【90年代洋楽】1991年洋楽ヒット曲【名曲】

dai_ichimonji
1991年にヒットした曲の中から、有名どころ、懐かしいもの、今でもかっこいいもの、PVがおもしろいものなどを集めました。できるだけジャンルの偏りのないようにしています。並びはビルボードの年間チャート上位からです。TOP10はそのままのせてます。C+C MUSIC FACTORY、KLFあります。

ビルボード年間チャート1位に輝いたのはこちら。

第1位

PVが貼れなかったので2007のLIVEより。

写真家としても活動しており、雑誌などでその腕前を披露している。ベジタリアンでもある。
ブライアン・アダムス – Wikipedia

第2位

カラーミーバットは、「I Wanna Sex You Up」の大ヒットで注目され1991年のデビューから1998年の解散までの間に合計5枚のアルバムを発表しています。中でも彼らのデビューアルバム「C.M.B」は、800万枚のセールスを記録しました。
Bryan Abrams (カラーミーバット) – あの人今何してるの?

第3位

もう説明不要の超有名曲。

第4位

この頃が1番人気あった時期です。

第5位

いわゆる一発屋というやつです。

第6位

デジタルロックの先駆け。かっこいいわ。

ビルボード全米シングルチャートの1位を記録した「アンビリーヴァボウ」はテクノ+ロック+ヒップホップという他に類の無いような音楽性だった。
EMF (バンド) – Wikipedia

第7位

こんなきれいな歌声だったんですね。知らなかった。

アコースティック・バラード・ソングである”More Than Words”が特に有名だが、基本的にバンドのサウンドはハードロックを基調としながらも、16ビートを刻むファンクの要素を取り入れた楽曲が主。
エクストリーム (バンド) – Wikipedia

第8位

ハイ・ファイブが発表したアルバムは3枚。中心はニュー・ジャック・スイング系だが、ナンバー1になったのはミディアム~スローの2曲。中でもテディ・ライリーがプロデュースした “I Like the Way” は、次世代の主流となるダウン・ビート・ブームを予見したかのような作りであった。
【90’sの偉大なR&Bアーティスト】Hi Five – page2 | まとめアットウィキ

第9位

歌うまー。

第10位

1960年生まれ、全米でトップ・クラスのクリスチャン・ポップシンガーとして知られる。16歳でレコード会社と契約し、17歳のときにファースト・アルバムをリリースする。1982年に発表の「Age to Age」では、クリスチャン・ミュージックとしては異例の100万枚のセールスを記録し、翌年のグラミー賞最優秀コンテンポラリー・アルバムに選ばれる。
エイミー・グラント – Wikipedia

若い時はこんな感じの曲を歌ってました。

3:00過ぎくらいからの撃ちまくられながら演奏するところが個人的にツボ。

1991年の第25回スーパーボウルで試合前に国歌を斉唱。この斉唱は史上最高の国歌斉唱と絶賛された。
ホイットニー・ヒューストン – Wikipedia

収録されているアルバム『ダウト』も素晴らしいです。

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レニー・クラヴィッツとの共作。

日本で火が付いたのもこの頃ですかね。

デビューした頃のキャシー・デニスです。

かっこいいかは置いておいて、すごく耳に残ったので。

収録されているアルバム『アウト・オブ・タイム』はグラミー賞7部門にノミネート。

この年TOP100に3曲ランクイン。

2ndアルバムより。当時”黒いジョンレノン”と呼ばれた男です。

この後、爆発的に売れます。

もうお気づきですね。そうですFresh Princeはウィル・スミスだったのです。

東側諸国の間で社会主義の政治が衰え、緊張が強くなり始め、冷戦が終結した1989年、ソ連のグラスノスチを祝う歌詞となっている。
ドイツでは、この曲は、ドイツ統合の歌や希望のメッセージの歌として記憶される。
ウィンド・オブ・チェンジ (スコーピオンズの曲) – Wikipedia

この時、若干15歳です。最初の魚のおっさんが好き。

ヌーノがカッコよすぎます。ギター小僧必見。

1980年代のいわゆるブラコン(ブラック・コンテンポラリー)の第一人者のひとりであり、歌手としてだけではなく、サウンドクリエイターとしても知られる。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第54位。
ルーサー・ヴァンドロス – Wikipedia

“オーストラリアで最も過激な魅力をもつバンド”と評され、多くのファンを魅了したディヴァイナルズ。
オーストラリア出身バンドのザ・ディヴァイナルズ(THE DIVINYLS)、11年ぶりに再結成! – CDJournal ニュース

スザンヌ・ヴェガの有名な曲を勝手にサンプリングしてます。後で激オコされます。

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なにこれカッコいい。

ボニー・レイット (Bonnie Raitt, 1949年11月8日 – ) は、米国のロック・ギタリスト、シンガー。ブルース、R&Bの色合いの濃いサウンドが特長。また、女性スライド・ギタリストの草分け的存在としても知られている。
ボニー・レイット – Wikipedia

でました、KLF。今や伝説。

癒し系アルバムでおなじみのエニグマのデビュー曲。

Wikipediaの写真がかわいくて笑った。

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こののちに「プリンス」の名前を捨ててみんなを困らせます。

ダンス甲子園ですね。

こののちにプレスリーのカバーで超絶ヒットをかまします。

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いましたねーシール!

90年のチャートにもいたBlack Box。

最初のシーンが無いver.もあるんですが、いい感じに腹立つので。

1994年には、宮崎シーガイアのCMに出演し、キャンペーンソング『Take Me to the sunshine』を提供し、また、別テイクのタワーホテルのCMでは、『When we dance』を提供し、同施設のこけら落しライブも行っている。しかし、その後、来日時に受けた共同記者会見の席上で、宮崎シーガイアが地域の自然を破壊し問題視されているという主旨の質問を記者より受け、急遽、CMを降板するに至る。
スティング (ミュージシャン) – Wikipedia

ほかの年のもあります。

https://matome.naver.jp/odai/2147358065322907101
2017年10月28日