Chicago blues(シカゴ・ブルース)

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Chicago blues(シカゴ・ブルース)を簡単に紹介します。

シカゴ・ブルースとは?

米国イリノイ州シカゴにおいて1950年頃に登場したブルースのスタイルのひとつ。主にアコースティック・ギターの弾き語りで演奏されたアメリカ深南部のデルタ・ブルースにエレキ・ギターを持ち込み、バンド・スタイルに発展させたものであった。

歴史

シカゴ・ブルースの誕生の背景には、第2次世界大戦時に頂点を迎えたアフリカ系アメリカ人(黒人)の大移動がある。その流れを受けて1930年代から50年代にかけて、南部の州からシカゴへ多くのブルース・ミュージシャンが移住した。彼らが、シカゴにおいて南部のブルースに新たな息吹を吹き込んだのである。彼らはライヴハウスを始め、マックスウェル・ストリート(路上でフリー・マーケットとともにライヴ演奏が展開された)などでも演奏を展開した。路上での演奏はより大きな音を出すことを必要とし、これもシカゴ・ブルースがエレキ化、バンド化へ進んだ要因と言われている。
初期のシカゴ・ブルースにおいては、主たるリード楽器はハーモニカであった。ギターはデルタ・ブルース同様、主に伴奏楽器として使用された。しかし50年代後半、マディよりも若い世代のオーティス・ラッシュ、バディ・ガイ、マジック・サムらの登場により、シカゴ・ブルースは新たな局面を迎える。彼らは、ギターをリード楽器として前面に押し出し、それまでのブルースの概念を打ち破った。彼らのサウンドは彼らがシカゴのウェスト・サイドで主にプレイしていたことから「ウェスト・サイド・サウンド」となどと呼ばれた。以後、ギターはブルースの主たるリード楽器として、その重要性を高めていく。
1960年代に入ると、イギリスにおけるブルース・ブームなどと共に、ヨーロッパを始めより広範囲で注目されるようになり、シカゴのミュージシャンの活動の場も広がっていく。その流れの中で、シカゴ・ブルースも音の幅が広がっていった。ポール・バターフィールド・ブルース・バンドやマイク・ブルームフィールドを始め、白人のプレイヤーも増えていった。エレクトリック・スタイルのブルース・バンドも増えてきたが、1965年くらいからシカゴのブルース・シーンは下火になって行く。

現在のシカゴ・ブルース!!

世代交代ともにシカゴのブルース・ミュージシャンたちも、かつてのように南部出身の層は少数派となり、都市部で生まれ育った人々が多くなっている。これに伴い、シカゴ・ブルースも多様化している。
シカゴでは、バディ・ガイズ・レジェンズ、ローザス、アーティス・ラウンジ、キングストン・マインズといったブルース・クラブで連日、ブルースのライヴが展開されている。また例年6月には、米国最大のブルース・フェスティバルであるシカゴ・ブルース・フェスティバルが開催されており、ブルースの街としてのシカゴの存在を世界にアピールしている。

代表的なミュージシャン

マディ・ウォーターズ(Muddy Waters)

バディ・ガイ(Buddy Guy)

ハウリン・ウルフ(Howlin’ Wolf)

アルバート・コリンズ(Albert Collins)

https://matome.naver.jp/odai/2145072395511184101
2016年01月18日