草の根民主主義 イソノミア

twcritique
イオニアにあったのはデモクラシーではなくて、イソノミアである。イソノミアは、アメリカ合衆国の草の根民主主義に近い

ギリシアにおける民主主義の進展といえば、アテネを中心として語られる。この見方はまちがっている。イオニアから見るべきだからだ。しかし、ある意味で、そのような見方は正しい。というのは、イオニアにはデモクラシーなるものがなかったからだ。イオニアにあったのはデモクラシーではなくて、イソノミアである。イソノミアとデモクラシーは異なるものなのだが、ほとんど同一視されている。「歴史」において、イソノミアという概念を用いたヘロドトスも例外ではない
Amazon.co.jp: 哲学の起源: 柄谷 行人: 本

イソノミアは、アメリカ合衆国の草の根民主主義に近い。アメリカでは土地を持たない独立自営農民が、その担い手になった。これは、商工業者を軽蔑する、アテネの「農民=戦士」的デモクラシーとは異なるものであった。アーレントが注目する「評議会」も、現代のイソノミアと言えよう。柄谷が「世界共和国へ」で挙げたアソシエーションも、イソノミアとほぼ同じものだ
イソノミア – Wikipedia

「イソノミア、基本的共和国、評議会について」—ジェファーソンは革命が達成されたとは考えなかった。アメリカ国家の建国をもって結果とするものではなかった。アメリカを作り上げた経験の中で継続されるべきものと考えた。—『脱学校的人間』deschoolinghuman.blog.fc2.com/blog-category-…

ハイエクbot@hayek306

「法の前の平等」という概念は、「民主主義」の概念よりも古く、「政治に対する全員の平等な参加」という要求は、「法の前の平等(イソノミア)」概念がもたらした結果の一つ、であるように思える。(ハイエク 自由の条件)
ギリシャ人って、奴隷に働かせて遊ぶことを、デモクラシーというだけだから。その背後に柄谷の言うようなイソノミアや自然状態が実体的にあるわけではない。近代哲学にはまだ言葉遊びがあったが、現代になると遊びがなくなり、ぜんぶ宗教に呑み込まれたというだけだから。@LitoSnowfield

Kritiker@Critiker

あえて「存在忘却」というのであれば、イオニアにあった本来的なイソノミア[=無支配]がアテネにおいて完全に忘却されたという事態こそを見るべきなのだ。(柄谷行人)
https://matome.naver.jp/odai/2144264903440785301
2019年08月17日