ダメよ~ ダメダメ 日本エレキテル連合 爆笑動画集

jamesrice
爆笑動画集をまとめて見ました!シュールな笑いがハンパない(●^o^●)

日本エレキテル連合とは?

日本エレキテル連合(にっぽんエレキテルれんごう)は、タイタン所属のお笑いコンビである。

2007年10月それぞれピン芸人として活動していた同期二人によって結成。橋本が中野に土下座をして、コンビを組んだ。中野はそれを受け入れて自分がネタ作成を担当する代わりに、橋本に身の周りの世話、家事、食事、スケジュール管理などを全て頼み、橋本もそれを受け入れた。

以前は「日本パブリック連合」として松竹芸能で活動していた。橋本が莫大な借金をしたことを理由に、2009年10月一時活動中断。

2010年4月活動再開。大阪から東京へ活動の場を移し、「日本エレキテル連合」へとコンビ名を改めて2010年6月タイタン所属となる。尚、タイタンは原則的に女性タレントを所属させない方針であるため、自分たちが所属できたのは特例であったと語っている。 タイタンを所属先に選んだ理由は、爆笑問題を尊敬していたから。 借金は2010年12月23日をもって完済したことになっている。

2011年秋頃まで、週一回のUSTREAMで時事ネタを元にトークをする生配信を行なっていた。

2013年8月19日 – youtubeチャンネル開設。「日本エレキテル連合の感電パラレル」に短編コントや告知などの動画を毎日アップロード中。

キングオブコント2013 準決勝進出。

中野聡子

中野聡子(なかの そうこ、1983年11月12日 – 、愛媛県今治市出身、以前はボケ担当、責任者)
背の低い方。ネタ作り担当。以前の芸名は「中野倉庫」。
ネタを作るときのモットーは「健やか」。美術系の短大で日本画を専攻していたため、絵を描くのが非常に上手い。特に女性の絵が秀逸。芸人になる前、下着のデザイン会社に勤めていた時期がある。退職後、引きこもり生活を送っていた際に松竹芸能の養成所に履歴書を送った。
以前、うさぎを飼っていたが、2011年初頭に死亡。ペット用の葬儀を行なったが、うさぎの名前が“コマネチ”だったため、葬儀業者が笑ってしまい、湿っぽい雰囲気になれなかった。その後再びうさぎを飼い始め、名前を事務所の先輩である太田光に“アンドロポフ”と命名してもらった。
以前、工場で流れてくるカップにひたすら小豆を245gずつ測り入れていくバイトをしていた。 尚、「未亡人朱美ちゃん3号」で自身が演じる“小平市の細貝さん”の衣装に使用しているズボンは、この時の工場に返しそびれたもの。子供の頃、姉に意地悪された仕返しとして、その時姉が食べていたキャラメルコーンの中身にセミの抜け殻を混ぜて深いトラウマを植え付けた。
中野にとっての橋本は「私が創りあげた作品」で、「空っぽで何もない所が好きで、自分の色に染められる素材で、キャンバスみたいな状態。」

橋本小雪

背の高い方。愛称は「こきーゆ」。京都橘大学文学部 英語コミュニケーション学科卒。
実家は城崎温泉で民宿「はし本」を経営。父親は「民宿おやじのひとりごと」というブログを開設している。ピン芸人で活動している際は、いつでもどこでも全身タイツを持ち歩いていた。
牡蠣による食あたりで、「タイタンライブRhea」を休んだことがある。日本パブリック連合時代、オーディションを勝ち抜き、天神祭で「ギャルみこし」を担いだことがある。
タイタンに所属する前に、彼氏が居たが、中野の「東京に何しに来たの?」の言葉によって別れさせられている。オーストラリア人と付き合った事がある。ピエール瀧、六角精児に似ていると言われる事がある。お笑いにおけるポリシーについて「これから何が起こるって思わせたら勝ちだと思う」と話している。エステーのムッシュ熊雄が好きで、イベントに参加しグッズを集めている。中学生の頃、乳首が取れてそのまま溝に落ちてしまったことがありその後再び生えたことがある

https://matome.naver.jp/odai/2140975616364392701
2014年09月04日