[スクープ]沖縄に アジア最大 極秘CIA基地

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噂には聞いていたが公文書が公開され徐々に沖縄に有ったとされるCIA基地の全容がわかってきた。キャンプ知念がCIA沖縄基地だったことは復帰前年の71年7月、米紙ニューヨーク・タイムズが米国防総省の秘密文書を基に報じた。だが、詳細については明らかにされておらず、復帰後も秘密のベールに包まれてきた。

場所はどこにあった?

現南城市(旧玉城村)の琉球ゴルフ倶楽部付近とされる。


https://matome.naver.jp/odai/2146503000678175701/2146504132288572303

知念補給地区 旧玉城村(現南城市)の面積の半分近くを占め、仲村渠はじめ親慶原、垣花、玉城など計8集落179・5ヘクタールに及んだ。朝鮮戦争が勃発した翌年の51年、「混成サービス群(CSG部隊)」が移駐。72年5月14日撤退した。74年に全面返還。77年、跡地に琉球ゴルフ倶楽部が整備された。
米CIA沖縄基地 元従業員が詳細語る(沖縄タイムス) 沖縄にもあったグアンタナモ 鬼畜ユダヤ

現在、琉球ゴルフ倶楽部のある場所には、沖縄本土返還前、キャンプ知念という基地があった。
その基地とは米軍基地ではなく、実はCSG(Composite Service Group、混成サービスグループ)。
アメリカ中央情報局CIA、つまり政府機関の基地だった。
CIAが封印した垣花の御嶽〈1〉 : 追跡アマミキヨ


https://matome.naver.jp/odai/2146503000678175701/2146504132288573303

謎のZエリアとは?

“Zエリア”とよばれる秘密工作員強制訓練所が、CSG内の山のくぼ地にあり、外界から完全に隔離された二重の金網のなかで、拉致されてきたベトナム人などアジア人、たまにはアメリカ人までが、CIAの秘密工作員になることを強要されている。目かくしをされて連れ込まれることもある。約十五年間もここに閉じ込められていた中国人もある。“Zエリア”は約1〇〇〇平方メートルあり、三棟の平屋の収容施設があるが、この収容施設内のすべての会話は、ここをおとずれた米人保安部員らと収容者との会話も含めて、ずっと離れたCSGの本部ビルで聴取されるしくみになっている。ここには、Z記号のついた特別のパスをもった者以外は、いっさい立ち入ることができない。“Zエリア”とよばれる秘密工作員強制訓練所のことは、共産党調査団が明らかにするまでは、存在自体が秘密のベールにかくされたままであった。
CIAが封印した垣花の御嶽〈2〉 : 追跡アマミキヨ

複数の元従業員らの証言によると、秘密収容施設は基地南側の森に囲まれた「Zエリア」と呼ばれる地域に3棟あった。さらに基地の東側にはコンセット型の建物があり、従業員の立ち入りは厳しく制限されていたという。
元従業員らは、朝鮮戦争があった50年代から60年代にかけて、アジア系外国人が秘密収容施設に収容される様子も目撃していた。また米国籍とみられる語学専門官の職員が働いており、外国人を収容する際、ともに収容施設で過ごしていたと証言した。
http://s.ameblo.jp/helios40-okinawa/entry-11516429878.html


https://matome.naver.jp/odai/2146503000678175701/2146504132288571903

警備もかなり厳しかった!

約五五万坪という広大な面積を占めるCSGのなかには、沖縄中の多くの人びとが信仰の対象としている拝所が数ヵ所ある。アメリカ当局は、それらの人びとが拝礼のためにそこをおとずれるさいには、きびしい警備態勢をとりながらも一応許可しているが、垣の花御嶽とよばれる拝所だけはこれまでただの一度も許可されたことがない。垣間の花御嶽は、問題の“Zエリア”の内にあるものとみられている。
CIAが封印した垣花の御嶽〈1〉 : 追跡アマミキヨ

50年代、警備職だった山入端常雄さん(80)=南城市=は「銃を持たされ、金網から逃げる者があれば、どこでも撃っていいと命令されていた」と明かした
米CIA沖縄基地 元従業員が詳細語る|ヘリオス40の沖縄裏情報

どういった活動を行っていたか?


https://matome.naver.jp/odai/2146503000678175701/2146504132288573403

「諜報(ちょうほう)や秘密工作などを連絡する際はCAS(CIAの暗号名)を名乗ってほしい」「現地では見せかけの名称を使用して」。CIA(米中央情報局)が復帰前の沖縄で活動するにあたり、呼称を使い分けて真の身分を隠すなど秘密主義の徹底を指示する文書を作成していた
CIA、偽称で活動 復帰前の沖縄 | 沖縄タイムス+プラス

拉致されてきたベトナム人などアジア人、たまにはアメリカ人までが、CIAの秘密工作員になることを強要されている。目かくしをされて連れ込まれることもある。約十五年間もここに閉じ込められていた中国人もある。
CIAが封印した垣花の御嶽〈1〉 : 追跡アマミキヨ

「CAS」は、コントロールド・アメリカン・サービスの略称で、CIAのコードネーム(暗号名)として使われていた。

文書では「CAS要員の真の名前と立場はいかなることがあっても秘密事項」と指摘。暗号名の「CAS」が一般に広まらないように、さらに別の名称を名乗って活動するよう求めている。

現地での活動では「CASという名称でなく、見せかけの名称を使用してほしい」とする一方、米本国との連絡を容易にするために「諜報や秘密工作、心理作戦、補給工作を行う際は、『CAS』を名乗ってほしい」と使い分けの方法を指示している。
CIA、偽称で活動 復帰前の沖縄 | 沖縄タイムス+プラス

基地の存在が明らかになりそうになったら!

CIA基地の撤去が決まったのは、’71年10月、国会で共産党議員が質問したその当日のことだった
「キャンプ知念」が秘密基地とされた背景には日米の密約
があったのでは?
CIAが封印した垣花の御嶽〈1〉 : 追跡アマミキヨ

活動してた組織は?

文書は県公文書館が米国国立公文書館から収集した文書群の中にあった。文書名は「CSGリポート1966」で、主題は「CASカバーセキュリティー」。1966年3月11日付で作成された「秘」指定のA4判2枚で、「沖縄のすべてのCAS部隊と軍の部隊を明確に区別」することが目的だった。発信人の名前はないが、宛先は高等弁務官やUSCAR首脳の民政官、米4軍の諜報関係担当司令官らになっている。
CIA、偽称で活動 復帰前の沖縄 | 沖縄タイムス+プラス

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2016年09月03日