誰もが勘違いしている、福山雅治が結婚したホントの理由とは?

孔明0530
福山雅治の結婚は多くの女性にとって本当に大きな衝撃だったようだ。翌日から「会社、休みます」の声がネットに溢れていたが、とある情報番組でも歌手で俳優の梅沢富美男が「ウチの事務所は女子スタッフが2人しかいないのに、福山の結婚報道の翌日、2人とも仕事を休んでしまった」と語っていた。

福山雅治の結婚は多くの女性にとって本当に大きな衝撃だったようだ。翌日から「会社、休みます」の声がネットに溢れていたが、とある情報番組でも歌手で俳優の梅沢富美男が「ウチの事務所は女子スタッフが2人しかいないのに、福山の結婚報道の翌日、2人とも仕事を休んでしまった」と語っていた。

梅沢富美男といえば「下町の玉三郎」と呼ばれ、多くの女性ファンを持つスターだが、そんな人物と一緒に働いている女性にとっても、福山雅治の結婚報道は大きなショックだったようだ。

ショックを受けたのは女性だけではない。とある40代独身男性は「彼は仲間だと思っていたのに」とSNSで嘆いていた。福山の結婚でショックを受けたのは女性よりむしろ独身男性という説もあり、さもありなんというエピソードだ。

マスコミが伝える 「画一的な女性像」への違和感

さて、今回の福山雅治や、昨年の西島秀俊やロンブー淳のように、金も地位も名声もあり、女性にもモテモテなのに30代後半になっても40代になっても結婚しなさそうな難攻不落男が結婚すると、「相手の女性はどんな人? 」「どうやって彼を落とした? 」という点に世間の注目が集まるのは当然だ。

こういう場合、マスコミが伝える「相手の女性像」はおおむね画一的で、「控えめでけっして出しゃばらず、非常に気が利く。料理が上手くて家事全般を完璧にこなし、男のわがままも許容してくれる女性」といったイメージだ。つまり、「古き良き理想の女性像」である。

西島秀俊や田村淳などの難攻不落男と結婚した女性が、実際にはどのような女性なのか知る由もないが、福山雅治のお相手の吹石一恵に関しても、マスコミはこぞって吹石一恵がいかに「感じがいい」女性なのかを伝える。

たとえば、バナナマンの日村勇紀がラジオ番組でこのように語っている。

(吹石一恵とはバラエティ番組で一緒したことがあるが)凄いなんか優しいというか、雰囲気が良いというか。(中略)なんか、笑ってくれたり、当たり前にそういうことやってくれて

バナナマンの日村勇紀

つまり、いかに吹石一恵が男を「気持ちよくさせてくれる」女性なのかを語っているわけだ。実際に、吹石一恵という女性はそんな女性なのかもしれないし、芸能マスコミがいまの段階で福山雅治の新妻をこき下ろすようなことはするはずもないので、持ち上げる話しかできないというマスコミ的な事情もある。

ただ、大物芸能人が結婚したときの、お相手の女性に対する持ち上げ方が画一的すぎるのは、どうかと思う。まるで、金も地位もある社会的に成功したハイグレード男を落とすためには、男にとっての都合の良い女、いわば「プロ彼女」をめざすべきだとアナウンスしているようだ。しかし、ハイグレード男を狙いたい女性がこうした言説を信じるのは大間違いだ。

ここからは一般論になるが、僕の経験から言っても、ハイグレード男が恋愛や結婚の対象として女性に求めるものは、料理の上手さでもなければ、控えめな性格でもない。たしかにさまざまな調査を見ると、「結婚したい男性が女性に求める条件」とは圧倒的に「性格」だ。その性格とは、「思いやりがあって穏やかな気質」という意味である。

また、より具体的な条件としては、「料理が上手い」「子ども好き」「自分を立ててくれる」「癒やし系」などといった回答が常態化している。いわば、「やまとなでしこ」イメージの女性像を、多くの「結婚したい男性」は求めている。これが一般的な男性の意見であることは僕も理解できる。しかし僕が知る限り、ハイグレード男が求めるものはこういうことではない。

料理の腕や、気遣いよりも 妻に求めるべきこと

僕には、母親と同世代のご高齢のガールフレンドがいるが、彼女は10代の頃、ヨーロッパの貴族が娘を預ける寄宿学校で育っている。そこでは掃除洗濯炊事の類いは一切やらなかったという。「私どもでお預かりしているお嬢様方は、ご結婚なさいましてもご自分で掃除洗濯などなさるご身分の方たちではないと存じます」というわけだ。

スイスにはいまでも花嫁学校というものがあり、ヨーロッパの花嫁学校とはどのようなものかと興味を持ち、当時高校生だった娘をサマースクールに行かせようと調べたことがある。

ちなみに日本で花嫁学校というと、料理やお菓子の作り方、マナーなどを学ぶところというイメージがあるが、スイスの花嫁学校はそうではない。学ぶのは英語、フランス語、そして経営学やファイナンス理論だ。この学校に来るお嬢様方が将来嫁ぐであろう男性は、家業を継ぎ家の財産を守ることが仕事なので、妻に求めるものも料理の腕ではなく、ビジネススキルなのである。

欧米のオールドマネーや、アラブの富豪とまでは言わなくても、さまざまな分野で活躍している一線級のビジネスマンやクリエイターも、恋愛や結婚に求めるものは料理の上手さや優しい気遣いではない。

僕はマーケティング・コンサルタントとして、またメディア・プロデューサーとして、さまざまな業界でそれこそ業界の歴史に名を残すような一流のビジネスマンやクリエイターと出会い、仕事をさせていただいたが、彼らには仕事に対する共通の「マインドセット」があるのと同じく、恋愛や結婚に対してもある共通の「求めるもの」がある。それは、「インスパイア」である。

自分の仕事にインスピレーションを与えてくれる、自分をインスパイアしてくれる、そのようなミューズのような女性を一流のハイグレード男は求める。だから、ハイグレード男を狙いたい女性は、料理の腕を磨いたり、男を立てる優しい女性を演じたりすることに腐心するよりも、いかに男性をインスパイアする女性になれるかを考えたほうがいい。

なぜ、ジョージ・クルーニーは 結婚を決意したのか?

そのことを証明するかのような典型的な事例がある。ジョージ・クルーニーの結婚だ。彼は医療ドラマ『ER緊急救命室』の医師役でブレイクする前に、女優のタリア・バルサムと結婚するも、4年で離婚。これに懲りたらしく、「二度と結婚することはない」と公言していた。

「ハリウッドで最もセクシーな男性」とも称されるだけに女優、モデル、テレビパーソナリティー、VJ、学生兼ウエイトレス、バニーガール、女性プロレスラーなど、多彩な女性たちとの恋愛遍歴を重ねながらも独身を貫いていた。が、しかし、53歳で再婚した。

お相手の女性はアマル・アラムディン。オックスフォード大学卒のイギリス人弁護士という、高学歴・高キャリアの典型的なハイスペック女子。しかも、イギリスで最もセクシーな女性弁護士の1位に選ばれたこともあるという美貌の持ち主。まさに才色兼備のスーパーウーマンだ。

しかし、クルーニーほどのモテ男。しかも、あれほどしつこく「結婚はしない」と公言してきたスターが、単に才色兼備というだけで結婚を決意などしない。そこには高キャリアでも美貌でも、ましてや料理の上手さや気配りでもない、結婚を決意させた「なにか」があるはずだ。

女優やモデルと浮き名を流す一方で、女性プロレスラーやウエイトレスとして働く無名の女子学生とも恋をする。つまり、ジョージ・クルーニーの恋愛には、有名であるとか、高いキャリアを持つとか、そのような社会的ステイタスはまったく関係がない。もちろん、プロ彼女的なものを求めているようにも見えない。彼が求めるものは、世間一般が「大スターなら女性にこういうものを求めるだろう」と思う要素とはまったく違うものなのだ。それは何か?

実はこのアマル・アラムディンという女性、国際的な人権派弁護士としても有名。女性ファッション誌『VOGUE』のサイトでは、こう紹介されている。

「シリア問題では国連の元事務総長、コフィ・アナン氏のアドバイザーも務め、今年8月には国連人権理事会が編成した、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃についての調査委員会のメンバーに選ばれている」

一方のクルーニーも、ダルフール問題にも熱心に関わるなど、社会意識の高い活動家としても知られる。そんな2人が最初のデートで盛り上がった話題が「シリア情勢」についてだったという。つまり、結婚してくれない男No.1をあの美女が落とした理由とは、まさに2人の「正義感の合致」だったのだ。

社会意識の高いハリウッドスターと人権派の女性弁護士が、シリア問題について熱く語り合う。それはおそらく、話が盛り上がるといったレベルの会話ではなく、まさにお互いをインスパイアする、火花が散るような会話だったはずだ。だからこそ、恋の火花も散ったというわけだ。

各種報道によれば、アマル・アラムディンの性格は「彼女は男勝りね。自分の意見に率直で、とっても野心的なの」(友人談)ということらしい。まさにプロ彼女とは対極のキャラクターである。やはりハイグレード男は、自分の意見を持ち、インスパイアを与えてくれるような女性に恋をして、結婚するのである。

楽な恋愛、楽な結婚を 求めすぎていないか?

音楽プロデューサーが、自分がプロデュースする女性歌手と恋仲になったり、映画監督が自分の作品の主演女優と結婚したりすることもよくある。このようなケースもまた、単に相手の女性がスターだから恋愛したり結婚したりするわけではない。ましてや、家庭的な何かを求めて結婚するはずもない。

僕も実際にこのような恋愛・結婚の例を間近でいくつか見てきたが、そもそも人気スターとなるような女性が控えめなおとなしい女性であるはずがない。例外もあるが基本的にいずれも気が強く、ハッキリと自分の意見を言える自己主張の強い女性ばかりだ。当然、プロデューサーや監督と意見が対立することもあるし、激しくぶつかり合うこともある。しかし、だからこそ質の高い作品を生み出し、大ヒット作を生むことができる。お互いをインスパイアさせ合う関係を求めて、一流のクリエイターは一流のパフォーマーと恋をして結婚するのだ。

そのような関係はなにもクリエイターにだけ求められるものではない。どのような職業の男であっても、自分の仕事のステージを上げ、自分を常にアップグレードしたければ、女性に対しても安らぎや癒やしではなく、インスパイアを求めるべきだ。

しかしながら、いまの日本の若い男子、結婚適齢期の男性は、楽な恋愛、楽な結婚を求めすぎているのではないだろうか。もちろん、恋愛も結婚も個人の自由なので、そこに何を求めようと勝手だが、楽な恋愛、楽な結婚ばかりを求めるのは、自分をダウングレードさせることになるし、第一、女性に対して失礼だ。

ちなみに、日本では昔から、結婚するなら「三低」の女性がいいとされてきた。男性よりも「低学歴」「低身長」「低収入」の女性という意味だ。この志向性はいまでも顕在のようだ。

たとえば、某大企業に勤める20代総合職女性は、「社内でモテるのは一般職の女の子ばかり。総合職女子はまったくモテない」と嘆く。また、別の知人女性は、慶應大学院を卒業して国際的な大企業で働く長身の美女だが、「同世代の男性からはまったくモテない。デートに誘ってくるのは30代後半より年上の既婚男性ばかり。そろそろ結婚したいのにこれでは結婚できない」と嘆いている。

ハイスペック女子は、いまの日本社会ではモテないというわけだ。そのせいか最近では、早稲田や慶應など高偏差値大学を卒業した女性が、大企業の一般職に就職することも。そのほうが結婚では有利だからという判断だ。もちろん一般職がダメだと言うつもりはない。しかし、結婚に有利だからというだけの理由で一般職を選ぶのは、仕事をなめてかかっていることになる。それは自分をダウングレードさせるだけである。

このようなダウングレード女子と結婚しても、男が上がるワケがないのだが、現実にはダウングレード女子ばかりがモテている。そして、仕事にも恋にも自分を上げようと頑張っているハイスペック女子はモテない。「男たちよ、それでいいのか? 」と僕は思う。少なくとも僕ら世代の男は、無理めの女、高めの女を口説き落とすために、男としての自分を上げよう、磨こうと頑張ってきた。その頑張りが、仕事のうえでの成長にもつながってきたと思っている。

ジョージ・クルーニーは結婚後、映画のプロモーションで来日したときの記者会見でこのような発言をしている。「結婚して未来が変わった」と。運命の女性とはそのようなものだと思う。男たちは、自分の未来を変え、ひいては世界を変える、そんなパワーを与えてくれる女性をこそ求めるべきなのである。

難攻不落のモテ男、福山雅治もきっとそうだったのではないだろうか。

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https://matome.naver.jp/odai/2144422014910319801
2015年10月12日