たかじんの嫁「やしきさくら」の遍歴まとめ

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2008年 イタリア人男性と交際~入籍

イタリア人男性とステイ先で出会い、遠距離恋愛がスタート
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

「夫人は08年12月にイタリア人男性と日本で入籍」
(12月11日発売 「週刊文春」)

遠距離恋愛だったイタリア人男性と、その年の12月に日本で入籍 (2008年12月)
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

2009年 イタリアに移住

【2009年、春】イタリアに移住
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

【2009年、移住後すぐ】すぐに文化や考え方の違いからすれ違いが生じ 結婚生活を続けていくのは難しいと感じた
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

イタリアでネイルサロンを開く
また、同時期に知り合いの日本人からブログを勧められ、ブログを開始。
(12月12日発売「フライデー」)

イタリア生活に疲弊 (2009年)
しかし、家族や友人に心配させるまいと、夫婦仲が良好であることを強調。

2010年 イタリア人夫と別居

【3月】イタリア人夫と別居状態に。サロンとは別にヴェネツィア、パリ、ミラノを行き来 (2010年03月)
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

【12月】伊夫との協議離婚を考え始める(百田尚樹氏談) (2010年12月)
https://twitter.com/hyakutanaoki/status/534403653994438656

百田尚樹@hyakutanaoki
①多数の質問が寄せられたので書く。たかじんの妻にはイタリア人男性との結婚・離婚歴がある(日本で入籍、離婚)。しかし一部ネットで言われている重婚の事実はない。彼女はたかじんと出会う一年前から、夫とは離婚の協議をしており、たかじんに出会ってそのことを彼に相談していた(証拠メールあり)

百田尚樹@hyakutanaoki

①多数の質問が寄せられたので書く。たかじんの妻にはイタリア人男性との結婚・離婚歴がある(日本で入籍、離婚)。しかし一部ネットで言われている重婚の事実はない。彼女はたかじんと出会う一年前から、夫とは離婚の協議をしており、たかじんに出会ってそのことを彼に相談していた(証拠メールあり)

2011年 たかじん「突発性狭心症」と診断

【5月】イタリア人夫との離婚に向けての話し合いを始める
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

【10月】たかじん、心臓病かと疑うような体調不良が続いていた。
(2011年)心臓の不調について「突発性狭心症」と診断される

【冬/月日不明】元妻のもとにたかじんから電話。「俺、肺がんやねん」 (2011年11月)

たかじん「今の旦那と別れた上で俺を看取ってくれ。(中略)財産もお前にやるから」
(体調が悪いのでインターネットで調べたら、肺がんの症状に似ていた)
「ゆめいらんかね」p234~235に掲載

(おそらくこの日?)正式な離婚手続きのためと 妹の出産のため、日本に帰国
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

【11月18日】イタリアから一時帰国 妹の出産手伝いのため

2011年 12月 たかじんにプロポーズされるも、自身のブログではイタリア人夫とラブラブアピール

「伊夫、イタリアから離婚同意書にサインするために来日」「イタリアで、文化や考え方の違いから、夫婦仲がうまく行かなくなり、ほぼ別居状態であった」 (2011年12月)
「日本にいる家族に心配させたくないため、関係は良好とブログに書き続けた」
(12月11日発売「週刊文春」)

【12月24日】ブログ上で夫婦愛を確認
「結婚2周年イヴ」「ハニー、日本来日イヴ」「妻として、イタリアへカードとスイーツを送りました。」

【12月25日】伊夫が来日(クリスマスプレゼントを携え笑顔)
妻の一時帰国を追う形で。お好み焼きほか食事、ハンズやロフトを楽しむ。(ブログより)
たかじんとクリスマスパーティで初めて会う
※イタリア人夫は大阪のホテルに残す?(ソース:ブログ)
離婚合意書面にサイン
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

たかじんと出会い、会っていきなりプロポーズされる
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

イタリア人夫の離婚のこと、過去の出来事を打ち明ける
そのとき、弁護士などいろいろサポートすると言われる。また、イタリア人夫と知り合う前にも離婚歴があったが、そのことを話すと、「おもろいやん!」と笑ってくれ、救われた。
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

【12月28日】ブログに伊夫とのラブラブぶりを再度投稿
「イタリアから、たくさんプレゼントを持ってきてくれたハニー」

【12月30日】たかじんと二人で食事
たかじんから「もっと会いたい」と誘われて。(一方的にプロポーズされる)
たかじん、プロポーズ。しかしその後胸を押さえ、 狭心症の薬を服用
その薬のことをインターネットで調べ、別の病気でないかと疑う。 「北野病院は?」とさくらに聞かれ、「他に紹介してもらったところがあるから、 大阪の病院は気まずい」とたかじん。

2012年 1月 たかじん食道がん発覚

東京・三田病院で検査を受ける
四十年来の友人の村岡研の紹介で。(『ゆめいらんかね』p235より)

たかじんと初めのキス (2012年01月02日)

伊夫、単身で帰国 (2012年01月02日)
ブログ「2日に帰っていったハニー」

連日たかじんと会う (2012年01月03日)
2012年1月3~6日。会うたびに軽いキスをする関係

たかじんから300万現金で渡される (2012年01月13日)
「ぼくの秘書をやってほしい」

たかじんから「食道がんらしい。一週間後に悪性か良性かわかる」との、電話。 (2012年01月16日)

(16日昼の人間ドックでの「食道ガンらしい」との報を受けて)中途半端な気持ちでは付き合えないと悟ったさくらは、バッグに入っていた(電子)チケットを縦に引き裂く (2012年01月16日)

(おそらくこの日)たかじんのがんが発覚をうけ、イタリア行きを中止し、イタリアでのサロンを、 イタリアの知人に頼んで畳んでもらう。
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

2012年 1月22日 イタリア人夫が意味深ツイート

2012年1月22日
Ivan Signore@ivansignore 2 days: longest period without talking with my wife (奥さんと2日間しゃべってない、これまでで最長期間だ)

2012年 1月31日 たかじん休養宣言

2012年 2月 たかじん 治療・退院

抗がん剤治療(2月13日~17日)

退院 (2012年02月23日)

2012年 3月 イタリア人夫と離婚?→イタリア人がまたも意味深ツイート…

離婚届が受理される
(12月12日発売「フライデー」(講談社)さくら夫人インタビュー より)

●さくら、約1ヵ月ぶりにブログ更新
「気づいたら3月・・忙しすぎ。元気で都会っ子を満喫してまーす! ハニーに切った髪も見せれたよ」

●ブログでの批判コメントに反論 (2012年03月08日)
「妬みや嫉妬満々で一方的な持論を送らないでね。個人的に大切な時期で更新できないだけ。」

●ブログで「イタリアへ帰国できなかった」理由を説明 (2012年03月11日)
ブログ「帰国予定日近くに父に癌。夫婦で話し合い、今の形を納得して、毎日連絡して話している。これから、楽しいオシャレなアップも、時間を見つけてしたいと思います。」

たかじんが胸の痛みを訴えるようになり、病室に寝泊まり。 (2012年03月11日)

●ブログでの応援コメントに「ありがとう。励まされます」と更新 (2012年03月12日)
「今は”かむ・飲み込むが難しい人の食事”という本を参考に栄養面と飲みやすい食事を工夫して看病してます」

●伊夫「75日も妻と離れ離れ」とツイート

たかじんの自宅の向かいのマンションに引っ越し (2012年03月24日)
昨年秋から借りていた伯父のマンションを引き払い、 たかじんの自宅の向かいのマンションへ(『殉愛』より)

引っ越し当日、たかじんの浮気が発覚 (2012年03月24日)
三和土に女物のハンカチと「消えろブス」のメモ p111~112(『殉愛』より)

たかじん、容態が悪化 (2012年03月26日)
熱が出て、食道が腫れ、食べ物がのどを通らなくなる p119~120

2012年04月22日 さくら、伯父に1億円を無心

たかじんの縫合不全の治療のため、病院にブジーという機械を導入すべく、会社を経営する伯父(70歳以上。、渡伊前、さくらは、彼の会社で秘書をしていた設定)に1億円を無心(電話で)。2日後。小切手が届く。それを持って三田病院にブジー導入を直談判

病院側の資金でブジー導入したため、後に小切手を返却
その時、「困ったときに使え」と現金5千万円が入ったバッグを渡される。

2012年6月 たかじん退院・週刊誌に撮られる

2012年7月 札幌JR病院に再入院

2012年11月 一時退院後、療養先をハワイに

2013年3月 たかじん、TV番組復帰

2013年4月 食道癌の転移により、再び芸能活動休止宣言。

聖路加病院に再々入院

2013年6月 さくら、左耳聴力を失う イタリア人夫の指には結婚指輪が…?

さくら、突発性難聴で左耳聴力を失う

●伊夫のツイート写真には結婚指輪が… (2013年06月02日)
氏のツイート写真には結婚指輪がはめられている
(さくら夫人とは離婚していない?それとも未練のため?不明)

2013年10月 たかじんと入籍

たかじんの住民票所在地の札幌で婚姻届提出

2013年12月 たかじん余命宣告 遺書を書かせる

主治医による「余命1、2ヶ月」宣告 (2013年12月23日)

たかじん、マネージャーK氏を東京の自宅に呼び出す (2013年12月25日)
すぐに遺言を作りたいこと、エンディングノートの存在等について3時間話す。

体調急変で聖路加国際病院に緊急入院 (2013年12月26日)

さらに体調悪化。 (2013年12月27日)

たかじん「あんなヤツ(娘)には知らせるな」

銀座のティファニーで、「買ってあげたい」と言っていた指輪と、喪服を購入。 (2013年12月28日)
さくら氏本人が出向き、たかじんのカードで購入

●たかじんに遺書を書かせる (2013年12月29日)
病院から一時帰宅した東京の自宅において、弁護士立会いの元でビデオ撮影

マネージャーK氏が連れてきた弁護士と遺言書の打合せ (2013年12月29日)

朝に回診した主治医久保田啓介が、たかじんの判断力正常の診断書を書いた後に、麻薬を投与 午後3時半に弁護士Aが弁護士Bを連れてきて、「危急時遺言」を作成 (2013年12月30日)
K氏は不在

2014年1月1日 さくらとたかじんの会話「明日まで頑張るの?」

夜十時たかじんは目を覚ました。
「一月一日、頑張ったね。すごいね。」さくらが褒めると、
彼は「あかん」と言った。
「何があかんの?」
「あかん、あかん。」
「一月一日やから、あかんの?」
彼は「うん」と言った。「何があかんの?神様のところに行くのは、お正月やからあかんの?」
「うん」と、たかじんはまた言った。
「頑張る。もっと頑張る」
「明日まで頑張るの?」
彼は首を横に振った。
「明後日まで頑張るの?」
彼は「うん」ともう一度言って、眠りについた。

2014年01月2日 さくら、facebookを開設

2014年1月2日 たかじん死去には2パターンある

2014年1月2日 さくらが事故判断で睡眠薬を投与(殉愛より)

>「1月2日、たかじんの熱は下がらなかった。しかし逆に手足は冷え切っていた。
>1月2日夕方からは呼吸が苦しそうで、見ていて本当に苦しそうだった。
>現在の状態で睡眠薬を使うと、そのまま息が止まってしまう可能性もある
>と言われたが、少しでも楽にしてあげたいと思った。

>『ハニー、苦しいから、少しねんねできるようにしてもらいたい? しようか?』
>さくらが耳元で言うと、彼は『アイラブユー』と言った。
>これが、たかじんの最後の言葉となった。
>睡眠薬を投与すると、静かに眠った。これが、たかじんの最後の言葉となった。」

2014年1月2日 自宅で餅をつまらせて緊急搬送(報道)

たかじんの最後の言葉も2パターンあり

●たかじん、最期の言葉は「ちょ~飲みに行ってくるわ」
「たかじん胸いっぱい」(関西テレビ)

●「アイラブユー」
(殉愛)

2014年3月3日 版権管理のため株式会社OfficeTAKAJINを設立

https://matome.naver.jp/odai/2142147389182509701
2015年01月18日