[ボクシング/格闘技]最強ボクサー集!(オスカー・デラ・ホーヤ、マニー・パッキャオ)

サトウザルベ

オスカー・デラ・ホーヤ

史上初の6階級制覇を成し遂げた。(スーパーフェザー級、ライト級、スーパーライト級、ウェルター級、スーパーウェルター級、ミドル級)

スーパーフェザー級(58.967kg)~ミドル級(72.575kg)

、1973年2月4日生まれ。メキシコ系アメリカ人の元プロボクサー。名の「De La」は英語に訳すと「of the」であり、『Hoyaのオスカー』となる。アメリカ合衆国カリフォルニア州イーストロサンゼルス市出身。アマチュアではバルセロナオリンピックライト級で優勝(金メダル獲得)、プロでは史上初の6階級制覇を成し遂げるなど、アマ時代からエリート街道を驀進してきたその成功ぶりから「ゴールデンボーイ」の異名を持つ
オスカー・デ・ラ・ホーヤ – Wikipedia

アメリカのみならず世界中のボクサーの中で最も人気のある選手の一人であり、端正なルックスから女性の支持も高い。その活躍の場はリングだけにとどまらず、歌手デビューも果たしグラミー賞にもノミネートされた。プロモーターとしても非常に優秀で、自らプロモーション会社「ゴールデンボーイ・プロモーションズ」を立ち上げ、今ではプロモーション業界の一大勢力へと成長した。彼のもとには多くの優秀なボクサーが集まっている。ボクサーとしては、数々の著名なボクサーとのビッグマッチを経験した世界屈指の人気選手であった。
オスカー・デ・ラ・ホーヤ – Wikipedia

基本に忠実なオーソドックス・スタイルを得意とし、インファイトからアウトボクシングまで完璧にこなすことができるコンプリートファイターである。抜群のスピードとテクニックで相手を翻弄する展開を好むが、一瞬の隙を突く強打も併せ持ち通算KO率は75%を上回る。特に左フックはフィニッシュ・ブローとして幾多のKO劇を演出した。また、コンビネーションも非常に多彩。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A4

数々のビックマッチを経験し(フロイド・メイウェザー、バーナード・ホプキンス、など)、輝かしい栄光のボクシング人生を歩んできたオスカーも、最後は史上二人目の6階級制覇をするマニーパッキャオに敗れてボクシング人生に幕を閉じるのでした。


デラホーヤVSパッキャオ

マニー・パッキャオ

史上二人目の6階級制覇王者。

Manny Pacquiao、1978年12月17日
フィリピンのプロボクサー、政治家、フィリピンプロバスケットボールリーグのバスケットボール選手兼ヘッドコーチ。男性。本名エマヌエル・ダピドゥラン・パッキャオ (Emmanuel Dapidran Pacquiao)。ブキドノン州キバウェ出身。パッキアオ、パキャオとも表記される。史上2人目の6階級制覇王者[1](海外では8階級制覇と紹介されることが多い)。元WBC世界フライ級王者。元IBF世界スーパーバンタム級王者。元WBC世界スーパーフェザー級王者。元WBC世界ライト級王者。現WBO世界ウェルター級王者。元WBC世界スーパーウェルター級王者。

母国フィリピンでは英雄であり、1度目の選挙では落選したが2度目の出馬となった2010年の下院選挙では有力候補を抑え初当選、プロボクサーと国会議員、バスケットボール選手兼ヘッドコーチとして活躍している。
マニー・パッキャオ – Wikipedia

16歳1か月でライトフライ級にてプロデビュー戦、パッキャオは体重がミニマム級の上限体重105ポンドにすら届かない98ポンド(約45kg)しか無かったためポケットに鉄の重りを忍ばせ106ポンドで計量をパスした。

ライトフライ級(48kg)~スーパーウェルター級(69kg)と11階級を渡り歩いている。

2012年。アメリカの経済誌「フォーブス」が発表した「スポーツ選手の長者番付トップ100」によると、、2位になったことも。
第2位 マニー・パッキャオ 年収6200万ドル:約49億円
ケタ違いの年収!メイウェザーとパッキャオが長者番付の1位と2位を独占 – ボクシングファン.net

http://www.youtube.com/watch?v=faEIYfH4aVc

サウスポースタイルで、鋭い踏み込みから繰り出す左ストレートを主武器に豪快なKO勝ちや名勝負、番狂わせの勝利を数多く作り出してきた。圧倒的なスピードと超人的スタミナに裏付けされた極めて好戦的なファイトスタイルが特徴で、ハードパンチャーでありながら手数の多さも兼ね備えている。スーパーフェザー級時代まではパワーと猛烈なラッシュに偏ったスタイルで勝ち続けていたが、階級をライト級に上げて以降は右リードジャブ、右フックに加えて、巧みなフットワークも身につけた。
マニー・パッキャオ – Wikipedia

http://www.youtube.com/watch?v=kXq6QA89ZqE
事実上引退に追い込んだアントニオ・マルガリートとの一戦

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2017年06月30日