2chで語り継がれる怖い話【鳴らないはずのナースコール】
これは研修医時代、しかも働き始めの4月です。
(日付まで覚えています)
折りしも世間は、お花見と新歓シーズン真っただ中。
浮かれ過ぎてべろんべろんになって、救急車でご来院いただく酔っ払いで、深夜も大忙しでした。
ちなみに、ある意味洒落にならないことに、
前後不覚の酔っ払いは、研修医の良い練習台です。
普段滅多に使わない太い針で、点滴の練習をさせられたりしました。
一応治療上、太い針で点滴をとって急速輸液ってのは、医学上、正しいのも事実ですよ?
でも、血行が良くて血管がとりやすく、失敗しても怒られず、
しかも大半は健康な成人男性というわけで、
上の先生に否応なしに一番太い針を渡され、
何回も何回も、やり直しをさせられながら、半泣きでブスブスやってました。
普通の22G針は、研修医同士で何回か練習すればすぐ入れれるのですが、
16Gという輸血の為の針になるとなかなかコツがつかめず、入れられる方も激痛・・・
でも練習しておかないと、出血で血管のへしゃげた交通事故の被害者なんかには絶対入らないわけで。
その方は、今まで何回も自殺未遂で
受診していた常連さん。
しかもいわゆる、『引き際を抑えた見事な未遂』で、
ギリギリ死なない程度で留めていたようです。
しかし今回、運が悪かったというのか自業自得というのか・・・
だいぶ薬のせいで心臓が弱っていたらしく、まさかの心停止。(推測ですが)
駆けつけた知人という人も、固定電話から救急車は要請したものの、
到着時にはその場におらず連絡不能。
状況から事件性が否定出来ないため、警察に連絡。
検視が行われることになりましたが、
『たまたま大きな事件があったので朝まで引き取れない』
とのこと。
家族と連絡を取る時、やむを得ず故人の携帯を見て連絡を取りましたが、
あっさり蘇生中止を希望。
『生前、家族全員を散々振り回し、
借金を負わせ、みんなが疲れきって病んでしまった。
自殺が最後の希望だったろうから、頼むから逝かせてやってくれ』と・・・。
死亡確認後、改めて連絡しましたが、
地方に住んでいて、今晩は引き取りにも付添にもいけない、とのことでした。
最後に携帯から電話をしていた異性の知人にも連絡を取りましたが、
(おそらく通報者でしょう)
『今までまとわり付かれ、逃げようとすれば自殺未遂をされて、疲れきっていた。
家族でも友達でも何でもない。もう、関わりたくない』
暗たんとした気分になりました。
最初の社会勉強でした。
結局「遺体をどうしようか」という話になり、もう一度、話は警察へ。
誰かが面会に来た時に、すぐ会えるようにという配慮から、
『隔離室』
に安置する、こととなりました。
この隔離室、少し説明しにくいのですが、救急の一番奥まった所にあります。
手前から診察スペース(ウォークインの診察室と救急車受け入れ)があり、処置のスペースがあります。
私たちは大体、この処置スペースと診察スペースを行き来しています。
さらに奥に経過観察用のベッドが10台あるのですが、そのさらに突き当りにあります。
カーテン付きのドアで仕切られていて、救急室のベッド側と廊下2か所から出入り出来ますが、どちらも施錠出来ます。
(以前、知らない間にホームレスが入っていたりしたことがあったので・・・)
正しい使用方法は、インフルエンザの患者の点滴などですが、
今回はそこに入って頂こう、というわけです。
空調も別になっているので、その部屋だけ最低温度に設定してクーラーをかけ、施錠しました。
ショックを受けていた自分も、すぐにまた怒涛のように運び込まれる酔っ払いの相手をしているうちに、その患者のことが、頭から抜け落ちていきました。
それが大体11時頃。
異変が起きたのは、
深夜1時半頃でした。
先ほども言ったように近いとはいえ少し離れているので、
各ベッドに一つずつナースコールがあり、
鳴らすと『エリーゼのために』が流れます。
観察室のランプがチカチカ。
何も考えずにナースコールを取って、
「どうしましたか?」
と言った瞬間、
後ろから、別のドクターが切ってしまいました。
(壁に付いてる固定電話みたいになっています)
「え・・・」
「お前よく見ろ、隔離室だぞ」
「あっ・・・え、あのー、
酔っ払いが忍び込んでる、とか?」
そして鍵を戻してぼそっと、
「ただの故障だ、厭な偶然、
それだけだからな」
もうその後は、怖くて仕方ありませんでした。
しかし自分がやらかしてしまったせいでしょうか、
その後もベルが鳴る鳴る・・・
ひっきりなしに『エリーゼのために』が、
ガンガン流れます。
その度に、面倒くさそうに受話器をガチャ切りする上級医。
しかし、ベルは酷くなる一方でした。
♪ミレミシレドラ~・・・、
のメロディーが流れるのですが、
途中くらいから、こちらが切らなくても勝手に途中で切れるのです。
ミレミシレド、ミレミシレド、
みたいな感じで。
最後は、ミレミシ、ミレミシ、ミレミレミレ・・・
みたいになってましたね。
明らかにこちらを急かしていました。
私と同じく、入りたての看護師さんもいたのですが、彼女は完全に腰が抜けて、泣きながら座り込んでいたし。
そして、「おい!うっせーんだよ!!さっさと行ってやれやゴルァ!!」 と、空気の読めない酔っ払い共。
中にはオラオラ言いながら隔離室のドアを蹴るDQNまでいて、ちょっとしたカオスでした。
そんな中、一人不機嫌オーラを立てていたのは、師長さんでした。
とうとうしびれを切らした彼女は、ツカツカと受話器の所に行ってさっと取ると一言、
「黙ってさっさと死ね!!!!」
救急中にしっかりと声が響き、ぱたりと途絶えたナースコール。
理解したのかしないのか知りませんが、空気をやっと読んでくれた酔っ払い達。
それはそれは頼もしいとかじゃなくて、
純粋に恐ろしかったです。
「仕事しろ!」
その後は、馬車馬のように
働きましたとも。
酔っ払いはいつも居座ってしまって帰すのに苦労するのですが、皆様本当に理解が早かった。
腰を抜かしていた看護師さんはその後、
「ICUで死ぬ間際の人が氷をポリポリ食べていて、その音が耳から離れない」
と言い残して辞めていきましたが、
師長さんいわく「軟弱者」、だからだそうです。
女社会、子供を5人育て上げ、なおかつ893やDQNのやって来る救急外来をあえて選ぶ、そんな猛者。
今でも心底恐ろしいです。
後、心当たりがあっても、この話はあまり広げないでくださいね。
特定されたら・・・考えたくないですから。
▽後日談…
蘇生したか?ということを、当時の自分もちょっと考えましたが、
やはり何度考えても、
答えはNOでした。
挿管こそしませんでしたが、三次救急病院の蘇生メニューで、
全くのAsys.(心臓が完全に止まった状態)でしたからね・・・
特に低体温などの特殊な状況だったわけでもありませんし。
医学的常識を超えて蘇生してくるケースを全く否定するわけではありませんが、非常に考えにくいです。
かなり広めの個室です。
インフルエンザの時期、
5組のインフルエンザの子供と保護者を
収容出来る広さです。
その中央に、柵付きのベッドを
一台だけぽつんと置いた状態。
ナースコールは一台のみで、
壁に固定です。
生きている人を寝かせる時には、延長ケーブルでボタンを持たせますが、
当然、当時は必要ないので、ケーブルは収納していました。
鍵はあくまで外からの侵入を防ぐためなので、
中からはつまみ一つで簡単に開きます。
本当に生き返って、柵を外して壁まで歩いてナースコールを鳴らすぐらい元気だったら、
せめてカーテンを開けて、助けを呼ぶくらいしてほしかったかなあ。
後、救急外来のナースコールは電話と違い、
かけることは出来ても、
切ることは出来ません。
こっちから切らない限り、
再びかけ直すことは出来ないはず。
なので、もっとも科学的に説明がつくのは、
『故障』なんでしょうね。
なにはともあれ、自分には色々と
洒落にならなかったです。
まだ本当に若い方で、医者になりたての若造は使命感に燃え、教科書通りに必死に蘇生を行いました。
しかし結局30分経過したところで、ご家族と連絡を取った統括当直医の一言で、全ては終了。