1986年
高校入学時、同じクラスで出席番号も1つ違いであったGAKU-MCとYOGGYが出会う。ブレイクダンスから始まりヒップホップに傾倒し、「ファンキー・ニュー・スタイル」というユニットに参加していた。ちなみに、当時はYOGGYもMCだった。
1989年
早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシーにて、当時2年生であった佐々木士郎(現・宇多丸)と新入生として入部してきた坂間大介(現・Mummy-D)が出会いRHYMESTER結成。
当時はダンサーなども所属する大所帯グループであった。
1990年
GAKU-MC、ROCK-Tee、YOGGYの3人で「EAST END」を結成。
おそらくこの年にKOHEI JAPANも早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシーに入部。
1991年
ファイルレコード主催のイベント「YOUNG MC’S IN TOWN」にZINGI、RHYMESTER、EAST ENDなどが関わっていた。
おそらくこの年にKINとDJ JINが早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシーに入部。
1992年
1992年、EAST ENDがファイルレコードからデビュー・アルバム『Beginning of The END』をリリース。この頃、SUやTAKE(DJ FUMIYAの兄)のダンスグループ”MELLOW DOWN”をバックダンサーに迎えている。
EAST END
1MCと2DJからなるヒップホップグループ。
1992年9月20日リリース。
EAST END『Beginning of The END』収録曲。
1993年
MELLOW YELLOWを結成。
メンバーは早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシーで知り合ったと思われる。
MCのKOHEI JAPANはMummy-Dは実弟。
FUNKY GRAMMAR結成
当時に、RHYMESTERが1stアルバム『俺に言わせりゃ』をリリースすることになり、「じゃあなんかみんなでやろうぜ!」ってノリで作った曲のタイトルが「FUNKY GRAMMAR」。この曲が全ての始まりでした。
ヒップホップなんて認知もされていなかった時代、イベントでは客より出演者が多いこともあったそうです。
RHYMESTER
当時のメンバーはMC SHIRO(宇多丸)、Mummy-D、DJ Chocolate、Dr.Looperの4名。
このアルバムを最後に初期DJのDJ Chocolateは脱退。
1993年4月25日リリース。
『俺に言わせりゃ』収録曲。
FG NIGHT開催開始
FG NIGHTとは、FUNKY GRAMMARのメンバーによるライブイベントである。 1993年、FUNKY GRAMMARを発足後、池袋チョイスにてイベント「FG NIGHT」を開始する。その後、渋谷Club Bar FAMILYに場所を変え2001年まで、渋谷Club Bar FAMILYを代表するイベントとして、歴史を重ねる。2002年shibuya NUTSがオープン。その後2009年末にshibuya NUTSが閉店、FG NIGHTのイベントも一時休止となる。 その後2010年8月にSHIBUYA THE GAMEにて復活。 現在は毎月第3金曜日にレギュラーイベントとして「FG NIGHT」を行っている。
1994年
2月、友人だった東京パフォーマンスドールの市井由理の新宿シアターアプルで行われたライブにゲスト出演。観ていたファイルレコード佐藤社長の一声でユニット「EASTEND×YURI」を結成。
6月、EASTEND×YURI名義でアルバム「denim-ed soul」をリリース。
8月、EASTEND×YURI名義で『DA.YO.NE』をシングルカットリリース。
Ryo-Z、Ilmari、Pes、DJ Shoji、DJ Shigeの5人でRIP SLYME結成。同年、新人ラッパーコンテスト「Young MC’s In Town」で優勝。
その前後RIP SLYMEがFG加入。当時はイベントのチケット売りをやらされたりしてたらしい。
またこの頃にDJ JINがRHYMESTER正式メンバーとなる。
EAST END×YURI
ジョージ・ベンソンの「Turn Your Love Around」をサンプリング。歌詞は、GAKUとライムスターのMummy-Dとの共作。
歌詞にある「佐々木」とは宇多丸のことであり、PVにも出演している。
発売当初はさほど注目されなかったが、北海道ではFM NORTH WAVEが「DA.YO.NE」をヘヴィー・ローテーションの対象としたことで早くから話題になり大ヒットした。
1995年
2月、EAST END×YURIとしての2nd Single『MAICCA -まいっか-』を発売。初登場3位。「DA.YO.NE」と共にベストテンにチャートインし、共に新語・流行語大賞にノミネートされた。
この時点でROCK-Teeが方向性の違いにより脱退している。
Mellow Yellow、RIP SLYMEがそれぞれファースト・アルバムリリース。
小学校からの幼なじみだったKREVAとCUEZERO(当時CUE)が1995年にBy Phar The Dopest結成。
6月25日RHYMESTER「Egotopia」リリース。
コンピレーションアルバム「悪名」にRadical Freaksが参加。
秋、ROCK-Teeが原宿にショップ「CRIB」をオープン。
12月28日RHYMESTER「PLUS ALPHA」リリース。
12月31日、EAST END×YURIがNHK紅白歌合戦に出場。
EAST END×YURI「MAICCA -まいっか-」
EGOTOPIA
収録曲Return Of Funky GrammerにEast EndとMellow Yellowがまた客演参加。
1995年6月25日リリース。
RHYMESTER「Egotopia」収録曲。
MELLOW YELLOW
当時はKohei(コーヘイ)、K.I.N(キン)、Tama(タマ)の3MCと、DJ Gz-Jay(DJジジージャイ)による4人組構成となっています。
RIP SLYMEと宇多丸が客演参加、Mummy-Dがトラック提供している。
1995年7月21日リリース。
Mellow Yellow「MELLOW YELLOW BABY」収録曲。
Mellow Yellow「MELLOW YELLOW BABY」収録曲。
RIP SLYME
RADICAL FREAKS
U(MC)現在はMCUとして活動中。
DJ TATSUTA(DJ)
TA-1(DJ)1992年に脱退。現在はTAICHI MASTERとして活動中。
VOICE(MC)1994年に加入。
V.A.「悪名」収録曲。
CRIB
ROCK-TEEが原宿でやっていた服屋。
PESやKREVA、SIMON JAPの兄もバイトをしていた。
RHYMESTER
RHYMESTER「PLUS ALPHA」収録曲。
Dr.Looperは「PLUS ALPHA」まではRHYMESTERのメンバーとして在籍していた。
その後脱退。
1996年
2月21日Zingiが「Tokyo Tribe」リリース。
5月22日EAST END×YURI『日曜の朝の早起き』発売。
7月7日さんピンCAMP開催。
8月21日コンピレーションアルバム『THE BEST OF JAPANESE HIPHOP vol.6』発売。
10月23日DOHZI-T&DJ BASS、アルバム「蜃気楼」に現FGメンバーが多数参加。
12月18日コンピレーションアルバム『THE BEST OF JAPANESE HIPHOP vol.7』発売。
また、RIP SLYMEはDJ SHOJI, DJ Shigeが脱退。DJが不在になる。
Zingi
MC仁義、童子-T、凱、魔梵、G.M-KAZ、DJ BASSによるユニット。
LITTLEはZINGIのFAMILYだった経歴があり、童子-Tらのことを兄貴として慕っている。
Zingi「Tokyo Tribe」収録曲。
[Feat. Noroy (Dante&Skipp), 音戯 (Ochi&Little) & Polee-K] [Guest. Fusion Core (IQ, Depas&Sppite) & Rappaz Rock (Big-Joe & Wataman)]
EAST END×YURI
この曲を最後にEAST END×YURIとしての活動は終了する。
1996年5月22日リリース。
EAST END×YURI『日曜の朝の早起き』
さんぴんCAMP
日比谷野外音楽堂で開催されたヒップホップイベント。提唱者のECDを始め、YOU THE ROCK★、LAMP EYE、ZEEBRA(キングギドラ)、RHYMESTER、DEV LARGE(BUDDHA BRAND)、SHAKKAZOMBIE、SOUL SCREAM等の日本のヒップホップアーティストが多数集結した。
THE BEST OF JAPANESE HIPHOP vol.6
3D (Dat) [Feat. Osumi (Shakka Zombie)] / By Phar The Dopest
エピローグ / Mep Slown(SUとPESのユニット)
などが収録されている。
V.A.『THE BEST OF JAPANESE HIPHOP vol.7』収録曲。
DOHZI-T&DJ BASS
1996年10月23日リリース。
DOHZI-T&DJ BASS「蜃気楼」収録曲。
1996年10月23日リリース。
DOHZI-T & DJ BASS「蜃気楼」収録曲。
feat. ROCK-TEE/CRAZY-A/MC仁義/KENSEI/GAKU/SHIRO/KIN/PESSY PES/RADICAL FREAKS/BY PHAR THE DOPEST
THE BEST OF JAPANESE HIPHOP vol.7
収録曲カンケリがきっかけでKICK THE CAN CREW結成。
ユニット名はその曲名から名づけられた。
ちなみに、もともとはKREVAとLITTLEが二人で楽曲を制作する予定だったらしいが、当時は二人の声質が少し似ていたため、童子-Tの紹介でMCUが加わったという。
FGへの加入はその前後でしていたと思われる。
V.A.『THE BEST OF JAPANESE HIPHOP vol.7』収録曲。
1997年
4月1日BY PHAR THE DOPEST「切り札のカード」リリース。
8月21日KICK THE CAN CREW「タカオニ」リリース。
RIP SLYMEにDJ FUMIYAが加入。3MC+1DJの形態になる
BY PHAR THE DOPEST
KICK THE CAN CREW
1998年
2月21日RIP SLYMEアルバム「Talkin’ Cheap」を発売。
6月18日BY PHAR THE DOPESTが「By Phar The Dopest」を発売。
9月15日RHYMESTERが「B-BOYイズム」発売。
EAST ENDとしての活動を休止。
12月、新潮社より、GAKU-MCが自伝的小説『僕は僕で誰かじゃない』を発表。これを皮切りに、翌1999年からソロ音楽活動を開始する。
RIP SLYME
同アルバムに収録されている曲”Searchin'”でのコラボレーションを切っ掛けにSUが加入。現在の4MC+1DJの形態となる。
BY PHAR THE DOPEST
「by phar the dopest」収録曲の「無敵の捜査網 feat INNOSENCE」にINNOSENCEが客演。
INNOSENCEのFG加入はこの前後だと思われる。
1998年6月18日リリース。
BY PHAR THE DOPEST「by phar the dopest」収録曲。
RHYMESTER
DJ JINの音楽プロデューサーとしての初作品(Mummy-Dとの共作)
1999年
2月20日GAKU-MCのソロ初作品「僕は僕で誰かじゃない」リリース。
RIP SLYMEがDragon Ash主催のTMC (Total Music Communication) ツアーに誘われ参加。それがきっかけで「田辺エージェンシー」から声を掛けられ、後々メジャーデビューする事が決まった。
GAKU-MC
1999年2月20日リリース。
GAKU-MC「僕は僕でだれかじゃない」



『俺に言わせりゃ』収録曲。