熊谷男女4人殺傷事件
熊谷男女4人殺傷事件(くまがやだんじょよにんさっしょうじけん)とは、2003年(平成15年)8月18日に埼玉県熊谷市で発生した男性殺害、女性拉致殺傷事件のこと。
熊谷男女4人殺傷事件 – Wikipedia
平成15年8月18日、埼玉県大里郡の無職A子(当時16歳)は、同県熊谷市の元暴力団員でゲーム喫茶経営の尾形英紀(当時26歳)と、数日前に知り合った少年B(当時15歳)の2人に、交際中の飲食店従業員の鈴木秀明さん(当時28歳)の殺害を相談した。
A子は、同年7月に鈴木さんと知り合い深い関係となった。だが、鈴木さんのアパートに寝泊りするようになってから2人は口論が耐えなかった。事件前には、A子の友人に「ムカつくから、ヤクザを使って(鈴木さんを)脅かそうかな」と言っていたという。そこで、A子は二股交際していたもう一方の尾形と少年Bに熊谷市のファミリーレストランで上述の通り鈴木さんの殺害を持ちかけたのだった。
午後1時過ぎ、A子は尾形と少年Bを連れ立って鈴木さんのアパートに向かった。すると、鈴木さんは同じアパートに住む同僚の女性Xさん(当時25歳)の部屋に居たため、言葉巧みに誘い出して鈴木さんの部屋に呼び出した。鈴木さんが、部屋に入ると尾形はいきなり包丁で鈴木さんを滅多刺しして殺害。この時、A子は「やっちゃぇ、やっちゃえ」と尾形にけしかけた。
この騒ぎを聞きつけたXさんが鈴木さんの部屋に入ると鈴木さんは既に絶命していた。尾形らはXさんと鈴木さんの同僚で別の部屋に居た女性のYさん(当時21歳)及びYさんと同居していた女性でフリーターのZさん(当時19歳)の3人を鈴木さんの部屋で監禁した。
その後、尾形の車に3人を乗せて、まずXさんを熊谷市内の資材置き場で首を絞めたり包丁で刺して重症を負わせた。更に、Zさんを秩父市内の公園で同様に重症を負わせた。また、Yさんは翌日の19日午前6時頃、絞殺された遺体が秩父市内の道路脇で発見された。
http://newsweb.ldblog.jp/archives/1837679.html
熊谷男女4人殺傷事件 恐怖の口封じ
Xさんが瀕死の重傷を負って倒れているのを通行人が発見。直ちに、警察が保護したことから事件が明るみになった。警察はXさんからの供述から、犯人は尾形らと断定し緊急配備した結果、21日に尾形、22日にB少年、23日にA子を逮捕した。
尾形は、警察の取調べで「付き合っていた女(A子)を寝取られて面子が立たなかったので鈴木さんの殺害を決行した」こと、「3人の女性は死んだものと思っていたが、2人が生きていることをニュースで知り、口封じのため搬送先の病院でXさんZさん2人の殺害も計画していた」ことなどを自供した。
http://jikenshi.web.fc2.com/newpage490.htm
尾形英紀の生い立ち
事件当時年齢 26歳
犯行日時 2003年8月18日
罪状 殺人、殺人未遂、逮捕監禁他
死刑執行 2010年7月28日
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尾形は小学生のころはスポーツ万能の子供だった。
中学生の時には男子テニス部の主将を務めていた。
中学2年のころからシンナー吸引を始める。
また、バタフライナイフで同学年の男子生徒の左胸部と背部を刺し、怪我を負わせたことがあった。その後、友人と共に金属バットを用いた強盗致傷事件を起こして中等少年院送致となり、退院後間もなく、友人と共に傷害、恐喝事件を起こし再び中等少年院送致となった。
高校に進学するも中退し暴力団関係者と交遊を持ち、2回目の少年院送致となった後、一度暴力団に所属し幹部組員となった。
1998年(平成10年)2月23日、傷害、暴行、恐喝未遂、道路交通法違反で懲役1年6ヶ月(執行猶予5年保護観察付き)の有罪判決を受ける。
同6月、結婚し、長女が生まれる。
2001年(平成13年)4月18日、傷害罪で懲役6ヶ月の実刑判決を受け執行猶予取り消し。
2002年(平成14年)10月、川越少年刑務所出所。
上記のとおり妻子が存在し、少女とは不倫関係だった。また、少女が自分に好意を寄せていることを利用し、場合によっては性風俗で働かせようと考えていた。
尾形英紀 死刑判決
平成19年4月26日さいたま地裁は、「1日のうちに4人を殺害の対象とした(中略)。殺してでも面子を保とうとする暴力団特有の思考であまりに短絡的な犯行で情状酌量の余地はない」と断じて尾形に死刑を言い渡した。
http://newsweb.ldblog.jp/archives/1837679.html
死刑執行
2010年7月28日、東京拘置所で尾形の死刑が執行された。刑の確定から3年での比較的早い執行だった。享年33歳。2009年9月の民主党政権発足以後、初めての死刑執行であった。 執行には千葉景子法務大臣(当時)が立ち会った。死刑執行に法務大臣が立ち会うのは憲政史上初めてのことだった。 尾形は、死刑廃止フォーラムが2008年に全死刑囚に対して実施したアンケートの中の手記で、「死刑執行時に求刑・判決を出した検事・裁判官それに法務大臣らが自ら刑を執行するべきです。それが奴らの責任だと思います。」と意見を記しており、その一部が自らの執行時において実現されたことになる。






