閲覧注意!背筋も凍る不気味な未解決事件まとめ

rankasan70
日本で起きた寒気のする不気味な未解決事件を集めました。グロテスクな表現や猟奇的な内容を含みます。閲覧の際はご注意ください。事件のいち早い解決をお祈り申し上げます。

未解決事件(みかいけつじけん)とは、犯人が逮捕、または判明・発覚などが一切できていない未解決の事件(主に刑事事件)のことである。一般に捜査が行き詰まった場合や公訴時効が成立して未解決となった事件は「迷宮入り」とも言われる。

京都長岡ワラビ採り殺人事件

1979年5月23日、長岡京市内にあるスーパーでパートをしていた主婦2人が、仕事終了後、近くの山の竹林にワラビ採りに行ったまま消息不明となり、2日後の25日、山頂付近で遺体となって発見された。
直接の死因は主婦A(当時43歳)が絞殺、主婦B(当時32歳)が刺殺。2人のリュックには、それぞれ空の弁当箱、採ったワラビ、財布が入ったままであった。検死の結果、死亡時刻はどちらも正午過ぎから2時半までと判明。
どちらも金を奪われた形跡はなかったが、主婦Aの衣服のポケットから

オワレている たすけて下さい この男の人わるい人

と鉛筆で走り書きをした、勤務先のスーパーのレシート(日付は事件当日より2日前)が発見される。だが、どちらの荷物にも衣服のポケットにも、この鉛筆がなかった。後日の捜索で、殺害現場から少し離れたところで芯の先端だけが見つかっているが、鉛筆そのものは見つからなかった。
長岡京殺人事件 – Wikipedia

主婦Aの衣服のポケットのメモ
オワレている たすけて下さい この男の人わるい人
当時の新聞記事

主婦Aは全身30箇所以上も殴打され、肋骨が折れて、肝臓が破裂しており、体内からは犯人のものと思われる体液が検出された。主婦Bは全身50箇所以上も殴打され、包丁が体に突き刺さったままだった。なお、主婦A、B共にアキレス腱が切られていた。なお警視庁の鑑定結果によると、犯人の血液型はO型と判明している。
長岡京殺人事件 – Wikipedia

北関東連続幼女誘拐殺人事件

1979年以降、4件の女児誘拐殺人事件と関連が疑われる1件の女児連れ去り事件(失踪事件)が栃木県と群馬県の県境、半径20キロ以内で発生しており、これら5事件まとめて「北関東連続幼女誘拐殺人事件」とされている。また、5つの事件はいずれも現在の群馬県太田市及び栃木県足利市のどちらかで発生しているが、そのうち、足利市内を流れる渡良瀬川周辺で遺体が発見された3事件は「足利連続幼女誘拐殺人事件」ともされている。
北関東連続幼女誘拐殺人事件 – Wikipedia

遺体発見現場の地図
足利市内を流れる渡良瀬川周辺

1979年8月3日(金曜)、栃木県足利市の5歳女児が自宅近くの八雲神社境内で遊んでいるうちに行方不明となる事件が発生。6日後の8月9日、渡良瀬川近くでリュックサック詰めで全裸のまま遺棄されている女児の遺体が発見された。
北関東連続幼女誘拐殺人事件 – Wikipedia

1984年11月17日(土曜)、栃木県足利市の5歳女児がパチンコ店から行方不明となる事件が発生。1986年3月8日に自宅から1.7km離れた場所で白骨死体として発見される。
北関東連続幼女誘拐殺人事件 – Wikipedia

1987年9月15日(火曜、祝日)、群馬県新田郡尾島町(現:太田市)に住む小2女児(8歳)が子猫を抱いて自宅近くの尾島公園へ遊びに出かけたまま行方不明に。翌年の11月27日、利根川河川敷で白骨死体の一部が発見された。
北関東連続幼女誘拐殺人事件 – Wikipedia

1990年5月12日(土曜)、栃木県足利市の4歳女児がパチンコ店から行方不明となる事件が発生。5月13日に渡良瀬川河川敷で全裸のまま遺棄された女児の遺体が発見された。
北関東連続幼女誘拐殺人事件 – Wikipedia

1996年7月7日(日曜)、群馬県太田市の4歳女児がパチンコ店から行方不明となる事件が発生。この事件は女児の行方が発見されていないため、失踪事件となっている。
北関東連続幼女誘拐殺人事件 – Wikipedia

青酸コーラ無差別殺人事件

青酸コーラ無差別殺人事件(せいさんコーラむさべつさつじんじけん)とは1977年(昭和52年)1月3日から2月半ばまで、東京・大阪で起こった無差別殺人事件である。シアン化ナトリウム(青酸ソーダ)入りのコーラを飲んだ会社員らが死亡した。毒入りコーラ事件とも呼ばれる。
青酸コーラ無差別殺人事件 – Wikipedia

青酸コーラが置かれたの現場の写真

第1の事件(東京)
1977年(昭和52年)1月3日午後11時半ごろ、東京都港区で東海道新幹線の列車食堂のアルバイトに就いていた男子高校生(当時16歳、京都市在住)が、アルバイト先から宿舎へ戻る途中、品川駅近くの品川スポーツランド(現在の品川プリンスホテル:1978年(昭和53年)開業)正面にある公衆電話に置かれていた、未開封のコーラを拾い宿舎に持ち帰った。翌4日の午前1時過ぎに飲んだところ、男子高校生は異様な味を感じ、すぐに吐き出し水道水で口を漱ぐが、突然倒れてしまった。男子高校生は意識不明の重体となり、直ちに病院に運ばれ、胃洗浄などの救命処置が行われたが、まもなく死亡した。死因は青酸中毒だった。
青酸コーラ無差別殺人事件 – Wikipedia

第2の事件(東京)
同月4日の午前8時15分頃、前述の男子高校生がコーラを拾った電話ボックスから、第1京浜国道道路を約600m北に行った歩道上で、作業員(当時46歳)が倒れているのが発見され、こちらも病院に運ばれたが死亡が確認された。死因は第一の事件と同様に青酸中毒であった。また、男性が倒れていた場所の近くには、男性が開栓したとみられるコーラのびんが発見され、残っていたコーラから青酸反応が検出された。
青酸コーラ無差別殺人事件 – Wikipedia

第3の事件(大阪)
東京の事件から約1ヶ月後の2月13日午前6時20分頃、大阪府藤井寺市に住む会社員の男性(当時39歳)が出勤途中にタバコを買うため立ち寄った酒屋の公衆電話に、中身の入ったコーラのびんが置かれているのを発見し、飲んだところ突然意識不明に陥り病院に運ばれた。男性が飲んだコーラのびんからは青酸反応が検出された。男性は一命を取り留めたが、退院した翌日に自宅でガス自殺した。
遺書はなかったが、死の直前には家族などに「東京の事件を知っていたのにこのような事態になって世間に顔向けできない」と漏らしていたという。また、「誰もコーラを飲んだ場面を見ていない」「男性の出た症状には青酸中毒特有の症状がなかった」との報道もあった。
青酸コーラ無差別殺人事件 – Wikipedia

名古屋妊婦切り裂き殺人事件

1988年(昭和63年)3月18日、愛知県名古屋市中川区のアパートに会社員(当時31歳)の男性が帰宅。室内で、妻である臨月の妊婦(当時27歳)が殺され、赤ちゃんが泣き叫んでいるのを発見した。
名古屋妊婦切り裂き殺人事件 – Wikipedia

プッシュホン式の電話(イメージ)
子宮にコードを切り離したプッシュホン式の電話の受話器と、キャラクター人形のついたキーホルダーを入れた

妻は両手を縛り上げられており、首に電気コードを巻かれ、絞殺されていた。死体は、薄い鋭利な刃物で、みぞおちから下腹部にかけて縦38センチにわたって切り裂かれていた。彼女の足元には、赤ん坊が、へその緒をつけたまま泣き叫んでいた。犯人は妊婦を絞殺後、胎児を生きたまま取り出してへその緒を刃物で切断し、子宮にコードを切り離したプッシュホン式の電話の受話器と、キャラクター人形のついたキーホルダーを入れた後、妻の財布を奪って逃走した。
取り出された胎児は男の子で、太ももの裏、ひざの裏、睾丸の3箇所を刃物で切りつけられていたが、病院で約1時間の手術を受け一命を取り留めた。
名古屋妊婦切り裂き殺人事件 – Wikipedia

なお、絞殺の凶器は別の物であり、首に電気コタツのコードが巻かれたのは死後とされている(コンセントが刺さっていた状態で発見された)。
名古屋妊婦切り裂き殺人事件 – Wikipedia

井の頭公園バラバラ殺人事件

1994年4月23日午前、東京都三鷹市にある井の頭恩賜公園のゴミ箱にポリ袋に入った人間の足首が捨てられているのを、猫の餌を探すため偶然ポリ袋を開けた清掃員の女性が発見した。
駆けつけた警察官らが公園一帯を捜索したところ、計27個に切断された手足・胴体の一部が袋に入って7か所のゴミ箱から発見された。袋は小さい穴のある水切り用の黒い袋と半透明の袋の二重になっており、漁師らが使う特殊な方法できつめに結ばれていた。
手足の指紋はほぼ全て削り取られていたが、わずかに残っていた指紋とDNAから、被害者は公園の近くに住む一級建築士の男性(当時35歳)と判明した。死因は不明。肋骨の筋肉繊維にわずかな生前出血の跡があった。
井の頭公園バラバラ殺人事件 – Wikipedia

当時の捜査の様子

発見された遺体の特徴
切断されていた遺体は、関節や臓器などを無視して長さや太さも揃えられ、電動ノコギリのようなもので20cm間隔に切断されていた。これは、公園内のゴミ箱の投入口サイズである縦20cm、横30cmにほぼ合っていた。 また、血液が一滴残らず完全に抜き取られていた。そういった作業を行うには、一般家庭では追いつかないほどの大量の水と医学的知識が必要である。さらに、手足の指紋はほぼ全て削り取られていた。遺体の切断方法は少なくとも3パターンあり、複数犯説の根拠の一つになっている。
井の頭公園バラバラ殺人事件 – Wikipedia

発見された遺体は体全体の3分の1ほどで、被害者の頭部、胴体の大部分は現在も見つかっていない。残りの遺体は、事件発覚前日の22日に公園のゴミ箱に捨てられ、ゴミ収集車に運ばれ処分されたとする説もある。
井の頭公園バラバラ殺人事件 – Wikipedia

三重小2女児失踪事件

失踪した人物である加茂前ゆき(8歳)は、失踪の当日14時に友達と別れて自宅に向かった。この人物の目撃証言があったのはこれが最後であった。14時半に母親が自宅に電話をかけた際にはゆきは電話に出て話をしていたが、15時半にゆきの姉が帰宅した時には既にゆきの姿はなく、テーブルの上には彼女の好物であったホットココアが飲みかけのまま置いてあったという。また、彼女が外出する際に忘れずに着用していたというジャンパーや愛用の自転車は自宅に残されたままであったらしい。父親は失踪当時在宅していたが熟睡していた。そしてその際、彼女がいつも承諾していたという友人との遊ぶ約束が、その日に限って断られていたという。
「検索してはいけない言葉」関連総合まとめ – 「三重小2女児失踪事件」

最も謎とされているのは、この事件の三年後に被害者宅へ送られた 怪文書 である。怪文書には片仮名と平仮名と漢字が入り交じりながら多くの暗喩が用いられており、更に「トミダノ股割レ」が事件の犯人であるとする内容であった。怪文書は「ミゆキサンにツイテ ミユキ カアイソウ カアイソウ」という文章から始まり、そして更に、「コンナコとヲシタノハ トミダノ股割レ トオモイマス」(「股割レ」は売春婦の蔑称ではないかと言われている)とも書かれていた。送り主は不明。
「検索してはいけない言葉」関連総合まとめ – 「三重小2女児失踪事件」

三年後に送られてきた怪文書

ミゆキサンにツイテ
ミユキ カアイソウ カアイソウ
おっカアモカアイソウ お父もカアイソウ
コンナコとヲシタノハ トミダノ股割レ
トオモイマス

股ワレハ 富田デ生レテ 学こうヲデテ
シュンガノオモテノハンタイノ、パーラポウ
ニツトめた
イつノ日か世帯ヲ持チ、ナンネンカシテ
裏口ニ立ツヨウニナッタ
イまハー ケータショーノチカクデ
四ツアシヲアヤツツテイル

ツギニ
スズカケのケヲ蹴落シテ、荷の向側のトコロ
アヤメ一ッパイノ部ヤデ コーヒーヲ飲ミナ
ガラ、ユキチヲニギラセタ、ニギッタノハ
アサヤントオもう。
ヒル間カラ テルホニハイッテ 股を大きく
ワッテ 家ノ裏口ヲ忘レテ シガミツイタ。

モウ股割レハ人ヲコえて、一匹のメス
にナッテイタ。
感激ノアマリアサヤンノイフトオリニ動い
タ。ソレガ大きな事件トハシラズニ、又カム
チャッカノハクセツノ冷タサモシラズニ、ケッカハ
ミユキヲハッカンジゴクニオトシタノデアル
モウ春、三回迎エタコトニナル
サカイノ クスリヤの居たトコロデハナイカ
トオモウ

ダッタン海キョウヲ、テフがコエタ、コンナ
平和希求トハチガウ
ミユキノハハガカ弱イハネヲバタバタ
ヒラヒラ サシテ ワガ子ヲサガシテ、広い
ダッタンノ海ヲワタッテイルノデアル

股割れは平気なそぶり
時ニハ駅のタテカンバンニ眼ヲナガス
コトモアル、一片の良心ガアル、罪悪ヲ
カンズルニヂカイナイ
ソレヲ忘レタイタメニ股を割ってクレル
オスヲ探しツヅケルマイニチ

股ワレワ ダレカ、ソレハ富田デ生レタ
コトハマチガイナイ
確証ヲムマデ捜査機官に言フナ
キナガニ、トオマワシニカンサツスルコト
事件ガ大キイノデ、決シテ
イソグテバナイトオモウ。
ヤツザキニモシテヤリタイ
股割レ。ダ。ミユキガカアイソウ
我ガ股ヲ割ルトキハ命ガケ
コレガ人ダ コノトキガ女ノ一番
トホトイトキダ

福島女性教員宅便槽内怪死事件

平成元年2月28日の18時ごろ、村内の小学校に勤める女性教員のAさん(23)が、住まいとしている小学校に隣接した教員住宅に帰宅し、トイレに入って何気なく中を覗くと靴のようなものが見える。(※靴のうち1足が頭部付近にあった。もう一足は自宅付近の土手で発見された)驚いて外の汲み取り口へ周ると蓋が開いていて、中を覗くと人間の足が見える。Aさんはすぐに教頭先生ほか同僚の教員を呼び、同僚の先生が警察へ通報した。
【福島女性教員宅便槽内怪死事件】 – 未解決事件・失踪/行方不明事件・印象に残った事件

発見時の遺体の状況

まず近くの駐在から警官が駆け付け、続いて村の消防団員と三春署員が到着した。署員らは便槽から中の人物を引っ張りだそうとするが狭くて出すことができず、周りを重機で掘り起こし、便槽を壊してどうにか出すことができた。(便槽は後にSさんの父親が復元して保存している)便槽の中の人物はすでに死亡していた。遺体は真冬というのに上半身裸で、着ていた上着を胸に抱えて膝を折り、顔をやや左に傾けた形で固まっていた。
【福島女性教員宅便槽内怪死事件】 – 未解決事件・失踪/行方不明事件・印象に残った事件

掘り起こされたトイレの土管

検案で死因は「凍え兼胸部循環障害」と判定された。狭い場所で圧迫され凍死してしまったという見解である。体にはヒジ、ヒザにすり傷がある程度で目立った外傷も無かった。争った形跡も無い。死後硬直の状況から26日頃に死亡したものと思われた。遺体の身元はすぐに判明した。現場から車で10分ほどの村内に住むSさん(26)だったからである。警察はSさんが覗き目的で便槽内に侵入し、狭さで出れなくなって凍死したものと判断した。
【福島女性教員宅便槽内怪死事件】 – 未解決事件・失踪/行方不明事件・印象に残った事件

本件、解決済みですが、何故入ったのか?どのようにして入ったのか?が未だ解明されておらず、他殺説もあるようですので、未解決事件として取り上げました。

ネパール邦人女性失踪事件

1990年4月─
ネパールを旅行中の大阪府堺市の近畿大生・南埜佐代子(みなみのさよこ)さん当時29歳が、ヒマラヤ・アンナプルナ登山口の町、ポカラにあるホテルから行方不明となった。家族が現地まで足を運んで捜したところ、ポカラにあるホテルに、衣類などの入ったザックが残されたままになっていた。
迷宮事件ファイル – ネパール邦人女性失踪事件

失踪後の8月中旬ごろ、佐代子さんの自宅に佐代子さんと思われる女性から実家へ電話が入る。電話に出たのは妹だったが、すぐに電話を母親に代わった。電話越しの佐代子さんは、「ああ、苦しい。……悔しい……」などと泣きながら訴え、母親が「どうしたの?」「どこにいるの?」などと問いかけたが、ただ泣きじゃくるばかりで、しばらくして電話は切れてしまう。
迷宮事件ファイル – ネパール邦人女性失踪事件

ネパールの日本大使館は「なんらかの事件に巻き込まれたのか、事故なのか、断定できる材料はない」といい、カトマンズの警察本部とポカラ警察署が足取り捜査を進めるも、発見には至っていない。
迷宮事件ファイル – ネパール邦人女性失踪事件

島根女子大生死体遺棄事件

2009年11月6日、広島県と島根県の県境に近い広島県北広島町の臥龍山(がりゅうざん)山頂付近で、女性の頭部が発見された。DNA鑑定の結果、島根県浜田市で10月26日から行方不明になっていた19歳の女子大生と確認された。死亡時期は約1週間前から2週間前。広島県警・島根県警は合同捜査本部を設置して残りの遺体発見、容疑者特定などの捜査を開始。11月7日に左大腿骨の一部、11月8日に両手足の無い胴体部分、11月9日に左足首、11月19日に爪が発見された。
島根女子大生死体遺棄事件 – Wikipedia

遺体発見場所現場見取り図
左大腿骨の一部、両手足の無い胴体部分、左足首、爪とバラバラに発見されている。
遺体の状態詳細と発見日時の図解

顔の殴打跡(内出血)、発見された胴体部分は裸、胴体は外見上性別が分からないくらい損傷、胴体で多くの内臓が欠損、大腿骨には肉片が無かった。胴体の胸に刃物による傷跡(生活反応なし)、頭部の切断部分は大きな刃物で切ったような跡(生活反応なし)、顔(左ほほ)に足跡のようなもの、顔に手袋を着けた手で強い力を加えた跡、首にひものようなもので絞められた跡、のどをかきむしった跡、胴体に焼けた跡、顔はうっ血し、目も充血。
殺人事件について… 島根女子大学生バラバラ殺人事件

犯人のプロファイリング
警察庁科学警察研究所(科警研)による犯人像
・被害者の通勤路沿線などに居住(一定の土地鑑がある)。
・20〜40歳代程度の男。
・単独犯
・夜間から早朝にかけ遺体が運ばれる(日中は臥龍山を訪れる人が多い)。
島根女子大生死体遺棄事件 – Wikipedia

世田谷一家殺害事件

21世紀を目前に控えた2000年12月30日午後11時ごろから翌31日の未明にかけて、東京都世田谷区上祖師谷3丁目の会社員宅で、父親(当時44歳)・母親(当時41歳)・長女(当時8歳)・長男(当時6歳)の4人が惨殺された。隣に住む母親の実母が31日の午前10時55分ごろ発見、事件が発覚した。
世田谷一家殺害事件 – Wikipedia

殺害された一家

この事件は、20世紀最後の日に発覚した、大晦日に差し掛かろうとする年の瀬の犯行だったことや、犯人の指紋や血痕など個人を特定可能なもの、靴の跡(足跡)の他、数多くの遺留品を残している点、子どももめった刺しにする残忍な犯行、殺害後に翌朝まで10時間以上に渡って現場に留まり、パソコンを触ったりアイスクリームを食べたりするなどの犯人の異常な行動、これらの多くの事柄が明らかになっていながら、犯人の特定に至っていないことでも注目される未解決事件である。
世田谷一家殺害事件 – Wikipedia

犯行現場の見取り図

父親の遺体は1階の階段下、母親と長女は屋根裏部屋下の2階踊り場付近で発見されている。さらに、屋根裏部屋の布団から母親と長女の血液が発見された。父親、母親、長女は全身負傷していた。長男は手で首を絞められたことによる窒息死と見られており、その時にできた圧迫痕や鼻からの出血以外に外傷らしきものはなかった。
世田谷一家殺害事件 – Wikipedia

また、父親の頭部に柳刃包丁の破片が残っていたという報道もある。母親と長女は顔や首を中心に上から切りつけられていたが、父親は足や尻なども切りつけられていた。女性被害者は何度も刺されていたという情報もあり、被害者の性別によって殺され方が異なっていた可能性もある。死後も執拗に何度も刺していることが明らかになっている。
世田谷一家殺害事件 – Wikipedia

遺留品か想定される犯人像

4人を殺害した後に、犯人が被害者宅の冷蔵庫からペットボトルのお茶やメロン、アイスクリーム(少なくとも)4個を取り出して食べた形跡が残されていた。
世田谷一家殺害事件 – Wikipedia

犯人が被害者宅のトイレを使用し、トイレの中で被害者宅にあったバッグを物色した形跡があった。
世田谷一家殺害事件 – Wikipedia

犯人が1階の書斎にある被害者のパソコンを操作した可能性がある。通信記録を解析した結果、犯行時刻直前とみられる30日午後10時20分から50分頃まで触れた形跡(午後10時38分から45分頃のパスワード付き電子メールの送受信記録など)があり、これは被害者がまだ生存しておりインターネットを閲覧していたものと考えられる。しかし、犯行時刻以降でも二度(31日午前1時18分と午前10時5分頃)に渡り、インターネットに接続されていたことが判明した。二度とも接続時間は5分程度と短かった。
世田谷一家殺害事件 – Wikipedia

犯人がパソコンを操作していたとすると、犯行時刻の午後11時30分ごろから、母親の実母が一家4人の遺体を発見する数十分前に当たる午前10時過ぎまで、犯人は半日近くもの間、被害者宅に潜んでいたことになる。
世田谷一家殺害事件 – Wikipedia

東京都世田谷区の宮沢みきおさん(当時44)一家4人殺害事件発生から12年となる30日、警視庁成城署捜査本部の捜査員らが事件現場の宮沢さん宅で献花した。吉田尚正刑事部長が花束を供えた後、全員が黙とうし、事件解決を誓った。

増山ひとみさん失踪事件

福島県の南相馬市に住む増山ひとみさんは、原町日の出町の職場を退社後、行方不明に。3週間後に結婚を控え、この日が最後の出勤だった。乗用車は同市内スーパーの駐車場に放置されており、所持品や餞別にもらった花束などが全て車内に残されていた。また、車体に中傷の落書きがあった。
増山ひとみさん失踪事件 | キュリトピ.net

婚約が決まってから自宅に無言電話も相次いでおり、失踪当日には職場に女性の声で不審な電話があったという。その女は増山さんの婚約者の元愛人のようで、増山さんは彼女と何回か電話で話したことがあった模様。また、翌年1月4日に、中年女性の声で実家に不審な電話があり、この時の会話が録音されている。
増山ひとみさん失踪事件 | キュリトピ.net

西安義行さん行方不明事件

1987年3月15日、兵庫県市島町(現・丹波市)の自宅から、西安さんは高校時代の友人、石川靖さん(42)とドライブに出かけた。二人は京都・舞鶴へ向かった。石川さんは運転免許を取りたてで、西安さんが運転した。「海を見て、食事をして帰った。変わったことはありませんでした」と石川さん。
【未解決事件】西安義行さん失踪事件|王立 シュレヒト総合研究所

夕方、京都府綾部市の綾部駅近くで、西安さんは「列車で帰る」と、車を降りた。西安さんは約一時間後「無事着いたか」と、春日町(現・丹波市)の石川さん宅に電話してきた。それが、西安さんの消息の最後となった。
【未解決事件】西安義行さん失踪事件|王立 シュレヒト総合研究所

87年5月。母の久子さん(68)が電話を取ると、小さな声が漏れてきた。「僕、学校の横」と聞こえた。震える声の主は息子と思えた。「義行やろ」。声をかけると、電話は切れた。
【未解決事件】西安義行さん失踪事件|王立 シュレヒト総合研究所

93年3月ごろの電話は、女児がたどたどしく「歌うから聞いて」と告げた。「明かりをつけましょ、ぼんぼりに…」。ふと思いつき久子さんは問うた。「あんた、義行の子か?」。返事はなかった。
【未解決事件】西安義行さん失踪事件|王立 シュレヒト総合研究所

98年、今度は来訪者があった。集落の区長の男性宅に、地下足袋を履いた男二人が現れ「西安義行3 件の両親の家はどこか」と尋ねた。今は亡き区長によると、二人は「西安さんが結婚する相手の近所の者」と名乗ったという。
【未解決事件】西安義行さん失踪事件|王立 シュレヒト総合研究所

福岡市西区能古島女性バラバラ事件

福岡・能古島の海岸で切断された女性の胴体の一部が見つかった事件で、西署などの捜査本部は16日、DNA鑑定の結果、遺体の身元を6日から行方不明になっていた福岡市博多区堅粕5丁目、会社員諸賀礼子さん(32)と特定した。
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殺害された諸賀礼子さん

下半身だけが、福岡県能古島(のこしま)の浜辺でみつかった諸賀礼子さん(32)の事件。上半身など遺体のほかの部分は見つかっていない。週刊文春(04月01日号)では、その切断遺体を発見した状況を掲載している。遺体を発見した03月15日の15時過ぎのこと。島で漁業を営む女性は、このように振り返った。「豚かイノシシの尻に見えるけど、尻尾はないね。ひょっとして人の尻かね?」「スパッと、きれいな断面でね。よーく見ると、背骨のあたりだけ少しギザギザしてたけどね。形がゴツくなかったから女性だとは思ったけど、裏返す勇気はなかった」それが人のものかは半信半疑のまま、その場を離れたという。ばったり会った消防団長に事情を話したことから、地元交番の駐在員を加えた3人で再び砂浜へと向かった。駐在さんは『人のもので間違いない』と言った。遺体はヘソの下と脚の付け根部分で切断されていた。
福岡OLバラバラ死体遺棄事件 諸賀礼子 月刊 精神分析 2014年05月号

被害者の諸賀さんはmixiで交通事故に関するトラブルに巻き込まれていることを記述しており、いたずら電話に悩まされていたことがわかった。
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mixiにあげられた交通事故トラブルの日記全文

厄女 2009年12月26日00:00

実は先月、会社からの帰りに交差点内で私は直進で、相手は右折対向でバイクと事故をしました。
お互いに少し言い分が違うという事で第三者事故調査 機関に入ってもらい、また最終的に相手が診断書を提出したらしく物損から人身に変わり、誕生日の日に博多警察署へ出頭。私は被害者扱いの事情聴取。その 後、第三者調査機関の公平な判断割合も私が15%で向こうが85%。
相手の方は任意保険に入ってないらしく、バイクの修理を全部私の方の保険で負 担して欲しいと言う相手の方と私の保険会社とは当然話が折り合わず、しまいには私の家まで行くと言い出したそうなので、弁護士を立てました。
任意 保険って入っておくべきだなぁ、ってつくづく思います
警察も第三者調 査機関も相手の方が加害者で私が被害者の結果になってるから、そこを理解してすんなり話が進めばいいけど、任意保険入ってないなら全部自分にふりかかって 来るわけだよね。割合が逆なら話もすんなりいったかもしれないけど・・・。
今週の月曜に家の門前にチャリで本人らしき人がうろついてるのを見たから、月曜はいろんな人を巻き込んで帰りが遅くなってしまい、その後もかなり警戒して帰ってきてます。最近の私は本厄女全開ですよ仕事も色々追われてる中 で、中堅営業員として失敗もしてしまい、ホントにヘコンデマス

今年は・・・  2010年01月03日17:20

突然です!休みを狙ってでしょう、大晦日に10回の着信。元旦に7回の着信。そのうち5回がワンギリです!昨日は3回がワンギリ着信。今日は2回のワンギ リ着信。妹から、着信があったら電話をとって話をしなけりゃ通話料金が相手にかかるんやから、やり返せなぁ~んて言われましたが、私にも我慢の限界ありますが、ここでもう少し我慢します。

事件当時の記事

福岡県警は事件後に男が県内の質店で換金したギリシャのブランドの腕時計を、DNA鑑定や製造番号から諸賀さんの所持品と特定し、男が入手した経路を慎重に調べている。男は勤務先の会社から昨年、液晶テレビを盗んだとして、窃盗容疑で28日に逮捕され、同容疑を認めているが、諸賀さんとの接点は確認されていないらしい。
ネットの力で風化STOP 未解決事件を追う 福岡市西区能古島女性バラバラ事件

土山真樹子ちゃん殺人事件

1984年11月21日午後2:10頃、東大阪市のタクシー運転手の二女「土山真樹子ちゃん」(当時2歳)が、自宅裏の路地で排水溝に顔を突っ込み倒れているのが発見され、病院に運ばれた。真樹子ちゃんの首にはヒモ状のもので絞められた跡があり、病院に運ばれてから約9時間後に死亡した。
迷宮事件ファイル – 土山真樹子ちゃん殺人事件

真樹子ちゃんは約1カ月前の10月19日にも、同じ場所で首を絞められ気を失って倒れているのが見つり、5日間入院している。この時真樹子ちゃんは入院して間もなく意識を取り戻したが、首にはヒモで絞められた跡があり、真樹子ちゃんの首に残っていたヒモの絞め跡は、両事件とも弱い力でゆっくりと絞められていた。
迷宮事件ファイル – 土山真樹子ちゃん殺人事件

またこの事件の直後、同市内に住む真樹子ちゃんの祖父宅に女の声で電話があり、すすり泣きながら意味不明の言葉を続けた後、最後に「すみません」と言って電話を切った。
迷宮事件ファイル – 土山真樹子ちゃん殺人事件

この時祖父はまだ真樹子ちゃんの事件について知らず、間違い電話と思っていた。これ以後、数日おきに数回電話がかかり、受話器を取るとしばらく無言で、やがて一方的に切れたという。
迷宮事件ファイル – 土山真樹子ちゃん殺人事件

広島一家行方不明事件

平成14年9月7日、広島県世羅町京丸の「京丸ダム」の湖底に車が転落しているのを通行人が発見し警察に通報。車内からは四人の遺体が見つかり、遺体は昨年6月4日から一家4人で行方が分からなくなっていた同町戸張の会社員山上政弘さん(58)、妻の会社員順子さん(51)、長女の元小学校教諭千枝さん(26)、母三枝さん(79)と判明した。
日本で一番不気味な未解決事件って何よ? : ちかとも -謎! 怖い話クリップ-

一家が所有していた車

一家が失踪した当時、自宅は施錠され、屋内には争った形跡もなく、順子さんはこの日勤め先の社員旅行で中国へ出発する予定で、荷造りした旅行かばんもそのまま残されており、また食卓には朝食が虫よけネットをかけて手付かずの状態で残されていた。
日本で一番不気味な未解決事件って何よ? : ちかとも -謎! 怖い話クリップ-

県警では事件、事故の両面で捜査しているが、地形から交通事故の可能性は低いという。そのため無理心中の可能性もあるとみて調べを進めている。
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坂出タケノコ掘り女児行方不明事件

2005年4月29日、当時坂出市の五色台ビジターセンターでタケノコ掘りのイベントが開催され、幼稚園年長の大西有紀ちゃん(当時5歳)は母親や姉と一緒に参加していた。集合時間前の13時40分頃、女児は「もう1本取ってくる」と言い残し、竹林に走っていく。これが女児を目撃した最後の姿となった。
2005/04/29 坂出タケノコ掘り女児行方不明事件 香川県・坂出市 – dorosuki

有紀ちゃんの情報を呼びかけるポスター

集合時間の14時になっても女児が戻ってこなかったため、他の参加者と付近を捜索するが、発見できず。15時に五色台ビジターセンターから警察に連絡。その後15時45分頃から警察とともに付近の池や山林も捜索するが、発見には至っていない。
2005/04/29 坂出タケノコ掘り女児行方不明事件 香川県・坂出市 – dorosuki

一匹の警察犬が、有紀ちゃんの持っていた水筒の匂いを頼りに行方を追っていたが、ある場所でぴたりと足を止め、動かなくなってしまい、翌日も4匹の警察犬を投入したが、4匹とも昨日の警察犬と同じ場所で止まってしまったらしい。
2005/04/29 坂出タケノコ掘り女児行方不明事件 香川県・坂出市 – dorosuki

車のはいれない山間部での行方不明事件でしかも突然臭いがある場所から消えている。ヘリコプターかなにかで真上に吊り上げられないとありえない警察犬の動きから一部ではワシに連れて行かれたという説もあり、大西有紀ちゃんの体重は15キロほどだったそうだ。
2005/04/29 坂出タケノコ掘り女児行方不明事件 香川県・坂出市 – dorosuki

岡山鍾乳洞行方不明事件

2008年1月5日午後18:10頃、ひめさか鍾乳穴(鍾乳洞)に入ってた学生グループから、高知大学3年生(21)が地底湖で遊泳中に行方不明になったと110番通報があった。グループは行方不明になった大学生を含む5名で洞窟内に入り、奥行1.6kmにある深さ32mの地底湖を探索。行方不明になった男子大学生が着衣のまま遊泳してたところ、忽然と姿が見えなくなったという。
未解決事件を追え!#1|山ちゃんねる

地底湖断面図

県警は30人体制で連日捜索するも、現場の地底湖まで3時間かかる難所であり、地底湖も白く濁って流れが速い事から二次災害の恐れもあり、数日後捜索を打ち切った。
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行方不明になった男子大学生は、mixiをやっていたのだが、行方不明後もログインして日記を削除したりマイミク削除をするなど不可解な事が起きたり、行方不明事故当時の詳細が解ってくるにつれ事故にしては理解し難い行動が判明した。
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真相は闇のままだが、以下のような噂がネットで流れている

・入洞届を提出してない
・5人いたのに地底湖で泳いだ(泳がされた)のは被害者の1人だけ
・溺れるところを誰も目撃してない
・溺れた時の状況説明がニュースソースによってコロコロ変わる
・「タッチした」という声は聞こえたのに助けを求める声などは一切聞こえなかった
・救助活動を行わず現場に誰も残さないまま全員帰ってきた
・「探検に必要な装備は備わっていた」と強調
・遭難事故では隊長が記者会見するのが普通だが、逃げ回って記者会見をしない
・探検部のページから「部長 ****」「副部長 ****」の名前を真っ先に削除
・探検部は女性が多く(男15:女10)、部内で恋愛やトラブルが起きやすい状況
・いつもは行き過ぎた報道合戦を行うマスコミが今回は部員に全く取材を行わない
・被害者の知人を名乗る人物が高知大学のリモートホストから2ちゃんに削除依頼
・被害者のmixiに勝手にログインしてプロフィールを改竄し両親にとって大切な思い出となるはずの日記を全て削除

https://matome.naver.jp/odai/2141736557987173701
2016年01月08日