パワースポットの特徴
パワースポットの特徴として次の5項目を満たしている
1)水や緑が豊か
2)山や峰にある
3)鉱物が多い
4)巨石がある
5)断層上に位置する地磁気が強い聖人にゆかりがある伝説がある
以上の特徴を、いくつか兼ね備えた場所が多いようです。
自分の好みの土地を訪れると良いでしょう。
行ってみたいと思う場所、写真などを見て意識を落ち着かせ、人々と、大自然と、自分の調和と、幸せを感じながら、ピンときたところがいちばんです。
分杭峠(ぶんぐいとうげ)
世界有数のパワースポット分杭峠(ぶんぐいとうげ)は、長野県伊那市と下伊那郡大鹿村の境界に位置する標高1424 mの峠で、天然の気が湧き出る「氣場」が無数に存在するゼロ磁場地帯です。 名称の由来は、高遠藩が他領(南方は天領であった)との境界に杭を建て目印としたことに由来するといわれ、峠には「従是北高遠領」の石碑があります。
分杭峠は、一部の人々から「健康に良い『気』を発生させるゼロ磁場地域である」と言われ、マイナスイオンブームの際にマスコミに取り上げられました。 平成7年7月2日に地元の「21世紀の伊那谷を考える会」が招いた、中国元極学研究会会長で気功師の張志祥教授が現地視察で分杭峠付近に気場を発見いたしました。 著名なスピリチュアルカウンセラーもテレビ番組で分杭峠が東洋一のパワースポットであると発言されています。 分杭峠は、世界最大級の大断層、中央構造線の真上にある 分杭峠は、日本最大、最長の巨大断層地帯である中央構造線の真上にあり、2つの地層がぶつかり合うエネルギーが拮抗することで、ゼロ磁場なる特異空間が発生し、、世界でも有数のパワースポットである」とされています。 興味のある方は電気通信大学名誉教授の佐々木茂美先生の著書「気」のつくり方・高め方―実験データが明かした「気」の正体(ゴマブックス)をお読みください。 2009年にテレビ・ラジオや雑誌で分杭峠のゼロ磁場が大きく取り上げられ、分杭峠に来る観光客が急増しています。分杭峠は付近全域がパワースポットで、無数に存在する氣場は常に動いていますから枯れることがありません。ただ、多くの人々が滞留する場所では、気を全く感じないところがあります。
恐山
下北半島のほぼ中央に位置する恐山は、本州最北のパワースポットです。
日本三大霊山(恐山、高野山、比叡山)、日本三大霊場(恐山、白山、立山)、日本三大霊地(恐山、立山、川原毛)の一つで、862年に慈覚大師 が開山したと言われています。
一帯は血の池地獄・賽の河原極楽浜といった、いかにもおどろおどろしい地名ばかりが立ちこめる硫黄臭と荒涼とした風景はまさに異空間、地獄と極楽を垣間見れます。
そこかしこに名物の風車がカラカラと寂しい音を立てて、それに導かれて歩んでいけば、あの世をさまよい、死と再生を体感できるような気がするようです。
毎夏7月20日~24日までに開催される大祭には、イタコとよばれる霊能者が集まって,死者の言葉を取り次ぐ「口寄せ」を行います。
恐山街道の途中にある湧き水冷水(ひやみず)は、1杯飲めば10年、2杯飲めば20年3杯飲めば死ぬまで若返ると言われる水で、今も恐山を訪れる旅人の喉を潤しています。
鷲崎
鷲崎は佐渡島の最北端に位置します。
その名の由来は、大鷲やおじろ鷲がたくさんいたからで文字どおり自然の宝庫です。 全国的にはまだ無名に近いけれど、この一帯には強力なパワースポットが点在しています。
海岸の間近までうっそうとした森が迫り、中に一歩踏み込むと、ちょっと敏感な人なら肌がザワザワするような異様な感覚に襲われる。
「闇の力」があるらしいが決して邪悪なものではありません。
むしろ心身の一番深いところに働きかけて、癒してくれるのではないでしょうか。
また賽の河原から望む日本海の荒波も霊的なパワーを感じさせます。
成田山新勝寺
天慶3年(940年)寛朝大僧正によって、開山された真言宗智山派の大本山と言われるパワースポットです。
日本のパワースポット 成田山
開山以来1060年余の間、護摩供の香煙は一日たりとも絶えることなく、その輝かしい法灯を護持継承し、わが国不動尊信仰の総府祈願道場として、数多の信仰をあつめるパワースポットとして毎年多くの鍛錬者が集います。
名所成田山公園も隣接しており、園内には池、滝、噴水や、句碑などが点在しその中に成田山書道美術館、成田山霊光館(歴史博物館)、茶室「赤松庵」浮御堂、藤棚など、多彩な施設が整っています。
成田山明王院と号し、成田のお不動さんとして親しまれて毎年多くの人が県外からでも訪れます。この寺は、平安時代中期に起こった平将門の乱のとき、寛朝という密教僧が将門の敗北を祈る護摩をこの地で実践したことに始まるといわれています。
本格的な発展は江戸時代、元禄のころから後のことで、江戸という大都市とあまり離れていなかった点が、発展に大きく寄与したようです。
日本のパワースポット 成田山歌舞伎役者・市川団十郎家は、成田の出身で屋号を成田屋と称するほど、信仰に 厚かったようです。
歴代の団十郎の存在は、成田不動の霊験あらたかなことを庶民にアピールする上で、絶大な効果をもたらしたのも成田不動明王のご加護だといわれています。その意味で、人々のあつい信仰心が、はぐくんできたパワースポットの典型といえましょう。
深川不動尊
深川不動尊は、成田山新勝寺の江戸別院として誕生したパワースポットと言えましょう。
江戸時代、江戸市民のあいだでは歌舞伎の市川団十郎の人気などにより、成田山の不動明王を拝観したいという気運が強まっていました。
そのため、元禄16年(1703年)に成田山の本尊の出張開帳が深川富岡八幡宮の別当・永代寺の境内でとりおこなわれ、大変な人気を博しました。これが深川不動堂の始まりであると言われています。
江戸の深川ならいつでも不動尊のパワーにあずかれると、江戸の庶民は期待をしていました。
深川不動尊の特徴は、なんといっても護摩たきにあります。
護摩とは、人心を惑わす煩悩を不動尊の聖なる火で燃やし尽くし、祈願成就を願う秘法で、護摩の火は不動明王の智慧を象徴し、薪は煩悩を表わしています。
護摩の儀式を通じて僧侶は薪という煩悩を不動明王の智慧の炎で焼きつくし、ご信徒と共に清浄なる願いとして高まり成就することを祈ります。これを形に現わしたものが護摩札です。護摩札は不動明王の霊徳を宿し、不動明王を象徴しています。
ここでは、毎日5回、巨大な3つの大太鼓をたたきながら護摩がたかれる。密教僧の鍛えあげられた肉体が全身汗まみれでたたき出す音のパワーは、間違いなく日本最強だろう。






