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永井圭は海斗の友人だ。
初めて出来た友人で──初恋の人だ。
大きな目に真っ直ぐな黒髪。名前が女の子らしくないとむくれたほっぺは円やかで、いつもいい子の彼女が海斗の前では自由であったことを今も嬉しく思っている。
海斗は犯罪者の息子で、圭はいいとこのお嬢さん。親から接触を禁止されてお別れをされた日は悲しくて悲しくてつらかったけど、数日後非通知で掛かった電話に唖然としたことを覚えてる。
そういえば、と思う。海斗の腕枕で横になる傍ら、こうして誰かに優しく触れられたことは今まであっただろうか、と。
母は圭に関心のない人であった。素晴らしい成績にお褒めの言葉を頂くことはあっても、頭を撫でてくれたことはない。妹もいつしか圭を疎むようになった。それは海斗との表面上の決別以後だった為、彼に淡い恋心を抱く妹の不興を買ったのだろうと圭は冷静に分析している。

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「日が傾いてきたね」
「……そうですね」
「夕陽を拝むことになるかな」
「どうでしょう」
「朝陽を昇ったときはなんだか時が止まったように思ったのだけど、こうして太陽だけは動いているのだから時間というものはなんとも度し難いものがあるよねぇ」
「……そうかもしれませんね」

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────はあっ、はぁっ……は、っ……
物陰に身を潜め、胸に手をあてて上がった呼吸を必死になだめる。薄闇のなか、相手に気づかれてはいないはず。
森の中を駆け抜けて、先回りに成功したはずだ。じっと耳を澄ますと足音が近づいてくる。失敗は許されない。

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「ふー……」
塾から出ると、生ぬるい風が体を包む。塾の中は体が冷えるくらいにエアコンをガンガンにつけてるから、いつもこの温度差がこたえるんだ。
「八時か」
塾の休憩時間は二十分。冷え切った体が外気の温度にだんだん慣れてくる。

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炎天下の田舎道を歩いている。麦わら帽子をかぶったカイの後ろ姿と、遠くに見える陽炎、うるさいくらいの蝉の鳴き声。どれもたしかに覚えがあるのにどこか現実味がない。それで夢だとわかった。
「ぼくねーカイのケータイ番号覚えたんだよ」
「意味あんのか?それ」
「いーじゃん!覚えたかったんだから!」

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初めて見たときから、アイツは明らかに『異質』だった。
だってこういうトコだぜ。少年院てトコだ。規律正しく真面目に生活して矯正される、軍隊みたいなトコだ。そんなトコだってのに、アイツは、海斗はひとりですごく浮いていた。
全員坊主頭が当たり前のここで、短めに刈ってはいるけど金髪頭。しかも耳にはピアス。看守も見てみぬふりって感じだ。

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「……カイ」
「うん」
ちょっとだけ上目遣いで俺を見るとき、ケイはキスして欲しいんだ。でもそんなクセがあることを、ケイ自身は知らないんだろうな。
「あのさ……」
「なんだ?」
分かってるけど、ケイから言って欲しいから俺は言わない。ケイのきれいな瞳が軽く伏せられて、うっすらと色っぽさが漂う。
「頼みが、あるんだ」

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「カイは……僕なんかのどこが好きなの」
ああ、またかと思う。ケイは時々こうして俺に問いかけてくるんだ。それは自分に苛立って自信が無くなっている時。
「全部好き」
これで照れた顔をするなら軽度。
「…………」
でもいまはちらっと俺をみて、不服そうな顔をしている。これは重度。ちゃんと言ってやらないと、拗ねて落ち込んでいく前触れ。
「ケイの声が好きだ」
「……別に、特徴ある声してないよ」
俺の方を見ないでぼそっと呟いた。

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佐藤は体を半分に裂かれる必要があった。
「一息によろしく頼むよ」
ばりっとね、ばりっと。片手だけで、器用に菓子袋を開くような動きをして見せた佐藤を、田中は嫌なものを見る目つきで見たが、佐藤は意に介せずからからと笑った。
体を引き裂かれる痛みは、それは壮絶なものだ。
田中にとって、それは、想像を絶するものではない。既知の痛みである。知りたくもなかった、いくつもある嫌な死に方の中でも、上の方に位置する、悲惨で不快な感覚だった。

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「……やだ」
カイがあんまりにも調子に乗るから、お断りすることにした。
「なんで? つらい?」
「そっ……そうじゃないけど」
「じゃあ、なに」
「…………」
い、言えない。黙り込んでる僕に、ずいっとカイが顔を寄せてくる。
「恥ずかしい?」
うぁ……そんなズバッと言い当てられると顔が赤くなる。でも、そうじゃないとも言えなくて、僕は低く呻きながらコクリと頷いた。

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「永井圭はどんな子だろうねぇ」
右折待ちをしているさなか、佐藤が言った。信号と車の流れを見ながら、田中は助手席に座る佐藤を横目で見た。
「発見されたときもそのあとも、『声』は確認されているが誰も死亡者を出していない。あまり期待しない方がいいかもしれんね」
「……『声』……」
「君も使えるだろう?しかし亜人に目覚めてすぐに『声』を使えた、幼少期から黒い幽霊を発現させていることを鑑みると、なかなか素質はあるのかな。どう思う?田中君」
「さぁ、」

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バイクから降りた瞬間、シャツに沁み込んだ自分の血と汗の匂いをもろに吸いこんでしまって思わず顔をしかめた。血はとっくに乾ききっているはずなのに、量が多かったせいかまだ噎せるような鉄の匂いがする。バイクに乗っている間ずっとカイの背中にしがみついていたから、きっとカイの服にも沁み込んでしまっただろう。ああでも、そうだ、カイだって頭からかなり出血していた。カイは人間なのに。手当てもせずにずっとバイクを走らせていた。
「ケイ?聞いてるか?」
「っ、あ、ごめん!なに?」
「バイク、見つかりにくいとこに隠してくるから、お前は先に中入ってろよ」

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