アルジェリアの世界遺産一覧

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アルジェリア民主人民共和国の世界遺産「ベニ・ハンマードの城塞」から「アルジェのカスバ」まで、文化遺産6件、複合遺産1件、合計7件。旅行、観光の参考に

目次


ベニ・ハンマードの城塞
ムザブの谷
ジェミラ
ティパサ
ティムガッド
アルジェのカスバ
タッシリ・ナジェール

文化遺産 6件

ベニ・ハンマードの城塞

1980年に登録されたアルジェリアの世界遺産(文化遺産)で、首都アルジェ南東約200km、盆地の斜面(標高約1000m)に位置する都市遺跡。1007年に建設されたが、1152年に壊滅した。この要塞は、イスラム教徒が当時の支配者だったビザンチンを破って建造したもので、全長7kmの城壁が町を囲んでいた。11世紀には、隊商交易によって繁栄した。現在、エル・バハール宮殿やエル・メナット宮殿などの遺構が残っている。高さ20mのミナレット(尖塔)があるモスクは、アルジェリアで2番目の大きさである。この歴史的例証を守るため、世界遺産に登録された。◇英名はAl Qal’a of Beni Hammad
ベニ-ハンマド要塞(ベニハンマドようさい)とは – コトバンク

ムザブの谷

1982年に登録されたアルジェリアの世界遺産(文化遺産)で、アルジェの南450kmに位置する。このムザブの谷には、「イスラムの清教徒」といわれたベルベル人の一部族、ムザブ族が涸れ谷に築いた5つの町がある。ムザブ族は厳格なイスラム教徒であり、「コーラン」に忠実に生きようとしたことからイスラムでも異端とされ、流浪の末にこの地にたどり着いた。実際、ムザブ族の生活は現在でもコーランの規律を厳格に守っており、禁欲的イスラム教徒として生活形態も当時と変わらず、統一された家屋のデザインやモスクを中心に同心円状に住宅が配置されている都市計画なども、住人の平等の精神が徹底されているからこそ実現しているといわれる。そしてその都市設計は、20世紀の建築家たちにも大きな影響を与えたため、歴史的例証として世界遺産に登録された。◇英名はM’Zab Valley
ムザブの谷(ムザブのたに)とは – コトバンク

ジェミラ

1982年に登録されたアルジェリアの世界遺産(文化遺産)で、首都アルジェの東にある古代ローマ時代の都市遺跡。特に山の地形に合わせたローマ建築に特色があって、1世紀にローマの植民都市として建設され、2~3世紀に最盛期を迎えた。216年に建設された凱旋門があり、神殿、劇場、共同浴場、公共広場、バシリカ、アーチ、街路、住居群などの壮大な遺跡が残る。こうした歴史的例証を守るため、世界遺産に登録された。◇英名はDjémila。ジェミラはアラビア語で「美しい」を意味する。
ジェミラ(ジェミラ)とは – コトバンク

ティパサ

1982年に登録されたアルジェリアの世界遺産(文化遺産)で、首都アルジェ西方の地中海沿岸に位置する。登録されたのはティパサ西部考古学公園、ティパサ東部考古学公園、死者記念塔の3物件。町は紀元前7世紀にフェニキア人により建設され、その後、ローマ帝国、さらにアラブ人に征服された。ティパサは約2.3kmにわたる城壁に囲まれ、フェニキア、ローマ、ビザンチンなどの時代の遺構が残っている。粗末な保護管理体制などが原因で危機にさらされ、2002年には危機遺産リストに登録されたが、2006年に削除された。◇英名はTipasa。ティパサはアラビア語で、「荒廃した都」を意味する。
ティパサ(ティパサ)とは – コトバンク

ティムガッド

1982年に登録されたアルジェリアの世界遺産(文化遺産)で、首都アルジェの南東に位置する古代ローマの都市遺跡。1~2世紀にローマ帝国のトラヤヌス帝が建造した都市で、玄武岩の敷石で舗装された大通りによって碁盤の目状に区画されている。市街地には高さ12mで3つのアーチを持つコリント様式のトラヤヌス帝の凱旋門、劇場、共同浴場、図書館などが残る。2~3世紀には最盛期を迎えたが、7世紀にアラブ人に征服されると人々は都市を離れ、8世紀になると大地震によって埋もれてしまった。しかし遺跡の保存状態もよいので、「アフリカのポンペイ」と呼ばれている。この歴史的例証を守るため、世界遺産に登録された。◇英名はTimgad
ティムガッド(ティムガッド)とは – コトバンク

アルジェのカスバ

1992年に登録されたアルジェリアの世界遺産(文化遺産)で、首都アルジェの旧市街を指す。市街地を囲んでいた城壁は、19~20世紀、フランスの植民地政策により大半が破壊されたが、市街は起伏に富んだ地形で、急勾配の坂道、曲がりくねった細い路地、スーク(市場)などが密集して中世アラブの雰囲気を醸し出している。この歴史的例証を守るために、世界遺産に登録された。◇英名はKasbah of Algiers。カスバはアラビア語で、「城塞」の意。
アルジェのカスバ(アルジェのカスバ)とは – コトバンク

複合遺産 1件

タッシリ・ナジェール

1982年に登録されたアルジェリアの世界遺産(複合遺産)で、サハラ砂漠南部にそびえる山脈地帯。2万点にも及ぶ先史時代の岩面画が残っており、ウシやウマ、ヒツジ、キリン、ライオン、サイ、ゾウ、ガゼル、ラクダなどの動物や、狩猟などの様子が描かれている。また、絶滅危惧種のイトスギ類などが群生している。◇英名はTassili n’Ajjer
タッシリ-ナジェール(タッシリナジェール)とは – コトバンク

サハラ砂漠の南に、およそ800kmにわたって連なる黒い山脈-タッシリ・ナジェール。現地のトゥアレグ語で「水の台地」を意味する。砂漠の風と熱帯性の気候が、黒い岩山を奇妙な形に変えてきた。しかし、この風変わりで謎めき、月世界を想像させる地に、かつては緑があふれ、人々が生活していたとは、とても思えない。
今から8000年前に、ここに人類が暮らしていた証拠が、洞窟や岩山に無数に残された壁画だ。何千年ものあいだ、多くの民族が交代しながら、様々な壁画を描き続けてきた。
7000年前の古い壁画には、今、サハラ砂漠より南に生きるネグロイド系の人々が描かれている。この時代の画は、農耕や牧畜を知らない狩猟民が描いたものと考えられており、「狩猟民の時代」と呼ばれる。そこには、またキリンなども描かれ、かつてサハラに緑豊かな時代があったことを証している。
牛が涙を流しているように見えるこの画を、トゥアレグの人々は「泣く牛」と呼ぶ。「狩猟民の時代」に続く「ウシの時代」、人々は牛を飼い、歌や踊りなどを楽しんだ。しかし、今からおよそ3000年前、サハラの砂漠化が始まり、人々は牛を連れて南へと下り、タッシリナジェールの岸壁画は、「馬の時代」「ラクダの時代」へと移っていく。
https://matome.naver.jp/odai/2146992915177287301
2016年07月31日