絶対にマッチアップしたくない最恐の怪物FW【イブラヒモビッチ】8年連続リーグ制覇と伝説の数々

radeantos
所属したチームでリーグ8年連続制覇の実績をもつ怪物。当時のメッシ・Cロナウドと肩を並べられたストライカーはおそらく彼だけ。テクニック・アクロバティックなプレーは有名ですが、強靭なフィジカルと足元の技術・細かなテクニックを併せ持つ。メッシと共通して代表でのタイトルがないことも少し興味深い。

スウェーデンサッカー史上最強の選手

ヨーロッパ4大リーグで優勝。5度の得点王。

ズラタン・イブラヒモヴィッチ
ズラタン・イブラヒモヴィッチ
(Zlatan Ibrahimović)
1981年10月3日生まれキャリア
1999-2001 マルメ
2001-2004 アヤックス
2004-2006 ユヴェントス
2006-2009 インテル
2009-2011 バルセロナ
2010-2011 ACミラン (loan)
2011-2012 ACミラン
2012-2016 パリ・サンジェルマン
2016-2018 マンチェスターユナイテッド
2018-2019 LAギャラクシー
2020- ACミラン

メッシ・Cロナウドと肩を並べるストライカーは彼だけ

伝説の域にいる2人にも引けをとらない。

2014年フォーブス誌による最も収入の多いサッカー選手ランキング3位に!

最も収入の多い選手
1 Cristiano Ronaldo クリスティアーノ・ロナウド
収入 7,300万ドル(年俸:4,900万ドル、その他:2,400万ドル)
2 Lionel Messi リオネル・メッシ
収入 6,500万ドル(年俸:4,200万ドル、その他:2,300万ドル)
3 Zlatan Ibrahimovic´ ズラタン・イブラヒモビッチ
収入 3,400万ドル(年俸:3,000万ドル、その他:400万ドル)
資産価値で世界一に輝いたのは欧州の覇者「レアル・マドリード」 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

見ればわかる!イブラヒモビッチの凄さ。

マッチアップしたくない最恐の選手

彼から生まれた言葉もある!

「zlatanera」(ズラタンする)=「支配する」という動詞まで生まれていた

銅像も建てられた

マルメに設置された銅像
スウェーデンの彼の故郷であるマルメに設置された。

全長2.7メートルで、重量は500kgとかなり大きい。190cm台のイブラヒモビッチよりも大きいその銅像
「NYに自由の女神があるように…」イブラヒモビッチ、故郷に巨大な黄金の銅像が建つ! | サッカーダイジェストWeb

子ども時代からめちゃくちゃだった…

「この学校では33年働きましたが……」と、ズラタンの通った学校で校長を務めた女性は言う。「そのなかでもズラタンは、手に負えなかった子のワースト5に入ります。やんちゃ度ではまちがいなく一番です。深刻な問題を抱えることになる子供の典型例でした」
【フランス】イブラヒモビッチのプレイに大きな影響を与えた、その生い立ち|海外サッカー|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva

テコンドーと生い立ち

ズラタンはフットボールとテコンドーをやり、自転車を盗んだ(自伝の中で彼は、自転車の錠前のはずし方を得意げに書いている)。
【フランス】イブラヒモビッチのプレイに大きな影響を与えた、その生い立ち|海外サッカー|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva

ヒストリー

幼少期のエピソード
幼い頃、6点ビハインドの試合で交代選手として投入され9得点を挙げたというエピソードも

スウェーデンリーグ マルメFF時代

1995年マルメFF入団
1995年にマルメFFと契約。
1999年にトップチームデビュー。
1999年シーズン、チームは2部リーグ降格。
主力選手が移籍する中、イブラヒモビッチはチャンスと捉えて残留。
その結果翌シーズン、レギュラーとして活躍し、26試合に出場し12ゴール。
堂々の成績を残しチームの1部リーグ復帰に貢献。

オランダリーグの強豪アヤックスへ

2001年アヤックスに移籍 背番号は9
活躍に注目したアヤックス・アムステルダム、アーセナルなどのビッグクラブがイブラヒモビッチ獲得に乗り出す。アーセナルはアーセン・ヴェンゲル監督が自ら背番号9を保証するなど懸命に獲得を試みたが、2001年7月1日に10代の選手としては破格の、チーム史上最高額の780万ユーロ(約10億2200万円)の移籍金を提示したアヤックスに移籍。アヤックスでかつてマルコ・ファン・バステンやパトリック・クライファート、ヌワンコ・カヌなどが背負った背番号9を受け継いだ。
アヤックスでの活躍
2001-2002シーズン、
オランダカップ決勝で決勝ゴールを決めるなど徐々にチームの主力となる。

2002日韓ワールドカップ

若干20歳でメンバーに選出
グループリーグのアルゼンチン戦、決勝トーナメント1回戦のセネガル戦の2試合に出場。
チームはベスト16進出
グループリーグではイングランドと、アルゼンチンと同組に入ったが見事突破し決勝トーナメント出場。
チームは決勝トーナメント1回戦でセネガルにゴールデンゴールで敗れた。

2002年日韓ワールドカップ後

チャンピオンズリーグでも活躍。
2002-2003シーズンもUEFAチャンピオンズリーグで4得点、エールディビジで10ゴール。レギュラーの座を獲得した。
2003-2004シーズン リーグ優勝
翌シーズンは足の怪我で3ヵ月欠場するが、
復帰後は16試合13得点を記録し、エールディビジ優勝に貢献。

EURO2004

背番号10で出場。
レギュラーとしてゴールも記録。
イタリアから貴重な同点ゴールを奪う
グループリーグでイタリアと、デンマークと同組に入る。最終的に勝ち点が5で並び、得失点差で1位通過。
スーパーアクロバティックゴールで話題になる。
イタリア戦のゴールで話題に。

決勝トーナメントに進出

チームはベスト8
決勝トーナメント1回戦でオランダと対戦。
PK戦では自身もキッカーとして参加するも失敗。
チームも敗れベスト8。

イタリアセリエA ユベントスへ移籍

2004年 ユベントスへ!
2004年、移籍金1900万ユーロ(約26億円)でユヴェントスに移籍。
移籍してもすぐにレギュラーを獲得
アレッサンドロ・デル・ピエロ、ダビド・トレゼゲの控えと考えられていたが、セリエA開幕戦ブレシア戦でデビュー・ゴールを記録。その後トレゼゲやデル・ピエロの故障もあり、当時の監督カペッロの信頼を獲得。彼らの復帰後も柱として活躍。シーズンで35試合16点を記録。
ACミランからのセリエA王座奪回・リーグ優勝に貢献。
(後に2006年のカルチョスキャンダルにより、優勝は剥奪)
2005-2006シーズンもリーグ連覇に貢献。
2005-2006シーズンも2トップの一角として、ユヴェントスのセリエA首位独走に貢献。

2006年 ドイツワールドカップ

ドイツに敗れベスト16
2006年ドイツW杯欧州予選で8試合8ゴールを記録し
スウェーデン代表として本大会への切符獲得に貢献。しかし本大会では精彩を欠き、スタメン落ちし、無得点。チームも開催国のドイツ(は優勝したイタリアに敗れベスト4)に敗れベスト16。また大会後の2006年9月の欧州選手権予選期間中に「規律を守らなかった」としてクリスティアン・ヴィルヘルムソン、オロフ・メルベリらと共に同国代表を追放される。
その後2007年3月代表復帰。

大会後、イタリアセリエA インテルへ移籍

2006年カルチョスキャンダルのため、インテルへ移籍。

2006-2007シーズンは、ユヴェントスの審判操作疑惑によるチームがセリエB降格。

2006年8月2460万ユーロ(約37億円)の移籍金でインテルナツィオナーレ・ミラノへの移籍。

得点王とリーグ制覇

加入後リーグ3連覇(チームは4連覇)に貢献。得点王も
2006-2007シーズンは15ゴールを記録。
インテルの15度目のスクデットに貢献。2007-2008シーズンは右膝の怪我にもあったが、セリエAで17ゴール。最終節のパルマFC戦では後半途中から出場し2ゴールしインテルは勝利。インテルの16度目のスクデットに貢献。

2008-2009シーズンはセリエAでは得点を量産し、インテルのセリエA4連覇に貢献。25ゴールを記録し、セリエA得点王に輝いた。

チャンピオンズリーグでは3年連続ベスト16敗退。
しかし、
2006-2007シーズンセリエAに対してチャンピオンズリーグでは無得点で、ベスト16敗退。2007-2008シーズンは、
チャンピオンズリーグのグループリーグでは5ゴールも決勝トーナメント1回戦のリバプールFC戦では得点を奪えず、ベスト16で敗退。

2008-2009シーズンではチャンピオンズリーグでは、1ゴール。チームも三年連続ベスト16で敗退。

EURO2008

初戦にゴールを決めるも、チームはグループリーグ敗退
EURO2008のグループリーグ初戦、前回王者のギリシャ戦で強烈なミドルシュートを決める。試合も2-0で勝利。第2戦のスペイン戦は試合は1-2で敗北。決勝トーナメント進出をかけた第3戦ロシア戦ではフル出場するも0-2で敗れグループリーグ敗退。
ギリシャ戦のゴールは約3年振りの代表でのゴール
ちなみに、このゴールはイブラヒモビッチの代表としては2年8ヶ月ぶりのゴール。

スペインリーグ 名門バルセロナへ移籍

残留から一転。まさかの移籍
2009-2010シーズンは、クラブや自身も残留を明言。新シーズンの背番号が10に決定するなど残留と思われたが、2009年7月27日、サミュエル・エトオ+移籍金4600万ユーロのトレードでFCバルセロナへ移籍。5年契約で、背番号はエトオが付けていた9。
移籍後、開幕から5戦連続ゴール
2009-2010シーズン、
リーガ開幕戦のスポルティング・ヒホン戦でゴールを決め、そこから5試合連続得点。移籍初年度選手の開幕から5戦連続ゴールというバルサのクラブ記録を樹立。
自身初のエル・クラシコ(レアルマドリード戦)では後半からアンリに代わって出場、左足のボレーシュートを放ち決勝点を記録。

16ゴールを達成

結果を残すも不本意なシーズンに
シーズン後半は怪我によるコンディションの不調から徐々に調子を落とし、終盤にはベンチスタートも多くなった。最終的には29試合に出場し16ゴール。
しかし期待に100%応えたとは言い難い出来だった。
チームメイトにはメッシやアンリら
他にも、ボージャンやドスサントス、ペドロなど、豪華な攻撃陣が揃っていた。
7年連続でリーグ優勝を経験。

イタリアリーグ ACミランへ移籍

2010年 ミランへ(レンタル移籍)
2010年8月にACミランへレンタルで移籍。わずか1年でのセリエA復帰となった。
背番号は11番。後に本人はバルセロナのグアルディオラ監督との確執があったと語っている。

あの監督にも

イブラ、ペップは「良い監督だが人としては酷い」
イブラ、ペップは「良い監督だが人としては酷い」 | ゲキサカ[講談社]

ジュゼップ・グアルディオラ監督(愛称ペップ)
ジュゼップ・グアルディオラ (Josep Guardiola)
ジュゼップの愛称形であるペップドリームチームを築いた1990年代のFCバルセロナの象徴

バルセロナでのタイトル
リーガ・エスパニョーラ優勝3回
UEFAチャンピオンズリーグ優勝2回
FIFAクラブワールドカップ優勝2回

バイエルン・ミュンヘンでのタイトル
ブンデスリーガ優勝2回
FIFAクラブワールドカップ優勝1回

レンタル先でリーグ制覇

2010-2011 リーグ優勝!

2010-2011シーズン、入団1年目のミランで、リーグ戦14ゴールを記録。以前所属していたインテルの6連覇を阻む、活躍でミランに7シーズンぶりのスクデット(リーグ優勝)をもたらした。

一方、チャンピオンズリーグでは決勝トーナメント一回戦にトッテナム・ホットスパーに敗れ、ベスト16敗退となった。

2011-2012シーズン 自己ベストの個人記録
バルセロナからミランへ完全移籍。
シーズンを通じて好調で、エースとしてチームを牽引。
リーグ戦では自己最多の28ゴールを記録して自身2度目のセリエA得点王。チャンピオンズリーグでは準々決勝でバルセロナに敗れ、ベスト8で敗退。

その中でも自己最多となる公式戦合計35得点、15アシストを記録した。

そしてついに…

ついにリーグ連続優勝記録が8年でストップ

しかし、チームはユヴェントスとの優勝争いに敗れ、スクデット連覇を逃す。

これにより、アヤックス時代から続いていた自身の国内リーグ連続優勝記録が8年で途切れた。

フランスリーグ パリ・サンジェルマンへ移籍

パリ・サンジェルマンへ移籍
2012年7月パリ・サンジェルマンFCへ、
3年契約の移籍金2300万ユーロで移籍。
10月にはゴールデンフット賞を受賞。
入団当初は背番号は「18」であったが、「10」を着けていたMFネネがシーズン中に退団し、シーズン途中から背番号を「10」に変更。

ゴールデンフット賞とは。

2012年 ゴールデンフット賞

29歳以上の現役サッカー選手に与えられる賞である。

名選手達の足型を採り、それらをモナコの海岸通りに並べて「チャンピオンズ・プロムナード」というサッカー選手のウォーク・オブ・フェイムを作ることにある。世界中のサッカーファンによるインターネット投票とGldenFootのメディアパートナーの代表者によってノミネートされた10人の現役選手の中から選ばれる。すでに引退した偉大な選手については“All Time Legend”として授与される。

歴代受賞者には日本にゆかりある選手も

2014年 イニエスタ
2014年 中田英寿

リーグ戦で30ゴール!チームの優勝に貢献!

パリSG19シーズンぶりのリーグ優勝に大きく貢献
移籍したパリSGでもゴールを量産し、30得点を挙げる活躍。
「リーグ・アン得点王」と「最優秀選手賞」を受賞するなど、パリSGの19シーズンぶりのリーグ優勝に大きく貢献した

ただ…最強の怪物でも遠いワールドカップ…

2014 ブラジルFIFAワールドカップ予選・プレーオフ(2013年)

ポルトガル 対 スウェーデン
2014FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選での
各組2位チームによるプレーオフは
グループC スウェーデン (首位ドイツ)と
グループF ポルトガル (首位ロシア)の対戦に抽選で決まった。
2013年11月に2試合のプレーオフ(第1戦、第2戦)
2013年11月15日に第1戦、同19日に第2戦が開催
第2戦で2ゴールも…

2試合通じてチーム唯一の得点者として活躍。

しかし、
第1戦 ポルトガル 1-0 スウェーデン(Away)
第2戦 ポルトガル 3-2 スウェーデン(Home)

第2戦での2得点目時点では2-1だったが、そこから逆転され敗退。

ポルトガルワールドカップ出場権を獲得
2試合合計スコア4-2でポルトガルが勝利。
ポルトガルの4ゴールは全てCロナウド
ポルトガル4得点は全てC・ロナウドのゴール。
ポルトガルは4大会連続ワールドカップ。
ちなみにC・ロナウドは第2戦のハットトリックで代表通算47得点、ペドロ・パウレタに並ぶポルトガル代表歴代1位タイとなった。(後に最多得点記録を更新)

試合展開も、二人の活躍もとても興奮する試合でした。

両チームのキャプテン・エースとして活躍。

2試合のハイライト動画

盟友・マクスウェル

マクスウェル選手
ブラジル出身のサッカー選手。
2015年7月現
リーグ・アン、パリ・サンジェルマンFC所属。

最初は友達で、今は兄弟みたいな存在さ。2人とも独身で若かった頃から友情がスタートしたけど、今では家族ぐるみで付き合っている。サッカーを切り離しても続く友情さ。
マクスウェル、チェルシー戦や親友について語る – UEFAチャンピオンズリーグ – ニュース – UEFA.com

これまで4クラブで共にプレー
アヤックス、インテル、バルセロナ、PSGで共にプレー
バルセロナでも共にプレー
インテルでも共にプレー

新旧チームメートたちから選出 イブラが理想のベストイレブンを明かす
イブラが理想のベストイレブンを明かす 自身は「神」 – Goal.com

あのイタリア代表DFは

マルコ・マテラッツィ
インテルではチームメイトだった

「選手としては怪物だ。誰もが知っているようなレベルではない。イライラは抜きにして、奴が神と感じているとしてもね。(フランチェスコ)トッティやネイマール、(ティエリ)アンリのようにフットボールの歴史を作った」
マテラッツィ、“犬猿の仲”イブラを語る「関係性?ないね。問題はない」 | Goal.com

元チームメイトも絶賛

アドリアン・ムトゥ
元ルーマニア代表FW
2005-2006シーズンにユベントスでともにプレー

一緒にプレーしたなかで最も才能を感じた選手は?
ムトゥ「多くの選手とロッカールームで共に過ごしてきたなかで、比較するのは難しい」「それでも僕はイブラヒモビッチを選ぶね。ユベントスでの僕の元チームメイトだ」
飛び起きたイブラ「夢を見ていた…アイツが俺より上手かった!!」 (ゲキサカ) – Yahoo!ニュース

超絶スーパープレー集

https://matome.naver.jp/odai/2143796532219960301
2020年04月24日