American Top 40 Singles October 5, 1974

chiiierimo
1974年10月5日「全米Top40」まとめました。お楽しみ下さい。

1 (↑2) I HONESTLY LOVE YOU – Olivia Newton-John

邦題「愛の告白」  一位獲得!

可憐なルックスとソフトに囁くように歌う。グラミー賞2部門受賞(最優秀レコード、ポップ女性ボーカル)、アダルトコンテンポラリーチャートNo.1、ゴールドディスク。

カントリー路線からの飛躍を。

【オリビア・ニュートン=ジョン】1948年英ケンブリッジ生まれ、豪メルボルン育ち。母方祖父はノーベル物理賞受賞者。コンテスト番組優勝でデビュー。ミュージカル映画「グリース」主演。

2 (↑3) NOTHING FROM NOTHING – Billy Preston

邦題「ナッシング・フロム・ナッシング」

ラグタイム風味で楽しさ満開。これほどに陽気に演奏出来たなら毎日がハッピーだよな。いろいろなアプローチで訴える、お手前ざんす。

無の境地も、アフロ全開のノリノリ♬

【ビリー・プレストン】1946年、テキサス州ヒューストン生まれ、ロサンゼルス育ち。キーボード奏者として、ビートルズやローリング・ストーンズを始めとする多くのミュージシャンたちと共演。

3 (↑4) THEN CAME YOU – Dionne Warwick and the Spinners

邦題「愛のめぐり逢い」

ホイットニー・ヒューストンの従姉妹。ソングライト、アレンジなど幅広く活躍したジェリー・ラゴヴォイをプロデューサーに迎え新境地を切り開く。

スピナーズとの共演でNo.1を!

【ディオンヌ・ワーウィック】1940年生まれ、米ニュージャージー州出身。1963年にデビュー。グラミー5冠という輝かしいキャリアを誇るソウル/R&Bシンガー。2013年、自己破産を申請。

4 (↑5) BEACH BABY – First Class

邦題「ビーチ・ベイビー」

夏の後半、どうにか間に合いました。夏の甘酸っぱい思い出が盛り沢山な歌。なんてたってあちらの国は夏休み前に卒業式で夏休みがチョー長いので、沢山のエピソードがある訳ね。

ウラヤマシイ♬

【ファースト・クラス】英国のバンド。スタジオ録音をするためにメンバーが集まった臨時雇いバンド。ジョン・カーターが曲を書きプロデュース。歌はトニー・バロウズが担当。

5 (↑6) YOU HAVEN’T DONE NOTHIN’ – Stevie Wonder

邦題「悪夢」

ガンガンとクラヴィネット叩きまくってくれる。後半、スティーヴィーの掛け声でバッキング・ヴォーカルにジャクソン5が”Doo Da Wop”を歌ってる。ニクソン批判。

ヘドが出るほど聞き飽きた!僕らが望むのは他でもない真実だけ♬

【スティーヴィー・ワンダー】1950年ミシガン州サギノー生まれのミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。30曲以上の全米トップ10ヒットを放ち、計22部門でグラミー賞を受賞。

6 (↑7) CLAP FOR THE WOLFMAN – The Guess Who

邦題「ウルフマンに拍手」

「だーれだっ?」を英語に訳すと「Guess who?」ってことでしたが。FENでエアチェックして聴いていたWolfman Jack。懐かしい訳ですよ。

「だーれだっ?」

【ゲス・フー】1963年カナダで結成。「Shakin’ All Over」のカヴァーがヒット。70年には「American Woman」が全米一位。

7 (↑8) ANOTHER SATURDAY NIGHT – Cat Stevens

邦題「今度の土曜に恋人を」

サム・クックのヒット曲をカヴァー。レゲエ風の曲調そのままにテンポアップしてノリノリのパーティソング。 アレンジが楽しい。

哲学より愉しみに浸ろう。

【キャット・スティーヴンス】1948年生まれ、ロンドン出身のシンガー・ソングライター、教育家、慈善活動家、イスラム教への改宗者(現、ユスフ・イスラム)としても知られている。

8 (↑9) HANG ON IN THERE BABY – Johnny Bristol

邦題「ハング・オン・ベイビー」

ロマンティックでメロウな哀愁と渋く力強い声が大変ヨロシイ。メロディとアレンジはバリーホワイトの愛のテーマのパクリじゃないかって感じだが。

満を持して放ったソロデビュー作。

【ジョニー・ブリストル】1939年、米ノースカロライナ州モーガントン生まれ。R&Bシンガー,ソングライター,プロデューサーとして活動。モータウンの黄金時代を支えた一人。

9 (↑10) SWEET HOME ALABAMA – Lynyrd Skynyrd

邦題「スイート・ホーム・アラバマ」

70年代末以降のサザン・ロックを代表する名曲登場。ニール・ヤングが人種問題で南部人を批判した「サザン・マン」へ対してのアンサー・ソングという話だが。

ギターアンサンブルが堪らなく気持ち良い♬

【レーナード・スキナー】1965年米フロリダ州ジャクソンビルで結成。オールマン・ブラザーズ・バンドと肩を並べるサザン・バンドである。飛行機事故で複数のメンバーが死亡。

10 (↑11) EARACHE MY EYE (Featuring Alice Bowie) – Cheech and Chong

邦題「ミスター・ロックン・ロール」

「Alice Cooper」と「David Bowie」の演奏をパロディに。学校に行かない息子を父親が殴るという内容のコメディ・ソング。

ちーちゃんとちょんちゃんの新ネタ新ネタ。

【チーチ・アンド・チョン】カナダのバンクーバーにあったトミー・チョンの家族が経営するトップレス・クラブで二人は出会う。 83年にはモンティ・パイソンと映画で共演。

11 (↑16) CAN’T GET ENOUGH – Bad Company

邦題「キャント・ゲット・イナフ」

ポール・ロジャースが”Free”解散後に全米制覇を考えた。それは悪友たちとバンドを組んじゃおう。ロック・ファンにとって70年代の1ページに深く刻まれたチャートイン!

骨太!ロックンロール!!

【バッド・カンパニー】1973年に英国で結成され、74年デビューのハードロックバンド。グループ名の意味は悪友。プラチナムセールスを記録するなど、英国以上に米国で高い人気を誇った。

12 (↓1) ROCK ME GENTLY – Andy Kim

邦題「ロック・ミー・ジェントリー」

60年代末から70年代初頭にかけてチャートの常連だったが、久々に曲が当たりました。流行の音だからって間奏の吃驚クラビネットソロってどうよ。

当初は自主制作盤としてリースという話。

【アンディ・キム】1952年、カナダ・モントリオール生まれのポップシンガー、ソングライター。69年デビュー。76年父が死亡後に活動休止。80年「Baron Longfellow」と名を変更し歌手活動再開。

13 (↑17) NEVER MY LOVE – Blue Swede

邦題「ネバー・マイ・ラブ」

1967年、全米チャートの2位に入ったザ・アソシエーションの曲のカヴァー。過去の曲を改めてリバイバルさせるのは確かな営業戦略でヨロシイ。

オリジナルは「Association」で67年10月2位。

【ブルー・スウェード】スウェーデン出身の7人組。世界で売り出すにあたって、ブルー・スウェードと名付けられたが、元々の名前はスウェーデン語でBlue Denim Shirtsという。

14 (↑18) YOU LITTLE TRUSTMAKER – The Tymes

邦題「ユー・リトル・トラストメーカー」

大ベテランに「ドゥびドゥびドゥび、ドゥびドゥびドゥび」と陽気にコーラスされちゃ〜手拍子足踏み腰振り一諸に歌っちゃいますね〜。

ドゥビドゥビおじさん♬

【タイムズ】1956年、米ペンシルバニア州フィラデルフィアで結成されたR&Bグループ。63年「なぎさの誓い」が全米一位。メンバー変遷はあるが2000年以降も活動。

15 (↑19) STEPPIN’ OUT (Gonna Boogie Tonight) – Tony Orlando and Dawn

邦題「夜のブギ・ウギ・パーティ」

さすがに大当たりしたので全米の認知度が上がった。74年からCBS系列で彼のTV番組が開始され「Tony Orlando & Dawn」と名称を変更。

これもイイ曲だね〜何匹目のドジョウだろうか。

【トニーオーランド&ドーン】トニー・オーランド、1944年生まれの歌手。61年から歌手として活動したが、裏方の仕事が主だった。73年3週間で3百万枚のセールスを記録。

16 (↑20) STOP AND SMELL THE ROSES – Mac Davis

邦題「ストップ・アンド・スメル・ザ・ローゼズ」

甘いヴォイスで歌う大人のバラードだ。けだるく艶のある声がたまらない。アルバム「Stop And Smell The Roses/ストップ・アンド・スメル・ザ・ローゼズ」のタイトル曲。

立ち止まってバラの香りを嗅ごうよ、という英語のことわざだ。

【マック・デイヴィス】1942年生まれ、テキサス州出身歌手、ミュージシャン。9月23日から3週間のNo.1を記録したミリオン・セラー。

17 (↑21) SKIN TIGHT – The Ohio Players

邦題「スキン・タイト」

御機嫌なファンキーバンド。エロいアルバム・ジャケットのデザインが有名。女性蔑視と批難され論議を巻き起す。音楽業界だけでなく出版界全体にも大きな影響を与えた。

パナマ出身の人気モデル、エスター・コーデットをジャケットに。

【オハイオ・プレイヤーズ】1959年にオハイオ州デイトンで結成されたオハイオ・アンタッチャブルズが前身。75年「ファイア」全米1位。

18 (↑24) THE BITCH IS BACK – Elton John

邦題「あばずれさんのお帰り」

アルバム「カリブー」から。「あばずれさんのお帰り」という凄まじいタイトルの曲がティナ・ターナーに気に入れ、歌っていたことがある。

後にエルトンとこの曲でライブにてデュエットも。♬

【エルトン・ジョン】1947年生まれ、英国のミュージシャン、シンガー・ソングライター。69年にソロ・デビュー後ヒットを量産、世界で最も成功した男性ソロ・アーティストの一人。

19 (↑23) JAZZMAN – Carole King

邦題「ジャズマン」

トム・スコットのアルトサックスが軽快なサウンドのなか全編に入っていて大変ヨロシイ。ビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」のような歌という感じか。

あなたの演奏で私の憂鬱を吹き飛ばして欲しい♬

【キャロル・キング】1942年生まれ、ニューヨーク市ブルックリン生まれの女性シンガーソングライター・作曲家。58年デビュー。71年「つづれおり (Tapestry)」グラミー賞を4部門制覇。

20 (↑26) DO IT BABY – The Miracles

邦題「ドゥ・イット・ベイビー」

フレディ・ペレン夫妻による楽曲でミラクルズのオリジナルヒット。リード・ヴォーカルのビリー・グリフィン加入後では初のR&Bトップ10ヒット。

女の子が歌っているのかと思う程のハイトーン。

【ミラクルズ】1955年、米ミシガン州デトロイトで結成されたR&Bグループ。Smokey Robinson を中心にハイスクールの学生5人で活動開始。

21(↑27) LOVE ME FOR A REASON – The Osmonds

邦題「愛ある世界を求めて」

前作に続くバラード路線。オリジナルはJohnny Bristo。ソウルバラードに仕上がっている。英国ヒットチャートNo.1を獲得。

日本でもアイドルとして人気があったねえ。

【オズモンズ】1959年、米ユタ州オグデンで結成、ファミリーグループ。ウェールズ系で、英国でより高い人気を獲得。メンバー変遷し2000年以降も活動。82年に「Osmond Brothers」と改名。

22 (↓12) CAN’T GET ENOUGH OF YOUR LOVE, BABE – Barry White

邦題「あふれる愛を」

ボソボソ低音エロヴォイス炸裂。ラヴ・アンリミテッド・オーケストラをバックにセクシーなバリトン・ヴォイスで囁くピロートーク的芸風。R&BチャートNo.1、ゴールドディスク。

つのだ★ひろじゃないのよ。

【バリー・ホワイト】1944年テキサス州ガルベストン生まれ、ロスアンジェルス育ち。69年女性3人組ラヴ・アンリミテッドを結成。バックを務めた「愛のテーマ」が大ヒット。03年死去。

23 (↓13) I SHOT THE SHERIFF – Eric Clapton

邦題「アイ・ショット・ザ・シェリフ」

ボブ・マーリー73年発表のアルバム「バーニン」に収録されている曲をカヴァー。レゲエという曲調ジャンルが日本でも知れ渡るようになったきっかけであろう曲。

ギターソロがないクラプトン♬

【エリック・クラプトン】1945年生まれ、イングランド出身のミュージシャン、ギタリスト。60年代からヤードバーズ、クリームなどのバンドでギタリストとして活動。70年代には薬物依存症。

24 (↑25) I LOVE MY FRIEND – Charlie Rich

邦題「アイ・ラヴ・マイ・フレンド」

突如訪れた彼のブームはまだまだ地味に熱く続く。カントリーチャートNo.1、アダルトコンテンポラリー・チャートNo.1。

シルバーフォックス(銀髪)のダンディズム♬

【チャーリー・リッチ】1932年米アーカンソー州生まれ。50年代前半から活動を始め、元々はジャズやブルースを演っていた。カントリーチャートでは45曲のヒットを持つ大スター。

25 (↓14) (You’re) HAVING MY BABY – Paul Anka

邦題「二人のきずな」

約10年ぶりのチャートインか!TOP40ヒットとなりました。アメリカン・グラフィティーの影響か、ちょいと古き良きアメリカ歌手の活動が活発に。

マイケル・ジャクソンの遺作「THIS IS IT」の共作者。

【ポール・アンカ】1941年カナダのオンタリオ州オタワ市生まれのポップシンガー、作詞・作曲家、俳優。フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」の英語詞など多数のヒット曲を提供。

26 (↑32) TIN MAN – America

邦題「魔法のロボット」

彼らフォークなイメージが強いが、ジャジーでAOR風味の仕上がり。ビートルズのプロデューサーで、ジョージ・マーティン効果なのか。アダルト・コンテンポラリー・チャートでNo.1。

母国への愛なのか。

【アメリカ】ロンドンで結成、1971年デビュー。「名前のない馬 (A Horse With No Name)」が全米1位の大ヒット!アルバムもミリオンセラーを記録、グラミー賞の最優秀新人賞を受賞した。

27 (↑33) FALLIN’ IN LOVE – The Souther, Hillman, Furay Band

邦題「素晴らしき恋」

イーグルスを筆頭にウェストコースト・サウンド・ブームが頂点にあった時期。ちょいと出遅れてしまった感が有る。リリース早々好調なセールス。ゴールド・ディスク。

ウェストコースト・ロックの3つの才能。

【サウザー・ヒルマン・フューレイ・バンド】1973年、米カリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたカントリーロックバンド。8人編成前後で74年から活動。

29 (↓15) WHO DO YOU THINK YOU ARE – Bo Donaldson and the Heywoods

邦題「恋のあやまち」

前作「悲しみのヒーロー」に続いてカヴァーでヒット撃ち。確かに、出版権で四の五の言わなければセールスも見える営業戦略。

オリジナルは”スカイ・ハイ”で有名なジグソー。

【ボー・ドナルドソン&ザ・ヘイウッズ】1965年結成の米オハイオ州シンシナティ出身のポップロックバンド。ボー・ドナルドソンは1954年生まれ、ボーカル兼キーボード・トランペット奏者。

30 (↓22) FREE MAN IN PARIS – Joni Mitchell

邦題「パリの自由人」

前作と同じアルバム「Court And Spark」より。アコースティック・ギターのリズムが爽や。ギターにホセ・フェリシアーノとラリー・カールトンが参加。

聴こえてくる音が自由人♬

【ジョニ・ミッチェル】1943年生まれ、カナダ・アルバータ州のフォート・マクラウド出身のミュージシャン、画家。1969年から2007年にかけて、グラミー賞を9回受賞。

31 (↓30) YOU AND ME AGAINST THE WORLD – Helen Reddy

邦題「ユー・アンド・ミー」

母親が子供に語りかける歌。最初と最後のセリフは彼女の娘。世間に逆らって生きている母と娘、やっぱり強いです。アダルトコンテンポラリー・チャートNo.1。

ノリにノっているPaul Williams作。

【ヘレン・レディ】1941年、豪メルボルンの芸能一家に生まれ、4歳からステージに立つ。ロスに移住後、70年デビュー。アダルトコンテンポラリー・チャートで8曲のNo.1ヒットを持つ。

32 (↑40) LIFE IS A ROCK (But the Radio Rolled Me) – Reunion

邦題「ロックは恋人」

企画モノ。音楽好きだ〜音楽が好きだ〜!人生はロックだ〜ッ!そんなような歌。アーティスト名や曲のタイトルをラップのように歌われるノヴェルティ・ソング。

寿限無寿限無寿限無寿限無寿限無・・・

【リユニオン】1974年、米国で結成されたスタジオ・プロジェクトバンド。プロデューサー及びソングライティングチームが結成。

☆33 (↑53) WHATEVER GETS YOU THRU THE NIGHT – John Lennon with the Plastic Ono Nuclear Band

邦題「真夜中を突っ走れ」

エルトン・ジョンがバックコーラスとピアノで参加。74年11月29日、エルトンのコンサートにジョンの飛び入り。これがジョンの最後ライブ登場。

この曲が1位になったら、僕のコンサートに出るって、約束だよ♬

【ジョン・レノン】1940年英リヴァプール出身のミュージシャン。ザ・ビートルズの元メンバーで、ヴォーカル・ギター・作詞作曲を主に担当。1980年12月8日凶弾に倒れ満40歳没。

☆34 (↑42) GIVE IT TO THE PEOPLE – The Righteous Brothers

邦題「ギブ・イット・トゥ・ザ・ピープル 」

白人による初めてのソウルナンバーとして話題を呼び、全米No.1ヒットを記録。彼らの名はブルーアイド・ソウルの開拓者として音楽史を飾った。74年に再結成。

大人なナンバー。

【ライチャス・ブラザーズ】2人から成るデュオ、1963年デビュー。60年代に「ふられた気持」や「ひき潮」「アンチェインド・メロディ」などのヒット曲で有名。

☆35 (↑46) CAREFREE HIGHWAY – Gordon Lightfoot

邦題「ケアフリー・ハイウェイ」

アリゾナ州の実在のハイウェイを歌った曲。何も言わずに去っていった女。アダルトコンテンポラリー・チャートNo.1。

日本での話題が乏しく大変残念な人。

【ゴードン・ライトフット】1938年、カナダのオンタリオ州出身のリスナーから根強い支持を受けるシンガーソングライターでギタリスト。71年「心に秘めた想い」が全米ヒット。

☆36 (↑45) STRAIGHT SHOOTIN’ WOMAN – Steppenwolf

邦題「ストレート・シューティン・ウーマン」

久々チャートに登場。映画「イージー・ライダー」の主題歌で「ワイルドで行こう」が大ヒット。このナンバーもワイルドで御機嫌だ。

まだまだ演ってます。

【ステッペンウルフ】1967年、米カリフォルニア州ロサンゼルスで結成したロックバンド。メンバー変遷を経て72年解散、74年再結成、77年再解散、度々再結成。

37 (→37) ONE DAY AT A TIME – Marilyn Sellars

邦題「ワン・デイ・アット・ア・タイム」

あまりにオーソドックスでこんなにも地味なカントリー・ソングがチャートに登場ってのも珍しい。本当に1974年なのか?耳を疑いたくなるような曲。

絵に描いたようなカントリー・ソング。

【マリリン・セラーズ】1944年ミネソタ州生まれの女性カントリー・シンガー。

☆38 (↑60) DO IT (‘Til You’re Satisfied) – B.T. Express

邦題「ドゥー・イット」

パーカッション、ファンク風味の「ドゥー・イット、ドゥー・イット」と男コーラス。ディスコがメジャーポップに変化する過程の意味あるナンバー。R&BチャートNo.1、ゴールドディスク。

バンプで踊ろう♬

【B.T.エクスプレス】1972年、米ニューヨーク市ブルックリン区で結成されたR&Bバンド(ファンク・ディスコ)。メンバー変遷あるが81年まで活動。

☆39 (↑48) KINGS OF THE PARTY – Brownsville Station

邦題「キングス・オブ・ザ・パーティ」

ますますもってダウン・タウン・ブギウギ・バンドなのかと思えるストレートなロックンロール・ブギ風味。これは時代の悪戯か。

もしや、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドなのか。

【ブラウンズヴィル・ステーション】69年結成、ミシガン州出身。後年、モトリー・クルーによって「スモーキン・イン・ザ・ボーイズ・ルーム」がカヴァーされる。

☆40 (↑50) BACK HOME AGAIN – John Denver

邦題「バック・ホーム・アゲイン」

まさにイメージする”カントリー・ボーイ”風味満載。カントリー・チャート、アダルト・コンテンポラリー・チャートNo.1、ゴールドディスク。

家に帰るってよいもんだなあ♬

【ジョン・デンバー】1943年生まれ、ニューメキシコ州ロズウェル出身のシンガーソングライター。「カントリー・ロード」等ヒット曲多数。1997年10月12日、飛行機を操縦し墜落事故で没。

次週は、

先週は、

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2016年02月16日