1978年11月18日、ある宗教団体の集団自殺が起こりました。ジャングルを切り開き作られた教団施設には約1000人の信者がいて自給自足の生活を送っていました。当初、新聞にはそのうちの300人が死んだと報じられましたが、実際には914人もの遺体が発見されました。死者914人のうち18歳以下が267人。その中には幼い子供や赤ん坊までもが含まれていました。罪なき人々を地獄へといざなったのは「人民寺院」教祖のジム・ジョーンズです。FBIが押収したテープには信者に自殺を促す教祖ジム・ジョーンズの肉声が記録されていました。使用されたのはシアン化物。主に工業用金属の精錬やメッキ製造時に用いられる劇薬です。青酸カリを含み、ごく少量で死に至ります。赤ん坊には注射、大多数は自ら服毒し914人が絶命したのです。教祖ジム・ジョーンズも自らこめかみを撃って自殺しました。これ以来、アメリカでは社会的に危険とみなされる宗教団体を「カルト」と呼ぶようになりました。現在、世界に約4000団体が存在すると言われるカルト教団。人民寺院はその始まりでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%AF%BA%E9%99%A2
1993年2月28日、テキサス州ウェーコの教団本部(マウント・カルメル・センター)に対し強制捜査が行われるが、ダビディアンはバビロニア軍隊に攻撃されるであろうとの予言を信じていたため、連邦捜査官をバビロニア軍隊と思い込んだ信者の応酬はすさまじく、ATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)の捜査官4名、ダビディアン側6名の死者を出す。さらにはATFから捜査情報が事前に漏れていたためテレビ局のカメラの前で銃撃戦の様子が放映され、世界中に衝撃を与えた。
この後、捜査はFBIが引継ぎ、全米国民が見守る中、51日間の膠着が続いた。ダビディアン側は武器弾薬に加え、1年分以上の食料を備蓄し籠城した。同年4月19日、司法長官ジャネット・リノは強行突入を決行。19台に及ぶ戦車、装甲車、武装ヘリコプター、催涙弾などで突入。ところが信者は意に反し投降しなかった。建物から出火、教団本部は炎に包まれ、ほとんどの信者は焼死した。コレシュを含め81名の死者を出し、内子供が25名、生存者は9名であった。
ブランチ・ダビディアン – Wikipedia
1960年代末から1970年代の初めにかけて、カリフォルニア州にて「ファミリー(マンソン・ファミリー)」の名で知られる疑似生活共同体を率いて集団生活をしていた。
1000人を超える「神の十戒の復活を求める運動」信者が死亡した。その半数以上は教会の中で炎につつまれ焼死。
公式アナウンスによると、ラエルは1973年12月13日にフランス中部で遭遇した異星人「エロヒム」から人類の起源と未来に関する重要なメッセージを受け取り、そのメッセージを地球人類に普及する事を目的としてこの団体を創立したとされる。















