絶対に行ってはいけない最恐心霊スポットの体験談 鳥取編~信じる信じないはあなた次第~

ねおんのパパ
ネットにあった誰かが実際にいった心霊スポット(鳥取編)の恐怖体験談を集めてみました!あなたの住まいの近くにも怖い心霊スポットがあるのでは…(注意:危険な場所なので、絶対に行かないでください。たぶん…)

東伯群 人形峠
鳥取県 | 恐怖館

場所は岡山との県境にあるらしいんですけど、私は行った事がないんですが、かなり恐い所だというのはウワサで知っていたけど半信半疑な所もありました。
でも、私の知り合いが夏に鳥取の海に行った時の話、帰り道が分からなくって、地元の交番に

「岡山に帰る道が分からないんですけど教えてください。」

と聞いたら、

「この先に人形峠っていう道があるけど、岡山に帰るには近道だけど、まず通ったら事故ると思うから、遠回りになるけど違う道通った方がいいよ。」

と言われて遠回りして帰ってきたらしいんですけど、地元のしかもおまわりさんが言うなら間違いなく危険な所ではあると思います。

でも、私は恐くて行けないので、出来れば真相を教えてください。

鳥取県の人形峠に関する怖い話
鳥取県の人形峠に関する怖い話

鳥取県と岡山県の県境に人形峠と呼ばれる峠があります。
この峠は日本で初めてウランが発見されたことで有名です。

この峠には昔から怖い伝説がある、いわくつきのスポットです。
今でも、夜は絶対に通ってはいけないと地元では言われています。
と、言っても通ってはいけないのは、今の新しいほうの国道ではありません。

この新しい国道は全然、大丈夫です。
問題なのは旧国道の人形峠です。

こちらの道を夕方以降、車で通ると、髪の長い女性が必ずいるといいます。
そもそも、この付近に歩いてこれる距離の民家はありません。
だから女性が一人こんなところにいることはありえないのです。

白い服を着ているという人もいれば、着物だという人もいて、そのあたりはいろんな噂があります。
ですが、見かけても絶対に止まってはいけません。
顔を見てもいけないそうです。

とにかく全力でその場を離れるようにしてください。
南無阿弥陀仏と唱えるとか、神や仏の名を叫ぶとかいろいろ有効な対策が言われてますが、どれが正しいかもわかりません。
この道を通るには道に迷った外部の人です。

時にこの旧道から転落して死後に見つかる車があります。
道に迷ったカップルが多いそうです。

地元の人は「またか…」と言って、淡々と処理するそうです。

人形峠は、元々は江戸時代に整備された、岡山県の日本海に続く南北を連絡する峠道です。
その名前の由来として、人形にまつわる話が伝えられています。

その道を通る旅人を襲う大蜘蛛を退治する為に、人形を囮に使い見事大蜘蛛を退治した。
母と娘の二人旅の途中に、二人は霧ではぐれてしまいます。
母は懸命に娘を探すも、娘によく似た人形があるだけで、娘は行方しれずになってしまった。

どちらも峠道に何かが潜んでいるという共通点があるからか、人形峠にまつわる心霊話では濡れた女、関節の曲がった男という潜んでいる何かを見たという話に。
子供の靴だけが歩いている、赤ちゃんの泣き声が聞こえるという何かの存在を感じるような話が有名です。

人形峠はウラン鉱でも知られ、その日も友人達とウランに関する資料館に行った帰り道の出来事です。

閉館の午後4時に出発したのですが、長距離の移動だった事もあり後部座席の2人はすぐに寝始め。
全員で持ち寄った音楽ファイルも3周目になっていたのでボリュームを落とし、行きの賑やかさとは反対な静かな車内に私もあくびが出始めた頃。

運転しているT君が、何か聞こえないかと聞いてきました。
そう言われて音に集中すると確かに、ときおり何処かからか細い鳴き声のような音が聞こえます。

電話の呼び出しがそう聞こえるのかと思い、後部座席の二人を起こして着信を確認してもらったのですが、着信でもアプリの通知もありません。
後部座席の二人も、確かに何か聞こえるといいます。

出発した時とは違う、緊張感のある静かさで周囲に緊張しながら車は進み、しばらくして聞こえていた音は聞こえなくなりました。

安心した事もあり、あれが赤ちゃんの泣き声?
退治されたのは特に目立った奴だけでこの辺りにはまだ何かいる?
そんな話で賑やかになったのですが。

緊張感のある車内で感じた背中がもぞもぞするような感覚は、今も忘れられません。

静山荘
中国=不思議体験伝言板�@

今はA館しかないようです…

元々の静山荘の話ーー
何年か前、静山荘(ラブホ)で、女の人が自殺たらしく、ホテルが廃墟になった。

で、静山荘は鳥取駅から15分くらい?の砂丘の近くの山道に差し掛かるところを、枝分かれした道から、車を降りて、山道を歩いて2分の所にある。

んだけど、その付近の、K中学校の生徒5人が無免バイクで静山荘を荒らしに入ったらしい。
その帰り、市内の道を走ってるときに全員事故死した。

鳥取県東部では静山荘は結構有名なんだけど、私は怖がりだから何回誘われても行かなかったんです、でこの前行ったのが初めてだったけど古いラブホだから車で入れるはずだったらしい道も草がボーボーで歩かなきゃならなかった・・。
で、A館B館、受け付け棟があり、しかもそこまで行く道まで途中で二つに分かれていてかなりつらかった。
A館は下り、B館は昇っていく道でまずB館に行った。

個別の二階建てになっていて、一回は車庫、で、その脇にある階段を上って2かいに行くようになっていた。
ライト一本でよく見えなかったけど上に上がる階段も木製で穴があいてたり、手すりが腐り落ちていたり・・

二階についくと、もうドアは誰かが壊したのか、下半分だけになっていて壁からは古いタイプのエアコンが線一本でぶら下がっていた。
奥に入るとひっくり返ったベッド、窓にガラスはもうなくてそこからは外の森が見えた。

バスタブなども備え付けのものじゃなく床には穴があいていて下が見えた。
マットレスは森の中に落ちていてぐちゃぐちゃになっていた。
その後隣の個室にも上がって、次にA館に行った。

A館もB館も同じつくりのようだった。
帰りに受付棟も行ったけど二階には床に大きな穴が空いていて落ちそうになった・・。
あとずっとパリパリいいながらガラスの破片の上を歩いてたからそれも大変だった・・。

で、怖かったのは静山荘のある森に入る前の入り口の所に車を止めたとき、二個あったライトがひとつ点かなくなった事、あと下に書いてる「助けて」っていう声でした。

淡々と書いてしまったけど、そのときはみんな声も出せないくらいで、かなり怖かったです・・・。

ホテルや旅館という場所は、よく幽霊が出る等の話しを聞く事があります。
大抵は根拠のない嘘ですが、中には本当に出ると噂のホテルもあるのです。

鳥取県鳥取市には、静山荘というホテルがあります。
以前は栄えていたこの静山荘も、現在は2つある内の1棟が廃ホテルと化しています。

この静山荘の噂を聞いた怖い物知らずの友人から、ある時肝試しに誘われました。
私とあと1人の友人の合計3人でそこへ向かったのですが、その途中で迷ってしまったのです。

時間は深夜1時、辺りは鬱蒼と木が生い茂り、何の音もしません。
季節は秋でしたのでちょっとだけ肌寒く感じました。

車で行けるところまで行ってみましたが何の収穫もないのでさて戻ろうか、という所で、運転していた友人が「おい」と呼びかけました。
助手席に座っていた私、後部座席にいたもう1人の友人が運転している友人の指し示す方へ目をやると、そこには大きな建物がありました。

恐らくここが静山荘だろうと思って、まず怖い物知らずを自負していた運転席の友人が先に車を出て、廃墟となった静山荘へ向かいました。
しかしすぐにくるりと体を反転させ、戻ってきたのです。

何だ怖かったのか、と笑ってやろうと思ったのですが、友人は顔面蒼白で慌てて車のエンジンをかけてその場から去りました。
私ともう1人の友人でどうしたのかと聞いても、歯をガチガチ慣らして何も答えずひたすら車を走らせます。

そのまま2時間は経った頃、漸くPAについて、そこで運転していた友人が

「お前ら見なかったのか」

と言いました。
友人が言うにはホテルへ近づいた瞬間にとんでもない寒気がして、ふとホテルのある方を見ると奥の方から何人もの黒い影が近寄ってきたというのです。
あれは生きている人間ではなかった、と震える友人を見て、私は黙り込んでしまいました。

実はあのホテルから去る際に一瞬後ろを振り返ってみると、後部座席に座るもう1人の友人に追いかぶさるように黒い影がかかっていたのですから。

鳥取県米子市を流れる日野川にかかる旧日野橋は、美しい景観とアーチ状の橋が織りなすコントラストを撮影するため、カメラマンがよく訪れる、絶景スポット。
ただ、その絶景とは裏腹に、悲しい伝承を秘めた心霊スポットでもあります。

今から30年以上前、橋のたもとで漁をしていた漁師が女性の溺死体を発見しました。
そして、ひと月後、その女性は捜索願が出されていた母子の母親と判明。
しかし、子どもの行方はわからずじまいでした。

それから1年後、白い車に乗った男性が、旧日野橋の付近でずぶ濡れの女性を見つけます。

「どうしたの?」

と尋ねると

「橋の向こうまで乗せてほしい」

とのこと。
男が親切に後部座席に乗せてあげ、橋を越えて

「ここでいいですか?」

と振り返ると、女性の姿はなく、ぐっしょり濡れた後部座席に子どもの靴が落ちていました。

なぜか、白い車でここを通った人には、たびたび女性の霊が目撃されています。
ウワサによると、母親は夫の浮気でノイローゼになって、子どもを連れて無理心中を図ったといわれています。
そして、夫の車が白色のセダンだったと。

霊障があったなどの実害は報告されていませんが、白色のセダンで旧日野橋を通ることがあるならば、遠回りになっても迂回したほうがいいかもしれません。

真っ白なスポーツタイプの自転車を買ったS子さん。
とにかく自転車に乗りたくて、家から遠くのコンビニで買い物をして。

日用品や消耗品が無くなったと母親から聞けば、私買いに行くよと自転車で出かけたそうです。
自転車に乗るのが楽しくなったS子さんは、交通量の少ない直線を全力で漕ぎたいと思い。

道幅があって見通しがいい、車両の通行が禁止された直線で、安心して自転車を全力で走らせることができる。

そんな理想の直線、米子市の旧日野橋に出かけます。
ヘルメットのベルトを念入りに調整して、S子さんは白い自転車で旧日野橋を走ります。

強い風が吹く音が聞こえますが、この音は自分がだしているんだ。
そう思うと、ペダルをこぐ足にも力が入ります。

旧日野橋を引き返しているときの出来事です。
寒い日に大型車から出る熱気のような、周囲と質の違う空気の塊を通り抜けます。

今のは何だろうと思いますが、振り返ってもなにかが見えるわけもなく。
スピードが出ていたから、抵抗のようなものだろう。
どれぐらい出ていたのかな、やっぱりスピードメータを買おうかな。

そんなことを思いながら家に帰り、母親にその出来事を話します。

「あんた、それ幽霊じゃ無いでしょうね」

母親の言葉に驚いて、「鳥取 日野橋」で検索すると。
旧日野橋に幽霊が出たことを、米子市役所のサイトが解説しています。

白い車が幽霊を乗せた話が広まり、旧日野橋に白い車が集まり。
その様子が、週刊誌で取り上げられたとあります。

「幽霊がのって重量オーバーしたんじゃないの」

S子さんの自転車は、帰り道にパンと鳴ってパンクしたのですが。
タイヤには何も異変は無く、中のチューブが大きく破れていたそうです。

塩をまいて安心したのか、軽口をいう母親に。
見ているくらいなら、手伝ってくれればいいのに。

S子さんは、そう思いながらチューブ交換をしたそうです。
白い車が幽霊を乗せる前年、旧日野橋が架かる日野川で女性の遺体が発見されます。

夫婦間の悩みから、幼い娘を連れて自殺した女性が、幽霊になって現れるといわれ。
この一家が所有していた車の色が、白色だったそうです。

鳥取県の観光地で有名な鳥取砂丘の南には、多鯰ヶ池(たねがいけ)という透き通った池があります。
多鯰ヶ池は深い場所だと水深が15mを超える、鳥取県だけではなく中国地方で一番深い池で。

この池で訓練をしていた兵隊が事故で亡くなってから、池に一人で行くと水に引きずり込まれるという話や、溺れた女性が出るという話があるようです。
多鯰ヶ池の周辺には「多鯰ヶ池のお種」に代表される、蛇にまつわる言い伝えがいくつかあります。
「多鯰ヶ池のお種」は、お種さんが持ってくるおいしい柿の実を、どこから持ってくるのかコッソリとついていくと。

お種は白蛇が人間の女に化けた姿で、柿の実は、多鯰ヶ池の島にある柿の木から持ってきていた。
正体を見られたお種は、その後あらわれることは無かった。
というお話で、言い伝え通りの立派な木が一本だけある島が、多鯰ヶ池の中にポツンとあります。

仲間数人で多鯰ヶ池に出かけて、着いたのがお昼を過ぎたくらいでしたが、寂しそうに立つ木の姿に少しビビってしまいました。
監視カメラが設置されているので、水の事故が今も起こっているのだろうと思いながら、風景を写真に撮った時の事です。

木の立つ島の反対側に、池にせり出した山があり。
その山を撮影した画像を見ると、モヤがかかったような画像でした。

O君も音が池から聞こえたと言い出して、なんだか嫌な雰囲気がして来たと思っていると。
携帯を見ていたSさんが急に、緊張した声で逃げるぞと言い出します。

まだ多鯰ヶ池についたばかりでしたが、嫌な雰囲気がしていたこともあり、全員だまってSさんの言うとおりにしました。
帰りの車内で、どうして逃げると言ったのかをSさんに聞くと、

池に妙に気になる所があって、そこをカメラでズームしたら、水中を手のような顔のような、何かよくないと感じるものが漂っているのが見えた。
Sさんはまだ緊張していましたが、こうして何事も無く帰宅出来る事に、私は安心していました。

後で調べると、私が撮影した山では、お種に化けていた白蛇が祀られていました。

「正直、蛇にお願いしたいとは思わないなー、蛇は怖いし」

大山の赤松の池に住む主は大蛇(龍神)で、人間に化けていたときに大切に育てられたから、願いを叶えてくれるということらしいです。

小学生の帰り道に、田んぼの横の細い路地を近道で通ろうとしたら、足元を黒い蛇が横切っていて、漫画とかの影響で蛇は怖いと思っていた自分は、黒蛇から数歩離れたところで立ち止まったまま泣いてからは、とにかく蛇が苦手になっていました。

一緒に赤松の池に行った友人たちはせっかくだからと、資格試験合格とか今度の試合で勝てますようにとか言っている横で、自分ひとりだけ微妙な表情で池の中の祠を見ていました。
友人達には池の主をバカにしていると怒られるぞなんて言われても、別にバカにしていたわけではなくて、本当に蛇が駄目なだけだったんです。

赤松の池の主が怒ったのかは分からないのですが、その日の夜に見た夢はとにかく印象に残っています。

子供がクレヨンで書いたような、多分人だと思う絵を、赤黒い手のような物が破いて。
一枚破いたらその下には別の絵があって、手のようなものはただひたすら絵を破いて行きます。

赤黒い手はゴム手袋のような感じで、ウロコのない蛇の体みたいに濡れたような質感で。
確か声が聞こえていて、その声が何かを言っていたはずなんですが、絵を破る手だけが記憶に残っていて、後の事は覚えていません。

それからは夢を見ると、何かを言われていたはずなのに、目が覚めると覚えていない。
そんな夢を見ることが増えていて、なんとなく誰かに小言を言われているように感じています。

赤松の池にある祠にはちょっとした仕掛けがあって、ハイキングコースのスポットになっているから、またいつか訪れたいと思っているので。
その時にでも、赤松の池の主をバカにしたと言うのは誤解だと、祠に祈ろうと思います。

日本の砂漠と言えばこの鳥取砂丘で観光地としても有名だ。

そんな観光スポットにも少し不吉な話がある。
そもそも鳥取砂丘には夜中になると地面から手が伸びてくるといった噂があった。

そして2011年に鳥取砂丘で男女四人の白骨が見つかっているのだが、その場所がちょうど手が出てくるという噂の場所とピタリと一致していたのだ。
地元の話では明治時代初期に流行したコレラにより病死した人を砂丘に埋葬したされている。

土深くに眠る者が地上に這い上がろうと手を伸ばしているのかもしれない。
運悪くその場に居合わせてしまうと・・・。

鳥取駅より車で10分ほど行った所に、鳥取城趾があります。
戦国時代、羽柴秀吉(後の太閤豊臣秀吉)が攻めた城の一つになります。

その攻城戦は「鳥取の飢え殺し(かつえころし)」と言われるほどの兵糧戦でした。
秀吉の兵糧戦とは、城に立て籠もった敵に対して、補給路を断ち、敵方を飢えさせて、餓死や内紛、士気の低下を誘う戦の事です。
当然城には、武士だけでなく、付近の農民も逃げ込みます。

秀吉は、敵方の降伏開城までそれら一切を飢え殺しに、助命を請う者達まで鉄砲で打ち倒したと言われます。
そんな鳥取城趾は、日中は鳥取市内の観光スポットになってるほどの知名度はありますが、いざ夜になると地元の人は誰も近づきません。
近づくのは、心霊ツアーをする大学生ぐらいです。

自分が大学生の頃、鳥取城趾への肝試しは毎年恒例の新入生歓迎コンパでの定番コースになっていました。
3、4人のグループを作り、グループで展望台になってる広場まで、いくつかあるルートの中で好きに選んで目指しました。

広場までは、戦国期のお城にあるような、曲がり道や石段、石垣が続いています。
そこに山城でもあるので、道は整備されていますが、少し外れると鬱蒼と木々が繁っています。

自分のグループには、たまたま霊感がある女の子がいました。
広場まで後半分という所でその子が「足が痛い」と座り込みました。

慌てて近くのベンチに座らせて携帯の画面の光で、さすっている足を照らしてみました。
照らしてみても、特に異常はなく、その子と同期を先に駐車場まで返す事にしました。

心配しながら先に進み、少し開けた所で、二人を探して恐怖を感じました。
二人は少し休憩してたのか、開けた所のベンチで座っていましたが、二人の足元に、無数に絡みつく様な手がいくつも地面から出ていました。

鳥取県の鳥取城跡の怖い話
鳥取県の鳥取城跡の怖い話

鳥取県の県庁所在地である鳥取市。
その県庁のすぐそばに鳥取市を見下ろすように聳えている山がありますが、そこが鳥取城跡です。

今も観光スポットとして、観光客や地元の人の散策で賑わっています。
城内には県立博物館もあり、文化ゾーン的なイメージのある場所です。

しかし、ここはかつて豊臣秀吉によって責められた歴史があります。
力攻めではなく、周りをぐるりと取り囲む兵糧攻め。

場内には侍だけではなく、逃げ込んできた農民たちもたくさんいました。
しかし、食料の蓄えはあまりなく、ついには食料が尽きました。
餓死者が続出し、人が人を喰らうという地獄のような惨状だったそうです。

今、整備されている堀のある門の付近や博物館のあたり、それに江戸時代の城があった付近は大丈夫ですが、それより上の山頂付近にいくとヤバいそうです。

なんか人の気配を感じて振り向くと、痩せこけた農民が木の陰からじっとこちらをみていたり、後ろから甲冑を着た侍が近づいてくるような変な音が聞こえるそうです。
特に夕方以降はそうした異類に遭遇する可能性が高いと言います。

ただし、事故に巻き込まれてケガをするとか、病気になるとかいうような悪いことが起きることはないようです。

知人から聞いた話なのですが、数人で遊んでいたら、その中の一人が鳥取県米子市久米町にある「米子城跡に霊がでるらしいぞ」と言いました。

みなお酒が入っていて、ほろ酔い気分で出かけました。
米子城跡というくらいなので、ほとんど原型は残っていません。
あるのは石垣と頂上に休憩できる屋根つきのベンチくらいなものです。

山の上にあるので朝はランニングで使っていたり、昼は景色が綺麗なので観光客もいましたが、夜になれば街頭もなく薄気味悪いので近づく人もほとんどいません。
私に話してくれた人は、上がっている最中にとても嫌な気持ちになっていたと話してくれました。

ただし、山なのである程度観光用に作られていたとしてもお酒を飲んでから登っているせいなのか、はたまた、何かが帰れと言ってるみたいにもとれたそうですが、他の友人は普通に歩いていたので言えないまま登っていきました。

この現時点ではまだ笑って話が出来ていたと強く言いました。
やっと頂上に着き見渡そうかなと思ったその瞬間、屋根付のベンチのところにある案内板の前に人影が見えました。

よく見てみるとおじいさんとおばあさんだったそうです。
こんな夜中にいるはずがないと思ったそうですが、その場にいた全員が霊を見るのは初めてだったそうで、霊にしてははっきり見えすぎなのではないかと思ったそうです。

そして、近づこうと思った瞬間、急にカツカツと音がした。
それもひとつふたつではなく、少しずつ増えていき、ここにいてはいけないと思った瞬間、目の前に甲冑を着た兵士がいたそうです。

それも一人、二人ではなく、大勢の兵士。
それを見た瞬間から朝まで記憶がなくなり、気づいたら朝まで全員腰を抜かし、その場から動けずにいたそうです。

その後誰も一言もしゃべらずに無事に帰宅できたそうですが、そこから10年以上たった今、やっと話せるようになったそうです。

口々に、まさにあれは百鬼夜行だったと。
そして、動いたら殺されていたと思うと・・・
米子城跡には地元民でもあまり知られていないことが多いです。

老夫婦は何故そこにいて、何をしていたのかはよくわかりませんが、戦争に行き死んだ兵士が歩き回るというのは城周辺では珍しくはないと思います。

他の人の話で、夜中に米子城跡への入口に行った人が、甲冑を着た兵士などが大勢で城の方へ歩いて行く姿を見たと言う人もいます。

私の知人はその帰ってきた兵士を見たのかも知れません。
そして、もうひとつ米子城跡は人柱の話が残っています。

城を建てる時に若い女性が犠牲になったと言われています。

地元に住んでいる私でもまだまだ知らないことが多いですが、この米子城跡は昼もしくは夕方にいくととても綺麗な場所です。
一度行ってみては?ですが、何時に行くかはあなた次第です。

画像はイメージです…

家族で鳥取県に旅行に行ったときの話です。
私が小学生だった頃、私の家族は夏休みに父の実家がある鳥取県に旅行に行くのがお決まりでした。
実家に4、5泊した後、温泉旅館に1、2泊というのが多かったと思います。
話はその温泉旅館での事です。

その頃、私は第二次成長期に差し掛かった時期で、家族と一緒なのが嫌だったので先に一人で温泉に入りました。
一足先に温泉に入った私は両親と弟が温泉に行ってる間、部屋でテレビを観て家族が帰ってくるのを待っていました。

時刻は10時頃だったと思います。
私はテレビに飽きたので持ってきた携帯ゲーム機でもやろうと思いのそのそと四つ足でテレビまで這っていって電源を切りました。
その時、何気なく消えたテレビのブラウン管を見た私は自分の目を疑いました。
テレビの湾曲したブラウン管には魚眼レンズのように部屋のほぼ全体が映っていました。

中央には私が映っています。
その背後。
部屋の対角線にあたる角。
そこに誰かが映っているのです。
浴衣姿の女の人でした。
部屋の隅を向いているので顔は分かりません。
しばらく私はテレビの電源を切った四つん這いの姿勢のままで固まっていました。

何十秒か何分か経ちました。
私も背後の浴衣姿の女の人も動いていません。
その時意識せずに指が動いたのでしょうか。
テレビが再びつきました。

私は金縛りが解けたかのように反射的に振り向きました。
・・・・・・誰もいません。
部屋の隅には女の人などいませんでした。
楽しげなテレビの音が流れ、私はさっきのは現実だったのか分からなくなりました。
私はもう一度テレビの電源を切りました。
何故かは良く分かりません。

安心して好奇心が出たのかもしれません。
さっきのが夢だったという証拠が欲しかったのかもしれません。
・・・しかしテレビのブラウン管には、同じように浴衣姿の女の人が映っていました。
私は信じられない思いでじっと彼女を見つめました。
すると彼女の肩が見られているのを感じたかのようにピクリと動きました。

・・・・・・気付かれた!そう思いました。
そして私は今度こそ泣きそうになってしまいました。
その女の人が振り返り始めたのです。
顔は見たくない!!

横顔が見えた瞬間、私は目をつぶりました。
私は温泉から帰ってきた家族に起こされました。
テレビの前で眠っていたそうです。
あれが夢だったのかは今も分かりません。

紅葉のシーズンも終わりの11月になって、やっと仕事が一区切りついたので、東大山大橋(ひがしだいせんおおはし)に行った時の話です。

観光情報には休憩するのにちょうどいいと書いてあるのですが、あんまり運転をしない私にしてみたら、やっと辿り着いたというような場所でした。

その日は山全体がモヤッとした霧に包まれていて、見晴らしが悪い景色に、私の気持ちもモヤモヤとなっていました。
東大山大橋手前の駐車場に車を停めて、橋の上から下を見下ろすと、霧のせいで雰囲気がましていました。

普段ならビクンと小さく驚くぐらいなのに、今日は背中を何かに撫でられているような感じで、このまま下に引きずり込まれるのではと恐ろしさを感じます。
今まで何度か東大山大橋に来ているのですが、こんな怖いと思ったのは初めてのことでした。

「そこ自殺のスポットで、霊が仲間を作ろうとしているから、1人で行かない方がいいんじゃない」

オカルト好きの同僚の言った言葉を思い出しました。
しばらく東大山大橋の下を見下ろしていると、ゆっくりと動いている霧から小さな塊が別れて、その小さな塊がクルリと回転しながら霧に戻ります。

理解できない現象を見て、背中どころか全身に寒気が走って、鳥肌がたったのが感覚で伝わってきます。
考えるよりも先に体が動いて、急いで車を動かします。

霧の出ている山道を走っていると、さっき見たような霧が小さな塊になって、追いかけてくるような気がしました。
霧が無くなるまでは、生きた心地がしませんでした。

土曜日の話。
鳥取ってド田舎でよ、かなりの車社会なのよ。
汽車(ディーゼル車の事な)なんか地元帰ろうと思っても大体一時間に一本くらい。
普段は車で出て代行に預けて代行で帰るんだけど、土曜日の飲みには久しぶりに汽車で出たわけ。
んで、十何年ぶりかに汽車に乗るから、帰りの時間を見てから飲みに出るわな、大人だから。

最終は10時18分の因美線下りだったか。
夕方から飲んで、結構酔っぱらったんだが、まぁ割りと普通だった。

んで、10時頃駅について、汽車まってたんだが、待ってたホームと違う方に入ってきて、「うお、ヤベーヤベーっ」て急いで走って汽車に乗った。
俺と数人しか乗ってなかったんだが。
地元まで時間あるし、良い気分だったもんで、アラームセットして軽く寝たんよ。

どれ位寝たか良く覚えては無いんだが、急におっさんに「おい、オメーなんしょーるだいや、早く降りな!」って叫ばれて、寝起きだったのとおっさんに起こされたパニックで慌てて汽車降りたんだわ。
降りたらすぐドア閉まって発車した。

しばらくパニックになってたんだけども、あれ、ここ何処?ってなって、さらにパニック気味になったんだけど、取り敢えず場所確認しようと思って、何駅か見てみたら、「はい(り?)じま」って書いてあって、「うわー、間違えて山陰本線の方に乗ってしまったんかなー、参ったなー」と思ってたのよ。
まあ、場所はわかったんで連れに電話して迎えに来てもらう事にした。
んで、電話でのやり取り

連れ「なんしょーるお前バカじゃねーの」

俺「すまん、焼き肉で手を打ってくれ」

連れ「二回おごれ、んで、何処?」

俺「多分山陰本線の方のはいじまって所」

連れ「は?何処?」

俺「いや、だけー、はいじま、いや、はりじま?っつーとこ。」

連れ「、、、オメー何処におるん?山陰本線にそんな駅ねーで。」

俺「いや、実際おれここに居るし」

連れ「いや、マジにそんな駅ねーし。」

このやり取りでかなり不安になったんで、電話つないだまま駅出た。
そしたら、周り何もねーの。
さすがの田舎でも駅周辺に家はある。
でも、そこ何もねーの、電灯しか。

すげー怖くなったんで、取り敢えず道に出て安心したかったから、駅でて道沿いに電話しながら歩いた。
そしたら、電話が圏外になってしまって、いよいよ道と電灯しかなくなったんで、完全にパニックになった。

とにかく家とか人の気配が感じられる所に行きたかったんで、走ったねー、いやー、走った。
10分位走ったら結構遠くの方に車が走ってるのがちらっと見えたんで、もうそこまで全力疾走ですよ。

広い道に出たら自販機があって人がおった。
普通に車も走ってた。
電話見たらバリ2だった。
自販機の所におったにいちゃんに場所聞いたら、青谷だと。
んで、あっちの方から走って来たんだけど、はいじまって駅あるか?って聞いたら、あっちは山しかねーのに駅なんかあるかいなwって言われた。

取り敢えず連れに電話して青谷まで迎えに来てもらった。
んで、昨日、俺が出てきた所に連れと二人で見に行ったら、その道の先は川沿いの公園みたいな施設しかなかった。

もう、正直、意味がわからん。
今までこんな事は一度も無いし、連れにも怒られるし。

ただ、取り敢えず帰ってこれたんはマジに良かった。
あのおっさんが起こしてくれたお陰か。

俺は何処におったんだろーか。

長くなってすんませんでした。
取り敢えず、二度と酔って汽車には乗らねぇw

他地域の心霊スポット恐怖の体験談~信じる信じないはあなた次第~

https://matome.naver.jp/odai/2143671245855844901
2016年04月12日