オラガンさん
20年近く前、福岡の母方の田舎に帰った時の話。
母ちゃんの毎年恒例のお盆参りで俺は母ちゃんと妹と3人で(親父は航海士で夏は南半球で過ごしてた)1週間位福岡の母ちゃんの実家である爺ちゃんの家に遊びにいった。
横浜生まれの俺は福岡のうだるような暑さとむせ返るような緑の匂いが大好きで、遊びに行くたび2歳上の従兄弟と虫取りだ、釣りだ、川で泳ぎだ、とちょこまか遊びまわってた。
ある日の午後、従兄弟が良いもの見せに連れてってやるといい、爺ちゃんちから暫く歩いた山の中腹にある寂れた神社に連れてかれた。
木が鬱蒼と生い茂ったその神社の裏手には古い井戸と3-4件の廃墟になった民家があった。
民家へ続く道はしめ縄?で閉ざされたが、従兄弟は構わずしめ縄を跨いで進み俺もそれについていった。
周辺はまだ昼過ぎなのに薄暗く、空気はひんやりして涼しかった。
民家はボロボロで荒れ放題。
ガラスは割れまくりで雨戸は壊され正直言って内心気味が悪かった。
従兄弟は俺を引張りその内の一軒の軒下に通風孔をくぐって入り込んだ。
そして真っ暗な軒下へと俺を引っ張り込み、持ってきた蛍光灯付きの懐中電灯付け、その灯りを頼りに奥へ奥へと這っていった。
暫く進んだ軒下には週刊誌やエロマンガが山積してあった。
従兄弟の言う良いものとはそれだった。
それから従兄弟と俺は時間を忘れてエロマンガを読みふけった。
気がつくと軒下から見える景色は大分暗くなってた。
と、俺達が居る家の周りを歩いている人の気配がする。
従兄弟が「誰かおる」と俺に耳打した、そして蛍光灯を消すと軒下は真っ暗になった。
と、潜り込んだ通風孔から見える外の景色に、確かに家の周りを歩いてる人の足が見えた。
よく見ると裸足の足がびっこを引きながら家の周りを歩いてるのが見えた。
そしてその脇にギラギラひかるものが見えた。
刀のようだった。
従兄弟はヤバい!みたいな顔を見せて俺に「逃げよう」と呟いた。
軒下には出入り口になる通風孔が幾つかあって足は家の周りを左回りにグルグル廻ってた。
「(足が)通り過ぎたあと、あそこから走って逃げよう」と言う従兄弟の提案通り俺達が入ってきた通風孔に近づいた。
そして息を潜め、足が通り過ぎるのを待った。
足が通りすぎて暫くし先ず従兄弟が出て、俺も這い出ようとした。
慌てて出ようとした俺は両腕と頭を通風孔に差し込んだせいで体がつかえてもたついた。
足の主に捕まったら殺されるかもと思い心臓バクバクでつかえた体をあれこれ動かし、せまい通風孔からやっとの事で這い出た。
と、後ろに人の気配を感じ振り向くと、今自分が這い出たばかりの通風孔から白目で俺を睨む顔が見えた。
足の主は俺達が軒下に居る事に気付き、違う通風孔から俺達を追って這ってきたのだった。
白目の主はちょん髷を解いた侍だった(のように見えた)。
口は開け放しこちらを睨む白目からは幾筋にも血を流していた。
その目に睨みつけられた俺は体がすくみ、身動きできずにいると、白目の侍は頭と手をにゅうっと出し出てこようとした。
途端、「早く!」と従兄弟が叫び、俺の手を掴んで、文字通り脱兎のごとく駆け出した。
暫く「ズっズっ」とびっこを引く音をを後ろに聞きながら、鬱蒼とした薄暗い山道を足の速い従兄弟に手を引かれながら駆け下りた。
途中1度大きく転んで、従兄弟はアゴ、俺はひざから出血したのを覚えてる。
従兄弟はもう一方の手に掴んでたエロ本をぶちまけたが何冊かだけ持ち直しまた俺の手を掴んで駆け出した。
ほうほうの体で山を降り、爺ちゃんちまで逃げ帰ると、従兄弟は縁側から大声で居間で相撲を見ていた爺ちゃんを呼んだ。
事情を聞いた爺ちゃんは途中で大体察したのか、
「おい婆ちゃん、酒と塩を持ってこい。こいつがオラガンさんに見付かったぞ」と婆ちゃんに向かって叫んだ。
台所で料理をしてた婆ちゃんは慌てて一升瓶と塩の入った甕を持ってきた。
そして爺ちゃんは従兄弟にバリカンを家からとって来るように伝えると、俺に服を脱ぐように言った。
言われた通りすっぽんぽんになった俺は裸のまま従兄弟が持って来たバリカンでボウズにされた。
そして日本酒を口に含むとぷはぁーっと俺の顔に吐きかけ手ぬぐいでごしごしとぬぐった。
そして水を汲んできて頭からかぶせるとごしごしと婆ちゃんに全身拭かれて、塩を全身にぱっぱとふられた。
婆ちゃんは俺の着ていた服と髪の毛を、従兄弟が持ち帰ったエロ本と一緒に焼却炉で燃やすと家の中に入ってった。
「よし、これでよか。母ちゃんはアキ子(妹)を連れて福岡まで出ていっちょるからお前は今日はもう寝れ」といわれた。
怖いと言うよりも、大変な事をしてしまった?とか母ちゃんに怒られるのかな?と頭の中がグルグルしてた俺は言われるがままに婆ちゃんの敷いた布団に入って寝た。
よく朝早く起こされると予定を切上げ母ちゃんは俺と妹を連れて横浜の家に帰った。
俺は神社での出来事をいつ聞かれるかとビクビクしてた。
母ちゃんは事情を知っているようだったが結局俺には何も教えてくれなかった。
それから数日の間、夏休みが終る頃位まで?耳鳴りが続いたが、体調には別に異常は無かった。
夏休みが終る頃には耳鳴りもやんだ。
そして新学期が始まりボウズになった俺はクラスメイトに笑われた。
以上、あまり怖くないし(俺自身がそんなに怖くなかったし)、落ちも無いけど覚えてる限り本当の話です。
方言や名称は適当ですが。
以前この板で見た某話(めくらの女の人が廃墟から首を出して云々)にそっくりなので自分でも驚いてます。
あとこの話は俺の体験ネタとしてよく人にも話して聞かせるので知り合いには俺が特定されちゃうかも。
それはやだなあ。
勿論翌年も福岡へ行ったが、以来その神社へは言ってない。
灯篭流し
小学生の頃、よくH瀬村と言う山奥にある村に遊びに行ってました。
毎年夏になると、写真好きの父に連れられ村を訪れ、村外れにある川で泳ぐのを楽しみにしていました。
私が小学四年生の夏、いつもの様に父にくっついてH瀬村の川に泳ぎに行きました。
父は川から少し離れた所で珍しい花を見付け、シャッターチャンスを伺っていました。
その日は夏にしては風が強く、なかなか思うような写真が撮れないでいたのです。
気温も上がらなかったため、川で泳いでいた私はすっかり冷えてしまい、早々と車の中で服に着替えてしまいました。
父は相変わらず難しい顔をしてレンズを覗いています。
つまらなかった私は、川上の方へ向かって河原を歩き出しました。
蝉の声とチャラチャラと流れる川の音以外、何も聞こえません。
どれだけ歩いたでしょう。振り返ると、さっきまでいた場所がもう見えません。
少し不安になり、そろそろ戻ろうかと考え始めました。
その時、ゴロゴロという音と共に、空に暗雲が流れ込んで来たのです。
ポツリポツリと雫が落ちたかと思うと、すぐに大粒の雨が降ってきました。
慌てて近くにあった木の茂る場所へ避難しました。
早く止まないかなと不安になっていると、ふと背後でチョロチョロと水が流れる音がします。
振り返ると、少し茂みへ入った所に小川が流れていました。
そこに何やら輝くモノが流れていたんです。
興味をそそられた私は、近くに行って見てみました。
それは小さな灯籠の様な物でした。ゆっくりと川下へ流れていきます。
どこから来てるのだろう。
またも好奇心をそそられて、今度はそれを追って小川の川上へと行ってしまったのです。
しかし、木が生い茂ってる上、雨雲のせいで空は真っ暗。足下もよく見えず、何度も転びそうになりました。
10分ほど歩いた時、前方で人のざわめきが聞こえてきました。
軽く息を弾ませながら近寄ってみると、村の人達が傘を差し、手に先ほどの灯籠を持って集まっていました。
その中の一人が私に気付き、手招きをしたので行ってみると、
傘と小さな灯籠を私に手渡し、一緒に祭りに参加しようと言うのです。
そういえばお囃子の音が聞こえます。
見ると『○宮神社』と書かれた石の鳥居があり、境内には出店が出ています。
子供達が楽しげに狐の面を被ってはしゃいでました。
私も楽しくなってきて、一緒にお祭りに参加しました。
と言っても、先ほど手渡された灯籠を川に流すだけですが。
他の人と同じように灯籠を水面に置きました。
しかし……私の灯籠だけが、少し流れた後にひっくり返ったのです。
炎はジュゥと微かな音を立てて消えてしまいました。
その瞬間、あれだけ賑やかだった周りのざわめきがなくなってしまったのです。
五月蠅いテレビを消したときのような、そんな急な静寂でした。
びっくりして見わたすと、さっきまではしゃいでいた子供も、世間話をしていた老人も、楽しげに笑っていた夫婦も、みな寂しげな顔をして私を見ているのです。
近くにいた老婆が無言で私の手を取り、その場から離れてしまいました。
手を引かれるままに私は歩き続けました。
どこまで行くのかな、そう思って顔を上げたとき、目の前には私が泳いでいたあの川があったのです。
どうやら、ジグザグに歩いてるうちに戻ってきたようです。
フッと気が付くと、私の手を引いていた老婆の姿はありませんでした。
さすがに怖くなってしまい、河原を走って逃げるようにその場から去りました
そんなに行かないうちに、父の車が見えてきました。
車の側では父が私を捜しています。
「お父さん!」
私の声を聞きホッとしたように父が手を振りました。
と思ったら、ギョッとした顔で指をさし尋ねるのです。
「その手に持ってるのは?」
それは先ほど祭りの村人に手渡された傘だったのですが、既に傘としての役目を果たせないほどに破れまくり骨がみえていたのです。
父に今まであった出来事を伝えると、首をひねりながらこう言いました。
「雨なんて一度も降らなかったぞ?それに、その辺りで祭りなんてないと思う。あそこは随分と木が生い茂っていて、そんな人が大勢集まれるような場所ないと思うけどなぁ」
そんなはずはないと私は必死で抗議します。
仕方ないなという感じで、父はある民家に連れて行ってくれました。
そこは父が○瀬村を訪れた際、よく世間話をしたりお茶をご馳走になったりして親しくしている方の家でした。
そこに行き、私が言ったお祭りが本当にあるのか聞こうと言うのです。
家にいた中年の女性は、私達を客間に通し麦茶を出してくれました。
父が祭の事を聞くと、ハハァと呟き話してくれました。
「珍しい事もあるもんですね。それは多分×××ですねぇ。お盆近くになるとね、亡くなった方の霊が、○宮神社に集まり祭りをするという伝説があるんです。小学生の頃、私の友達のちぃちゃんと言う子も、その祭りに迷い込んだって言うんですよ。
そこで灯籠を手渡されて、川に流したら沈んでしまったと。沈むと言うことは、その人がまだ生きてると言う印なんですよ。それで、仲間だと思ってた周りの幽霊達ががっかりしちゃうんですって」
聞けば聞く程、そのちぃちゃんの体験は私と同じだった。
迷い込む前に雨が降り出した事、小川を辿って神社に着いた事、村人に手を引かれて戻ってきたこと……
「小川はないけど、私のひいひいおじいさんの代くらいまでは、確かに○宮神社はあそこにあったらしいのよ。でも元々小さな神社だったし、周りはあの通り生い茂ってるでしょう。そのうち誰も参拝しなくなったんですって。今もあるのかは分からないけど」
私はやっと背筋に冷たいものを感じ始めた。
あそこで賑やかに祭りに参加していた人たちは、皆この世の物ではなかったんです。
私の手を引き、こちらの世界まで誘ってくれたあの老婆もまた……
チリリン……と風鈴が涼しげな音を奏でた。
ボンヤリと風鈴のある隣の部屋に目を向け、思わず叫んだ。
そこには仏壇があり、遺影の人物は、私をこちらの世界まで連れてきてくれた老婆にそっくりだったのです。
「あれ、トメさん亡くなったんですか?」
父も驚いて仏壇に目をやった。
「えぇ。もう半年以上前です。88歳、天寿を全うしたでしょう」
線香を上げる父の隣に座り、私は遺影を眺めた。
似てると思ったけど、少し違うような気もする。
でもはっきり顔を見たわけじゃないし、断定は出来ない。あやふやだった。
それどころか、祭りの記憶も何だか朧気で、必死で思い出そうとしても記憶の画面に靄がかかってしまう。
ただ、あのお囃子の音だけはしっかりと耳に残っていた。
あれから何年も経ちました。
あの一件があって以来、私が○瀬村に行ったのは二回だけです。
何とか神社を見付けようと思ったんですけど、正確な位置を覚えてませんでした。
村の人も、詳しく知ってる人はいませんでした。
もう一度行きたいと思ってるのですが、残念ながら○瀬村は平成△△年ダムに沈んでしまったのです。
あの村の風景を見るのは、もう父の写真でしかないのですね。
不幸の順番
十数年前の話。
私が6歳、兄が8歳の時だろうか。
私たちは、お盆休みを利用して両親と4人で父の実家に遊びに行った。
その日はとても晴れていて、気持ちが良い日だった。
夜になっても雲一つ無く、天の川が綺麗に見えた。最高の景色。
花火をして遊んだ後、イトコの兄ちゃんと姉ちゃん、兄と私の四人で、夜の散歩をすることになった。
こんな夜に外に出ることはあまり無かったため探検気分で意気揚々だ。
イトコの兄ちゃんと姉ちゃんはもう大きかったので、両親もにこやかに送り出してくれた。
父の実家はとても田舎で、小高い丘の中腹にある。
家の裏は竹林になっており、その竹林の向こうには小さな川が流れている。
戦前はその川に沿って道があり、そこがこのあたりでは一番メインの道だったそうだ。
しかし今はその道はなく名残のように川に沿って家がぽつぽつと建っていた。
父の実家も含めて、川に沿って建っている家はどれも古い。
少なくとも戦前から建っている家ばかり。
父の実家は改装をしていたのでそうでもないが、他の家はどこもボロくて、どことなく廃墟っぽい家すらあった。
私たちは懐中電灯を手に、裏庭にある竹林を抜けて川沿いに出た。
昔の道のなごりだろうか。川の土手は平らで、歩きやすくなっている。
イトコの提案で土手をつたって上流へ向かうことにした。
ぽつぽつ建っている古い家はどこも真っ暗で明かりすら灯っていない。
そのことをイトコの兄ちゃんに言うと、彼は少し逡巡した後教えてくれた。
「この川沿いはねえ、僕たちにとって肝試しコースなんよ」
彼曰く、この川沿いに建っている家では、上流から順番に不可解なことが起こっているらしい。
一番上流にある家は、三十年ほど前に一家で心中した。
二番目の家は、その十数年後に火事になって焼失した。
家族五人のうち、二人が亡くなった。
三番目の家は、一人暮らししていた老人が孤独死した。
発見されたのは二ヶ月も後のことだった。
(後ほど聞いた話では発見したのは叔父と叔父の友人らしかった)
四番目の家は、金銭難で父親が自殺をし、その後一家離散した。
「……じゃあ、五番目の家は?」
私の兄が聞いた。
イトコは、小さくため息をついた後に答えた。
「五番目の家は、うちなんよ」
ぞっとした。
もし、イトコや叔父達に何かがあったら……
沈黙が四人を包んだ。
私は幼心にどう言っていいか分からず、黙ってイトコや兄たちに付いていった。
数分歩いて、『二番目の家』の跡地についた。
暗くてよく見えなかったが、そこは更地になっていたようだった。
ふと私は気が付いた。
ふわふわとした光の玉が、ぼんやりと浮かんでいることに。
ぎょっとして、目をこらした。
光の玉は二、三度縦揺れした後にフッと消えた。
怖くなって「もう帰ろう」と言った。
イトコ達や兄も、実は帰るタイミングを逃してここまで来ただけだった。
私の提案にすぐさま賛成してくれて、四人は早足で家に帰った。
お盆休みが終わって家に帰っても、私はその光の玉とイトコの話が忘れられなかった。
もし父の実家に何かがあったらと思うとぞくぞくして眠れなくなる日もあった。
しかし時間が経つにつれてそれも風化した。
父の実家には小学生の時は毎年二回は遊びに行っていたが徐々に数を減らしていった。
兄は大学生になってから家を出た。
そのころはもう二人とも、そこにはしばらく行っていない状態だった。
私が高校3年の夏、兄が帰省した。
私と兄はとても仲が良い兄弟だったので、夕飯後、二人して好きだった映画を流しながらダベっていた。
映画が終わり、それでもしゃべり足りなくて色々と話した。
きっかけは何だったか忘れたが、ふと話題が、あの夏の日のことになった。
「あの話、怖かったよね~。まだイトコ達に、なんも起こってないから良かったけど」
「ホンマに。未だにあの話は忘れられんわ」
頷く兄に、私はもう言ってもいいかなと思って、兄に言うことにした。光の玉の話だ。
なぜか、そのことは誰にも言っちゃ駄目だと思いこみ、今まで誰にも言わずにいたのだった。
「そういえばさあ、私、あの日見ちゃったんよ」
わざとちゃかしながら、そう切り出す。
「火の玉……というより、光の玉? みたいなやつ。しかも火事になったいう、あの家んトコで見たんだよね」
私の言葉を聞いて、兄はぎょっとした目で私を見た。
「俺も」
「え?」
「俺も見た! 変な光の玉。ふよふよ浮いとった!」
今度は、私が驚く番だった。
もしかしたら気のせいだと思っていたあの光の玉を兄も見ていたのだ。
ぞーっとし、暗黙の了解でその話題はそこでとぎれた。
その日私は眠れなかった。
その数ヶ月後、兄が死んだ。
とある事故だった。
書いてしまうと身バレする可能性があるのでやめておく。
ちょっと普通では考えられない、特殊な事故だった。
ニュースにもなった。
次の年、父方の祖父が死に、後を追うように祖母と叔父が亡くなった。
三人とも同じ病気でだった。(もちろん、感染症や伝染病ではありません)
あまり聞いたことのない病名で、お医者さんも変な偶然に首をひねっていたそうだ。
もともと母親が居ないイトコの家は、イトコ兄弟だけになってしまった。
叔父の通夜の前の夜、叔父の遺体が収まった棺桶の隣で、イトコの兄ちゃんと姉ちゃん、三人で飲んだ。
二人とも、この家を出るのだと言った。
「やっぱり……、怖いから。信じてる訳じゃないんやけど……」
あまりお酒が強くない私は、酒をさまそうと二人に断って外に出た。
ぼんやりと庭を散歩し、裏庭に行く。
さらさらと、川が流れる音がする。
あのころ、うっそうと茂っていた竹林は全て切られてなくなっていた。
荒れ地となったその場所に時間の流れを感じながら、ふと振り返る。
イトコの家の目の前に、あのころ見たのと同じような光の玉がふよふよと浮いていた。
なんとなく思う。
私は、もうしばらくしたら死ぬかもしれない。
それも兄と同じような事故で……
そう考えると怖くてたまりません……
コリブエさま
俺が昔住んでた某県某町の田舎の話。
昔住んでた某県某町の田舎の近くまで行くことがあって、ついでに寄ってきて懐かしくなったので。
今まで他所で話したことなかったけど、どうもそこは合併してもう町じゃなくなってたのでいいかなと思って。
クソ田舎ってほどでもないけど、中学校と小学校にスクールバスが必須で学区内の小学校の半分が全校生徒50人以下くらいの田舎。
母方のばあさんがそこに住んでて、ばあさんの兄弟が亡くなって土地の権利がばあさんのものになった。
なんやかやで俺ら家族がそこに新たに家を建てて、ばあさんと住むことになったんだ。
家建てて引っ越してしばらくしてから、その微妙な田舎で起きる妙なことに気がついた。
時折、夜になるとどこからか笛の音がするんだよ。
集落ってほどでもないんだけど、うちのある周辺にだけ聞こえる程度で、リコーダーとかじゃなくて、かと言って尺八って感じでもない。
聞いたことはないんだけど、オカリナとかに近いんじゃなかろうかって音。
それが時折、夜になるとどこからか聞こえてくる。
最初は近所のじいさんが吹いてるもんだと思ったけど、聞こえてくる方角はその時々で結構変わった。
まあそれも特には気にしてなかったから、家族に話すことも特にしなかった。
で、そんな笛の音に気づいてからしばらく経った頃、もう一つ妙なことに気づき始めた。
笛の音が聞こえた深夜になると、小火が起きる、事故が起きる。
最初は偶然だと思ったけど、何度も重なるし消防の半鐘の音がしない夜でも、翌日「どこそこで事故があった」だの「誰々さんちの納屋が燃えた」だの話が出る。
それでもまだ偶然だろうと思ってたんだけど、数年経っても同じことが起こる。
ただ、笛の聞こえてくる方角と小火とかのは一致しない感じだった。
そうやって何度も重なると、何かあるんじゃないかって思う訳で、ばあさんに聞いてみたんだよね。
「時々笛の音が聞こえるけど、あれ何?」って。
ばあさん曰く
「あれは、この辺の氏神さまみたいなもんでね」
って話してくれた。
こっからがちょっと長いかも。
両親(特に母親はここ出身なので)は知ってたらしい。
姉も笛の音には気づいてた。
って事で、ばあさんが話してくれたこと。
・あの笛は、悪いものを祓うために氏神様が時折吹いているもの。
・ばあさんが子供の頃も、ばあさんのばあさんが子供の頃からもずっとあるらしい。
・そうやって笛の音が聞こえたあとは、必ず悪いことが起こる。(小火とか事故とか)
・でも笛のおかげで、この辺(俺の住んでる周囲)には何も起こらない。(これは実際、不思議なことに確かに何もなかった)
・氏神様とは言ってるものも、何の神様かはよく分かってない。
・ばあさんたちはコリブエさまって呼んでる。(漢字は知らない)
・この辺では暗黙の存在みたいになってて、みんな笛が聞こえると「あ、なんかあるな」って思ってるらしい。
・だけど、時折『嘘笛』というのをやらなきゃいけないらしい。
この嘘笛ってのは、いつもコリブエさまが笛で守ってくれてるのに感謝したり、時々はコリブエさまに休んで頂こうというので、いつのまにか風習みたいに根付いたらしい。
それは明確に決めたルールがある訳じゃないけど、コリブエさまを祀るというか氏神とするというか、要するにコリブエさまに守られてる周囲の家の信心深いじいさまばあさまたちが、時々コリブエさまの代わりに笛を吹くというもので、それで感謝とお礼とかを兼ねるそうだ。
これをやるのは完全に各個の気分でやってるらしいけど、嘘笛をいつやった、だれがやったというのは、決して明らかにしてはいけないそうなんだ。(とは言っても、明らかに隣の家とか分かってしまう時もあるけど、そこには触れないようにするのが不文律)
ばあさんは、じいさんが生きてた頃にはじいさんが吹いてたけど、じいさん死んでからは参加してないそう。笛も実際オカリナだそうだ。
俺が聞いてた笛の方角にばらつきがあったのも、多分嘘笛をどこかでやってたのを聞いてたんだろう、とのこと。
あと、確かに笛の音を聞いた時は小火がよくあったけど、必ず起きてた訳ではなかったらしい。
この辺は話を聞くまでは百発百中だと思ってたけど、なかった日もあったらしい。
そうやって時折、匿名の完全気分の持ち回りの嘘笛を俺たちは聞いてたらしんだが、ばあさん曰く
「今でも時々は本当のコリブエさまが吹いてらっしゃるし、その時は音色が違うんだよ」
ばあさんは亡くなっちまったし、今はもうそこを離れて暮らしてるから分からないけど、俺が家族より先に上京して家を出る頃までは、まだ笛の音は時々聞こえていた。
最後まで本当のコリブエさまの笛の音はわからなかったけど、そんな、俺が昔住んでた田舎の話。
異世界 ~ 不思議な村へ行った話
自分の体験した少し現実味のない話です。
自分自身この事は今まで誰にもしたことがないし、これからも話すつもりはない。
それにこの書き込み以降、僕が他人と話ができる状況にあるかすらも定かではない。
少し不気味で長くなります。
結構前の事なので忘れていることもあり、会話や情景など、ところどころ思い出しの定かでないものが入りますが、話の流れは本当です。
それに、こんな非現実的な話を聞いても普通は信じられないと思います。
無理に信じなくてもいいですし、話半分に見てくれてかまいません。
それでもいいと言う人は読んでください。これは大学三年生の春休みの話です。
当時僕は大学進学で中国地方の、ある県で一人暮らしをしていました。
大学に行ったことのある方ならわかると思いますが、大学生の春休みは非常に長く僕は開始一週間ですでに時間を持て余していたのを覚えています。
僕の学校の裏には少し小高い丘のような場所があり、そこはいくつもの企業が連なって建っている企業団地のような感じでした。
先にも書いた通り時間の有り余っていた僕は、そこは道も広く景色もいいので、前から一度探索してみたいと思っていたこともあり、運動がてら行ってみることにしました。
家を出たのは午後5時くらいだったと思いますが正確な時間は覚えていません。
実際そこに行ってみると、期待していた通り静かで景色も良い落ち着く場所でした。
そんなこんなで雰囲気を楽しみながら自転車を走らせ、途中にあった石の風車を見たりしていました。そしていざ帰ろうとした時のことです。
そこは丘になっているということでその丘を横断するように、登ってきた反対側にも道があります。
来た道を帰るよりは、道が分からなくても反対側から帰ろうと思い反対側に行きました。
その丘には主軸となる道のほかに、脇にそれる道がいくつもあります。
本当はその脇道にそれるつもりはありませんでした。
しかし、一本の脇道からなんと言っていいのか分からない“違和感”のようなものを感じたのです。なんだかぼやけている様な、色で表すと紫です。
前にも言った通り、本当は脇道に逸れるつもりは無かったんです。
しかし、なんだかそちらに妙に惹かれた僕は、気が付いたら脇道に向かって自転車のハンドルを切っていました。
ここからがこの話の核の部分です。
脇道に逸れて普通に自転車で道を下っていきました。
道を下っている間も自分の目の前の道は相変わらず紫色にぼやけていました。
そして、時間にして一分もたっていないと思います。坂道を下り終えた瞬間に紫色にぼやけていた視界はクリアになり、鮮明に目の前の景色が視界に飛び込んできました
。
そこには田圃が広がっていて、向こうの方に藁ぶき屋根の家が密集している場所と、その住宅地の中ごろに少し高くなっている丘のような場所がありました。
僕はこの時、なんだか面白そうな場所に出たなと思い取りあえず田圃の間のあぜ道を自転車で進んでいきました。この時はまだ、この先に行けばどこか大きな道につき、それを西の方角に行けば知っている場所に出るだろうと考えていたのです。
あぜ道を進んでいると少し遠くに農作業をしているお婆さんが目に入りました。
お婆さんもこちらに気付いたような素振りを見せると、わざわざこちらに向かって走ってきました。僕はこの時、何かあるのか?もしかしてあぜ道は田圃の持ち主のものだから通っちゃ悪いのか?などと思い、自転車を降り、お婆さんを待ちました。
お婆さんは僕のそばに来るなり挨拶をする僕の声すら遮るほどすぐに、
「あんたこの辺で見ん顔じゃけど余所者かい?」と言われました。
僕は確かにこの村の民家に住んでいるわけじゃないですが、少なくとも同じ市内には住んでいるはずなので。「いえ、ここの近くに住んでいます」と答えました。
そうするとお婆さんに「この村に住んどるんかどうか聞いとるんじゃ」と少し強めの声で言われました。僕はこの村には住んでないけど近くに住んでいること、自転車を漕いでいたらここに着いたことを話しました。
するとお婆さんは先ほどとは対照的なやさしい声で「自分の家にきてぜひ晩飯を食べていけ」と僕を家に招待してくれました。しかし帰り道が良く分からない僕は、できるだけ明るいうちに行動したかったので晩御飯をお断りしました。
お婆さんは結構しつこく誘ってきましたが、やがて諦めたのか、農作業の道具もそのままに、走って民家のある方向に走っていきました。
僕はお婆さんから解放されたので家に帰ろうと思い、すぐに自転車を漕ぎ始めました。
今思えばお婆さんは終始そわそわしていた気がします。
お婆さんと別れてしばらく自転車を走らせたのですがこの村は山に囲まれているようで、思っていた方角に村から抜ける道はありませんでした。
そこであまり気は進まなかったのですが、来た道、つまりあの紫色にぼやけていた道を戻り、企業団地までいってから知っている道を帰ろうと思い引き返しました。
坂の下にはすぐに着き、いざ坂を自転車で登り始めました。ここまでは良かったのです。
しかし、来るときはすぐに着いたはずの道なのに、登れど登れど終わりが見えません。
どれくらい上ったのかもわからない中、周りが暗くなりはじめ、時間を確認しようと僕は携帯電話を取り出しました。
しかし、電源が切れているのか画面は暗いままでした。そこで電源をつけようにも電池が切れているのか、やはり画面は暗いままです。
なんだか不気味に思った僕は、もしかしたら道を間違えているのかもしれないし、このままではらちが明かないと思い、もう一度坂を下りることにしました。
しかし、さっきまであれほど登ってきたはずの坂道は、下り始めるとあっけないほどすぐに終わりました。ここで僕は初めて悪寒を感じました。もう周りは暗くなっていました。
しかし、この時はまだ“道が怖い”と思うだけで、あのお婆さんのことは頭にありませんでした。
今度は暗くて危ないので、自転車を押しながら再び畦道を進みました。
しばらくすると僕の視界に無数の明かりと、それに照らされる人の姿が入りました。少し違和感のある光景ではありましたが、なにかあるのだろうと思い、帰り道も聞きたい僕はそちらに向かっていきました。
しばらく進むと確かに人が明かりを持って集まっていたのですが、その明かりは松明(たいまつ)でした。21世紀に松明です。僕は異様な光景に飲まれてしまいました。
そして、まだ十分な距離はあったのですが余程大きな声で話していたのでしょうか、村人たちの声が聞こえてきます。ですが会話内容は聞き取れませんでした。
そして、なにか頭の中で「これはやばい」と言う警告が鳴り僕は畦から降りて、田圃のわきに身を伏せました。その際自転車は田圃の中に隠しました。
ここで、僕はまた異様なことに気が付いたのです。
今は春休みのはずです。しかし僕が身を伏しているのは、田圃の脇です。
その田圃には稲が植えられていて大きく育っています。稲は通常夏に栽培するものであり、春の今は基本的になっていることは無いはずなのです。
終わらない坂道、時代遅れの松明、そして春に実っている稲、いよいよおかしいです。
これは夢なのだろうか?しかし僕は今まで夢の中で「これは夢なのか?」など考えたことがなかったのでおそらく現実であることは頭の中ではわかっていたのだと思います。
しばらくすると明かりは散り散りに分かれていきました。
ある明かりは東へ、またある光は西へ、住宅地にある丘のようなところを登って行ったものもあります。そして当然ながら、こちらの方向へ向かってくる明かりもありました。
こんな大人数で回りが暗い中、わざわざ松明をもち、特に集って何をするわけでもなく、それぞれが散り散りに別の場所へ別れていく。何かを探しているのではないか?
そしてこの不可思議な状況。あの道だけでなく、この村全体がおかしいのではないか?
やたらと余所者かどうかを尋ねてくるお婆さん。もしかして、村人は僕を探しているのではないか?僕は既にこのとき村人の目的はほぼ推測できていました。
何故探されているのかはわかりませんが、僕は怖くなって隠れようという意識の元、ゆっくりと水路に移動して濡れるのも構わず水路に突っ伏しました。そしてしばらくすると足音が近づいてきました。
「久しぶりの入り者(“いりもの”と言っていたのでこう表記します)だな」
「そうだな、でもこの時期に間に合って本当によかった。」
「取りあえず門に行ってみるよう。入口はそこしかない。もしそこにいなくてもどうせ狭い村だ、そのうち見つかるだろう」
こんな会話をしながら足音は去っていきました。
もうこの時点で僕は自分がお尋ね者だと言う事を確信しました。
門というのは入口と言うので多分あの坂の事でしょう。とりあえず僕は一時的に難を逃れることに成功しました。
さて、結局どういう目的かは分からないにしろ、自分がお尋ね者だということは分かりました。ここからどうすべきでしょうか?村人の話によると入口は一つしかない様です。
出口の話はしていませんでしたが、あの口ぶりからして村から出ることは想定してないのでしょう。と言うことは、出口はかなり分かりにくい場所なのかもしれません。
とにかくこの不思議な状況下、僕は村から脱出しなければいけない。
そのことだけは嫌が応にもわかりました。もう山を突っ切ってでも村から出るため、フットワークを軽くするために自転車は田圃に放置して、僕は身一つで田圃の間をかがむようにしながら移動を開始しました。
ここまで鮮明に記憶しているわけではありませんが。
この時の僕はおおむねこのようなことを考えていたはずです。一周回って少し冷静になっていたのだと思います。それにこの時はまだ、どこでもいいから取りあえず山に行きそれを超えればこの村から出られるだろう。という安易な考えを持っていたからかもしれません。
前にも言った通り、僕は山を突っ切って村を出ることにしました。
しかし、思ったよりも村人の数が多く安易に動くことは出来なかったのです。
むしろ逃げるどころか、少しずつこちらに近づいてくる村人たちにもう少しで見つかりそうです。もう限界に達した僕は立ち上がり、とにかく松明の明かりがないほうに逃げました。
それを見た村人たちは当然僕を追ってきました。何か投げていた気もしますがそこまで気にする余裕はありませんでした。
しかし、暗い中全く知らない道、大人数対一人、おまけに足場も悪いと来てそんな無謀な逃走が成功するわけがありません。
僕はすぐにとらえられ、全身を縛られ、目隠しと布製の猿轡をされて連れていかれました。
抵抗もしましたが袋叩きにされたので大人しくせざるを得ませんでした。
どこかに連れていかれる道中、村人たちは、
「よかった。今年は俺らが出さないで済みそうだ。」
「そうだな、去年は……」
「まあまあ、今年も出すことができる。これで○○様も満足だろう。」
などという会話をしていました。○○様というのはどうしても思い出すことができないのです。他の事はすべて思い出したのにそのことだけは無理でした。
そんな会話を聞いている間に僕はどこか良く分からない場所に投げ出され、村人たちはどこかに去っていきました。目隠しをされ、手足を縛られたままなので良く分かりませんでしたが懸命に調べたところ、どうも僕は四角くて狭い部屋に閉じ込められている様でした。
そこから、何日間かはわかりませんがたまに水と少量の食べ物を与えられる時以外は猿轡などを嵌めさされ放置されるという期間が続きました。
事態は急に動きました。それは食料を与えられ、何時ものように猿轡を嵌めなおされ村人が出ていった後の事でした。村人が出て行ってすぐに誰かが部屋の中に入ってきました。
当初は何か忘れたのかとも思ったのですが、今まで決してとることのなかった目隠しをとってくれたことや猿轡を外す手がやさしかったことから、この人は何か違う。優しい。と思ったあの時の感覚は今でも鮮明に覚えています。
体が自由になり目隠しもとれた僕は、しばらく目やにやらなんやらで目が明かないし、やっと開いても光が強すぎて目を開けるのがつらかったため目を完全に開いて周りの光景を見るのにそれなりの時間がかかってしまいました。
やっと目が開いたと思うとそこには何か光る玉を持つ少年がいました。
僕は、優しくされたとはいえ容易には人を信じられなくなっていたので
「こいつを倒せば逃げられるか?」などと考えていた気がします。
しかし少年は「大丈夫?」と開口一番に言い水を差しだしてくれました。
今考えるとおかしいのですが「大丈夫?」に一言と水だけで、なんだか安心しきってしまった僕はすぐに水を受け取るとすべて飲み干しました。
そしてお礼を言おうにも口にずっと猿轡を嵌められていたせいか、なんだか違和感があってちゃんと喋るのにもまた時間がかかりました。そしてしどろもどろながらも少年との会話をしたのです。
少年はまず、小屋の中をできるだけ音を立てず歩き回りながら話を聞いてくれと言ったんでまたしても歩きにくかったですがゆっくり歩きながら話を聞きました。
少年によると、この村は僕たちの住んでいるところと少し違う事。
普段は僕たちの住んでいる場所とはなんの繋がりもないが、ごく稀に繋がることがあるらしくその時迷い込んでしまう人が数年に一人あらわれること。
そして、今回はそれが僕であること。
この村は外部とつながっていないのでもと来た道を戻っても無駄だし、山を越えようとしても無駄であること。を話してくれました。
もう逃げる気力もないけどこの話には少々落胆したのを覚えています。
なんだかチンプンカンプンな話ですが僕は妙に納得していました。
というか、あの坂道に始まり、これまでここにきて異常な体験を散々した僕は納得せざるを得ませんでした。そして少年はまた語り始めました。
この村には○○様という神様がいてそれは村の中にある山に祀ってあると言う事。
一年に一回その○○様に生贄(おそらくこれが先ほどの贄の事)を差し出さなければ災いが村を襲う事。実際に何度か差し出さず、大飢饉や病気が流行り幾人もの命が失われたこと。
そこで、それからは毎年生贄を差し出しているのだが、やはり村の中から生贄を出すのは憚られるので、今回のように余所者が入ってきたときはすぐに捕まえ、牢屋に閉じ込め率先してその人を生贄にすること。
僕は後三日で生贄として差し出されると言う事が分かりました。
この話を聞いた僕は生贄というのに全く実感がわきませんでした。
まあここまでの扱いを見る限り信じられない話ではないですが、もうどうにでもしてくれと投げやりになっていた気がします。そんな僕を見て少年は
「でも、まだ逃げられる。元の場所へ戻れる」と言いました。
逃げられる、元の場所に戻れると聞いた僕は驚きました。先ほど外部との繋がりがないといった以上もう元に戻ることは不可能ではないかと思っていたからです。
少年によると、少年は一時的にではあるが、来た道と元の世界を繋げることが少年には可能だそうです。そんな事が出来るのかと聞いたら、普通の人にはできない。それに皆、自分にそんなことが出来るとは知らないし、これが知れたら余計に被害者が増える。もし逃がしたのがばれたら僕が生贄にされると言っていました。
話が終わるとすぐに少年は僕に「とにかく早く逃げて」と言いここからあの坂への大まかな道のりを教えてくれました。そして何も言えないまま少年にせかされるように小屋を出た僕はあの坂に向かって歩き始めました。最後の逃走劇はあっけなく終わりました。
誰一人として村人をこちらの視界にとらえることもなく、普通に歩いていたら坂に着き普通に登って行ったら知っている工業団地に出ました。そして家に帰って寝ました。
次の日朝起きた僕は経っている時間の長さに驚きました。
自分の記憶では昨晩テレビを見て普通に寝たはずなのに、起きたときには全身が痛く昨晩から一週間以上が経過していたのです。そして携帯には同じ部活の同級生からの大量の着信履歴とメールが残っていました。なぜこんなことになっているのか、僕には全く見当がつきませんでした。一週間以上寝ていたのか?とも思いました。
そして駐輪場に行き自転車がなくなっているのに気付き、警察に被害届を出しました。
勿論あの田圃においてきたのだから自転車が返ってくるわけはありませんでしたが。
僕はあの村で起こったことをすべて忘れていたのです。最近までは。
忘れたはずのこの記憶を何故数年経った今になって思い出したのかというと、僕を助けてくれた少年が夢に出てきたのです。暗闇にいる少年はずっとこちらを弱弱しく見つめていました。その夢から覚めた僕は“○○様”を除いてすべての事を思い出したのです。
あの村での恐ろしい事件を。そして僕の後輩があの工業団地の会社に、デスクワークのバイトに行ったきり戻ってこなかった事も。僕は確信しました、あの後輩は生贄になったのだと。
そして、今になって少年が夢に出てくるのはどう言う事でしょうか?少年の弱弱しげな瞳、あの少年に何かあったのでしょうか?
ですがなんとなく「あの少年に何かあったのではないか?」と思います。
そして、今になって少年が夢に出てきた訳、それは「何か助けを求めているのではないか?」
と感じるのです。
僕は現在、大学を卒業して同じく中国地方にある会社で働いています。
そして、その会社に無理を言ってこの一週間休暇をもらいました。
理由はあの村へもう一度行くためです。
家に「放浪の旅に出る」という置手紙を残してきたので、最悪いなくなっても納得はしてくれるでしょう。
僕を助けてくれた少年が、今度は僕からの助けを求めている気がしてならないのです。それに、後輩がいなくなった時の皆の不安げな表情。あれを思い出すと、胸が苦しくなります。
事実を知っていて見て見ぬふりはできません。
そして、今週の月曜日、件の道へ行きました。ですがそこは普通の道でそんな村なんてありませんでした。
僕はあの少年が僕を呼んでいるのだと思い、てっきりあの村への道が通じていると思っていたのです。そして今日の昼も空振りでした。
少年の夢も見なくなり、あの村は実在するのかどうかさえ疑問に思っていた時です。
今日の夕方、ビジネスホテルで寝ているとあの少年が再び夢に出てきたのです。
そしてあの弱弱しいまなざしでこちらを見ています。
僕は今からもう一度あの道へ行ってきます。根拠はないけどなぜか、今なら行けるという自信があります。
僕一人が行って何かが変わるかはわからないですし、前回同様すぐとらえられるかもしれません。運よく少年に会えたとしても、そこからどうすべきなのかも分かりませんが……
初めはただちょっとした注意喚起のつもりだったのですが、予定よりはるかだらだらと長く、覚えているか怪しいところまで細かく書いてしまいました。気持ちは焦っていて早くいきたいのに、やはりまたあそこに行くのが少し怖いのかもしれません。
そもそも僕があの村について知っていることは、少年との話で得たことだけなので僕自身あの村の事は良く分かりません。
話し言葉や大まかな流れも大体はあってますが、細かいところは違うと思います。
こんな普通なら信じられない上にだらだらした話を最後まで聞いていただきありがとうございました。
僕はもう行きます。
最後に一つ、僕の話を信じなくてもいいです。
でも例え信じなかったとしても、この場所に心当たりがある人は絶対にそこへは行かないでください。
間違っても脇道に逸れるなんてことはしないでください。
牛の生首
戦前のある村での話だそうです。
その村には森と川を挟んだところに隣村がありました。
仮に「ある村」をA村、「隣村」をB村としておきます。
B村はいわゆる部落差別を受けていた村で、A村の人間はB村を異常に忌み嫌っていました。
ある朝、A村で事件が起きました。
村の牛が1頭死体で発見されたのですが、その牛の死体がなんとも奇妙なもので、頭が切断され消えていたのです。
その切り口はズタズタで、しかし獣に食いちぎられたという感じでもなく、切れ味の悪い刃物で何度も何度も切りつけて引きちぎられたといった感じでした。
気味が悪いということでその牛の死体はすぐに焼かれました。
しかし、首のない牛の死体はその1頭では終わりませんでした。
その後次々と村の牛が殺され、その死体はどれも頭がなかったのです。
普段からB村に不信感を抱いていたA村の人々は、その奇妙な牛殺しを「B村のやつらの仕業に違いない」とウワサし、B村を責めたてました。
しかし同じ頃、B村でも事件が起きていました。
村の若い女が次々と行方不明になっていたのです。
いつもA村の人々から酷い嫌がらせを受けていたB村の人々は、この謎の神隠しも「A村のやつらがさらっていったのに違いない」とウワサし、A村を憎みました。
そうしてお互いに村で起きた事件を相手の村のせいにして、ふたつの村はそれまで以上に疑い合い、にらみ合い、憎しみ合いました。
しかし、そのふたつの事件は実はひとつだったのです。
ある晩、村境の川にかかった橋でB村の村人たちが見張りをしていました。
こんな事件があったので4人づつ交代で見張りをつけることにしたのです。
夜も更けてきた頃、A村の方から誰かがふらふらと歩いてきます。
見張りの男たちは闇に目を凝らしました。そして橋の向こう側まで来たその姿を見て腰を抜かしました。
それは全裸の男でした。
その男は興奮した様子で性器を勃起させています。
しかしなにより驚いたのは、その男の頭は人間のそれではなく牛の頭だったのです。
牛頭の男は見張りに気付き、森の中へ逃げ込みました。
牛頭の男はA村でも牛の番をしていた村人に目撃されていました。
その牛頭の男こそふたつの事件の犯人に違いないと、A村とB村の人々は牛頭の男を狩り出す為、森を探索しました。
結局牛頭の男は捕まりませんでした……いえ、実際には捕まっていました。
しかし、男を捕まえたA村の人々は彼を隠し、みんなで口を揃えて「そんな男は存在しなかった」と言い出したのです。
A村の人々のその奇妙な行動には理由がありました。
A村の人々は牛頭の男を捕まえました。
その男は実際に牛頭なのではなく、牛の頭の生皮を被った男でした。
A村の人々は男の頭から牛の皮を脱がせ、その男の顔を見て驚きました。
その男はA村の権力者の息子だったのです。
この男は生まれつき知的障害がありました。歳はもう30歳近いのですが毎日村をふらふらしているだけの男でした。
村の権力者である父親がやってきて男を問い詰めましたが、
「さんこにしいな。ほたえるな。わえおとろしい。あたまあらうのおとろしい。いね。いね」
と、ワケの分からないことばかり言って要領を得ません。
そこで男がよく遊んでいた父親の所有している山を調べてみると、女の死体と牛の首がいくつも見つかりました。
異常なことに女の死体の首は切り取られ、そこに牛の首がくっついていました。
男はB村から女をさらい、女の首を切り取って牛の首とすげ替え、牛頭の女の死体と交わっていたのです。
権力者である父親は息子がやったことが外に漏れるのを恐れ、山で見つかった死体を燃やし、A村の村人に口封じをし、村に駐在する警官にも金を渡して黙らせました。
そして息子を家の土蔵に閉じ込め、その存在を世間から消し去ったのです。
しかし、村の女たちが行方不明のままでB村の人々は黙っていません。
特にあの夜実際に牛頭の男を見た見張りの4人は「牛頭の男など存在しなかった」と言われては納得いきません。
村人みんなで相談して、その4人は警察に抗議に行くことにしました。
次の日、川の橋に4人の生首と4頭の牛の生首が並べられました。
A村の人々は真実が暴露されるのを恐れ、B村を出た4人を捕らえ、真実を知っているにも関わらずB村の4人に全ての罪をかぶせ、私刑(リンチ)し、見せしめに4人の首をはね、さらし首にしたのです。
一緒に牛の生首を並べたのには、「4人が牛殺しの犯人である」という意味(もちろんデマカセではあるが)と「真実を口外すれば同じ目にあうぞ」という脅しの意味がありました。
この見せしめの効果は大きく、B村の人々はもちろんA村の人々も「この出来事を人に話せば殺される」と恐れ、あまりの恐怖にこの事件については誰も一言も話そうとはしなくなりました。
ふたつの村の間で起きたこの出来事は全て、村人たちの記憶の奥深くに隠され故意に忘れさられ、土蔵に閉じ込められた男と一緒にその存在自体を無にされたのです。
蛇田
これは俺が新入で入った会社の先輩の話なんだが、その会社の宣伝部に配属された俺は、先輩と二人で取引先に外回りに行くのが仕事だった。
その先輩は入社して約10年でとても頭の回転もよく、明るく、正義感の強い、人としても社会人としても男としても、とても憧れの先輩だった。
実際会社の女の子にモテモテだったし、誰からも信頼される完璧とも言える先輩だった。
なので、入社していきなりこんなすごい人が先輩でラッキーだった。
ご飯を食べに行ったり遊びにも連れて行ってもらったりで、とても仲良くしてくれた。
それから三年ぐらいたち、ある日夜中にその先輩から電話が掛かってきた。
「今すぐうちへ来てくれないか」と言い、すぐに切れてしまった。
そんな意味不明な事を言う人ではないので、何かあったのか?!と思いすぐに先輩のアパートへ向かった。
アパートにつきインターフォンを鳴らすが気配が無い。しかし明かりは点いている。
すぐに先輩に電話をすると繋がり
「今、ドアの前にいます、どこにいるんですか?」と言うと同時にカチャとドアが開いた。
ものすごく青ざめた顔で目がどんよりしている先輩が見える。部屋へ上がると特になにか起きたような様子もなく、落ち着いた部屋だ。
ただ先輩は震えてる感じでただ事ではない様子。
何かあったのがと聞くと、一枚の茶封筒を出した。
中には手紙のようなものが入っており、中を開けると達筆な文字で確かこう書かれていた。
「赤子ノ中絶、灰汁(?)ト脂肪ニ?????烏ス火ノ・・・・」(実際はもっと長く意味不明)
なんですか?これ・・・と聞くと、父親から来た手紙らしい。
その手紙の中身についてはまったく解読不能だが先輩には意味が解るらしく、手紙の内容は簡単に言ってしまえば「緊急事態が起きた、すぐに戻って来い」との事。
先輩はG県のある集落出身らしく、その集落を出たのは中学生の時で(実際は逃げてきたらしい)
それ以来、親とは連絡は一切せず疎遠していたが手紙は一方的に何通も来ていたようだ。
先輩の生い立ちなどは、そういえば聞いても教えてもらえずその日初めて聞いた。そして”一緒にその集落へ行き立ち会ってくれ”という事らしい。
すごく世話になってるし、生い立ちを始めて話してくれた嬉しさもあり、二つ返事で軽く「いいですよ」と答え、行く日を決めその日は帰った。
今考えると、なぜ先輩があんなにガクブルしていたのか聞くべきだった……
自分らの地域で実際にあった出来事。
自分の住んでるところは田舎の中核都市。
田んぼはなくなってくけど家はあんまり建たず人口は増えも減りもせず、郊外に大型店はできるものの駅前の小売店は軒並みシャッターを閉めてるようなところだ。
家のまわりも田んぼだったんだが県立大学のキャンパスが分かれて移ってくるってんで、そのあたりだけ急にバタバタと建物ができた。
学生めあてのアパートが多いんだが、その他にも飲食店とかいろいろだな。
田んぼの中に一枚だけ地元では「蛇田」と呼ばれる一枚があって、そこは田んぼの南の隅に竹と藁で作った簡単な祭壇が設けられてあった。
ちょうど盆送りの棚みたいな感じで月に何回かお供物があがっているのを見たことがある。
これがアルミホイルにのせた鶏肉なんかで、そんなことをすればカラスが来るだろうと思うだろうが自分が見たかぎりでは荒らされてる様子はなかった。
興味深かったんで小学校の行き帰りに遠回りしてのぞいてみたこともあったが、お供物は次の朝にはなくなってる。
野犬が食べたような汚らしい様子はないから、その家の人が夜に片付けてるのかもしれない。
この話は家族にもしたことがあるけど遠くから婿にきた親父は全く要領を得なくて、母親はその話をしたくないらしく、すぐに話題をそらしてたな。
その田んぼの持ち主は専業農家で、かなり広大な耕地を持ってて人に貸したりもしてたんだけど、その蛇田だけは当主の老夫婦が手植えで毎年稲を植えていた。
かなりの重労働なんだけど、ここだけは近所でも誰も手伝わず皆そうするのが当然みたいな雰囲気だった。
収穫したここの米も卸には出さず自分らで持ち帰っていたようだった。
ところがその老夫婦が相次いで亡くなって大学のキャンパス移転にかかって売りに出された。
蛇田も含めた敷地に大きなスーパーマーケットができることになった。
老夫婦の子どもは数人いたんだけども地元には残っていなくて家屋敷をすべて売って遺産分けしたという話だった。
ただ、この蛇田を売ったことについては地元での評判はよくなかった。
特に古くからの人たちは町内会でいろいろ批判も出てたらしい。
母親も田んぼをやめるなら、せめて死に地にしておけばいいのにみたいなことを言ってた。
例によって理由は教えてくれなかったけど、蛇田は建物本体ではなく駐車場の一部になった。
スーパーは大資本のチェーンではなく県内の別の市からきた夫婦が自分らで経営する小さな店だった。
自分も何回か会ったけどどちらも50代初めくらいで旦那さんの早期退職金と、あとは銀行からかなりの借金をして始めたらしい。
気さくでやる気にあふれた人たちだった……初めのうちは。
そのスーパーで開店セールをやるってんで母親に連れられて行ったんだが、母親はその蛇田の駐車場に車を停めず、近くの道に路上駐車した。
「今どき何も起こらないだろうけど、近寄らないにこしたことはないから」と言って。
学生も来るようになって初めの一ヶ月はけっこう繁盛してたと思うけど、すぐに事故が起きた。
駐車場に停めてあった車が車両火災になったんだな。
タバコとかが原因ではなくて電装関係のトラブルらしい。
その車は全焼して隣の車にも影響があったが幸いケガ人はなかった。
それから2週間ばかりして、深夜その駐車場で焼身自殺があって、大学の男子学生だった。
ガソリンをかぶって火をつけたんだな。
その夜は救急車や消防車のサイレンがやかましくて起きて野次馬をしにいった母親が事情を聞いてきた。
原因はノイローゼだとも失恋だともいろいろ言われてたんだけど結局は不明。
その現場が蛇田で、祭壇があったすぐ近く、自殺の跡は黒いシミになって後からその上にさらにアスファルトをかぶせて段になった。
当然ながら気味悪がってその近辺には誰も車を停めない。
この事件以来、スーパーの人の入りががくっと悪くなった。
最初は数人いたパートの店員も一人やめ、二人やめって感じで。
できて二ヶ月後には夫婦二人だけで切り盛りするようになった。
夜の仕入れとかもあるため、スーパーには旦那さんが泊まり込んでたけど、開店の当時からするとげっそりと痩せて笑顔がなくなった。
その頃、自分は中学生になってたんだけど日曜日に友達が家に来るから菓子類を買おうとそのスーパーに入ってみたんだ。
そしたらレジに油気のない髪の奥さん。
そして生鮮食品売り場に旦那さんがいてガラス戸の奥で魚をさばいている。
商品は仕入れが少ないらしく開店時よりだいぶ減ってスカスカの状態で客は自分一人だけ。
店の中は少ない商品が中央に集められて、店の片側に段ボール箱が天井あたりまで積まれてる。
そこはちょうど駐車場が見える窓で、まるでそちらの方を見たくないって風に感じた。
自分がポテチとかを選んでると、ダン、ダンという音がする。
旦那さんが奥で魚を切ってる音なんだけど、やけに強くて力が入ってる。
それで生鮮品売り場の方に見に行ったんだけど、そこらはひどい嫌な臭いがする。
腐った臭いとはまた違って、何というか自分はタバコは吸わないんだけど吸い殻のいっぱい詰まったバケツに水を入れたときのような臭いがする。
見れば並べある肉も魚もなんだか乾いてぱさぱさした感じで、古いのかと思ってパックの賞味期限を見れば仕入れたばかりのものなんだな。
旦那さんがガラス越しに魚を切ってるのが見えるけど、こっちの方を見もせず下を向いて包丁に力を込めてる。
切ってるのは魚だと思うがガラスの下でよく見えない。
ただその魚が動くのを片方の手で押さえてるような動きで、すると旦那さんが「あちっ」と叫んで押さえていたものが伸び上がって、それが見間違いだと思うけど大きな蛇の頭に自分には見えた。
「いやだ!」と思って走ってレジにいき買った物を投げ出すようにレジに置くと、奥さんが無愛想な顔で精算して、レシートを渡すときにじろっと自分の顔を見て
「……あんた○○中学校の生徒だね、学校行ったら他の生徒にうちで万引きしないように話してくれる? あんたらの校長に電話かけても埒があかないんだよ」
とものすごく無愛想な声で言ってきた。
そんな感じでいやーな気分で店を出たんだけど、飲み物を買い忘れたことに気づいてもう店にもどるのはいやだったんで外の自販機でペットボトルを何本か買った。
その時に横にあったゴミ箱のビン・カンのほうだけ中身があふれてたんで、ペットボトルのほうを覗いてみたらシマヘビだと思うけど、うねうねと何匹もからみ合って中で球になっていた。
あわてて後ろに飛び退いて、何で買い物するだけでなんでこんなお化け屋敷のような目に遭わなければならんのかと思いながら帰った。
夕食の時に母にその話をすると
「やっぱり蛇田だから、そろそろ準備しとかないと」
みたいなことを言った。
それから2週間してスーパーの夫妻が首を吊った。
それが駐車場のあの祭壇があった場所、焼身自殺の場所のすぐ近くに物干し台を持ち出して二人並んで。
ただ物干し台だから両足とも地面に引きずるような形になってたって噂だ。
それからそのスーパーは後を継いで経営する人もなく、取り壊されもせずに心霊スポット化したが事情を知ってる地元民は絶対に近寄らない。
特に駐車場は。
大学生が肝試しに行くらしくて、いろいろ良くない話が聞こえてくるが、人が死んだりはまだしていないと思う。
蛇田についてはよくわからないけども、田んぼの持ち主だった老夫婦の先祖が何か蛇と約束をして、そこで獲れる米とお供えを捧げる約束があったという日本昔話みたいなのは聞いた。
だけどそれだけではなく聞かせてもらえないことがまだあるような感じがする。
【追記】
あれを書いてから自分でも妙に好奇心がわいてきて由来を調べてみた。
で、わかったことがある。
うちの母親は教えてくれないし近所でも聞きにくい感じがあったんで、この隣町に住んでる中3のときの担任の先生を思い出して話を聞きに行った。
先生は男で社会科担当、数年前に教頭で退職して今は市史編纂室というとこで嘱託で仕事をしている。
地元の新聞社から郷土史の本も出してるんで、もしや何かわかるかと思ったんだ。
久しぶりに会った先生は自分から要件を聞いてかなり驚いていたが、スーパーの件は耳にしてたらしく、それほど嫌な顔もせず昔のことをいろいろと話してくれた。
自分の住んでる町内は旧道と呼ばれる一本道沿いの家が昔からの集落で、その一帯はほぼ同族だったために今でもある同じ名字の家が並んでる。
旧道はずっといくとだんだん山に登るようになってて、突き当たりが集落の氏神だった小さな神社、その手前に蛇田の持ち主だった老夫婦の家があった。
ただ老夫婦の家はその昔は分家で、そこは本家だったということだが本家に養子に入るという形で何代か前に移ってきたらしい。
その本家は名主格で、かなり広い田地があってそのほとんどを小作人に貸していた。
分家は蛇田のあった場所にあり旧道からはだいぶ離れてる。
で、分家はわずかな田もあったが家業は薬屋で、蛇……たぶんマムシから取った強精剤のようなものを製造して行商の薬売りに卸していた。
そして薬を絞った後の蛇の死骸を大きな穴に投げ込んでいたのが蛇田の祭壇のあった場所、それだけではなくて集落の拝み屋のようなこともしていたという。
ここからは昔話だと思って聞いてくれ。
時代はたぶん江戸から明治に変わるあたりだと思う。
分家は食うに困らない暮らしではあったものの、親戚の中では殺生をする賤しい家業ということで親戚付合いではいろいろと差別されていたらしい。
あるとき分家の10歳くらいの女の子が本家筋の子らといっしょに川に遊びに出かけて、本家の長男坊がその子が川に流されたと大声で叫びながら村に走ってきた。
村人たちが行ってみると女の子の姿はなく、何日か後に下流で裸で引っ掛かって見つかった。
男の子らは裸で川で泳いで女の子数人が河原で石拾いをやってた。
それがいつのまにか川に入っていて見ている前で流されていったと子供たちは口をそろえて言う。
当時はもちろん巡査などもいない混乱期で、それは不幸な事故としてけりがついたんだが分家の主人は納得できなかった。
臆病な子で自分から川に入るなんてまず考えられないと思った。
それで他の子供らの様子をうかがっていると、村で主人に会うと非常にばつの悪い顔をしてこそこそ逃げていく。
で、思いあまって、ある日同じ分家格の子を一人家に呼んで問い詰めたらしい。
すると女の子は男の子らに嫌がるのを無理矢理川に入らされて流されたのだと白状した。
それから分家の主人は夜になると蛇穴の前に祭壇を築いてなにやら儀式をする。
すると親戚の子らが死んでいくんだな。
何も不自然な死に方ではなくて当時ありがちな急な病気で、2年で3人目の男の子が死んだあたりで本家でも事情を察して掛け合いにきた。
分家の主人を威したりすかしたりして呪詛をやめさせようとするんだが、主人の恨みは強くて村を叩き出してもやめそうもない。
官憲に突き出しても、子供らははっきり病死で何の証拠もないし、文明開化の時期で呪詛の話など相手にされないだろう。
そうしてる間に今度は女の子が1人死んだ。
で、親戚中で話し合って分家の主人に流されて死んだ女の子の弟、その子は5歳くらいだったんだが、これを本家で養子にもらって跡取りにするからもうやめてくれと詫びを入れて泣きついた。
すると主人は硬い顔で「……わかった、そうしてもらおう」と言って引っ込んでいった。
次の朝、蛇穴の中で無数の蛇の死骸の上にうつぶせに顔を埋めるようにして死んでるのが見つかったという。
それから本家では分家の家を取り壊して田地にし薬作りもやめてしまったんだが分家の妻が蛇穴のあったところに新しく祭壇を築いて供養をする。
そのうちに男の子が本家の跡を継ぎ、ずっと何代も老夫婦が亡くなるまでこの供養が続いていたということなんだ。
……やっと最後まで説明できた。
この話は明治の中頃に東京から偉い学者が来て、聞き取り採集していったのが学術雑誌に残ってたんだが「こんな陰惨な話はとうてい市史には載せられないから」と先生は言った。
「蛇田の場所はとにかく土地が悪い。スーパーの顛末も人に学問を教えるものがこんなことを言ってはいかんのかもしれんが、昔からの因縁に関係があるんだろう。お前も近づくなよ」と。
茨城の農村で出会った何か 【洒落にならない怖い話】
僕が大学生だった頃、バイト先だったバーのお客さんの話です。
小松さんはその店にわりとよく来るお客さんで、当時20代後半の会社員。僕と同じ茨城出身の人でした。ちょうど今頃の季節で蛍が話題にのぼり、「僕の地元は2、3年前までいっぱいいましたよ」「俺の実家の近くじゃ、全然見れないんだよな。いいなぁ、蛍。見てえなぁ」 と話をしたのです。
一月ほど後。久しぶりに店に顔を出した小松さんが、他のお客さんがひけた頃合いをみて、「笑ってくれてもいいんだけど……」といってポツポツと、淡々と、マスターと僕に語りはじめました。
僕と話をして間もなく、夏期休暇の小松さんは実家に帰省したそうです。ある夜、やはり蛍が見たくなった小松さんは、一人でクルマで出かけました。同じ茨城といっても、小松さんの実家と僕の地元とはかなり離れていたため、小松さんは知り合いに訊いて、蛍が見られそうな場所を教えてもらったのです。
クルマで30分ほどの距離にあるそこは、山のふもとの農村地帯でした。民家もひとかたまりずつ、まばらに点在するばかり。ぼんやりと月が出ていなかったら、きっと真っ暗。
そのかわり蛍はホントに、けっこうな数がフワリフワリと飛んでいました。小松さんはできるだけ民家から離れた、山沿いの野道にクルマを入れて停め、家から持ってきたビールを飲みながら蛍を眺めていたそうです。風流だなあとか悦に入って。
そのまま、いい感じに酔った小松さんは、ちょっと酔いを醒ましてから帰ろうとしているうちにクルマの中でうたた寝をしたらしい。尿意を催して目が覚めたときは、0時をまわっていたそうです。
「クルマの外に出て立ちションした後、せっかくだから蛍を捕まえて帰りたいと思ってさ。その野道をちょい進んだとこに蛍がいたから、そーっと近くまでいって……。そのとき、見えたんだよ」
その野道の左側は田んぼ、右側はそのまま山につながっている雑木林。
小松さんがクルマを離れて歩いていったちょうど横に、山に入る細い道があった。雑木林の中を、まるでトンネルのように山に向かっている小道……。その道の奥の方で、何かがふらりと動いた気がした。
「?」月明かりがまばらに落ちているとはいえ、林の奥はなお暗い。暗さに慣れた目で確かめようとしながら、自分の『夜中に、こんな場所に一人きり』という状況に突然、猛烈に怖さがわき上がってきた。
……ふらり。間違いなく、見えた。林の奥で動く、人影のようなものが。寒気が走って全身にゾワッと鳥肌が立った。
「ヤバイ、なんか分かんねえけどこれはヤバイ!って思ったんだ。なのに、体がすぐには動かないのよ。で、だんだんよく見えてきたんだ、それが」
ぼろきれのような布を身にまとった、人のようなもの。それが、ふらり、ふらり、と揺れながら、ゆっくりとこっちに近づいてくる。
小松さんはやっと動き出した。だけど、走って逃げ出したいのに体がいうことをきかない。水の中にいるように足が重くて、渾身の力を振り絞っているのにぎくしゃくと歩くようにしか動けない。クルマに向かって、全力で……、歩く。
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……
パニックになった小松さんは、心の中で叫びながら、後ろを振り返ったまま懸命に野道を戻ろうとする。雑木林の細道から、それが月明かりの中に現れないよう必死に祈りつつ。
でも、それはやはりゆっくりと、林から出てきた。それとの距離は、明らかに縮まっていた。
ハッキリと、見えた。ぼろきれのようになった、昔の狩衣のようなものを身にまとい。顔には、面。だけど、木の面には何も彫られていず。目の部分にも穴すらあいていない。面は、縄のようなものでぐるぐる巻きに縛りつけられている。
人間なら、前なんか見えっこない。なのにそれはすーっと体をまわし、悪夢のように正確に小松さんの方に歩みだした。ほとり、ほとり、左足と右足をゆっくりと交互に踏み出して、そのたびに体を不規則に揺らしながら。
「いやだいやだいやだいやだいやだアァァ!」
小松さんがやっとクルマに潜り込んだときには、それがもし走ったなら、一瞬で追いつかれてしまうほどの近さだったそうです。
ずっとエンジンかけっぱなしだったクルマをすぐにバックさせて、(このときも林に突っ込みそうになったり、大変だったらしい)事故るんじゃないかってスピードで逃げ帰ったそうです。
いやだいやだいやだ……と、心の中でさけびつつ。
マスターも僕もさすがに笑いとばしたりはしなかったし、(そりゃ幽霊じゃなくておばけですね、や、妖怪だ、のっぺらぼうだ、クスクス、ぐらいは言いましたが)逆に小松さんも、未だに怯えてたってわけでもありません。
ただし、それ以来、小松さんは東京でも残業で遅くなった会社など、ちょっとした暗がりや人気のないところでもビクッとするようになったらしい。
「アパートの部屋も、出かけるときに電気をつけていくんだよ。じゃないと、帰ってドアを開けたときに、そこにいそうでさ」
その後、少なくとも僕が知る限りでは、小松さんは再びそれを見ることはありませんでした。
絶対に入ってはいけない温泉 【集落にまつわる怖い話】
俺の地元は温泉で有名な所なんだがそこに1ヶ所だけいわくつきというか絶対に入ってはいけないとされる温泉がある。
なんでも昔そこで掘削作業中に事故があったとか、まあそこで起こった話。
当時都会の大学に通ってた俺は某県の田舎の実家に帰り集落に残って農家を継いでいた岡田と地元の大学に進み同じく帰省していた矢倉と再会した。
小学校時代から幼馴染だった俺らは20歳を超えて始めて会うこともあり酒も入って夜中まで騒ぎまくってた。
午前2時を回り流石にトーンダウンしそろそろ解散するかと言い始めた頃、突然俺の頭の中に例の温泉のことが思い浮かんだ。なぜだかは分からない。
小学生の頃に岡田の言いだしっぺで1度だけ近くまで3人でその温泉の近くまで行ったことはあった。入ろうとしたところをたまたま山道をトラックで降りてきてたおっさんに見つかって怒鳴られたんだが、その場でトラックに乗せられ「あそこは入っちゃいかんだろうと親から教わらなかったか!」と何度も怒鳴られ、山を降りると電話で親を呼ばれお袋が引き取りに来た。
お袋が迎えに来て勿論家に帰っても親父と一緒に散々叱られるんだが、どうしても納得できなかった俺はその晩寝る時にお袋に「大人になったら入ってもいいの?」と聞いた。
お袋は「あんたが大学に行くくらい大きくなったらね」とだけ言った。勿論寝る前に発した冗談だったのだろうがその一言を俺はなぜか忘れることが出来なかった。
なぜかあの温泉に行きたくなった。
あのお袋の一言を信じるわけではないが、また3人で昔みたいに冒険したくなった。
帰り際2人にその話をぶっちゃけると意外にも承諾してくれた。
2人とも昔みたいにみんなで冒険したいのだと。
しかも岡田によれば今は昔ほどタブーな地ではなくなってるらしく、周囲の山道が整備されたのか1年に数回は勘違いした観光客が温泉につかるまではいかなくても足を踏み入れてしまうらしい。
勿論彼らの身には特になにも起こってない。地元の連合がしつこく電話して確認してる。
ただ今から行くのは流石に気が引けるので3日後の昼間に行くことで2人とその晩は別れた。
出発当日。
その温泉がある山に足を踏み入れた俺たち。
山道をアスファルト道に整備する過程で木を大分伐採したのか小学生の頃よりは日光が入ってくるようになっており暗さからくる怖さはだいぶ安らいでいる。
2kmほど歩くと例の温泉に入る山道が見えてきた。
山道の入り口の“この先危険、入るな”という木の立て看板を無視し、ずんずんとその山道を歩く俺たち。
○○温泉と消えかかった文字で書かれた木の看板が見えると、ついに脱衣場になるように作ったであろうスペースに到着した。
かなり昔のものだから蜘蛛の巣が這ってるわ足場は悪いわで無茶苦茶。
だが肝心の温泉はちゃんと湧いておりぎりぎり奥が見えるかどうかの透明感がある。
ただ管理されてないだけあって温度は50℃~60℃だろうか、相当熱かった。
流石に入浴するのは無理なので足湯だけで済ますことにした。
足湯でくつろいでる途中、一番この温泉の歴史、怪奇現象に詳しい岡田が色々と話してくれた。
その昔この町が温泉バブルに沸き、いい湯が湧き出てるとされるこの地も整備しようという話になったこと。
整備は順調だったが、ある日掘削機器の不備による事故でかなりの死傷者が出たこと。
その後作業を再開しなんとか完成にこぎつけたものの、作業中は怪我人や体調不良になる者、怪しい人影等を見た者が多発し散々だったこと。
完成し営業を始めたはいいものの、怪奇現象が多発したこと。
・入浴してるといきなり湯の中から足を掴まれる。
・いきなり作業着を着たおっさんが入ってきてそのおっさんと目があうとのぼせ気味になり失神する。
・いきなりお湯の温度が上がり、湯船から出ようとするも金縛りにあったように動けず大やけどを負う
・髪を洗ってると肩に誰かの手の感覚、だが振り向くと誰もいない。
結局重傷を負う人も出てきたので町が強引に閉鎖させたらしい。
だが俺たちがいる間はそのような現象も起こらず、もう事故から何十年も経ってるから祟りも薄まってきてるんだろうなあということで笑いながらその温泉を後にした。
だがその晩俺が家の風呂に入ってる時から事態はおかしくなっていく。
その晩いつも通り風呂に入ってくつろいでた俺。
髪を洗おうとシャンプーを頭の上で泡立ててた時だった。
頭の上で増えていく泡に違和感を感じた。明らかに手の平の上にとったシャンプーの量に比べて泡立ちすぎなのだ。
よく泡立つシャンプーにでも変えたのかなと俺が思ってるうちに泡は異常な速度で増えていく。
異常を認識し、目をあけた瞬間、風呂中に泡立った泡が俺の顔を覆いつくしてしまった。
いざ泡に囲まれてみるが分かるが圧迫感が凄く息が出来なくなってしまうのだ。
泡一面の中なんとかドアに手を掛けようとするも目がやられてしまい中々手が届かない。
やっとのことで手が届いたものの今度はドアが動かない。
家の風呂のドアに鍵などついてないというのに、完全に手詰まりになり命の危険を感じ始めた俺は必死に親父やお袋のことを叫び始めた。
そして足をばたつかせなんとか自力でもドアを開けようと試みる。
その時誰かが俺の脚を掴みドアとは反対側の方向へ引っ張り始めた。
冷たい手だ、間違いなく風呂の中に誰か他にいる。
家の風呂は俺がギリギリ横になれるくらいの広さしかないのだが、その時は長い間足を掴まれ引きずられた記憶がある。
その手の主は俺をどこに連れて行こうとしてたのか、数秒後叫び声を聞いて駆けつけた親父によって失神した俺が救出された。
ただ現場を見たはずの親父によれば大量の泡なんて全くなかったし、勿論風呂の中には誰もいなかった。ただ俺がそこに失神してただけだということだった。
約1時間後、意識を取り戻した俺はこれは間違いなくあの温泉の祟りだと確信した。
すぐに岡田と矢倉に連絡を取り岡田とは連絡がついたが、矢倉宅に掛けるととんでもないことになっていた。
電話に出た矢倉の妹が言うには矢倉が風呂で滑って転び頭を強く打ち、ドアのヘリの部分に打ちつけ意識がないのだと。
すぐに2人で病院に行き一晩中病院で過ごしたものの結局矢倉の意識は戻らなかった。
次の日の夜矢倉は死んだ。
昼間には俺たちの問いかけに反応するまで回復したのだが夜になり容態が急変、そのまま亡くなった。
岡田に俺の経験したことを伝えこれは間違いなく祟りだろうと伝えた。
岡田は昨日の晩風呂に入る前に俺から電話が掛かってきて助かってたが祟りだろうという認識は一致した。
しかも岡田は矢倉の妹からとんでもないことを聞いていた。
矢倉はあの温泉に行って足湯につかった時、何者かに足を掴まれていたという。
矢倉は俺らを不安に思わせないよう黙っていたのだろうか。
岡田と俺は強い責任を感じた。
タブーではなくなっているというデマを教えてしまった岡田、そもそも最初に行こうと言い出した俺。
結局それで一番関係のない矢倉を巻き込み死なせてしまったのだ。
矢倉の家族にこのことを伝えたらどんな顔をするだろう、岡田と俺は然るべき時が来るまで黙っていようということで一致した。
しかし矢倉の妹が誰かに吹聴したのだろうか、矢倉が例の温泉の祟りで死んだということは田舎のこの町に噂としてあっという間に広がっていった。
それは勿論あの日俺が風呂で失神していたのを救出した俺の両親に耳にも入ることになった。
しつこく問い詰められた俺はついにあの日3人で例の温泉に行ったことを白状することになった。
すぐに岡田の家族、矢倉の家族、俺の家族と地元の温泉連合の人たちが集まることとなった。
矢倉の母親は俺と岡田を白い目で見つめていた。
連合会長の爺さんに会合が始まるや否や「お前はあれほど立ち入るなと言ったのに!」と怒鳴られた。
連合の人たちから「あの温泉の怨念は弱まるどころか年々高まっており、観光客が立ち入ってしまうのもそのためだ。
立ち入った観光客は何者かに引き寄せられるかのようにあの温泉に入ってしまったと皆話している」と聞かされた。
そしてあの温泉の名はこちらの地方の古い方言で「二度目、再び」という意味であり、祟りも2度あの温泉に立ち寄ったものに降り注ぐというのだという。
会長さんは「矢倉は1度目か2度目か知らないがなにかあの温泉の霊たちにとって気分を害することをしてしまったのかもしれない」と言った。
更にお袋からもとんでもないことを聞かされた。
小さい頃俺らが温泉に入ろうとしてたまたま通りかかり俺らを連れ戻したトラックに乗ったおっさん。
あの人はてっきり地元の人だと思っていたが、お袋によればあんな人は見たことなく、当時も岡田と矢倉の母親と不審に思っていたという。
そして連合の人に相談しもしやと思い例の温泉の事故によって亡くなった人の写真を見ていくと、おっさんとよく似た人物がいたのだとか。
「あの温泉に立ち入るなとわざわざ警告してくれた……それなのに……」お袋は泣き崩れた。
連合の人によればこの地からなるべく離れること、お祓いされた桶を渡すからそれを風呂場だけではなく事故の危険がある水場の近くに行く時はなるべく持ち歩くことが祟りを絶つ方法だと教わった。
俺と両親はこの地を離れる覚悟をした。
これで大体の経緯は終わりです。
岡田もあの土地を離れようとしたのですが、両親から「代々農家として暮らしてきた私達もあんたも都会に出て暮らせるわけがない」と猛反発を受け結局残ることになってしまいました。
そして周りからの避けるような視線、矢倉を死なせてしまったことへの責任感、いろいろなものが積もっていたのでしょう。
数回その土地から離れたところで岡田と会ったのですがその苦悩はよく分かりました。
自分も岡田だけに矢倉死亡の事故の責任を取らせまいと必死に励ましたのですが岡田は昔から悩みを自分だけで抱え込みやすいタイプなので中々事態は進展しませんでした。
自分も岡田がこのままではどうにかなってしまうのではないかと思っていたのですが、ちょうど就職活動で多忙なこともあり最後の1年は結局岡田とは会えずじまいでした。
岡田が自殺したと連絡を受けたのはなんとか就職も決まり、もう1度岡田と会おうとしようとしていた矢先のことでした。
葬式には勿論出させてもらえなかったので断片的にしか情報はありませんが、風呂の中でリストカットし死亡してたとのことでした。
その場にお祓いされてた桶があったかどうかは分かりません。
ただ岡田自身の意思で自殺という選択肢を選んだとすれば、それは最早祟りとは関係なくなってしまいます。
ただ何者かに引き寄せられるように風呂での死を選んだとしたら…… やはり祟りということになってしまいます。
死亡に至る経緯はどうあれ結局自分は2人の親友を亡くしてしまいました。
この事件のきっかけを作ったのは自分です。
そして矢倉がそのあおりを食らった形になって死にました。
そして自分だけ逃げることができる立場なのをいいことに岡田を放置して結局岡田も死なせてしまいました。
桶のお陰か今でも周りに不可解な現象はあまり起きません。
しかし最近自分は最早、○○温泉の霊よりも岡田と矢倉の2人に祟られてるような気がしてきました。
今でもあの温泉はあるのでしょうか、自分にはよく分かりません。
集落の先輩の話
やがて約束の日になり車で約5時間かけて、その集落へついた。
話しには聞いていたが、ものすごい田舎で未だにぼっとん便所があるし電気さえ通っていなさそうな家もある。
というより、家がボロボロで人が住んでるようには見えなかった。
田んぼや畑だらけで真昼間なのに、耕す人も、人っ子一人も居ない家は見た感じ全部で10軒もないだろう。
そのとき頬かむりをしたおばあさんがそのボロボロの家から出てきた。
不思議そうな顔をして俺達を見ているので怪しまれているみたいだ。先輩はそのおばあさんに近寄りあの手紙を見せながらしばらく話込んで戻ってきた。おばあさんはまだ俺を凝視している。時折、なんかブツブツ言ってるし不気味だった。
先輩は気にもせず舗装されていないドロドロの道をどんどん進み、やがて先輩の実家に着いた。今まで見た家より遥かに立派で大きい屋敷みたいな家だった。
中から大柄な父親らしい人が現れ、先輩はいきなり土下座をして謝りだした。
「すみません、もう私はこの家には戻りません、集落へも来たくないです」
と告げ、そのまま土下座を続けた。
190センチぐらいありそうなその父親は「とにかく中に入るんだ」といい、無理やり立たせ先輩を引きずるようにして中に押し込めた。俺だけポツーンと残して・・・・。
すぐに先輩が戻ってきて、無言で俺を中に通した(入りたくなかったが)
玄関から居間へ通る際、長い廊下を歩きギシギシ鳴る床板にビビりながら歩くと、いくつかの部屋を通り過ぎた。
ほぼ全ての部屋に外側からカギがついてて、あの手紙と同様解読不能な文字で部屋名みたいに書いてある(旅館の「牡丹の間」みたいなのとは違う)
建物自体カーテンやら目張りがされていて暗くよく見えないし、窓ガラスも拭いた形跡もない、全体的に埃っぽい。
やがて居間に通され部屋を見ると、ものすごい数の額縁の写真が飾ってある。
100は軽くあるし白黒なものや肖像画みたいなものとか。
TVもないしガラーンとしていた。ちなみに父親には俺が見えてないのか?ぐらい完全に無視され続け挨拶もまだしていない。
居間では親子喧嘩が始まったみたいに先輩は「ここに戻ることはできない」、父親は「お前はしきたりでここに居なくちゃならん」 との押し問答でずっと永遠に続きそうだった。
途中トイレに行きたくなり広い部屋に迷いながら、まっくらなボットン便所にびびりながら居間に戻るとまだ言い合いを続けている、そして時折会話の中に不気味さを感じる。
「お前がここを出てくなら俺を殺していけ」
「母親はお前を恨んでいた」
「奇形をこれ以上増やしちゃならん」
「土偶にされたいか」とか・・・・。
気付いたらもう12時回っていて、ご飯も食べずずっと・・・。
流石に疲れてついつい眠ってしまった。目が覚めると俺は布団の中に入っている。部屋は居間ではなく別の部屋のようだ。おそらく先輩が運んでくれたんだろう。
時計を見ると、朝の10時ぐらいでシーンと静まり帰っている。
外に出て先輩を探すと井戸で水を汲んでいるのを発見した。「すいません・・・寝てしまいました・・」というと、ニッコリ笑って
「ごめんなぁつき合わせちゃって」といつも爽やかスマイルだ。結局夜中の3時ぐらいまで話し合ったそうだ。結局、どうなったのか聞いてみた。
ここからしばらく長いのでまとめると
この集落は全て血が繋がっており代々親族である。
兄弟同士で結婚をし子供を設ける。
母親は先輩が産まれてすぐ病気を患うが病院がないため亡くなった。
この集落から出たら2度と帰ってきてはいけない。
ここでは奉っている神がおり、2月○日は「神の日」
今集落は壊滅の事態で、その神の日に生贄が必要でその生贄が先輩らしい。
流石に「何言ってんだこいつ・・・」と思ったが、嘘をいう人ではないし真面目な顔をして話すので、どうも本当の事みたいだが今の時代に生贄とか有り得ないわけで、すぐに逃げたほうがいいと促すが腹をくくった様子で、お前にはわざわざ来てもらって悪いが帰ってほしい、そしてこの話は忘れてくれとの事。
それから押し問答を繰り返したが、先輩はだんだん怒り出しそのまま屋敷に帰ってしまった。
とにかくここを出て警察なり通報するべきだろう、と考えすぐにこの集落を出ることを考えた。来た道を戻りドロドロの道を歩き、車へ向かう途中で何人か人が歩いてるのを見た。
その中に小学校低学年ぐらいの子供をみたのだが、女の子なのか男の子なのかわからないぐらい。髪が長く、チラっと見える顔を見ると額がものすごい腫れあがり歩き方も変だった。
大人も2人ほど居たのだが、顔に大きなコブらしきものをぶら下げて年寄りでもないのに杖をついて歩いている。服装もボロボロだしどう考えても異常で不気味。
あの話もあながち嘘ではないのかもと思い怖くなってきて、車まで猛ダッシュで乗り込んだ。エンジンを掛け、バックで出ようとするがぬかるみにハマったらしく車が唸るだけで動かない。
そしてここへ着いてはじめてあったあのばあさんが、気付いたら真横に居た。
「ここで見たこと聞いたことは誰にも話すんじゃないぞ」と言ってきた。
「あなた方はどう考えても普通じゃない」とついつい返してしまったが
「うるさい、よそものは出て行け、土偶にして埋めるぞ」等、ものすごい剣幕で罵られた。そして家へ戻っていった。
やはり話の通じる相手ではないここマジでやばいな、と直感で感じ逃げるように家に帰りました。その後警察に行き起きた事全て話すが、信じてもらえない。そもそもそんな集落は無いし、山しかないらしい。
とは言え、一人人間が消息不明なので付近を調べてくれるらしいが連絡は一切ない。
ケータイはあそこじゃ繋がらなかったので先輩との連絡はついていない。
それ以来あそこには行ってないし、絶対行きたくない……
一座様 【集落にまつわる怖い話】
今月のGWに田舎へ2年ぶりに帰ったんだ。
どれくらい田舎って 自販機までバイクでも15分かかるようなクソ田舎。
外灯さえない。月明かりで十分歩けるんだ。
で、GW初日(3日)の朝一で田舎に着いた。
糞田舎だから他所の車で他者ってわかるんだよね。
で、近所のおばさんやらおじさんに挨拶しながら家で飯を食べた。
久しぶりに帰ってきた安心感からか酒が進んだ。
一服しようと外に出てタバコふかしてると離れた所から笛、というか仏壇の鐘の音を加工?したようなお囃子みたいな物が聞こえてきた。
「お!祭りか!」とボーっと聞いてたら1人、山の方へフラフラ?というかリズムに乗って歩いてるのが見えた。
あんだけ浮かれてお祭りとかオレみたいな酔っ払いどーしようもねぇ、って思いながら部屋に帰って寝てしまった。
かなり寝たのかな?座敷で寝てて背中いてぇ……って起きたら親父とオカンがバタバタ騒がしいのよ。
「何?」って聞いたらオカンが「ヨシオ君がいなくなったんだって! 川か……山に入ったかもしれないから大変なのよ!」 ってヨシオ君の家に大急ぎで行った。
親父も「消防団の人と協力してさがさにゃあ……
お前も酔いが覚めてるんならこい!」と強引に家から出された。
てか酒残ってるんですけど。
ヨシオ君……ヨシオ君は2軒隣の家に住んでる子で今年28歳になった男の子。
物心ついた時は「気持ちの悪い野郎だな……」 くらいにしか思わなくて大して付き合いもなかった。
学校でも会わなかったし。
今思えば発達障害?か何かの病気で特別学級に行ってた子だった。
いつも意味なく「キヒヒぃ!」と笑ってた。
たまにご近所挨拶の時に話しかける程度だったが……
よくポケットからパインの飴玉を出してくれたのは覚えてる。
ヨシオ君の家に行くと両親がアタフタしてた。
何でも一家の裏で一緒に山菜取りしてて目を離した隙にいなくなったそうだ。
オレも酔ってたからとはいえ、山に誰か入っていくのをみたからもしかして……と伝えた。
警察と消防に電話しようとしてもなぜか頑なに拒否。
まぁ迷惑がかかるって思ったんだろうね。
ともかく、消防団と自分らで裏の山に入ることになった。
1時間探して駄目だったら警察と消防に電話する事になった。
この時昼の14時だったかなぁ?
1時間、必死に山の中をみんなで大声だして探したけど勿論見つかるわけもない。
山って言ってもそんなにデカイ山じゃないし、ヨシオ君も事故に合ってないなら大騒ぎするから分かりそうなもんだがなぁ……
って思ってると消防団の人が
「駄目だ!警察に連絡しよう!益田君!電話してくれるか?」
ですよねー!と思ってポケットを探ったけど携帯置いてきたし。
そういやぁ落としたら今夜、スマホでエログチャンネル見れねぇしって置いてきたんだった。
携帯ないですって言いかけた時、30m先くらいから「おったぞぉ!!」って声がした。
みんな急いで行くとヨシオ君が猫のようにうずくまってて寝てた。
やれやれ………… 両親もみんなも安心して家に連れて帰ったんだ。
で、ヨシオ君のお母さんに「益田君、ありがとうね。もうひとつお願いがあって……ヨシオ君、ドロだらけでお風呂入れてあげてくれないかな?益田君介護の仕事してるんだよね?」
そーです。オレ介護の仕事してます。
断る事もできずにヨシオ君をお風呂に入れてあげた。
というか一緒に入ったんだが……
マジでビビッた。
ヨシオ君の太ももの内側にマーク、というか絵が描いてある。
書いてあるというかヨシオ君が木の枝かなんかでガリガリ書いて傷になってた。
何これ超怖い……
ビビッて、ヨシオ君がやったの?と聞くと
「僕じゃない。知らない。テレビみたい」の一点張り。
張り倒してやろうかと一瞬思った。
一応、ヨシオ君のおかあさんに伝えて風呂から上がった。
途中、ヨシオ君のお父さんから「ヨシオ君が山に行くときどんな感じだった?」と聞かれて「酔ってたからよくワカランですけど踊ってるような?感じでしたよ。
笛っつーか鐘の音みたいなのも聞こえてたし……
祭りと間違えたんですかねぇ……とふとお父さんの顔見たら目を少し見開いた感じで
「そうか。」と一言。
どうしたんです?って聞いたら「いいから帰りなさい!」って軽く怒鳴られた。
糞親父め。張り倒すぞ?
イライラしたのと疲れ、ヨシオ君のせいで休みつぶれたという残念さからまた酒を煽って寝た。
翌日、仕事があったので朝一で帰宅。
で、その次の日の夕方、仕事終わってコンビニで立ち読みしてたらオカンから電話。
「ヨシオ君、今日事故で亡くなったよ。」
マジか!! 一瞬、信じられなかった。
ガチでショックだった。人間って簡単に死ぬんだなと……
話によると両親が例の山に入った事がきっかけで、施設へ入れようという事になって施設に相談に行く途中、走行中にヨシオ君がドアを開けて電柱にぶつかって……という事だった。
しかもチャイルドロックしてたはずなのにその時に限って外れてたそうだ。
無論、通夜にはいけなかったが葬式に出た。
葬式は淡々と終わってお弁当を食べている時、ヨシオ君のおかあさんが挨拶にきた。
神妙に礼をして弁当のから揚げを食べようと箸を持った瞬間、ヨシオ君のおかあさんが「益田君、ちょっと……いい?」と声をかけてきた。思わず「俺じゃないっすよ!」と言いかけたわ。
おかあさんが「あの、ヨシオくんなんだけどね……太ももの傷、お風呂入ってるときかいてた?」と聞いてきた
「いや、かいてないと思いますよ?痛そうだったし……」と言うと
「そう……ヨシオ君ね、病院で見たとき、掻き毟ってて……
変なマークも掻き毟った傷で分からなくなるくらい……」
そういうとウッウウ……と泣き始めた。
オレのオカンがやさしく肩を抱いていた。
ちょっと泣きそうになった。
そんな俺にヨシオ君のお父さんとおばぁちゃんが近づいてきて
「益田君、ちょっといいか?」と式場の外に連れて行かれた。
あまりの気迫にシバかれると思った。
お父さんは「単刀直入に言うが……お前、山から笛が聞こえてきたって確かか?」
と真面目に聞いてきた。
「多分、聞こえたと思いますよ。鐘の音っぽいのも……」
というか早いかおばぁちゃんが突然手を握ってきた。
ばぁちゃん、ビビったじゃねぇか……
そして小さい布?袋をオレの手の中に握りこんでいた。
「何すかコレ?」と聞き返すとお父さんは
「よく聞けよ、これから3年、山に入るな。どんな小さな山でも。あと、神社も駄目だ。」
オレは意味が分からなかったので何かあるんですか?とビビりながら聞いた。
話はこうだ。
オレの田舎の周辺の山には「一座様」というモノノケのたぐいがいて
季節の変わり目になると人を招き入れて山に還すとの事。
それは「実体」がなくて今まで誰も見た事がない。
でも、あらゆる方法で山に引き込むそうだ。
縁のある人間を引き込むためにわざわざ身内を引き込んだり、恋人を引き込んだり……
決まって「お囃子のような音」が聞こえるそうで、縁がある人間には聞こえるそうだ……
でも一応、助かる方法としてその音の聞こえた近くの神社の水を飲み、その山で死んだ獣の骨、土、少量の糞、枯れ木を燃やした灰を、その山で取った小石と一緒にいれて肌身離さず3年持つ。
3年後、その山に埋めると助かるそうだ……
おばぁちゃんはなぜかそのヨシオ君の入った山で取れた物でお守りを作っていた。
どうやらヨシオ君がそううい事にならないようにいくつか作っていたそうだ。
実際、ヨシオ君は今年の初めから山から音が鳴ると言っては、外に出ようと両親を困らせたそうだ。
お守りも「肌身離さず」というのがヨシオ君には無理だったらしい……
話を聞いて「どんだけオカルトなんだよ」と鼻で笑ったが、鳥肌が止まらなかったのも事実。
ヨシオ君のおかあさんはそういうオカルトの類は大嫌いなんだとか。
なんでも昔、ヨシオ君がおかしくなったのは霊の仕業と言われて、お金をかなり巻き上げられた事を悔やんでるらしい。
そんな事がこのGWに起こった出来事だ……
お守りは首から下げて持ってるが……3年はキツイな……
でも夜寝る時、あの鐘の音が頭から離れないからマジで怖い。
夢魅 【集落にまつわる怖い話】
10年近く前の話。もう高校を卒業する間近の話だ。
進路も決まり、進学では無く就職する事になった俺は毎日暇を潰す事だけを考えていた。
そんなある日、友人から近くの山の麓にある廃寺に行こうと誘いがあった。
何度か行った事はあったが この暇をどうにかしてくれるならと ついて行く事にした。
メンバーは シゲとシゲの彼女マキと、その友達のエミだ。
シゲの彼女とは面識はあったが エミとは初対面だった、意外とタイプでテンションもかなり上がり、4人でワイワイ騒ぎながら歩いて行った。
廃寺まではそう遠くなく すぐに到着した。
何度か来た事があるとはいえ、夜の廃寺など いいもんではなく、4人とも一気に静まり返った。
「何度か来たがやっぱり雰囲気 わるいよな」
「まあな いいもんではないわな、廃寺だもんよ」
「あたしは初めてだよ、本当に何か嫌な感じだね…エミは来た事あるんだよね?」
「うん、彼氏と来た事あるよ」
なぬっ、彼氏など聞いてないぞとなり、上がっていたテンションも急降下、帰りたくなった俺は自分勝手に言った。
「もう良くね、ある程度見たし、帰ろうや」
「そうだな、結構遅いし帰るか」
と帰る準備を始めてた時に突然エミが「何か階段みたいなのがある」と言いだした。
見てみると 地下の貯蔵庫的な所に続く 階段だった。
今までは気付かなかったが 確かに階段があった。
ここでやめておけばいいのに好奇心旺盛な俺はテンションを急上昇させ、入ってみようと皆に言ったが、シゲもマキもやめた方がいいと嫌がっていた。
だがエミは「あたしは行く!!」とノリノリで、じゃあ二人で行く事となった。
シゲとマキは、もしもを考えた上で待つ事になり、懐中電灯を持ち 二人で階段を降りて行った。
階段は余り長くなく、すぐに降り終わり、そこには10畳程の やはり貯蔵庫というか倉庫があり、本やら何やら 無造作に積まれてあっただけだった。
「何だ、つまんねーの、古い本とかばっかじゃん」
「本当、何かお宝的な物期待したのに」
お前は金目の物が目的かいっ!!と思いながら物色していると 一番奥に 壁に直接埋められた仏壇のような物があった。
「あっ 金庫発見!!」
いやいや、仏壇じゃね…と思いながらエミを無視し 仏壇の前まで行った。
仏壇の開き中央には 何枚かお札が貼ってあってあり、これは無いわ と触れずに行こうとすると 空気嫁!!と言わんばかりにエミがいきなり力任せに仏壇を開いた。
お札はビリビリと破れ 埃を巻き上げながら仏壇は開かれた。
仏壇の中は何も無い?と思ったが 隅の方に腐った桐箱が置いてあった。
エミがおもむろに桐箱を取り出し、蓋を開けると 中には丸い鈍く光る玉が入っていた。
玉を見た瞬間に背筋に寒気が走り、一瞬気が遠くなるような感じがした。
エミは何とも無いのか「キレーイ、これあたしが開けたから、あたしのだからね」と嬉しそうに玉を見つめていた。
「馬鹿ッ!んな所に入ってたんだから良い物のはずないだろが早く戻せ」
「もお 怖がりだなー、タカシくんは…何とも無いって」
と笑顔でスタスタ一人で上に上がって行った。
本当に大丈夫なのか?と思ったが 何もあるわけないか!と歓楽的に考え、俺も上へ上がっていった。
上に上がった瞬間 シゲとマキから声を合わせたように「遅い!!!」と言われ、思った以上に長い時間下にいたらしく、時刻は2時を過ぎようとしていた。
流石にヤバイと思い大急ぎで4人とも帰り、その時は帰る事だけを考え、玉の存在など忘れていた。
そしてまた暇に追われる 毎日 に戻り、丁度一週間が過ぎようという時に またシゲから連絡が来て、この前のメンバーで家で飲もうということに。
シゲの家に行くとすでに俺以外は集まっていて、すでに飲み始めている最中だった。
「おーっ お疲れ、遅かったじゃん」
「久しぶりって 一週間ぐらいか」
「タカシくん お疲れー、一週間ぶりだねー」
一瞬エミと気付きませんでした、一週間でこれほど変わる物かという位変わっていた、ナチュラルな化粧は 厚くこい目に、黒ロングの綺麗な髪は ギャルみたいに盛られていた。
「エミかっ!?めちゃくちゃ変わったな」
「まあねー」
エミは元々テンション高い感じでだったが前以上にテンションとノリが上がっていた。
「何だよ、良い事あったのかよ、えらい上機嫌じゃん」
「良い事って言えば良い事かも」
と含み笑いをしているエミに少し不気味さを覚えた。
そしてまた暇に追われる 毎日 に戻り、丁度一週間が過ぎようという時に またシゲから連絡が来て、この前のメンバーで家で飲もうということに。
シゲの家に行くとすでに俺以外は集まっていて、すでに飲み始めている最中だった。
「おーっ お疲れ、遅かったじゃん」
「久しぶりって 一週間ぐらいか」
「タカシくん お疲れー、一週間ぶりだねー」
一瞬エミと気付きませんでした、一週間でこれほど変わる物かという位変わっていた、ナチュラルな化粧は 厚くこい目に、黒ロングの綺麗な髪は ギャルみたいに盛られていた。
「エミかっ!?めちゃくちゃ変わったな」
「まあねー」
エミは元々テンション高い感じでだったが前以上にテンションとノリが上がっていた。
「何だよ、良い事あったのかよ、えらい上機嫌じゃん」
「良い事って言えば良い事かも」
と含み笑いをしているエミに少し不気味さを覚えた。
そして4人で飲み始め就職や進学、たわいのない話を飲みながら話した。
「シゲは家業を継ぐんだよな?マキやエミはどうすんの?」
シゲは実家がお雛様や子供用の刀や鎧などを扱う老舗の店をしている。
「俺は地元の大学に行くよ、シゲの家の手伝いしながらね」
シゲもマキも高一から付き合ってて、ずっと結婚するとか言ってるバカップルだ、当たり前の返事が返ってきた。
「あたしはねーしたい事があり過ぎてまだわかんないんだ、でもね、何しても上手く行く気がするから大丈夫だよ」
その時はエミの返答は自信家なんだな、と思える位の物だったが、ずっと話して行く内にエミの言葉全てに違和感を感じ始めた。
エミの言葉には自信が満ち溢れてる、いや、異常なまでに自信 過剰なのだ
自信があるのは悪い事では無いが 行き過ぎてる気もしてるな と考えた時に あの「玉」の事を思い出した。
「そういやエミ あの時の「玉」どうしたんだよ?しっかり返したのか?」
「何だよ「玉」って?」
「いや 廃寺の地下に降りた時にエミが持って帰っちゃったんだよ、お札とかあったから、良い物じゃないだろ?」
「お札!?何を持って帰ってきてるんだよ、エミ それどうしたんだよ?」
「金庫開けたのあたしだしあれ、あたしのだよ、今も持ってるし」
そう言って鞄から「玉」を取り出した、気のせいか「玉」は前と輝きかたが違って見え、前以上に気が遠退く感じがした。
「何だよ、それ?普通じゃなくね?一瞬気分悪くなったし」
どうやらシゲも俺と同じ感覚を感じたようだった。
「そんな事ないよ、逆にこれ持って帰った日から いい夢ばかり見るし、良い事ばっかだよ」
話しを詳しく聞くと、「玉」を持ち帰った日から 毎日小さな頃から持っていた様々な夢が叶う夢だけを見るようになり、学校の成績、評価も上がり、雑誌に送った自分が書いた物が載ったりと 色々良い事ばかり起こるらしい 。
なるほど、エミの自信はここからかと思った、だから今までの地味な格好も変え、過剰なまでに自信に満ち溢れてたんだなって。
「ちょっと見せてみろよ、良い事悪い事抜きにしても 普通じゃないだろ?」
そういってエミから「玉」を取って観察し始めた。
「石や金属じゃないな 表面に塗ってあるのは 恐らく漆だ、ただそれだけじゃないな 何か混ぜてある」
家業の関係上、漆など詳しいシゲはまじまじと「玉」を観察していた。
「駄目だ、俺じゃわかんねー 親父に見せたらわかるかもしれないけど」
そう言って「玉」をエミに返した。
その後もしばらく話しながら飲み、そろそろ遅くなったし解散となり、帰ろうとしてる間際に玄関でシゲが言った。
「エミ!!良い事ばかりかもしれないけど普通じゃない事はわかってんだから、すぐに戻せよ」
「大丈夫だって、あたしが成功したら皆にこれを貸したげるから」
そう笑顔でおどけて見せた、それがエミの見せる最後の笑顔となった。
それからは「玉」の事もすっかり忘れ 普通の生活に戻っていた。
2週間程たって 夜暇過ぎたので散歩がてら コンビニに行く途中 マキと会った。
「おすっ 今日は珍しく一人?また喧嘩したのか?」
「フゥー 皆いつも一緒にいるとしか思ってないね、まあいいけどさ、そういや最近エミに会った?」
「いや、飲んだ日以来 見てもないけど、どうかした?」
「ここ一週間程前から連絡取れないんだ、学校も来てないし、心配しててさ」
「そっか、病気してんのかもしれないし、今度3人でエミの家に行ってみるか、シゲに伝えといて」
そう言ってコンビニに向かった。
コンビニで買い物を済ませ、帰る途中ふとあの「玉」を思い出した。
あんな変な「玉」誰が何の為に作ったんだろ、親父にでも聞いてみるか、そう思い 自宅に着いた俺は親父に聞いてみた。
「親父、山の麓の廃寺とか知ってる?」
「知ってるが、何かあったのか?」
「いや、最近友達が変な「玉」見つけてさ、良い事ばかり起きるって、少し変でさ」
「知らんなー、俺が小さい頃にはすでに廃寺だったし、気になるならシゲの祖父ちゃんにでも聞いてみろ、わかるかもな」
まあ次にシゲんちに行った時にでも聞いてみるか、そう思った時にシゲから電話があった。
「本当にヤバイ、すぐに俺ん家来てくれ バタバタな」
それだけを言い シゲは電話を切った。
凄い剣幕だったので、本当にヤバイ!何かあったと自転車に乗り すぐにシゲの家に向かった。
シゲの家は結構近いので 5分程で着き 外で待機してたシゲとマキに何があったか聞いた。
「なんだよヤバイって まさか妊娠した何て事じゃねーよな?」
「ふざけてる場合じゃねーよ、エミが持ってた「玉」あれは絶対良い物じゃない」
意味がわからず聞いてた俺にシゲは「説明は後でするから、とにかくエミの家に急ぐぞ」と3人自転車でエミの家へ向かった。
道中ある程度の話は聞いた。やはりシゲもマキからエミの状態を聞き「玉」の事が気になり、祖父ちゃんなら知ってるかもと聞いてみたそうだ。
「祖父ちゃん 廃寺知ってるだろ、何か変な「玉」見つけたんだけど、何か知ってる?」
「廃寺…山の麓のか!?何であんな所に行った!!?「玉」はどうした?今も持ってるのか!?」
いつも面白い祖父ちゃんからは考えられない真剣な表情だったそうだ。
「俺が持ってるんじゃないよ、友達が…」
言いかけた瞬間「すぐに持って来い」と言われ、俺に連絡したという事だった。
あの祖父ちゃんが と俺も同じ気持ちになり 無言でひたすらエミの家まで自転車を走らせた。
エミの家に到着すると、同時に家から何かが割れる音と 女性の叫び声が聞こえた。
これは本当にヤバイんじゃないかと玄関へ急ぎ チャイムを鳴らしたが返答は無く、鍵は開いていたので 緊急という事で 勝手に上がり エミの部屋に向かった。
ドアを開けた瞬間、心臓が止まるかと思った。エミの家族は全員エミの部屋にいた、その中心には、髪を振り乱し、ブツブツ何か喋り、左手に刃物を持つエミの姿があった…
その姿に 元のエミの面影はなかった。
余りの状況に3人共微動だに出来ず立ちすくんでた、そんな時にエミの姉が
「何してんのよ、あんた、本当にお願いだから、そんなの渡して」
そう言い近寄ろうとした瞬間、エミが凄い勢いで叫びながら刃物を振り回した。
幸いエミ姉には当たらなかった物の そんな状況で迂闊に近付け無い、俺達3人は言葉で訴えかけた。
「何してんだよ、あぶねーだろ、何があったんだよ!?」
「エミ、お願いだから、そんなの置いてはなそう?」
俺達3人はエミを諭すように話しかけたが、エミはまるで聞いてないみたいに俯き ブツブツ独り言を言っていた。
よく聞くとエミは「あたしには何も無いどうしようも無い」とただ呟いているようだった。
誰も身動きが取れず緊迫した状況だったが 遂にエミが行動し始めた。
エミはまるで男のような叫び声で自分の右腕を刺し始めたのだ。
皆唖然とし、場がまるで凍りついたように静まりかえった。
だが、次の瞬間にはマキの悲鳴と共にエミの家族全員でエミを取り押さえにかかった。
でもエミは家族など全く意にかえさず「こんなの意味ない、いらない」と何度も自分の右腕を刺し続けた。
俺は余りの状況の異様さ異常さに体が固まったように動けなかった…
だが、そうしてる間もエミは自分を刺し続け 部屋を自分の血で染めていた。
余りにも夥しい光景に現実感を持てない俺は 顔面蒼白になりながら ただただ たちすくむだけだった。
まともな思考も出来ず 助けを求めるようにシゲ達を見ると シゲもマキも エミ家族と共に エミを取り押さえていた。
それに感化され「これは今現在、現実に起きてる」
そう頭が認識し現実を取り戻したのか 自然と俺も取り押さえに加わわった。
エミはこんな細い体のどこにこんな力があるのかと思わんばかりの凄い力で振りほどこうと暴れていた。
皆必死にエミを取り押さえ続け数分程経ち、やっと振りほどくのをやめたかと思えた瞬間
囁くような声で「いらない、あたしなんていらない」と呟き、自分の顔を数度深く切りつけた後に、腹部を深く刺した…
エミ姉は泣き叫びながらエミの横で座り込み、エミ母は血だらけになりながら必死に腹部を抑え、エミ父は救急車を呼んでいた。
エミの腕は皮だけで繋がってるかのようにぶら下がり、顔は確実に傷が残るだろうと思える位深く、腹部からは夥しい程の量の出血で、部屋は正に地獄絵図のようだった。
俺達3人は何も出来ず震えたちすくむ中、救急車は到着し 近所からの通報もあり 警察も来ていた。
エミは救急車に搬送され 家族は付き添いとし全員着いていき、俺達は事情を聞く為に警察署に行った。
事情聴取という程の物ではなく、簡単な質問をされ、最近のエミの様子はどんなものだったか等の近況を話し すぐに帰される事になった。
未成年という事で、3人共保護者を呼ばれ、俺は親父、マキは母親、シゲは祖父ちゃんが迎えにきてくれ、警察署を出た時だった、シゲが俺の方に来て、ポケットから件の「玉」を取り出し俺に見せ「明日、俺ん家に来てくれ」とだけ言い、祖父ちゃんと帰って行った。
親父には色々聞かれたが、適当に返答しながら家路に着き、今だに現実、非現実とも思えないような感覚を感じながら、その晩は眠れず 気がつくと朝を迎えていた。
俺は顔を洗い、気を引き締め、全てを聞く為にシゲの家へ向かった。
丁度シゲの家の前でマキと鉢合わせた。
「おす、マキも早いな 仕方ねーか昨日があんなだったし」
「うん、全然寝れなかったから」
やはりマキも寝れなかったみたいだ、あんな事があった後だから無理は無いと思った。
「エミの様子とか聞いたか?」
「ううん、朝一番に病院に行ってみたけど、面会謝絶だったし、皆聞ける様子じゃなかったから…」
「そっか…」
二人で話していると家の裏の工場からシゲと祖父ちゃんが出てきて、俺達に気付きこちらにやって来た。
「二人共早いな もう来てたのか、まあ上がれよ」
そう言ったシゲの左頬は心なしか赤く腫れていた。
シゲの家へ上げてもらったが案内されたのはシゲの部屋じゃなく祖父ちゃんの部屋だった。
「祖父ちゃん 今風呂入ってるから少し待っててくれ、飲み物持ってくるから」
そう行って部屋を出て行き 二人部屋に残された。
昨日帰り際シゲが「玉」を持っていた事で ある程度予想はしていた、シゲは何かわかっててエミの家に行った事を、シゲは祖父ちゃんから何か聞いていたが 俺達には話さず、もしくは話せなかった事があると
俺は張り詰めた緊張感の中に 少しの懐疑心を持ち 二人を待った。
5分程経ち シゲと祖父ちゃんは二人揃って部屋に来た。
「おおっ、久しぶりだな、元気してたか?」
「久しぶりって、最後に会ってから一ヶ月も経ってないけどね」
祖父ちゃんは「そうだったか?」と笑いながら座布団に座った。
「さて、話す前に…」と言いながら立ち上がり、俺とマキにゲンコツした。
「いっ いたああ」
「何すんだよ、いきなり、本気だっただろ今!?」
「その位で済んで良かったと思え!!一歩間違えたらエミという娘みたいになってたかもしれなかったんだぞ」
そう言われ俺達は黙るしかなかった。
少しの沈黙が流れたが、シゲが沈黙を破った。
「俺達が悪い事したのはわかってる、でも俺もマキもアレがどんな物かもわかってないんだ、説明してやってくれないか、二人も一応当事者だしな」
祖父は溜息をつきながら静かに話し出した。
あの「玉」が出来たのは昔、正確な年などはわからないらしいが相当古くから在るものらしい。
昔、まだ睡眠中に見る夢などのメカニズムなど解明される以前の時代に、宗介という青年が、夢を 説 き あ か そ うとしていたそうだ。
夢には本人が知りえない人物や物が出たり、それらが実在したりする時もある、夢には隠された力があり、隠された力があるなら人の為に役立てたいと、様々な人の夢の話を聞きながら町から町にと流れていた。
流れる旅の中、宗介は、とある集落に辿り着き、いつものように人々から夢についての話を聞き回っていた。
集落の人達から話を聞いて数日が経ったある日、その集落の長の使いという人物が現れた。
是非あなたの話を伺いたいという誘いの話だった。
宗介はそれに了解し、長の屋敷に行き、長と話をしていた。
どうやら長の一人娘が毎晩悪夢ばかりを見てろくに睡眠も取れてない、それをどうにか出来ないかという話だった。
宗介は今まで自分が得た知識で人助けになるならと、今でいうセラピーみたいな事を施し、数日後には娘は悪夢など全く見なくなり、長は大変喜び、宗介を気にいったようだった。
集落の者を使い、宗介の為の家をこさえ、宗介にここに住んでもらいたいとの事だった。
宗介は悩んだが集落の人達の暖かい歓迎を受け、それに承諾し、集落の一員となった。
元々の人柄もあり、宗介は集落の人達から人望を集めていた、一人娘もセラピー以来宗介に心を開いており、長もいずれは娘の婿として迎え、この集落をまとめてもらいたいと考えていた。
だが、それを気にいらない人物がいた、長の使いで使用人の男だった、元々野心家で使用人になったのも、一人娘を自分の物とし、いずれは自分が集落の長になるつもりだった。
だから、宗介の存在がどうしようもなく疎ましかった、その為どうにか出来ないかと考えていたある日、他の使用人が一人娘の話をしているのを偶然聞き、それを利用しようと考えた。
一人娘は毎晩、色欲の夢ばかり見るという話だった、完全な箱入り娘だった為、使用人以外の男と会話すらした事なく、年齢的にも考えておかしくはない歳だった。
普通に考えて娘は宗介に好意があったのは間違いない、決して悪い事ではない、だがそれも言い方一つで悪いほうに、向かわせられる。
使用人は長にこう話した「最近一人娘が色欲の夢ばかり見るのは、長の地位目当てに一人娘を自分の物にする為に、宗介が仕組んだ事だ。最初からこのつもりで、近付いた事だ」と。
長は憤慨した、そんな事しなくてもいずれは長の地位を継がせるつもりなのに、そんな形で今までの信頼を裏切るなんて、絶対許せる事ではない
長は宗介を呼び出し宗介を責め立てた。
宗介は身に覚えがないと訴えたが、まるで聞き耳を持たなかった、密告人は長年付き従った使用人、それに加え、夢を操れる人物など宗介以外に考えられなかったからだ。
長は宗介に2週間の猶予を与え、その間に夢をやめさせないとただではおかないと言った。
宗介はどうにかしようとあらゆる手を尽くしたが、全て逆効果だった、何せ娘からしたら慕っている人物が目の前にいるのだ、夢は止む所か膨らむばかりだった。
その間に使用人は集落の人々にも宗介の話をし、ある事無い事を言い回し、宗介の人望を消し去った。
今まで暖かかった人達は嘘みたいに冷たく、宗介を避け、宗介は孤立した。
今までは周りの人の手伝いなどをし食料分けてもらっていたがそれすらも無くなった。
宗介は絶望した、今までの周りの人々の信頼関係は崩れさり、食う物も無く、宗介はひたすら追い込まれ、ついには狂った…
狂人と化した宗介は悍ましい事を考えた、夢は頭の中で見る物、ならば頭の中を直接見ればいいと。
普通に考えればまるで意味の無い事だが、狂った宗介にはそう考える自体に意味が無かった、ただひたすら夢だけを考え追い求めた。
旅人を襲い、狩りに出た集落の人を襲い、頭を割り、脳を取り出し、家で食い入るように見続けた。
そして10日が過ぎようとしたある日、変わり果てた宗介が屋敷に現れ、一つの「玉」を差し出した。
これがあれば色夢など消え、更に良い夢をだけを見れると言い残し宗介は去っていった。
宗介の言い残した通り娘に「玉」を持たせると、色夢などあっさり無くなり、自分に取って都合の良い夢ばかり見るようになった。
これを良しとし、宗介を許し、全てが丸く収まったように思えたが、もちろんそれでは済まなかった。
一週間も経たない内に事は起こった、エミのように一人娘は自分の体を傷付け自害したのだった。
その異様さに長は宗介が渡した「玉」が原因と思い探したが「玉」は一向に見付からなかった。
宗介も集落から姿を消し、一向に行方は掴めなかった。
そして本当の悪夢が集落を襲った。
集落全体「玉」が見せる夢が感染し始めた。
皆一様に都合のよい夢を見て、ある程度の期間が来たら一人娘のように体を切り刻み自害した。
長は畏れた、これは宗介が起こした呪いだと…
呪い等に全く知識の無い人々は夢を畏れ、次は自分かもしれないと夢を見る事を避けるように眠れない 日々を過ごした。
その異様さに長は宗介が渡した「玉」が原因と思い探したが「玉」は一向に見付からなかった。
宗介も集落から姿を消し一向に行方は掴めなかった。
そして本当の悪夢が集落を襲った。
集落全体「玉」が見せる夢が感染し始めた。
そんなある日、集落に旅の僧侶がこつじきに来たが、集落の状況を察知し、長の屋敷に訪れた。
長から事情を聞き、恐らく「玉」を見つけどうにかしない限り、この状況を切り開く術はないと告げた。
僧侶は長と集落の者数人を引き連れ、宗介の家へ向かった。
宗介の家は一度調べたと言ったが、間違いなく「玉」は家にあると僧侶は言い、宗介の家を調べた。
やはり何もないと思われたが、僧侶は床下を掘ってくれと言い、集落の人、数人で床下を掘った結果、大事そうに4つの「玉」を抱える腐乱した宗介の死体が見つかったのだった。
僧侶は禍々しく光る「玉」を見た瞬間に吐き気を抑えるように口を抑え、皆にこう伝えた。
僧侶の友人の人形技師に至急来るように伝えてくれと、それまでこの家に誰も近付けてはいけないと。
そして数日が経った晩に、人形技師が集落に訪れ、僧侶と話し、宗介の家に入って行った。
明くる日の朝二人は家から出てきた、4つの桐箱と共に。
そして僧侶は宗介の家で行われた事を「玉」がどのように作られたかを長達に話した。
それは悍ましい所業だった。
人の脳を凝縮し、人骨の灰と血を混ぜ凝縮した脳に塗り固め、漆に、宗介本人の血を混ぜ、一塗りする度に自分の体に傷を付けて行った。
一塗り一塗りに最上級の憎悪を込めて、決して憎悪を減らさないように体を傷付けてまで、そうして「玉」は完成した。
僧侶は「夢魅」と言う外法だと言い、どこで宗介が知ったかはわからないがとても危険な邪法との事だった。
この「夢魅」にも完成度と決まりが有り、完成度は見た目の輝きで、決まりは必ず4つ作る事だった。
低い順からの玉、「肆の玉」「参の玉」「弐の玉」
そして最密度、最高完成度の者を「壱なる玉」という。
僧侶と人形技師は直接呪いのかけられた集落の者ではない為、「壱なる玉」と「弐の玉」は影響が強すぎる為、持てないとの事だった。
僧侶は札を貼った2つの桐箱を渡し、絶対に人目につかない場所に保管し絶対に開かない事を約束させ、僧侶と人形技師は「肆の玉」「参の玉」を持ち 集落を去った。
僧侶は故郷に帰り寺に地下を作り、人形技師は倉に地下をそれぞれ作り、決して出さないように隠し、生涯封印してきたのだった。
俺はそこまで聞き終わり一息ついた。
一気に話された事を頭の中で整理し、自分自身でわかった事をわからない事を祖父ちゃんに聞いた。
「つまり、あの廃寺が僧侶の寺で、地下が「夢魅」を隠した場所だったわけだろ?なら人形技師の倉も近くなのか?」
「ああ近くだ、っていうかその人形技師が俺の何代も前の先祖ってわけだな」
「えぇっそうなの?てか言えよ」
「お前に言ってどうにかなるか?」
シゲは拗ねたように黙りこんだ。
「あの離れの倉が例の倉だ、しっかり毎年鍵を変えて補強してるから安心しろ」
「あの寺も廃寺になる時に坊主にしっかり管理して、持って行けと言っただがな、怖くなったんだろうな…」
何故か、自分自身の不始末のように、祖父ちゃんは暗い表情だった。
「てか、廃寺の「夢魅」はどうなるんだ?祖父ちゃんが2つ持つのか?」
「いや、2つ同じ所には保管出来ないし、今は桐箱を作り直してお札を貼ってるし、知り合いの住職に頼んであるから心配いらんぞ」
皆、安心して一息ついた所でずっと黙ってたマキが口を開いた。
「あの、エミは…命が助かったら元に戻るんですよね?」
「いや、気の毒だが、命が助かってもどうにもならんな、あれから逃れたことは聞いた事がない」
「そう…ですか…」
マキはそう言って小さく泣いていた。
エミはその3日後、病院で息を引き取った…
祖父ちゃんが、エミの葬式後に言った。
「エミちゃんは本当に気の毒だったが、お前達は生きてる、エミちゃんの分まで精一杯生きる事が最大の供養になる」
その言葉を胸に、今日も全力で生きている。
よりかたさま 【集落にまつわる怖い話】
会社の新入社員研修の時に同じ部屋だった同期の藤田から聞いた話。
研修中、毎晩毎晩うなされてて煩いので、問い質したら冗談めかして以下のような話を始めた。
多分、作り話だろうけど、最近ある機会に思い出したので。
藤田は都内の大学を卒業して新卒で会社に入ってきたんだけど、出身は新潟。
それも実家があるのは、かなり田舎の方らしい。
で、この藤田の祖母がかなり迷信深い人で、昔から色々な話を聞かされたんだとか。
その中でも一番よく聞かされたのが『よりかたさま』という妖怪だかの話らしい。
簡単に要約すると、実家近くの山の下には地底の国があって、そこには『よりかたさま』たちの国がある、って話。
藤田の実家の周りは山があって、「人穴」と呼ばれる洞穴がいくつかあって(というより、話を聞く限りだと、山にある深い穴を人穴と呼んでたような印象を受けた)、有名な人穴は神社に祭られてたりしたらしい。
多分パワースポット的な物なんだろうと思う。
でも、その人穴の中には一つだけ「蛇穴」と呼ばれるものがあって、それは『よりかたさま』たちの国に繋がってる~云々。
だから、山の中で洞穴を見つけても迂闊に近寄っちゃいけない、と言い聞かされてきたんだとか。
藤田は、その『よりかたさま』と言うのが何なのか、よくわからなかったけど、
事あるごとに
「夜遅くまで騒いでると、『よりかたさま』が来るよ!」
と祖母に言われていたため、漠然とした怖さを感じていたらしい。
そんで時は流れて藤田は都内の大学に進学してスキーサークルに入ったんだけど、二年の冬休みに友達3人と藤田の実家に泊まろうって話になった。
藤田の出身の新潟は豪雪地帯で、実家から近くにスキー場があるので、ちょうど良いからそこに泊まってスキー合宿をしよう、という事になったみたいだ。
藤田達と友達の3人は冬休みの間、どっぷりスキー三昧だった。
ただ、流石に毎日スキーばっかりだと飽きてくるみたいで、大晦日は藤田の実家でゆっくりしてた。
年末特番にも飽きてきて適当な雑談をするも、話題が尽きてくる。
ついつい藤田は『よりかたさま』の話を友達にしてしまったらしい。
テレビもつまらないし、やることも無いということで、肝試しも兼ねて
「蛇穴を探してみよう」
という話になった。
藤田は
「いや、流石にヤバいから」と拒否した。
というのも藤田の地元では山にまつわる迷信がいくつもあるのだが、その中に『大晦日は山に入ってはいけない』というものがあったからだ。
(藤田の地元だけじゃなくて新潟には結構、○日は山に入っていけない、という迷信があるそうな)
しかし、完全に友人たちは乗り気で、藤田もこれに水を差すのもどうかと思い、最終的には蛇穴探しを承諾した。
子供の頃ならともかく、藤田自身『よりかたさま』の話なんて信じちゃいなかった。
「冬眠中の熊に出くわさないように」とか、そんな理由で子供が洞穴に無暗に近づかないように作られた与太話だと思ってた。
結局、ちょっとスリルを味わってテンション上げてから新年を迎えよう、くらいに思って山に入ったんだと。
地元の人の間ではいくつか「近づくな」と言われている洞穴があって、藤田はその内のどれかが件の蛇穴だろうと当たりをつけていたらしい。
藤田と友人達の計4人はそれらを一通り回ることにして、山に続く道を歩いた。
ただ、丁度「ここら辺りから山だな」と思ったあたりから、藤田は心なしか違和感のようなものを覚えた。
幼い頃から遊び場にしたりして、何度も上っていた筈なんだけど、全く見知らぬ土地に迷い込んだみたいな、所謂、未視感を覚えたらしい。
夜の山に入るのは藤田も初めてで、真っ暗な山道を懐中電灯だけで歩いたから、それで違和感を覚えてるんだろう。
そんな風に藤田は自分を無理やり納得させたんだそうだ。
背筋が凍えるような嫌な感覚を覚えつつも、藤田達4人は洞穴を回った。
山に入った時点で「ヤバい」と感じつつも他の3人がノリノリで洞穴に入っていったせいで、止めるに止められなかったそうだ。
ただ、一つ目と二つ目の洞穴は本当にただの洞穴で5メートルも続いてなかったんだとか。
(でも洞穴の中は本当に真っ暗で、懐中電灯だけで中を照らしてたので「マジで怖かった」とのこと)
三つ目でついに『当たり』を引いてしまった。
その穴は急な斜面を上った先にあって、藤田達4人は殆ど崖みたいな角度の坂を登って行った。
穴の入り口自体は斜面の下からでも見えるんだけど、普通の横穴にしか見えないらしい。
でも、実際に入り口まで登っていくと、明らかに異常だと分かるんだと。
まず臭い。
入り口の近くには鏃のようなものが散らばっていて、そのうちの幾つかには蛙の死骸が刺さってたんだとか。
それが物凄い腐乱臭を放っていたらしい。
3人の友達、村木、中川、高橋は「くっせえ」なんて言いつつ笑ってたんだけど、藤田はもう内心ビビリまくりで軽く膝が震えてたらしい。
ただ、やっぱり明らかに蛙の死骸と鏃が大量に転がってるのは異常だってことで、その内村木も
「これ、ヤバくないか?」
って言い出した。
藤田も村木に同調した。
でも残りの中川と高橋は変に強がってズカズカと、洞穴に入って行ったらしい。
なし崩し的に藤田と村木も着いていくことになった。
洞穴は結構深くて、多分10メートル以上あったんじゃないか、とのこと。
横幅も結構広くて二人くらいは並んで歩けたらしい。
で、やっぱり中にも鏃やら、それに刺さった蛙の死骸やらが放ってあった。
4人とも顔見ただけで分かるくらいビビってたんだけど、肝試し特有の強がりで帰るとも言い出せずに洞穴の奥まで進んでいった。
横穴を奥まで進んでくと、さらにそこから斜め下方向に小さな穴が延びていたらしい。
大きさは、人の頭より少し大きいくらいで、大人ではギリギリ入れないくらいだったとか。
穴の1メートルくらい前には洞窟の両端に石の柱があって、間に注連縄が掛かっていたらしい。
懐中電灯で照らした瞬間、注連縄の白い紙垂が見えて、藤田は思わず情けない声を漏らしたとか。
流石に4人とも神社なんかで注連縄を見たことはあるもんだから、良いにしても悪いにしても、どんな由縁があれ、軽々しく触って良いもんじゃ無いと思ったらしい。
暫くみんな黙ってて、重苦しい空気が漂い始めた。
誰からともなく
「どうするよ?」
なんて疑問が出たんだけど、普段から少しDQNぶってる所があった中川が、
「いや、ここで帰るのも無い話でしょ」
なんて言い出したらしい
(以下、藤田から聞いた話を想像も交えて会話風に起こしました)。
藤田「いや、マズいって。これ絶対マズいって(迫真)」
中川「何が? 注連縄くらい俺の近所の神社にもあるし」
村木「先輩、まずいですよ!」
中川「何? ビビってんの?」
高橋「携帯で撮るだけなら問題無いんじゃね?」
藤田「は?」
高橋「いや、穴の外から中の写真撮ってみようよ」
藤田・村木「……」ポカーン
中川「よし、それ採用で」
高橋「じゃあ撮って。どうぞ」
中川「俺が撮るのかよ。おまえ撮るんじゃないのかよ」
みたいな流れで、中川が携帯で穴の奥の写真を撮ることになったらしい。
(提案者の高橋は土壇場でビビって断固拒否して中川が撮ることになった)
中川は注連縄を跨いで穴の前まで行った。
で、穴の中を照らそうと懐中電灯を向けて携帯を取り出した途端、穴の奥で何かが動いたらしい。
中川はそれを見た瞬間悲鳴あげて注連縄の後ろに下がった。
残りの三人も近くまで来て穴を覗き込んでいたから、4人ともそいつを直視してしまったそうだ。
懐中電灯の先に移ったのはミイラみたいカサカサに乾いた茶褐色の人間の顔で唇も眼も無くて眼窩は真っ黒。
そいつが穴から這い出してきたらしい。
4人とも一瞬呆然となってそいつを見つめてたらしい。
その時、藤田は直感的に「こいつが『よりかたさま』なんだ」と思ったそうだ。
ミイラみたいな顔の下に続いてるのは蛇みたいな細長い体で、変にねじくれた尻尾が二股に分かれてたんだとか。
4人とも固まってたのは一瞬で、次の瞬間には大声を上げて洞穴の出口に向かって走り出したらしい。
藤田は一度だけ後ろをチラっと振り返ったんだけど、そいつは注連縄の向こうから動かずにジッとしてたらしい。
真っ暗で顔は良く見えなかったはずなんだけど「俺を見てニヤッと笑った気がした」んだとか。
中川は注連縄を跨いで穴の前まで行った。
で、穴の中を照らそうと懐中電灯を向けて携帯を取り出した途端、穴の奥で何かが動いたらしい。
中川はそれを見た瞬間悲鳴あげて注連縄の後ろに下がった。
残りの三人も近くまで来て穴を覗き込んでいたから、4人ともそいつを直視してしまったそうだ。
懐中電灯の先に移ったのはミイラみたいカサカサに乾いた茶褐色の人間の顔で唇も眼も無くて眼窩は真っ黒。
そいつが穴から這い出してきたらしい。
4人とも一瞬呆然となってそいつを見つめてたらしい。
その時、藤田は直感的に「こいつが『よりかたさま』なんだ」と思ったそうだ。
ミイラみたいな顔の下に続いてるのは蛇みたいな細長い体で、変にねじくれた尻尾が二股に分かれてたんだとか。
4人とも固まってたのは一瞬で、次の瞬間には大声を上げて洞穴の出口に向かって走り出したらしい。
藤田は一度だけ後ろをチラっと振り返ったんだけど、そいつは注連縄の向こうから動かずにジッとしてたらしい。
真っ暗で顔は良く見えなかったはずなんだけど「俺を見てニヤッと笑った気がした」んだとか。
そんで4人は這う這うの体で洞穴から飛び出て斜面を転がり落ちながら降りたらしいんだけど、そっから記憶が曖昧で気が付いたら藤田の実家の部屋で目を覚ましてたらしい。
藤田の母親が言うには年明ける前くらいに、4人で青白い顔してフラフラ帰ってきたんだとか。
母親も、おかしいと思って声かけたんだけど、4人は無視して部屋に入ってったんだとか。
藤田は夢だったのかとも思ったんだけど、4人とも洞穴で見た人頭蛇身の妖怪だかを覚えている。
4人そろって同じ夢なんか見るわけがないってんで、それでまた4人とも意気消沈。
スキーやれるようなテンションじゃないってんで、次の日に東京に帰ったそうだ。
ただ注連縄を超えて穴の近くまで行ってた中川はそれ以来、毎日あの『よりかたさま』(仮)の夢を見るんだとか。
それが妙にリアルで、中川は日に日に情緒不安定になっていって、就活終わったくらい(4年の春くらいか?)に鬱で大学に来なくなったらしい。
中川が大学に来なくなってから暫くして、藤田も奇妙な夢を見るようになったんだとか。
夢の中で藤田は両腕を斧だか鉈だかで肩から叩き落とされて、足の骨を砕かれて、例の注連縄の張ってあった穴の中に落とされるんだとか。
肩が叩き落されてて細くなっているせいか、藤田はすんなり穴の底に落とされる。
穴は相当深くて、何時も落ちていく途中で目が覚めるんだそうだ。
藤田がしきりに「次は俺の番」って呟くのを見てゾッとしたのを覚えてる。
で、流石に藤田も気になって、家族に『よりかたさま』の事を聞いたんだけど、藤田の祖母は藤田が高校進学した時に、祖父は小学校の時に亡くなってて、両親も『よりかたさま』の事は詳しく知らないらしい。
近所の人にも「大学の文化人類学の授業で必要だから」って言って、『よりかたさま』の話を聞いて回ったんだけど、近所の寺の住職や、本当に高齢な一部の爺さん祖母さんが少し知ってたくらいだったそうだ。
それでも分かったのは、せいぜい
・藤田の地元には昔から、蛇神信仰があった(というか今でもある。神社も多い)
・両腕をもがれた神様が蛇になって新潟まで逃げてきて土着の神様になった、という神話もある
・藤田の地元の近くを舞台にした御伽噺で、男が洞穴に落とされて地底の国を旅して大蛇になって地上に出る、と言うものがいくつかある
・『よりかたさま』は他にも『さぶろうさま』とか『みなかたさま』と呼ばれるらしい
ってことくらい。
(他にもゴチャゴチャ色んなこと言ってたが、重要なのは多分↑の情報くらい)
で、藤田が言うには夢の中の光景は、恐らく何かの儀式では無いかとのこと。
また、上述の御伽噺や神話になぞらえて、蛇に見立てて両腕を落とされた人間を『よりかたさま』と呼んだのではないか、とも言っていた。
最近は少しずつ夢も長くなってきていて、穴の底に落ちた後の光景もわかるんだと。
穴の底では自分と同じようになった『よりかたさま』がたくさん居て、這いずり回ってるんだそうだ。
その『よりかたさま』達に先導されてどこかに連れてかれるんだけど、
まだ最後まで夢は見れてないので、どこに連れて行かれるかはわからないんだそうだ。
「最後まで見たら多分、俺も中川みたいになる」
最後にそう言って藤田は話を締めたんだけど、正直、途中途中でニヤニヤしてたし、かなり冗談めかしてたんで作り話だと思ってる。
もともと、いっつも冗談ばっか言ってるヤツだったし、おちゃらけたヤツだった。
だいたい、パニクってる時に見た『よりかたさま』だかの特徴をそんな覚えてるとは思えないし、夢の話も御伽噺やらの話もすっげえ胡散臭かった。
というか村木と高橋はどうなった。
ただ、こないだ同期を集めての研修が東京の本社であったんだけど藤田は来てなかった。
同じ支店に配属された同期の話だと自律神経失調症だかになって休職の後、退職したらしい。
休職の話を聞いて長年忘れてたが「そう言えば」と藤田から聞いたこの話を思い出して、どうしても誰かに伝えたくなった。
キノコ狩り
去年の秋の話なんだけど、田舎に住んでるから近所の山にキノコ採りに行ったんだ。
山の入り口に車を止めて、だいたい徒歩で3時間くらいのコースなんだけど、ナラタケとかブナハリタケとかがけっこう採れる場所でさ。
で、歩き出して1時間位したとき、40歳くらいのオバチャン三人組とすれ違ったんだ。
話し方からして、どこか関西方面の人達らしかった。
で、すれ違うとき、オバチャン達がぶら下げてた袋の中がチラッと見えたんだけど……入ってたのが、多分ネズミシメジとツキヨタケ。しかも大量に。
知らない人の為に一応説明すると、両方とも毒キノコね。
ツキヨタケのほうは、死人が出るくらい強力。
俺は『おいおいヤベーだろうが、バカだなコイツら』って内心思いながら、オバチャン達を小走りで追いかけて
「そのキノコどうするんですか?」
って聞いた。
突然声をかけられてかなり怪訝な顔してたけど、オバチャンAが
「どうするって、持って帰るよ」
って。
案の定だったんで、俺が毒キノコだってこと説明すると、オバチャンBが、
「あー、やっぱり!さっきのオッサンの言うてた通りやわ……うちらは、騙せへんで。あんた、このキノコ欲しいんやろ?」
って言い出して。
そのままオバチャンの話を聞いていると、どうやらオバチャン達は、今日山で会った年配の男性に「美味しくて珍しいキノコ」って教わって、ネズミシメジとツキヨタケを採ったらしく、しかもその時に
「珍しいキノコだから、『毒キノコだ』って言って騙そうとする人がいるから」
って聞かされたらしいんだね。
何だよそれ? そのジジイ何考えてんだよ?
キノコは間違いなく毒キノコで、しかも、少し知ってりゃ見間違うことなんてあり得ないキノコなのに……。
取り敢えずオバチャン達を説得しようとしたんだけど、完全に疑われちゃって無理だった。
最後には「図鑑見てください」とは言ったんだけど……。
あんときは山にもキ●ガイはいるんだなーって思った。
村の奥の祠
俺の実家は超田舎だ。
わずか十世帯ほどしかない小さな村で、いわゆる限界集落と呼ばれるような場所。
オカ板の連中がもし訪れたら絶対よからぬ妄想をすると思う。
けど実際は普通にインフラ設備もされてるし、住人も普通の年寄りばっかりだ。
よく都会の人は「田舎は人間関係がおかしい」と言うけど、別におかしいところなんてない。ただ一つだけ気がかりなのが、年寄りが全員S会だ。
もちろん俺は違うし親世代も違う。
俺が一度祖母の真似で「南無妙法連華経~」と言ったらものすごい剣幕で母親から叱られた。
小さい頃はS会なんて知らなかったけど、なんとなく他の家と違うのは薄々感じていた。(仏壇に花が飾られてなかったり葬式でもお坊さんを呼ばなかったり)
でも別に年寄り連中にも特別な思想なんて無かった。
中学に上がった頃から、他の地域の奴らからヒソヒソ言われることが多くなった。
原因がS会なのは分かっていたので、同じ村の幼馴染(プロレスラーのブッチャー激似の男)とよく
「俺らS会じゃねえし」
と言っていた。
学校生活の後半はもう他の奴らと一緒に
「きのうS会の奴ら来たから壁キックしてビビらせてやったわ」
「ちょっ」
とネタにしていた。
去年の春ころ、俺は市内にある大型古本屋に出かけた。
漫画だけじゃなくて色んな本があるんだなーとブラブラしていると、一冊の本が目に入った。手の平サイズの古臭い本だ。
そして目次を見てビックリ。
なんと俺と同じ町の人が自費出版で出した郷土史だった。
町内にある神社や石碑、誰それの家に伝わる古文書やさらに洞穴など、その由来や経歴まで事細かに書かれている。
『へ~よく調べてるわー。この人よっぽどすること無かったんだなー』と感心した俺は、その本を買って帰った。
家に帰ってから早速読んだが、おかしなことに気付いた。
俺の村だけ極端に項目が少ない。というか二つしかない。
一つは神社で、もう一つが村の奥に何か祀られているけどそれが何かわかんないし、行き方もわからないというようなえらく抽象的な文章だった。
子供の頃から外で遊んでたけど、そんなものが存在しているなんて知らなかった。
これはさっそく検証しなければ!と俺は外に飛び出した。
しかし念入りに探したがそれらしいものは見つからない。
どうしたものかと沢の水辺をウロウロしていると、近くで農作業していた婆が声を掛けてきた。
※方言で書くの嫌なので標準語に直してます
「なにをしてる?」
「探し物」
「なんか無くしたのか?」
「いや……。この奥になんか祀ってあるとか聞いたことある?」
俺がそう言うと、婆は急に怒鳴り出した。
「知らない! そんなの聞いたことない!」
「はぁ? なんだよ急に。なんで怒ってんだよ」
「いいから帰れ!」
とこんな風に急にテンションMAXで怒り出したのだ。
こりゃ手がつけられんと思った俺は渋々村に戻った。
チッ、なんだってんだよ……。と家に戻ろうとしたら、ブッチャーの祖父が草刈りをしていた。ちょうどいいや思った俺は爺さんにも聞いてみた。
そうしたら、なんとそれらしいのを知っていると言うのだ。
でかしたブッチャー爺さん!
場所を聞いた俺はさっそくそこへ向かった。
道中長かったので省略するが、こんなの教えられなきゃ絶対わかんねぇよ! ってところにあった。
日の光の入らない深い森の中の草を掻き分けながらしばらく進むと、足裏の感触が変わった。
土の柔らかい感触から、ゴツゴツと固い感触。足元を確認すると階段のように石が積まれていた。その苔むした石段を登った先に、それはあった。
説明が下手なんでうまく伝えられないけど、神社の境内みたいな感じでそこだけ綺麗に整備されてんのね。
めっちゃ山奥の、しかも獣道を進んだ先にそれだから相当ビビった。
そしてその中央には道祖神を祀ってるような小さな祠ってあるじゃん?
そんな感じのが設置されてて周りを同じ大きさの石碑で囲んでた。
石碑は六個くらいあったと思う。
祠は人の背丈くらいありそうな感じの大きさなんだけど、遠目から見てもボロボロで朽ち果てそうなくらい古いのが分かった。
ここはヤバイ。
そう思った俺は踵を返して逃げた。
石段を全速力で駆け下りたせいで何度か転んだが、そんなことを気にする余裕が無かった。
あの祠の中からこちらを覗く顔と目が合ったからだ。
後ろから人の息遣いが聞こえる。
瞬きをすると、自分の後ろ姿が見えた。
何度も草木に足をとられたが、俺は全速力で走った。
半狂乱になり目からは涙がボロボロこぼれ落ちていたと思う。
目をつむる度に自分の姿が近付いてくる。
追いつかれる。
首筋に生温かい息を感じた。
もう目をつむっても、自分の姿は見えなかった。
気が付くと俺は家に居た。
今見たのを必死で記憶から消去しようと、布団の中でガタガタ震えていた。
俺はどうなってしまうのだろう。
洒落コワの話みたいに死んでしまうのか?やだ恐い!
と絶望を感じていたが、それから何事も無く今も普通に生きている。
この出来事を体験するまで洒落コワの地方伝説的な、コトリバコとか姦姦陀螺とかの話を「ねえよ!」と笑っていたけど、もう笑えない。
あそこはどう見ても人の手で整備されていた。
なぜブッチャーの祖父は俺にあそこの存在を教えたんだろう。
聞きたくても去年の夏に死んでしまった。
あとブッチャー祖父に限らず、やたら村で自殺者が多いのは関係あるんだろうか。
村の人間は今まであそこの存在を隠していたのか、それとも知らなかったのか。
今となっては知る由もない。
知りたくもない。
大将軍の呪い(山形県)
俺が住んでいる山形県内陸部には、『大将軍(たいしょうぐん)』という土着の信仰がある。
以前、某ケンミンショーなんかでもとりあげていたので、知っている人もいるかもしれない。
陰陽道の神様で、東西南北を3年ごとに移動し、この大将軍が宿る方角の土を動かしてはいけないといわれる。
具体的には、家の中心から見て大将軍のいる方角は、その年はリフォーム、増築などをしないということだ。
そんな大将軍が発端となった出来事。
ずいぶん前の話になるが、小学生の頃、田嶋君(仮名)という同級生がいた。
彼の家は古くからの庄屋の家系で、でっかい敷地のでっかい家に住んでいた。庭には池もあって錦鯉なんかもいた。
そんな田嶋君のお爺さんは兵右衛門さんといい、地域の顔役として地元では有名人だったが、この兵右衛門さん、迷信やらそういったことは一切信じない人で、
ある年、敷地内の蔵を解体することになったが、その蔵が件の大将軍の方向だった。
家族や工事業者は時期をずらすように兵右衛門さんを説得したが、兵右衛門さんは、大将軍なにするものぞと工事の強行を指示し、業者も地元の有力者故に逆らえず蔵は解体された。
で、その蔵の土台までバラしたところ、石が出た。
実物を見た田嶋君によると、田舎の道端に地蔵と一緒に並んでいるような、石碑状の石が3つほど出てきたそうだ。
表面は磨耗していて、なにか彫ってあった跡はあるものの、なんと彫ってあるかは誰もわからなかったらしい。
家族および工事関係者は、それみたことかと不気味がり、供養とかお祓いをしたほうが良いのではないか、という話になったそうだが、やはり兵右衛門さん、そんなものは必要ないと、出土した石を敷地の端にただ転がしておいた。
そこから一連の怪異がはじまった。
まず、池で飼っていた錦鯉が十数匹、原因不明の突然死をした。
さらに、田嶋君の家の前の国道で、やたらと動物が死ぬようになった。
この道路は当時オレも通学路にしていたので実際目にしたが、彼の家の敷地が面している数十メートルの範囲内でだけ、10日と待たずに犬、猫、時には野兎や狸までが、車に轢かれ死んでいた。
通学路は1キロ程の道のりだったが、それまでは動物の礫死体など見かけた事もなかったのにである。
このころから、近所ではこの異変が、兵右衛門さんが大将軍に触ったからだとの噂が立ち始めたが、兵右衛門さんは気にするでもなく、件の石もそのまま放置され続けた。
そんなある日、部活で遅くなったオレの姉が、真っ青な顔をして帰宅した。
自転車通学だった姉は、交通量の多い国道を避け、田嶋君の家の裏手を通る農道を利用していた。
姉が田嶋君の家の裏手を通ったところ、突然低いうめき声のようなものが聞こえたらしい。
誰か倒れているのかと思い、自転車を止めてあたりを見回したが誰も見かけず、聞き間違いかと自転車を漕ぎ出そうとした時に、今度ははっきりと聞こえたらしい。
「・・・・兵右衛門・・・・」
もごもごとした声でなにか言っていたそうだが、兵右衛門さんの名前ははっきりと聞いたそうだ。
恐ろしくなった姉はあわてて帰って来たらしい。
他にもその声を聞いた人がいるらしく、さらに姉が声を聞いたのは例の石が放置された場所のすぐ近くだったため、「例の石が兵右衛門さんを呪っている」と言う噂が瞬く間に広がった。
が、当の兵右衛門さん本人はそんな噂さえどこ吹く風だった。
が、その兵右衛門さん、石が出てから半年ほどたったある日、突然亡くなった。
病気も何もしていなかったし、前日まで全く普通にすごしていたらしく、死因は心不全だか心筋梗塞だかで片付けられたように覚えている。
もちろん近所はおろか学校でさえ「祟りだ!」と大騒ぎになった。
とうとう人死にがでてしまったため、田嶋君の一族ではそれはもう大騒ぎになったそうで、
川向こうの霊能者(オナガマ)にお伺いをたてた。
以下、当時小学生だった田嶋君からの又聞きのため詳細不鮮明だが、おおよそこんな感じだったらしい。
「この石碑は○○を供養していたが、田嶋家の先祖が供養を怠り、忘れられ上に蔵を建ててしまった。
石碑の○○はそれを恨んで祟りをおこしている。社を建ておまつりしろ」と。
で、田嶋家の敷地のはずれに社が建ち、3つの石碑はそこに収められた。
さらにお祓いだか供養だかが行われ、以来田嶋家の周囲での不審な動物の死は見られなくなった。
しかし、オレは高校をでて家を離れるまで、日が暮れてから田嶋家の裏の道は一度も通らなかった。
動物が変死し、兵右衛門さんが亡くなるに至って、
近所では「ホレ見たことか、大将軍の方向をいじるからだ」と年寄りたちが口々に言っていたのを覚えています。
祟るやら、死人に引っ張られるという言葉を良く聞く、迷信深い土地でした。
隠し念仏
岩手には隠し念仏というのがある。
これはその昔、親鸞二十四徒の一人である是信房が広めた念仏と、真言密教系の秘術が融合したものらしく、かつて岩手県で爆発的に流行した。
この念仏はいわば即身仏となるための儀式とも呼べるものであり、かつて生きるのが困難だった時代何とかして仏の加護を受けたいという欲求から創始されたものだと考えられる。
もっとも、これは寺や坊主を間に挟まない、いわば秘密結社的、呪術的性格を色濃く持ったものだったので「犬切支丹」と言われて幕府から迫害され、明治政府からも「公序良俗を乱す」として弾圧された。
で、肝心の儀式であるが、まず生まれたばかりの赤子が善知識と呼ばれる総長の家に連れて行かれ簡単な念仏を唱えられた後、経文で頭をなでられる。
この簡単な儀式が「オトリアゲ」と呼ばれる。
で、隠し念仏で一番大切なのが「オトモヅケ」と呼ばれる儀式である。
歳の頃7~15歳ぐらいになった子供は、夜半、善知識もとに秘密裏に連れて行かれ親鸞と蓮如上人、薬師如来の掛け軸が飾られた仏壇の前に正座させられる。
そして、指を金剛合掌の形に組み、「タスケタマエー」と言いながら思い切り息を吐くように言われる。
これは善知識が「よし」というまで何度も何度も続けられる。この間、善知識はこのものが本当に念仏組に入ることができるか、仏の加護を受けられるかを精査するという。
これを何度も繰り返し、善知識が「助けた!」と言うと、子供は口を手のひらで押さえられ、平伏させられる。
こうして「オトモヅケ」は終わり、隠し念仏最大の儀式は終了、この子は晴れて念仏組の一員となる。
このとき、子供は善知識から「これはホトケ様が口から入ったからな。人に言ってはダメだぞ」とクギを刺されるので隠し念仏の全容はよく調査されないまま、現在ではすっかり廃れてしまい、もはやどこでも行われていないだろう。
ちなみに俺の父方、母方の祖母、父は両方隠し念仏を受けている。戦後直後までは普通にやってたらしい。
父はいまだに口を割らないが、ばあちゃんは嫁に行った身なので喋っても問題ないらしい。
ちなみに発言小町で話題になった『真っ黒い手紙』にあるのは単なる百万遍念仏なので隠し念仏とは違う。
さらに「隠し念仏の一派に邪教がある」という話は誤りなので信用しないこと。
隠し念仏は岩手を中心に伝わる民俗宗教で、長い間秘密裏に行われてきたためになかなか実態が掴めなかった。
しかし宗教というより、この近在ではもう単なる仏事の際の慣習となってしまっている。似たようなものが九州にも残されていて、そちらは「隠れ念仏」と呼ぶそうだ。どちらも浄土真宗に起源を求めることができるが、成り立ちは若干異なる。
私が初めてこの念仏の輪に加わったのはもう2年ほど前だ。同じ班内のお婆さんが亡くなって通夜、葬儀を済ませた後に、誰からともなく「お念仏やんべ……」と黒い木箱が担ぎ込まれ、中から大きな数珠が取り出された。
長さ20メートルの巨大な数珠。
小ぶりな里芋ほどの大きさの不揃いな数珠玉の中に、ひとつだけ握りこぶし大の玉がある。紐は麻縄、使い込まれた木の数珠は手アブラでてらてらと黒光りしている。
「おっと、その前に、おめ、このせんべいで大の字を作ってけろや。」
私は言われるままに49枚のせんべいを畳に並べて『大』の字を描いた。
「……んむ。そんなもんだべ。昔ぁ餅使ったんだがな。今時ぁ、せんべいになっちまった。」
さて木枠を組み立てて鉦を吊るし、用意は整った。一同座敷いっぱいに広がって車座に坐る。皆手に大数珠の一端を持っている。その人垣を割ってジッちゃんが歩み出た。
「数珠をまたいじゃなんねえ。中に入る時は、こうしてくぐって入るもんだ。」
独り言を言いながら持ち上げた数珠をくぐり、ジッちゃんはひとり座の中央に坐した。
おもむろに、読経と鉦の音でお念仏は始まった。
隠し念仏は岩手を中心に伝わる民俗宗教で、長い間秘密裏に行われてきたためになかなか実態が掴めなかった。
しかし宗教というより、この近在ではもう単なる仏事の際の慣習となってしまっている。似たようなものが九州にも残されていて、そちらは「隠れ念仏」と呼ぶそうだ。どちらも浄土真宗に起源を求めることができるが、成り立ちは若干異なる。
私が初めてこの念仏の輪に加わったのはもう2年ほど前だ。同じ班内のお婆さんが亡くなって通夜、葬儀を済ませた後に、誰からともなく「お念仏やんべ……」と黒い木箱が担ぎ込まれ、中から大きな数珠が取り出された。
長さ20メートルの巨大な数珠。
小ぶりな里芋ほどの大きさの不揃いな数珠玉の中に、ひとつだけ握りこぶし大の玉がある。紐は麻縄、使い込まれた木の数珠は手アブラでてらてらと黒光りしている。
「おっと、その前に、おめ、このせんべいで大の字を作ってけろや。」
私は言われるままに49枚のせんべいを畳に並べて『大』の字を描いた。
「……んむ。そんなもんだべ。昔ぁ餅使ったんだがな。今時ぁ、せんべいになっちまった。」
さて木枠を組み立てて鉦を吊るし、用意は整った。一同座敷いっぱいに広がって車座に坐る。皆手に大数珠の一端を持っている。その人垣を割ってジッちゃんが歩み出た。
「数珠をまたいじゃなんねえ。中に入る時は、こうしてくぐって入るもんだ。」
独り言を言いながら持ち上げた数珠をくぐり、ジッちゃんはひとり座の中央に坐した。
おもむろに、読経と鉦の音でお念仏は始まった。
迷故三界城 悟故十方空 本来無東西
何処有南北
願以此功徳 平等施一切 同発菩提心
往生安楽国 南無阿弥陀ー
若かりし日から謡い、笛、神楽、鹿躍りと部落の行事や活動を中心になって支えて来たジッちゃんの渋い声が独特の調子を紡ぎだす。
最後の南無阿弥陀ん仏ーを唱和しながら、皆は一斉に数珠を回した。念仏を繰り返しながら何度も何度も際限なく。ひと際大きい数珠玉が手元に来た時には、それを額に押し頂いて念を込めるのが決まりごとのようだ。
最初はなんだかわけのわからない文句で始まったが、次のフレーズから念仏は平易でわかりやすくなる。これがお坊さんを呼んでする普通の葬式と違うところだ。
親を念じる輩は 現在後生良きと聞く
弥陀願以此功徳 平等施一切 同発菩提心
往生安楽国 南無阿弥陀ー
「隠し念仏」は元々「通り名」であって本来の名前ではない。正式には「浄土真宗御内法」または単に「御内法」と言う。これはいわゆる寺を通して伝える「表法」に対しての「内法」の意である。
その起源については各流派さまざまな説を持っていて、今となってはいったいどれが本当なのか誰もわからない。しかしながらどの派にも共通な「最大公約数」的なものもある。例えばそのひとつとして、御内法は親鸞上人またはその高弟たちや、彼らが法義を託した門徒によって立てられたということだ。
つまりこれは元々浄土真宗の一分派的、または「裏」的存在であったらしい。
これは「真の宗教は職業化した僧によって伝えられるべきではなく、純真な俗人によって伝えられ信ぜられるべき」という上人の教えをその端としている。
中世このようにして始まった御内法ではあったが、当の浄土真宗ではこれを認めていない。所詮「表法」と「内法」は相容れないのだ。
またもうひとつの各派に共通な特徴として、その作法や形式に真言密教の影響が伺えることだ。というよりか、元々真言念仏だったものが、入門の一方便上表面的に浄土真宗の形式を用いたのだろうとする解釈もある。
三体一位の御真影として弘法大師・覚鑁(かくばん)・親鸞を御安置すること、用いられている密教教典、また即身成仏を目的とした秘儀や印を結ぶ仕草など、そのどれを取り上げても弘法大師の流れを汲んでいることは否定できない。
つまり岩手に伝わる「隠し念仏」とは、どういう状況下でかそれら浄土真宗御内法、真言密教、また後に述べる百万遍念仏や他の土着信仰などが習合してできあがったひとつの在家宗教のようである。
天竺の嵐が池の蓮の葉一枚
申しおろして新米包んで今日の
お仏に手向け給うやと
弥陀願以此功徳 平等施一切 同発菩提心
往生安楽国 南無阿弥陀ー
ところで親鸞二十四輩の一人「是信房(ぜしんぼう)」は弥陀念仏による教化を志して岩手に移り住み、この地で亡くなっている。その布教のやり方は始めから在家仏教の確立を意図して、その土地ごとの族長の家に名号の軸や祭祀権を与えて「仏別当」としての役を任じたことにある。
中世に始まったこの「寺を通さない」体制は、17世紀に寺檀制度ができるまで公然と行われたそうだ。そして幕府によって禁令となったそれ以降も、「まいりの仏」などに姿を変えて、民衆の地下深く潜伏しながら命脈を保ってきた。
さてそのような宗教習慣上の下地がある上に、現在の形に直結する隠し念仏が改めてこの岩手の地に伝えられたのは江戸時代中頃。京都の鍵屋(御内法の総本家。親鸞の弟子の蓮如が明応6年に上人直筆のお経と同じく自作の上人像を与え、法義を伝えたという。)にて付属を受け、御真影を授けられた伊達水沢家中・山崎杢左衛門(もくざえもん)が導師として活動を始めた宝暦4年(1753年)前後と思われる。
以来御内法はみちのくの地に爆発的に広まった。それがどういう社会的条件によるものかは、勉強不足で私も今ひとつわからない。しかし現在「隠し念仏」と言われるものが近県を含めた岩手全土にくまなく痕跡を留めていることでもそれは伺える。
そうなると面白くないのは浄土真宗である。西本願寺は幕府に提訴し、同時に在野に密偵を放つなどして、同じ親から出た腹違いの子を徹底的に弾圧し出した。
その結果、山崎杢左衛門はその翌年に同志たちとともに磔刑に処せられ死んでしまう。
そして、かつて「隠れキリシタン」を弾圧した地仙台藩では、御内法を「犬切支丹」「秘事法門」「外道邪法」などと呼んでキリスト教に継ぐ厳しさで取り締まるようになった。
しかし皮肉なことにその厳しい弾圧があったればこそ、この秘密宗教はより深くに潜伏し偽装し民俗化して、今日まで「隠し念仏」として生き残ったのである。
それ以降「御内法」はどんどん変化していった。
なにしろ当局や寺の目から隠れながら秘事を続けているのである。当然正しい教えを授ける正式な導師もおらず、分派も更に細分化し、ただ各在に分散・孤立しながら口承口伝によって何百年もの長きに亙り伝えられていった。これでは変容しないわけがない。
実際わがムラに伝わる隠し念仏も、もうほとんど本来の態をなしてはいない。
念仏中の枢要な秘儀である「オトリアゲ」や「オモトズケ」は既に失われ、唯一残った「ネンブツモウシ」が別途行われていた在家講や百万遍念仏と習合して、今の形として伝えられたものらしい。
「百万遍念仏」とは、京都の浄土宗知恩院の念仏行事に因むもので、昔知恩院八代空円が百万遍の念仏を唱えて流行病を平癒したにより、後醍醐天皇から大数珠を賜ったことを発端とする。岩手県に限らず広く全国的に行われていた念仏信仰である。
また念仏の内容も口伝・筆写を重ねるうちにオリジナルとは随分違ったものとなってしまった。
例えばこんなくだりがある。
梅若は母に対面なさんとて
亡者の姿現れてひらりくるりんと駆け巡れば
母はその由ご覧じて抱きつかんとせしがごとくに失せ給うや
弥陀願以此功徳 平等施一切 同発菩提心
往生安楽国 南無阿弥陀ー
これなど、内容的には15世紀、世阿弥の息子の元雅の作である能「隅田川」を題材としている。この部分は元々同一の念仏集団であった隣り部落のお念仏には無いので、もしかしたらこの部落の継承者の誰かが勝手に挿入した文句なのかもしれない。
二百年余の年月は習慣や伝承が変成するに充分な期間なのだ。
さて、わがムラに伝わる隠し念仏の仏具の箱書きには「寛政6年」(1794年)とある。これから推すに岩手に初めて御内法が伝えられた1753年から僅か40年余り。おそらくはこの部落に隠し念仏が伝わって作られた最初の箱であり、数珠も各種小道具もその当時からそれほど離れてないものがそのまま使われている可能性が高い。
……・と、人に訊いたり図書館に通い詰めてわかった「隠し念仏」についての情報を話したら、ジッちゃんは目を丸くした。
「そんなに由緒あるものだったのか!? するとこの箱ぁ、部落の宝じゃあ。」
ジッちゃんにして先代から受け継ぎ、伝承してきた仏事の由来を初めて知ったそうだ。それまでは「隠し念仏」という名前の意味さえもわからないでいた。
もっとも今のご時世では、とうに隠す理由も何もないのだが。
しかしこのお念仏、わがムラにはもはやジッちゃんしか唱えられる人はいない。またこの習慣自体も今となれば必ずやるものでもなくなってしまっている。ただでさえ慌しい仏事の際に、更に面倒くさいセレモニーをしようという家は、段々少なくなってしまった。
ジッちゃん、もしジッちゃんが死んでしまったら、この隠し念仏も無くなるんですね……
「おめえ……覚えっか?教えッぞ。」
「……・でも、覚えたって、やる機会があるかどうか……」
せっかく見つけたわがムラの宝「隠し念仏」も、現在81歳のジッちゃんとともに在る。つまりは風前の灯ということである。
冥婚奇譚
真っ黒い手紙
この話は、2009年『発言小町』で話題になった投稿である。
トピ主である主婦は、地方都市から越してきて東北のある村に住んでいる。ある日を境に、真っ黒に塗りつぶされた不気味な『手紙のようなもの』が届くようになったという……