【意外に知られてない】モーニング娘。のデビューの経緯

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「ASAYAN」のシャ乱Q 女性ロックボーカリストオーディションに落選した中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香で「モーニング娘。」を結成し、「モーニングコーヒー」でメジャーデビュー。しかしモー娘。誕生の知られざる事実があった。

●シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション

シャ乱Q
1997年4月に小室哲哉、MAX松浦に続くASAYANボーカリストオーディションの第3弾プロデューサーとしてシャ乱Qが担当することになった。オーディションの目的としては当時人気だったLINDBERGや相川七瀬に次ぐ、新たな女性ロックボーカリストを求めるものだった。

4月から8月にかけて東京・大阪・福岡・札幌の4ヶ所で行われ、その中に後のモーニング娘。となる中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香や合格者となる平家みちよが参加していた。

【応募総数】
約9,900名

【審査内容】
●1次審査
書類審査に通過した人が歌審査へと進めた。

福岡オーディション (11名通過 / 約1,000名)
東京オーディション (19名通過 / 約5,000名)
福田:「BREAK OUT!」(相川七瀬)
大阪オーディション (14名通過 / 約3,000名)
平家:「Anytime smokin’ cigarette」(globe)
中澤:「ら・ら・ら」(大黒摩季)
札幌オーディション ( 8名通過 / 約1,000名)
石黒:「文句があるなら来なさい!」(RieScrAmble)
飯田:「STEADY」(SPEED)
安倍:「FACE」(globe)
⇒52人が2次審査に進出。

●2次審査
スタジオでの歌審査及びシャ乱Qからの発注が行われた。この発注内容に基づいて、再度歌審査が行わなれた。

福岡オーディション (3名通過 / 11名)
東京オーディション (3名通過 / 19名)
福田:「Body Feel Exit」(安室奈美恵)
大阪オーディション (2名通過 / 14名)
平家:「Anytime smokin’ cigarette」(globe)
中澤:「ららら」(大黒摩季)
札幌オーディション (3名通過 / *8名)
石黒:「Blue Velvet」(工藤静香)
飯田:「Sweet Emotion」(相川七瀬)
安倍:「FACE」(globe)

[発注後] 福田:「激情」(工藤静香)
平家:「文句があるなら来なさい!」(RieScrAmble)
中澤:「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」(工藤静香)
石黒:「ひだまりの唄」(Le Couple)
飯田:「明日、春が来たら」(松たか子)
安倍: 発注なしで最終審査へ進出 (即決勝)
⇒11人が最終審査に進出。

●最終審査
寺合宿による生活態度などの全般審査と、優勝者のデビュー曲となる「GET」の歌唱審査を行った。
福岡地区: 3名
東京地区: 福田明日香・他2名
大阪地区: 中澤裕子・平家みちよ
札幌地区: 飯田圭織・石黒彩・安倍なつみ

グランプリは「平家みちよ」
1997年8月10日に番組収録が行われ、平家充代がグランプリに選ばれた(O.A.は8月24日)。その後は期待感を煽るためデビューまでお蔵入りとなり、11月5日に「GET」(最高24位)でデビューを果たした。
http://www.youtube.com/watch?v=iOrtk_zOR64

●「何も言わずに来てください」

選抜して集められた5人
8月20日、番組スタッフからの「何も言わずに東京へ来てください」の一言で落選した10名の中から特に評価が高かった中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香の5名が集められ、1つのユニットが結成された(O.A.は9月7日)。

メジャーデビューの条件として、5日間で番組自主制作CD5万枚を手売りするという試練が課せられた。
きょうは何の日

当時の音楽業界はミリオンセラーが連発していた時代とはいえ、無名に近い彼女たちが5万枚を売ることは困難に近いことだった。

モーニング娘。は本当は10人でスタートさせたかった。
しかし5人でも1か月で500万円の経費がかかるので成功するかどうか分からない状況で10人でスタートするのは到底無理だった。
モーニング娘。

所属事務所の会長を務めている山崎直樹氏の発言。落選した10名でユニットが結成される可能性もあった。当時のモーニング娘。は事務所の預かりというポジションだったそう。

『ASAYAN』としては平家みちよに全力を注ぐことになっていて、モー娘。はあくまでも付録のような存在。
音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

平家みちよはデビュー翌日に日本武道館でのデビューイベントを行った。

ある日、「これから女性アイドルをやるぞ」と会長が宣言した。うちの事務所はアイドルなんてやったことが無い。みんな反対した。そしたら「本当のアイドルじゃない。アイドルもどきをやる」と訳のわからないことを言ってオーディションに落ちた女の子を集めてグループを作った。それが「モーニング娘」だ。(中略)今までの日本では、アイドルグループは一人抜けたら解散だった。会長はそんなリスクの高いことはやらない。どんどん卒業させて新しい娘を入れるプエルトリコスタイルのやり方は日本でも大成功した。つんくをアイドルプロデューサーにしたのも会長の戦略だ。
田中義剛氏、山崎直樹会長を大いに語る – はろぶろ。

グループの原型はプエルトリコの男性アイドルグループ・メヌードにあった。
16歳でグループを脱退しなければならない決まりがあり、1977年に結成して以来、現在も活動中。

男性アイドルグループ「メヌード」
モーニング娘。のような加入と卒業を繰り返すグループの原型となったのはプエルトリコ出身の男性アイドルグループ「メヌード」で、16歳になったらグループを脱退し、メンバーチェンジを繰り返している。1977年に結成して以来、現在も活動を続けていて、過去にはリッキー・マーティンも所属していた。

●ユニットは「モーニング娘」に決定したが・・・

フジテレビの楽屋でユニット命名
8月30日、ユニット名が”モーニング娘。”に決まる(O.A.は9月14日)。親しみやすさをテーマに「朝定食」「食べ放題」「バイキング」「たこ焼きシスターズ」「モーニング5」「モーニングサービス」などが候補に挙げられた。

当初のつんく♂の命名では「。」が付いていなかった。しかし、当時『ASAYAN』では画面に表示されるテロップのほぼ全てに「。」を付けていたため、ユニット名発表の際(1997年9月14日放送)にもステージ上の画面で「ユニット名はモーニング娘。」と表示されることとなった。
モーニング娘。 – Wikipedia

モーニングセットのように、いろいろと付いてくるお得感と親しみやすさ、朝のフレッシュなイメージが込められているそうだ。
知ってる?「たこ焼きシスターズ」だったかも知れないモーニング娘。 – ライブドアニュース

当初のモーニング娘。というのはほんとに大したプロジェクトじゃなくて、つんくが決めた「モーニング娘。」という名前こそあったものの、命名後はつんくの手を離れたはずだった。
音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

あくまでも敗者復活の手助けとしてデビューに導くのが彼らの役目であったため、インディーズシングル「愛の種」は関わっていない。

●5万枚手売りキャンペーンが始まる

「愛の種」
1997年11月3日にインディーズデビューシングル「愛の種」が発売された。仮歌タイトルは「SEED OF LOVE」で、歌詞にも英語が多かったそう。

雛型としてはキャンディーズっぽくしたいという意図があったんです。スタッフ側の要望として、具体的には「春一番」にしてくれと言われましたね。
音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

11月3日、大阪・HMV心斎橋店を皮切りに、インディーズシングル「愛の種」を全国5都市で手売り販売するキャンペーンをスタートさせる。
モーニング娘。の歴史 – Wikipedia

イベントで即売会を行う以外にも学校の放送部にPRしてもらったり、個人の家を訪問したり、同窓生に手紙を出したり、街頭PRやビラ配り、レコード店への挨拶周りでパネルポスター貼りを行っていた。

http://www.youtube.com/watch?v=JCEF5cmlP-4
作詞: サエキけんぞう / 作曲: 桜井鉄太郎 / 編曲: 桜井鉄太郎
発売初日は大パニック
手売り開始前から多くの人で賑わい、列が途切れることはなかった。会場となったHMV 心斎橋店の閉店時間を超える可能性があったため、CDの引換券を配布し、後日受け渡しするという事態となった。

【「愛の種」5万枚完売への道】
1997年11月03日: 大阪・HMV 心斎橋店
1997年11月09日: 福岡・HMV キャナルシティ店、HMV 天神店
1997年11月24日: 北海道・札幌キリンビール園、パルス21玉光堂
1997年11月30日: 愛知・ナゴヤ球場
1997年12月07日: 東京・HMV 新宿SOUTH店 (愛知で完売したため中止)

11月30日、キャンペーン4日目となったこの日、ナゴヤ球場で9,533枚を売り上げ、目標の5万枚を完売し、メジャーデビューが決定した。
モーニング娘。の歴史 – Wikipedia

売り切った瞬間はこの先もずっと忘れないと思います。味わったことのない感動と、達成感と喜びと。だって、それで同時にデビューを掴んだわけだから。
モーニング娘。誕生10年記念本

安倍なつみの発言。

12月7日、『ASAYAN』の放送で、シャ乱Qのマネージャー・和田薫より、モーニング娘。が翌年1月28日にメジャーデビューし、それにあたってのプロデュースをつんくが担当すると発表された。
モーニング娘。の歴史 – Wikipedia

*デビュー曲候補は3曲用意されていた

後にアルバムに収録される
●どうにかして土曜日
メイン: 安倍、石黒、飯田
コーラス: 中澤、福田

●モーニングコーヒー
メイン: 飯田
裏メロ: 石黒
コーラス: 中澤、安倍、福田

●ウソつきあんた
メイン: 飯田、中澤
コーラス: 石黒、安倍、福田

1998年7月に発売された1stアルバム「ファーストタイム」に収録されている。

しかし、仮歌を聴いたプロデューサーのつんく♂がパート割りの変更を指示。

【変更後】
*「どうにかして土曜日」
メイン: 全員

*「モーニングコーヒー」
メイン: 安倍 (本番の体調によっては石黒)
コーラス: 中澤、飯田、福田

*「ウソつきあんた」
メイン: 中澤、石黒、福田
コーラス: 飯田、安倍

その結果「モーニングコーヒー」がデビュー曲に決定する。

●実は安倍なつみを売り出すためのプロジェクトだった!?

安倍なつみ
モーニング娘。の中心メンバーとしてメインボーカル、センターを務めていた。つんく♂は「モーニング娘。の顔であり、マザーシップ」と評価している。

インディーズデビュー曲である「愛の種」とメジャーデビュー曲である「モーニングコーヒー」に関わった桜井鉄太郎によれば、モーニング娘。に関わることとなった時に所属事務所の社員が「オーディションの落選者の中で安倍なつみがずば抜けて資質があるのでソロで売り出したいが、いきなりソロで売り出すのはちょっと早いのでしばらくグループの中で揉ませたい」と語ったことを述べている。
モーニング娘。 – Wikipedia

●結成4ヶ月後にメジャーデビュー

「モーニングコーヒー」
1998年1月26日に平家みちよ及びモーニング娘。の合同ファンクラブ「Hello!」が設立された。合同ファンクラブにした理由としてはシャ乱Qを中心に結成された関西アマチュアバンド集団「すっぽんファミリー」に倣い、つんく♂は「ファンクラブは単独のアーティストを応援するだけでなく、複数のアーティストを応援するもの」と考え、合同のファンクラブを作ったという。28日に「モーニングコーヒー」でメジャーデビューを果たし、最終的には約30万枚を超えるヒットを記録した。

踊りを教わるどころか踊ったことすらないメンバーを前にして「めまいがした」と、振り付け担当の夏まゆみ先生は当時を振り返っていたりもする。
音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

福田はデビュー前にモダンバレエを習っていたが、他の4人はダンス未経験者だった。

「テレビ東京にチャンネルを合わせない限り存在しない女の子」だったのだ。
音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

デビュー曲でいきなり6位を獲得したものの、テレビ東京から生まれた企画ユニットということもあって、ASAYANを知るものしか購入していなかった。

http://www.youtube.com/watch?v=S1zTityRnO8

【発売週のオリコンチャートTOP10】

*1位 winter fall (L’Arc〜en〜Ciel)
*2位 夜空ノムコウ (SMAP) *3週目
*3位 明日が聴こえる / Children’s Holiday (J-FRIENDS) *2週目
*4位 ROCKET DIVE (hide with Spread Beaver)
*5位 ロマンス (PENICILLIN) *3週目
*6位 モーニングコーヒー (モーニング娘。)
*7位 Face the change (Every Little Things) *4週目
*8位 1/3の純情な感情 (SIAM SHADE) *9週目
*9位 THANK YOU & GOOD BYE (布袋寅泰)
10位 ヘロン (山下達郎)

●「モーニングコーヒー」のアンサーソングが存在する!

「アフタヌーン娘δ」
2010年9月にモーニング娘。を卒業した中澤裕子・飯田圭織・安倍なつみ・保田圭・矢口真里・小川麻琴・藤本美貴の7名で結成され、日本コカ・コーラ「ジョージア ご褒美ブレイク」のCMに出演。CMソングにはオリジナル曲「アフタヌーンコーヒー」が起用されている。2011年4月に発売されたドリーム モーニング娘。のアルバム「ドリムス (1)」に収録された。
http://www.youtube.com/watch?v=TQwZrwWizR8
http://www.youtube.com/watch?v=DOZDWOtoWIc

●デビュー直後はテレビやイベントで大忙し

発売記念イベントは6,000人が集結
1998年2月に全国5ヶ所で「モーニングコーヒー」の発売記念イベントが行われ、横浜アリーナには約6,000人が集結した。翌月に出演したバラエティ番組「めちゃ×2 イケてる!」(フジテレビ系)内のコーナー「爆烈お父さん」では加藤浩次扮する加藤辰夫に飯田が足を舐められたり、福田の履いていたジャージが脱げてブルマが丸見えになるなど強烈な印象を残した。4月にはドラマ「太陽娘と海」(テレビ東京系)に出演し、同時期にサイパンで撮影された写真集「モーニング娘。」が発売された。

5人からなる『モーニング娘。』は、ついこの間までズブの素人達。(中略)何やらテレビが作り出したキワモノアイドルのように聞こえるが、(中略)このまま行けばビッグアイドルに変身も可。すでに、一部ではかつて一世を風靡した『おニャン子クラブ』の再来という声もあり…
音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

1998年2月に発売された写真週刊誌「FRIDAY」にはこのように書かれており、あくまでもオーディション番組から誕生した企画ユニットという扱いだった。

●「増やしましょか?」の一言で増員決定

保田圭、矢口真里、市井紗耶香が加入
1998年3月12日に「ASAYAN」でつんく本人から2ndシングルの発売と同時にメンバーを一気に倍の人数に増やすと発表される(O.A.は3月22日)。当時はグループのメンバーを増やすという発想は異例であり、メンバーは予想外の言葉に放心状態になった。それからわずか1ヶ月後の4月19日、最終選考に残った16名の中から保田圭、矢口真里、市井紗耶香の3名が加入する(O.A.は5月3日)。5月27日に2ndシングル「サマーナイトタウン」が発売された。

これに怒ったファンたちがホームページを続々即日閉鎖してしまうという騒ぎまで巻き起こる。
音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

http://www.youtube.com/watch?v=Hpk-ZqQpq7Y
1998年5月27日発売
2ndシングル「サマーナイトタウン」
最高位: 4位

その後は「抱いてHOLD ON ME!」で初の1位を獲得し、年末には「NHK 紅白歌合戦」に初出場。翌年4月に福田明日香が脱退し、解散危機にまで陥るが、8月に加入した後藤真希の話題性もあり、9月に発売された「LOVEマシーン」でミリオンセラーを記録する。その後も立て続けにヒット曲を飛ばし、加入と卒業を繰り返しながら、現在も活動を続けている。

●結成から20年…初期メンバーと現役によるコラボが実現

モーニング娘。’17とのコラボ
2017年11月より主要音楽配信サイトでモーニング娘。初期メンバーとモーニング娘。’17によるコラボレーション曲「愛の種 (20th Anniversary Ver.」の配信が開始した。

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2017年9月で結成から20年を迎えたモーニング娘。は多くの楽曲を世に送り出してきた。

「ASAYAN」のつんくプロデュース 芸能人新ユニットオーディションに合格した4名で結成された。

https://matome.naver.jp/odai/2146554011971359801
2017年12月13日