2009年5月19日
最近ポストの中に、白い封筒の中に黒い紙が入った手紙のようなものが届きます。
もともとの黒い用紙ではなく、明らかに黒のサインペンで塗った形跡があります。
宛名も差出人も書かれていません。
私は専業主婦で子供がおりますが、気味が悪く、主人も心当たりがないようですし、もう少し様子をみようとのことです。
これって何かのまじないですか?
だれかご存じの方がいらっしゃれば教えてください。
よろしくお願いします。
2009年5月20日
ご意見をありがとうございました。
その手紙は今回で2度目です。最初の手紙は10日前でした。
アドバイス通りいろんな形で透かしてみましたが、何も書かれていません。
一度塗りではなく、何度も何度も塗られています。
裏もです。白い部分も残されていません。
手紙もきちっと封をされていて、塗り方といい、すごく几帳面な方のイメージがあります。
地元の交番には届けました。見回りもしてもらえますが、小さい子供もいるため不安です。
防犯カメラ取り付けのため警備会社にも電話をし、明日見に来てもらう予定でいますが、カメラを見つけるとひょっとしたら逃げられる為、犯人が分からずじまいという結果も大いに不安です。
車の中で夜見張るということも考えています。
2009年5月22日
先ほど、また進展がありました。車の中から見張るつもりで子供が寝た後、車で待機していたのですが、あまりにも怖くて結局玄関で布団を敷いて待つことにしました。
3時頃、防犯のために敷いてある砂利の音がしました。
人を察知すると自動につくライトも点いています。
音によると一人ではなく数人です。
ポストに何か落ちる音がしたので例の犯人ではないかと思っています。
怖くてまだ確認していません。主人の目が覚めたときに取ってもらおうと思っています。
もっと怖いのは、ポストに何か入れたあと何か短くボソボソと呟いていたんです。
普段話す抑揚のある話し方ではなく、何かお経か念仏のような感じです。
かすれたような声を押し殺した感じだったので性別はわかりません。
しばらく怖くて身動きがとれませんでした。
中を確認したらまた相談に乗って下さい。
警察には連絡する予定ではいますが。怖くて手が震えます
子どもは小学生と園児ですが、子供は関係ないように思います。
というより、そうであって欲しくありません。
2009年5月23日
今回3通目の件で近所に住む主人の両親と家族会議をしました。
主人も両親も、心当たりがなく、とりあえず警察に任せようという結果になりました。
手紙の内容ですが、ちょっと怖いので後で書けたらと思います。
私もずっと考えていたのですが、ちょっと気になることだけ書いておきます。
他の方からのアドバイスでご近所さんに相談を……
とありましたが、親しい近所付き合いはありません。
私はとある地方都市からこちらの田舎に嫁いできました。
車も頻繁に通りますし、車で5分くらいの場所にもスーパーがあり新興住宅もできつつあるところですが、この地区はなんだか閉鎖的な場所なんです。
お葬式や行事に参加してみてわかったのですが、とにかく味わったことのない雰囲気なんです。
主人の父親は隣の地区にいるんですが、我が家に同居を願出た時、ここの地区は入りにくいと拒否したくらいなんです。
60代70代の方が多く、苗字もほとんど一緒、若夫婦もいますがすべて身内で100人位の村です。
住んで随分と経ちますが、今でもゴミのチェックや監視がすごいです。
たまに、少し精神的に病んでいるおじいさんが私を見つけると怖い形相で何か言ってきます。
それも距離を開けて。でもこのように手の込んだことをしそうにはありませんが。
主人の浮気は絶対ありません。
それと我が家の周りは畑なので騒音問題でもありません。
夜はひっそりとして少し怖いくらいです。
私は密かに近所を疑っています。主人にはまだ話していません。
なんだか拙い文章で申し訳ありません。もう怖いです。
もう主人も寝てしまったし、今本当に思い出しても怖くてこれ以上書けません。
ごめんなさい。日中の明るい時間にもう一度書き込みます。
3通目の件ですが、今回は手紙ではなく写真でした。
今までと同様、黒く塗られていましたが表のみで裏は白いままでした。
ですので、強い光に当てればうっすらと見えます。
これもはっきりと見えないので憶測になりますが、椅子に座っている女性のようです。
スカートをはいています。写真館で撮ったものでしょうか?
ただ写真自体新しいものではなく、少しくたびれたような感じです。
写真も従来のものより小さめで、うまく表現できないのですが祖母宅でみた昔のアルバムの中にある写真のような年代を感じます。
写真のような紙質だと除光液で取れそうですが、なんといえば良いのか書くのが怖いんですが、顔の部分だけ削られているんです。
怖いですよね。
2009年5月25日
その写真は地元の交番へ届けましたが、思い切って警察署へ行けば良かったかなと後悔しています。
もし犯人が村の人となれば……考えすぎでしょうか。
昼夜問わず見回りはしていただいております。
今のところ不審者はいないとのこと。同様の事件の相談もないとのことです。
家は新築です。主人が結婚する数年前に建てたものです。
私の最も苦手とする村の行事の一つに、○○まつりというのがあります。
真っ暗なほら穴へ入り、村の老人たちが集まってろうそくの灯だけで念仏?を唱えます。
その間、長い数珠を皆で持ち、回していくんです。
若い人もいないし、伝統的な行事だと思うのですが、私は怖いんです。
おまけに越してすぐに近所の同じ組の奥様が自殺をするし、前に書いたおじいさんの罵倒と言い、まさに横溝正史の世界で、妊娠中の私には耐え難かったです。
主人に相談し、2年前から欠席をしていますが。
ここにいれば、いずれ役は回ってくるでしょうね。
それと防犯カメラを取り付けました。探偵も考えています。
警察は何かないと動いてくれないので、自分のできる範囲で犯人を探せたらと思っています。
2009年5月27日
沢山の質問に答えられず、申し訳ありません。主人にはもちろん相談しています。
ただ私に比べ危機感がなく、確かに気味悪がってはいますが警察に任せようとのことです。
私がこうして騒ぎ立てているだけです。
こう書くと主人が怪しまれそうですが、私の勘では一切関係ありません。
この閉鎖的な村になじめず、早く引っ越したかったのですが、いつも主人に反対されていました。
これを口実に出られたらと思います。村の悪口をたくさん書いた形になりましたが、よそ者を受け入れてくれ、今日までお世話になり感謝しています。
ただ、犯人が誰であれ今後の為にも私なりのネットワークでいろんな職種の方にお願いし、村をはじめ手紙のことに関し、一斉に調べて頂いております。
主人は嫌がらせをただ回避できればと思っていますが、私はその真意をどうしても知りたいのです。
心配されている子供のことですが、きちんと防衛策を練っており実行しています。
私の文章の拙さや騒ぎすぎということで、一部の方を不快にさせてしまい申し訳ありません。
あとは結果のみの投稿とさせて頂きます。
私の不安定な時期にいろいろとアドバイスや励ましをありがとうございました。
感謝いたします。
2009年8月4日
俺はさ、アレに出てきた得体の知れない儀式、いわゆる『隠し念仏』を研究してんだ。
俺自身も信徒というか参加者なんだけどさ。本来はあんな恐ろしい儀式ではないんだが。
んで、アレはどうもその隠し念仏の中でも邪宗と呼ばれる一派の人間の仕業じゃないかと思ったんだよ。
その一派っていうのはタチ悪くて、適当に描いた絵を高僧のご真筆だとか言って拝ませたというんで戦前のいつとかに、岩手のあるところに信者のコミュニティ作って住み着いたと聞いてる。
そいつらは『念仏派』とか言われてて、まぁ『ひぐらしのなく頃に』でいう雛身沢御三家みたいな勢力な。
念仏派はすごく閉鎖的で、この念仏に参加する奴らは隠然と町政に発言権を持ってたらしい。
本来なら隠し念仏はこういう一派を形成するようなもんじゃないんだけど、そこが邪宗と呼ばれる所以よな。
その町では町会議員も町長すらもこの『念仏派』から出してて、念仏派がウンと言わなければ何も出来なかった。
これはちゃんとした隠し念仏の文献から読んだから間違いはない。ただ今は伏せておく。
ちょっと調べればすぐわかると思うけどな。
んでな、気になったのは『真っ黒い手紙』の本文中のこの発言なんだよ。
>私の最も苦手とする村の行事の一つに、○○まつりというのがあります。
>真っ暗なほら穴へ入り、村の老人たちが集まってろうそくの灯だけで念仏?を唱えます。
>その間、長い数珠を皆で持ち、回していくんです。
>若い人もいないし、伝統的な行事だと思うのですが、私は怖いんです。
俺がやってる隠し念仏ってのはよ、単に「念仏」って言ってるんだよ。祭りではない。
近所中の人間が鉦とでかい数珠を持って集まって、仏間に車座になる。
んで、独特の調子で念仏を唱えながら数珠をくるくる回すんだ。
でもこいつらはなんで仏間じゃなくて洞穴なんかで念仏やってんだ? 大体は同じだがどう考えても普通じゃない。
隠し念仏っていうのは元々飢饉が酷かった岩手で、なんとか神仏にすがろうと始まった秘法なわけだろ。
だから必ず仏間でやる。間違っても仏壇とか、仏教と関係のないところではやらない。
ということは、こいつらは何か住民同士の結束とか、そういうものを強固にするためにやってるんだよな。
だから地元の有力者か、元々『念仏派』の人間だけが参加できる。若い奴は存在すら知らない。
警察だって役人だから念仏派と正面切ることも避けたい。そういうことじゃないのかね。
念仏派に入らなかったこの投稿者にはそのままいてもらっちゃ困るんだ、多分な。
この念仏派が今も存在してるという話は聞いたことないが、俺が読んだ文献は昭和四十年ごろの出版だったから、多分そのときまではいたんだろうな、念仏派。今もひっそり、隠然と残ってるのかもしれんね。
言っておくが、オカ板特有のフカシとか作り話じゃないぜ。俺の考察だけは多少の間違いはあるかもしれんが。
これがその念仏派の仕業かはわからんし、この『黒い手紙』が何を意味するのかもわからんけど、いずれにせよ、隠し念仏と、ちょっと前まではそういう一派がいたのは事実。
2010年5月9日
お久しぶりです、といっても皆さまの記憶には残っていないでしょうが1年前は大変お世話になりました。
あれから怒涛のような日々が過ぎ、我ながら良くここまで頑張って生きてきたな、という感じです。
今も自宅に住んでいます。引っ越しは主人が猛反対したのと、主人の両親の病気、主人の体調不良などで結局身動きが取れず。
前回の皆さんのアドバイスの中でポストに張り紙をするという案がありました。私たち家族の至らなさへの皆さまへのお詫び、それに対し教えを請うというあくまで控えめに文章を作り貼り出しました。数日後に朝新聞を取りに出ると、その紙はありませんでした。
四隅のテープだけ残っていたので剥がされたという感じです。その代わりにポストの中に小さな飾り?のようなものが入っていました。それは決して気味の悪いものではありませんが、使い方が分からないのでとりあえず玄関の目立たないところに飾っています。
複数の友人にもしらべて貰いましたが決定的なものは分からずじまい。
しかし、確実にご近所の方の対応の変化があり、私たちに対し友好的な態度を示してきました。なんといいますか、上手く操られている気もしますが暮らしやすくなったのは確かです。
去年行われたお祭りも子供の行事で欠席の旨を伝え、お供えだけしてきました。今年もあと数カ月でお祭りです。今年は組み分けで係になっているので欠席も出来ず。
すごくドキドキしています。あの手紙を入れたのは村の人なのか断定できませんが、そう疑いたくなる要因も沢山あり今でも気持ち悪いまま残っています。前にも書きましたが暮らしやすくはなりましたが、幸せではありません。
これからまた怒りにふれるとどうなるのでしょうか。爆弾を抱えています。
ちなみに主人はお供えとしてかなりの額の金額を出しました。
2010年7月15日
トピを立ち上げてから随分と経ち、お返事が出来ず随分と失礼なことをしました。申し訳ありません。覚えていてくださった方もいて嬉しく思います。主人は体調不良で仕事を少しお休みしていました。長い間患っていたので病院で人間ドックにはいり調べて貰いましたが異常がなく、自律神経が弱っているのだろうとのことでした。私もここのところずっと体がだるく、いくら寝ても体調がすぐれません。「うつ」も「更年期障害」のチェックシートも試してみましたが全然当てはまらず。今までの疲れもあるのでしょうか。
質問の件ですが、この土地は不動産会社に頼み探して頂いた土地だそうです。ここに家を建てる時も村全体で集会があり、主人は呼び出され質問攻めにあったそうです。勤務地は村内ではありません。
飾りの件ですが、イコンとは違うようです。(ネットで意味を調べてみました)我が家にあるのは古びた着物?の布を細く切り、何重にも巻いて形を作ったような物です。中に何か入ってそうですが布の巻き終わりの所に赤い不思議なマークがしてあるので開けるなという意味でしょうか。
今はこのような状況です。心配して下さった皆様ありがとうございました。
2010年10月14日
お祭りが終わりました
アドバイス通り、学生時代に戻った気分でいろいろと注意深く観察してみました。係になったとはいえ、私の担当は洞穴近くの掃除くらいで準備中中へは一切入らせてくれません。お祭りの夕方、洞穴の門が開かれ、一斉に村の人たちが入りござの上に座ります。まず長老の方の挨拶、そして数珠まわしが始まります。洞窟の中は奥に進むにつれとても狭くなっています。腹ばいになればなんとか入れるだろう、その奥にはろうそくとお供えがしてあります。
たぶん40m先だと思われます。数珠にはつなぎ目の所に飾りがあり、自分の所へまわってきたら皆さんなにかお祈りしているようです。中には涙ぐんだり、「ごめんね」と謝るひともいます。私はよく分からないのでお辞儀のみします。
それが30分ほどありました。その後、長老の方が念仏を唱え、鐘やスズを鳴らし時折奥のお供えの方へ目をやるのですが、その時ろうそくが大きくなり揺れるのが怖かったです。
念仏が終わった後、地の底から響く鈍い声のようなものが聞こえ、これは恐ろしさのあまりの幻聴なのか分からないのですが、声がした後長老が奥に目をやり顔が穏やかになったのが印象的でした。その後、木で出来た大きな杯のようなもので水を回し飲みします。水道の味はしないので、どこからか汲み上げてきた水でしょうか。
途中、キョロキョロしていた私に隣の方から注意を受けました。挨拶をしても殆ど返してもらえないのですが、勇気を振り絞ってお祭りの事を聞いてみたら「お前にはまだ早い」との事。
ただこの祭りは女性限定で男性は禁止だそうです。情報はこのくらいしかありませんが、このお祭りをご存じの方、いらっしゃいますでしょうか?
前トピにも書きました近所の女性の自殺の件ですが、その奥さまは地方都市から嫁いできた方でしたが、馴染めずずっと精神科へ通っていたと、ご主人が話してくれました。
私のことも心配してくれているようです。
が、肝心なことを聞くと口を閉ざしてしまいます。
精神科へ通いたくなるほどの気持ちはよくわかりますが……
まつり一族
僕の生まれ育ったものすごいド田舎の村は、もうずいぶん前に市町村統合で、ただの一区域になってしまったが、これは、まだ僕の故郷が村だった頃の話。
僕が小学6年生の夏だった……
その日は友達のマサオと2人で、村の上に広がる山の探険に行った。
マサオは村長(ソンチョ)の孫なんだが、とっても面白いやつで、『立ち入り禁止』の立て札を見ると、真っ先に「後で入ってみようぜ」と言うようなやつだった。
僕はそんなマサオが大好きで、いつもマサオの後ろを追いかけていた。
「コンクリート道路は何もない。けもの道って知ってるか?クマとかタヌキとか、危険な動物が通る道のことだ。今日はその道を登ろうぜ」
使い古してかかとに穴が開いた靴が歩きづらいらしく、マサオは山に着くなり裸足になった。
もちろん、靴下なんか履いてない。
「マサオ、裸足で登るんか?あぶないぞ、怪我するぞ」
「お前はいつもそうだ。お前は車も通ってないのに赤信号を守るんか。じいちゃんが、そんなんだと危機管理能力が育たんって言ってたぞ」
「ききかんり…なんて?」
「僕もよう知らん。大人の言葉じゃ」
マサオは大人が使う言葉をよく知っていた。
爺さんのそばでいろんな言葉を覚えるが、一回しか聞いたことが無い言葉を使いたがるもんだから、その意味までは解っていなかったが。
「じゃあ、僕も裸足になる」
「それがいい。けものが作った道を通るんだからな。靴を履いてたら逆に怪我するかもしれんぞ」
マサオがそう言うならそうかもしれん。
僕は靴下を履いていたが、親指には穴があいていたので、それをさらに破り腕を通して、今で言うアームウォーマーみたいな感じにした。
「どうだマサオ、完全装備だ」
「いいな~それかっこいいな。今度僕もやってみようかな」
「怒られるけどな」
マサオと僕は笑いながら、コンクリート道路から脇に抜ける山道へと入った。
じいちゃんばあちゃんも登る道だから、これはけもの道ではない。
どんどん登ってあたり一面背の高い木しか見えなくなった頃に、マサオが右を指さした。
「こっちだ。こっちがけもの道だ」
「木ぃしかないぞ。それに、うるしの葉っぱが生えとるぞ。うるしは触ったらかぶれるから、僕はいやじゃ」
「お前はまたか。自分で完全装備ってさっき言ってたじゃろが。僕の第六感じゃ。こっちにけもの道がある」
「第六巻?なんかの本か?」
「僕もようわからん」
「なんだそりゃ」
今思えば、あの時のマサオの『第六感』の使い方は合っていた。鼻で笑ってごめんな、マサオ。
「ほれ見ろ、けものが通った跡があるだろ?けもの道じゃ」
「ホントじゃ。道があるなぁ。じいちゃんばあちゃんは通らんし、けものが作った道なんじゃろな」
「行くぞ。僕とはぐれたらお前、死ぬからな。腕の装備は役に立たん。もうお前、うるしでかぶれとるし」
「ホンマじゃ。手の甲がかぶれてやがる。」
僕は爪で手の甲にバッテン印をつけて、
「これであと一時間はかゆくない」とマサオの隣を歩いた。
実はちょっと怖かった。
太陽の光は森のカーテンで遮られ、まだ昼前だというのに薄暗かった。
けものが通る道なら、クマと出会ったらどうしようか。
そういえば母ちゃんが、鈴はクマ避けになるって言ってたな。
『マサオは持ってきてるか?』とマサオに聞きたかったが、『またお前は』と言われるのが目にみえてたのでやめた。
それにそのけもの道は、進むにつれて不思議と人間が作った道のように歩きやすくなっていった。
「足の裏が痛くなくなったなぁ。けもの道はもうおしまいか?」
「うーん、おかしなぁ。けもの道が、途中から普通の道になってんなぁ。クマさんはここらで飽きてしまったんじゃろか」
どういうわけかはわからないが、どうやら本当にけもの道は終わったらしい。その証拠に、目の前に石段が見えた。
けもの道は終わったが、逆に心が躍った。こんな場所は知らない。聞いたこともない。この石段の上には何があるんだ?
「よし、競争じゃ。先に上に着いたほうが山のボスじゃ。」
「待って、マサオ。ずるいぞ。」
『よーいどん』も言わず駆けだしたマサオに勝てるはずもなく、今日のボスはマサオに決まった。
しかし、石段を登りきった僕達は、そんな些細なことはすぐに忘れることになる。
そこには小さな神社があった。正確には『神社だった建物』になるんだろうか。
入口の鳥居にはツルが巻きつき、鳥居の形の植物が出来上がっていた。
鳥居をくぐると左右に木造の小屋があり、正面には本殿がこじんまりとたたずんでいる。
塗装が完全にはげた灰色の本殿にもツルが伸びていたが、本格的な浸食はまぬがれていた。
「神社だ。マサオ、こんなんこの村にあったんか?」
「僕も知らんて。たぶん、僕のじいちゃんも知らんぞ。村長が知らんのだから、誰も知らんということになる。こういうのなんて言うか知ってるか?」
「知っとるぞ。秘密基地じゃ。」
ぱん、とハイタッチをすると、僕達は本殿の階段を上った。
本殿の神様を祀ってある部屋は格子状の木で囲まれていたが、南京錠は錆びて今にも取れそうになっていた。
「おい、中に入るぞ」
「中に入るって、錠がしてあるぞ。それにここは神様の部屋じゃろ。入ったらいかんて」
「ここは僕達の秘密基地じゃ。神様なんかおらん。それにこんなもんはこうじゃ。」
マサオは思いっきり南京錠をひっぱった。
南京錠はバキ、と簡単に取れてしまい、格子木の扉がぎぎぎと音を立てて開いた。
太陽の光は部屋の中までは届いていない。目を凝らしても真っ暗で、奥に何があるのか見えなかった。
「んじゃ、入るぞ」
「むりだよマサオ、これは怖いよ。怒られるよ」
「怒られるって誰にじゃい。この場所を知ってるのは僕達二人だけじゃ。中に入るぞ。お前は僕の後ろについてこい」
部屋の大きさは12畳ぐらいだろうか。そんなに広いとも感じなかったが、怖がっているせいでなかなか奥に進めずにいた。
マサオも実は怖かったみたいだが、僕の手前強がって見せていたんだと思う。
暗闇での裸足は危険だ。釘が落ちてたら痛いじゃ済まない。
一歩進んでは立ち止り、
「へぇ、こうなってるのか」
「まだ目が慣れん」とか軽口をたたいていたが、
一気に奥に行く勇気が無かっただけ。
「ようやく目が慣れてきたな。奥に何か見える」
「マサオ、あれは神様と違うんか。あの木の箱の中に神様が住んでるんだろ」
「オバケが出ないなら神様だって出ないんじゃ。ほんと怖がりじゃ、お前は」
マサオは今度は強気に歩を進め、奥に祀ってあった木の箱の前までやってきた。
今だからわかることだが、本当なら神社には鏡や矛なんかが祀られているらしい。
蛇足になるが、これはヨリシロと言って、神様が現世にいる間の仮住まいにするとか何とかで。
でも、その部屋には木の箱しかなかった。しかも床にべた置きで、とても祀ってあるようには見えなかった。
「マサオ、その木の箱なに?」
「わからん。でも上に穴が空いちょる。お前、手ぇ入れてみるか」
「いやじゃ。そんなんするぐらいなら帰る。…マサオ、それはアカンて。持ったらアカンて」
マサオは木の箱を持ち上げると、全力ダッシュで部屋を飛び出した。
「置いてかないで、マサオ。」
「お日様の下で見ないと何かわからん。お前も早く来い」
部屋を出て、あらためて木の箱を見ると、
木の箱は真っ黒に染められており、上辺だけちょうど片手が入るぐらいの穴が開いていた。
穴の中を覗いてみたが、箱の中も真っ黒で何も見えない。
たとえお日様の下でも、この箱の中に手を入れるのははばかられた。
マサオは箱を持ちあげ上下にぶんぶんと振ると、中でカシャカシャと音がした。
「何か入っとるな」
「もう戻そうよマサオ。だれか来たらどうするんじゃ」
「誰も来ない。ここは秘密基地だと言ったろが。で、どうする。どっちが手ぇ入れるんか」
「僕は嫌じゃ。マサオが持って来たんだから、マサオが手ぇ入れろ」
「僕かて嫌じゃい。便所虫が入ってたらどうするんじゃ、ばっちぃ。どっちも嫌ならジャンケンしかなかろ」
最初はジャンケンも嫌だと僕が食い下がったが、こういうときのマサオは恐ろしく頑固だから、
結局僕が根負けして、ジャンケンすることになった。
案の定、僕が負けた。不思議なもので、絶対に負けたくないと思っている時ほどジャンケンは弱くなるものだ。
「便所虫入ってたら、僕、本気でマサオのこと嫌いになりそう」
「もし入ってたら僕は逃げるからな。便所虫だけは苦手じゃ」
「手ぇ入れるぞ…なぁ、ホントに入れないとアカン?アカンよな、ジャンケン負けたしな。
あ、なんか入ってる。なんじゃこれ、木の板じゃ。」
箱から手を抜き出すと、かまぼこの板ぐらいの大きさの木の板だった。
その板には墨で『小鳥遊』と書いてあった。
「ことり遊びってなに?」とマサオに尋ねたが、マサオもわからなかった。
後でわかることだが、これは『ことりあそび』ではなく『たかなし』と読む。だれかの名字だ。
「マサオ、まだたくさん入ってるぞ。みんな同じかなぁ」
「今度は僕が取ってみる…お、次は『山口』じゃ」
そうやって交互に一枚ずつ木の板を取り出した。
前田とか三瓶とか、人の名字が書かれた木の板ばかりだった。
それを地面に並べて
「なんぞこれ?」と二人で頭をひねっていた。
「わかったぞ、これ檀家とかいうやつだ。この神社にお金くれる人たちを、おぼえ書きしとるんじゃ。」
「へぇ、そんなんがあるんか。マサオはホントに物知りじゃ」
「僕のじいちゃんも、お寺の檀家しとる言ってたから」とマサオは胸を張って言った。
これも後になってわかることだが、この場所が神社なら、氏子と言うのが妥当だったろう。
「マサオ、これで箱の中身はぜんぶ?」
「ちょお待って…ん、底に一枚張りついとる。なかなか取れないぞ…うぉっ。」
底に張り付いた板を思いっきり引っ張ったせいで、板がはがれた勢いでマサオはその手を高々に振り上げた。
その最後の一枚は、他の板とは様子が違っていた。
その板は全体が箱と同じ真っ黒に染められており、ひらがなで文字が彫られていた。
「えーっと…お、ま、つ、り?」
真っ黒な木の板には『おまつり』と彫られていた。
「マサオ、これも檀家とかいうやつか?」
「ようわからん」
その時は別段怖いとも思わなかった。
たいして面白いものも見つからなかった残念が大きく、秘密基地を見つけた時の高揚が少し萎えてしまった。
「便所虫は入っとらんかったな」
「つまらんなぁ。でもダイジョーブじゃ。まだ小屋は二つある。」
そう言って、マサオはまた僕を連れて残る二つの小屋の探索に向かった。
しかし、残る小屋は本殿よりもつまらなかった。錠もかけられてないし、小屋の中にも何も無い。
気付けば夕刻が近づき、あと一時間もすれば空が赤く染まるぐらいの時刻。
もちろん時計なんてないから、野生児の感覚だったが。
僕達は本殿に上る石段に座って、神社の敷地全体を眺めていた。
「けっきょく檀家の板だけだったなぁ」
「でも秘密基地を見つけたんじゃ。ここは何かに使えるぞ。
そうだ、デンツキなんかどうじゃ?隠れる場所はいっぱいあるぞ」
「でも二人だけじゃデンツキはできん。誰かにこの場所教えんと」
「それはなんか嫌だなぁ。ここは僕とお前の秘密基地じゃ」
マサオにそう言ってもらえた時は本当に嬉しかったな。
この頃は僕はマサオの手下みたいな感じだと自分で思っていたのだが、
マサオ自身は対等な親友として見てくれていたのだ。
「そういえば、昼飯食ってなかったなぁ…マサオ、木イチゴ見つけんかったか?」
「木イチゴは見つけとらん。ヘビイチゴはあったけどな。あれは酸っぱくて食えん」
「腹減ったなぁ…そろそろ帰る?もうちょっと見てまわる?」
「そだなぁ。…なぁ、お前に頼みがあるんじゃ。お前にしか頼めん」
「なに?」
「あのな、僕も腹減っとるんよ。お前のな、手ぇ、食わせてくれん?」
「手ぇ?じゃあ、かぶれてない方の手ぇ食わしちゃるよ。マサオだから、食わせちゃるんだからな。他のヤツだったら食わせんぞ」
「ごめんな、ごめんな…僕、食うたことないから。痛かったら、ごめんな」
「いいって。親友じゃろ、僕達。マサオ、おまつりなんじゃから、もっと偉そうにしていいんよ」
最初に正気に戻ったのは僕だった。
右手に激痛を感じてハッと我にかえると、マサオが僕の右手に噛みついて、噛み切ろうと頭を激しく揺らしていた。
「アカン。アカンって。マサオ、やめてくれ。血ぃ、血ぃ出とるよ。」
記憶が途切れているとか、そんなことはない。
はっきりと『手を食わせてくれ』と言われ、僕はさっきまで確かに『マサオになら食わせてやるよ』と本気でそう思っていた。
「そういえば、昼飯食ってなかったなぁ…マサオ、木イチゴ見つけんかったか?」
「木イチゴは見つけとらん。ヘビイチゴはあったけどな。あれは酸っぱくて食えん」
「腹減ったなぁ…そろそろ帰る?もうちょっと見てまわる?」
「そだなぁ。…なぁ、お前に頼みがあるんじゃ。お前にしか頼めん」
「なに?」
「あのな、僕も腹減っとるんよ。お前のな、手ぇ、食わせてくれん?」
「手ぇ?じゃあ、かぶれてない方の手ぇ食わしちゃるよ。マサオだから、食わせちゃるんだからな。他のヤツだったら食わせんぞ」
「ごめんな、ごめんな…僕、食うたことないから。痛かったら、ごめんな」
「いいって。親友じゃろ、僕達。マサオ、おまつりなんじゃから、もっと偉そうにしていいんよ」
最初に正気に戻ったのは僕だった。
右手に激痛を感じてハッと我にかえると、マサオが僕の右手に噛みついて、噛み切ろうと頭を激しく揺らしていた。
「アカン。アカンって。マサオ、やめてくれ。血ぃ、血ぃ出とるよ。」
記憶が途切れているとか、そんなことはない。
はっきりと『手を食わせてくれ』と言われ、僕はさっきまで確かに『マサオになら食わせてやるよ』と本気でそう思っていた。
マサオをばーんと突き飛ばすと、マサオは石段から転げ落ちて地面に額をぶつけた。
マサオはおでこをさすりながら石段の上の僕を見上げた。
「なんでじゃ。手ぇぐらいええじゃろ。僕はおまつりだぞ。手ぇぐらいええじゃろ。」
気付けばマサオは涙を流していた。その涙が額を打った痛みからなのか、僕の手を食えないことからなのか、その時はわからなかった。本当は、そのどっちでもなかったのだが。
「うぅ、痛い。マサオ、アカンって。もとに戻ってくれ、マサオ、もとに戻ってくれ」
臆病者の僕だったが、その時は怖いという感情を抱かなかった。
それよりも、マサオをもとに戻さないとという使命感でいっぱいだった。
自分自身もさっきまで狂っていたからだろうか、額からは自らの血を流し、口の周りを僕の血で染めたマサオを見ても、怖くはなかった。
「マサオ!!!」
いつの間にか僕も涙を流していたが、最後の一声でマサオも正気を取り戻してくれた。
「僕、お前の手ぇ食おうとしたんか」
「もとに戻ったんか。あれはマサオじゃないよ、マサオもわかっちょるじゃろ」
「うん、あれは僕じゃない。けど、けどごめんな。僕、お前を食おうとした」
「ええて、マサオ。それより、手ぇ、痛い」
「お前、手ぇからむちゃくちゃ血でとるぞ。腕に巻いてる靴下で血止めれよ。」
「そんなん言ったらマサオだって、おでこから血ぃ出てるよ」
「ホントじゃ。出とる。」
二人とも正気に戻ると、今度は怪我の痛みを激しく感じるようになった。
僕は出発する時に腕に通した靴下で右手をぐるぐる巻いて、マサオは自分のシャツで額の血をぬぐった。
ここは、危ない。
漠然と、でも確信的にここは危ないと二人ともそう感じて、逃げるように鳥居をくぐって、もと来たけもの道に戻った。
けもの道まで戻ると、あらためて怖いという感情がその場を支配した。
「なぁ、何なん?あの神社。僕、怖いよ。マサオがマサオじゃなかった」
「それ言うたら、お前だってお前じゃなかったじゃろ。はよう帰ろうや。怖くてたまらんぞ」
「なぁ、マサオ、おまつりって何なん?」
「知らんて。縁日か何かと違うんか。」
「自分で『僕はおまつりだ』言ってたじゃろ」
「だからあれは僕と違うって」
どちらともなく走っていた。怖かった。あの神社で自分たちに起こったことが、なんだったのかが解らない。得体の知れない恐怖。
ついに山の入り口、コンクリート道路に帰って来た。
途中、脱ぎ捨てたマサオと僕の靴があったから、間違いなく帰って来たのだ。
「あぁ、よかった。僕、もう帰ってこれんと思った」
「アホ言うな。僕がついとるんじゃ、迷うわけないじゃろ。それより、お前その手ぇちゃんと消毒しろよ」
「マサオも、おでこ消毒せんとアカンぞ」
「わかっとるよ。あと、じいちゃんにあの神社のこと聞いてみる。今日あったこと、全部は話さんよ。きっと信じてもらえんから」
「うん、秘密基地にはできないな」
「そんなもん、怖くてできるか。僕は二度と行かんぞ」
ちょうど僕の家とマサオの家への道が分かれる電柱の下で、
「そんじゃな、また明日お前んちに行くからな」
「うん、待ってるから、来てよ。なぁ、ばいばいする前に聞いとくけど、お前、マサオだよな」
「アホ言うな。まだ怖がってるんか。僕はマサオじゃ。お前の手ぇなんか食いたくないわい」
その言葉に安心して、僕達はバイバイした。
家に着くと、母親は手の怪我にかなり驚いていたが、
「子供は加減を知らんのや」と言って赤チンをつけてくれた。
それよか、かぶれた左手の方を怒っていた。
「うるしはかぶれるってゆうたじゃろが」と。
母親と、仕事から帰って来た親父に神社のことを聞いたけど、
「山の中の神社?知らんなぁ。聞いたことないぞ。誰かおったんか。今度僕も連れていき」
という感じで、何も情報は得られなかった。
きっと明日になったら、マサオが何か調べてくるに違いないじゃろ。と風呂に入りながら、そんな風に考えていた。
しかし今回に限っては、家に着いたら遠足は終わり、ではなかった。
翌朝10時ごろ。僕の家に来たのはマサオではなく、マサオの母親だった。
「高橋くん、マサオはな、いま病院におるんよ。昨日の夜にあの子、てんかん起こしてな。ちょっと怪我して、入院しとるんよ。あの子、頭打って帰ってきたから、それでかなぁて思ったんだけど、違うみたいなんよ。意識はっきりしとるし、変なことは何も言うてないし。今朝になって、高橋くんを呼んでくれってずっと言うもんだから」
それで僕を呼びに来たんだと。
脳裏によぎったのは、やっぱりまだマサオに戻ってなかったのではないか、ということだった。
僕はマサオの母親の車に乗せられて、マサオのいる病院まで向かった。
もしマサオじゃなかったらどうしよう。また僕の手を食わせてくれと言われたらどうしよう。
病室に入ると、頭に包帯を巻いたマサオがベッドに横になっていた。胸元にも白く映える包帯が見えた。
最初に声をかけてきたのはマサオのほうだった。
「よぉ」
「マサオ…」
僕はどう答えていいのかわからなかった。
もしかしたらマサオじゃないかもしれない。
マサオの痛々しい姿を直視できなかった。
「かあちゃん、僕こいつと二人で話したいから、どっか行ってくれ」
「親に向かってどっか行けとは、なんじゃろお前は。じゃあジュース買ってきちゃるから。高橋くん、マサオのこと見といてね」
そうして病室には、マサオと僕の二人になった。正直に言おう。僕はこの時怖かった。
「おまえ…マサオか?それとも、昨日の神社のやつか?」
「なぁ…手ぇ、食わせてくれんか…」
「お前、やっぱり!!」
「ウソじゃウソ。お前はすぐ…面白いなぁ。僕じゃ。マサオじゃい。それより、お前は昨日は何もなかったんか」
「何かあったらここに来とらんぞ。ホントにホントのマサオか?僕の手ぇ、食いたくないか?」
「食いたくないわいお前の手ぇなんぞ、ばっちぃ。まだ便所虫の方がきれいじゃ」
「マサオ…マサオだな?間違いないな?昨日何があったんじゃ?」
「あのな。お前に話していいのか、ちょっとわからん。 お前は臆病者だから、もしかしたら僕のこと嫌いになるかもしれんぞ」
じゃあなんで僕を呼んだんだと尋ねると、話していいかわからんから呼んだんだと。
でもそのやり取りで、目の前にいるコイツは間違いなくマサオだと判った。
「いい。マサオのこと嫌いになんてならん。僕達、親友じゃろ」
「なら、話す」
そしてマサオは昨日の夜、僕と別れてから起こったことを話し始めた。
「あのな。あの後、まっすぐ家に帰った。家に帰って、かあちゃんにしこたま怒られた。ほら、おでこから血ぃ流してただろ?それでじゃ。まぁそんなことはどうでもいい。みんなでごはんを食ってる時じゃ。僕なぁ、急に神社にいたときの感じになってきたんよ。だから、そんときは僕じゃないんよ。だけど、動いたり感じたり考えたりしてるのは僕なんよなぁ。あの感じ、不思議なんだけどなぁ。僕な、自分の心臓がどうしても食べたくなってな。食ったこともないのに、美味しい美味しい心臓がどうしても食べたい、って気持ちになってなぁ。台所に包丁取り行って、自分で自分の胸を切ったんじゃ。でも切った痛みで正気に戻ったんじゃ。たぶんかあちゃんは、僕がてんかん起こしたとか言ってたじゃろ?たぶん周りから見ればそう見えたんだろなぁ……」
僕はポカンと口を開けて聞いていた。
マサオが自分で自分の心臓を食おうとしただなんて。胸の白い包帯はそのためか。
「それホントか?また僕を怖がらせるためのウソじゃないだろな」
「ホントじゃ。だから、お前も気ぃつけろ。たぶん、神社のときのアレ、まだ全部抜けとらんぞ。あと、じいちゃんに神社のこと聞いたけど、やっぱり何も知らんかった。ウソついてるふうでもなかったから、ホントに知らんみたいだ」
「村長が知らんのだったら、誰も知らんのと違うんか」
「そうなるかもな」
そこでマサオの母親が帰って来た。その手にはオレンジジュースが2本。僕とマサオと、仲良く飲んだ。
マサオの母親の前では神社の話はできなかったから、ジュースを飲み終えると僕は
「帰るよ」と席を立った。
その別れ際のことだ。病室を出ようと背を向けた僕に、マサオが話しかけてきた。
「なぁ」
「なんじゃ?」
「僕な…僕達な…親友だよな」
「あたりまえじゃ。僕の手ぇ食わせたろか」
マサオらしからぬ弱気な言葉に、僕は軽口で答えた。
マサオは
「そんなマズそうなもん食えるか」、と、最後はマサオらしかった。
家まで送ってもらう車の中で、そういえば神社の檀家の板をもとに戻してなかったなと思いだしたが、
もう二度とあの神社には行く気がしなくて、忘れることにした。
実はこの後ほどなくして、あの神社がなんなのか、『おまつり』ってなんだったのか判るんだけど、それはまた別の話で。
ちなみに今、僕とマサオは、同じ学校で先生をやってる。
勤めるなら故郷の村がよかったけど、もう村には学校がないから。過疎ってやつだ。学校じゃ本名で呼ぶけど、二人で飲むときは今でもマサオって呼んでる。もちろんこれからも、マサオと僕は親友だ。
マサオ後日談
マサオは一週間ほどで退院した。
「まだな、胸に糸が縫われとるんよ。見てみ、これが糸じゃ。これ、しばらくしたら抜きとるらしいぞ」
「この糸抜くんか?それは痛いじゃろなぁ。
しかし、傷でかいなぁ。マサオはサクッと切ったんじゃな。血ぃとかすごかっただろ?」
「自分でもようよう覚えとる。包丁でザックリいったんじゃあの時。痛かったな~」
そりゃ自分で切ったんだから覚えとるじゃろと、その時はもう武勇伝というか笑い話。
ホントは2、3日で退院できるぐらいの浅い傷だったそうだ。
でも頭おかしくなってるかもしれんからと、マサオの母親が心配して入院させてたらしい。
入院というよりは、様子見と言うべきだろう。
「ひどいかあちゃんじゃろ。自分の子供に向かって、頭おかしくなってるかもしれんて」
「さすが、マサオのかあちゃんじゃ。思ってもなかなかそんなこと言えんぞ」
「病院はヒマで死にそうだったわ。探険もできんのじゃ。歩きまわると、お医者様が『傷口開くぞ』って脅すんよ」
「それは怖いな」
田んぼの排水溝でザリガニ釣りしながら、そんな話をしていた。久しぶりにマサオと遊べるもんだから、嬉しくて嬉しくて。
「あとな、あの神社のことだけど」
「なんかわかったの?」
「何もわからん。じいちゃんだけじゃなくてばあちゃんにも聞いたけど、神社なんて知らんて。
とうちゃんとかあちゃんにも聞いたけど、やっぱりそんな神社知らんて」
「マサオのじいちゃんばあちゃんがわかんないなら、わかんないんだろなぁ。神社の話、どこまでしたん?」
「僕達があの神社に行ったことは言うてないよ。だから、友達から聞いたんじゃけど、あの山に神社ってあんの?って感じかな。別になぁ、じいちゃんもばあちゃんも隠すそぶりとかしてないからなぁ。
危ないから探すなとも言わんし、神社あるならお参り行かんとなとかほざきよる。ホンットに知らんようじゃ」
「僕のじいちゃんばあちゃんはもう死んどるからなぁ。わからずじまいかなぁ」
「八方塞がりじゃ。にっちもさっちもいかんことを、八方塞がりと言うらしい」
「じゃ、今の僕達は八方塞がりじゃ」
その日はマサオの退院翌日だったから、大事をとって走り回る遊びはしなかった。
でも、マサオが我慢できなくなって「木のぼりぐらいええじゃろ」だったから、公園に行ったのは間違いだったかな。
「夏休みのうちに退院できてよかったな」
「全然よくない。プール入ったらダメなんじゃ。プール入ったら死ぬって」
「そりゃそうじゃ。胸がパカッといってしもてるんじゃから」
その日はホントに楽しかった。暗くなるまで遊びたかったが、「かあちゃんが今日だけは早く帰って来いって」と、夕方早々にマサオとしぶしぶ帰路についた。そしていつもの電柱の下でバイバイした。
「じゃあ、また明日な。明日はめいっぱい遊ぼな」
その日の晩。僕は意外な人物から、あの神社について聞くことになる。
とうちゃんの帰りが早かったから夕ご飯を家族みんなで食べて、その日はかあちゃんも酒を飲んでほろ酔いになっていた。
とうちゃんは早々に寝てしまい、弟もみんな布団に入った頃だ。
茶の間にはかあちゃんと僕の二人だ。母ちゃんは自家製の梅酒を飲みながら、僕と一緒にテレビを観ていた。
「なぁ、肩たたきしてよ」
「なんでじゃ。僕、もうそんな子供と違うじゃろ」
「ええじゃろが。かあちゃんも疲れとるんよ。お願いしますう」
「しゃあないな。すっかり酔っ払いやんけ。今日だけじゃ」
普段は頼まれても絶対にしないが、その日はマサオと遊んで気分が良かったから、トントンとかあちゃんの肩を叩いてやった。
本当に何気なく、肩をたたきながらかあちゃんに尋ねた。
「なぁなぁ、あの山に神社ってあんのか?」
これでかあちゃんに聞くのは二度目だった。一度は知らないと言われたから、別に期待もしていなかった。
「山ん中にか?そりゃ、ないじゃろ。聞いたことないって。ホントに神社なんてあんのんか」
「やっぱり、そうだよなぁ。友達がある言うてたから」
「そなら、今度お参り行かんとなぁ。…あの山の怖い話、しちゃろか。おまつりって話じゃ。知らんじゃろ」
ビクッと、僕は肩をたたく手を止めてしまった。おまつりって。あの、おまつりか?
「ちょっと、ちゃんと肩たたきぃよ」
「あぁ、ゴメン。どんな話じゃ、おまつりって。縁日か何かか」
「縁日のどこが怖いんじゃ。かあちゃんがな、かあちゃんのひいじいちゃんに聞いた話じゃ。だから、お前にとってはひいひいじいちゃんじゃ」
平静を装って肩をたたいていたが、心臓はバクバク鳴っていた。神社は知らんのに、あの神社にあった『おまつり』は知ってるのか?
「どんな話じゃ」
「これな、ホントに怖いから。お前は臆病だし、まだまだチビッコ思ってたから話したことなかったけど、来年はお前ももう中学生じゃ。怖がらずに最後まで聞いてみ。あ、肩、もういいよ」
そう言われて、僕はちゃぶ台をはさんでかあちゃんの対面に座りなおした。自分がその時どんな顔してるかわからなかった。
いつものかあちゃんなら僕が怖がってるのに気付いただろうが、その時は都合よく酔っぱらってたから、話を聞くことができた。
「最初に言うとくけど、この話はかなりエグイぞ。ちっさい子ぉにはなししたら、大泣き確実じゃ。だから、お前も面白がってこの話はすんなよ」
昔、この村には『まつり』と呼ばれる村の長がいたという。
正確にはその村の長が『まつり』と呼ばれるのではなく、村の長の一族全体を指して『まつりの一族』だったらしい。
まつりはその土地の治安自治の他に、もうひとつ役割をもっていた。
それは、今で言えば葬儀人。村で死者が出た時に、成仏できるように式典を行っていた。
『まつり』と呼ばれる所以はそれだった。
『末に至り』を『末り』と言い、葬式、つまり祭典を行うことの『祭り』であり、神仏を祀る『祀り』であった。
ある時、まつりの長男が急死してしまった。原因はわからない。
いずれは次代の長になるであろう、たくましく人望厚い青年だった。
その時の村の長を務めていた父親は、どうしても長男の死を認めることができなかった。父親は長男を溺愛していたのだ。
しかし、まつりの一族である以上、長男の葬儀は自分たちで行わなければならない。
死んで次第に蒼くなっていく長男の化粧をしながら、父親は悲しみに支配された。
そうして父親がとった行動は信じられないものだった。
我が子であるその長男を食ったのだ。
煮たのか、焼いたのか、それとも生で食ったのかはわからないが、長男の全身をついばんだのだ。
そして父親は、それを隠すことも無かった。一族を集め、みなの前でこう言ったのだ。
「人肉の、なんと美味たることか。腕も美味い。足も美味い。腹も胸も、顔も美味い。しかし、心臓の美味たることにはかなわない。この心臓より美味いものは無い。私は息子の命を喰った。しかし、死した長男の生命は、今も私の中で脈打っているのがわかる。お前たちも食え。長男の魂が、自分の体に宿るのがはっきりわかるだろう」
まつりの他の者は驚いたが、長男の死に悲しみ暮れる者は父親だけではなかった。
最初に母親が、次に長男の妻が、姉が、次男が、子供が、死んだ長男の肉を食った。
そして、食った者はこう言うのだ。
「人肉の、なんと美味たることか。腕も美味い。足も美味い。腹も胸も、顔も美味い。
しかし、心臓の美味たることにはかなわない。この心臓より美味いものは無い」
それからまつりの一族は、家族で死者がでると、その亡骸を喰らうようになった。しかし、人肉食いたさに人を殺すことは決して無かった。
死者を食らう以外は正気だったし、むしろ、村人に死者が出ると自分たちが食べるのではなく、その家族に死んだ者を食べるように勧めた。
最初は気味悪がっていた村人も、死者を食べたまつりの一族が若々しく、活力に溢れ、たくましくなったのを目にすると、勧められたとおりに死んだ家族を食べるようになった。
するとどうだ。これまで病気がちだった者も体が丈夫になり、若い男は巨躯の体に、若い女は美しく、年老いた老人も若若しくなった。
まつりの一族だけでなく、村人皆がこう考えるようになった。
死んだ者の生命をもらうのだ。それには、心臓を喰らうのが一番良い。心臓にかなう肉はない。
腕や脚は食べなくても、心臓だけは皆食べた。
しかし、この風習は長くは続かなかった。
どこから来たのか、ある一家族、いや一族が村に移住してきた。
この一族が、死者を喰らう村の風習を見てこう言い放ったのだ。
「死者をもう一度殺すとはなんと罰あたりな。一度命を落とし、いま天に昇ろうとする者の命を喰らうとは。死者を殺す以上の罪は無い。鬼の所業だ」
狂気の沙汰を失えば、これこそ正論だった。
死者の胸を切り裂き心臓を取り出していた村人は、次第に罪悪感にさいなまれ、死者を食うのを止めたが、まつりの一族だけは止めることはなかった。
これまで多くの死者を見送っていたからだろう。そんな言葉は意味の無いことだと、そう考えたのだ。
それからどれくらいだろうか。村人の信頼を得た移民の一族は、まつりの一族に代わってこの土地の長となった。
死者を喰らうのをやめなかったまつりの一族は、いつの間にかこの土地から消えていた。
と、そこでかあちゃんはひと息ついた。
「なぁ?怖いじゃろ?」
「なんじゃ、死んだ家族を食ってしまうて。ウソじゃろ」
「おうおう、怖がっとるのぅ。どうするかい。最後まで聞くか?」
「最後までって…話は終わりと違うの」
「まだじゃ。こっからがホントにエグイんじゃ」
そして、かあちゃんは話を続けた。
まつりの一族に代わって土地を治めた移民の一族こそ、鬼の一族だった。
鬼の一族は言葉巧みに村人を扇動し、村で逆らうものはいなくなった。
そして、鬼の一族は黒い箱を持ってこう言うのだ。
「この村には、忌まわしきまつりの一族の血が残っている。この箱はまつりの血を嗅ぎわける、まじないの箱だ。箱の中には、それぞれの氏(うじ)を書いた神木が入っている。この箱で、まつりの血が混ざる氏を見つけよう。その氏の人間から、一番まつりの血の色濃い者を殺すのだ」
鬼の一族はその箱から一枚木の板を取り出すと、その板に書かれた姓を持つ村人全員を山へ連れて行った。
連れて行かれた村人はその日のうちに山から帰ってくるが、その人数は一人少なくなっていた。
山に連れて行かれた村人の話では、山の中には鬼の一族が立てた屋敷があるらしい。
そこで別の黒い箱から、木の板を一人ずつ引かされる。
箱と同じ黒い板を引いた者こそ、まつりの血の色濃い者とされ、その者を残してみんな帰ってきたのだ、と。
村人も馬鹿ではない。そのうち気付いたのだ。
鬼の一族は死者を喰らうのではない。生きたまま喰らうのだ。消えたまつりの一族は、皆喰われてしまったのだ、と。
黒い箱は『おまつり』という畏怖の行事として恐れられた。
村に災害が起こるたび、鬼の一族はまつりの血のせいだとして、黒い箱を持ち出した。
台風が村を襲うと、「またおまつりが開かれる」と村人たちは嘆いた。
ふぃぃ、と息をつくと、かあちゃんは空になったコップに梅酒を注いだ。
「おしまい」
「おしまいて。なんも終わってないじゃろ。」
「怖いんか」
「怖いとかじゃなくて、話は途中じゃ。まだ終わってない。こんなん気持ち悪くて寝れるか」
「それがいいんじゃ。怖くてあの山に登ろなんて、思わんじゃろ。この話はなぁ、大人が子供に山登らせんために作ったホラ話じゃい。昔は山ん中は危なかったからなぁ。コンクリート道路なんて無かったから。かあちゃんも、ひいじいちゃんから言われたなぁ。あの山には鬼の屋敷があるから、登ったら食われるぞ~って」
案の定、その日は一睡もできなかった。布団に横になっていろんなことを考えた。きっとかあちゃんの話は、全部が全部本当ではない。
山にあるのは屋敷じゃなくて小さな神社だ。マサオと僕に起こったことと、いろんなところで相違点がある。
翌朝、居ても立ってもいられなくて、僕はマサオの家に走った。
「お前から僕んち来るのはめずらしなぁ」
「マサオ、あの神社のことわかった。おまつりのことも、全部じゃないけど、わかった」
かあちゃんから聞いた話をマサオに聞かせた。寝てなかったし、もともと話し方も上手くない僕の話を、マサオは遮ることなく最後まで聞いてくれた。
「それ、ホンマの話か」
「わからん。かあちゃんは、ひいじいちゃんのホラ話て言うてたけど。でもホラ話じゃない。でも、なんか」
「そうじゃ。なんかちがうな」
そう。自分たちが体験したことと、かあちゃんから聞いた話とでは、微妙に噛み合わないのだ。
箱は二つじゃなくて一つしか無かったし。名字の箱の中におまつりの板が入っていた。
マサオが僕の手を食おうとしたのもわからない。おまつりの札を引いた者は食われる側ではないのか。
「あの神社、なんで左右に小屋があったんじゃろ」
「わからん。その話だけじゃ、わからんことが多すぎる。
今日、じいちゃんが帰ってきたら聞いてみる。今度は神社じゃなくて、おまつりの話を」
「うん。僕のかあちゃんが知ってるぐらいだから、村長はもっと詳しく知っとるかもしれん。あとな…マサオ、入院してて忘れたかもしれんが、僕達、黒い箱出しっぱなしで帰って来たろ」
「ああ。そうじゃ。あの箱出しっぱなしじゃ。」
「あれ、大丈夫かなぁ」
「アカンじゃろ…怖いけど、それはアカンじゃろ。しまわないと、たたられる」
「もっかい行くんか。?僕は嫌じゃ。あそこは怖い。マサオは行くつもりか」
「僕かて行きたくないよ。でも行かな、鬼さんに食われてしまうかもしれん」
そんなことないとは言えなかった。
これまで起こったこととかあちゃんの話を合わせれば、もしかしたらまだマサオは危ないのかもしれない。
「マサオが行くなら、僕も行く」
「あたりまえじゃ。僕ひとりで行かすつもりだったんか」
即日決行。その足で山の神社へと向かった。
胸にまだ糸が縫われているマサオと、マサオに噛まれた右手のかさぶたがはがれない僕と。
「マサオ、新しい靴買ってもらたんか。かっこいいなぁ」
「ああ。かあちゃんが買ってきたんじゃ。でも、僕は前の靴のほうがええ。これ大きさ合ってないんじゃ」
「今日は裸足じゃないから、痛くないな」
「アレはあぶない。こないだの、けっこう足の裏も切れてたぞ」
「僕もじゃ」
けもの道を抜け、例の石段の前までやってきた。
「マサオ、やっぱり怖いよ」
「僕かて怖いって。でも、よく思い出してみぃ。こないだはオバケも神様も、鬼さんも出てこなかったじゃろ。
だから、そんなに怖がることはないのかもしれん」
マサオは僕に言っているようで、一方でマサオ自身に言い聞かせるようだった。
石段を上ると、前回と同じようにツルで覆われた鳥居が見えた。
「間違いない、あの神社じゃ。消えたりしてないなぁ」
「お前は方向音痴だから、僕と一緒じゃないと来れんぞ。はぐれたら、死ぬからな」
「怖いから、一人では来んよ」
左右に小屋が、正面に本殿が。しかし、神社の敷地に広げたはずの木の板は、一枚残らず無くなっていた。もちろん、黒い箱も。
「無いぞ、マサオ。だれか持っていったんか?」
「そんなことあるか。あんなもん欲しいやつおらんて。でも、キレイさっぱり無くなっとるぞ」
「もしかして、鬼さんか」
「お前、怖がりのくせに何でそんなこと言うんじゃ。怖くなるじゃろが」
「怖いから言うんじゃ。鬼さんが持っていったのかもしれん」
小屋の裏も、本殿の裏も探したが、一枚も見つけることができなかった。
「マサオ、どうする」
「まだ探してない場所があるじゃろ」
「それはイヤじゃ。また入るんか。あの部屋は真っ暗じゃ」
まだ本殿の中は探してなかった。もしかしたら。誰かが本殿の中に箱を戻しているとしたら。
「確かめんと」
「懐中電灯は?」
「そんなもんない」
「うう、マサオ、このまえみたいにいきなり走ったら許さんぞ」
「アホか、僕かて怖くてそんなことはもうできん」
そして、暗い暗い本殿の中を進んでいった。
「やっぱりじゃ。箱がある。これ間違いないぞ、あの箱じゃ」
「マサオ、怖いぞ。これは怖いぞ。なんで、誰がもとに戻したんじゃ。」
「わからん。逃げろ。」
マサオと僕は全速力で本殿を飛び出し、そのまま神社を抜け出て、けもの道に戻ったところでようやく一息ついた。
「怖かった~。なんじゃ。マサオ泣いとるのか」
「ホンマじゃ。泣いとる。なんじゃ、お前も泣いてるんか」
「あれ、僕も泣いてる」
僕たちは完全に歩みを止めた。
こいつは、この感じは、マサオじゃない。僕も、僕じゃない。
「マサオ。」
「ばかたれ。怖くて涙が出ただけじゃろ。早く、山を降りるぞ」
コンクリート道路に帰ってくると、マサオと僕は山を見上げた。
「僕、やっぱり、じいちゃんにおまつりのこと聞くのやめる」
「うん。知らんほうがいいのかもしれん」
結局、僕のかあちゃんから聞いた『おまつり』の昔話。あれは全部が本当じゃないけど、全部が嘘というわけでもない。僕達はそう結論づけた。怖くて、これ以上調べる気にはなれなかった。
死守り
俺と田舎のじじいの話。
柔道五段、がっしりした体格で、土と汗のにおいのするでかい背中。
日に焼けた顔。俺がろくでもないことをする度にぶっ飛ばされた、荒れた手。
素直じゃなくて憎まれ口ばっかり叩いてた俺は、それでもやっぱりじじいが好きで、だから自分なりに親しみを込めてじじいと呼んでいた。
俺が今も尊敬してやまない、そんなじじいの葬式の通夜での話。
5年前、7月の終り頃。
俺の故郷は、今では薄れたとはいえ、それでも土着の、独自の信仰がまだ残っている。
一般的な葬式の通夜は、酒飲んで騒いで、ってな感じが普通だが、俺の地元の場合はかなり異様で、四方が襖になっている部屋を締め切り、ほとけさまを中心に安置し、血縁の男4人がそれに背を向け、四方に座るというもの。
更にこの時、各々が、村で神事用に管理してるのを借り、白木の柄の小刀一振りを傍らに置く。
その時高校生になったばかりだった俺にはそれが何の意味かは知らなかったが、その座る役目、死守りをするよう、祖母に言われた。
「お前は爺さんの若い頃に瓜二つだ。継いだ血は濃い。お前にしかできん」と。
要するに、鬼除けなんだそうだ。魂を喰らわれないように、と。
死守をするに当たって、3つのきまりがある。
1 何があっても後ろを振り向いてはいけない
2 誰に名を呼ばれても応えてはいけない
3 刀を完全に鞘から抜き放ってはならない
寝ないとかは大前提で、死守り以外の人間にも、その部屋には決して近づくなとか、襖や扉を開け放つな、とか色々と決まりがあるらしい。
ワケがわからなかったが、尊敬していたじじいの通夜、一つくらいじじいの為に立派に成し遂げてやろうと、杯に注いだ酒を飲まされた後、死守りに臨んだ。
俺と、じじいの弟、じじいの息子2人、そしてじじいの長女、つまり俺の母と全部で5人。
俺の座ったのは、丑寅の方位だった。
部屋の中は真っ暗で、空気はひんやりしていた。線香の匂いと、襖の向こうで祖母が数珠をこするじゃりじゃりという音が不気味だった。
暗闇に、死者を囲んで夜明けまで。
叔父さん達の欠伸とか、衣擦れの音とか、虫や蛙の声とか。
十畳ほどの部屋、暗くて自分の手も見えなかった。
どれだけ時間が経ったかわからない。
暗闇の先、不意に目の前の襖が”ガタンッ”と音を立てて揺れた。
ビクリとして顔を上げる。同時に、俺の”すぐ後ろで”ごそりと音がした。心拍数が跳ね上がった。
なんか、まずいぞ、まずいか。決して振り向いてはならない。
叔父さん達の息を呑む気配がする。聞こえてるのか。
何も見えないのに、目ばっかり見開いていた。瞬き忘れて。
嫌な汗が吹き出て、息が上がる。体が固まったみたいに、指の一本も動かせなかった。
あれだけ響いていた虫の音も、蛙の声も、ぴたりと止んでいたのを覚えている。
また目の前の襖がガタンと鳴った。全身が粟立った。
すぐ後ろでは、死守り以外の”何か”が時折ごそりと音を立てる。
俺はもう泣きそうで、逃げ出したくて、それでも身体はぴくりとも動かず、本当にちびりそうだった。
後ろでは、ごそり、ごそり。
不意に声がした。いや、気がした。
「抜け」
再び体が跳ね上がる。ああ、動く。
相変わらず目は真正面から動かせずに、手探りで小刀を取った。
情けないくらい震える手を柄に掛けて、深呼吸して、半身抜いた。決して抜き放たぬこと。
三度正面の襖が、今度は更に大きな音で、外れるんじゃないかというくらいに”ガン!”と鳴った。
震えで刃と鞘が当たってガチガチ音を立てていた。
後ろの物音と、その主の何かも消えていた。終わったのか。
落ち着いてくる頃には、また虫の音が響いていた。
夜が明けて、祖母が死守りの終わりを告げる鈴を鳴らした時、俺を含めた死守り全員、振り向く気力も無く前につんのめって、そのまま寝てしまったらしい。
しばらくして祖母に起こされた。
「よう頑張った。持って行かれずに済んだ。よう頑張った」
祖母は泣きながら、俺に手を合わせて何度も頭を下げた。
その時になって初めてじじいを振り向くと、少し口が開いていて、掛け布団がすこし崩れていた。
後になって聞くと、じじいの死んだ年は、よくわからんがいろいろとマズイ時期だったらしく、本来なら叔父の子だったはずが、じじいとよく似ている俺が丑寅に座る羽目になったらしい。
ひい爺さんが死んだときは、何事も無く朝を迎えたそうだ。
…持って行かれたら、じじいはどうなってたんだろ。
あの時聞こえた「抜け」という声。
あの声は、俺以外の死守りの声でも、そしてじじいの声でもなかった。
幸福の壺
坂本という友人のフリーライターから聞いた、怖いというかとても気味が悪い話です。
坂本はフリーライターといっても、朝鮮の民俗学に興味があり、1年の半分以上は向こうにいます
いつか北に拉致されないかヒヤヒヤしてるそうです
何回かやめろよって言いましたが
やはりなぜかあの半島に魅力を感じてしまうらしいです、まあ普通に民俗学といえば聞こえがいいですが
彼が主に調べているのは、朝鮮の黒歴史……
オモテには出ない ドロドロした歴史だというんですから 物好きと言うか悪趣味と言うか……
映画にもなった、キムデジュンの暗殺部隊なども調べたというものだから困ったものです
そんな彼が語った、朝鮮人の闇……
本当に闇に葬られた、現実にあったとは思えない 思いたくない 恐怖の歴史です
あまりの話の内容に、彼はそればかりは文章にできなかったと言います。
この話は誰にも話しておらず、人に話すのは初めてだと言いました……なぜ、彼が私に話したのか
それは、いやがらせの為に話したのです。
というのも 彼と一緒に入った料理屋のバイトが朝鮮人で、あまりにも日本語が下手で、暴言を吐いたのをきっかけに 口げんかになり、そして落ち着いたところで彼がポツリポツリと話し出しました
「お前に、どれだけ歴史の裏で恐ろしいことをやっていたのか……教えてやるよ……」と
今や かの国は発展途上ということもあり、超高層ビルが建ち ハイテクなパソコンが並び 様々な国と交流をもってますが
実際にはそんなのは全体の一部に過ぎず 少し山奥や地方に行けば 今だに自給自足してる村もあります
南北問題や朝鮮戦争なんて 教科書に載っているような歴史ではなく、本当に裏の歴史を知るには そういった村からの情報が欠かせないと言います
3年ほど前になるでしょうか、その日も彼は山奥の村で取材をしていました。
一通りの取材を終え 村を出たころには、空はもう真っ暗だったそうです。 予定よりも時間をくってしまった、さっきの村に宿を求めようかとも思ったのですが
結局、麓の町まで歩くことにしました。 しかし険しい山道、もちろん街灯なんかも無く、手元の懐中電灯の明かりもただデコボコの道と闇を照らすのみ……
おかしい 迷ってしまったんじゃないか、そう気づいた時はもう遅く 森と闇に囲まれ、そして雷鳴が轟いたそうです、振り出す滝のような雨 彼は雨具を着て 「こりゃあ……雨宿りできる場所を探して野宿だな」と覚悟を決めました。
ぬかるんだ地面に足を取られながらも、雨粒しか反射しない懐中電灯の明かりを頼りに 一晩過ごせるような場所を探します。
すると、地面から飛び出す 巨大な岩と岩の間に穴があるのを発見しました。 ちょうど人ひとりはいれるような穴です。
「坑道か何かか? ちょうどいい」 彼はその穴に入りました。 中は、もちろん真っ暗で電灯で照らしても冷たい岩肌しか見えません。
そのまま寝てしまえば良かったのですが 彼は好奇心で奥はどうなっているんだろう? と穴の深くへ進んでいきました。
どれだけ歩いたでしょうか、深い深い穴の先 出口が見える気配もありません。 懐中電灯の電池も気になります。
こんなことなら 入り口のところで さっさと寝てしまえばよかった。
彼は後悔します、ここで夜を明かしても目覚めは闇の中でしょう、結局進むか戻るかしかありません。
万一、行き止まりだったら……そう思うとやはり後戻りかな、そう考えた矢先 雨音が聞こえます。 もしかして出口か?
さらに先に進むと出口が見えました、かなりの距離を歩いた気がする……
それは山の裏まで突き抜けているトンネルだったようです
とりあえず出口が見つかったので、そこで彼は横になりました。
まぶしい光に彼は目を細めながら起き上がりました、昨夜の遭難に雨 そしてトンネルの事をぼんやり思い出しながら外に出ました。
木々の隙間から漏れる光、快晴です。 よかった、とりあえず麓まで降りよう。そして少し先に ひらけた場所があるのを発見し進みました。
森から抜け出し 草原に出た彼は、その時の感覚を「あの時背中に走った悪寒はヤバかった。 脊髄が氷柱に変わったかと思った……」そう語りました。
彼が見たのは墓 墓 墓 墓墓 墓墓墓墓墓 草原のあちこちに倒れ 積み重なり そして草からのぞく墓墓 墓石の大集団
ほとんどの文字は苔に覆われ 欠けていましたが、それは確かに墓だったといいます。
しかもその数は尋常じゃなかったそうです。
草原かと思ったのは 墓の隙間から生えた草で その一面……そう、彼が立っている地面そのものが墓石の山だったそうです。
これほどの死者……疫病か?村同士の抗争か? この山にも昔、村が点々とあったことだけは知っているが……
しかし、考えずらい
あまりにも多い、村1つ全員……どころじゃ……ない、この山1つ……いや、この地方一帯の人間が死ななければ、これほどの数にならないんじゃないか……?
恐る恐る墓石の文字を覗き込む、時代はどれも大体同じ時代のものが書かれていた。
ちょうど 日本で言えば 幕末から明治初期に集中しているらしかった。
そしてもう1つ、欠けた墓石の文字をたどっていくと……彼は気づいてしまった
女性と……子供しかいない……
名前はほとんどが女性の名前、男性の名前もあったが 刻まれた年齢はどれも幼く……ソレを物語っていた。
これだけの女と子供が? この時代は確かに村と村 地域と地域 国と国の争いがあちこちであり、疫病も度々あった時代だ
しかしそれなら成人男性の名前も刻まれるんじゃないのか? 男たちが出稼ぎや徴兵で出て行ったあと、残された女や子供が 疫病 で亡くなったのだろうか?
恐怖は徐々に好奇心に変わっていった。 ここで……ここいらの地域で何が起こったのか……彼は調べることにした
まずは地域の資料を漁ってみた、図書館や役所にも足を運んだがコレといった情報は得られなかった
そもそも今でも地方の山の奥で何があったかなんて日本ですら分かってない事が多いのに、管理能力がアレな国だ。今現在でも、住民票すらない山奥の人なんて数万人もいるんだ、分からなくて当然なんだよな。 彼は苦笑した。
そこで先日の村に再度話を聞きに行った、その村の人は確かにあのトンネルと墓の山の存在は知っていたのだが、比較的新しい村だったため、情報は少なかったが「昔、かなり良くないことが起こったらしいが詳細はわからない」
村一番の年寄りもこう語るのみだった。
あの時代、この地域の生き残り……は、さすがにいないだろうけど、もしかしたらどこか移住した部族がいるかもしれない
様々な資料を調べ 聞き込みを続けると ある重要な手がかりを見つけた。
あの山一帯の者の一部は今のロシアに移住しているとのこと。
「ロ……ロシア? はぁ……お手上げじゃん」
私はため息をついたが、彼は薄気味悪い笑みを浮かべて続けた
「いや、ロシアまで行ったぜ……さすがにロシア語わからなかったから辞典片手にな」
アホだコイツ……
私はすっかり冷めたヤキトリをほおばった
「んで、ロシアで見つかったのかよ? 墓場山の住民は」
「あぁ、見つかった 俺ってハイパーラッキーだ……まあ、1年かかったけどな」
「マジかよ……」
「ああ、しかも絶対に話さないと超ガンコジジイでな、交渉に交渉重ねて聞き出すのにさらに1年かかった」
「……はぁ、アホだなぁ……」私はため息をついた
バカみたいに寒いロシアの田舎町に、その老人の家はあった。
老人は確かに朝鮮人の顔立ちをしていたという。
ただ、生まれも育ちもロシアだというのだから、老人が語ったのは父の祖父……つまりヒイヒイおじいちゃんの話だ。
その老人も90代というのだから、確かに時代は合っているようである。
老人はしわが垂れて わずかに開いた瞳で彼を見据えて、ゆっくりと話し出した。
わしらの先祖さんがこの国にやってきたのはもう1世紀以上も前の話だ、正直この話はあの世まで持っていくべきことなんだよ
お前さん、知ってどうする? この世には知らなくてもいいことが山ほどある、その山の頂点に位置するだろうこの話を聞くというのなら、お前さんは地獄に落ちてしまうだろう、それでもいいのかい?
もしかしたら、ボケた老人の戯言かもしれんだよ?
まぁ、いいさ。逆に知っておかなければならない話……かもしれん。
そもそもこの話は、わしは父から聞き 父は祖父から聞いた話だ、つまり曽祖父にあたる。
そうか、墓の山があったというのであれば……あの話は作り話ではなかったのだな。
正直、お前さんに話すのは何ももったいぶったワケではない、怖かったのだ。 ずっと作り話だと……父がわしを怖がらせようと作った話だと思っていた
それが……まさか……そうか、本当にあったことだったとはなぁ。
わしは家族にも、誰にも話したことは無い、そもそもお前さんが現れるまでは忘れていたことだ
今さらとんでもない者が現れたもんだ……やれやれ。
わしの父の祖父は、小さな村に住んでいた。
貧しく苦しい生活だったらしいが、まあ当時としてはそれが普通だったんだろうよ。そうだな、仮に父の祖父の名をキムとしよう。
色々な人が集まり、様々な民族 人種が入り乱れる、当時の人間からしてみれば。よその人種というだけで争い、殺しあう。
山は1つの部族の集まりだ、だから隣の山は敵だらけなんだ。 キムはそう教えられた、その村人全員がそう教えられて育つ。
おそらく他の山の集落でもそう教えていたはずだ。だから基本的には生まれた山で過ごし、暮らす、自給自足が当たり前。だから下手に下界と干渉しないんだ。
キムはその日、畑を耕していた、いつものように畑で汗を流し、家族の元に帰る。貧しく苦しいが、それでも幸せだった。
「山が燃えているぞ!!」 突然の村人の叫び、キムが駆けつけると遠くで山が燃えていた。 まずい、このままではあの山火事はここまで来る!
キムたち村人は総出で消火にかかった、川の水を汲み、火にかけるが……自然の力は本当に強かった、結局火は集落に流れ込み村が山が灰になる……
その光景をただ見つめていた。
問題はそれからだ、早い発見で村人はほとんど逃げ出せた。 隣の山の住民も逃げてきていた。
そして、地域一帯で唯一無事だった山がある、逃げ延びた人々はその山の集落に助けを求めたが……それは、他民族の山だったんだ。
殺されはしなかったが、扱いはあんまりだった。男は毎日奴隷のように働かされ……女子供は……わかるだろ? まぁ、そういうことだ。
ただ、奴隷のように働かされるのは仕方が無い、しかし女性は妊娠しちゃうんだよ、もちろん避妊具なんてないし堕胎技術もない……産むしかない
しかし怖いね「他民族の子を孕んだだと!」 怒りに狂った男は、妻や娘を殺し、腹を割き 胎児を取り出しぐちゃぐちゃにつぶした。
それが1つの夫婦・親子じゃなかったから尚恐ろしい……
んで、その胎児と女が例の墓になったか? 違う、墓なんて立派なものじゃない。 壷に ためこんだんだ……
なぜ壷なのかわからない
ただ、殺した女子供は壷に流した。
キムたちのいた山では 壷は邪悪なものを封じる 魔よけのような物だったんじゃないだろうか?と坂本は仮定してる
女と子供は数えるほどしか残らず、女はいつ妊娠してしまうか震え、憎い憎いその他民族に抱かれる日々。
そしてある日……他民族の子供が壷に近寄ってきた「これなあに?」と聞いてくる。
「幸福の壷さ」とウソを教えると、子供はその壷を持って帰っていった。
ちなみに、ヤツらはこの壷の中身は知らなかった。
女が殺されているのは、日に日に減っていく数を見れば分かったが、まさか壷に入れてるなんて思ってなかったんだろうな。
その壷のつくりは何か特殊で、どうやら簡単に開けられないような仕組みらしい、詳しい事は分からないがそういう壷らしい。だからバレなかった。
次の日から、不思議な事が起こった。他民族の家から叫び声が聞こえ、その家の子供が死んでしまったのだ。壷を持って帰った子だ。
そしてその家の妻、隣の家の子と……次々に他民族の女子供が死んでいったらしい。 キムたちは「我ら部族の呪いがヤツらに降りかかったんだ」
そう思ったが、そういうわけではなかったんだ。 キムのまわりの女性や子供も死んだんだ。 ……おかしい、やはり実際に殺した我々も恨みの対象なのか……
しかし、よくよく考えると女と子供ばかりが死ぬんだ。 男性は無事なんだ。 そこでわずかに生き残った女子供をつれて村の大半がついに逃げ出した。
奴隷に逃げられようと他民族はそれどころじゃなかった、大切な跡取りが次々と死んでいく。 これは間違いなくキムたちが何かをしているに違いない。
と、気づいた時には 後の祭り、キムたちはすでに逃げていたんだ。
逃げ延びた先が、例の山さ。 そこで再び生活を始めたキムたちは、今回のこともあり、他の集落ともできるだけ仲良くするようになった。
苦しいときは助け合い、笑い合うようにすると。 そして貧しいけど、またつつましい生活が始まった。 めでたしめでたし
……とは、いかなかった。 例の他民族がやってきたんだ。 男だけになった彼らはニタニタ笑っていたそうだよ、何せ分かったんだからね
呪いの正体、それは例の壷だったんだよ。 彼らは壷の中身を無理やり調べたんだろう、子孫を殺す呪いの壷。
そして壷はパワーアップしてたんだ、どうやら壷の中身が多いほど……強いんだ。 だから彼らはその壷で 死んだ我が子、我が妻をたっぷり入れてね。
あとはもうグダグダさ。 呪い呪われ、死んで壷に流して。 その話が お偉いさんの耳に入り、役人が来たときにはすでに、女と子供が消えていたんだ、
その村から山から地域から……ほとんどね
男たちは連れて行かれ処刑され、女と子供の怨念を恐れてそれぞれに墓を作った。
そうなる前に キムたち含む わずかな生き残りは北へ北へと逃げていったそうだ。
気味が悪い話だよ、飢饉で子供を食った話とか色々聞いてきたが、この話だけは何か・・・気分悪ぃぜ。
しかし壷はどうなったんだろうか。 ま、恐ろしいものだから、国に処分されたんだろう。
坂本が「え?」と聞き返してきた、
私はもう一度聞いた「本当に壷なのか?」
「う~ん、まあ壷だって言ってたと思うぜ」
「壷じゃなくて箱じゃないか?」
「え?なんでよ……別に壷だろうが箱だろうが、とりあえず入れ物だろ?」
「だって、しってるよ……その壷……というか箱」
「あ? マジかよ!!」
「うん、その壷(箱)の作り方知ってる部族の人、多分日本に来たことあるんじゃないかな?」
「……え……」
「しかも、日本でソレ作ったんだよ」
「……え……ウソだろ、なんでお前が知ってるんだよ!!」
「うん、ネットで一時期話題になったんだ」
「……? 何が?」
コトリバコ
私はすっかりぬるくなったビールを一気に飲み干した。