【聖徳太子】十七条の憲法を現代語訳したら超いいこと言ってた【公務員は読んどけ】

杉之進
604年、17条の憲法は、聖徳太子(しょうとくたいし)によって定められたといわれている日本で最初の憲法。この17条の憲法は、今の憲法とはちょっと違い、役人が守るべき決まりごとを定めた憲法です。これを現代語訳してみたら・・公務員と政治家は読んどけ!
聖徳太子

飛鳥時代の政治家。天皇中心・仏教中心の国づくりを進めたよ。

574~622年(飛鳥時代)。用命(ようめい)天皇の第二皇子。自分は天皇にはならず、摂政(せっしょう)となっておばである推古(すいこ)天皇の政治を助け、天皇中心の国づくりを進めた。才能や功績に応じて役人に位を与える冠位十二階(かんいじゅうにかい)や、役人の心がまえなどを説いた十七条憲法を定めたよ。

聖徳太子を知らないと

時代的背景

その頃の中国では、とても権力を持った随が立ち上がっていました。実際国をまとめていた聖徳太子は、倭国(日本)が随の支配におかれないように日本の土台を急いでしっかりさせなければならないという必要性に迫られていました。そのため聖徳太子は、推古や蘇我馬子らを核とする中央集権国家の確率を目指したのです。特に6世紀の頃の大和政権は、朝鮮との外交が失敗に終わり、更には現在とは違い、統治は族制国家で、皇位継承権を巡っての豪族の対立もあり、危うい状況にありました。新羅が任那を滅ぼし、日本では守屋を倒して馬子が実験を取るようになります。蘇我馬子は推古を頂点に立たせ、推古の代わりに政治を推し進めたのが聖徳太子です。隋や百済が律令国家としてすでに政治が進められていたこともあり、外交を行う上でも、日本の立場をしっかりさせて、十七条憲法のような官人としての心構えを憲法として、文章でしっかりと書き示すことがどうしても必要なことだったのです。

憲法十七条の制定(604年)

西暦604年4月3日、聖徳太子はまだ建設途中だった斑鳩宮に自分の臣下を集め、考案していた十七の憲法の原案を提示しました。これが日本で初めての成文法になります。成文法とは、ある一定の手続きをふんで制定され、文章で表現されているもののことを言います。内容は憲法というよりも、これから目指そうとする、中央集権国家に際しての君・臣・民の上下の筋道を新たに納得できるように教え、導くもので、その根本にあるものは儒家や法家、道家の考えであり、要は仏教からきているものでした。

なぜ十七条なのか!?

聖徳太子が憲法を草案したのは推古天皇十二年(西暦六〇四年)ですが、きっかけは、その六年前の冬のこと、越後の国の国司から「巨大な白鹿」を献上された時、角が十七支胯に分かれていたところから、十七条の憲法を思いついたと言ういわれがあります。

しかし、他説では、天の九極星と地の八極星を合計して十七という数を絶対的なものとみた、という説があります。

十七条の憲法 現代語訳

第1条 お前ら仲良くしる

一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。人皆党(たむら)有り、また達(さと)れる者は少なし。或いは君父(くんぷ)に順(したがわ)ず、乍(また)隣里(りんり)に違う。然れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

第2条 仏様とお経と坊さんは大切にしろよ

二に曰く、篤く三宝を敬へ。三宝とは仏(ほとけ)・法(のり)・僧(ほうし)なり。則ち四生の終帰、万国の禁宗なり。はなはだ悪しきもの少なし。よく教えうるをもって従う。それ三宝に帰りまつらずば、何をもってか柱かる直さん。

第3条 天皇陛下の詔勅は謹んで受けろ

三に曰く、詔を承りては必ず謹(つつし)め、君をば天(あめ)とす、臣をば地(つち)とす。天覆い、地載せて、四の時順り行き、万気通ずるを得るなり。地天を覆わんと欲せば、則ち壊るることを致さんのみ。こころもって君言えば臣承(うけたま)わり、上行けば下…(略)

第4条 役人は礼儀と身分をわきまえろ

四に曰く、群臣百寮(まえつきみたちつかさつかさ)、礼を以て本とせよ。其れ民を治むるが本、必ず礼にあり。上礼なきときは、下斉(ととのは)ず。下礼無きときは、必ず罪有り。ここをもって群臣礼あれば位次乱れず、百姓礼あれば、国家自(おのず)から治まる。

第5条 人を裁く奴は賄賂とかに惑わされんなよ

五に曰く、饗を絶ち欲することを棄て、明に訴訟を弁(さだ)めよ。(略)

第6条 DQNは叩け。いいことしろ

六に曰く、悪しきを懲らし善(ほまれ)を勧むるは、古の良き典(のり)なり。(略)

第7条 役人はちゃんと自分の仕事をしろ

七に曰く、人各(おのおの)任(よさ)有り。(略)

第8条 役人は朝早く出勤して夜遅く帰れ。きっちり定時なんかに帰るなよ

八に曰く、群卿百寮、早朝晏(おそく)退でよ。(略)

第9条 信用は大切だぞ

九に曰く、信は是義の本なり。(略)

第10条 他人が何か間違ったことしてもあんまり怒るな

十に曰く、忿(こころのいかり)を絶ちて、瞋(おもてのいかり)を棄(す)て、人の違うことを怒らざれ。人皆心あり。心おのおのの執れることあり。かれ是とすれば、われ非とす。われ是とすれば、かれ非とす。われ必ずしも聖にあらず。(略)

第11条 功績や過ちはハッキリさせて、賞罰とかその辺きっちりさせろよ

十一に曰く、功と過(あやまち)を明らかに察(み)て、賞罰を必ず当てよ。(略)

第12条 役人は住民から搾取しちゃダメだろ

十二に曰く、国司(くにのみこともち)・国造(くにのみやつこ)、百姓(おおみたから)に収斂することなかれ。国に二君非(な)く、民に両主無し、率土(くにのうち)の兆民(おおみたから)、王(きみ)を以て主と為す。(略)

第13条 役人ども、おまいらは同僚が何やってるかはきっちり知っておけよ

十三に曰く、諸の官に任せる者は、同じく職掌を知れ。(略)

第14条 役人は他の市とかの方が給料高いからって妬んだりすんな

十四に曰く、群臣百寮、嫉み妬むこと有ること無かれ。(略)

第15条 役人どもはてめー財布のことばっかり考えてないで国のために働け

十五に曰く、私を背きて公に向くは、是臣が道なり。(略)

第16条 国民に何か課すときは、必ず時期とか空気読んでやれよ

十六に曰く、民を使うに時を以てするは、古の良き典なり。(略)

第17条 重要事項は会議して決めろ。ひとりでコソコソやんなよ

十七に曰く、夫れ事独り断むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。(略)

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2016年05月20日