李氏朝鮮の古写真から1910年の韓国強制併合(日韓併合)についての歴史

misukiru
李氏朝鮮の古い写真と1910年の韓国強制併合についての歴史部分をまとめました。

◆米軍による江華島の占領(1871)

1871年のアメリカ軍によって占領された江華島の要塞

1871年、ジェネラル・シャーマン号事件を受けてアメリカの艦隊により一時占拠される(辛未洋擾)
李氏朝鮮 – Wikipedia

古文章にみる李氏朝鮮

李氏朝鮮は1897年に国号を大韓帝国(だいかんていこく)、君主の号を皇帝と改め、以後日本の影響下に置かれた。
李氏朝鮮 – Wikipedia

朝鮮王朝の身分制度
日本と同じように朝鮮王朝にも身分制度が存在していました。

朝鮮の伝統「チマチョゴリ」

李氏朝鮮時代末期にチョゴリの丈がどんどん短くなって、下着にあたる胸当てが丸見えるまでに露出度が高くなった
2006年11月 – Tomotubby’s Travel Blog

「ミニ・チョゴリ」から見える胸当てが取り外されて、裸の胸を露出させているのです。いわば「トップレス・チョゴリ」です。
2006年11月 – Tomotubby’s Travel Blog

18世紀以降、朝鮮の女性向け民族衣装「チマチョゴリ」に変化が起きた。この頃から「長男を生んだ女性は乳房を露出する」ことが習慣化したのだ。
チマチョゴリの真実(乳出しチョゴリ)

チマ・チョゴリを身に付ける女性
何故、胸を出しているのかは謎ですが、これが習慣というものです。

当時の朝鮮人の女性はこの衣装を「長男を生んで社会的義務を果たした」として誇りに思っていた
昔の朝鮮で女性が胸を出してチョゴリを着ている写真を見たのですが、何… – Yahoo!知恵袋

朝鮮戦争(1950-1953)頃の撮影
この頃も、まだチマチョゴリ風の着方をするのが一般的でした。
チマ・チョゴリの写真分布図
台湾のネット民がまとめたものです。

1800年代後半の朝鮮

1888年のソウル
非常に貧しくて、屋根もかやぶき屋根のような非常に粗末な作りのものが多くなっています。
1890年のソウル南大門どおり
いつもと変わらない日常風景のようです。
1894年の漢城
城壁の中では、それなりの建物も見られましたが、二階建ての建物が皆無でした。

李氏朝鮮末の漢陽の人口は約25万と推定されている。儒教思想により、王宮より高い建物を建てることはできず
李氏朝鮮 – Wikipedia

1900年のソウル南大通り
ソウルの南大門の出口には、商店が立ち並んでいて、活気がありました。

市民は地上に瓦または藁を並べた平屋の下に潜り込んで生活している。いや不潔な道路に蠢動していると形容した方が良いだろうか。
日本併合前後の朝鮮の写真

*ビショップ夫人著「30年前の朝鮮」より

道路のはしには悪臭が辺り一面臭ってくる溝があり、路面は埃まみれの半分裸の子供達と、猛悪な犬とによって占領されている。
日本併合前後の朝鮮の写真

*ビショップ夫人著「30年前の朝鮮」より

1871年から、1872年にかけて、驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲い、国土は荒廃した。
日本併合前後の朝鮮の写真

フランス人宣教師シャルル・ダレ「朝鮮事情」より

1903年の鍾路
中国と比較すると、やはり貧しい国であった事が良くわかります。

宣教師などの西洋人ですら、漢陽(現在のソウル)を「世界でも指折りの不衛生な都市」と指摘している。
李氏朝鮮 – Wikipedia

日本による強制的併合(日韓併合)

伊藤博文
日韓併合を強力に進めた人物で、韓国人に恨まれ、韓国人に暗殺されました。

日韓併合とは:1910年、韓国併合ニ関スル条約に基づいて日本が大韓帝国(今日の韓国と北朝鮮に相当する地域)を併合した事
国民が知らない反日の実態 – 日韓併合の真実

1906年、日本は韓国統監府を置き、伊藤博文を初代統監とした。
李氏朝鮮 – Wikipedia

なお、韓国皇族は日本の皇族に準じる地位(王公族)に封ぜられ、処刑もしくは追放などの厳罰処置は行われなかった。
李氏朝鮮 – Wikipedia

日露戦争の頃のフランスの新聞の風刺画。
もし、俺が来なければ、あのデケー兄さんに占領されるんだぞ。と書かれています。
日韓併合後の様子
実際には、チマ・チョゴリを着る事も自由でしたし、韓国の文化を尊重しながらの併合でした。ただし、教育に日本語が強制されるなど、文化の侵害もありました。
日韓併合時代中、1936年のソウル、南大門通り。
建物の高さの制限が撤廃されたので、かなり高い建物が立ち並ぶようになりました。
1940年ソウルの朝鮮ホテル
左端の女性は舞踏家・崔承喜

◆関連リンク

https://matome.naver.jp/odai/2143239402327951901
2020年06月06日