平成28年熊本地震で熊本城が大被害でも加藤清正が評価されてる

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2016年4月14日熊本で震度7の大地震が発生。熊本城も石垣や瓦が崩れるなど被害に遭いました。そんな中、熊本城初代藩主 加藤清正の築城技術が称賛の嵐!

国の重要文化財 熊本城


https://matome.naver.jp/odai/2146068624966983601/2146070097289377503
熊本城HP

熊本城
熊本城(くまもとじょう)は、現在の熊本県熊本市中央区に築かれた安土桃山時代から江戸時代の日本の城。別名「銀杏城(ぎんなんじょう)」。
加藤清正が中世城郭を取り込み改築した平山城で、加藤氏改易後の江戸時代の大半は熊本藩細川家の居城。明治の西南戦争の戦場となった。西南戦争の直前に大小天守や御殿など本丸の建築群が焼失し、現在の天守は1960年の再建である。現存する宇土櫓などの櫓・城門・塀13棟は国の重要文化財に指定されている。また、城跡は「熊本城跡」として国の特別史跡に指定されている。
熊本城 – Wikipedia

熊本城を造ったのは加藤清正
加藤清正。
安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。肥後熊本藩初代藩主。熊本城を築城。
清正公(せいしょこ)さんと親しみを込めて呼ばれている。

震度7の地震が熊本を襲う

Yahoo!天気・災害@Yahoo_weather

【4月14日 21時26分ごろ熊本県で震度7の地震】
emergency.weather.yahoo.co.jp/weather/jp/ear…
東日本大震災や、阪神淡路大震災などと同じ揺れになります。 pic.twitter.com/iUUo0z8WDj
平成28年4月14日突然熊本を襲った大地震。
その被害は熊本城にも深い爪痕を残した。

【熊本城二の丸駐車場及び笹園を避難場所として開放しています】
現在、熊本城二の丸駐車場及び笹園を避難場所として開放しています。車での乗り込みが可能です。ただし石垣の崩壊の恐れのある熊本城総合事務所前の百間石垣周辺は交通規制をかけていますのでご注意ください。
なお、本日の熊本城の営業は地震の影響のため休園いたします。
熊本城被害状況(2016年4月15日午前1時時点)
・頬当御門入っての石垣 枡形をふさぐ状況で崩れ(2箇所)
・天守入口石垣 台座の石垣崩れ
・飯田丸五階櫓下石垣崩れ
・備前堀石垣 幅10m弱にわたり崩れ
・三の丸第一駐車場石垣 幅7~8mにわたり崩れ
・戌亥櫓下石垣崩れ
・長塀 約100m倒壊
・重要文化財櫓等の土壁剥落
熊本城公式facebook

熊本城公式facebookでも被害状況が発表されています。

田村淳@atsushilonboo

熊本県のシンボル熊本城
地震の影響で崩れてる所があるようですが…石垣には通し番号が振られているので、復元が可能らしいです…現存の宇土櫓は被害はないそうです

僕も熊本城の一口城主
元の姿に戻す事に微力ながら、お手伝いしたいです。 pic.twitter.com/S1iYDD4XIY

タレントのロンブー田村敦さんも心配しています。
熊本城こんなんなっとるんやな…
悲しくなる(´・ω・`)
地震が起きたら(起きたあともしばらくは)石垣に近寄ってはいけない。 pic.twitter.com/yIVj1CS0Ea
@ghost_11s 400年前の石垣は崩れてなくて、瓦はわざと、なんですね!ちょっとややこしくて混乱しました しゃちほこ行方不明みたいですね…残念 以前行った時にみたあの素晴らしい石垣にダメージが…と思うと悲しいです 駿府城も地震で堀が一部やられたんですがそれでも修復4億…;

石田三成@zibumitunari

熊本城が一部破損…
とても悔やまれるな。
だが、かつて慶長伏見地震で秀吉様を守り抜いた地震加藤の治めた土地だ。必ず清正の加護があると信じてる。
ライバル石田三成にも心配され、信頼されているツイートが。

加藤清正の築城技術が称賛の嵐

熊本城が余震で半壊、400年前に造った部分は無事 「日本の築城技術すげー」と称賛の声が集まる https://t.co/SsglBk8fhK | https://t.co/qswUSeV1Hr pic.twitter.com/her1anDfTX

築城の名手として知られる加藤清正により、安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけて築城された熊本城だが、西南戦争で天守を含む御殿など主要な建物は焼失した(現在の天守は昭和時代に再建)。焼失を免れ、当時の姿を残しているのがこの「宇土櫓」だが、今回の地震でも倒壊しておらず、加藤清正や400年以上前の築城技術を称賛する声がネット上で数多く上がっている。
熊本城倒壊免れ注目集まる加藤清正の築城技術 RGも「清正公が守る熊本は負けない!」 (東スポWeb) – Yahoo!ニュース

また、瓦を固定せず地震が来た際には屋根の瓦を落とすことによって建物を軽くし、建物自体が倒壊しないようもしていたという。

かどをか@HK_825

熊本城天守閣は残ったのか…!!
加藤清正すごいことを改めて実感できたわ〜〜
200年以上経って西郷隆盛が熊本城を落とせなかったことを考えると加藤清正って本当に凄いしそれを一部壊したってことは今回の地震って相当凄かったんだなって思う。

kimikimi-heart@KimikimiHeart

加藤清正公は、城造りの名人だったという。

彼が築城した『熊本城』も、今回の地震で被害にあった。

石垣が崩れ、屋根瓦も落ちたというが、骨組みは震度7にも耐え、しっかりしている、

すごいな〜と思う。

熊本の皆さん、熊本城を見て
頑張って下さい。

梛毅 -Nagi-@NKtCeLL

熊大にいたことがある先生とちょっと話してきたんだけど、くずれた石垣の映像をみて、くずれたのだいたい新しいとこだよって言ってたww。マジか。加藤清正すげぃ。

奥村@kohatoori

加藤清正ほんとに築城の天才だな

RYUP@doragonline

今回地震で倒壊しなかった熊本城の『宇土櫓』この不屈の魂。 pic.twitter.com/7znG6oc4Vs

あすま@ahosgill

天守は鉄筋だからなんとかなるとして宇土櫓は?って心配してたけど扉が落ちた程度で大丈夫らしい。すごいなぁ pic.twitter.com/t4uX0kQvLM

英英辞書で英語脳@BizEnglish0728

熊本城、余震で天守閣などが半壊するも、400年前に造られた宇土櫓部分は無事!  日本の築城技術ってすげー! ift.tt/22yuzKJ pic.twitter.com/kO7aV1LfVJ

熊本城の成り立ち~現在

築城
熊本市北区植木町の中心から南に伸びる舌状台地(京町台地)の尖端、茶臼山丘陵一帯に築かれた平山城。現在の地名では中央区の本丸、二の丸、宮内、古城、古京町、千葉城町に当たる。
中世に千葉城、隈本城が築かれ、安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけて加藤清正がこれを取り込み、現在のような姿の熊本城を築いた。日本三名城の一つとされ、「清正流(せいしょうりゅう)」と呼ばれる石垣の上に御殿、大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられ、一大名の城としては「日本一」であるとの評価がある。
熊本城 wikipediaより

改築
細川氏の居城となった後も盛んに改築が行われ、明治時代の初めまでは大半の建物が撤去されずに現存していたが、熊本鎮台が置かれた後に建物や石垣、曲輪の撤去や改変が行われ、西南戦争で一部の建物を残して天守を含む御殿や櫓など主要な建物を焼失した。現在は、宇土櫓や東竹之丸の櫓群が残る(建物が失われる経緯は、同項の歴史(明治時代以降)を参照のこと。)。石垣普請の名手とされる清正が築いた石垣は、1889年(明治22年)の熊本地震で石垣の一部が崩落し、改修された部分があるものの、ほぼ江戸期の改築による変遷の痕跡をとどめ、城跡は特別史跡に指定されている(2012年現在で512,300.52平方メートル)。昭和時代中期には大小天守と一部の櫓が外観復元され、近年では、櫓や御殿などの主要な建物を木構造で復元する事業が行われている。
熊本城 wikipediaより

3年連続1位ってすごいですね。

加藤清正がかかわったとされる城

佐敷城(1589年、天正17年)
※近世城郭に改修
熊本城(1591年、天正19年)
※秀吉から肥後北半国19万5000石を与えられ、千葉城・隈本城のあった茶臼山丘陵一帯に城を築く
名護屋城(1591年、天正19年)
※秀吉の命により、寺沢広高とともに普請奉行を務める
西生浦倭城(ソセンポわじょう)(1593年、文禄元年)
※朝鮮出兵の際の居城として築城
機張倭城(キジャンわじょう)(1595年、文禄4年)
※改修
蔚山倭城(ウルサンわじょう)(1597年、慶長2年)
※縄張り
宇土城(1600年、慶長5年)
※自らの隠居城にするために主曲輪を改修
府内城(1601年、慶長6年)
※竹中重利による増築を手伝う
江戸城(1606年、慶長11年)
※富士見櫓下の石垣
名古屋城(1610年、慶長15年)
※天守台の石垣
麦島城(八代城)(1612年、慶長17年)
※改修
玖島城(1614年、慶長19年)
※大村純頼が拡張・改修する際に設計指導
築城の名手(2)加藤清正 | 攻城団(全国のお城検索サイト)

梅幸なごむ@nagomu32112

遡る事約百四十年、西南の役の折大西郷に『官軍に負けたのではない、清正公に負けたのだ』と云わしめたとの逸話を持つ熊本城。其の築城は約四百年前…全く先人の技術に感服する次第。

土木の神様

熊本の豊かな水は、先人たちの工夫や努力によっていつも守られてきた。特に、熊本城を造った加藤清正公は”土木の神様”と呼ばれ、治水・利水に類まれな力を発揮した。清正の偉業は、今も熊本の人々の生活の中に息づき、恩恵を与え続けている。

寿ぎ堂@shizuku_ame753

石垣話題になってるけど、熊本は大昔から水害対策も凄いんだよ。
桑鶴の轡塘(くわづるのくつわども)とか鵜の瀬堰の工事図とか見るとほんと凄いよ…桑鶴は今だに水田に遊水地使われてるらしい、昔の人凄い。 https://t.co/85a7snXkRR

skybird_fazero_k@skybird_fazero

清正公は土木と治水の神様だもの、きっと守ってくださってると思う。

夕顔@shizukokoro

@zibumitunari そうでした!虎之助様は「地震加藤」の異名をお持ちでしたね。土木の神様だし。きっと清正公(せいしょこ)さんが守ってくれますね。

土木の神様でもある加藤清正が整備した熊本。きっと今よりも素晴らしい復興を遂げてくれるはず!

熊本城の秘密

熊本城おもてなし武将隊
熊本や熊本城をPRするべく、毎日おもてなし演武を披露して登城客をもてないしている戦国武将集団。
【熊本城おもてなし武将隊から皆様へ】
地震発生により皆様よりご心配のお声を頂戴しておりお礼申し上げます。
熊本城おもてなし武将隊は全員無事です。
皆様におかれましても、くれぐれも引き続き御注意ください。
武将隊やスタッフ全員が被災者で大変な時期であるはず。まずは個々の安全と環境を整えてから熊本城の復活をお待ちしています。
https://matome.naver.jp/odai/2146068624966983601
2016年04月15日