケットからインスタントカメラを取り出し、右手に握ると、俺の期待を裏切り、
『よし。』
と小さく呟き、山へ入るとすぐさま走りだした。
俺はその後ろ姿に引っ張られるように走りだした。

慎は振り返らずに走り続ける。
俺は必死に慎を追った。一人になるのが恐かったから必死で追った。

今思えば慎も恐かったのだろう。恐いからこそ周りを見ずに走ったのだろう。

『あの場所』が徐々に近づいてくる。
思い出したくもないのに『あの夜』の出来事を鮮明に思いだし、心に『恐怖』が広がりだした。
恐怖で足がすくみだした時、『あの場所』に着いた。
そう、『中年女が釘を打っていた場所』『中年女がハッピー、タッチを殺した場所』『中年女に引きずり倒された場所』

【中年女と出会ってしまった場所】

俺は急に誰かに見られているような気がして周りを見渡した。いや、『誰かに』では無い、中年女に見られているような気がした。
山特有の『静寂』と自分自身の心に広がった『恐怖』がシンクロし、足が震えだす。
立ち止まる俺を気にかける様子無く、慎はあの木に近づきだした。

何かに気付き、慎はしゃがみ込んだ。
『ハッピー・・・』
その言葉に俺は足の震えを忘れ、慎の元に歩み寄った。
ハッピーは既に土の一部になりつつあった。頭蓋骨をあらわにし、その中心に少し錆びた釘が刺さったままだった。
俺は釘を抜いてやろうとすると、慎が『待って!』と言い、写真を一枚撮った。
慎の冷静さに少し驚いたが、何も言わず俺は再び釘を抜こうとした。
頭蓋骨に突き刺さった釘をつまんだ瞬間、頭蓋骨の中から見たことの無い、多数の虫がザザッと一斉に出てきた。
『うわっ!』俺は慌てて手を引っ込め、立ち上がった。
ウジャウジャと湧いている小さな虫が怖く、ハッピーの死体に近づく事が出来なくなった。それどころか、吐き気が襲って来てえずいた。
慎は何も言わずに背中を摩ってくれた。

俺はあの夜、ハッピーを見殺しにし、又、ハッピーを見殺しにした。
俺は最高に弱く、最低な人間だ。

慎はカメラを再び構え、『あの木』を撮ろうとしていた。
『ん?!おい!ちょっと来てーや!』
何かを発見し、俺を呼ぶ慎。俺は恐る恐る慎の元に歩み寄った。
慎が『これ、この前無かったよな?』と何かを指差す。
その先に視線をやると、無数に釘の刺さった写真が・・・
ん?たしか前もあったはずじゃ・・・

いや!
写真が違う!

厳密に言うと、この前見た『4・5歳ぐらいの女の子』の写真はその横にある。
つまり、写真が増えている!
写真の状態からして、ここニ・三日ぐらいに打ち込まれているであろう。
この前に見た写真は既に女の子かどうかもわからないぐらいに雨風で表面がボロボロになっている。

新しい写真も『4、5歳ぐらいの女の子』のようだ。

この時、慎には言わなかったが、俺は一瞬『新しい写真が俺だったらどうしよう!!』とドキドキしていた。

慎はカメラにその打ち込まれた写真を撮った。
そして、
『後は秘密基地の彫り込みを撮ろう。』と言い、又走りだした。
俺は近くに中年女がいるような錯覚がし、一人になるのが怖く、慌てて慎を追った。
秘密基地に近いてきて、俺は違和感を感じ、
『慎!』
と呼び止めた。

違和感

いつもなら秘密基地の屋根が見える位置にいるはずなのだが、屋根が見えない。
慎もすぐに気付いたようだ。
このとき脳裏に『中年女』がよぎった。

胸騒ぎがする。
鼓動が激しくなる。

慎が『裏道から行こう。』と言った。俺は無言で頷いた。
裏道とは獣道を通って秘密基地に行く従来のルートとは別に、茂みの中をくぐりながら秘密基地の裏側に到達するルートの事である。
この道は万が一秘密基地に敵が襲って来た時の為に造っておいた道。
もちろん、遊びで造っていたのだが、まさかこんな形で役に立つとは・・
この道なら万が一、基地に『中年女』がいても見つかる可能性は極めて低い。
俺と慎は四つん這いになり、茂みの中のトンネルを少しずつ進んだ。

そして秘密基地の裏側約5㍍程の位置にさしかかった時、基地の異変の理由が解った。

バラバラに壊されている。

俺達が造り上げた秘密基地はただの材木になっていた。

しばらく様子を伺ったが、中年女の気配もないので俺達は茂みから抜けだし、秘密基地『跡地』に到達した。
俺達はバラバラに崩壊された秘密基地を見、少し泣きそうになった。
『秘密基地』言わば俺達三人と2匹のもう一つの家。
バラバラになった材木の片隅に大きな石が落ちていた。恐らく誰かがこれをぶつけて壊したのだろう。
『誰かが』?・・いや、多分『中年女』が。。
慎が無言で写真を撮りだした。
そして数枚の材木をめくり、『淳呪殺』と彫られた板を表にし、写真を撮った。
その時、わずかな板の隙間からハエが飛び出し、その隙間からタッチの遺体が見えた。

ハッピーとタッチ。
秘密基地よりもかけがえの無い2匹を俺達は失った事を痛感した。

慎は立ち上がり
『よし、このカメラを早く現像して警察に持って行こう。』
と言った。
俺達は山を駆け降りた。
山を降り、俺達は駅前の交番へ急いだ。
『このカメラに納められた写真を見せれば、中年女は捕まる。俺らは助かる。』その一心だけで走った。

途中でカメラ屋に寄り現像を依頼。
出来上がりは30分後と言われたので俺達は店内で待たせてもらった。
その間、慎との会話はほとんど無かった。ただただ写真の出来上がりが待ち遠しかった。

そして30分が過ぎた。
『お待たせしましたー。』
バイトらしき女店員に声をかけられた。
俺と慎は待ってましたとばかりにレジに向かった。
女店員は少し不可解な顔をしながら
『現像出来ましたので中の確認をよろしくお願いします。』といいながら写真の入った封筒を差し出した。まぁ現像後の写真が犬の死骸や釘に刺された少女の写真のみだから、不可解な顔をするのも当然だが・・・
慎はその場で封筒から写真を取り出し、すべての写真を確認し、
『大丈夫です。ありがとうございました。』と言い、代金を支払った。
店を出て、すぐさま交番へ向かった。

これで全てが終わる

駅前の交番へ二人して飛び込んだ。

『ん?!どうしたの?』
中にいた若い警官が笑顔で俺達を迎えてくれた。
俺達はその警官の元に歩み寄り、
『助けてください!』
と言った。

俺と慎は『あの夜』の出来事を話した。裏付ける写真も一枚一枚見せながら話した。そして、今も『中年女』に狙われている事を。
一通り話し終わるとその警官は穏やかな表情で『お父さんやお母さんに言ったの?』
俺たちは親には伝えてないと言うと、
『ん~、んぢゃ家の電話番号教えてくれるかな?』と警官は言い出した。
慎が『なんで親が関係あるの?狙われているのは俺達だよ?!』とキレ気味に言い放った。
ちなみに慎の両親は医者と看護婦。高校生の兄貴は某有名私立高校生。
俺達3人の中で一番裕福な家庭だが、一番厳しい家庭でもある。
『あの夜』親に嘘をついて秘密基地に行き、このような事に巻き込まれた、などバレれば、俺や淳もだが、慎が一番洒落にならないのである。
『助けてよ!警察官でしょ!!』と慎が詰め寄る。
警官は少し苦笑いして、『君達小学生だよね?やっぱり、こーゆー事はキチンと親に言わなきゃダメだよ。』
と、しばらくイタチゴッコが続いた。

あげくに警官は『じゃあ君達の担任の先生は何て名前?』
など、俺達にとっては《脅し》に取れる言葉を投げ掛けてきた。
まぁ、警官にとっては俺達の『保護者及び責任者』から話を聞かないと・・・って感じだったのだろうが、
俺達にとって、こういう時の『親・先生』は怒られる対象にしか考えられなかった。
そうこうしているうちに俺達の心の中に、目の前にいる警官に対して《不信感》が芽生えてきた。

[このまま此処にいれば、無理矢理住所を言わされ、親にチクられる!]と。

(この警官は俺達の話を信じてくれてないのでは?)
と俺は思い始めた。
俺や慎が必死に助けを求めているのに、『親』『先生』ばかり言ってくる。
俺達は『中年女』の存在を裏付ける証拠写真まで持参しているのに。。
俺はもう一度警官に写真を見せつけ
『犬をこんな殺し方する奴なんだよ!』と言った。
すると、警官はしばらく黙り込み、写真を手に取り、意外な一言を言った。
『ん~。。これって犬?なの?』

『は?』と俺と慎は驚いた。この人は何を言っているんだろう!と。
続けて警官は
『いや、君達を信じていない訳じゃないよ。じゃあもう少し詳しく教えて。ここが頭?』

警官は冗談を言っている訳では無く、本当に解らないようだ。
俺はハッピーの写真を取上げ
『だから、、、』
と説明しかけて言葉が詰まった。
確かに、この写真を客観的に見ると犬の死骸には見えないかも・・。と思った。
薄茶色に変色した骨に所々わずかに残っている毛。。。
俺と慎はハッピーが死体になった翌日にも見ているので、腐食が進んでいても元の形(倒れていた角度、姿)を知っているが、
知らない奴が見るとただの汚れた石に汚い雑巾の様なものが絡んでいるようにしか見えないかも知れない。。

俺は冷静に他の写真も見てみた。
板に刻まれた『淳呪殺』・少女の写真に無数の『釘』。。
たしかに『中年女』の存在に直接結び付けるのは難しいのか?
ひょっとして警官は『小学生の悪戯』と思っていて、先程から『親・担任』などと言っているのか?
俺はこのまま此処にいては危険だと感じ出した。
『絶対、親を呼び出すつもりだ!』
俺は慎に小さな声で耳打ちした。
慎は無言で頷き、アゴをクイッと動かし、『外に出る合図』を送ってきた。
すると次の瞬間には慎は勢いよく振り向き、走りだした。
俺もすぐさま後を追い、交番から抜け出した。
後ろから『おいっ!』と警官が呼び止める声がしたが、俺達は振り向かずに走り続けた。

警官が追い掛けてくる気配は無かった。警官はおそらく
『悪戯しにきた小学生が、嘘を見破られそうになり逃げ出した。』
とでも思っているのだろう。
俺と慎は警官が追って来ていないことを充分に確認し、道端に座り込み、緊急ミーティングを開催した。
『これからどーする?』
『どーしよ・・』
俺達は途方に暮れていた。最後の切り札の警察にも信じてもらえず、『中年女』から身を守る術を失った。
『これで全てが解決する』
と俺達は思い込んでいただけにショックはデカかった。
『このままだったら中年女に住所バレて・・・』
俺は恐かった。
すると慎が
『・・・しばらくあの女には出くわさないように注意して・・』
と言いかけたが
俺はすぐに『もう無理だよ!淳の学年とクラスがバレてる時点ですぐに俺らもバレるに決まってる!』と少し声を荒げた。
『でも、あの女、、、俺達に何かする気あるのかな?』
俺『?』
慎が言いだした。
『だってこの前俺ら学校帰りにあの女に出会ったじゃん。もし何かするつもりならあの時でも良かった訳じゃん。』
俺『・・・』
慎が続けて『それに山・・・もし俺らのことを許してないなら山に何らかの呪い彫りとかあってもいーはずじゃん。』

俺『・・・』

たしかに。山に行った時、確かに新しい『俺達に対する』呪い的な物は無かった。秘密基地は壊されていたが・・・
新しい『女の子の釘刺し写真』はあったが、俺達・・まして、フルネームがバレている淳の『呪い彫り』は無かった。

俺は内心『そーなのかな?』と反論したかったが、しなかった。
それは、慎の言うとうり実は俺達が思っている程『中年女』は俺達の事を怨んでいない、忘れかけている。と思いたかった。
慎はもう一度『俺らを本気で怨んでいるなら何らかの《アクション》を起こすはずだろ?』
と、まるで俺を安心さすかのように言った。
そして『学校の近くをウロついてるのも、俺らを捜してるんぢゃなく《写真の女の子》を捜してる可能性もあるだろ?』
と言葉を続けた。
『そーか・・・』
俺はその慎の言葉を聞いて少し気持ちが楽になった感じがした。
と言うか慎の言った言葉を自分自身に言い聞かせ、自分自身を無理矢理納得させようとした。
それは【現実逃避】に近いかもしれない。
慎自身もそうだったのかも知れない。もう『中年女』から逃げる術が見つからず、言ったのかも知れない。
しかし俺は、、
俺達は、
『そーだよな!そのうち俺らのことなんて忘れよる!』
『もう忘れとるって!』

『なんだよチクショー!ビビって損した!』
『ほんま、あの女、泣かしたろか!』
とお互い強がって見せた。ある意味やけくそに近いかもしれない。
しばらくその場で慎と『中年女』の悪口など、談笑していた。
辺りは薄暗くなり始め、俺達は帰宅することにした。
慎と別れる道に差し掛かって、『明日の帰り、淳の様子見に行こっか!』『おう!そやな!』
とお互い明るく振る舞って手を振り別れた。
俺の心は少し晴れやかになっていた。
『そーだよな・・慎の言う通り、中年女はもう俺達の事なんて忘れてるよな・・』
と。
まるで自己暗示のように繰り返し言い聞かせた。
足取りも軽く、石を蹴りながら家に向かった。
空を見上げると雲も無く、無数の星がキラキラ輝き、とても清々しい夜空だった。
今まで『中年女』の事でウジウジ悩んでいたのが馬鹿らしく思えた。
自宅に近づき、その日は見たいアニメがあるのに気付き、俺は小走りで家に向かった。
『タッタッタッタッ、、、』夜の町内に俺の足跡が響く。
『タッタッタッタ、、、』
静かな夜だった。
『タッタッタッタッ、、、』
ん?
『タッタッタッタ・・』
俺の足音以外に違う足音が聞こえる。
後ろを振り向いた。
暗くて見えないが誰もいない。気のせいか。。
ナンダカンダ言って俺は小心者だなと思いながら再び走った。
『タッタッタッタッ。。。』
『タッタッタッタ・・』
・・ん?誰かいる。

俺はもう一度立ち止まり、目を凝らして後ろを眺めた。
・・・やっぱり誰もいない・・
確かに俺の足音にマジって後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえたのだが?!
俺も淳のように自分でも気付かないうちに精神的に『中年女』追い詰められているのか?ビビり過ぎているのか?
しばらく立ち止まり、ずーっと後ろを眺めた。

ドックンドックン鼓動を打っていた心臓が、一瞬止まりかけた。

15㍍程後方、民家の玄関先に停めてある原付きバイクの陰に誰かがしゃがんでいる。
いや、隠れている。
月明かりでハッキリ黙視できないが一つだけハッキリと見えたものがある。
『コートを着ている!』
しばらく俺は固まった。
隠れている奴は俺に見つかっていないと思っているようだが、シルエットがハッキリ見える!
俺は一瞬混乱した。
『中年女だ!中年女だ!中年女だ!中年女!中年女!』
腰が抜けそうになったが、本能だろうか、次の瞬間
『逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ逃げなきゃ!』
ともう一人の俺が、俺に命令する。
俺は思いッキリ走った!運動会の時より必死に走った。もう風を切る音以外聞こえない程、無呼吸で走った。
無我夢中で家に向かって走った。
家まであと10㍍。
よし!逃げ切れる!

『!』
一瞬、頭にあることがよぎった。
【このまま家に逃げ込めば間違いなく家がバレる!】
俺はとっさに自宅前を通過し、そのまま住宅街の細い路地を走り続けた。
当てもなく、ただ俺の後方を着いて来ているであろう『中年女』を巻く為に。。。
5分ほど、でたらめな道を走り続けた。
さすがに息がキレて来て歩きだし、後ろを振り向いた。

もう、『中年女』らしき人影も足音も聞こえて来ない。
俺は周囲を警戒しつつ、自宅方面へ歩き始めた。
再び自宅の10㍍程手前に差し掛かり、俺はもう一度周囲を警戒し、玄関にダッシュした。
両親が共働きで鍵っ子だった俺はすばやく玄関の鍵を開け、中に入り、すばやく施錠した。
『。。。フぅー。。』
安堵感で自然とため息が出た。
とりあえず慎に報告しなければと思い、部屋に上がろうと靴を脱ごうとした時、玄関先で物音がした。
『!?』
俺は靴を脱ぐ体制のまま固まり、玄関扉を凝視した。
俺の家の玄関は曇りガラスにアルミ冊子がしてある引き戸タイプなのだが、曇りガラスの向こう側に。。。
玄関先に誰かが立っている影が映っていた。
玄関扉を挟んで1㍍程の距離に『中年女』がいる!
俺は息を止め、動きを止め、気配を消した。
いや、
むしろ身動き出来なかった。まるで金縛り状態・・・『蛇に睨まれた蛙』とはこのような状態の事を言うのだろう。
曇り硝子越しに見える『中年女』の影をただ見つめるしか出来なかった。
しばらく『中年女』はじっと玄関越しに立っていた。微動すらせず。
ここに『俺』がいることがわかっているのだろうか?・・。
その時、硝子越しに『中年女』の左腕がゆっくりと動き出した。
そして、ゆっくりと扉の取手部分に伸びていき、『キシッ!』
と扉が軋んだ。
俺の鼓動は生まれて始めてといっていいほどスピードを上げた。

『中年女』は扉が施錠されている事を確認するとゆっくりと左腕を戻し、再びその場に留まっていた。
俺は依然、硬直状態。。
すると『中年女』は玄関扉に更に近づき、その場にしゃがみ込んだ。
そして硝子に左耳をピッタリと付けた。
室内の様子を伺っている!
鮮明に目の前の曇り硝子に『中年女』の耳が映った。
もう俺は緊張のあまり吐きそうだった。鼓動はピークに達し、心臓が破裂しそうになった。
『中年女』に鼓動音がバレる!と思う程だった。

『中年女』は二、三分間、扉に耳を当てがうと再び立ち上がり、こちら側を向いたまま、ゆっくりと、一歩ずつ後ろにさがって行った。
少しづつ硝子に映る『中年女』の影が薄れ、やがて消えた。。
『行ったのか・・・?』
俺は全く安堵出来なかった。
何故なら、
『中年女』は去ったのか?
俺がここ(玄関)にいることを知っていたのか?
まだ家の周りをうろついているのか?
もし、『中年女』に俺がこの家に入る姿を見られていて、『俺の存在』を確信した上で、さっきの行動を取っていたのだとしたら、間違いなく『中年女』は家の周囲にいるだろう。。
俺はゆっくりと、細心の注意を払いながら靴を脱ぎ、居間に移動した。
一切、部屋の明かりは点けない。明かりを燈せば『俺の存在』を知らせることになりかねない。
俺は居間に入ると真っ直ぐに電話の受話器を持ち、手探りで暗記している慎の家に電話をかけた。
3コールで慎本人が出た。
『慎か?!やばい!来た!中年女が来た!バレた!バレたんだ!』
俺は小声で焦りながら慎に伝えた。
『え?どーした?何があった?』と慎。
『家に中年女が来た!早く何とかして!』俺は慎にすがった。

慎『落ち着け!家に誰もいないのか?』
俺『いない!早く助けて』
慎『とりあえず、戸締まり確認しろ!中年女は今どこにいる?』
俺『わからない!でも家の前までさっきいたんだ!』
慎『パニクるな!とりあえず戸締まり確認だ!いいな!』
俺『わかった!戸締まり見てくるから早く来てくれ!』
俺は電話を切ると、戸締りを確認しにまずは便所に向かった。
もちろん家の電気は一切つけず、五感を研ぎ澄まし、暗い家内を壁づたいに便所に向かった。
まずは便所の窓をそっと音を立てず閉めた。
次は隣の風呂。
風呂の窓もゆっくり閉め、鍵をかけた。
そして風呂を出て縁側の窓を確認に向かった。
廊下を壁づたいに歩き縁側のある和室に入った。
縁側の窓を見て違和感を覚えた。
いや、いつもと変わらず窓は閉まってレースのカーテンをしてあるのだが、左端。。。
人影が映っている。。
誰かが窓の外から、
窓に顔を付け、双眼鏡を覗くように両手を目の周辺に付け、室内を覗いている。
家の中は電気をつけていない為、外の方が明るく、こちらからはその姿が丸見えだった。
窓に『中年女』がヤモリの如く張り付いている。
俺は腰が抜けそうになった。

【動物の本能】
なのだろうか?
肉食獣を見つけた草食動物のように、俺はとっさにしゃがみ込んだ。
全身が無意識に震えていた。
『中年女』からこちらは見えているのか?
『中年女』はしばらく室内を覗き、そのままの体勢で、ゆっくりと窓の中心まで移動して来た。
そして『キュルキュルキュル』と嫌な音が窓からしてきた。
『中年女』の右手が窓を擦っている。左手は依然、目元にあり、室内を覗きながら。。。
『キュルキュルキュル』
嫌な音は続く、
俺の恐怖心はピークに達した。
何かわからないが、『中年女』の奇行に恐怖し、その恐怖のあまり、声を出す事すら出来なかった。
すると『中年女』はとったに後ろを振り返り、凄い勢いで走り去って行った。
俺は何が起きたかわからず、身動きも出来ずに、ただ窓を見ていた。
すると、窓の向こうの道路に赤い光がチカチカしているのが見えた。
「警察が来たんだ!」
俺は状況が飲み込めた。
偶然通りかかったパトカーに気付き、『中年女』は逃げて行ったんだと。

しばらく俺はしゃがみ込んだまま震えていた。
『プルルルルル!』
その時、電話が突然鳴った。もう心臓が止まりかけた。
ディスプレイを見ると慎の自宅からの電話だった。

俺は慌てて電話に出た。
慎『どう?』
俺『なんか部屋覗いとったけど、どっか行った。。。』
慎『そっか、親帰って来たんか?』
俺『いや、たまたまパトカー通って、それにビビって中年女逃げたんや思う。』
慎『そーなんや!良かった。俺、お前んちの近くに不審者がいるって通報しといてん。
でも、あいつに家バレたんやったら、そろそろ親にも相談しなあかんかもな。。』
俺『・・・』

慎『俺も今日、親に言うから。。お前も言えよ!もうヤバイよ!』
俺『・・・うん・・』
そして電話を切った。
その30分後、母親がパートから帰って来た。
俺は部屋の電気を消したまま玄関に走り、母の顔を見た瞬間、安堵感からか、泣き出した。
母親はキョトンとしていたが、俺はしばらく泣き続けた後、
『ごめんなさい、』
と冒頭に謝罪をし、
『あの夜』の出来事から『さっき』の出来事まで説明した。
説明の途中、父親も帰宅し、父には母が説明した。
その後、父が無言で和室の窓硝子を見に行った。
窓硝子は鋭利な何かで凄い傷が付けられていた。
『鋭利な何か』が『五寸釘』だと直感でわかった。
両親は俺を叱らず、母親は俺を抱きしめてくれ、父は警察に電話をかけていた。

10分程してから警察が来た。
警察には父が事情を説明していた。
俺はしばらくの間、母親と居間にいたが、少ししてから警官が居間に来て『あの夜』の事を聞いてきた。
ハッピーとタッチの事、木に釘で刺された少女の写真の事、淳の名前が秘密基地に彫られていたこと・・・
その後、放課後に出会った事など、『中年女』に係わる全ての事を話した。そして『さっき』の出来事も。。。
鑑識らしき人も来ていて、俺が話している間に窓の指紋を採取していた。
俺が話した内容で警官がもっとも詳しく聞いてきたことが『少女の写真』の事だった。
『その少女』の容姿や面識の有無等聞かれたが、それについては『よく解らない。』と答えるしかなかった。
そして裏山の地図を書かされ、翌日、警察が調べに行くと言う事になり、自宅周辺の夜間パトロール強化を約束して警察官は帰っていった。
結局、指紋は出なかった。

しばらくして、慎・淳の親から電話がかかってきた。親同士で何やら話していたが『中年女』に関する話、というより、学校にどのように説明するかを話していたようだ。

その夜、俺は何年かぶりに両親と共に寝た。
恥ずかしさなど微塵も無く、純粋に『中年女』が怖く、なかなか寝付け無かった。

次の日の朝、母親に起こされた時にはすでに午前8時を回っていた。
『遅刻する!』と慌てると母が『今日は家で寝てなさい。』と言う。
どうやら既に学校に事情を話したらしい。
父はすでに出社していたが、母はパートを休んでいた。
『おそらく、慎や淳も今日は学校を休んでいるだろう・・・』と思ったが、あえて電話はしなかった。
慎は恐らく、厳格な両親に怒られて、淳の両親は『不登校』になった淳の真実を知り、ショックを受けているだろうと思うと電話するのが恐かったから。
俺は自室に篭り、『中年女』が早く警察に捕まることだけを願っていた。
一時も早く追い詰められる『恐怖』から解放されたかった。

母親は何故か『中年女』の事を口にしてこなかった。俺への気配り?と思い、俺も何も言わなかった。
昼飯を食べ、ふたたび自室に篭っていると、『ドスっ』と家の外壁に鈍い音が響いた。
俺はとっさに『慎だ!』と思った。あいつは俺を呼び出す時、玄関の呼鈴を鳴らさず、窓に小石を投げてくる事がしばしばあったからだ。

俺は窓から外を眺めた。家の前の路地にある電柱に慎がいるはず!と思ったが、慎の姿は無かった。
どこかに隠れているのかと思い、見える範囲で捜したが何処にもいない。
その時、俺の部屋の下にあたる庭先から『キャ!』と母親の声がした。
びっくりして窓を開け、身を乗り出し、下を見た。
そこには母親が地面を見つめながら口元に手を当てがい、何かを見て驚いていた。
俺は何が起こっているのか解らず
『どーしたの!』と聞いた。
母は俺の声にギクッと反応し、こちらを見上げ、驚いた表情で無言のまま家の外壁を指差した。
俺は良からぬ感じを察したが、母の指差す方向を見た。
そこには何やらドロっとした紫色した液体とゼリー状の物が付いていた。
先程の『ドスっ』の音の正体であろう。
視線を母の足元に落とし、その何かを捜した。
そこには内蔵が飛び出た大きな牛蛙の死体が落ちていた。
母はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
俺はすぐに『中年女』が頭に浮かんだ。すぐに目で『中年女』の姿を捜したが何処にも姿は見えなかった。
母はふと思い出したように居間に駆け込み、警察に電話をした。

母は青い顔をしていた。恐らくこの時始めて『中年女』の異常性を知ったのだろう。
そうだ、あの女は異常なんだ。
きっと今も蛙を投げ込んできた後、俺や母の驚く姿を見てニヤついているはず。。
きっと近くから俺を見ているはず。。。
鳥肌が立った。
『警察早く来てくれ!』心の中で叫んだ。

もうこの家は『家』では無い。『中年女』からすれば『鳥籠』のように俺達の動きが丸見えなんだ。常に見られているんだと感じ出した。
しばらくしてパトカーがやってきた。昨日とは違う警官二人だった。
警官一人は外壁や投げ込んで来たであろう道路を何やら調べ、もう一人は俺と母に
『何か見なかったか?』
『その時の状況は?』
などなど、漠然とした事を何度も聞いて来た。

最後に警官が不安を煽るような事を言って来た。
『たしか、昨日もいやがらせを受けているんですよね?おそらく犯人はすぐにでも同じような事をしてくる可能性が高いです。』と。
俺はたまらず
『あの呪いの女なんです!コートを着てる40歳ぐらいの女なんです!早く捕まえてください!』
と半泣きになって懇願した。

すると警察官は
『さっきね、山を見てきたんだよ。。。犬の死体も板に彫られたお友達の名前も、あと女の子の写真もあったよ。
今からそれを調べて必ず犯人捕まえるから!』
と言い、俺の肩をポンと叩くと、母の元へ行き、何やら話していた。
『主人に連絡を・・』
みたいな事を言われていたようだ。
壁に付いた蛙の染み、及びその死体の写真を撮り、1時間程で警官達は帰って行った。
しばらくして父親が帰宅した。まだ5時前だった。昨日の今日だから心配になったのだろう。
夕食の準備をしている母も、夕刊を読んでいる父も無言だったが、どことなくソワソワしているのが解った。
もちろん俺自信も次にいつ『中年女』が来るのか不安で仕方なかった。
その日の晩飯は家族皆が無口で、只、テレビの音だけが部屋に響いていた。
そして夜11時過ぎ、皆で床に就いた。用心の為、一階の居間は電気を点けっぱなしにしておくことになった。

その夜も家族揃って同じ部屋で寝た。
もちろんなかなか寝付けなかった。

どれぐらい時間が過ぎただろう。。。
突然玄関先で
『オラァー!!』
とドスの効いた男の声とともに
『ア゛ー!ア゛ー!』
と聞き覚えのある奇声
【中年女】の叫び声が聞こえた。
俺達家族は皆飛び起き、父が慌てて玄関先に向かった。
俺は母にギュッと抱き締められ、二人して寝室にいた。
『カチャカチャ・・ガラガラガラガラ!』
父が玄関の鍵を開け、戸を開ける音がした。

戸を開ける音と共に、再び
『ア゛ー!!チキショー!ア゛ァー!!ア゛ァァァァ!』
と再び【中年女】の叫びが聞こえて来た。
『大人しくしろ!』
『オラ!暴れるな!』
と、男の声もした。
この時、俺は『警官だ!警官に捕まったんだ!』と事態を把握した。
中年女は奇声を上げ続けていた。
俺はガクガク震え、母の腕の中から抜けれなかったが、父親が戻って来て、
『犯人が捕まったんだ。お前が山で見た人かどうかを確認したいそうだが。。。大丈夫か?』と尋ねてきた。
もちろん大丈夫ではなかったが、これで本当に全てが終わる。終わらせることが出来る!と自分に言い聞かせ、
『。。。うん。。』
と返事し、階段をゆっくりと降り、玄関先に向かった。
玄関先から
『オマエーっ!チクショー!オマエまで私を苦しめるのかー!』
と凄い叫び声が聞こえ、足がすくんだが、父が俺の肩を抱き、二人の警官に取り押さえられた『中年女』の前に俺は立った。

俺は最初、恐怖の余り、自分の足元しか見れなかったが、父に肩を軽く叩かれ、ゆっくりと視線を中年女に送った。
両肩を二人の警官に固められ、地面に顎を擦りつけながら『中年女』は俺を睨んでいた。
相当暴れたらしく、髪は乱れ、目は血走り、野犬の様によだれを垂れていた。
『オマエー!オマエー!どこまで私を苦しめるー!』
訳のわからない事を中年女は叫び、ジタバタしていた。
それを取り押さえていた警官が
『間違いない?山にいたのはコイツだね?』と聞いてきた。
俺は中年女の迫力に押され、声を出すことが出来ず、無言で頷いた。
警官はすぐに手錠をはめ、『貴様!放火未遂現行犯だ!』と言った。
手錠をはめられた後もずっと奇声を発し暴れていたが、警官が二人掛かりでパトカーに連行した。
そして一人だけ警官がこちらに戻って来て、
『事情を説明します。』と話し出した。

警官『自宅前をパトロールしてると玄関に人影が見えまして、あの女なんですけど、、
しゃがみ込んでライターで火を付けていたんですよ。玄関先に古新聞置いてますよね?』

母『いえ、置いてないですけど・・・?』

警官『じゃあこれも【あの女】が用意したんですかねー?』と指差した。
そこには新聞紙の束があった。確かにうちがとっている新聞社の物では無かった。
警官が『ん?』

と何かに気付き、新聞紙の束の中から何かを取り出した。
【木の板】
それには《○○○焼死祈願》と俺のフルネームが彫られていた。

俺は全身に鳥肌が立った。やはり俺の名前を調べ上げていたんだ。
もし警察がパトロールしていなかったら・・
と、少し気が遠くなった。
母は泣きだし、俺を抱き締めて頭を撫で回してきた。

警官はしばらく黙っていたが『実は、あの女、、、少し精神的に病んでまして。。。○○町にすんでいるんですけど、結構苦情、、、まぁ、同情の声というのもあるんですがねぇ・・・』
と、中年女の事を語りだした。

警官『あの女、1年前に交通事故で主人と旦那を亡くしてまして。。
それ以来、情緒不安定と精神分裂症というか。。まぁ近所との揉め事なども出てきだしましてね。。
山で発見された【少女の写真】であの女の特定は出来ていたんですよ。
二年前の交通事故・・・・・あの少女が道路に飛び出したのをハンドルをきって壁に衝突して主人と息子が無くなったんですよ。。。
飛び出した少女は無傷で助かったんですが・・・以来、あの少女の家にも散々嫌がらせをしているんですよ。
ただ事故が事故なだけに少女の家からは被害届けはでてないんですが。。。あの少女を相当怨んでいるんでしょうね。。。』

と。
俺はその話を聞き、同情などは一切出来なかった。
むしろ【中年女】の執念深さがヒシヒシと伝わってきた。
何よりも警官も認める
『情緒不安定・精神分裂症』
これでは、すぐに釈放になるのではないか?
その後、又、『中年女』の存在に怯え生きていかなければならないのか?
警官の話を聞き、『安堵感』よりも『絶望感』が心に広がった。

それから5年。。。
俺・慎・淳はそれぞれ違う高校に進んでいた。

俺達はすっかり会うことも無くなり、
それぞれ別の人生を歩んでいた。

もちろん『中年女』事件は忘れることが出来ずにいたが、『恐怖心』はかなり薄れていた。

そんな高一の冬休み、懐かしい奴『淳』から電話が掛かってきた。
『おう!ひさしぶり!』
そんな挨拶も程ほどに、淳は
『実は単車で事故ってさぁ・・足と腰骨折って入院してんだよ。』

『え?!だっせーな!どこの病院よ?寂しいから見舞いに来いってか?』
淳『まぁ、それもあるんだけどさぁ。。。
お前、【中年女】の事って覚えてる?事件の事じゃなくってさぁ。。顔、覚えてる?』

俺『、、、何で?何だよ急に!』

淳『。。。毎晩、面会時間終わってから。。。変なババァが俺の事を覗きに来るんだよ。。ニヤつきながら。。』

淳の発した言葉を聞いたとたんに『中年女』の顔を鮮明に思い出した。

始めて出会ったあの夜の『歯を食いしばった顔』
下校時に出会った『いやらしいニヤついた顔』
自宅玄関で見た『狂ったような叫び顔』
あれから忘れる努力をしていたが決して忘れることの出来ない『トラウマ』だった。

俺は淳に『何言ってんだよ?!もう忘れろ!ほんっとオメーって気が小せぇーなぁ?!』と答えた。自分自身にも言い聞かせるように。。
淳は『そーだよな。。。いや、こーゆーとこって妙に気が小さくなるんだよ!』
俺は『そーゆーとこ、変わってねーな!』と余裕を見せた。俺自信もあの日のまま成長していないが。
そして、入院している病院を聞き、『近いうちにエロ本持って見舞いに行くよ!』と言い電話を切った。
電話を切った瞬間、何故か胸騒ぎがした。

『中年女』

淳の言葉が妙に気に掛かりだした。

電話を切った後、しばらく考えた。
まさか、今更『中年女』が現れるはずが無い。。。
それにあいつは捕まったはず。。。いや、釈放されたのか??

というか、今思えば俺達三人は『中年女』に何をしたわけでも無い。
ただ『中年女』の呪いの儀式を見てしまっただけなのに、こちらの払った代償はあまりにも大きい。
偶然、夜の山で出会い、いきなり襲われた。俺達は何一つ『中年女』から奪っていない。それどころか、傷付けてもいない。
『中年女』は俺達からハッピーとタッチを奪い、秘密基地を壊し、何より俺達三人に『恐怖』を植え付けた。
『中年女』がいくら執念深いといっても、さすがにもう俺達に関わってくるとは思えない。
こんなことを思うのも何だが、怨むなら『写真の少女』にベクトルが向くはず!

俺は強引に『俺自信』を納得させた。

2日後、俺はバイトを休み、本屋でエロ本を3冊買ってから淳の入院している病院に向かった。
久しぶりに淳に会うという『ドキドキ感』と

淳が電話で言っていた事に対する『ドキドキ感』で、複雑な心境だった。病院に着いたのは昼過ぎだった。
淳の病室は三階。俺は淳のネームプレートを探し出した。
303号室・六人部屋に淳の名前があった。
一番奥、窓側の向かって左手に淳の姿が見えた。
『よう!淳、久しぶり!』
『おう!まぢひさしぶりやなぁ!』
思ったより全然元気な淳を見て少し安心した。
約束のエロ本を渡すと淳は新しい玩具を与えられた子供の如く喜んだ。
そして他愛も無い話を色々した。
淳といると小学生の頃に戻ったようでとても楽しかった。無邪気に笑えた。
あっという間に時間は経ち、面会終了時間が近ずいてきた。
俺が『んぢゃ、もうそろそろ帰・・・』
『実はさぁ、電話でも言ったんだけど、』と淳が真顔で何かを言いかけた。

何かを・・いや、『中年女の事だろ?』と俺は言った。すると淳は
『気のせいだとはおもうんだけど・・・いつもこの時間に来るオバさんがいてさぁ、、、何か、こう。。。引っ掛かるっつーか。。』

俺は『だから、気のせいだって!ビクビクすんなよ!』と強気な発言をした。
すると淳は少しカチンと来たのか
『だから、勘違いかもしんねーっつってんぢゃん!ビビりで悪かったな!』
空気が重くなった。
俺は空気を読み、淳に謝ろうとした。そのとき
『ガラガラガラ・・』
廊下に台車のタイヤ音が響いた。
淳が『来た・・・』とつぶやく。
俺は視線を部屋の入口に向けた。
『ガラガラガラ。』
台車は扉の前に止まったようだ。
そして、扉が開いた。
そこには上下紺色の作業着を着たオバさんが居た。
俺は『何だよ!脅かすなよ!ゴミ回収のオバさんじゃねーか。』
と、少し胸を撫で降ろした。
そのオバさんは患者個人個人のごみ箱のゴミを回収しだし、最後に淳のベットに近づいてきた。
淳が小声で『見てくれよ!』
俺はそのオバさんの顔をチラッと見た。

『・・・・!』
俺は息を飲んだ。
似ている・・・いや、『中年女』?なのか?
俺は目が点になり、しばらく、その人を眺めていると、そのオバさんはこちらを向き、ペコリと頭を下げて部屋を出て行った。
淳が『どう?やっぱ違うか?!俺ってビビりすぎ?』と聞いてきた。
俺は『全然ちげーよ!ただの掃除オバさんぢゃん!』と答えた。
いや、しかし似ていた。他人の空似なのか。。。?

『・・・んぢゃそろそろ帰るわ!あんま変な事考えてねーで、さっさと退院しろよ!』
と俺が言うと、淳は
『そだな。。あの女が病院にいるわけねーよな。お前が違うって言うの聞いて安心したよ。また来てくれよ!暇だし!』
と元気よく言った。
俺は病室を出ると、足早に階段を駆け降りた。
頭の中からさっきの『オバさん』の顔が離れない。
『中年女』の顔は鮮明に覚えている。
しかし、中年女の一番の特徴といえば『イッちゃってる感』だ。
さっきのオバさんは穏やかな表情だった。
もし、さっきの『オバさん』=『中年女』なら、俺の顔を見た瞬間にでも奇声をあげ、襲い掛かって来てもおかしくない。
そうだ。やっぱり他人の空似なんだ。
と考えつつ、なぜが病院にいるのが怖く、早々に家路についた。

家に帰ってからも『中年女』=『清掃おばさん』の考えは払拭しきれなかった。
やはり気になる・・・
その日は眠りに落ちるまでその事ばかり考えていた。

次の日、『清掃おばさん』の事が気になり、俺はバイトを早めに切り上げ病院に行くことにした。
俺のバイト先からチャリで30分。
病院に着いたときには20時を回っていて面会時間も過ぎていた。
もう、『清掃おばさん』も帰っている事は明白だったが、臨時入口から病院に入り、とりあえず淳の病室に向かった。
こっそり淳の病室に入ると淳のベットはカーテンを閉めきってあった。
『寝たのか?』
と思い、そーっとカーテンを開けて隙間から中を覗いた。
『うわっ!』
淳が慌てて飛び起き、
『ビックリさせんなよ!』と言いながら、何かを枕の下に隠した。
淳はエロ本を熟読していたようだ。

俺は敢えてエロ本の事には触れずに
『暇だろーと思って来てやったんだよ!』と淳の肩を叩いた。
淳は少し気まずそうに
『おぅ!この時間暇なんだよ!ロビーでも行って茶でもしよか?』
と言った。
俺は車椅子をベットの横に持って来て、淳の両脇を抱え、淳を車椅子に乗せてやった。
淳が『ロビー一階だからナースに見つからんよーに行かんとな!』と小声で言った。
俺達はコソコソと、まるで泥棒の様に一階ロビーに向かった。
途中、何人かのナースに見つかりそうになる度、気配を消し、物陰に隠れ、やっとの思いでロビーに着いた。

昼間と違い、ロビーは真っ暗で、明かりといえば自販機と非常灯の明かりしかなく、淳が
『何か暗闇の中をお前とコソコソするの、あの夜を思い出すよなぁ。』と言った。
『そだな。何であの時、アイツの事を尾行しちまったんだろーな。。』
と俺が言うと淳は黙り込んだ。

俺は今日病院に来た理由、すなわち『清掃おばさん』の事について・・
淳に言おうと思ったが、躊躇していた。淳はこの先、1ヵ月近く此処に入院するのにそのような事を言うのは・・・と。
またあの時のように『原因不明のジンマシン』が出るかもしれない。
すると淳が
『お前、あのおばさんの事できたんじゃないのか?』と。
俺はとっさに
『え?何が?』ととぼけたが、淳は
『そーなんだろ?やっぱり似てる・・いや、【中年女】かもしれないんだろ?』と真顔で詰め寄って来た。
俺はその淳の迫力におされ『たしかに似てた・・雰囲気は全然違うけど・・似てる。』
淳はうつむき、『やっぱり。。。前にも電話で言ったけど。。。』と語り始めた。

淳は少し、声のトーンを下げ『俺が入院して二日目の夜、足と腰が痛くて痛くてなかなか眠れなかったんだ。
寝返りもうてないし、消灯時間だったし、仕方ないから、目つむって寝る努力をしていたんだ。
そして少し睡魔が襲ってきてウトウトし始めたとき、
【視線】
を感じたんだ。。。
見回りの看護婦だろうと思って無視してたんだけど、なんか、ハァ・・ハァ・・って息遣いが聞こえてきて・・
何だろう?隣の患者の寝息かなぁ?って思って薄目を開けてみたんだよ。。
そしたら俺のベットカーテンが3㌢程開いてて、その隙間から誰かが俺を見ていたんだ。。
その目は明らかに俺を見てニヤついてる目だったんだ。。
俺、恐くて恐くて、寝たふりしてたんだけど。。
そして、そのまま寝てたらしく、気付いたら朝だったんだ。
後から考えたんだ。
【あのニヤついた目】
どこかで見覚えが・・
そーなんだよ。『清掃おばさん』の目にそっくりだったんだよ!』

【ニヤついた目】

俺はその目を知っている!
『中年女』にそのニヤついた目付きで見つめられた事のある俺にはすぐに淳の言う光景が浮かんだ。
更に淳は話を続けた。
『それにあの清掃おばさん、ゴミ回収に来た時、ふと見ると、何かやたら目が合うんだ。。俺がパッと見ると、俺の事をやたら見ているんだ。。。
半ニヤけで。。。』

それを聞き、俺が抱いていた疑問、【中年女=清掃おばさん】は確信に変わった。
やっぱりそうなんだ。
社会復帰していたんだ!
缶コーヒーを握る手が少し震えた。決して寒いからでは無い。体が反応しているんだ。
『あの恐怖』を体が覚えているんだ。。

その時、
俺の後方から突如、光が照らされた。
『コラ!』
振り向くと、そこには見回りをしている看護婦が立っていた。
『ちょっと淳君!どこにもいないと思ったらこんなとこに!消灯時間過ぎてから勝手に出歩いちゃダメって言ってるでしょ!
それに、お友達も面会時間はとっくに過ぎてるでしょ!』
と、かなり怒っていた。
淳は『はいはい。。。んぢゃまた近いうちに来てくれよな!』
と看護婦に車椅子を押され病室に戻って行った。
『おぅ!とりあえず、気つけろよ!』と言った。
俺もとりあえず帰るか。。。と思い、入って来た急患用出入口に向かった。
それにしても夜の病院は気味が悪い。さっきまで『あの女』の話をしていたからか?と思って歩いていると。。。
ん?
廊下の先に誰かがいる。
あれは。。。

清掃おばさん。。?

いや、
『中年女』、、か、、?

『中年女』らしき女が何かしている。。。

間違いない!
『中年女』だ!
この先の出入口付近で何かしている!
俺はとっさに身を隠し、『中年女』の様子を伺った。
どうやら俺には気付かず、何かをしているようだ。。。
中腰の態勢で何かをしている。
俺は目を凝らし、しばらく観察を続けた。

何か大きな袋をゴソゴソし、もう一方に小分けしている?
尚も『中年女』はこちらに気付く様子も無く、必死で何かしている。

ひょっとして、病院内の収拾したゴミの分別をしているのか?(俺達の地元はゴミの分別がルールとなっている)
その時、後ろから
『ちょっと、まだいたの?私も遊びじゃないんだからいい加減にして!』と、さっきの看護婦が。
俺はドキッとし、
『あ、いや、帰ります!どーも・・・』
と言い、出入口に目をやると『中年女』はこちらに気付き、ジィーっとこちらを見ていた。
『全く!』看護婦はそう吐き捨て、再び見回りに行った。
いや、それどころでは無い!

『中年女』に見つかってしまった!
どうすればいい?
逃げるべきか?
先程の看護婦に助けを求めるべきか?
俺の頭はグルグル回転し始め、心臓は勢いを増しながら鼓動した。

俺は『中年女』から目を離せずにいると、『中年女』は俺から視線を外し、何事も無かったように再びゴミの分別作業をし始めた。
『え!?』
俺は躊躇した。その想定外の行動に。。俺の頭には
『襲い掛かってくる』
『俺を見続ける』
『俺を見、ニヤける』
と、相手が俺に関わる動向を見せると思っていたからである。
俺はしばらく突っ立ったまま、『中年女』を見ていたが、黙々とゴミの分別をしていて、俺のことなど気にしていないようだった。
『何かの作戦か?』
と疑ったが、俺の脳裏にもう一つの思考が浮かんだ。

【中年女≠清掃おばさやん】?

やはり、似ているだけで別人・・・?!

俺と淳が疑心暗鬼になりすぎていたのか?!やはり『中年女』とは赤の他人の別人なのか?
そう一人で俺が考えている間も、『その女』は黙々と仕事をしている。

俺は意を決して、出入口に歩き出した。すなわち『その女』の近くに。。。

少しずつ近づいてくるが相手は一向にこちらを見る気配が無い。しかし、俺は『その女』から目を離さず歩いた。。

あっという間に何事も無く、俺は『その女』の背後まで到達した。
女は一生懸命ゴミの分別をしている。手にはゴム手袋をハメて大量のゴミを『燃える』『燃えない』『ペットボトル』に分けていた。
その姿を見て、俺は『やはり別人か。。』
と思っていると、
『その女』はバッ!っとこちらを見て、
『大きくなったねぇ~。』
と俺に話し掛けてきた。
俺は頭が真っ白になった。
【大きくなったねぇ?オオキクナッタネェ?】

この人は俺の過去を知っている??
この人、誰?
この人、『中年女』?
こいつ、やっぱり
『中年女』!!

その女は作業を中断し、ゴム手袋を外しながら俺に近寄ってくる。
その表情はニコニコしていた。
俺はどんな表情をすればいい???
きっと、とてつもなく恐怖に引きつった顔をしていただろう。

女は俺の目前まで歩み寄って来て
『立派になって。。もう幾つになった?高校生か?』
と尋ねてきた。

俺は『この女』の発言の意味が判らなかった。
何なんだ?
俺をコケにしているのか?
恐怖に引きつる俺を馬鹿にしているのか?
何なんだ?
俺の反応を楽しんでいるのか?

俺が黙っていると、
『お友達も大きくなったねぇ、、、淳くん。。可哀相に骨折してるけど。。お兄ちゃんも気付けなあかんよ!』
と言ってきた。

もう、意味が全く解らなかった。数年前、俺達に何をしたのか忘れているのか?俺達に『恐怖のトラウマ』を植え付けた本人の言葉とは思えない。
『女』は尚もニヤニヤしながら
『もう一人いた・・あの子、元気か?色黒の子いたやん?』

!!慎の事だ!
何なんだコイツは!
まるで久しぶりに出会った旧友のように。。
普通じゃない。。
わざとなのか。。?
何か目的があってこんな態度を取っているのか?

俺は『中年女』から目を逸らさず、その動向に注意を払った。

【こいつ、何言ってるのか解ってるのか?】

『あの時はごめんね・・・許してくれる?』
と中年女は言いながら俺に近づいてくる。
俺は返す言葉が見つからず、ただ無言で少し後退りした。
『ほんまやったら・・もっと早くあやまらなあかんかってんけど・・』
俺は耳を疑った。
こいつ、本気で謝罪しているのか。。?それとも何か企んでいるのか。。?
ついに『中年女』は手を伸ばせば届く範囲にまで近づいてきた。
『三人にキチンと謝るつもりやったんやで・・ほんまやで。。。』
と言いながら、ますます近づいてくる!
もう息がかかる程の距離にまで近づいた。
『あの時』とは違い、俺の方が身長は20㌢程高く、体格的にも勿論勝っている。
俺は『中年女』に指一本でも触れられたら、ブッ飛ばしてやる!と考えていた。

『中年女』は俺を見上げるような形で、俺の目を凝視してくる。
しかし、その目からは『怨み』『憎しみ』『怒り』など感じられない。
真っ直ぐに俺の目だけを見てくる。
『あの時はどうかしててねぇ、酷い事したねぇー。。』
と『中年女』は謝罪の言葉を並べる。
俺はもう、その場の『緊張感』に耐えれず、ついに走りだし、その場を去った。
走ってる途中、『もし追い掛けられたら・・・』と後ろを振り向いたが『中年女』の姿は無く、ある意味拍子抜けた。
走るのを止め、立ち止まり、考えた。

さっきのは本当に本心から謝っていたのか?

俺は中年女を信じることが出来なかった。疑う事しか出来なかった。まぁ、『あの事件』の事があるから当たり前だが。

俺は小走りで先程の場所近くに戻ってみた。
そこには再びゴム手袋をはめ、大量のゴミの分別をする『中年女』の姿があった。

こいつ、本当に改心したのか?
必死に作業をする姿を見ると、昔の『中年女』とは思えない。

とりあえず、その日はそのまま帰宅した。
俺は自室のベットに横になり、一人考えた。
人間はあそこまで変わることが出来るのか・・?昔、鬼の形相でハッピー・タッチを殺し、俺を、慎を、淳を追い詰め、放火までしようとした奴が。。。
『ごめんね』など、心から償いの言葉を発することが出来るのか。。
いや、
ひょっとして【あの事件】をきっかけに俺が変わってしまったのか。。?疑心暗鬼になり、他人を信じる事が出来ない『冷たい人間』になってしまったのか。。?
『中年女』の謝罪の言葉を信じることで【あの事件】の精神的な呪縛から解放されるのか。。?

もう一度、『中年女』に会い、直接話すべきだ。。。
俺は『中年女』にもう一度会うこと、今度は逃げないこと!と決意を固め、その日は就寝した。

そして次の日、俺はバイトを休み、病院に行った。

まずは淳の病室に入り、昨日の出来事を説明した。そして今日は、『中年女』に会い、直接話してみるつもりだ。と言う事を伝えた。
淳は最初『中年女』は変わっていない!と俺の意見に反対だったが、『このまま一生、中年女の存在に怯え、トラウマを抱えたまま生きていくのか?』と俺が言うと、
『・・・中年女に会って話すんだったら俺も付き合う、。。』
と言ってくれた。

しばらく沈黙が続いた。

刻々と時間は過ぎ、面会時間終了のチャイムが鳴ると同時に
『ガラガラガラ・・・』
廊下の奥の方からゴミ運搬台車の音が聞こえてきた。
『。。来たな。。。』
淳がボソッと呟いた。
俺は固唾を飲んで部屋の扉へ視線を送った。

『ガラガラガラ、』
台車の音が部屋の前で止まった。

部屋の扉が開いた。

作業服の『中年女』が会釈しながら入室してきた。俺と淳はその姿を目で追った。
『中年女』は奥のベットから順にゴミ箱のゴミを回収し始めた。
『ごくろうさん。』
と患者から声を掛けられ、笑顔で会釈をする中年女。。。とても昔の『中年女』と同一人物とは思えない。

そして、ついに淳のベットのゴミ回収に中年女がやってきた。

『中年女』はこちらに一切目を合わせず、軽く会釈をし、ゴミを回収し始めた。
俺は何と声を掛けていいのかわからず、しばらく中年女の様子を伺っていたが、淳が
『おばさん!どーゆーつもりだよ?』
と切り出した。
中年女はピタッと作業の手を止め、俯いたまま静止した。淳は続けて
『あんた、俺の事覚えてたんだろ?俺には謝罪の言葉一つも無いの?』

俺はドキドキした。まさか淳が急にキレ口調で話すなんて予想外だった。
中年女は俯いたまま
『・・・ごめんねぇ。。。』とか細い声を出した。
淳はその素直な返答に驚いたのか、キョトンとした目で俺を見て来た。
俺は『。。。おばさん。。。本当に反省してるんだよね?』
と聞いてみた。
すると中年女はこちらを向き
『本当にごめんなさい。。私があんな事したから淳君、こんな事故に会っちゃって。。。私があんな事したから・・・ほんとゴメンね!』と。

俺と淳は更にキョトンとした。何か話がズレてないか?
俺は
『いや、昔あんた犬に酷い事したり、俺ん家にきたり、、すべてひっくるめて!』と言った。

中年女は
『本当にごめんなさい!私が、私があんな事さえしなければ、、こんな事故、、ごめんね!本当にごめんね!』
と泣きそうな声で言った。
その態度、会話を聞いていた病室内の患者の視線が一斉にこちらに注目していた。
静まり返った病室に
『ゴメンね!ごめんなさい!ゴメンなさぃ!』
と中年女の声だけが響いた。
淳は少し恥ずかしそうに
『もういいよ!だいたい、俺が事故ったのアンタとは一切関係ねーよ!』
と吐き捨てた。

中年女はペコペコ頭を下げながら淳のベットのゴミを回収し、最後に
『ごめんなさい・・』
と言い、そそくさと病室から出て行った。
その光景を周りの患者が見ていたので、しばらく病室は変な空気が流れた。
淳は『何なんだよ!あのオバハン!俺は普通に事故っただけだっつーの。。何勘違いしてやがんだよ!』といいながら枕をドツイた。
俺は『中年女』の行動、言動を聞いていてハッキリと思った。

やはり『中年女』は少しおかしい。いや、謝罪は心からしているのだろうが、アイツは『呪いの儀式』を行った事を謝っていた。
『呪い』を本気で信じているようだった。

淳は『あの頃は無茶苦茶怖い存在やって、今だにトラウマでビビってたけど、、
さっき喋って思ったんは単なるオカルト信者のヲバはんやって事やな!』
と何処かしら憑き物が取れたと言うか、清々しい表情で言った。
俺は『あぁ、昔と違って俺らの方が体もデカくなったしな!』と調子を合わせた。
『さて、とりあえず一件落着したし、俺帰るわ!』
『おぅ!また暇な時来てや!』
と言葉を交わし、俺は病室を出て家路に就いた。
家に帰る途中、俺は慎の事を思い出した。
アイツにもこの事を伝えてやろうと。
アイツも今回の話を聞かせてやれば、きっと『あの日のトラウマ』が無くなるのでは無いか、と。

家に帰り早速、慎と同じサッカー部だった奴に電話をかけ、慎の携帯番号を聞いた。
そして慎の携帯に電話を掛けた。

『おう!ひさしぶり!』
なつかしい慎の声。

俺はしばし慎と、
最近どうよ?
的な話をした後、淳が事故って入院したこと、その病院に『中年女』が清掃員として働いていること、中年女が昔と別人のように心を入れ替えている事を話した。
慎は『中年女』が謝罪してきたことに対し、たいそう驚いていた。
そして最後に慎は
『淳が退院したら三人で快気祝いをシヨウ。』
と言った。
もちろん俺は賛成し、淳の退院のメドが着き次第連絡する。と伝えた。

その翌日、俺は病院に行き淳に『慎がおまえの退院が決まり次第、こっちに帰って来て快気祝いしようってよ!』
と伝えた。
淳はたいそう喜んでいた。
それから一週間程、病院に見舞いには行っていなかった。
別に理由は無いが、新学期も始まり、なかなか行く時間が無かったというのもある。
それに『中年女』が更正(?)しているようだったので、心配も、以前ほどはしていなかった。
何かあれば淳から電話があるだろうと思っていた。
そんなある日、淳から電話が掛かってきた。
内容は『来週退院する!』
との事だった。
俺は『良かったな!』と祝福の言葉と共に、『中年女』の動向を聞いたが、
『普通にゴミ回収の仕事をしている。特に何もない。』との事だった。

そして、さらに一週間が経ち、淳は退院した。
俺は学校帰りに淳の家に立ち寄った。
チャイムを押すと、松葉杖をつきながら淳が出てきた。
『おぅ!上がれよ!』
足にはギブスをはめたままだったが、すっかり元気そうだった。
淳の部屋でしばし雑談をした。
夕方になり俺は帰宅し、夕飯を喰った後、慎に電話をした。
『淳、退院したぜ!』
『まぢ!そっか、じゃあ快気祝いしなくちゃな!すぐにでも行きたいけど部活が忙しいから月末頃にそっち行くよ!』
との事だった。
そして月末の土曜日。
俺、慎、淳。。。
小学校以来、久しぶりの三人での再会だった。
昼に駅前のマクドで落ち合った。
久しぶりに会った慎は冬なのに浅黒く日焼けし、少しギャル男気味だった。
まぁ、それはさておき、夕方まで色々と語った。
それぞれの高校の話。
恋の話。
昔の思い出話。。。

もちろん『中年女』の話題も出てきた。
あの時それぞれが何よりも恐ろしく感じていた『中年女』も、今となればゴミ回収のおばさん。
病院での出来事を俺と淳が慎に詳しく話してやると、慎は
『あの頃と違って、今ならアイツが襲って来てもブッ飛ばせるしな!』
と笑いとばした。

もう俺達にとって『中年女』は過去の人物、遠い昔話で、トラウマでも無くなっていた。

夕方になり、俺達はカラオケBOXに行った。
久しぶりの『三人』での再会と言うこともあり、俺達は再会を祝して『酒』を注文した。
まぁ酒と言っても酎ハイだが。。。
当時の俺達は充分に酔えた。
各々、4、5杯ぐらい飲み、皆ほろ酔いだった。
いい気分で歌を歌い、かなりHIGHテンションだった。
そして二時間経ち、歌にも飽き出した時、慎がある提案をした。
『よーし、今から秘密基地に行くぞ!あの時、見捨てちまったハッピーとタッチの供養をしに行くぞ!』と。
一瞬、空気が凍った。
俺も淳も『・・・』と言葉を失った。
まさか、『あの場所』に行こうなんて。。予想外の発言だったから。
慎はそんな俺達を挑発するように
『オメーら変わってねーな!まぢでビビっんの?!ハハッ!』
と、少し悪酔い?していた。
その言葉に酔っ払い淳が反応し、『あ?誰がビビるかよ!喧嘩売ってんのか慎?』とキレ出した。

俺は酔いながらも空気を読み

『おいおい、やめとけって!第一、淳まだ杖突いてんだぜ?』と言うと、慎がすかさず
『あ、そっか、、杖ツイてちゃ逃げれねーしな?ハハハ♪』
と、かなりの悪酔いしていた。
淳は益々ムキになり
『うるせーよ!行きてーんなら行ってやるよ!お前こそ途中でビビんぢゃねーぞ?』
と、まるで子供の喧嘩のようになり、結局、『ハッピーとタッチの冥福を祈りに』と言う名目で行くことになった。
慎、淳は二人とも結構酔っていたのと、引くに引けなかったんだと思う。
まぁ、『ハッピーとタッチの供養』はいずれしなければならないと思っていたので、いい機会かも、、と少し思った。三人なら恐さも薄れるし。。

カラオケBOXを出て、コンビニに寄り、あの2匹が大好きだった
『うまい棒』と『コーラ』
を買い込み、タクシーで一旦俺の家に寄り、照明道具を取って来てから
『小学校の裏山』
へ向かった。
タクシー運転手に怪しげな目で見られつつ、山の入口でタクシーを降りた。
俺は三人でよく遊んだ裏山という懐かしさと共に『あの日』の出来事を思い出した。
こんな夜更けに・・又、入ることになるとは・・・
そんな俺の気持ちも知らずに淳は意気揚々と
『さぁ、入ろうぜ!』
と、杖を突きながらズカズカと入っていく。
その後ろをニヤニヤしながら慎が明かりを燈しながら着いて行った。
俺は
『淳、足元、気つけろよ!』
と言い、慎に続いた。

いざ山に入ると、昔と景色が変わっていることに驚いた。
いや、景色が変わったのでは無く、俺達がデカくなったから景色が変わって見えているのか。。?
登山途中、慎が淳をからかうように
『中年女がいたらどーする?俺、お前置いて逃げるけど♪』
等、冗談ばかり言っていた。(俺は逃げるけど)
思いの外、スムーズに進め、30分程で『あの場所』に到達した。

『あの場所』
『初めて中年女』と会った場所。。。
俺達は黙り込み、ゆっくりと明かりを燈しながら『あの樹』に近づいた。
『あの日』中年女が呪いの儀式をしていた樹。。。
間近に寄り、明かりを燈した。。
今は何も打ち込まれておらず、普通の大木になっていた。。
しかし、古い『釘痕』は残っていた。所々、穴が開いていた。
恐らく、警察がすべて抜いたのだろう。

しばらく三人で釘痕を眺めていた。
そして慎が『ここらへんでハッピーが死んでたんだよな。。。』と、地面を照らした。
さすがにもう、ハッピーの遺体は無かったが、ハッキリとその場所は覚えている。。
俺はその場に『うまい棒』と『コーラ』を供えた。
そして三人で手を合わせ、次は『タッチ』の元へ。。
『秘密基地跡』へ向かった。

秘密基地に向かう途中、淳が
『色々あったけど、やっぱ懐かしいよな。。』
とポツリと言った。
すると慎が
『あぁ。。あの夜、秘密基地に泊まりに来なければ、、、嫌な思い出なんて無かっただろうな。』と言った。
確かに。。
この山で『中年女』に会わなければ、ここは俺達にとっては聖地だったはずだ。

『ここらへんだったよな。。。』
慎が立ち止まった。
『秘密基地跡地』
もう、跡形も無かった。あの日バラバラにされていた材木すら一枚も無かった。
淳が無言でしゃがみ込み、『うまい棒・コーラ』を置き、手を合わせた。
俺と慎も手を合わせた。

しばらく黙祷したのち、慎が言った。
『ハッピーとタッチがいなけりゃ。。。今頃俺達いなかったかもな。』

淳『あぁ。。。』
俺『そうだよな・・・結局、中年女も更正して、、、なんだか、やっと悪夢から解放された感じだな。。』

しばらく沈黙が続いた。

ふと慎が周囲や目の前の池を電灯で照らし、
『この場所、あの頃は俺らだけの秘密の場所だったのに、結構来てる奴いるみたいだな。』と。

慎が燈す場所を見ると、スナック菓子の袋や空き缶が結構落ちていることに気付いた。

俺は『ほんとだな、あの頃はゴミなんて全然無かったもんな。。今の小学生、この場所しってんのかな?』と言った。

淳が続けて
『あの時は俺ら、まじめにゴミは持ち帰ってたもんな。。』と言った。

その時、慎が
『うわっ!何だこれ!』と叫んだ。
俺と淳はその声に驚き、慎の照らす明かりの先に視線をやった。

一本の木に何やらゴミが張り付いている。
よく見ると無数の菓子袋や空き缶、雑誌が木に釘で打ち付けられていた。
『なんだこれ?!』
慎が明かりを照らしながら近づいていった。
俺と淳も後を着いて行った。

『誰かのイタズラ??』俺はマヂマヂと打ち付けられたゴミを見た。

その時、

『あぁぁぁ、、、これ、、俺の、ゴミぃ、、ぁぁぁぁあ、、』
と淳が震えた声で言いながら硬直した。
『は?!』
俺と慎は聞き直した。
淳は
『あ゛ぁぁぁ、、俺が、病院で捨てた、、、あぁぁ。、。』
といいながら後ずさりした。
慎が
『おい!淳!しっかりしろ!んなわけねーだろ!』
と怒鳴りながら、釘で打たれた一枚の菓子袋を引きちぎった。
それを見て、淳は
『あー、ぁあぁ、、』
と奇妙な声を出し、尻餅を付いた。
その行動に俺と慎は呆気に取られたが、次の瞬間、
『うわっ!』
と、慎が手に持っていた袋を投げた。
『え?!』と俺がその袋に目をやると、袋の裏に
『淳呪殺』
とマジックで書かれていた。
俺は『まさか?』と思い、木に釘打たれたゴミを片っ端から引き剥がし、裏を見た。

『淳呪殺』
『淳呪殺』
『淳呪殺』
『淳呪殺』

すべてのゴミに書かれていた。

淳は口をパクパクさせながら尻餅を付いた状態で固まっていた。

慎が何気に周囲に落ちていたゴミを拾い、
『!おい!、これ!』
と俺に見せてきた。

『淳呪殺』

なんと、周囲に落ちているゴミにも書かれていた。
俺はその時、初めて気付いた。
『中年女』は更正なんて初めからしていなかったんだ。
ずっと俺達を怨んでいたんだ。
俺が病院で見掛けた、ゴム手袋をして必死で分別していたのも、淳のゴミだけを分けていたんだ!
俺達に『ごめんね』と言っていたのも全部嘘だったんだ。

俺は急にとてつもなく寒気を感じ、
【此処にいてはいけない!】
と本能的に思い、淳に
『おい!しっかりしろ!行くぞ!』
と行ったが、
『俺の、、ゴミ、。俺のゴミ、、、』
と、淳は壊れていた。発狂していた。
とりあえず慎と俺で淳を担ぎ、山を降りた。

あれから8年
あの日以来、もちろん山には行っていない。
『中年女』とも会っていない。
まだ俺達を怨んでいるんだろうか?
どこかで見られているんだろうか?
しかし、俺達三人は生きている。
ただ、
今だに、淳は歩く事が出来ない。

end
長文な上に、駄文を長期に渡り書かせて貰い、ありがとうございました。
無事に『中年女』を書き終えることが出来たのは、支援して下さった皆様の温かさのお陰だと痛感しています。
始めのうちは結構、すんなり完結まで書けると思っていたのですが、、、私的な都合と、打ち込み、文章形成力の無さでダラダラ長くなっちゃいました(^^;)

アンチの方々もこんな私に『華』を持たせてもらい感謝しています。

本当に皆様、ありがとうございました。

あ、あと、色々お騒がせしましたが
『2ちゃんねる』って素敵なとこだな、っと思いました。
素直な気持ちです。
完結!!

リアル

そこまで面白いことでもないし、長くしないように気をつけるが多少は目をつぶって欲しい。
では書きます。

何かに取り憑かれたり狙われたり付きまとわれたりしたら、マジで洒落にならんことを最初に言っておく。
もう一つ、俺の経験から言わせてもらうと、一度や二度のお祓いをすれば何とかなるって事はまず無い。
長い時間かけてゆっくり蝕まれるからね。祓えないって事の方が多いみたいだな。

俺の場合は大体2年半位。
一応、断っておくと、五体満足だし人並みに生活できてる。
ただ、残念ながら、終わったかどうかって点は定かじゃない。

まずは始まりから書くことにする。
当時俺は23才。社会人一年目って事で、新しい生活を過ごすのに精一杯な頃だな。
会社が小さかったから、当然同期も少ない。必然的に仲が良くなる。
その同期に東北地方出身の○○って奴がいて、
こいつがまた色んな事を知ってたり、やけに知り合いが多かっりした訳。
で、よく『これをしたら××になる』とか、『△△が来る』とかって話あるじゃない?
あれ系の話はほとんどガセだと思うんだけど、幾つかは本当にそうなってもおかしくないのがあるらしいのよ。
そいつが言うには、何か条件が幾つかあって、偶々揃っちゃうと起きるんじゃないかって。
俺の時は、まぁ悪ふざけが原因だろうな。

当時は車を買ってすぐだったし、一人暮らし始めて間もないし、
何よりバイトとは比べ物にならない給料が入るんで、週末は遊び呆けてた。
8月の頭に、ナンパして仲良くなった子達と○○、そして俺の計4人で、
所謂心霊スポットなる場所に、肝試しに行ったわけさ。
その場は確かに怖かったし、寒気もしたし、何かいるような気がしたりとかあったけども、
特に何も起こらず、まぁスリルを満喫して帰った訳だ。

3日後だった。
当時の会社は上司が帰るまで新人は帰れないって暗黙のルールがあって、毎日遅くなってた。
疲れて家に帰って来て、ほんと今思い出しても理解出来ないのだが、
部屋の入口にある姿見の前で、『してはいけないこと』をやったんだ。
試そうとか考えた訳ではなく、ふと思い付いただけだったと思う。

少し細かな説明をする。
当時の俺の部屋は、駅から徒歩15分、八畳1R、玄関から入ると細い廊下があり、その先に八畳分の部屋がある。
姿見は部屋の入口、つまり廊下と部屋の境目に置いていた。
俺が○○から聞いていたのは、『鏡の前で△をしたまま右を見ると◆が来る』とか言う話だった。
体勢的に、ちょっとお辞儀をしているような格好になる。

「来るわけねぇよな」なんて呟きながら、お辞儀のまま右向いた時だった。
部屋の真ん中辺りに何かいた。見た目は明らかに異常。
多分160センチ位だったと思う。髪はバッサバサで腰まであって、簾みたいに顔にかかってた。
っつーか、顔にはお札みたいなのが何枚も貼ってあって見えなかった。
なんて呼ぶのか分からないけど、亡くなった人に着せる白い和服を来て、小さい振り幅で左右に揺れてた。
俺はと言うと…、固まった。
声も出なかったし、一切体は動かなかったけど、
頭の中では物凄い回転数で、起きていることを理解しようとしてたと思う。
想像して欲しい。
狭い1Rに、音もない部屋の真ん中辺りに何かいるって状態を。
頭の中では原因は解りきっているのに、起きてる事象を理解出来ないって混乱が渦を巻いてる。
とにかく異常だぞ?灯りをつけてたけど、逆にそれが怖いんだ。いきなり出てきたそいつが見えるから。
そいつの周りだけ青みがかって見えた。
時間が止まったと錯覚するくらい静かだったな。

とりあえず俺が出した結論は、『部屋から出る』だった。
足元にある鞄を、何故かゆっくりと慎重に手に取った。
そいつからは目が離せなかった。目を離したらヤバいと思った。
後退りしながら廊下の半分(普通に歩いたら三歩くらいなのに、かなり時間がかかった)を過ぎた辺りで、
そいつが体を左右に振る動きが、少しずつ大きくなり始めた。
と同時に、何か呻き声みたいなのを出し始めた。
そこから先は、実はあんまり覚えてない。気が付くと駅前のコンビニに入ってた。

兎にも角にも、人のいるコンビニに着いて安心した。
ただ頭の中は相変わらず混乱してて、
『何だよアレ』って怒りにも似た気持ちと、『鍵閉め忘れた』って変なとこだけ冷静な自分がいた。
結局、その日は部屋に戻る勇気は無くて、一晩中ファミレスで朝を待った。

空が白み始めた頃、恐る恐る部屋のドアを開けた。良かった。消えてた。
部屋に入る前にもっかい外に出て、缶コーヒーを飲みながら一服した。
実は何もいなかったんじゃないかって思い始めてた。本当にあんなん有り得ないしね。

明るくなったってのと、もういないってので、少し余裕出来たんだろうね。
さっきよりはやや大胆に部屋に入った。
『よし、いない』なんて思いながら、カーテンが閉まってるせいで、薄暗い部屋の電気を点けた。
昨晩の出来事を裏付ける光景が目に入ってきた。
昨日、アイツがいた辺りの床に、物凄く臭いを放つ泥(多分ヘドロだと思う)が、
それも足跡ってレベルを超えた量で残ってた。
起きた事を事実と再認識するまで、時間はかからなかった。
ハッと気付いてますますパニックになったんだけど、…俺、電気消してねーよ…ははっ。
スイッチ押した左手見たら、こっちにも泥がついてんの。

しばらくはどんよりした気持ちから抜けられなかったが、出ちまったもんは仕方ねーなと思えてきた。
まぁここら辺が俺がAB型である典型的なとこなんだけど、
そんな状態にありながら、泥を掃除してシャワー浴びて出社した。
臭いが消えなくてかなりむかついたし、こっちはこっちで大問題だが、
会社を休むことも一大事だったからね。

会社に着くと、いつもと変わらない日常が待っていた。俺は何とか○○と話す時間を探った。
事の発端に関係する○○から、何とか情報を得ようとしたのだ。

昼休み、やっと捕まえる事に成功した。
以下、俺と○○の会話の抜粋。

「前にさぁ、話してた『△すると◆が来る』とかって話あったじゃん。昨日アレやったら来たんだけど」
「は?何それ?」
「だからぁ、マジ何か出たんだって!」
「あー、はいはい。カウパー出たのね」
「おま、ふざけんなよ。やっべーのが出たってんだよ」
「何言ってんのかわかんねーよ!」
「俺だってわかんねーよ!!」

駄目だ、埒があかない。
○○を信用させないと何も進まなかったため、俺は淡々と昨日の出来事を説明した。
最初はネタだと思っていた○○も、やっと半信半疑の状態になった。

仕事終わり、俺の部屋に来て確かめる事になった。
夜10時、幸いにも早めに会社を出られた○○と俺は部屋に着いた。
扉を開けた瞬間に、今朝嗅いだ悪臭が鼻を突いた。
締め切った部屋から熱気とともに、まさしく臭いが襲ってきた。
帰りの道でもしつこいくらいの説明を俺から受けていた○○は、
「・・・マジ?」と一言呟いた。信じたようだ。
問題は、○○が何かしら解決案を出してくれるかどうかだったが、望むべきではなかった。
とりあえず、お祓いに行った方がいいことと、知り合いに聞いてみるって言葉を残し、
奴は逃げるように帰って行った。
予想通りとしか言いようがなかったが、奴の顔の広さだけに期待した。

臭いとこに居たくない気持ちから、その日はカプセルホテルに泊まった。
今夜も出たら終わりかもしれないと思ったのが本音。

翌日、とりあえず近所の寺に行く。さすがに会社どころじゃなかった。
お坊さんに訳を説明すると、
「専門じゃないから分からないですね~。しばらくゆっくりしてはいかがでしょう。きっと気のせいですよ」
なんて呑気な答えが返ってきた。世の中こんなもんだ。
その日は都内では有名な寺や神社を何軒か回ったが、どこも大して変わらなかった。

疲れはてた俺は、埼玉の実家を頼った。
正確には、母方の祖母がお世話になっている、S先生なる尼僧に相談したかった。
っつーか、その人以外でまともに取り合ってくれそうな人が思い浮かばなかった。

ここでS先生なる人を紹介する。

母は長崎県出身で当然祖母も長崎にいる。
祖母は、戦争経験からか熱心な仏教徒だ。 S先生はその祖母が週一度通っている自宅兼寺の住職さんだ。
俺も何度か会ったことがある。
俺は詳しくはないが、宗派の名前は教科書に乗ってるくらいだから、
似非者の霊能者などとは比較にならないほどしっかりと仏様に仕えてきた方なのだ。
人柄は温厚、落ち着いた優しい話し方をする。
俺が中学に上がる頃親父が土地を買い家を建てることになった。
地鎮祭とでも言うんだっけ? 兎に角その土地をお祓いした。

その一週間後に、長崎の祖母から「土地が良くないからS先生がお祓いに行く」という内容の電話があった。
当然、母親的にも「もう終わってるのに何で?」ってことで、それを言ったらしい。
そしたら祖母から「でもS先生がまだ残ってるって言うたったい」って。
つまり、俺が知る限り唯一頼れる人物である可能性が高いのがS先生だった。

日も暮れてきて、埼玉の実家があるバス停に着いた頃には、夜9時を回る少し前だった。
都内と違い工場ばかりの町なので、夜9時でも人気は少ない。
バス停から実家までの約20分を足早に歩いた。人気の無い暗い道に街灯が規則的に並んでいる。
内心、一昨日の事がフラッシュバックしてきてかなり怯えてたが、幸いにも奴は現れなかった。
が、夜になり涼しくなったからか、俺は自分の身体の異変に気が付いた。
どうも首の付け根辺りが熱い。
伝わりにくいかと思うが、例えるなら、首に紐を巻き付けられて、左右にずらされているような感じだ。
首に手をやって寒気がした。熱い。首だけ熱い。しかもヒリヒリしはじめた。
どうも発疹のようなモノがあるようだった。
歩いてられなくなり、実家まで全力で走った。

息を切らせながら実家の玄関を開けると、母が電話を切るところだった。
そして俺の顔を見るなりこう言ったんだ。
「あぁ、あんた。長崎のお婆ちゃんから電話来て、心配だって。
S先生が、あんたが良くない事になってるからこっちおいでって言われたて。あんたなんかしたの?
あらやだ。あんた首の回りどうしたの!!?」
答える前に玄関の鏡を見た。奴が来るかもとか考えなかったな…、何故か。
首の回り付け根の部分は、縄でも巻かれているかのように見事に赤い線が出来ていた。
近づいてみると、細かな発疹がびっしり浮き上がっていた。
さすがに小刻みに身体が震えてきた。
何も考えずに、母にも一言も返事をせずに階段を駈け上がり、
母の部屋の小さな仏像の前で、南無阿弥陀仏を繰り返した。
そうする他、何も出来なかった。
心配して親父が、「どうした!!」と怒鳴りながら走って来た。
母は異常を察知して祖母に電話している。母の声が聞こえた。泣き声だ。
逃げ場はないと、恐ろしい事になってしまっていると、この時やっと理解した…。

実家に帰り、自分が置かれている状況を理解して3日が過ぎた。
精神的に参ったからか、それが何かしらアイツが起こしたものなのかは分からなかったが、
2日間高熱に悩まされた。
首から異常なほど汗をかき、2日目の昼には血が滲み始めた。
3日目の朝には首からの血は止まっていた。元々滲む程度だったしね。
熱も微熱くらいまで下がり、少しは落ち着いた。
ただ、首の回りに異常な痒さが感じられた。
チクチクと痛くて痒い。枕や布団、タオルなどが触れると、鋭い小さな痛みが走る。
血が出ていたから、瘡蓋が出来て痒いのかと思い、意識して触らないようにした。
布団にもぐり、夕方まで気にしないように心掛けたが、便所に行った時にどうしても気になって鏡を見た。
鏡なんて見たくもないのに、どうしても自分に起きてる事を、この目で確認しないと気が済まなかった。
鏡は見たこともない状況を写していた。
首の赤みは完全に引いていた。その代わり、発疹が大きくなっていた。
今でも思い出す度に鳥肌が立つほど気持ち悪いが、敢えて細かな描写をさせて欲しい。気を悪くしないでくれ。
元々首の回りの線は、太さが1cmくらいだった。
そこが真っ赤になり、元々かなり色白な俺の肌との対比で、正しく赤い紐が巻かれているように見えていた。
これが3日前の事。
目の前の鏡に映るその部分には、膿が溜まっていた。
…いや、正確じゃないな。
正確には、赤い線を作っていた発疹には膿が溜まっていて、
まるで特大のニキビがひしめき合っているようだった。
そのほとんどが膿を滲ませていて、あまりにおぞましくて気持ちが悪くなり、その場で吐いた。
真水で首を洗い、軟膏を母から借り、塗り、泣きながら布団に戻った。
何も考えられなかった。唯一、『何で俺なんだ』って憤りだけだった。

泣きつかれた頃、携帯がなった。○○からだった。
こういう時、ほんの僅かでも、希望って物凄いエネルギーになるぞ?正直、こんなに嬉しい着信はなかった。
「もしもし」
『おぉ~!大丈夫~!?』
「ぃや…大丈夫な訳ねーだろ…」
『ぁー、やっぱヤバい?』
「やべーなんてもんじゃねーよ。はぁ…。っつーか何かないんかよ?」
『ぅん、地元の友達に聞いてみたんだけどさ~、ちょっと分かる奴居なくて…、申し訳ない』
「ぁー、で?」

正直、○○なりに色々してくれたとは思うが、この時の俺に相手を思いやる余裕なんてなかったから、
かなり自己中な話し方に聞こえただろう。
『いや、その代わり、友達の知り合いにそーいうの強い人がいてさー。
紹介してもいいんだけど、金かかるって…』
「!? 金とんの?」
『うん、みたい…。どーする?』
「どんくらい?」
『知り合いの話だと、とりあえず五十万くらいらしい…』
「五十万~!?」
当時の俺からすると、働いているとはいえ五十万なんて払えるわけ無い額だった。
金が惜しかったが、恐怖と苦しみから解放されるなら…。選択肢は無かった。
「…分かった。いつ紹介してくれる?」
『その人今群馬にいるらしいんだわ。知り合いに聞いてみるから、ちょっと待ってて』
話が前後するが、俺が仏像の前で南無阿弥陀仏を繰り返していた時、母は祖母に電話をかけていた。
祖母からすぐにS先生に相談が行き、(相談と言うよりも、助けて下さいってお願いだったらしいが)
最終的には、S先生がいらしてくれる事になっていた。
ただし、S先生もご多忙だし、何より高齢だ。こっちに来れるのは三週間先に決まった。
つまり、三週間は不安と恐怖と、何か起きてもおかしか無い状況に居なければならなかった。
そんな状況だから、少しでも出来るだけの事をしてないと、気持ちが落ち着かなかった。

○○が電話を折り返してきたのは、夜11時を過ぎた頃だった。
『待たせて悪いね。知り合いに相談したら連絡入れてくれて、明日行けるって』
「明日?」
『ほら、明日日曜じゃん?』
そうか、いつの間にか奴を見てから五日も経つのか。不思議と会社の事を忘れてたな。
「分かった。ありがと。ウチまで来てくれるの?」
『家まで行くって。車で行くらしいから、住所メールしといて』
「お前はどーすんの?来て欲しいんだけど」
『行く行く』
「金、後でも大丈夫かな?」
『多分大丈夫じゃね?』
「分かった。近くまで来たら電話して」
何とも段取りの悪い話だが、若僧だった俺には仕方の無い事だった。

その晩、夢を見た。
寝てる俺の脇に、白い和服をきた若い女性が正座していた。
俺が気付くと、三指をつき深々と頭を下げた後、部屋から出ていった。
部屋から出る前に、もう一度深々と頭を下げていた。
この夢がアイツと関係しているのかは分からなかったが。

翌日、昼過ぎに○○から連絡が来た。電話で誘導し出迎えた。
来たのは○○とその友達、そして三十代後半くらいだろう男が来た。
普通の人だと思えなかったな。チンピラみたいな感じだったし、何の仕事をしてるのか想像もつかなかった。
俺がちゃんと説明していなかったから、両親が訝しんだ。
まず間違いなく偽名だと思うが、男は林と名乗った。
林「T君の話は彼から聞いてましてね。まー厄介な事になってるんです」
(今さらですまん。Tとは俺、会話中の彼は○○だと思って読んでくれ)
父「それで、林さんはどういった関係でいらしていただいたんですか?」
林「いやね、これもう素人さんじゃどーしようもなぃんですよ。
お父さん、いいですか?信じられないかも知れませんが、このままだとT君、危ないですよ?
で、彼が友達のT君が危ないから助けて欲しいって言うんでね、ここまで来たって訳なんですよ」
母「Tは危ないんでしょうか?」
林「いやね、私も結構こういうのは経験してますけど、こんなに酷いのは初めてですね。
この部屋いっぱいに悪い気が充満してます」
父「…失礼ですが、林さんのご職業をお聞きしても良いですか?」
林「あー、気になりますか?ま、そりゃ急に来てこんな話したら怪しいですもんねぇ
でもね、ちゃんと除霊して、辺りを清めないと、T君、ほんとに連れて行かれますよ?」
母「あの、林さんにお願いできるでしょうか?」
林「それはもう、任せていただければ。こーいうのは、私みたいな専門の者じゃないと駄目ですからね。
ただね、お母さん。こっちとしとも危険があるんでね、少しばかりは包んでいただかないと。
ね、分かるでしょ?」
父「いくらあればいいんです?」
林「そうですね~、まぁ二百はいただかないと…」
父「えらい高いな!?」
林「これでも彼が友達助けて欲しいって言うから、わざわざ時間かけて来てるんですよ?
嫌だって言うなら、こっちは別に関係無いですからね~。
でも、たった二百万でT君助かるなら、安いもんだと思いますけどね」
林「それに、T君もお寺に行って相手にされなかったんでしょう?
分かる人なんて一握りなんですわ。また一から探すんですか?」

俺は黙って聞いてた。
さすがに二百万って聞いた時は○○を見たが、○○もばつの悪そうな顔をしていた。
結局、父も母も分からないことにそれ以上の意見を言える筈もなく、渋々任せることになった。

林は、早速今夜に除霊をすると言い出した。
準備をすると言い、一度出掛けた。(出がけに、両親に準備にかかる金をもらって行った)
夕方に戻ってくると、蝋燭を立て、御札のような紙を部屋中に貼り、膝元に水晶玉を置き数珠を持ち、
日本酒だと思うが、それを杯に注いだ。何となくそれっぽくなって来た。
林「T君。これからお祓いするから。これでもう大丈夫だから。
お父さん、お母さん。すみませんが、一旦家から出ていってもらえますかね?
もしかしたら、霊がそっちに行く事も無い訳じゃないですから」
両親は不本意ながら、外の車で待機する事になった。

日も暮れて辺りが暗くなった頃、お祓いは始まった。
林はお経のようなものを唱えながら、一定のタイミングで杯に指をつけ、俺にその滴を飛ばした。
俺は半信半疑のまま、布団に横たわり目を閉じていた。林からそうするように言われたからだ。

お祓いが始まってから大分たった。
お経を唱える声が途切れ途切れになりはじめた。
目を閉じていたから、嫌な雰囲気と、少しずつおかしくなってゆくお経だけが俺に分かることだった。
最初こそ気付かなかったが、首がやけに痛い。痒さを通り越して、明らかに痛みを感じていた。
目を開けまいと、痛みに耐えようと歯を食いしばっていると、お経が止まった。
しかしおかしい。
良く分からないが、区切りが悪い終り方だったし、終わったにしては何も声をかけてこない。
何より、首の痛みは一向に引かず、寧ろ増しているのだ。
寒気も感じるし、何かが布団の上に跨がっているような気がする。
目を開けたらいけない。それだけは絶対にしてはいけない。
分かってはいたが…。開けてしまった。
目を開けると、恐ろしい光景が飛び込んできた。
林は、布団で寝ている俺の右手側に座りお祓いをしていた。
林と向き合うように、俺を挟んでアイツが正座していた。
膝の上に手を置き、上半身だけを伸ばして林の顔を覗き込んでいる。
林の顔とアイツの顔の間には、拳一つ分くらいの隙間しかなかった。
不思議そうに、顔を斜めにして、梟のように小刻みに顔を動かしながら、
聞き取れないがぼそぼそと呟きながら、林の顔を覗き込んでいた。
今思うと、林に何かを囁いていたのかもしれない。
林は少し俯き気味に、目線を下に落としたまま瞬きもせず、口はだらしなく開いたまま涎を垂らしていた。
少し顔が笑っていたように見えた。時々小さく頷いていた。
俺は瞬きも忘れ凝視していた。
不意にアイツの首が動きを止めた。次の瞬間、顔を俺に向けた。
俺は慌てて目をギュッと閉じ、布団を被り、ひたすら南無阿弥陀仏と唱えていた。
俺の顔の間近で、アイツが梟のように顔を動かしている光景が瞼に浮かんできた。恐ろしかった。
ガタガタと音が聞こえ、階段を駈け降りる音が聞こえた。林が逃げ出したようだ。
俺は怖くて怖くて布団に潜り続けていた。

両親が来て、電気を点けて布団を剥いだとき、丸まって身体が固まった俺がいたそうだ。
林は両親に見向きもせず車に乗り込み、待っていた○○、○○の友達と供に何処かへ消えていった。
後から○○に聞いた話では、「車を出せ」以外は言わなかったらしい。
解決するどころか、ますます悪いことになってしまった俺には、
三週間先のS先生を待っている余裕など残っていなかった。
アイツを再び目にしてから、さらに4日が経った。
当たり前かも知れないが、首は随分良くなり、まだ痕が残るとは言え、明らかに体力は回復していた。
熱も下がり、身体はもう問題が無かった。
ただ、それは身体的な話でしかなくて、朝だろうが夜だろうが関係無く怯えていた。
何時どこでアイツが姿を現すかと思うと、怖くて仕方無かった。
眠れない夜が続き、食事もほとんど受け付けられず、常に辺りの気配を気にしていた。
たった10日足らずで、俺の顔は随分変わったと思う。
精神的に追い詰められていた俺には、時間が無かった。
当然、まともな社会生活なんて送れる訳も無く、親から連絡を入れてもらい会社を辞めた。
(これも後から聞いた話でしかないのだが…、連絡を入れた時は随分嫌味を言われたらしい)
とにかく何もかもが怖くて、洗濯物や家の窓から見える柿の木が揺れただけでも、
もしかしたらアイツじゃないかと一人怯えていた。
S先生が来るまでには、まだ二週間あまりが残っていた。俺には長すぎた。

見かねた両親は、強引に怯える俺を車に押し込み、何処かへ向かった。
父が何度も「心配するな」「大丈夫だ」と声をかけた。
車の後部座席で、母は俺の肩を抱き頭を撫でていた。母に頭を撫でられるなんて何年ぶりだったろう。
時間の感覚も無く(当時の俺にはだが)、車で移動しながら夜を迎えた。
二十歳も過ぎて恥ずかしい話だが、母に寄り添われ安心したのか、久方ぶりに深い眠りに落ちた。

目が覚めるとすでに陽は登っていて、久しぶりに眠れてすっきりした。
実際には丸1日半眠っていたらしい。多分、あんなに長く眠るなんてもうないだろうな。
外を見ると、車は見慣れない景色の中を進んでいた。

少しずつ、見覚えのある景色が目に入り始めた。道路の中央に電車が走っている。
車は長崎に着いていた。これには俺も流石に驚いた。
怯え続ける俺を気遣い、飛行機や新幹線は避け車での移動にしてくれたらしい。
途中で休憩は何度も入れたらしいが、
それでもろくに眠らず車を走らせ続けた父と、俺が怖がらないようにずっと寄り添ってくれた母への恩は、
一生かけても返しきれそうもない。

祖父母の住む所は、長崎の柳川という。柳川に着くと坂道の下に車を停め、両親が祖父母を呼びに行った。
(祖父母の家は、坂道から脇に入った石段を登った先にある)
その間、俺は車の中に一人きりの状態になった。
両親が二人で出ていったのは、
足腰の悪い祖母や、S先生の家に持っていく荷物を運ぶのを手伝うためだったのだが、
自分で「大丈夫、行って来て」なんて言ったのは、本当に舐めてた証拠だと思う。
久しぶりに眠れた事や、今いる場所が東京・埼玉と随分離れた長崎だった事が、気を弛めたのかもしれない。

車の後部座席に足をまるめて座り(体育座りね)、外をぼーっと眺めていると、急に首に痛みが走った。
今までの痛みと比較にならないほど、言い過ぎかも知れないが激痛が走った。
首に手をやると滑りがあった。…血が出てた。指先に付いた血が、否応なしに俺を現実に引き戻した。
この時、怖いとか、アイツが近くにいるかもって考える前に、
「またかよ…」ってなげやりな気持ちが先に来たな。
もう何か嫌になって泣けてきた。

分かってもらえれば嬉しいけど、
嫌な事が少しの間をおいて続けて起きるのって、もうどうしようも無いくらい落ち込むんだよね。
気持ちの整理が着き始めると嫌な事が起きるっては辛いよね。
この時は少し気が弛んでいたから尚更で、
「どーしろっつーんだよ!!」とか、「いい加減にしてくれよ」とか独り言をぶつぶつ言いながら泣いてた。
車に両親が祖父母を連れて戻って来たんだけど、すぐにパニックになった。
何しろ問題の俺が、首から血を流しながら、後部座席で項垂れて泣いてるからね。何も無い訳がないよな。
「どうした?」とか、「何とか言え!」とか、「もぅやだー」とか、「Tちゃん、しっかりせんか!!」とか、
「どげんしたと!?」とか、「あなたどうしよう」とか。
この時は思わず、「てめぇらぅるっせーんだよ!!」って怒鳴ってしまった。
こんな時に説明なんか出来るわけねーだろって、てめぇらじゃ何も出来ねぇ癖に…黙ってろよ!とか思ってたな。
勝手に悪い事になって仕事は辞めるわ、騙されそうになるわ…
こんな俺みたいな駄目な奴のために、走り回ってくれてる人達なのに…。
今考えると本当に恥ずかしい。

で、人生で一度きりなんだけどさ、親父がいきなり俺の左頬に平手打ちをしてきた。
物凄い痛かったね。親父、滅茶苦茶厳しくて何度も口喧嘩はしたけど、
多分生まれてから一回も打たれた事無かったからな。
(父のポリシーで、子供は絶対殴らないってのは昔から耳タコだったしね)
で、一言だけ「お祖父さんとお祖母さんに謝れ」って、静かだけど厳しい口調で言ったんだ。
それで、何故か落ち着いた。ってかびっくりし過ぎて、それまでの絶望感がどっかに行ってしまったよ。
冷静さを取り戻して皆に謝ったら、急に腹が据わってきた気がした。
走り始めた車の中で、励ましてくれる祖父母の言葉に感極まってまた泣いた。
自分で思ってるよか全然心が弱かったんだな、俺は。

S先生の家(寺でもあるが)に着くと、ふっと軽くなった気がした。
何か起きたっていうよりは、俺が勝手に安心したって方が正しいだろうな。
門をくぐり、石畳が敷かれた細い道を抜けると、初老の男性が迎え入れてくれた。
そう言えば、S先生の家にはいつもお客さんがいたような気がする。
きっと、祖母のように通っている人が多いんだろう。

奥に通され裏手の玄関から入り進んでいくと、十畳くらいの仏間がある。
S先生は俺の記憶の通り、仏像の前に敷かれた座布団の上に正座していて、ゆっくりと振り向いたんだ。
(下手な長崎弁を記憶に頼って書くが見逃してな)
祖母「Tちゃん、もうよかけんね。S先生が見てくれなさるけん」
S先生「久しぶりねぇ。随分立派になって。早いわねぇ」
祖母「S先生、Tちゃんば大丈夫でしょかね?」
祖父「大丈夫って。そげん言うたかてまだ来たばかりやけん、S先生かてよう分からんてさ」
祖母「あんたさんは黙っときなさんてさ。もうあたし心配で心配で仕方なかってさ」
何でだろう…ただS先生の前に来ただけなの、にそれまで慌ていた祖父母が落ち着いていた。
それは両親にも俺にも伝わってきて、深く息を吐いたら身体から悪いものが出ていった気がした。
両親はもう体力的にも精神的にも限界に近かったらしく、
「疲れちゃったやろ?後はS先生が良くしてくれるけん、隣ば行って休んでたらよか」
と、人懐こい祖父の言葉に甘えて隣の部屋へ。

S先生「じゃあTちゃん、こっちにいらっしゃい」
S先生に呼ばれ、向かい合わせで正座した。
S先生「それじゃIさん達も隣の部屋で寛いでらして下さい。Tちゃんと話をしますからね。
後は任せて、こっちの部屋には良いと言うまで戻って来ては駄目ですよ?」
祖父「S先生、Tちゃんばよろしくお願いします!」
祖母「Tちゃん、心配なかけんね。S先生がうまいことしてくれるけん。
あんたさんはよく言うこと聞いといたらよかけんね。ね?」
しきりにS先生にお願いして、俺に声をかけてくれる祖父母の姿にまた涙が出てきた。泣きっぱなしだな俺。

S先生はもっと近づくように言い、膝と膝を付け合わせるように座った。
俺の手を取り、暫くは何も言わず優しい顔で俺を見ていた。
俺は何故か、悪さをして怒られるじゃないかと親の顔色を伺っていた、子供の頃のような気持ちになっていた。
目の前の、敢えて書くが、自分よりも小さくて明らかに力の弱いお婆ちゃんの、
威圧的でもなんでもない雰囲気に呑まれていた。
あんな人本当にいるんだな。
S先生「…どうしようかしらね」
俺「…」
S先生「Tちゃん、怖い?」
俺「…はい」
S先生「そうよねぇ。このままって訳には行かないわよねぇ」
俺「えっと…」
S先生「あぁ、いいの。こっちの話だから」
何がいいんだ!?ちっともよかねーだろなんて気持ちが溢れて来て、耐えきれずついにブチ撒けた。
本当に人として未熟だなぁ、俺は。
俺「あの、俺どーなるんすか? もう早いとこ何とかして欲しいんです。
大体何なんですか?何でアイツ俺に付きまとうんですか?もう勘弁してくれって感じですよ。
S先生、何とかならないんですか?」
S先生「Tちゃ…」
俺「大体、俺別に悪いこと何もしてないっすよ!?
確かに□□(心霊スポットね)には行ったけど、俺だけじゃないし、
何で俺だけこんな目に会わなきゃいけないんすか?
鏡の前で△しちゃだめだってのも関係あるんですか?ホント訳わかんねぇ!!あーっ!苛つくぅぁー!!」
「ドォ~ドォルルシッテ」
「ドォ~ドォルル」
「チルシッテ」
…何が何だか解らなかった。(ホントに訳解んないので、取り敢えずそのまま書く)
「ドォ~。 シッテドォ~シッテ」
左耳に鸚鵡か鸚哥みたいな、甲高くて抑揚の無い声が聞こえてきた。
それが「ドーシテ」と繰り返していると理解するまで少し時間がかかった。
俺はS先生の目を見ていたし、S先生は俺の目を見ていた。
ただ優しかったS先生の顔は、無表情になっているように見えた…。
左側の視界には何かいるってのは分かってた。チラチラと見えちゃうからね。
よせば良いのに、左を向いてしまった。首から生暖かい血が流れてるのを感じながら。
アイツが立ってた。体をくの字に曲げて、俺の顔を覗き込んでいた。
くどいけど…訳が解らなかった。起きてることを認められなかった。
此処は寺なのに、目の前にはS先生がいるのに…何でなんで何で…。
一週間前に見たまんまだった。アイツの顔が目の前にあった。
梟のように小刻みに顔を動かしながら、俺を不思議そうに覗き込んでいた。
「ドォシッテ?ドォシッテ?ドォシッテ?ドォシッテ?」
鸚鵡のような声でずっと質問され続けた。
きっと…林も同じようにこの声を聞いていたんだろう。俺と同じ言葉を囁かれていたのかは分からないが…。
俺は息する事を忘れてしまって、目と口を大きく開いたままだった。
いや、息が上手く出来なかったって方が正しいな。

たまに「コヒュッ」って感じで、息を吸い込む事に失敗してた気がするし。

そうこうしているうちに、アイツが手を動かして、
顔に貼り付けてあるお札みたいなのを、ゆっくりめくり始めたんだ。
見ちゃ駄目だ!! 絶対駄目だって分かってるし逃げたかったんだけど、動けないんだよ!!
もう顎の辺りが見えてしまいそうなくらいまで来ていた。
心の中では「ヤメロ!それ以上めくんな!!」って叫んでるのに、
口からは「ァ…ァカハッ…」みたいな情けない息しか出ないんだ。
もうやばい!!ヤバい!ヤバい!ってところで、「パンッ!!」って。
例えとか誇張でもなく“跳び上がった。心臓が破裂するかと思った。
「パン!!」
その音で俺は跳び上がった。
正座してたから、体が倒れそうになりながら後に振り向いて、すぐ走り出した。
何か考えてた訳じゃなく、体が勝手に動いたんだよね。
でも慣れない正座のせいで、足が痺れてまともに走れないのよ。
痺れて足が縺れた事と、あんまりにも前を見てないせいで、
頭から壁に突っ込んだが、ちっとも痛くなかった。
額から血がだらだら出てたのに…、それだけテンパって周りが見えてなかったって事だな。
血が目に入って何も見えない。
手をブン回して出口を探した。けど、的外れの方ばっかり探してたみたい。
「まだいけません!」
いきなりS先生が大きい声を出した。
障子の向こうにいる両親や祖父母に言ったのか、俺に言ったのか分からなかった。
分からなかったが、その声は俺の動きを止めるには十分だった。
ビクってなってその場で硬直。またもや頭の中では、物凄い回転で事態を把握しようとしていた。
っつーか把握なんて出来る筈もなく、S先生の言うことに従っただけなんだけどね。

俺の動きが止まり、仏間に入ろうとする両親と祖父母の動きが止まった事を確認するかのように、
少しの間を置いてからS先生が話し始めた。
S先生「Tちゃんごめんなさいね。怖かったわね。もう大丈夫だからこっちに戻ってらっしゃい。
Iさん、大丈夫ですからもう少し待ってて下さいね」
障子(襖だったかも)の向こうから、しきりに何か言ってのは聞こえてたけど、覚えてない。
血を拭いながらS先生の前に戻ると、手拭いを貸してくれた。お香なのかしんないけど、いい匂いがしたな。
ここに来てやっと、あの音はS先生が手を叩いた音だって気付いた。(質問出来る余裕は無かったけど)
「Tちゃん、見えたわね?聞こえた?」
「見えました…どーして?って繰り返してました」
この時にはもう、S先生の顔はいつもの優しい顔になってたんだ。
俺も今度はゆっくりと、出来るだけ落ち着いて答える事だけに集中した。
まぁ…考えるのを諦めたんだけどね。
「そうね。どうして?って聞いてたわね。何だと思った?」
さっぱり分からなかった。考えようなんて思わなかったしね。
「?? …いや…、ぅぅん?…分かりません」
「Tちゃんはさっきの怖い?」
「怖い…です」
「何が怖いの?」
「いや…、だって普通じゃないし。幽霊だし…」
ここらへんで、俺の脳は思考能力の限界を越えてたな。S先生が何を言いたいのかさっぱりだった。
「でも何もされてないわよねぇ?」
「いや…首から血が出たし、それに何かお札みたいなの捲ろうとしてたし。明らかに普通じゃないし…」
「そうよねぇ。でも、それ以外は無いわよねぇ」
「…」
「難しいわねぇ」
「あの、よく分からなくて…すいません」
「いいのよ」

S先生は、俺にも分かるように話してくれた。諭すっていった方がいいかもしれない。
まず、アイツは幽霊とかお化けって呼ばれるもので間違いない。
じゃあ所謂悪霊ってヤツかって言うと、そう言いきっていいかS先生には難しいらしかった。
明らかにタチが悪い部類に入るらしいけど、S先生には悪意は感じられなかったって言っていた。
俺に起きた事は何なのかに対してはこう答えた。
「悪気は無くても強すぎるとこうなっちゃうのよ。
あの人ずっと寂しかったのね。
『話したい、触れたい、見て欲しい、気付いて気付いてー』って、ずっと思ってたのね。
Tちゃんはね、分からないかもしれないけど、暖かいのよ。
色んな人によく思われてて、それがきっと『いいな~。優しそうだな~』って思ったのね。
だから、自分に気付いてくれた事が、嬉しくて仕方なかったんじゃないかしら。
でもね、Tちゃんはあの人と比べると全然弱いのね。
だから、近くに居るだけでも怖くなっちゃって、体が反応しちゃうのね」

S先生は、まるで子供に話すようにゆっくりと、難しい言葉を使わないように話してくれた。

俺はどうすればいいのか分からなくなったよ。
アイツは絶対に悪霊とかタチの悪いヤツだと決めつけてたから。
S先生にお祓いしてもらえばそれで終ると思ってたから…。
それなのに、S先生がアイツを庇うように話してたから…。
「さて、それじゃあ今度は何とかしないといけないわね。
Tちゃん、時間かかりますけど、何とかしてあげますからね」
この一言には本当に救われたよ。あぁ、もういいんだ。終るんだって思った。やっと安心したんだ。

S先生に教えられたことを書きます。俺にとって一生忘れたくない言葉です。
「見た目が怖くても、自分が知らないものでも、自分と同じように苦しんでると思いなさい。
救いの手を差し伸べてくれるのを待っていると思いなさい」
S先生はお経をあげ始めた。お祓いのためじゃ無く、アイツが成仏出来るように。
その晩、額は裂けてたし、よくよく見れば首の痕が大きく破けて痛かったけど、本当にぐっすり眠れた。
(お経終わってもキョドってた俺のために、笑いながらその日は泊めてくれた)

翌日、朝早く起きたつもりが、S先生はすでに朝のお祈りを終らしてた。
「おはよう、Tちゃん。さ、顔洗って朝御飯食べてらっしゃい。食べ終わったら本山に向かいますからね」

関係者でも何でもないんで、あまり書くのはどうかと思うが少しだけ。
S先生が属している宗派は、前にも書いた通り教科書に載るくらい歴史があって、
信者の方も修行されてる方も、日本全国にいらっしゃるのね。
教えは一緒なんだけど、地理的な問題から東と西それぞれに本山があるんだって。
俺が連れていってもらったのが西の本山。
本山に暫くお世話になって、
自分が元々持っている徳(未だにどんなものか説明できないけど)を高める事と、
アイツが少しでも早く成仏出来るように、本山で供養してあげられるためってS先生は言ってた。
その話を聞いて一番喜んだのが祖母。まだ信じられなそうだったのが親父。
最後は、俺が「もう大丈夫。行ってくる」って言ったから反対しなかったけど。

本山に着くと迎えの若い方が待っていて、S先生に丁寧に挨拶してた。
本堂の横奥にある小屋(小屋って呼ぶのが憚れるほど広くて立派だったが)で本山の方々にご挨拶。
ここでもS先生にはかなりの低姿勢だったな。
S先生、実は凄い人らしく、望めばかなりの地位にいても不思議じゃないんだって後から聞いた。
(「寂しいけど序列ができちゃうのね」ってS先生は言ってた)
俺は本山に暫く厄介になり、まぁ客人扱いではあったけど、皆さんと同じような生活をした。
多分、S先生の言葉添えがあったからだろうな。
その中で、自分が本当に幸運なんだなって実感したよ。
もう四十年間ずっと蛇の怨霊に苦しめられている女性や、
家族親族まで祟りで没落してしまって、身寄りが無くなってしまったけど、
家系を辿れば立派な士族の末裔の人とか…
俺なんかよりよっぽど辛い思いしてる人が、こんなにいるなんて知らなかったから…。

厳しい生活の中にいたからなのか、場所がそうだからなのか、あるいはS先生の話があったからなのか、
恐怖は大分薄れた。(とは言うものの、ふと瞬間にアイツがそばに来てる気がしてかなり怯えたけど)

本山に預けてもらって一ヶ月経った頃、S先生がいらっしゃった。
「あらあら、随分良くなったみたいね」
「えぇ、S先生のおかげですね」
「あれから見えたりした?」
「いや…一回も。多分成仏したかどっかにいったんじゃないですか?ここ、本山だし」
「そんな事ないわよ?」
顔がひきつった。
「あら、ごめんなさい。また怖くなっちゃうわよね。
でもねTちゃん、ここには沢山の苦しんでる人がいるの。
その人達を少しでも多く助けてあげるのが、私達の仕事なのよ」
多分だけど、S先生の言葉にはアイツも含まれてたんだと思う。
「Tちゃん、もう少しここにいて勉強しなさい。折角なんだから」

俺はS先生の言葉に従った。あの時の事がまだまだ尾を引いていて、まだここにいたいって思ってたからね。
それに、一日はあっという間なんだけど…何て言うか、時間がゆっくり流れてような感じが好きだったな。
(何か矛盾してるけどね)
そんなこんなが続いて、結局三ヶ月も居座ってしまった。
その間S先生は、こっちには顔を出さなかった。(二ヶ月前に来たきり)
やっぱりS先生の言葉がないと不安だからね。
でも、哀しいかな、

流石に三ヶ月もそれまで自分がいた騒々しい世界から隔離されると、物足りない気持ちが強くなってた。

実に二ヶ月ぶりにS先生がやって来て、やっと本山での生活は終りを迎えようとしていた。
身支度を整え、兎に角お世話になった皆さんに一人ずつ御礼を言い、S先生と帰ろうとしたんだ。
でも気付くと、横にいたはずのS先生がいない。
あれ?と思って振り向いたら、少し後にいたんだ。
歩くの速すぎたかな?って思って戻ったら、
優しい顔で「Tちゃん、帰るのやめてここに居たら?」って言われた。
実はS先生に認められた気がして少し嬉しかった。
「いや、僕にはここの人達みたいには出来ないです。
本当に皆さん凄いと思います。真似出来そうもないですよ」
照れながら答えたら、
「そうじゃなくて、帰っちゃ駄目みたいなのよ」
「え?」
「だってまだ残ってるから」
また顔がひきつった。

結局、本山を降りる事が出来たのは、それから二ヶ月後だった。実に五ヶ月も居座ってしまった。
多分、こんなに長く、家族でも無い誰かに生活の面倒を見てもらう事は、この先ないだろう。
S先生から、「多分もう大丈夫だと思うけど、しばらくの間は月に一度おいでなさい」と言われた。
アイツが消えたのか、それとも隠れてれのか、本当のところは分からないからだそうだ。

長かった本山の生活も終って、やっと日常に戻って来た。
借りてたアパートは母が退去手続きを済ましてくれていて、実家には俺の荷物が運び込まれてた。
アパートの部屋を開けた時、何かを燻したような臭いと、部屋の真ん中辺りの床に小さな虫が集まってたらしい。
怖すぎたらしく、その日はなにもしないで帰って来たんだってさ。
翌日、仕方無いんで、意を決してまた部屋を開けたら、臭いは残ってたけど虫は消えてたらしい。
母には申し訳ないが、俺が見なくて良かった。

実家に戻り、実に約半年ぶりくらいに携帯を見ると、(そーいや、それまでは気にならなかったな)
物凄い件数の着信とメールがあった。中でも一番多かったのが○○。
メールから、奴は奴なりに自分のせいでこんな事になったって自責の念があったらしく、
謝罪とか、こうすればいいとか、こんな人が見つかったとか、まめに連絡が入ってた。
母から○○が家まで来た事も聞いた。

戻って二日目の夜、○○に電話を入れた。
電話口が騒がしい。○○は呂律が回らず何を言っているか分からなかった。
…コンパしてやがった。
とりあえず電話をきり、『殺すぞ』とメールを送っておいた。所詮世の中他人は他人だ。

翌日、○○から『謝りたいから時間くれないか?』とメールが来た。
電話じゃなかったのは、気まずかったからだろう。

夜になると、家まで○○が来た。
わざわざ遠いところまで来るくらいだ。相当後悔と反省をしていたのだろう。
(夜に出歩くのを俺が嫌ったからってのが、一番の理由である事は言うまでもない)
玄関を開け○○を見るなり、二発ぶん殴ってやった。
一発は奴の自責の念を和らげるため、一発はコンパなんぞに行ってて俺を苛つかせた事への贖罪のめに。
言葉で許されるよりも、殴られた方がすっきりする事もあるしね。まぁ、二発目は俺の個人的な怒りだが。

○○に経緯を細かく話し、その晩は二人して興奮したり怖がったり…今思うと当たり前の日常だなぁ。
○○からは、あの晩のそれからを聞いた。
あの晩、逃げたした時には、林は明らかにおかしくなっていた。
林の車の中で友達と待っていた○○には、まず間違いなくヤバい事になっているって事がすぐに分かったそうだ。
でも、後部座席に飛び乗ってきた林の焦り方は尋常じゃ無かったらしく、車を出さざるを得なかったらしい。
「反抗したりもたついたりしたら、何されっか分かんなかったんだよ」
○○の言葉が状況を物語っていた。
○○は、車が俺の家から離れ高速の入り口近くの信号に捕まった時に、逃げ出したらしい。
「だってあいつ、途中から笑い出したり、震えたり、
『俺は違う』とか『そんな事しません』とか言い出して怖いんだもんよ」
アイツが何か囁いてる姿が甦ってきて、頭の中の映像を消すのに苦労した。
俺の家に戻って来なかったのは、単純に怖すぎたからだって。
「根性無しですみませんでした」って謝ってたから許した。俺が○○でも勘弁だしね。
その後、林がどうなったかは誰も知らない。
さすがに今回の件では○○も頭に来たらしく、林を紹介した友達を問い詰めたらしい。
結局、林は詐欺師まがいにも成りきれないようなどうしようも無いヤツだったらしく、

唆されて軽い気持ち(小遣い稼ぎだってさ…)で紹介したんだと。
○○曰く、「ちゃんとボコボコにしといたから勘弁してくれ!」との事。
でも、こんな状況を招いたのが自分の情報だってのには参ったから、今度は持てる人脈を総動員したが…
こんなことに首を突っ込んだり聞いた事がある奴が回りにいるはずもなく、
多分とか~だろうとかってレベルの情報しか無かったんだ。
だから、『何か条件が幾つかあって、偶々揃っちゃうと起きるんじゃないか』としか言えなかった。

その後、俺はS先生の言い付けを守って、毎月一度S先生を訪ねた。
最初の一年は毎月、次の一年は三か月に一度。
○○も俺への謝罪からか、何も無くても家まで来ることが増えたし、
S先生のところに行く前と帰ってきた時には、必ず連絡が来た。

アイツを見てから二年が経った頃、S先生から、
「もう心配いらなそうね。Tちゃん、これからはたまに顔出せばいいわよ。でも、変な事しちゃだめよ」って言ってもらえた。

本当に終ったのか…俺には分からない。
S先生はその三ヶ月後、他界されてしまった。
敬愛すべきS先生、もっと多くの事を教えて欲しかった。
ただ、今は終ったと思いたい。

S先生のお葬式から二ヶ月が経った。
寂しさと、大切な人を亡くした喪失感も薄れ始め、俺は日常に戻っていた。
慌ただしい毎日の隙間に、ふとあの頃を思い出す時がある。
あまりにも日常からかけ離れ過ぎていて、本当に起きた事だったのか分からなくこともある。
こんな話を誰かにするわけもなく、またする必要もなく、ただ毎日を懸命に生きてくだけだ。

祖母から一通の手紙が来たのは、そんなごくごく当たり前の日常の中だった。
封を切ると、祖母からの手紙と、もう一つ手紙が出てきた。
祖母の手紙には、俺への言葉と共にこう書いてあった。
『S先生から渡されていた手紙です。
四十九日も終わりましたので、S先生との約束通りTちゃんにお渡しします。』

S先生の手紙。
今となってはそこに書かれている言葉の真偽が確かめられないし、
そのままで書く事は俺には憚られるので、崩して書く。

ーーーーーーーーーー
Tちゃんへ
ご無沙汰しています。Sです。あれから大分経ったわねぇ。
もう大丈夫?怖い思いをしてなければいいのだけど…。
いけませんね、年をとると回りくどくなっちゃって。
今日はね、Tちゃんに謝りたくてお手紙を書いたの。
でも悪い事をした訳じゃ無いのよ。あの時はしょうがなかったの。でも…、ごめんなさいね。

あの日、Tちゃんがウチに来た時、先生本当は凄く怖かったの。
だってTちゃんが連れていたのは、とてもじゃ無いけど先生の手に負えなかったから。
だけどTちゃん怯えてたでしょう?だから先生が怖がっちゃいけないって、そう思ったの。
本当の事を言うとね、いくら手を差し伸べても見向きもされないって事もあるの。あの時は、運が良かったのね。

Tちゃん、本山での生活はどうだった? 少しでも気が紛れたかしら?
Tちゃんと会う度に、先生まだ駄目よって言ったでしょう?覚えてる?
このまま帰ったら酷い事になるって思ったの。
だから、Tちゃんみたいな若い子には退屈だとは分かってたんだけど、帰らせられなかったのね。
先生、毎日お祈りしたんだけど、中々何処かへ行ってくれなくて。

でも、もう大丈夫なはずよ。近くにいなくなったみたいだから。
でもねTちゃん、もし…もしもまた辛い思いをしたら、すぐに本山に行きなさい。
あそこなら多分Tちゃんの方が強くなれるから、中々手を出せないはずよ。

最後にね、ちゃんと教えておかないといけない事があるの。
あまりにも辛かったら、仏様に身を委ねなさい。
もう辛い事しか無くなってしまった時には、心を決めなさい。
決してTちゃんを死なせたい訳じゃないのよ。
でもね、もしもまだ終っていないとしたら、Tちゃんにとっては辛い時間が終らないって事なの。

Tちゃんも本山で何人もお会いしたでしょう?
本当に悪いモノはね、ゆっくりと時間をかけて苦しめるの。決して終らせないの。
苦しんでる姿を見て、ニンマリとほくそ笑みたいのね。
悔しいけど、先生達の力が及ばなくて、目の前で苦しんでいても何もしてあげられない事もあるの。
あの人達も助けてあげたいけど…、どうにも出来ない事が多くて…。
先生何とかTちゃんだけは助けたくて手を尽くしたんだけど、正直自信が持てないの。
気配は感じないし、いなくなったとも思うけど、まだ安心しちゃ駄目。

安心して気を弛めるのを待っているかも知れないから。
いい?Tちゃん。決して安心しきっては駄目よ。
いつも気を付けて、怪しい場所には近付かず、余計な事はしないでおきなさい。
先生を信じて。ね?

嘘ばかりついてごめんなさい。
信じてって言う方が虫が良すぎるのは分かっています。
それでも、最後まで仏様にお願いしていた事は信じてね。
Tちゃんが健やかに毎日を過ごせるよう、いつも祈ってます。

S
ーーーーーーーーーー

読みながら、手紙を持つ手が震えているのが分かる。
気持ちの悪い汗もかいている。鼓動が早まる一方だ。
一体、どうすればいい?まだ…、終っていないのか?
急にアイツが何処かから見ているような気がしてきた。
もう、逃れられないんじゃないか?
もしかしたら、隠れてただけで、その気になればいつでも俺の目の前に現れる事が出来るんじゃないか?
一度疑い始めたらもうどうしようもない。全てが疑わしく思えてくる。
S先生は、ひょっとしたらアイツに苦しめられたんじゃないか?
だから、こんな手紙を遺してくれたんじゃないか?
結局…、何も変わっていないんじゃないか?
林は、ひょっとしたらアイツに付きまとわれてしまったんじゃないか?
一体アイツに何を囁かれたんだ。
俺とは違うもっと直接的な事を言われて…、おかしくなったんじゃないか?
S先生は、俺を心配させないように嘘をついてくれたけど、
『嘘をつかなければならないほど』の事だったのか…。
結局、それが分かってるから、S先生は最後まで心配してたんじゃないのか?
疑えば疑うほど混乱してくる。どうしたらいいのかまるで分からない。

ここまでしか…俺が知っている事はない。
二年半に渡り、今でも終ったかどうか定かではない話の全てだ。
結局、理由も分からないし、都合よく解決できたり、何かを知ってる人がすぐそばにいるなんて事は無かった。
何処から得たか定かではない知識が招いたものなのか、
あるいは、それが何かしらの因果関係にあったのか…。
俺には全く理解できないし、偶々としか言えない。
でも、偶々にしてはあまりにも辛すぎる。
果たして、ここまで苦しむような罪を犯したのだろうか?犯していないだろう?
だとしたら…何でなんだ?不公平過ぎるだろう。それが正直な気持ちだ。

俺に言える事があるとしたらこれだけだ。
「何かに取り憑かれたり狙われたり付きまとわれたりしたら、マジで洒落にならんことを改めて言っておく。
最後まで、誰かが終ったって言ったとしても、気を抜いちゃ駄目だ」

そして…、最後の最後で申し訳ないが、俺には謝らなければいけない事があるんだ。
この話の中には小さな嘘が幾つもある。
これは多少なりとも分かり易くするためだったり、俺には分からない事もあっての事なので目をつぶって欲しい。
おかげで意味がよく分からない箇所も多かったと思う。合わせてお詫びとさせて欲しい。

ただ…、謝りたいのはそこじゃあない。
もっと、この話の成り立ちに関わる根本的な部分で俺は嘘をついている。
気付かなかったと思うし、気付かれないように気を付けた。
そうしなければ伝わらないと思ったから。
矛盾を感じる事もあるだろう。がっかりされてしまうかもしれない…。
でも、この話を誰かに知って欲しかった。

俺は○○だよ。

…今更悔やんでも悔やみきれない。

パンドラ[禁后]

私の故郷に伝わっていた『禁后』というものにまつわる話です。
どう読むのかは最後までわかりませんでしたが、私たちの間では『パンドラ』と呼ばれていました。

私が生まれ育った町は、静かでのどかな田舎町でした。
目立った遊び場などもない寂れた町だったのですが、一つだけとても目を引くものがありました。
町の外れ、田んぼが延々と続く道にぽつんと建っている、一軒の空き家です。
長らく誰も住んでいなかったようでかなりボロく、古くさい田舎町の中でも一際古さを感じさせるような家でした。
それだけなら単なる古い空き家…で終わりなのですが、目を引く理由がありました。

一つは、両親など町の大人達の過剰な反応。
その空き家の話をしようとするだけで厳しく叱られ、時にはひっぱたかれてまで怒られることもあったぐらいです。
どの家の子供も同じで、私もそうでした。
もう一つは、その空き家にはなぜか玄関が無かったということ。
窓やガラス戸はあったのですが、出入口となる玄関が無かったのです。
以前に誰かが住んでいたとしたら、どうやって出入りしていたのか?
わざわざ窓やガラス戸から出入りしてたのか?
そういった謎めいた要素が興味をそそり、いつからか勝手に付けられた『パンドラ』という呼び名も相まって、
当時の子供達の一番の話題になっていました。(この時点では、『禁后』というものについてまだ何も知りません)

私を含め大半の子は、何があるのか調べてやる!と探索を試みようとしていましたが、
普段その話をしただけでも親達があんなに怒るというのが身に染みていたため、なかなか実践できずにいました。
場所自体は子供だけでも難なく行けるし、人目もありません。
たぶん、みんな一度は空き家の目の前まで来てみたことがあったと思います。
しばらくはそれで雰囲気を楽しみ、何事もなく過ごしていました。

私が中学にあがってから何ヵ月か経った頃、
ある男子がパンドラの話に興味を持ち、「ぜひ見てみたい」と言いだしました。名前はAとします。
A君の家は、お母さんがもともとこの町の出身で、他県に嫁いでいったそうですが、
離婚を機に、実家であるお祖母ちゃんの家に戻ってきたとのこと。
A君自身はこの町は初めてなので、パンドラの話も全く知らなかったようです。
その当時私と仲の良かったB君・C君・D子の内、B君とC君が彼と親しかったので、
自然と私達の仲間内に加わっていました。
五人で集まってたわいのない会話をしている時、私達が当たり前のようにパンドラという言葉を口にするので、
気になったA君がそれに食い付いたのでした。
「うちの母ちゃんとばあちゃんもここの生まれだけど、その話聞いたらオレも怒られんのかな?」
「怒られるなんてもんじゃねえぜ?うちの父ちゃん母ちゃんなんか、本気で殴ってくるんだぞ!」
「うちも。意味わかんないよね」
A君にパンドラの説明をしながら、みんな親への文句を言い始めます。

ひととおり説明し終えると、一番の疑問である「空き家に何があるのか」という話題になりました。
「そこに何があるかってのは、誰も知らないの?」
「知らない。入ったことないし、聞いたら怒られるし。知ってんのは親達だけなんじゃないか?」
「だったらさ、何を隠してるのかオレたちで突き止めてやろうぜ!」
Aは意気揚揚と言いました。
親に怒られるのが嫌だった私と他の三人は、最初こそ渋っていましたが、
Aのノリにつられたのと、今までそうしたくともできなかったうっぷんを晴らせるということで、結局みんな同意します。
その後の話し合いで、いつも遊ぶ時によくついてくるDの妹も行きたいという事になり、
六人で日曜の昼間に作戦決行となりました。

当日、わくわくした面持ちで空き家の前に集合。
なぜか各自リュックサックを背負って、スナック菓子などを持ち寄り、みんな浮かれまくっていたのを覚えています。
前述のとおり、問題の空き家は田んぼに囲まれた場所にぽつんと建っていて、玄関がありません。
二階建の家ですが窓まで昇れそうになかったので、中に入るには一階のガラス戸を割って入るしかありませんでした。
「ガラスの弁償ぐらいなら大した事ないって」
そう言ってA君は思いっきりガラスを割ってしまい、中に入っていきました。
何もなかったとしてもこれで確実に怒られるな…と思いながら、みんなも後に続きます。

そこは居間でした。
左側に台所、正面の廊下に出て左には浴室と突き当たりにトイレ、右には二階への階段と本来玄関であろうスペース。
昼間ということもあり明るかったですが、玄関が無いせいか廊下のあたりは薄暗く見えました。

古ぼけた外観に反して中は予想より綺麗…というより何もありません。
家具など物は一切なく、人が住んでいたような跡は何もない。
居間も台所も、かなり広めではあったもののごく普通。
「何もないじゃん」
「普通だな?何かしら物が残ってるんだと思ってたのに」

何もない居間と台所をあれこれ見ながら、男三人はつまらなそうに持ってきたお菓子をボリボリ食べ始めました。
「てことは、秘密は二階かな」
私とD子は、D妹の手を取りながら二階に向かおうと廊下に出ます。
しかし、階段は…と廊下に出た瞬間、私とD子は心臓が止まりそうになりました。
左にのびた廊下には途中で浴室があり、突き当たりがトイレなのですが、
その間くらいの位置に鏡台が置かれ、真前につっぱり棒のようなものが立てられていました。
そして、その棒に髪がかけられていたのです。
どう表現していいかわからないのですが、カツラのように髪型として形を成したものというか、
ロングヘアの女性の後ろ髪が、そのままそこにあるという感じです。(伝わりにくかったらごめんなさい)
位置的にも、平均的な身長なら大体その辺に頭がくるだろうというような位置で棒の高さが調節してあり、
まるで『女が鏡台の前で座ってる』のを再現したみたいな光景。
一気に鳥肌が立ち、「何何!?何なのこれ!?」と軽くパニックの私とD子。
何だ何だ?と廊下に出てきた男三人も、意味不明な光景に唖然。
D妹だけが、「あれなぁに?」ときょとんとしていました。
「なんだよあれ?本物の髪の毛か?」
「わかんない。触ってみるか?」
A君とB君はそんな事を言いましたが、C君と私達は必死で止めました。
「やばいからやめろって!気持ち悪いし絶対何かあるだろ!」
「そうだよ、やめなよ!」
どう考えても異様としか思えないその光景に恐怖を感じ、ひとまずみんな居間に引っ込みます。
居間からは見えませんが、廊下の方に視線をやるだけでも嫌でした。
「どうする…?廊下通んないと二階行けないぞ」
「あたしやだ。あんなの気持ち悪い」
「オレもなんかやばい気がする」
C君と私とD子の三人は、あまりに予想外のものを見てしまい、完全に探索意欲を失っていました。
「あれ見ないように行けばだいじょぶだって。二階で何か出てきたって、階段降りてすぐそこが出口だぜ?
しかもまだ昼間だぞ?」
AB両人はどうしても二階を見たいらしく、引け腰の私達三人を急かします。
「そんな事言ったって…」
私達が顔を見合わせどうしようかと思った時、はっと気付きました。
「あれ?D子、○○ちゃんは?」
「えっ?」
全員気が付きました。D妹がいないのです。
私達は唯一の出入口であるガラス戸の前にいたので、外に出たという事はありえません。
広めといえど居間と台所は一目で見渡せます。
その場にいるはずのD妹がいないのです。
「○○!?どこ!?返事しなさい!!」
D子が必死に声を出しますが、返事はありません。
「おい、もしかして上に行ったんじゃ…」
その一言に、全員が廊下を見据えました。
「やだ!なんで!?何やってんのあの子!?」
D子が涙目になりながら叫びます。
「落ち着けよ!とにかく二階に行くぞ!」
さすがに怖いなどと言ってる場合でもなく、すぐに廊下に出て階段を駆け上がっていきました。

「おーい、○○ちゃん?」
「○○!いい加減にしてよ!出てきなさい!」
みなD妹へ呼び掛けながら階段を進みますが、返事はありません。
階段を上り終えると、部屋が二つありました。どちらもドアは閉まっています。
まずすぐ正面のドアを開けました。その部屋は、外から見たときに窓があった部屋です。
中にはやはり何もなく、D妹の姿もありません。
「あっちだな」
私達はもう一方のドアに近付き、ゆっくりとドアを開けました。
D妹はいました。
ただ、私達は言葉も出せずその場で固まりました。
その部屋の中央には、下にあるのと全く同じものがあったのです。
鏡台とその真前に立てられた棒、そしてそれにかかった長い後ろ髪。
異様な恐怖に包まれ、全員茫然と立ち尽くしたまま動けませんでした。

「ねえちゃん、これなぁに?」
不意にD妹が言い、次の瞬間とんでもない行動をとりました。
D妹は鏡台に近付き、三つある引き出しの内、一番上の引き出しを開けたのです。
「これなぁに?」
D妹がその引き出しから取り出して、私達に見せたもの…
それは、筆のようなもので『禁后』と書かれた半紙でした。
意味がわからず、D妹を見つめるしかない私達。
この時、どうしてすぐに動けなかったのか、今でもわかりません。

D妹は構わずその半紙をしまって引き出しを閉め、今度は二段目の引き出しから中のものを取り出しました。
全く同じもの、『禁后』と書かれた半紙です。
もう何が何だかわからず、私はがたがたと震えるしか出来ませんでしたが、
D子が我に返り、すぐさま妹に駆け寄りました。
D子ももう半泣きになっています。
「何やってんのあんたは!」
妹を厳しく怒鳴りつけ、半紙を取り上げると、引き出しを開けしまおうとしました。
この時、D妹が半紙を出した後、すぐに二段目の引き出しを閉めてしまっていたのが問題でした。
慌てていたのか、D子は二段目ではなく三段目、一番下の引き出しを開けたのです。
ガラッと引き出しを開けたとたん、D子は中を見つめたまま動かなくなりました。
黙ってじっと中を見つめたまま微動だにしません。
「ど、どうした!?何だよ!?」
ここでようやく私達は動けるようになり、二人に駆け寄ろうとした瞬間、
ガンッ!!と大きな音をたて、D子が引き出しを閉めました。
そして肩より長いくらいの自分の髪を口元に運び、むしゃむしゃとしゃぶりだしたのです。
「お、おい?どうしたんだよ!?」
「D子?しっかりして!」
みんなが声をかけても反応が無い。
ただひたすら、自分の髪をしゃぶり続けている。
その行動に恐怖を感じたのかD妹も泣きだし、ほんとうに緊迫した状況でした。
「おい!どうなってんだよ!?」
「知らねえよ!何なんだよこれ!?」
「とにかく外に出てうちに帰るぞ!ここにいたくねえ!」

D子を三人が抱え、私はD妹の手を握り急いでその家から出ました。
その間もD子は、ずっと髪をびちゃびちゃとしゃぶっていましたが、
どうしていいかわからず、とにかく大人のところへ行かなきゃ!という気持ちでした。

その空き家から一番近かった私の家に駆け込み、大声で母を呼びました。
泣きじゃくる私とD妹、汗びっしょりで茫然とする男三人、そして奇行を続けるD子。
どう説明したらいいのかと頭がぐるぐるしていたところで、声を聞いた母が何事かと現われました。
「お母さぁん!」
泣きながらなんとか事情を説明しようとしたところで、母は私と男三人を突然ビンタで殴り怒鳴りつけました。
「あんた達、あそこへ行ったね!?あの空き家へ行ったんだね!?」
普段見たこともない形相に、私達は必死に首を縦に振るしかなく、うまく言葉を発せませんでした。
「あんた達は奥で待ってなさい。すぐみんなのご両親達に連絡するから」
そう言うと母はD子を抱き抱え、二階へ連れていきました。

私達は言われた通り、私の家の居間でただぼーっと座り込み、何も考えられませんでした。
それから一時間ほどはそのままだっと思います。

みんなの親たちが集まってくるまで、母もD子も二階から降りてきませんでした。
親達が集まった頃にようやく母だけが居間に来て、ただ一言、
「この子達があの家に行ってしまった」と言いました。
親達がざわざわとしだし、みんなが動揺したり取り乱したりしていました。
「お前ら!何を見た!?あそこで何を見たんだ!?」
それぞれの親達が一斉に我が子に向かって放つ言葉に、私達は頭が真っ白で応えられませんでしたが、
何とかA君とB君が懸命に事情を説明しました。
「見たのは鏡台と変な髪の毛みたいな…あと、ガラス割っちゃって…」
「他には!?見たのはそれだけか!?」
「あとは…何かよくわかんない言葉が書いてある紙…」
その一言で急に場が静まり返りました。と同時に、二階からものすごい悲鳴。
私の母が慌てて二階に上がり、数分後、母に抱えられて降りてきたのはD子のお母さんでした。
まともに見れなかったぐらい涙でくしゃくしゃでした。
「見たの…?D子は引き出しの中を見たの!?」
D子のお母さんが私達に詰め寄りそう問い掛けます。
「あんた達、鏡台の引き出しを開けて、中にあるものを見たか?」
「二階の鏡台の三段目の引き出しだ。どうなんだ?」
他の親達も問い詰めてきました。
「一段目と二段目は僕らも見ました…三段目は…D子だけです…」
言い終わった途端、D子のお母さんがものすごい力で私達の体を掴み、
「何で止めなかったの!?あんた達友達なんでしょう!?何で止めなかったのよ!?」と叫びだしたのです。
D子のお父さんや他の親達が必死で押さえ、「落ち着け!」「奥さんしっかりして!」となだめようとし、
しばらくしてやっと落ち着いたのか、D妹を連れてまた二階へ上がっていってしまいました。

そこでいったん場を引き上げ、私達四人はB君の家に移り、B君の両親から話を聞かされました。
「お前達が行った家な、最初から誰も住んじゃいない。

あそこは、あの鏡台と髪の為だけに建てられた家なんだ。
オレや他の親御さん達が子供の頃からあった。
あの鏡台は実際に使われていたもの、髪の毛も本物だ。
それから、お前達が見たっていう言葉。この言葉だな?」
そういってB君のお父さんは紙とペンを取り、『禁后』と書いて私達に見せました。
「うん…その言葉だよ」
私達が応えると、B君のお父さんはくしゃっと丸めたその紙をごみ箱に投げ捨て、そのまま話を続けました。
「これはな、あの髪の持ち主の名前だ。読み方は、知らないかぎりまず出てこないような読み方だ。
お前達が知っていいのはこれだけだ。金輪際あの家の話はするな。近づくのもダメだ。わかったな?
とりあえず今日は、みんなうちに泊まってゆっくり休め」
そう言って席を立とうとしたB君のお父さんに、B君は意を決したようにこう聞きました。
「D子はどうなったんだよ!?あいつは何であんな…」と言い終わらない内に、B君のお父さんが口を開きました。
「あの子の事は忘れろ。もう二度と元には戻れないし、お前達とも二度と会えない。それに…」
B君のお父さんは少し悲しげな表情で続けました。
「お前達はあの子のお母さんから、この先一生恨まれ続ける。
今回の件で誰かの責任を問う気はない。
だが、さっきのお母さんの様子でわかるだろ?お前達はもうあの子に関わっちゃいけないんだ」
そう言って、B君のお父さんは部屋を出ていってしまった。
私達は何も考えられなかった。
その後どうやって過ごしたかもよくわからない。
本当に長い1日でした。

それからしばらくは普通に生活していました。
翌日から私の親もA達の親も一切この件に関する話はせず、D子がどうなったかもわかりません。
学校には一身上の都合となっていたようですが、一ヵ月程してどこかへ引っ越してしまったそうです。
また、あの日、私達以外の家にも連絡が行ったらしく、あの空き家に関する話は自然と減っていきました。
ガラス戸などにも厳重な対策が施され、中に入れなくなったとも聞いています。
私やA達はあれ以来一度もあの空き家に近づいておらず、D子の事もあってか疎遠になっていきました。
高校も別々でしたし、私も三人も町を出ていき、それからもう十年以上になります。

ここまで下手な長文に付き合ってくださったのに申し訳ないのですが、結局何もわからずじまいです。
ただ、最後に…
私が大学を卒業した頃ですが、D子のお母さんから私の母宛てに手紙がありました。
内容はどうしても教えてもらえなかったのですが、
その時の母の言葉が意味深だったのが、今でも引っ掛かっています。

「母親ってのは、最後まで子供の為に隠し持ってる選択があるのよ。
もし、ああなってしまったのがあんただったとしたら、私もそれを選んでたと思うわ。
それが間違った答えだとしてもね」

代々、母から娘へと三つの儀式が受け継がれていたある家系にまつわる話。
まずはその家系について説明します。

その家系では娘は母の『所有物』とされ、娘を『材料』として扱うある儀式が行われていました。
母親は二人または三人の女子を産み、その内の一人を『材料』に選びます。
(男子が生まれる可能性もあるはずですが、その場合どうしていたのかはわかりません)
選んだ娘には二つの名前を付け、一方は母親だけが知る本当の名として生涯隠し通されます。
万が一知られた時の事も考え、本来その字が持つものとは全く違う読み方が当てられるため、
字が分かったとしても、読み方は絶対に母親しか知り得ません。
母親と娘の二人きりだったとしても、決して隠し名で呼ぶ事はありませんでした。
忌み名に似たものかも知れませんが、『母の所有物』であることを強調・証明するためにしていたそうです。
また、隠し名を付けた日に必ず鏡台を用意し、娘の10,13,16歳の誕生日以外には絶対にその鏡台を娘に見せない、
という決まりもありました。
これも、来たるべき日のための下準備でした。

本当の名を誰にも呼ばれることのないまま、『材料』としての価値を上げるため、
幼少時から母親の『教育』が始まります。 (選ばれなかった方の娘は、ごく普通に育てられていきます)
例えば…
・猫、もしくは犬の顔をバラバラに切り分けさせる
・しっぽだけ残した胴体を飼う
(娘の周囲の者が全員、これを生きているものとして扱い、娘にそれが真実であると刷り込ませていったそうです)
・猫の耳と髭を使った呪術を教え、その呪術で鼠を殺す
・蜘蛛を細かく解体させ、元の形に組み直させる
・糞尿を食事に(自分や他人のもの)など。

全容はとても書けないのでほんの一部ですが、
どれもこれも聞いただけで吐き気をもよおしてしまうようなものばかりでした。
中でも動物や虫、特に猫に関するものが全体の3分の1ぐらいだったのですが、これは理由があります。
この家系では男と関わりを持つのは子を産むためだけであり、目的数の女子を産んだ時点で関係が断たれるのですが、
条件として事前に提示したにも関わらず、家系や呪術の秘密を探ろうとする男も中にはいました。
その対応として、ある代からは男と交わった際に、呪術を使って憑きものを移すようになったのです。
それによって、自分達が殺した猫などの怨念は全て男の元へ行き、
関わった男達の家で、憑きもの筋のように災いが起こるようになっていたそうです。
そうする事で、家系の内情には立ち入らないという条件を守らせていました。
こうした事情もあって、猫などの動物を『教育』によく使用していたのです。
『材料』として適した歪んだ常識、歪んだ価値観、歪んだ嗜好などを形成させるための異常な『教育』は、
代々の母娘間で13年間も続けられます。
その間で、三つの儀式の内の二つが行われます。

一つは10歳の時、母親に鏡台の前に連れていかれ、爪を提供するように指示されます。
ここで初めて娘は鏡台の存在を知ります。
両手両足からどの爪を何枚提供するかは、それぞれの代の母親によって違ったそうです。
提供するとは、もちろん剥がすという意味です。
自分で自分の爪を剥がし母親に渡すと、
鏡台の三つある引き出しの内、一番上の引き出しに爪と娘の隠し名を書いた紙を一緒に入れます。
そしてその日は一日中、母親は鏡台の前に座って過ごすのです。
これが一つ目の儀式。

もう一つは13歳の時、同様に鏡台の前で歯を提供するように指示されます。
これも代によって数が違います。
自分で自分の歯を抜き、母親はそれを鏡台の二段目、やはり隠し名を書いた紙と一緒にしまいます。
そしてまた一日中、母親は鏡台の前で座って過ごします。
これが二つ目の儀式です。

この二つの儀式を終えると、その翌日~16歳までの三年間は『教育』が全く行われません。
突然、何の説明もなく自由が与えられるのです。
これは、13歳までに全ての準備が整ったことを意味していました。
この頃には、すでに母親が望んだ通りの生き人形のようになってしまっているのがほとんどですが、
わずかに残されていた自分本来の感情からか、ごく普通の女の子として過ごそうとする娘が多かったそうです。

そして三年後、娘が16歳になる日に最後の儀式が行われます。
最後の儀式、それは鏡台の前で母親が娘の髪を食べるというものでした。
食べるというよりも、体内に取り込むという事が重要だったそうです。
丸坊主になってしまうぐらいのほぼ全ての髪を切り、鏡台を見つめながら無我夢中で口に入れ飲み込んでいきます。
娘はただ茫然と眺めるだけ。
やがて娘の髪を食べ終えると、母親は娘の本当の名を口にします。
娘が自分の本当の名を耳にするのは、この時が最初で最後でした。

これでこの儀式は完成され、目的が達成されます。
この翌日から母親は四六時中自分の髪をしゃぶり続ける廃人のようになり、亡くなるまで隔離され続けるのです。
廃人となったのは文字通り母親の脱け殻で、母親とは全く別のものです。
そこにいる母親はただの人型の風船のようなものであり、
母親の存在は誰も見たことも聞いたこともない、誰も知り得ない場所に到達していました。
これまでの事は、全てその場所へ行く資格(神格?)を得るためのものであり、
最後の儀式によってそれが得られるというものでした。
その未知なる場所では、それまで同様にして資格を得た母親たちが暮らしており、
決して汚れることのない楽園として存在しているそうです。
最後の儀式で資格を得た母親はその楽園へ運ばれ、後には髪をしゃぶり続けるだけの脱け殻が残る…
そうして新たな命を手にするのが目的だったのです。
残された娘は母親の姉妹によって育てられていきます。
一人でなく二~三人産むのはこのためでした。
母親がいなくなってしまった後、普通に育てられてきた母親の姉妹が娘の面倒を見るようにするためです。
母親から解放された娘は、髪の長さが元に戻る頃に男と交わり、子を産みます。
そして、今度は自分が母親として全く同じ事を繰り返し、母親が待つ場所へと向かうわけです。

ここまでがこの家系の説明です。
もっと細かい内容もあったのですが、二度三度の投稿でも収まる量と内容じゃありませんでした。

なるべく分かりやすいように書いたのですが、今回は本当に分かりづらい読みづらい文章だと思います。
申し訳ありません。
本題はここからですので、ひとまず先へ進みます。

実は、この悪習はそれほど長く続きませんでした。
徐々にこの悪習に疑問を抱くようになっていったのです。
それがだんだんと大きくなり、次第に母娘として本来あるべき姿を模索するようになっていきます。
家系としてその姿勢が定着していくに伴い、悪習はだんだん廃れていき、やがては禁じられるようになりました。
ただし、忘れてはならない事であるとして、隠し名と鏡台の習慣は残す事になりました。
隠し名は母親の証として、鏡台は祝いの贈り物として受け継いでいくようにしたのです。
少しずつ周囲の住民達とも触れ合うようになり、夫婦となって家庭を築く者も増えていきました。

そうしてしばらく月日が経ったある年、一人の女性が結婚し妻となりました。八千代という女性です。
悪習が廃れた後の生まれである母の元で、ごく普通に育ってきた女性でした。
周囲の人達からも可愛がられ平凡な人生を歩んできていましたが、
良き相手を見つけ、長年の交際の末の結婚となったのです。
彼女は自分の家系については、母から多少聞かされていたので知っていましたが、
特に関心を持った事はありませんでした。
妻となって数年後には娘を出産、貴子と名付けます。
母から教わった通り隠し名も付け、鏡台も自分と同じものを揃えました。

そうして幸せな日々が続くと思われていましたが、娘の貴子が10歳を迎える日に異変が起こりました。
その日、八千代は両親の元へ出かけており、家には貴子と夫だけでした。
用事を済ませ、夜になる頃に八千代が家に戻ると、信じられない光景が広がっていました。
何枚かの爪が剥がされ、歯も何本か抜かれた状態で貴子が死んでいたのです。
家の中を見渡すと、しまっておいたはずの貴子の隠し名を書いた紙が床に落ちており、
剥がされた爪と抜かれた歯は貴子の鏡台に散らばっていました。
夫の姿はありません。
何が起こったのかまったく分からず、娘の体に泣き縋るしか出来ませんでした。
異変に気付いた近所の人達がすぐに駆け付けるも、八千代はただずっと貴子に泣き縋っていたそうです。
状況が飲み込めなかった住民達は、ひとまず八千代の両親に知らせる事にし、
何人かは八千代の夫を探しに出ていきました。
この時、八千代を一人にしてしまったのです。
その晩のうちに、八千代は貴子の傍で自害しました。

住民達が八千代の両親に知らせたところ、現場の状況を聞いた両親は落ち着いた様子でした。
「想像はつく。八千代から聞いていた儀式を試そうとしたんだろ。
八千代には詳しく話したことはないから、断片的な情報しか分からんかったはずだが、
貴子が10歳になるまで待っていやがったな」
と言って、八千代の家へ向かいました。
八千代の家に着くと、さっきまで泣き縋っていた八千代も死んでいる…
住民達はただ愕然とするしかありませんでした。
八千代の両親は終始落ち着いたまま、
「わしらが出てくるまで誰も入ってくるな」と言い、しばらく出てこなかったそうです。

数時間ほどして、やっと両親が出てくると、
「二人はわしらで供養する。夫は探さなくていい。理由は今に分かる」
と住民達に告げ、その日は強引に解散させました。

それから数日間、夫の行方はつかめないままだったのですが、
程なくして、八千代の家の前で亡くなっているのが見つかりました。
口に大量の長い髪の毛を含んで死んでいたそうです。
どういう事かと住民達が八千代の両親に尋ねると、
「今後八千代の家に入ったものはああなる。そういう呪いをかけたからな。
あの子らは、悪習からやっと解き放たれた新しい時代の子達なんだ。
こうなってしまったのは残念だが、せめて静かに眠らせてやってくれ」
と説明し、八千代の家をこのまま残していくように指示しました。

これ以来、二人への供養も兼ねて、八千代の家はそのまま残される事となったそうです。
家のなかに何があるのかは誰も知りませんでしたが、八千代の両親の言葉を守り、誰も中を見ようとはしませんでした。
そうして、二人への供養の場所として長らく残されていたのです。

その後、老朽化などの理由でどうしても取り壊すことになった際、初めて中に何があるかを住民達は知りました。
そこにあったのは私達が見たもの、あの鏡台と髪でした。
八千代の家は二階がなかったので、玄関を開けた目の前に並んで置かれていたそうです。

八千代の両親がどうやったのかはわかりませんが、やはり形を成したままの髪でした。
これが呪いであると悟った住民達は、出来るかぎり慎重に運び出し、新しく建てた空き家の中へと移しました。
この時、誤って引き出しの中身を見てしまったそうですが、何も起こらなかったそうです。
これに関しては、供養をしていた人達だったからでは?という事になっています。
空き家は町から少し離れた場所に建てられ、
玄関がないのは出入りする家ではないから、窓・ガラス戸は日当たりや風通しなど供養の気持ちからだという事でした。
こうして誰も入ってはいけない家として町全体で伝えられていき、大人達だけが知る秘密となったのです。

ここまでが、あの鏡台と髪の話です。
鏡台と髪は八千代と貴子という母娘のものであり、言葉は隠し名として付けられた名前でした。

ここから最後の話になります。
空き家が建てられて以降、中に入ろうとする者は一人もいませんでした。
前述の通り、空き家へ移る際に引き出しの中を見てしまったため、
中に何があるかが一部の人達に伝わっていたからです。
私達の時と同様、事実を知らない者に対して過剰に厳しくする事で、何も起こらないようにしていました。
ところが、私達の親の間で一度だけ事が起こってしまったそうです。
前回の投稿で、私と一緒に空き家へ行ったAの家族について、少しふれたのを覚えていらっしゃるでしょうか。
Aの祖母と母がもともと町の出身であり、結婚して他県に住んでいたという話です。
これは事実ではありませんでした。

子供の頃に、Aの母とBの両親、そしてもう一人男の子(Eとします)を入れた四人であの空き家へ行ったのです。
私達とは違って夜中に家を抜け出し、わざわざハシゴを持参して二階の窓から入ったそうです。
窓から入った部屋には何もなく、やはり期待を裏切られたような感じでガクッとし、隣にある部屋へ行きました。
そこであの鏡台と髪を見て、夜中という事もあり凄まじい恐怖を感じます。
ところが、四人のうちA母はかなり肝が据わっていたようで、
怖がる三人を押し退けて近づいていき、引き出しを開けようとさえしたそうです。
さすがに三人も必死で止め、その場は治まりますが、問題はその後に起こりました。
その部屋を出て恐る恐る階段を降りると、またすぐに恐怖に包まれます。
廊下の先にある鏡台と髪。
この時点で三人はもう帰ろうとしますが、A母が問題を引き起こしてしまいました。
私達の時のD妹のように、引き出しを開け中のものを出したのです。
A母が取り出したのは、一階の鏡台の一段目の引き出しの中の『紫逅』と書かれた紙で、
何枚かの爪も入っていたそうです。
さすがにやばいものではと感じた三人は、A母を無理矢理引っ張り、紙を元に戻して帰ろうとしますが、
じたばたしてるうちに棒から髪が落ちてしまったそうです。
空き家の中で最も異様な雰囲気であるその髪にA母も触れる勇気はなく、四人はそのままにして帰ってきてしまいました。

それから二,三日はそのまま放っておいたらしいですが、親にバレたら…という気持ちがあったので、
元に戻しに行く事になります。
B両親はどうしても都合があわなかったため、A母とE君の二人で行く事になりました。

夜中に抜け出し、ハシゴを使って二階から入ります。
階段を降り、家から持ってきた箸で髪を掴んで何とか棒に戻しました。
「さぁ早く帰ろう」とE君は急かしましたが、
ホッとしたのかA母はE君を怖がらせようと思い、今度は二段目の引き出しを開けたのです。
『紫逅』と書かれた紙と、何本かの歯が入っていました。
あまりの恐怖にE君は取り乱し泣きそうになっていたのですが、
A母はこれを面白がってしまい、E君にだけ中が見えるような態勢で三段目の引き出しを開けたそうです。
E君が引き出しの中を見たのはほんの数秒ほどでした。
「何があった??」とA母が覗き込もうとした瞬間、ガンッ!!と引き出しを閉め、
ぼーっとしたまま動かなくなりました。
A母はE君が仕返しにふざけてるんだと思ったのですが、
何か異常な空気を感じ、突然怖くなって一人で帰ってしまったのです。

家に着いてすぐに母親に事情を話すと、母親の顔色が変わり異様な事態となりました。
E君の両親などに連絡し、親達がすぐに空き家へ向かいます。
数十分ぐらいして、家で待っていたA母は、親達に抱えられて帰ってきたE君を少しだけ見ました。
何かを頬張っているようで、口元からは長い髪の毛が何本も見えていたそうです。

この後B両親も呼び出され、親も交えて話したそうですが、E君の両親は三人に何も言いませんでした。
ただ、言葉では表せないような表情でずっとA母を睨み付けていたそうです。

この後、三人はあの空き家にまつわる話を聞かされました。
E君の事に関しては、私達に言ったのと全く同じ事を言われたようでした。
そして、E君の家族がどこかへ引っ越していくまでの一ヵ月間ぐらいの間、
毎日A母の家にE君の両親が訪ねてきていたそうです。
この事でA母は精神的に苦しい状態になり、見かねた母親が他県の親戚のところへ預けたのでした。
その後A母やE君がどうしていたのかはわかりませんが、A母が町に戻ってきたのはE君への償いからだそうです。

以上で話は終わりです。
最後に、鏡台の引き出しに入っているものについて。

空き家には一階に八千代の鏡台、二階に貴子の鏡台があります。
八千代の鏡台には、一段目は爪、二段目は歯が、隠し名を書いた紙と一緒に入っています。
貴子の鏡台は、一,二段目とも隠し名を書いた紙だけです。
八千代が『紫逅』、貴子が『禁后』です。

そして問題の三段目の引き出しですが、中に入っているのは手首だそうです。
八千代の鏡台には八千代の右手と貴子の左手、貴子の鏡台には貴子の右手と八千代の左手が、
指を絡めあった状態で入っているそうです。
もちろん、今現在どんな状態になっているのかはわかりませんが。
D子とE君はそれを見てしまい、異常をきたしてしまいました。
厳密に言うと、隠し名と合わせて見てしまったのがいけなかったという事でした。
『紫逅』は八千代の母が、『禁后』は八千代が実際に書いたものであり、
三段目の引き出しの内側には、それぞれの読み方がびっしりと書かれているそうです。
空き家は今もありますが、今の子供達にはほとんど知られていないようです。
娯楽や誘惑が多い今では、あまり目につく存在ではないのかも知れません。
地域に関してはあまり明かせませんが、東日本ではないです。

それから、D子のお母さんの手紙についてですが、これは控えさせていただきます。
D子とお母さんはもう亡くなられていると知らされましたので、私の口からは何もお話出来ません。

姦姦蛇螺(かんかんだら)

小中学の頃は田舎もんで世間知らずで、特に仲の良かったA、Bと三人で毎日バカやって荒れた生活してたんだわ。

オレとAは家族にもまるっきり見放されてたんだが、Bはお母さんだけは必ず構ってくれてた。あくまで厳しい態度でだけど、何だかんだ言ってBのためにいろいろと動いてくれてた。

そのB母子が中三のある時、かなりキツい喧嘩になった。内容は言わなかったが、精神的にお母さんを痛め付けたらしい。

お母さんをズタボロに傷つけてたら、親父が帰ってきた。一目で状況を察した親父はBを無視して黙ったまんまお母さんに近づいていった。
服とか髪とかボロボロなうえに、死んだ魚みたいな目で床を茫然と見つめてるお母さんを見て、親父はBに話した。

B父「お前、ここまで人を踏み躙れるような人間になっちまったんだな。母さんがどれだけお前を想ってるか、なんでわからないんだ。」
親父はBを見ず、お母さんを抱き締めながら話してたそうだ。
B「うるせえよ。てめえは殺してやろうか?あ?」
Bは全く話を聞く気がなかった。

だが親父は何ら反応する様子もなく、淡々と話を続けたらしい。
B父「お前、自分には怖いものなんか何もないと、そう思ってるのか。」

B「ねえな。あるなら見せてもらいてえもんだぜ。」
親父は少し黙った後、話した。

B父「お前はオレの息子だ。母さんがお前をどれだけ心配してるかもよくわかってる。
だがな、お前が母さんに対してこうやって踏み躙る事しか出来ないなら、オレにも考えがある。
これは父としてでなく、一人の人間、他人として話す。先にはっきり言っておくがオレがこれを話すのは、お前が死んでも構わんと覚悟した証拠だ。それでいいなら聞け。」

その言葉に何か凄まじい気迫みたいなものを感じたらしいが、いいから話してみろ!と煽った。

B父「森の中で立入禁止になってる場所知ってるよな。あそこに入って奥へ進んでみろ。後は行けばわかる。そこで今みたいに暴れてみろよ。出来るもんならな。」
親父が言う森ってのは、オレ達が住んでるとこに小規模の山があって、そのふもとにある場所。樹海みたいなもんかな。山自体は普通に入れるし、森全体も普通なんだが、中に入ってくと途中で立入禁止になってる区域がある。
言ってみれば四角の中に小さい円を書いてその円の中は入るな、ってのと同じできわめて部分的。

二メートル近い高さの柵で囲まれ、柵には太い綱と有刺鉄線、柵全体にはが連なった白い紙がからまってて(独自の紙垂みたいな)、大小いろんな鈴が無数についてる。変に部分的なせいで柵自体の並びも歪だし、とにかく尋常じゃないの一言に尽きる。

あと、特定の日に巫女さんが入り口に数人集まってるのを見かけるんだが、その日は付近一帯が立入禁止になるため何してんのかは謎だった。
いろんな噂が飛び交ってたが、カルト教団の洗脳施設がある…ってのが一番広まってた噂。そもそもその地点まで行くのが面倒だから、その奥まで行ったって話はほとんどなかったな。

親父はBの返事を待たずにお母さんを連れて2階に上がってった。Bはそのまま家を出て、待ち合わせてたオレとAと合流。そこでオレ達も話を聞いた。
A「父親がそこまで言うなんて相当だな。」

オレ「噂じゃカルト教団のアジトだっけ。捕まって洗脳されちまえって事かね。怖いっちゃ怖いが…どうすんだ?行くのか?」

B「行くに決まってんだろ。どうせ親父のハッタリだ。」

面白半分でオレとAもついていき、三人でそこへ向かう事になった。あれこれ道具を用意して、時間は夜中の一時過ぎぐらいだったかな。

意気揚揚と現場に到着し、持ってきた懐中電灯で前を照らしながら森へ入っていった。軽装でも進んで行けるような道だし、オレ達はいつも地下足袋だったんで歩きやすかったが、問題の地点へは四十分近くは歩かないといけない。

ところが、入って五分もしないうちにおかしな事になった。
オレ達が入って歩きだしたのとほぼ同じタイミングで、何か音が遠くから聞こえ始めた。夜の静けさがやたらとその音を強調させる。最初に気付いたのはBだった。

B「おい、何か聞こえねぇか?」

Bの言葉で耳をすませてみると、確かに聞こえた。落ち葉を引きずるカサカサ…という音と、枝がパキッ…パキッ…と折れる音。それが遠くの方から微かに聞こえてきている。

遠くから微かに…というせいもあって、さほど恐怖は感じなかった。人って考える前に動物ぐらいいるだろ、そんな思いもあり構わず進んでいった。

動物だと考えてから気にしなくなったが、そのまま二十分ぐらい進んできたところでまたBが何か気付き、オレとAの足を止めた。

B「A、お前だけちょっと歩いてみてくれ。」

A「?…何でだよ。」

B「いいから早く」

Aが不思議そうに一人で前へ歩いていき、またこっちへ戻ってくる。それを見て、Bは考え込むような表情になった。

A「おい、何なんだよ?」
オレ「説明しろ!」
オレ達がそう言うと
Bは「静かにしてよ?く聞いててみ」と、Aにさせたように一人で前へ歩いていき、またこっちに戻ってきた。二、三度繰り返してようやくオレ達も気付いた。

遠くから微かに聞こえてきている音は、オレ達の動きに合わせていた。オレ達が歩きだせばその音も歩きだし、オレ達が立ち止まると音も止まる。まるでこっちの様子がわかっているようだった。

何かひんやりした空気を感じずにはいられなかった。
周囲にオレ達が持つ以外の光はない。月は出てるが、木々に遮られほとんど意味はなかった。
懐中電灯つけてんだから、こっちの位置がわかるのは不思議じゃない…だが一緒に歩いてるオレ達でさえ、互いの姿を確認するのに目を凝らさなきゃいけない暗さだ。

そんな暗闇で光もなしに何してる?
なぜオレ達と同じように動いてんだ?

B「ふざけんなよ。誰かオレ達を尾けてやがんのか?」
A「近づかれてる気配はないよな。向こうはさっきからずっと同じぐらいの位置だし。」

Aが言うように森に入ってからここまでの二十分ほど、オレ達とその音との距離は一向に変わってなかった。近づいてくるわけでも遠ざかるわけでもない。終始、同じ距離を保ったままだった。

オレ「監視されてんのかな?」

A「そんな感じだよな…カルト教団とかなら何か変な装置とか持ってそうだしよ。」

音から察すると、複数ではなく一人がずっとオレ達にくっついてるような感じだった。しばらく足を止めて考え、下手に正体を探ろうとするのは危険と判断し、一応あたりを警戒しつつそのまま先へ進む事にした。

それからずっと音に付きまとわれながら進んでたが、やっと柵が見えてくると、音なんかどうでもよくなった。
音以上にその柵の様子の方が意味不明だったからだ。

三人とも見るのは初めてだったんだが、想像以上のものだった。同時にそれまでなかったある考えが頭に過ってしまった。
普段は霊などバカにしてるオレ達から見ても、その先にあるのが現実的なものでない事を示唆しているとしか思えない。それも半端じゃなくやばいものが。
まさか、そういう意味でいわくつきの場所なのか…?森へ入ってから初めて、今オレ達はやばい場所にいるんじゃないかと思い始めた。

A「おい、これぶち破って奥行けってのか?誰が見ても普通じゃねえだろこれ!」

B「うるせえな、こんなんでビビってんじゃねえよ!」

柵の異常な様子に怯んでいたオレとAを怒鳴り、Bは持ってきた道具あれこれで柵をぶち壊し始めた。破壊音よりも、鳴り響く無数の鈴の音が凄かった。

しかしここまでとは想像してなかったため、持参した道具じゃ貧弱すぎた。
というか、不自然なほどに頑丈だったんだ。特殊な素材でも使ってんのかってぐらい、びくともしなかった。
結局よじのぼるしかなかったんだが、綱のおかげで上るのはわりと簡単だった。
だが柵を越えた途端、激しい違和感を覚えた。閉塞感と言うのかな、檻に閉じ込められたような息苦しさを感じた。AとBも同じだったみたいで踏み出すのを躊躇したんだが、柵を越えてしまったからにはもう行くしかなかった。

先へ進むべく歩きだしてすぐ、三人とも気付いた。ずっと付きまとってた音が、柵を越えてからバッタリ聞こえなくなった事に。
正直そんなんもうどうでもいいとさえ思えるほど嫌な空気だったが、Aが放った言葉でさらに嫌な空気が増した。

A「もしかしてさぁ、そいつ…ずっとここにいたんじゃねえか?この柵、こっから見える分だけでも出入口みたいなのはないしさ、それで近付けなかったんじゃ…」

B「んなわけねえだろ。オレ達が音の動きに気付いた場所ですらこっからじゃもう見えねえんだぞ?それなのに入った時点からオレ達の様子がわかるわけねえだろ。」
普通に考えればBの言葉が正しかった。禁止区域と森の入り口はかなり離れてる。時間にして四十分ほどと書いたが、オレ達だってちんたら歩いてたわけじゃないし、距離にしたらそれなりの数字にはなる。
だが、現実のものじゃないかも…という考えが過ってしまった事で、Aの言葉を頭では否定できなかった。柵を見てから絶対やばいと感じ始めていたオレとAを尻目に、Bだけが俄然強気だった。

B「霊だか何だか知らねえけどよ、お前の言うとおりだとしたら、そいつはこの柵から出られねえって事だろ?そんなやつ大したことねえよ。」

そう言って奧へ進んでいった。

柵を越えてから二、三十分歩き、うっすらと反対側の柵が見え始めたところで、不思議なものを見つけた。

特定の六本の木に注連縄が張られ、その六本の木を六本の縄で括り、六角形の空間がつくられていた。柵にかかってるのとは別の、正式なものっぽい紙垂もかけられてた。
そして、その中央に賽銭箱みたいなのがポツンと置いてあった。

目にした瞬間は、三人とも言葉が出なかった。特にオレとAは、マジでやばい事になってきたと焦ってさえいた。
バカなオレ達でも、注連縄が通常どんな場で何のために用いられてるものか、何となくは知ってる。そういう意味でも、ここを立入禁止にしているのは間違いなく目の前のこの光景のためだ。オレ達はとうとう、来るとこまで来てしまったわけだ。

オレ「お前の親父が言ってたの、たぶんこれの事だろ。」

A「暴れるとか無理。明らかにやばいだろ。」

だが、Bは強気な姿勢を崩さなかった。

B「別に悪いもんとは限らねえだろ。とりあえずあの箱見て見ようぜ!宝でも入ってっかもな。」

Bは縄をくぐって六角形の中に入り、箱に近づいてった。オレとAは箱よりもBが何をしでかすかが不安だったが、とりあえずBに続いた。

野晒しで雨とかにやられたせいか、箱はサビだらけだった。上部は蓋になってて、網目で中が見える。だが、蓋の下にまた板が敷かれていて結局見れない。

さらに箱にはチョークか何かで凄いのが書いてあった。
たぶん家紋?的な意味合いのものだと思うんだが、前後左右それぞれの面にいくつも紋所みたいなのが書き込まれてて、しかも全部違うやつ。ダブってるのは一個もなかった。

オレとAは極力触らないようにし、構わず触るBにも乱暴にはしないよう注意させながら箱を調べてみた。
どうやら地面に底を直接固定してあるらしく、大して重さは感じないのに持ち上がらなかった。中身をどうやって見るのかと隅々までチェックすると、後ろの面だけ外れるようになってるのに気付いた。
B「おっ、ここだけ外れるぞ!中見れるぜ!」

Bが箱の一面を取り外し、オレとAもBの後ろから中を覗き込んだ。

箱の中には四隅にペットボトルのような形の壺?が置かれてて、その中には何か液体が入ってた。
箱の中央に、先端が赤く塗られた五センチぐらいの楊枝みたいなのが、変な形で置かれてた。

/\/\>

こんな形で六本。接する四ヶ所だけ赤く塗られてる。

オレ「なんだこれ?爪楊枝か?」

A「おい、ペットボトルみてえなの中に何か入ってるぜ。気持ちわりいな。」

B「ここまで来てペットボトルと爪楊枝かよ。意味わかんねえ。」
オレとAはぺットボトルみたいな壺を少し触ってみたぐらいだったが、Bは手に取って匂いを嗅いだりした。
元に戻すと今度は/\/\>を触ろうと手を伸ばす。
ところが、汗をかいていたのか指先に一瞬くっつき、そのせいで離すときに形がずれてしまった。

その一瞬
チリンチリリン!!チリンチリン!!
オレ達が来た方とは反対、六角形地点のさらに奧にうっすらと見えている柵の方から、物凄い勢いで鈴の音が鳴った。さすがに三人ともうわっと声を上げてビビり、一斉に顔を見合わせた。

B「誰だちくしょう!ふざけんなよ!」
Bはその方向へ走りだした。

オレ「バカ、そっち行くな!」
A「おいB!やばいって!」

慌てて後を追おうと身構えると、Bは突然立ち止まり、前方に懐中電灯を向けたまま動かなくなった。
「何だよ、フリかよ?」とオレとAがホッとして急いで近付いてくと、Bの体が小刻みに震えだした。
「お、おい、どうした…?」言いながら無意識に照らされた先を見た。

Bの懐中電灯は、立ち並ぶ木々の中の一本、その根元のあたりを照らしていた。
その陰から、女の顔がこちらを覗いていた。
ひょこっと顔半分だけ出して、眩しがる様子もなくオレ達を眺めていた。
上下の歯をむき出しにするようにい?っと口を開け、目は据わっていた。

「うわぁぁぁぁぁ!!」
誰のものかわからない悲鳴と同時に、オレ達は一斉に振り返り走った。頭は真っ白で、体が勝手に最善の行動をとったような感じだった。互いを見合わす余裕もなく、それぞれが必死で柵へ向かった。

柵が見えると一気に飛び掛かり、急いでよじのぼる。上まで来たらまた一気に飛び降り、すぐに入り口へ戻ろうとした。
だが、混乱しているのかAが上手く柵を上れずなかなかこっちに来ない。

オレ「A!早く!!」
B「おい!早くしろ!!」

Aを待ちながらオレとBはどうすりゃいいかわからなかった。

オレ「何だよあれ!?何なんだよ!?」
B「知らねえよ黙れ!!」
完全にパニック状態だった。

その時
チリリン!!チリンチリン!!
凄まじい大音量で鈴の音が鳴り響き、柵が揺れだした。
何だ…!?どこからだ…!?オレとBはパニック状態になりながらも周囲を確認した。
入り口とは逆、山へ向かう方角から鳴り響き、近づいているのか音と柵の揺れがどんどん激しくなってくる。

オレ「やばいやばい!」
B「まだかよ!早くしろ!!」

オレ達の言葉が余計にAを混乱させていたのはわかってたが、急かさないわけにはいかなかった。
Aは無我夢中に必死で柵をよじのぼった。

Aがようやく上りきろうかというその時、オレとBの視線はそこになかった。がたがたと震え、体中から汗が噴き出し、声を出せなくなった。
それに気付いたAも、柵の上からオレ達が見ている方向を見た。

山への方角にずらっと続く柵を伝った先、しかもこっち側にあいつが張りついていた。
顔だけかと思ったそれは、裸で上半身のみ、右腕左腕が三本ずつあった。
それらで器用に綱と有刺鉄線を掴んでい?っと口を開けたまま、巣を渡る蜘蛛のようにこちらへ向かってきていた。

とてつもない恐怖
「うわぁぁぁぁ!!」
Aがとっさに上から飛び降り、オレとBに倒れこんできた。それではっとしたオレ達はすぐにAを起こし、一気に入り口へ走った。
後ろは見れない。前だけを見据え、ひたすら必死で走った。
全力で走れば三十分もかからないだろうに、何時間も走ったような気分だった。

入り口が見えてくると、何やら人影も見えた。おい、まさか…三人とも急停止し、息を呑んで人影を確認した。
誰だかわからないが何人かが集まってる。あいつじゃない。そう確認できた途端に再び走りだし、その人達の中に飛び込んだ。

「おい!出てきたぞ!」
「まさか…本当にあの柵の先に行ってたのか!?」
「おーい!急いで奥さんに知らせろ!」

集まっていた人達はざわざわとした様子で、オレ達に駆け寄ってきた。何て話しかけられたか、すぐにはわからないぐらい、三人とも頭が真っ白で放心状態だった。

そのままオレ達は車に乗せられ、すでに三時をまわっていたにも関わらず、行事の時とかに使われる集会所に連れてかれた。
中に入ると、うちは母親と姉貴が、Aは親父、Bはお母さんが来ていた。Bのお母さんはともかく、ろくに会話した事すらなかったうちの母親まで泣いてて、Aもこの時の親父の表情は普段見た事ないようなもんだったらしい。

B母「みんな無事だったんだね…!よかった…!」
Bのお母さんとは違い、オレは母親に殴られAも親父に殴られた。だが、今まで聞いた事ない暖かい言葉をかけられた。

しばらくそれぞれが家族と接したところで、Bのお母さんが話した。

B母「ごめんなさい。今回の事はうちの主人、ひいては私の責任です。本当に申し訳ありませんでした…!本当に…」と何度も頭を下げた。
よその家とはいえ、子供の前で親がそんな姿をさらしているのは、やっぱり嫌な気分だった。

A父「もういいだろう奥さん。こうしてみんな無事だったんだから。」

オレ母「そうよ。あなたのせいじゃない。」

この後ほとんど親同士で話が進められ、オレ達はぽかんとしてた。
時間が遅かったのもあって、無事を確認しあって終わり…って感じだった。この時は何の説明もないまま解散したわ。

一夜明けた次の日の昼頃、オレは姉貴に叩き起こされた。目を覚ますと、昨夜の続きかというぐらい姉貴の表情が強ばっていた。

オレ「なんだよ?」
姉貴「Bのお母さんから電話。やばい事になってるよ。」

受話器を受け取り電話に出ると、凄い剣幕で叫んできた。

B母「Bが…Bがおかしいのよ!昨夜あそこで何したの!?柵の先へ行っただけじゃなかったの!?」

とても会話になるような雰囲気じゃなく、いったん電話を切ってオレはBの家へ向かった。同じ電話を受けたらしくAも来ていて、二人でBのお母さんに話を聞いた。

話によると、Bは昨夜家に帰ってから急に両手両足が痛いと叫びだした。痛くて動かせないという事なのか、両手両足をぴんと伸ばした状態で倒れ、その体勢で痛い痛いとのたうちまわったらしい。
お母さんが何とか対応しようとするも、いてぇよぉと叫ぶばかりで意味がわからない。必死で部屋までは運べたが、ずっとそれが続いてるのでオレ達はどうなのかと思い電話してきたという事だった。

話を聞いてすぐBの部屋へ向かうと、階段からでも叫んでいるのが聞こえた。いてぇいてぇよぉ!と繰り返している。
部屋に入ると、やはり手足はぴんと伸びたまま、のたうちまわっていた。

オレ「おい!どうした!」
A「しっかりしろ!どうしたんだよ!」
オレ達が呼び掛けてもいてぇよぉと叫ぶだけで目線すら合わせない。

どうなってんだ…オレとAは何が何だかさっぱりわからなかった。一度お母さんのとこに戻ると、さっきとはうってかわって静かな口調で聞かれた。

B母「あそこで何をしたのか話してちょうだい。それで全部わかるの。昨夜あそこで何をしたの?」

何を聞きたがっているのかはもちろんわかってたが、答えるためにあれをまた思い出さなきゃいけないのが苦痛となり、うまく伝えられなかった。
というか、あれを見たっていうのが大部分を占めてしまってたせいで、何が原因かってのがすっかり置いてきぼりになってしまっていた。
何を見たかでなく何をしたかと尋ねるBのお母さんは、それを指摘しているようだった。

Bのお母さんに言われ、オレ達は何とか昨夜の事を思い出し、原因を探った。
何を見たか?なら、オレ達も今のBと同じ目にあってるはず。だが何をしたか?でも、あれに対してほとんど同じ行動だったはずだ。
箱だってオレ達も触ったし、ペットボトルみたいなのも一応オレ達も触わってる。後は…楊枝…

二人とも気付いた。楊枝だ。あれにはBしか触ってないし、形もずらしちゃってる。しかも元に戻してない。オレ達はそれをBのお母さんに伝えた。
すると、みるみる表情が変わり震えだした。そしてすぐさま棚の引き出しから何かの紙を取出し、それを見ながらどこかに電話をかけた。オレとAは様子を見守るしかなかった。

しばらくどこかと電話で話した後、戻ってきたBのお母さんは震える声でオレ達に言った。

B母「あちらに伺う形ならすぐにお会いしてくださるそうだから、今すぐ帰って用意しておいてちょうだい。あなた達のご両親には私から話しておくわ。何も言わなくても準備してくれると思うから。明後日またうちに来てちょうだい。」

意味不明だった。誰に会いにどこへ行くって?説明を求めてもはぐらかされ、すぐに帰らされた。一応二人とも真っすぐ家に帰ってみると、何を聞かれるでもなく「必ず行ってきなさい」とだけ言われた。

意味がまったくわからんまま、二日後にオレとAはBのお母さんと三人で、ある場所へ向かった。Bは前日にすでに連れていかれたらしい。
ちょっと遠いのかな…ぐらいだと思ってたが、町どころか県さえ違う。
新幹線で数時間かけて、さらに駅から車で数時間。絵に書いたような深い山奥の村まで連れてかれた。

その村のまたさらに外れの方、ある屋敷にオレ達は案内された。
でかくて古いお屋敷で、離れや蔵なんかもあるすごい立派なもんだった。Bのお母さんが呼び鈴を鳴らすと、おっさんと女の子がオレ達を出迎えた。

おっさんの方はその筋みたいなガラ悪い感じで、スーツ姿。
女の子はオレ達より少し年上ぐらいで、白装束に赤い袴、いわゆる巫女さんの姿だった。

挨拶では、どうやら巫女さんの伯父らしいおっさんは普通によくある名字を名乗ったんだが、巫女さんは「あおいかんじょ」?(オレはこう聞こえた)とかいうよくわからない名を名乗ってた。
名乗ると言っても、一般的な認識とは全く違うものらしい。よくわからんが、ようするに彼女の家の素性は一切知る事が出来ないって事みたい。

実際オレ達はその家や彼女達について何も知らないけど、とりあえずここでは見やすいように葵って書くわ。

だだっ広い座敷に案内され、わけもわからんまま、ものものしい雰囲気で話が始まった。

伯父「息子さんは今安静にさせてますわ。この子らが一緒にいた子ですか?」

B母「はい。この三人であの場所へ行ったようなんです。」

伯父「そうですか。君ら、わしらに話してもらえるか?どこに行った、何をした、何を見た、出来るだけ詳しくな。」

突然話を振られて戸惑ったが、オレとAは何とか詳しくその夜の出来事をおっさん達に話した。
ところが、楊枝のくだりで
「コラ、今何つった?」といきなりドスの効いた声で言われ、オレ達はますます状況が飲み込めず混乱してしまった。

A「は、はい?」

伯父「おめぇら、まさかあれを動かしたんじゃねえだろうな!?」
身を乗り出し今にも掴み掛かってきそうな勢いで怒鳴られた。
すると葵がそれを制止し、蚊の泣くようなか細い声で話しだした。

葵「箱の中央…小さな棒のようなものが、ある形を表すように置かれていたはずです。それに触れましたか?触れた事によって、少しでも形を変えてしまいましたか?」

オレ「はぁあの、動かしてしまいました。形もずれちゃってたと思います。」

葵「形を変えてしまったのはどなたか、覚えてらっしゃいますか?触ったかどうかではありません。形を変えたかどうかです。」

オレとAは顔を見合わせ、Bだと告げた。

すると、おっさんは身を引いてため息をつき、Bのお母さんに言った。
伯父「お母さん、残念ですがね、息子さんはもうどうにもならんでしょう。わしは詳しく聞いてなかったが、あの症状なら他の原因も考えられる。まさかあれを動かしてたとは思わなかったんでね。」

「そんな…」
それ以上の言葉もあったんだろうが、Bのお母さんは言葉を飲み込んだような感じで、しばらく俯いてた。
口には出せなかったが、オレ達も同じ気持ちだった。Bはもうどうにもならんってどういう意味だ?一体何の話をしてんだ?
そう問いたくても、声に出来なかった。

オレ達三人の様子を見て、おっさんはため息混じりに話しだした。
ここでようやく、オレ達が見たものに関する話がされた。

俗称は「生離蛇螺」/「生離唾螺」
古くは「姦姦蛇螺」/「姦姦唾螺」
なりじゃら、なりだら、かんかんじゃら、かんかんだらなど、知っている人の年代や家柄によって呼び方はいろいろあるらしい。
現在では一番多い呼び方は単に「だら」、おっさん達みたいな特殊な家柄では「かんかんだら」の呼び方が使われるらしい。

もはや神話や伝説に近い話。

人を食らう大蛇に悩まされていたある村の村人達は、神の子として様々な力を代々受け継いでいたある巫女の家に退治を依頼した。
依頼を受けたその家は、特に力の強かった一人の巫女を大蛇討伐に向かわせる。

村人達が陰から見守る中、巫女は大蛇を退治すべく懸命に立ち向かった。
しかし、わずかな隙をつかれ、大蛇に下半身を食われてしまった。
それでも巫女は村人達を守ろうと様々な術を使い、必死で立ち向かった。

ところが、下半身を失っては勝ち目がないと決め込んだ村人達はあろう事か、巫女を生け贄にする代わりに村の安全を保障してほしいと大蛇に持ちかけた。
強い力を持つ巫女を疎ましく思っていた大蛇はそれを承諾、食べやすいようにと村人達に腕を切り落とさせ、達磨状態の巫女を食らった。
そうして、村人達は一時の平穏を得た。

後になって、巫女の家の者が思案した計画だった事が明かされる。
この時の巫女の家族は六人。

異変はすぐに起きた。
大蛇がある日から姿を見せなくなり、襲うものがいなくなったはずの村で次々と人が死んでいった。
村の中で、山の中で、森の中で。
死んだ者達はみな、右腕・左腕のどちらかが無くなっていた。
十八人が死亡。(巫女の家族六人を含む)
生き残ったのは四人だった。

おっさんと葵が交互に説明した。

伯父「これがいつからどこで伝わってたのかはわからんが、あの箱は一定の周期で場所を移して供養されてきた。その時々によって、管理者は違う。箱に家紋みたいのがあったろ?ありゃ今まで供養の場所を提供してきた家々だ。
うちみたいな家柄のもんでそれを審査する集まりがあってな、そこで決められてる。まれに自ら志願してくるバカもいるがな。

管理者以外にゃかんかんだらに関する話は一切知らされない。付近の住民には、いわくがあるって事と万が一の時の相談先だけが管理者から伝えられる。
伝える際には相談役、つまりわしらみたいな家柄のもんが立ち合うから、それだけでいわくの意味を理解するわけだ。今の相談役はうちじゃねえが、至急って事で昨日うちに連絡がまわってきた。」

どうやら一昨日Bのお母さんが電話していたのは別のとこらしく、話を聞いた先方はBを連れてこの家を尋ね、話し合った結果こっちに任せたらしい。Bのお母さんはオレ達があそこに行っていた間に、すでにそこに電話しててある程度詳細を聞かされていたようだ。

葵「基本的に、山もしくは森に移されます。御覧になられたと思いますが、六本の木と六本の縄は村人達を、六本の棒は巫女の家族を、四隅に置かれた壺は生き残られた四人を表しています。
そして、六本の棒が成している形こそが、巫女を表しているのです。

なぜこのような形式がとられるようになったか。箱自体に関しましても、いつからあのようなものだったか。私の家を含め、今現在では伝わっている以上の詳細を知る者はいないでしょう。」

ただ、最も語られてる説としては、生き残った四人が巫女の家で怨念を鎮めるためのありとあらゆる事柄を調べ、その結果生まれた独自の形式ではないか…という事らしい。柵に関しては鈴だけが形式に従ったもので、綱とかはこの時の管理者によるものだったらしい。

伯父「うちの者でかんかんだらを祓ったのは過去に何人かいるがな、その全員が二、三年以内に死んでんだ。ある日突然な。事を起こした当事者もほとんど助かってない。それだけ難しいんだよ。」

ここまで話を聞いても、オレ達三人は完全に置いてかれてた。きょとんとするしかなかったわ。

だが、事態はまた一変した。

伯父「お母さん、どれだけやばいものかは何となくわかったでしょう。さっきも言いましたが、棒を動かしてさえいなければ何とかなりました。しかし、今回はだめでしょうな。」

B母「お願いします。何とかしてやれないでしょうか。私の責任なんです。どうかお願いします。」

Bのお母さんは引かなかった。一片たりともお母さんのせいだとは思えないのに、自分の責任にしてまで頭を下げ、必死で頼み続けてた。でも泣きながらとかじゃなくて、何か覚悟したような表情だった。

伯父「何とかしてやりたいのはわしらも同じです。しかし、棒を動かしたうえであれを見ちまったんなら……
お前らも見たんだろう。お前らが見たのが大蛇に食われたっつう巫女だ。下半身も見たろ?それであの形の意味がわかっただろ?」

「…えっ?」
オレとAは言葉の意味がわからなかった。下半身?オレ達が見たのは上半身だけのはずだ。

A「あの、下半身っていうのは…?上半身なら見ましたけど…」

それを聞いておっさんと葵が驚いた。
伯父「おいおい何言ってんだ?お前らあの棒を動かしたんだろ?だったら下半身を見てるはずだ。」

葵「あなた方の前に現われた彼女は、下半身がなかったのですか?では、腕は何本でしたか?」

「腕は六本でした。左右三本ずつです。でも、下半身はありませんでした。」オレとAは互いに確認しながらそう答えた。
すると急におっさんがまた身を乗り出し、オレ達に詰め寄ってきた。

伯父「間違いねえのか?ほんとに下半身を見てねえんだな?」
オレ「は、はい…」

おっさんは再びBのお母さんに顔を向け、ニコッとして言った。

伯父「お母さん、何とかなるかもしれん。」
おっさんの言葉にBのお母さんもオレ達も、息を呑んで注目した。
二人は言葉の意味を説明してくれた。

葵「巫女の怨念を浴びてしまう行動は、二つあります。
やってはならないのは、巫女を表すあの形を変えてしまう事。
見てはならないのは、その形が表している巫女の姿です。」

伯父「実際には棒を動かした時点で終わりだ。必然的に巫女の姿を見ちまう事になるからな。
だが、どういうわけかお前らはそれを見てない。動かした本人以外も同じ姿で見えるはずだから、お前らが見てないならあの子も見てないだろう。」
オレ「見てない、っていうのはどういう意味なんですか?オレ達が見たのは…」

葵「巫女本人である事には変わりありません。ですが、かんかんだらではないのです。あなた方の命を奪う意志がなかったのでしょうね。
かんかんだらではなく、巫女として現われた。その夜の事は、彼女にとってはお遊戯だったのでしょう。」

巫女とかんかんだらは同一の存在であり、別々の存在でもある…?という事らしい。

伯父「かんかんだらが出てきてないなら、今あの子を襲ってるのは葵が言うようにお遊び程度のもんだろうな。わしらに任せてもらえれば、長期間にはなるが何とかしてやれるだろう。」

緊迫していた空気が初めて和らいだ気がした。Bが助かるとわかっただけで充分だったし、この時のBのお母さんの表情は本当に凄かった。この何日かでどれだけBを心配していたか、その不安とかが一気にほぐれたような、そういう笑顔だった。

それを見ておっさんと葵も雰囲気が和らぎ、急に普通の人みたいになった。
伯父「あの子は正式にわしらで引き受けますわ。お母さんには後で説明させてもらいます。お前ら二人は、一応葵に祓ってもらってから帰れ。今後は怖いもの知らずもほどほどにしとけよ。」

この後Bに関して少し話したのち、お母さんは残り、オレ達はお祓いしてもらってから帰った。
この家の決まりだそうで、Bには会わせてもらえず、どんな事をしたのかもわからなかった。転校扱いだったのか在籍してたのかは知らんが、これ以来一度も見てない。
まぁ死んだとか言うことはなく、すっかり更正して今はちゃんとどこかで生活してるそうだ。

ちなみにBの親父は一連の騒動に一度たりとも顔を出してこなかった。どういうつもりか知らんが。

オレとAもわりとすぐ落ち着いた。理由はいろいろあったが、一番大きかったのはやっぱりBのお母さんの姿だった。ちょっとした後日談もあって、たぶん一番大変だったはずだ。
母親ってのがどんなもんか、考えさせられた気がした。それにこれ以来うちもAんとこも、親の方から少しづつ接してくれるようになった。そういうのもあって、自然とバカはやらなくなったな。

一応他にわかった事としては、
特定の日に集まってた巫女さんは相談役になった家の人。かんかんだらは、危険だと重々認識されていながらある種の神に似た存在にされてる。
大蛇が山だか森だかの神だったらしい。それで年に一回、神楽を舞ったり祝詞を奏上したりするんだと。

あと、オレ達が森に入ってから音が聞こえてたのは、かんかんだらは柵の中で放し飼いみたいになってるかららしい。でも六角形と箱のあれが封印みたいになってるらしく、棒の形や六角形を崩したりしなければ姿を見せる事はほとんどないそうだ。

供養場所は何らかの法則によって、山や森の中の限定された一部分が指定されるらしく、入念に細かい数字まで出して範囲を決めるらしい。基本的にその区域からは出られないらしいが、柵などで囲んでる場合はオレ達が見たみたいに外側に張りついてくる事もある。

わかったのはこれぐらい。

オレ達の住んでるとこからはもう移されたっぽい。二度と行きたくないから確かめてないけど、一年近く経ってから柵の撤去が始まったから、たぶん今は別の場所にいるんだろな。

レス余っちまったw

ヤマノケ

一週間前の話。
娘を連れて、ドライブに行った。
なんてことない山道を進んでいって、途中のドライブインで飯食って。
で、娘を脅かそうと思って舗装されてない脇道に入り込んだ。

娘の制止が逆に面白くって、どんどん進んでいったんだ。
そしたら、急にエンジンが停まってしまった。

山奥だからケータイもつながらないし、車の知識もないから
娘と途方に暮れてしまった。飯食ったドライブインも歩いたら何時間かかるか。
で、しょうがないからその日は車中泊して、次の日の朝から歩いてドライブイン行くことにしたんだ。

車内で寒さをしのいでるうち、夜になった。
夜の山って何も音がしないのな。たまに風が吹いて木がザワザワ言うぐらいで。

で、どんどん時間が過ぎてって、娘は助手席で寝てしまった。
俺も寝るか、と思って目を閉じてたら、何か聞こえてきた。

今思い出しても気味悪い、声だか音だかわからん感じで

「テン(ケン?)・・・ソウ・・・メツ・・・」って何度も繰り返してるんだ。

最初は聞き間違いだと思い込もうとして目を閉じたままにしてたんだけど、
音がどんどん近づいてきてる気がして、たまらなくなって目を開けたんだ。

そしたら、白いのっぺりした何かが、めちゃくちゃな動きをしながら車に近づいてくるのが見えた。形は「ウルトラマン」のジャミラみたいな、頭がないシルエットで足は一本に見えた。そいつが、例えるなら「ケンケンしながら両手をめちゃくちゃに振り回して身体全体をぶれさせながら」向かってくる。

めちゃくちゃ怖くて、叫びそうになったけど、なぜかそのときは
「隣で寝てる娘がおきないように」って変なとこに気が回って、叫ぶことも逃げることもできないでいた。

そいつはどんどん車に近づいてきたんだけど、どうも車の脇を通り過ぎていくようだった。
通り過ぎる間も、「テン・・・ソウ・・・メツ・・・」って音がずっと聞こえてた。

音が遠ざかっていって、後ろを振り返ってもそいつの姿が見えなかったから、ほっとして
娘の方を向き直ったら、そいつが助手席の窓の外にいた。
近くでみたら、頭がないと思ってたのに胸のあたりに顔がついてる。思い出したくもない恐ろしい顔でニタニタ笑ってる。

俺は怖いを通り越して、娘に近づかれたって怒りが沸いてきて、「この野郎!!」って叫んだんだ。
叫んだとたん、そいつは消えて、娘が跳ね起きた。

俺の怒鳴り声にびっくりして起きたのかと思って娘にあやまろうと思ったら、娘が
「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」ってぶつぶつ言ってる。

やばいと思って、何とかこの場を離れようとエンジンをダメ元でかけてみた。そしたらかかった。急いで来た道を戻っていった。娘はとなりでまだつぶやいている。

早く人がいるとこに行きたくて、車を飛ばした。ようやく街の明かりが見えてきて、
ちょっと安心したが、娘のつぶやきが「はいれたはいれた」から「テン・・ソウ・・メツ・・」に
いつの間にか変わってて、顔も娘の顔じゃないみたいになってた。

家に帰るにも娘がこんな状態じゃ、って思って、目についた寺に駆け込んだ。
夜中だったが、寺の隣の住職が住んでるとこ?には明かりがついてて、娘を引きずりながらチャイムを押した。

住職らしき人が出てきて娘を見るなり、俺に向かって「何をやった!」って言ってきた。
山に入って、変な奴を見たことを言うと、残念そうな顔をして、気休めにしかならないだろうが、
と言いながらお経をあげて娘の肩と背中をバンバン叩き出した。

住職が泊まってけというので、娘が心配だったこともあって、泊めてもらうことにした。
娘は「ヤマノケ」(住職はそう呼んでた)に憑かれたらしく、49日経ってもこの状態が続くなら一生このまま、正気に戻ることはないらしい。住職はそうならないように、娘を預かって、何とかヤマノケを追い出す努力はしてみると言ってくれた。妻にも俺と住職から電話して、なんとか信じてもらった。住職が言うには、あのまま家に帰っていたら、妻にもヤマノケが憑いてしまっただろうと。ヤマノケは女に憑くらしく、完全にヤマノケを抜くまでは、妻も娘に会えないらしい。

一週間たったが、娘はまだ住職のとこにいる。毎日様子を見に行ってるが、もう娘じゃないみたいだ。
ニタニタ笑って、なんともいえない目つきで俺を見てくる。
早くもとの娘に戻って欲しい。

遊び半分で山には行くな。

大まかな場所はどの辺?

宮城と山形の県境だ。

俺もネットでその漢字で調べてみたけど「ヤマノカイ」って読みしか出ない。
たぶん意味的には一緒なんだろうが。

今預かってくれてる住職が霊的にどの程度のもんなのかわからんから
それも迷ってる。実家の両親とかはいろいろあたってくれてる。
今のところは住職頼みだ。

いや、実況してる余裕もあまりないんでな。これで最後にする。
なんで道を外れたのか、今は後悔ばかりしている。その当時の精神状態が
すでにヤマノケに操られてたのかもしれない。なんて都合のいい考えか。

とにかく、遊び半分で山には入るな。彼女、奥さん、娘とかいるなら尚更。
本当にそれだけは言っておきたい。

https://matome.naver.jp/odai/2147721523908393301
2016年11月23日