快慶作〝善財童子立像〟

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可愛らしいのに美しく瑞々しい彫刻には気になる点も。めくれ上がった衣服。どこかを見つめるまなざし。じっと手を合わせ捧げられている祈り…。快慶が傑作に秘めた思いと驚きの技術とは?

https://matome.naver.jp/odai/2141714292320613101/2141714425623194003
安倍文殊院では、隣に立つ仏陀波利(ぶっだはり)というお坊さんと一緒に、獅子に乗る文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の両脇にひかえています。

さらに、その奥で獅子の手綱を引く優填王(うでんのう)という異国の王さま、
そして頭巾をかぶる最勝老人(さいしょうろうじん)の5人セットで、
海をわたる「渡海文殊(とかいもんじゅ)」と呼ばれて信仰を集めています。

なかでも、歩きながら文殊菩薩たちをふりかえる姿が印象的なのは善財童子です。

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絵画作品でも、ひとり先頭に立ち、一団を先導しているようにみえます。
では、なぜ善財童子が文殊たちの先頭をいくのでしょうか。
そもそも善財童子は、文殊菩薩の導きで識者を訪ねてまわり、智恵を得る菩薩です。
まだ幼い子どもなのに、なぜ一団を先導する姿なのか不思議です。
そのなぞを解くヒントは、文殊の乗る獅子と、その手綱をとる異国人の王さまにありました。

もともと、飛鳥時代に日本へ伝わった仮面劇の伎楽(ぎがく)や、行道(ぎょうどう)という仏教のパレードでは、
獣の王者である獅子と、鼻が高い異国人の治道(ちどう)、そして師子児(ししこ)と呼ばれる子どもが、
最初に登場して道を清めたといいます。


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文殊菩薩と一緒になってからも、
魔よけとして先導する役割を期待されたのでしょう。
汚れを知らない無垢な子ども、
だからこその大役といえるのかも知れません。

美術品としての解説

中尊文殊菩薩騎獅像の頭部内側に「建仁」「巧匠アン(梵字)阿弥」という文字が認められるので、建仁年中(1201~4)、の快慶の作である事が判る。
また像内に納入された経巻の奥書によって、願主は慧敏、経を書写したのが空阿弥陀仏明遍で、平家物語でも有名な信西入道藤原通憲の孫と子になる人物であって、いずれも東大寺出身の僧である。
殊に童顔を斜め右に無心に合掌し軽快な足さばきで歩む姿の善財童子は、文殊の大智を求め得た法悦の状況を十二分に表現され、我が国童形彫刻中第一位の秀逸作である。
「安倍文殊院説明書」より
https://matome.naver.jp/odai/2141714292320613101
2014年11月28日