元気なうちに絶対に見ておきたい宮崎の古代パワースポット

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古事記・日本書紀に登場するパワースポットがありすぎる古代日向の見所には、いまもそのままの自然を残しています。高千穂周辺は日本神話誕生の聖地。南の青島・日南には古事記の古代伝説のイメージが広がります。
写真家が愛して止まない高千穂峡
写真家が愛して止まない高千穂峡
高千穂峡は、その昔阿蘇火山活動の噴出した火砕流が、五ヶ瀬川に沿って帯状に流れ出し、 急激に冷却されたために柱状節理のすばらしい懸崖となった峡谷。
この高千穂峡は、1934年(昭和9)11月10日、国の名勝・天然記念物に指定されています。
付近には日本の滝百選にも選ばれた真名井の滝、槍飛橋などがあります。
さらに神話に由縁のある「おのころ島」や「月形」「鬼八の力石」など、 高千穂峡の遊歩道のみで高千穂の魅力を十分に感じることができるスポットといえます。
高千穂峡
宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井
この周辺は心霊スポットの宝庫
太古の昔、阿蘇山の火山活動によって噴出した火砕流が冷え固まり侵食された断崖がそそり立つ峡谷で、高いところで100m、 平均80mの断崖が東西に約7キロに渡って続いており、昭和9年には「五箇瀬川峡谷」として国の名勝・天然記念物に、 昭和40年には祖母傾国定公園の一部に指定されています。

峡谷内には日本の滝百選に指定されている名瀑「真名井の滝」があり、高千穂峡のシンボルとなっています。

高千穂峡
日本, 宮崎県西臼杵郡高千穂町
神話の舞台【天岩戸神社】
天照大神のお隠れになった天岩戸をご神体として祀った神社。東宮と西宮に分かれていて、天岩戸は西本宮にあり、神職さまがご案内してくださいます。手を合わせて神域のパワーを分けて頂きましょう。
対岸には天照大神が隠ったという岩屋があります。絶対に撮影禁止。
高千穂町天岩戸神社
日本, 宮崎県西臼杵郡高千穂町
天手力男神
須佐之男命(すさののみこと)の乱暴な行いを悲しまれた天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまわれ、世の中は真っ暗闇になりました。

そこで多くの神さまが集まり、大御神を天岩戸からお出ししようと様々試みたところ、大御神が外の様子を窺おうと顔をのぞかせました。天手力男神は、その瞬間に重い天岩戸をさっと引き開けて、大御神を外にお出ししたという、とても力の強い神さまです。

高千穂町天岩戸
日本, 〒882-1621 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸天岩戸
天安河原
社から岩戸川沿いに500mほど歩いたところに「天安河原」があり、八百萬の神々が集まって天照大神にお出まし頂く為の相談をした地と言われています。天安河原にある洞窟「仰慕窟(ぎょうぼいわや)」は石を積んで願い事をすると叶うと言われているのであわせて参拝してみて下さい。
高千穂町天岩戸
日本, 〒882-1621 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸天岩戸
国の始まりの談義所
「仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)」とも呼ばれていて、今では、祈願を行う人たちにより、石が無数に積まれています。その石により、神秘的で幻想的な雰囲気が一層引き立っています。洞窟の外には、木々の間からの木漏れ日が差し、パワーが溢れているようななんとも不思議な空間です
高千穂町天岩戸
日本, 〒882-1621 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸天岩戸
【国見ケ丘】
ポイント5、国見する建磐龍命(タテイワタツノミコト)
雲海と阿蘇涅槃像(ねはんぞう)神武天皇の御孫・建磐龍命(タテイワタツノミコト)が、 九州統治の際に立ち寄って国見をされたという伝説の丘、国見ヶ丘。
標高513mのこの丘は、阿蘇の五岳や祖母連山など、大パノラマを一望できる絶景スポットです。
高千穂町国見ヶ丘
日本, 宮崎県西臼杵郡高千穂町
夜神楽
夜神楽とは、里ごとに氏神(うじがみ)様を神楽宿と呼ばれる民家や公民館にお招きし、 夜を徹して三十三番の神楽を一晩かけて奉納する、昔からの神事です。

例祭日(れいさいび)は集落によって異なり、毎年11月中旬から翌年2月上旬にかけて、町内二十の集落で奉納されます。

高千穂町
日本, 宮崎県西臼杵郡高千穂町
高千穂 雲海
宮崎県の高千穂の地名は、日本神話において、日本最古の書『古事記』にも登場します。
神さまが地上に降り立った「天孫降臨」、アマテラスが隠れた「天岩戸」など、多くの伝説が眠る地。
秋から冬、グッと冷え込んだ朝に雲海が発生することがあります。まさに古代を実感する瞬間です。
高千穂
日本, 〒882-1102 宮崎県西臼杵郡高千穂町押方372
カッポ酒
もともと山仕事の合間に手近な青竹を切って節を抜き、水を入れて焚火にかけお茶を沸かして飲んだことに始まります。やがて庶民の生活に馴染みのある焼酎が入れられるようになり、神事など人が多く集まる場所で飲まれました。その後、この飲み方が全国各地に広まったとされています。
椎葉 鶴富屋敷
今から、八百年ほど前のことです。
今の山口県下関の壇ノ浦(だんのうら)では、平家(へいけ)と源氏(げんじ)の最後の戦いがくり広げられました。
はげしい戦いの末に平家は敗れ、生きながらえた者は、散り散りばらばらになって、逃げていきました。そして、ある一行は、けわしい山を越え、道なき道を通って、ようやく山深い椎葉にたどり着きました。
「ここまでくれば大丈夫だ。敵もこんな山奥までは追いかけてこないだろう」
平家の一行は、ほっと胸をなでおろしました。
宮崎椎葉
日本, 宮崎県東臼杵郡椎葉村
神武天皇出帆の地
伝承によれば、神武天皇の出航日は旧暦8月1日である。(日本書紀によれば旧暦10月5日である)
神武天皇はこの日の昼に出航の予定だったが、風向きが変わったため早朝に繰り上げ、「起きよ、起きよ」と家々を起こして回った。
ウィキペディア 最終更新 2016年4月19日 (火)
日向警察署美々津駐在所
日本, 〒889-1111 宮崎県日向市美々津町2755
西都原古墳群
西都原古墳群(さいとばる古墳群)は、宮崎県のほぼ中央、一ツ瀬川の中流域右岸に位置する。西都市街の西、通称「西都原」(さいとばる)と呼ばれている標高60mの洪積層台地を中心に東西2.6Km、南北4.2Km、(東京ドーム233個分)の広い範囲に分布している。
現在までの発掘調査より3世紀半ば(3世紀前半の可能性)から7世紀前半に築造されたと推定されている。
前方後円墳31基、円墳279基、方墳1基、地下式横穴墓、横穴墓など、311基のさまざまな古墳で構成された全国有数の 大古墳群です。
西都原古墳群
日本, 〒881-0005 宮崎県西都市三宅 特別史跡公園西都原古墳群
鬼の岩屋古墳
直径36.4m、高さ7m の円墳で、墳丘の周囲に外堤と二重の堀を有し、西都原古墳群 では横穴式石室を有する唯一の古墳で、最後の首長の墓とされている。
6世紀末~7世紀初めに造られたもので、この形式は朝鮮半島や中国を源流とする新形式の古墳。
平成7(1995)年度の調査によって石室の中から組み合わせ式木棺と推定される鉄釘、耳環金銅装馬具、須恵器(すえき)、土師器(はじき)などが出土し、平成9年度の調査終了後、現在の形で整備された。
西都原古墳
日本, 〒881-0005 宮崎県西都市三宅 特別史跡公園西都原古墳群
宮崎神宮
神武天皇ご誕生 ─
神武天皇は初代天皇にご即位するまでは、神日本磐余彦天皇、ご幼名を狭野命と申し上げました。天照大御神から五代目の御孫(右系図参照)にあたります。鵜 草葺不合尊(鵜戸神宮ご祭神)の第四皇子で、母は玉依姫命(たまよりひめ)と申します。お生まれは宮崎県西諸県郡高原町にしもろかたぐんたかはるちょう)大字狭野(と言われ、この地には狭野神社(旧宮崎神宮別宮)が鎮座しています。
宮崎神宮
日本, 〒880-0053 宮崎県宮崎市神宮
神武様大祭
神武さまを自分のお宮として信仰してきた町民が、お宮までの道のりが遠く、親しくお参りする事が出来ないため、「せめて一年に一度御神幸を願って一家をあげて心ゆくまで拝ませてください」という嘆願書を提出したのが始まりです。
明治四二年頃から今のような形式となったと言われています。今日まで地元の人々の信仰と親しみに支えられ、受け継がれてきた神武さまを、これからも絶やすことなく後世へのこしていきたいものです。
宮崎神宮
宮崎県宮崎市神宮2-4-1
狭野神社は神武天皇の全てを感じられるパワー
この狭野神社も同じで
神武天皇を祀っています。
御祭神の正式名は、
神日本磐余彦天皇
(かむやまといはれひこのすめらみこと)
神武天皇の幼名は
狭野尊(さのみこと)といい、
狭野神社の名前の由来になっています。
宮崎県高原町狭野神社
日本, 宮崎県西諸県郡高原町
青島神社 大鳥居
青島神社は彦火火出見命が海積宮からご還幸された御宮居の跡といたしまして「彦火火出見命・豊玉姫命・塩筒大神」の三神をおまつりいたしております。
奉祀の年代は、明らかではございませんが平安朝の国司巡視記「日向土産」の中に「嵯峨天皇の御宇奉崇青島大明神」と記されてあって(約千二百年前)、文亀(室町時代・約五百年前)以降は、藩主伊東家の崇敬厚く‥‥
宮崎青島神社
日本, 〒889-2162 宮崎県宮崎市青島2丁目13−1 青島神社
青島神社本殿
社殿の改築、境内の保全に力を尽くし、明治以後は御祭神の御威霊を仰ぎ熱帯植物繁茂する国内絶無の霊域をたずねる人々いよいよ多く、縁結・安産・航海・交通安全の神として、御神威は益々輝き今日に至っている。
宮崎市青島神社
日本, 〒889-2162 宮崎県宮崎市青島2丁目13−1 青島神社
一周およそ2キロの小島
青島は奇岩「鬼の洗濯板」が島を囲む、周囲1.5kmほどの小さな島です。
青島海水浴場とは「弥生橋」でつながっています。島内にはビロウジュをはじめ、亜熱帯性植物も多く茂っています。
種子植物の自生および栽培品併せて74科174種2亜種5品種計209種、これにシダ植物17種を加えた226種が島内にあります。
青島神社
宮崎県宮崎市青島2-13-1
国指定特別天然記念物
大正10年(1921)3月3日天然記念物に指定(「青島熱帯性植物産地」)
昭和27年(1952)3月29日特別天然記念物に指定。「青島亜熱帯性植物群落」と名称変更されました。
これらの植物群落が生じた理由として、次の説が考えられています。
1、漂着帰化植物説(日本海流によりフィリピン・台湾・中国南方方面より漂着した種子・生木が活着して漸次繁茂した)
2、残存説(新第三紀前繁茂していた高温に適する植物が気候風土環境に恵まれて残存した)
宮崎市青島神社
日本, 〒889-2162 宮崎県宮崎市青島2丁目13−1 青島神社
堀切峠
眼下に広がる太平洋、海岸線に続く波状岩、フェニックス並木など、日南海岸随一の雄大な景観が展望できます。
誰もがアッと息をのむ絶景です。
宮崎市折生迫
日本, 宮崎県宮崎市 日南海岸ロードパーク
鵜戸神宮
鵜戸神宮は、日南市鵜戸山の日向灘に面し、奇岩怪礁は南北約1.5kmにわたり分布日本一の規模を誇り、目の前に広がる紺碧の海とのコントラストの素晴しい景勝地でもあります。
凪いだ日の周辺の海は、深く、そして澄み、恐ろしいまでに綺麗です。
日南市鵜戸神宮
日本, 宮崎県日南市
「鵜戸さん」と親しみを込めて呼ばれる宮崎県南で最も有名な神社
太平洋に突き出した鵜戸崎岬の突端にある洞窟の中に、朱塗りの色鮮やかな御本殿がご鎮座する珍しいものです。
岬のまわりには奇岩、怪礁が連なり太平洋の荒波が打ち寄せて、美しい景勝地となっています。
日南市鵜戸神社
日本, 宮崎県日南市
運だめしの亀石
男性は左手、女性は右手で願いを込めながら運玉を投げ、亀石と呼ばれる岩の枡形に入れれば願いが叶うといわれています。
お乳飴
綿津見神の宮(海神国)で火遠理命(ほおりのみこと)=山幸彦と結婚し、身ごもった豊玉毘売(トヨヤマビメ)は、天孫の御子を海原で生むことは出来ないと考え、夫の元にやってきました。
山幸彦は豊玉毘売(トヨタマビメ)のために産屋をつくり、屋根を鵜の羽で葺きますが、産屋が出来上がらない内に豊玉毘売(トヨタマビメ)は産気づきます。「異郷(海神国)の者である私は、本国の姿に返ってお産をします。お産を終えるまで、産屋をのぞかないでください。」と告げ、産屋にこもります。
お乳岩
山幸彦は誘惑に勝てずのぞいてしまいました。
そこにはワニの姿になった姫の姿。姿を見られ、悲しみ恥じた豊玉毘売(トヨタマビメ)は御子を残し海神国へと帰ります。
ご自身の両乳房を洞窟内にくっつけていかれたといわれています。
鵜の羽で屋根を葺き終わらないうちにお産まれになったお子は、鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と名づけられました。
豊玉毘売(トヨタマビメ)は、残してきたわが子が気になり、海神国より妹の玉依毘売(タマヨリビメ)を乳母として代わりに送ります。
後に鵜草葺不合命の妻となる玉依毘売は、岩屋の中に残された豊玉毘売の乳房からしたたる乳水で、鵜草葺不合命を育て上げたと云われています。
都井岬の野生馬
哺乳網奇蹄目ウマ科。岬馬とも呼ばれる。高鍋藩秋月家によって元禄10年(1697年)福島地方(現在の串間市)に設置された藩営牧場の1つが御崎牧(現在の都井岬)で、開設以来今日まで300余年ものあいだ極めて粗放な周年放牧で飼育され、その繁殖は全く自然にまかされていました。
日南海岸
宮崎県宮崎市青島〜串間市都井岬
都井岬野生馬2
現存する日本在来馬(北海道和種、木曽馬、御崎馬、対州馬、トカラ馬、宮古馬、与那国馬)のひとつで、昭和28年(1953年)に純粋な日本在来馬として国の天然記念物に指定されました。
串間市都井岬
日本, 〒888-0222 宮崎県串間市都井
高千穂峰
天照大神の孫であるニニギノミコト(瓊瓊杵尊)が、葦原中国の統治のために降臨(天孫降臨)した山であるとされ、『紀元節の歌』(作詞 高崎正風)にも「雲に聳ゆる 高千穂の」と愛唱された。なお、天孫降臨の地を宮崎県北部の高千穂町域に比定する説もある。

現存する山頂の天逆鉾
山頂には、ニニギノミコトが降臨したときに峰に突き立てたとされる、青銅製の天逆鉾が立っており、山岳信仰(霧島六所権現)の舞台となった。
ウィキペディア 最終更新 2016年7月10日 (日)

高千穂峰
日本, 宮崎県西諸県郡高原町 高千穂峰
https://matome.naver.jp/odai/2147393716099952901
2016年09月23日