『007は二度死ぬ』英語が達者だから殺され役のボンドガールになってしまった 若林映子

jiye195623
1967年には、007シリーズ5作目の『007は二度死ぬ』に浜美枝と共にボンドガールに抜擢される。当初は若林が海女の「キッシー鈴木(Kissy Suzuki)」役で浜が公安エージェントの「スキ(Suki)」役の予定だったが、浜の英語力では公安エージェント役は無理と判断され、役柄が交換となった。
わかばやし あきこ 若林 映子
本名同じ
生年月日1939年12月13日
出生地 日本・東京都大田区北千束
身長163cm
職業女優
ジャンル映画、テレビドラマ
活動期間1958年 – 1972年
主な作品
『キングコング対ゴジラ]』
『喜劇 駅前茶釜』
『宇宙大怪獣ドゴラ』
『三大怪獣 地球最大の決戦』
『007は二度死ぬ』

『007は二度死ぬ』やゴジラ映画のヒロインで有名な方ですが、1968年に芸能界は引退されたそうです。引退の経緯やその後については、まるで不明ですが、2003年に公開された『007/ダイ・アナザーデイ』のパンフレットに、丹波哲郎さん(『二度死ぬ』で共演した)との対談がありました。それによると、プライバシーについては一切お話ししていませんが、東京都在住で、丹波さんとはパンフ編集で30年振りに再会したそうです。今でも海外のボンド映画のファンから「あなたのファンだ」というファンレターが年に何通か来るそうです(海外のファン恐るべし!)。
若林映子 女優・俳優部門 恐怖の追跡〜あの人たちは今?〜

ボンド・ガールははっきりと東宝系に落ち着きました。撮影にも協力してますしね。若林映子はもともとスキなんて名前(スキヤキからかい)だったのがめでたくアキになります。まったくどこに出しても恥ずかしくない美女ぶりでしたね。
http://www.ne.jp/asahi/betty/boop/youonly.htm

とにかく若林映子には見せ場がうんとありました。この撮影のために2週間でオープンカーとして納品させられたトヨタの苦心の名車TOYOTA2000GTを駆使する姿は実に格好良いものでした(もちろん吹替だが)。ハンドルも右から左へと一瞬変わったりするのがご愛嬌でした。ただ、なんかボンドに対しての人身御供みたいなキャラクターだったのが残念ですが。
http://www.ne.jp/asahi/betty/boop/youonly.htm

『007は二度死ぬ』でタイガー田中の秘書・アキ役を演じた若林映子さんは、アンラッキーだったと言うよりも可哀想な気がしてならない。
前半のタイガー田中の秘書であるアキ嬢を浜美枝さんで、後半ボンドと共にスペクターのアジトに乗り込み、ラストのボンドとのラブシーンを演じるのが若林映子さんのハズだったのでありました。
007おしゃべり箱 番外編(80) 「ボンドガール/無念を思うひと」 | 007おしゃべり箱/Talking BOX of 007

二人の配役を逆にする、とは窮余の策であったと思われます。
お二人の年齢を比較する必要も無く若林さんの方が先輩格であった事が解ります。
それが「英語が達者だからメインのボンドガールに・・・」では無く、「英語が達者だから殺され役のボンドガールに・・・」とは、あまりにも不憫ではないでしょうか。 可哀想です。
007おしゃべり箱 番外編(80) 「ボンドガール/無念を思うひと」 | 007おしゃべり箱/Talking BOX of 007

エキゾチックな容姿、まさにアジアンビューティー中のアジアンビューティー、日本国内よりも海外の方で人気を得て、1959年の、ロモロ・マルチェリーニ監督のイタリア映画『レ・オリエンターリ』を皮切りに、1961年にはマルチェリーニ監督の推薦で日伊合作映画『アキコ』に題名と同じアキコ役で出演。同年、西ドイツ映画『遙かなる熱風』で日中混血のダンサー役を演じる。その後は、東宝でアクション、サラリーマン物、特撮映画と幅広いジャンルで活躍。『三大怪獣 地球最大の決戦』は名画『ローマの休日』の要素を組み込んだ異色怪獣映画だが、欧州のサルノ王女役(中盤は一転して金星人に憑依された女浮浪者・予言者)を極めて艶やかに演じた。
若林映子 – Wikipedia

https://www.youtube.com/watch?v=W8eJ8bj2sh0
https://www.youtube.com/watch?v=_Ha6Gl14hFs
https://www.youtube.com/watch?v=Z2DcaCGUsCk
https://matome.naver.jp/odai/2145458567627917701
2016年02月04日