■まず、二次創作って…
二次創作物(にじそうさくぶつ)とは、原典となる創作物(以下、「原作」という)に登場するキャラクターを利用して、二次的に創作された、独自のストーリーの漫画、小説、フィギュアやポスター、カードなどの派生作品を指す。
原作の媒体は、小説や漫画、アニメ、映画など多岐にわたる。
主として同人誌の分野において1990年代後半から使用されている用語であり、
著作権法上の用語である二次的著作物とは異なる。
二次創作物 – Wikipedia
一枚絵としてのファンアートも”二次創作物”とされていると思います。
同人(どうじん)とは、同じ趣味や志をもった人、仲間ないし集団のことである。
1990年代以降、主にコミケットなどの同人誌即売会や同人ショップなどで、自分で描いた漫画・アニメ・コンピュータゲームに関する作品(パロディ作品やイラスト集が多い)やグッズなどを公開・配布・販売する人たちのことを、「同人」と呼ぶことが目立つようになった。
現在のネット上で「同人」「同人的表現」と称されているのも、文芸にかかわるものではなく、こちらを意味することがほとんどである。ただし、文芸同人にかかわる者や、全く同人にかかわらない者に対しては、意味が通じないケースが多いので注意が必要である[1]。これは、漫画・アニメ・コンピュータゲーム系同人では、「同人」「同人的表現」を、外部の介入を避ける意味合いで使う傾向があるからである(ただし、FAQ的な用語解説ウェブサイトは充実している)。しかし、そうした態度が同人への誤解(及び、文芸同人との齟齬)を招いているとの指摘もある。
同人 – Wikipedia
『承認欲求』だとか『金銭目当て』という物が
入って来ていると、様々な事件が発生する。
白い目で見られたり、炎上したり、時には大事になってと騒ぎになる訳だ。前者はやや幼稚に見えるが人間の持つ基本的欲求。
後者は大人の商業主義的狡賢さ。
異なった物に見えるが、この2つには繋がりがある様にも思える。
以下は、二次創作だけではなく個人の創作絵でも発生する事も含まれている。
だが今回は『絵師』と『クラスタ』を取り巻く様々な現象についてまとめたいので、
とりあえず傍に置いておく、という形にして頂きたい。
■ジャンル移動する二次創作者達
ろん@rontatu
折原臨也@izaya_oriharra
151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/09(日) 00:18:18.13 ID:Y16m1msi0
毎年違うジャンルに乗り換えていくから腐女子はビッチ
特に若い腐女子
腐女子の流行 一昨年→イナイレ 去年→タイバニ 今年→黒バス : にじげんちゃん!
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/08(土) 22:49:23.30 ID:mdo4XIbI0
萌え豚だってハルヒ→らきすた→けいおん→まどかとか次々捨ててるんだからそれと同じ
そして目紛しく変貌し、それを追って大量の『流れ』のファンと共に絵師も飛んで来る。
(ジャンルを食い荒らすイナゴ、害虫と揶揄される事もかなりある)その絵師の中には『このジャンルは今、流行ってるからこのジャンルで絵を描けば皆が評価してくれる!』という作品の力に評価を依存するという
歪んだ動機で描く者も居るのではないか…? と訝しむ人もかなり多い。
その一方ではファンにも『皆がハマってるから私も見なくちゃ』という、流行を追うというよりは友人を追う様な者もちらほら見られる。
これは絵師だけではない。
MAD職人だって、コスプレイヤーだって、文字書きだって。
ヴィジュアルが見え易く、発表の機会の多い絵師が目立っているが、
他の”二次創作者”もジャンルを追って移動する傾向が強い者が居る。
■タグ絵師と承認欲求
#上手いか下手かは置いておいて私の絵を好きになって下さった方はRT
…の、様に自分の絵のアドレスを載せておいて、
それが気に入ってくれた人に対して
RTでそれを表明し、他の人にも自分の絵を広めてほしいと要求するかのような『交流』ハッシュタグを濫用する絵師の事である。
一時期はかなり隆盛を極めていたが、
最近はあまり見なくなった。
下記のTogetterがまとめられる騒動が発生したからである。
ビスコンティ@5623V
ビスコンティ@5623V
ビスコンティ@5623V
でも優先順位的にそれが真っ先に表に出てるのはおかしいだろって話。
むしろ本来慎むべき感情でしょうそれは
何故こんなオープンに「私の絵を見て」「私を褒めて」何て言える絵描きが増えたのか。
こちらは擁護方面のまとめ。
描きたいネオンねいびぃ先輩bot@navysenpai
それで満足しちゃうから上心なんか欠片も持ってないんだろう、そんな事してたら絵も上手くなるわけ無いのよ。
描きたいネオンねいびぃ先輩bot@navysenpai
描きたいネオンねいびぃ先輩bot@navysenpai
■無断転載
というタイプの無断転載はしょっちゅう見かける。
だが「この絵私の絵です!」という無断転載、
アートシーフは一体何なのだろう。無断転載、特に作者詐称が『いけない』理由は
皆が口々に唱えるが、少し考える。
何故かれらは人の絵を自分の絵と偽るのか?
中には人気ジャンルの二次創作イラストがゲーセンの景品に…なんて事件も起きている。
□所属欲求と承認欲求
左図、上に成る程高度な欲求。
その中程にあるのが「所属欲求」その上に「承認欲求」が存在する。
所属と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)
生理的欲求と安全欲求が十分に満たされると、この欲求が現れる。
情緒的な人間関係・他者に受け入れられている、どこかに所属しているという感覚
かつて飢餓状態であった時には愛など不必要で非現実的だと軽蔑していたことを忘れ、今や孤独・追放・拒否・無縁状態であることの痛恨をひどく感じるようになる。
不適応や重度の病理、孤独感や社会的不安、鬱状態になる原因の最たるものである。
自己実現理論 – Wikipedia
承認(尊重)の欲求(Esteem)
自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求
尊重のレベルには二つある。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。マズローは、この低い尊重のレベルにとどまり続けることは危険だとしている。高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。
この欲求が妨害されると、劣等感や無力感などの感情が生じる。
自己実現理論 – Wikipedia
同じ物を好きな人、集団を『仲間』と見做し、
そこに所属する事で安心感を得る。
更には「○○好きさんで繋がりたい」ハッシュタグでお互い話し合える仲間を求め、どんどん繋がりを築いて行く。何かを好きになる動機にそのような「孤独を恐れ、○○が好きだという集団への所属を求める」欲求が極度に強く出てしまうと
その人物は常に流行りの、人の多く沢山の二次創作で溢れるジャンルへと鞍替えしてしまうのかもしれない。
全ての流れ者がそうとは限らないが、そう見えてしまっても致し方が無い。
「そこに本当に『作品に対しての愛』はあるのか?」
と、度々議論が発生するように。
顔や体型等のツクリのデキは誰も気にしないし、
話したい時に都合があえば語れるし、
話さえ合えば現実よりも簡単に友人になれるし、
嫌になったら簡単に切る事ができる。かといって、こちら側に自分の居場所を求めすぎるとなるとどうだ。
実力は兎も角手っ取り早く『注目』を浴び、上手く行けばこんこんと評価を稼ぎ続ける事に繋がる。その『評価』を『自分の評価を上げられる』という低い尊重レベルの目で見てしまった二次創作者も、流行に合せて創作を始める行為に走ってしまう。
そのような作り手は、流行する前からその作品が好きで作り続けていたような二次創作者にとっては、少ししょっぱい目で見ざるをえない事も。
自分の絵を載せていないのに評価を求める時点で
「絵」ではなく「自分」を褒めてほしいという
何とも言えない動機が見える。
こういう絵が描ける自分でありたい、こういう絵師でありたいという欲求が歪んだ形で出た物と捉える事もできるが…自分の作品でなくてもいい。
とにかく何でもいいから自分を認めてほしい。
□若き同人クラスタは青年文化の中に居る?
青年文化の特徴
・流行に支えられている(→アイデンテティが未確立だから)。
・青年層に特有の風俗的現象。
・既成の価値観に対する逸脱製・反抗性が強い。
・大人の商業主義の中で踊らされている。
蔭山克秀
アイデンテティが未確立の中間人である。
だからこそ流行に流され、同じ様なファッションをする。
すると安堵感が生まれる、仲間と共に帰属するべき場所を発見したような安堵感…それはファッションだけではなく、作品の好みにも共通する事なのではないか。
flickr Money by 401(K) 2013
(だって大人はかつての青年なんだから。)
そして大人、商業主義は若者を食い物にする方法もよ〜く知っている。
流行を供給し続け、それに付随する商品を売りつけまくるのである。それが、公式…流行の発生源である制作者側ならちょっと話は違うのかもしれない。
問題はそれが『全く関係の無い奴等が流行を利用して金稼ぎする』場合だ。
この騒動は、『進撃の巨人』のコスプレ衣装の海賊版(無許可で『営利目的に』制作された物)を
進撃の巨人の公式アカウントに報告した方が叩かれ出した…という次第です。
・『自分の楽しみ』ではなく『利益』の為に海賊版を作って私腹を肥やす業者が存在する事が問題
・それを『自分達の楽しみ』であるコスプレを潰す行為だという勘違い
・公式ではなく全く関係のない業者にお金が行くにも関わらず、購入予定があった人もいた
『ファン』が食い物にされていた、『食い物にされやすいファン』が存在したという事実が明るみに出たお話。
タイバニが流行していた頃に起きた事件。
二次創作はグレーゾーン→だから訴えにくいよね!!→でも流行ってるから買ってくれるよね!
→無断商業利用
ゲームセンターの景品や、ガチャポンの缶バッジでも頻繁にこのような事が起きている様です。
きたないな、さすがおとなきたない。
東方でも起きてました。
■ものの愛し方
これらは全てのアニメ好き、ゲーム好き、漫画好きetc…に共通する事ではないかもしれない。
だがそれでも、最近このような傾向をやたら強く感じる様になってきた。
芥@nitro49
「乙女化です!」
「腹黒化です!」
「出たな二次創作でありがち三兄弟」
確かに、何かを好きになる事はそれだけで生きる事が楽しくなる、エネルギーを得られることだ。
作品を見返す度に興奮に包まれて、嬉しくなって、落ち込んだ気持ちも消えて行く。
それについて他の人と語る、共有するとなるとそのエネルギーも数倍に膨れ上がり、
明日を生きる力になる。
その時期にやっているたくさんの作品を一度にたくさん好きになれば、毎日生きるのが楽しくて仕方が無い。
だがその『エネルギー』『仲間』『居場所』だけを求めて、
『好きになるもの』を選択するようになると、
一度得た、とある作品の共通のファンであった友人を簡単に切ってしまう事にもなりかねない。
そしてその『好きなもの』すら、自分の好みに無理矢理歪曲解釈して、
原作のキャラクターとは月と鰹節程度にもかけ離れた『別物』になっているのに愛し続ける。
流行りが廃れたらとっとと次のキャラクターに乗り換える。
それは『愛』ではなく『消費』だろう。
error403@error403
確かに、二次創作で創った物を好きな人から褒められる事は嬉しい。
褒められるともっと作りたくなる。それを繰り返し、どんどん技術が上がって行く。
それを繰り返し、もっともっとその作品を見つめるうちにたくさん魅力が見つかって来て、
もっともっとその作品の事が好きになり、ズッポリはまっていく。
素晴らしい事だしその人にとっても、作品のファンにとっても、その作品にとっても嬉しい事だ。
だがそれが『自分の為に』の割合、承認欲求が大きくなってしまうと、初心を忘れてしまい、ダークサイドに墜ちてしまう。
頻繁すぎるジャンル移動。トレパク。賞賛乞食。時にはランキング工作に走る人間も居る…
それを愛する人達が、時に大々的に、時にコッソリと楽しむファン達の場である。
『好き』が前提として発生し、存在を黙認される世界なのだから、
その『好き』を忘れた状態でドップリと『自分の為に』浸かる様な事には、
全く関係の無い者から「金ヅル」扱いされ、利用されるような事にはならないようにしたいものだ。
※別に『流行りものが好きな人』を責め立てる訳じゃない。
『流行に沿って、どんどん好きな物が増えて行く人』を叩く訳じゃないんだ。
(生きてきた時間の長さだけ、作品に触れる機会は多いのは当然のお話。
つまり、好きな物が増えるのもとてもあたりまえ。流行は皆に触れる機会が多くなる波だ)
ただ、作品を語り合う仲間を交流の食い物にしないでほしいな、ってこと。
大量消費の資本主義の中で搾取されるものにはなってほしくないな、ってこと。
作品は『こういうことを伝えたい』という相手とのコミュニケーションが
大切な要素として存在するのは真実だ。
だけど、『こういうことを伝えたい』っていうのは先ず、自分の自我が、考え方が、
自分がどういうものを好きだ、自分がどういう奴か、っていう自分の位置が
ある程度は定まってないと、できない事だもの。
自分の中に溢れてどーしよーもなくなった滾りだとか愛だとか
そういう気持ちが前提として感化され生まれた絵や『もしこれがこうだったら素敵だな、面白いな、笑えるな』という
その人(人格)が解釈・再構築・パロディ化(時に考察)し文字通りに発生した『二次的創作』だったり
元の作品の作者その人に『好きです、めっちゃ好きなんです!!』という気持ちを伝える為に
創作される物(ファンレターとか、投稿イラストコーナーとかね)…というのが基本的な発生原理、だと思われる。