臨死体験ちょーやべぇええええええええええ!!!!

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臨死体験

臨死体験(りんしたいけん、Near Death Experience)は、文字通りに言えば“臨死”、すなわち死に臨んでの体験である。英語ではNear Death Experienceと言い、日本語では訳語が「臨死体験」以外にも「近似死体験」などいくつか存在している。
臨死体験 – Wikipedia

チベット

曼荼羅に描かれた神々の来迎

チベットに古くからあるボン教は日本の神道と近い世界観を持ち、
精霊崇拝、呪術的な要素を内包し、輪廻転生する生命を信じていました。

仏教的な世界観が八世紀頃チベットに流入すると、
両者は習合し「チベット死者の書」を誕生させました。

それによると、死者は49日間バルドゥと呼ばれる、生の中間的な状態に留まりますが、
その間に死者は、死の瞬間に眩しく輝く光(クリヤー・ライト)を体験します。

最初の一週間で死者は平和の様相(寂静尊)の神々の、
次の一週間で怒り狂った神々(憤怒尊)の来迎や襲撃を受け、
ついには閻魔大王の前に引き出され、人によっては灼熱地獄に投げ込まれたりします。

そして死者はそれぞれのカルマに従い、六つの世界のいずれかに再誕生していくのです。
チベット死者の書

クリアーライトの体験

チベット死者の所が明らかにする死の瞬間に眩しく輝く光(クリアーライト)は、
(私も含めた)臨死体験者の多くが体験する光にも共通します。
深い瞑想体験でも、光に溶けて永遠の時空間を体験することがあります。

また日本仏教においては、死者を迎える阿弥陀如来は、眩しく輝く無量の光の象徴であり、
『大乗起信論』ではこれを自性清浄心と呼んでいます。

現代科学では、この宇宙はやがてブラックホールに吸い込まれながら、
眩しく輝く光のホワイトホールから現われ出てくるといわれ、
また光の速度で飛翔すると、そのうちに時空のすべてが包み込まれてしまって、
超越的な永遠の只中に投げ込まれるといっています。
チベット死者の書

交合した神々の姿

チベット死者の書の曼荼羅に現われる神々は、男女の交合した姿で描かれています。

これはしばしば歓喜仏(ヤブユム)と呼ばれていますが、
この神々の合体の姿の中に、究極的な境地の至福の状態である『大楽』が
保持されているからだといわれます。

父なる普賢は男性性、方便の象徴であり、
母なる普賢は、女性性、空の智慧(般若)の象徴なのです。
この両者の融合から、完全な法身の状態、つまり悟りが得られるのです。

この考え方は、私達の生命現象そのものの他に宇宙真理があるのではないという考え方と結びついて、
性的な結合状態の中に、悟りの姿を見るようになっていきました。

日本の理趣経の中にもその顕著な影響が見られ、これこそが密教の最も密教的な部分なのです。
チベット死者の書

死後の世界はどこに存在するか

チベット死者の書は繰り返して、神仏は私達の心臓や脳のセンターの投影であり、
彼らは私達の意識の中に存在するのだと強調しつづけます。
死後の世界の存在もこの視点から見られなければなりません。

この私達の堅固な存在感を持っているように思われている世界もまた、意識の投影です。
ただそこに「永遠不滅の絶対のようなものは存在しない」ということです。

真に存在しているものは、世界を映し出している〈意識〉であり、
意識の包まれる〈真如・本性として光り輝く心〉だということです。

そして「死者の書」のいうバルドゥでの解脱とは、光を見ることでなく、
光と一つになること、光に溶け入ること、
死者の意識が〈本性として光り輝く自覚〉それ自身となることです。
チベット死者の書

人はなぜ生まれ変わろうとするか

それは心が本来的に、形象化したい、固体化したい、物質化したいという性向を
内在しているからだと思われます。
宇宙そのものが現象化したいという、アーラヤ識的欲望によって作り出されてきているわけです。

私という〈個〉を解体して、〈光〉へと溶け入っていく恍惚的なタナトス(死の衝動)よりも、
再び形象化し物質化していきたいという、エロス的衝動のほうが、はるかに強いのだと思われます。

生と死の絶妙なバランスの全体性、そこの生の妙味があるのではないでしょうか。
生は死によって、照らし出されてくるのです。

死によって照らし出された生。
それがいま問題となっているわけです。
私たちの生そのものが、幾たびもの死を経てきた生なのです。

いま私たちに問われているのは、解脱でも輪廻でもなく、
死を内包した生をもう一度見つめ直すことです。

私たちはもうすでに生まれ変わっているのです。幾億回も。
チベット死者の書

ヒマラヤの仏教王国、ブータン。
長い間精神的指導者の転生が信じられてきた。
聖人は死んでもまた生まれ変わり、人々を教化すると信じられてきた。
しかしブータン王国では仏の生まれ変わりが増えすぎている。

ブータンは長い間鎖国状態にあったが、現在は近代化されつつある。
民主化の波が押し寄せている。
昔から変らないもの、首都ティンブーに近い僧院での儀式。
信者から祝福を求められる大僧正の傍らに座るテンジン・ラブゲ(17世紀)の生まれ変わり。
彼は2歳になるや前世を語り始めた。
ここでは転生ラマという制度が建材している。
ラマの転生者であると自ら証明した子供を“トゥルク”と呼び崇める。
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ディルゴ・ケンツェ・リンポチェ少年は亡くなったラマに代り、崇拝の対象となっているが、正式には認められていない。
転生者を探すのは容易ではない。
千里眼、夢、先代のラマの遺物を当てた者が転生者と認められる。
信頼できる方法ではない。
実際にはラマの転生者を選ぶ方法は、主観的であり、近年新たな問題を生じている。

カルマ・フンショブは祖父(チベット出身のヨガの師サムリン・リンポチェ)の転生者と言われている。
しかし別の少年も同じ人物の転生者だと言う。
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高僧が輪廻転生するという思想は伝統的なものだが、最近ではシャーマンが45人の子をトゥルクと認定し、当局の批判をかった。
ブータンの人々にとって死は生の一部。
高僧の火葬では、仲間の僧や信者が早い転生を祈っている。
輪廻転生が正式な教義となったのは13世紀。
ブータンでは非軍事化が進められてきたので、君主の力が弱まり、代わりに仏教界が社会を統治してきた。
ラマは子を作らず、王朝を築けないので、輪廻転生の思想を取り入れて後継者を持った。
現在ブータンの仏教界と政界には懸念が広まっている。
輪廻の思想が悪用されていると危惧されている。
トゥルクと認定された子供は公的な資金援助を受ける。
親にとっても名誉なことなので、親は必死に認定してもらおうとする。
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疑わしいトゥルクが増える中、テンジン・ラブゲは真のトゥルクとして崇拝されている。
彼は国王や高僧など、そうそうたる人々の前で堂々と自分の前世について語った。
トゥルクの問題に正面から取り組んだのはブータンの民主化を進める国会議員達。
ラマの地位を目当てにトゥルクになろうとする人がいる。
ラマに取り入って自分の子をトゥルクと認めてもらおうとする人もいる。
これは国民を欺く行い。
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人里はなれた僧院でトゥルクは修行に励む。
トゥルクは名誉ある地位だが、その代償もある。
幼くして親元を離れなければならない。
ブータンの国会が開幕。
主観的な認定でトゥルクが増えている今、制度の見直しが必要。
近年、献上品を目当てに、夢でお告げがあったなどと言い、自分の息子をトゥルクにしようとする人が増えている。
僧団、政府、国民の代表がブータンの将来について話あう。
トゥルク制度を審議するのは1969年以来。
人々は以前より懐疑的になり、ラマの言う事を鵜呑みにしなくなってきた。
仏教では先入観を捨て去り、真実を見極めるように教えている。
「木の価値はその実でわかる。」
と言うが、トゥルクは本物かどうか、いずれわかるだろう。
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母の選んだ僧衣をまとい、テンジン・ワンチュクは家族と共に前世での出生地にやって来た。
ブータンで最も神聖なタクツァン僧院の近い洞穴で、亡くなった大僧正ジェ・ケドゥン・リンチェは生まれた。
そこを始めて訪れたテンジンは、そこが自分の寝床だったと言った。

ブータンでは祭にも輪廻転生の思想が表れている。
最も有名な物語は「閻魔大王の裁き」。
人間は死後、閻魔大王により生前の行いの裁きを受ける。
その人の業が来世を決める。

国会審議の結果、内務文化大臣と僧団の代表はトゥルクの新規制を作る委員会を発足した。
これまでの認定は僧に任されていた。
コンゴは政府や市民組織が関わっていく。
トゥルク認定に関するルールが決まった。
神聖なトゥルクの認定に、議会の承認が必要になる。
≪規制の内容≫
・お腹の子がトゥルクであると、夢でお告げを受けた場合、すぐに委員会に連絡すること。
・トゥルクは誰の教えもなく前世を語らなければならない。
・委員会が提示する条件を満たし、必要な教育を受けた者のみ、トゥルクの称号が与えられる。
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グル・リンポチェは1000年以上前、トラの背中に乗ってここに舞い降り、仏教と活仏の思想を広めたという。
最も大切なのは、寛容な心。
他者への真の思いやりを持つトゥルクは誰よりも崇拝されるだろう。
ダライ・ラマと輪廻転生 | ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

ダライ・ラマ (Dalai Lama, ཏཱ་ལའི་བླ་མ་, taa-la’i bla-ma) は、チベット仏教ゲルク派の高位のラマであり、チベット仏教で最上位クラスに位置する化身ラマの名跡である。その名は、大海を意味するモンゴル語の「ダライ」と、師を意味するチベット語の「ラマ」とを合わせたものである。
ダライ・ラマは17世紀(1642年)に発足したチベット政府(ガンデンポタン)の長として、チベットの元首の地位を保有し、17世紀から1959年までの間のいくつかの特定の時期において、チベットの全域(1732年以降は「西藏」を中心とする地域)をラサから統治するチベット政府を指揮することがあった。現ダライ・ラマ14世は、チベット動乱の結果として1959年に発足した「チベット臨時政府(のち中央チベット行政府、通称チベット亡命政府)」において、2011年3月14日に引退するまで政府の長を務めていた。現在のチベット亡命政府では、「チベットとチベット人の守護者にして象徴」という精神的指導者として位置づけられている。
ダライ・ラマ – Wikipedia

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https://matome.naver.jp/odai/2147608662618776401
2019年06月23日