【天上の格言・至上の名言】

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菩提達磨(5世紀後半~6世紀前半)

達磨(だるま、ボーディダルマ)は禅宗の開祖とされている人物である。菩提達磨(ぼだいだるま)、達磨祖師、達磨大師ともいう。「ダルマ」というのは、サンスクリット語で「法」を表す言葉。達摩との表記もあるがいわゆる中国禅の典籍には達磨、古い写本は達摩と表記する。画像では、眼光鋭く髭を生やし耳輪を付けた姿で描かれているものが多い。

※すべての人が、道を知っている。
わずかな人だけ、道を歩いている。

※心に、差別なきことを、正と言い、
心が、差別をすることを、邪と言う。

※求めること有れば 皆、苦であり、
求めること無ければ、皆、楽である。

空海(774~835)

平安時代の僧で、774年、現在の香川県善通寺市で生まれた。「弘法大師」の名で著名な真言宗の開祖。天台宗の開祖 最澄と共に唐に渡り、真言密教を学んだ。帰国後、高野山に金剛峰寺を開き 真言宗を広めた。弘法大師の名前は、死後、921年に醍醐天皇より贈られた。東寺に綜芸種智院という庶民のための学校を開いたり、橋や池をつくるなど社会事業も行なった。書道の達人としても知られ、嵯峨天皇、橘逸勢とともに三筆と呼ばれる。「弘法にも筆のあやまり」や「弘法筆を選ばず」などのことわざも残されている。

※悟りを求め、涅槃に行くより、悟りを求め、衆生を救わん。

※生まれ生まれて、生の始めに暗く、
死に死に死んで、死の終わりに冥し。

※近くして見難きは、我が心なり。
細にして空に遍きは、我が仏なり。

※心暗き時は、即ち、遇う処、悉く禍なり。

※此の身の脆きこと、泡沫の如し。
吾が命の仮なること、夢幻の如し。

※絶えても絶えざるは、是れ、我が性なり。
遠くして遠からざるは、即ち、我が心なり。

※もし、その能に当たるときは、事、通すること快し。
用、その宜しきを失すれば、労するといえども益無し。

※大日如来は、世界の中央に位置している。
世界の中央とは何処か、我が心の中である。

※財を以って貧を救い、法を以って愚を導く。

※虚空が尽き、衆生が尽き、涅槃が尽きれば、我が願も尽きる。

※生は、これ楽にあらず、衆苦の集まる所。
また、死は楽にあらず、衆憂たちまち迫る。

※仏法は遥かに在らず、心中にして即ち近し。

ダライラマ十四世

1951年までチベットの君主の座に就いていたが、1959年にインドへ亡命して政治難民となり、インドのダラムシャーラーに樹立された中央チベット行政府においてチベットの国家元首を務めている。亡命後は、法的には領する国土をもたない亡命政権の長という地位にありながら、世界中にちらばるチベット民族に対して政教両面において指導的立場にある人物と目されている。また、欧米でもチベット仏教に関心のある人や複数の著名人の支持を得、ノーベル平和賞を受賞したことでその国際的影響力はさらなる広がりを見せており、中国は別として世界的にはチベットの政治と宗教を象徴する人物とみなされるようになった

※金剛の一族に属する者は、殺生を行うべきである。
宝剣の一族に属する者は、妄語を語るべきである。
宝珠の一族に属する者は、財産を盗むべきである。
蓮華の一族に属する者は、配偶者を偸むべきである。
法輪の一族に属する者は、酒と諸仏の明り、すなわち、
五肉と五甘露と、あらゆる良き対象に、拠るべきである。

※人類には、二つのグループがある。
物質的に偏る者と、精神的に偏る者。
どちらにも、深い考察が見当たらない。

※仏教は、そのどちらにも属さない。
一面では、仏教は精神の科学であり、
他面では、仏教は非常に宗教的である。
仏教は、ふたつの、中間に位置している。

※最初から、多くを成し遂げようとすると、
忽ちの内に、すべてを放棄することになる。

※人類の偉大な先達によって説かれている、
あらゆる教義が行き着く所は、無私である。

※日々の睡眠は、貴重な瞑想である。

※人知が招いたものは、人知で越えるしかない。

※有限の物には満足して、無限の者には満足しない。

スワミ・シヴァナンダ(1887~1963)

世界中のシヴァナンダ・ヨーガ・ヴェーダンタ・センターを支えているのは、近代インドの精神的指導者であり偉大なヨーギーでもあったスワミ・シヴァナンダ師の精神性の強さだと言えるでしょう。スワミ・シヴァナンダ師は西洋医学の医師として人々を助けていましたが、やがて人を本当に救うのは心のケアではないか?とインドに戻り、ヨーガの叡智に出会います。
師は世界がヨーガを必要としていることを察し、伝統的なヨーガの知識を現代に伝えるために、英語でヨーガや瞑想に関する200冊以上にも及ぶ書物を著しました。

※常に、奉仕する機会を探していなさい。
決して、その機会を見逃してはいけない。
自分から、その機会を作らないとならない。
機会を待つのではなく、作らないとならない。

それは、自分に合った方法で行なえばいい。
しかし、いつも積極的にしなくてはならない。

※時というものは、大切なものだ。
戻ってくることは、決してないし、
恐るべき速さで、過ぎ去ってしまう。

ベルが鳴った時は、死は目前に来ている。
時計が時報を打つ度に、人生が一時間ずつ、
切り取られていくと、心に留めておきなさい。

明日から生活を改めよう、というのはいけない。
明日などというのは、愚かな人の言うことである。
その明日というものは、永遠に来ることはあるまい。
一日、一月、一年、一生が、瞬く間に過ぎ去って行く。
いま、この瞬間から、行なうようにしなければならない。

スワミ・ヴィヴェーカーナンダー(1863~1902)

インドの宗教家。ヨーガ指導者。ヨーガとヴェーダーンタ哲学の霊的指導者としてインド及び西側諸国の人々に影響を及ぼした。彼に親しみを持つものは彼を「ナレン」と呼んだ。

彼はラーマクリシュナの主要な弟子であり、ラーマクリシュナ僧院とラーマクリシュナ・ミッションの創設者である。彼は師の教えを知性によって体系化し、世界に通じる言葉として発信した。

※見返りなど求めず、ただ、愛のために愛せ。

※あなたたちは、困っている同胞に、
愛を与えることが出来ないのですか!
ヴェーダの学習や瞑想は打ち捨てなさい!
そんなものは、来世にまで、延期しなさい!
今日、この肉体を、他者への奉仕に捧げなさい!
その時こそ、君達が私を訪れた本当の理由が分かる。

※私には、瞑想や祈祷だけに明け暮れる、
利己的な宗教が、どうしても理解できない。
インドの長い旅で、私の心はより大きくなった。
他の人の苦しみを、感じ取ることを学んだのだ。
わたしは、それを非常に苦しく感じるのである。

※ある日、突然、進歩が止まり、途方にくれるだろう。
耐え忍べ、進歩とは、そうした、上昇と下降の連続だ。

※この人生は短い、世界の虚栄は、移り変わる。
しかし、他の為に生きる者だけが、真に生きる。
それ以外の者は、生きているよりも、死んでいる。

ラーマクリシュナ・パラマハンサ(1836~1886)

インドの宗教家。「シュリ・ラーマクリシュナ・パラマハンサ」と呼ばれるが、「シュリ」は「聖」に当たる称号で、ラーマクリシュナはインドの神、ラーマとクリシュナの合成で、修行者・ヨーギー(ヨーガ行者)としての名である。パラマハンサはヒンドゥー教の神話に登場する霊性の象徴である空想上の天上の聖なる白い鳥を意味する、聖者に対する尊称。

※神を求めるのなら、人間の中に求めよ。
神は、何よりも、人間の中に明白である。

※神とは、無形であり、有形である。
どちらか一方を、信じていればいい。
しかし、このように考えてはいけない。
我が神だけが正しく、他の神は誤まりと。

※自ら学んだことを、すべて忘れなさい。
あなたは、もう一度、子供に戻りなさい。
そうすれば、その知を悟ることはたやすい。

※苦楽を一通り経験しないと、神様に熱中できない。

※ひとつの貯水池に、いくつもの水汲み場がある。

※そこから、汲み上げた水のことを、
ヒンドゥー教徒は、ジャラと呼び、
イスラーム教徒は、パーニと呼び、
キリスト教徒は、ウォーターと呼び、
あるいは、アクアと呼ぶ、人達もいる。
一つの神に、いろいろな名前がついている。

※心の底から神を恋い焦がれるようになると、彼のヴィジョンを得る。
母親は我が子を愛し、貞淑な妻は我が夫を愛し、守銭奴は我が富を愛す。
この三つの愛を合わせたほど神を愛せ、そうすれば神を見ることができる。

※乾季の湖で、一適づつ、水が減っていくように、
悟りに近づくにつれ、自我のことは考えなくなる。

※夜空には、たくさん星が見えるが、太陽が昇ると見えない。
あなたは、日中の空には星はない、と言うことができるか。
だから、無知である日々の中に、神を見ないからと言って、
あなたは、そこには神はいない、などと言ってはいけない。

※しっかり円柱に掴まる少年は、すごい速さで、
その周囲を回っても、決して、転ぶ恐れはない。
しっかり神に掴まり、この世の務めを為しなさい。

※人間に生まれるという、稀なる特典を得ても、
今生で神を悟れなければ、生まれた意味がない。

※幾百年の闇も、一点の光がその部屋に入ればたちまち消散する。
数え切れないほど生れ変るうちに、積み重ねられた無知と悪行も、
神の慈悲深い御眼の、一瞥によって消え去る。

※あなたの欲する、どの方法でもよいから神に祈りなさい。
必ず聞いて下さる、アリの足音さえお聞きになるのだから。

パラマハンサ・ヨガナンダ(1893~1952)

1893年1月5日インド生まれ。米国に渡り一生をヨガの伝導に賭けた。

その著書『あるヨギの自叙伝』は、エルヴィス・プレスリー、ジョージ・ハリソン、アップルコンピュータ創業者スティーヴン・ジョブズたちの座右の書となり、世界中の霊性探求者たちに影響を与えた。

1952年、マハサマディの瞑想に入り自ら命を絶ったが、その肉体は死の20日後も腐敗しなかったという証言がある。

※病気を治したり、健康を維持するために、
いつも、物質的手段ばかり用いているなら、
どうしても、それに頼るようになってしまう。

しかし、心の力は、物質よりも勝っている。
人は心の使い方を学び、心に拠るべきである。
心こそ、最高の道具であることが分かるだろう。

心は、あなたが命じれば、何でも適えてくれる。

意志の力は、偉大なるエネルギーの源である。
意志と意欲により、人は内なる無限の宝庫から、
即座に、エネルギーを引き出すことができるのだ。

意欲なき人は、人体からエネルギーが漏れていき、
意欲のある人に、宇宙からエネルギーが流れていく。
肉体的にも、精神的にも、厳しい仕事に耐えられよう。

心の力は、機会を与えないと、奇跡を現さない。
また、物質に頼っている間は、働こうともしない。
だから、その驚異的な力も一般の人も目を触れない。

しかし、食を断ち、心の力に拠ることを学べば、
それは、病気を治すのにも、事業を成すことにも、
すべてのことにおいて、働き始めていくことだろう。

スリ・ユクテスワ(1855~1936)

現代の聖人である、パラマハンサ・ヨガナンダの書いたこの長編の自叙伝は、 1946年に発売され、日本では1983年に翻訳された。 すでに18カ国で訳されている、世界のベストセラー。 ビートルズのジョージ・ハリスン、エルビス・プレスリー、 アップルコンピュータの創始者スティーヴン・ジョブズ等が、 多大な影響を受けたそうです。

※たとえ、病気になっても、病気と思わない方がいい。
そもそも、病気は、自分の想像の産物に過ぎないから。

※官能の奴隷になった者に、人生の真の快楽は分からない。

※悪因による悪果は、種々の方法によって、
最小に止めたり、完全に避けたり、できる。

※一切の苦悩は、宇宙の法則に外れた時に生じる。

※いかなる障害も、克服できないことはない。
障害は、自分の行為が作り出したものだから。

ヨハネ

ヘブライ語で「主は恵み深い」を意味するヨーハーナーンが元の形とされる。ギリシア語では”Ιωάννης” (イオーアンネース。ただし中世以降の発音はイオアンニスもしくはヨアニス)、ラテン語では”Johannes”(ヨハンネス)。

「ヨハネ」の表記は日本聖書協会の日本語訳聖書をはじめとして、日本語で広く用いられる。

※愛には恐れがない、神の愛は恐れを取り除く。
恐れは苦しみによる、恐れる者は愛を知らない。

※神は愛である、愛は神より生まれる。
愛ある者は、神を知りて、神を愛する。
愛のない者は、神を知らず、神を恐れる。

イエス(前4頃~後28)

ヘロデ大王(前4年没)の晩年にガリラヤのナザレに生まれ,後28年ころバプテスマのヨハネに洗礼を受けてその運動 に参加,のち独立してガリラヤを中心に宣教し,後30年ころエルサレムで捕縛・処刑された。死後復活して弟子たちに顕 現したと伝える。ここに原始キリスト教が成立,以後の世界史に重大な役割を演じることになった。

※人は、パンだけで生きるものにあらず。

※汝の敵を愛せ、汝を害する者のために祈れ。

※右の頬を打つ者には、左の頬も向けよ。
下着を取ろうとする者には、上着も与えよ。

※狭い門から入れ、滅びの門は広く、入る者が多い。

※地の狐には穴があり、天の鳥には巣がある。
しかし、人の子には、横たわるところがない。

※私が来たのは、義人を招くためではない。
罪人を招いて、悔い改めさせるためである。

※人の子は、安息日の主である。

※三人が、私の名によって集まる処には、私もいる。

※王のものは王に収めて、神のものは神に納めよ。

パウロ(?~65)

パウロは、初期キリスト教の理論家であり、新約聖書の著者の一人。キリスト教発展の基礎を作った。ユダヤ名でサウロとも呼ばれる。古代ローマの属州キリキアの州都タルソス(今のトルコ中南部メルスィン県のタルスス)生まれのユダヤ人。

「サウロ」はユダヤ名(ヘブライ語)であり、ギリシア語名では「パウロス」となる(現代ギリシャ語ではパヴロス)。彼は「使徒として召された」(ローマ1:1)と述べており、日本正教会では教会スラヴ語を反映してパウェルと呼ばれる。正教会ではパウロを首座使徒との呼称を以て崇敬する。

※喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け。

※子供の時は、考え方も、感じ方も、言い方も、子供である。
しかしながら、一度、大人になれば、幼いままでは済まない。

※諸悪の根源は、富を愛することである。

※淫行を免れるために、結婚をすべきである。
妻は夫に尽くして、夫も妻に尽すべきである。

※今日の艱難は、明日の栄光に、遠く及ばない。

※律法を究めると、福音に極められる。
神の愛は、神の法の完全なる姿である。

※愛する者よ、自ら仇に報いるな、神の怒りに任せよ。

※自ら蒔く処の物は、自ら刈る所の物となる。

※患難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず。

※全ては、神より出で、神から成り、神へと帰る。

※心が汚ければ、全てが醜く見える。
心が清ければ、全てが美しく見える。

モーセ(前13世紀~前12世紀)

古代イスラエルの民族指導者。ヘブライ語でモーシェ。その事績は《出エジプト記》《レビ記》《民数記》《申命記》に語られている。ラメセス2世時代のエジプトに生まれ,王宮に育ったが,エジプト人を殺害して逃亡,ヤハウェの顕現により同胞救出の使命に目覚めてエジプト脱出に成功,律法授与(十誡),大放浪を経て約束の地カナンを目前に没したという。

※目には目を、歯には歯を、
されど、復讐は、神にあり。

※恐れるな、神が来たのは、汝を試みるため。
恐れが生じて、汝が罪を侵さないためである。

※一、汝は、他の神を拝んではならない
二、汝は、偶像を作ってはならない
三、汝は、神の名を唱えてはならない
四、汝は、安息を守らねばならない
五、汝は、父母を敬わねばならない
六、汝は、殺人を犯してはならない
七、汝は、姦淫を犯してはならない
八、汝は、偸盗を働いてはならない
九、汝は、偽証を働いてはならない
十、汝は、隣人を侵してはならない

ダビデ(在位前997頃~前966頃)

古代イスラエル統一王国第2代の王。在位、前1000ころ~前960ころ。南方のユダと北方のイスラエルを統合してエルサレムに首都を定め、イスラエル史上最大の繁栄をもたらし、後世理想の王とたたえられた。旧約聖書に、彼の名を冠する数多くの信仰詩がある。ソロモン王の父。

※たとえ、死の陰の谷を歩むとも、災いを恐れない。

※主に向かいて、新しき歌を謳え。

※人の齢は野の草の如く、人の栄は野の花の如く。

※その口は乳の如く滑らかに、その心は闘いなり。

※汝の舌を抑えて、悪事に使わしめず、
汝の唇を押さえて、虚偽に遣わしめず。

ソロモン(前1035年頃~前925年)

旧約聖書の『列王記』に登場する古代イスラエル(イスラエル王国)の第3代の王(在位紀元前971年 – 紀元前931年頃)。父はダビデ。母はバト・シェバ。エジプトに臣下の礼をとり、ファラオの娘を降嫁されることで安全保障を確立し、古代イスラエルの最盛期を築いた。

※賢い子は父の喜びとなり、愚かな子は母の憂いとなる。

※賢者は聞き、愚者は語る。

※知とは、生命の泉である。

※富者は、自らを知恵の有る者と考え、
賢者は、自らを限界を知る者と考える。

※拙い者は、すべて言葉を信じる。
賢い者は、すべて信じる事を慎む。

※白髪とは、栄光の王冠である。

※貸す者は、借りる者を治められ、
借りる者は、貸す者に収められる。

※心の安らぎは、良薬である。

※愛とは、喪失であり、断念である。
愛は、全てを与えた時に、最も富む。

※愛は、強くして死境の如く、
妬みは、堅くして冥府の如し。

※賢い者を友にすれば、知恵を得て、
愚かな者と共にすれば、無智を得る。

※多くの友を作る者は、やがて身を滅ぼす。
ただし、兄弟より、頼もしい友も存在する。

※人は財に集まるが、財は人を疎んじる。

※明日を語るな、今日を知らないから語るのだ。

※義は国を高くする、罪は民を辱める。

※悪者は、追いもするが、逃げもする。
義者は、獅子の如く、勇ましく据わる。

※知恵ある者ほど、滅多に怒らなくなる。
過失を許せることは、賢者の誉れである。

※盗み飲む水は甘く、隠れ食う糧は旨い。

※その口を守るものは、その命を守るものだ。

※義者が悪に服するは、泉が汚れるが如し。

※主は、正しき人を飢えさせず、悪しき者を挫かれる。

※正しい者の徳は命に導き、悪しき者の得は罪に至る。

マハトマ・ガンジー(1869~1948)

ガンジーは、貧困の緩和、女性の権利拡大、宗教間・人種間の融和、不当なカースト制度の廃止などを提唱する全国的な運動を主導しながら、インドを植民地支配から解放するために非暴力・不服従の原則を徹底的に実行しました。ガンジーはその活動のために何度も投獄され、時には何年も拘禁されましたが、1947年にインドはイギリスからの独立を勝ち取り、ガンジーはその目標を達成したのです。

※あなたの夢は何か、あなたの目的は何か。
それが明らかならば、必ずや道は開かれる。

※充足感は、努力にこそあり、結果にはない。
懸命に努力してこそ、本当に成功できるのだ。

※いつも、真実は、心の中にある。
すべての人は、それを探し求めて、
真実により、導かれないとならない。

※一人に可能なことは、万人に可能であると、私は信じる。

※世界に変化を望むなら、自分が変化しなければならない。

※眼には眼を、が世界を盲目にしてしまう。

※地球は、万人の必要を満たすのに十分なものを与える。
決して、万人の欲望を満たすのに十分なものではない。

※目的を見つけなさい、そうすれば手段はついてくる。

※明日、死ぬかのように生きなさい。
永遠に生きるかのように学びなさい。

※弱い者は、許す事が出来ない。
赦せる事は、強い者の証である。

※何かを信じて、其れに従わない、それは不誠実だ。

※死ぬ準備はある、しかし、殺す準備はない。

※無視されて、嘲笑されて、迫害される。
それでも、最後に勝つのは、我々である。

※臆病な者は、愛を表明することができない。
愛を表明できるのは、勇敢な者の証しである。

※私の行動すべては、人類に対する愛から生まれる。

※罪を憎みなさい、罪人を愛しなさい。

※敵と相対するときは、その敵を愛で征服しなさい。

※サタンが最も喜ぶとき、神の名が騙られている。

※歴史上、最も残酷な罪は、宗教の名の下に行われている。

※固く握りしめた拳とは、手を繋げない。

※私の生き様こそ、私が伝えたい物である。

※お米を与えてくれれば、今日、食べる事が出来る。
育て方を教えてくれれば、毎日、食べる事が出来る。

※クリスマスのお祭り騒ぎは、最もキリストらしくない。

※思うこと、語ること、行うこと、
これら三つが、調和しているとき、
そのとき初めて、人は幸福になれる。

※もし、一人が最高の愛を成就するならば、
それは、百万の憎悪を消すのに十分である。

※暴力とは、動物の法則である。
非暴力とは、人間の法則である。

ジャンヌ・ダルク(1412~1431)

ユリウス暦 1412年1月6日 – 1431年5月30日)は「オルレアンの乙女」とも呼ばれる中世後期のフランスの国民的英雄で、カトリック教会における聖人。

百年戦争で活躍してオルレアン解放に貢献したが、コンピエーニュで捕虜となり、ルーアンで刑死した。

※私は、フランスを救うために遣わされました。

※信じないで生きることは、若くして死ぬより悲しい。

※私たちが戦うからこそ、神は勝利を与えて下さる。

※掛替えの無い人生、それが、人間の持つ全てだ。
それを信じて、私は生きていき、私は死んでいく。

※行動することです、そうすれば、神も行動されます。

※わたしが従うのは、ただ、神の意思だけです。
啓示に関する、いかなる人の判断も否定します。

※私が罪を犯していれば、神の声は聞えなかった。
皆に神の声が聞えるようになる、それが望みです。

マザー・テレサ(1910~1997)

カトリックの修道女。マケドニアの生まれ。幼名アグネス=ゴンジャ=ボヤージュ。1950年「神の愛の宣教者会」を設立。病人や瀕死の人々の保護・孤児救済の施設を、カルカッタ(現コルカタ)をはじめ世界各地に設立。1979年ノーベル平和賞受賞

※与えて下さい、あなたの心が痛むほどに。

※愛が実ると奉仕になり、奉仕が実ると平和になる。

※神には、罪を犯した人も、掛け替えの無い人です。

※大切なのことは、人間として尊厳を持つことです。
体が飢えるよりも、 心や愛の飢えの方が重病です。

※家族を愛せなければ、隣人を愛せません。

※富に囚われている人は、心が貧しいままです。
富を他の為に用いたとき、真に豊かになります。

※愛は、家の中から始まるものです。
はじめは、家庭から始めてください。
やがて、外に、愛が広がって行きます。

※貧しい人の中でも、最も貧しい人に、私は仕える。

※苦しみを、共に受け容れる時、喜びとなる。

※油を足し続けなければ、ランプは灯し続けられない。

※この世では、大きいことはできません。
小さなことを、大きな愛でするだけです。

※朽ちた体と病んだ魂にこそ、愛の心が必要です。

マーティン・ルーサー・キング(1929~1968)

アメリカ合衆国のプロテスタントバプテスト派の牧師である。キング牧師の名で知られ、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として活動した。

「I Have a Dream」(私には夢がある)で知られる有名なスピーチを行った人物。1964年のノーベル平和賞受賞者。

※我が子が、人種ではなく、人格で判断される。
そういう国に住める、という、私には夢がある。

※今日も、明日も、困難が待ち受けている。
しかし、それでも、わたしには、夢がある。

※憎悪に対して、愛を対決させねばならない。

※人は、兄弟として生きる術を学ばなければならない。
さもなくば、我々は、愚かな兄弟として滅びるだろう。

※確かに、服従することは、安易な道である。
しかし、道徳的な道ではない、臆病者の道だ。

※何の為に死ぬか解からず、何の為に生きるのか。

ムハンマド(570年頃~632年)

622年にイスラーム教を創始した預言者。マホメット。メディナを首都に強大な宗教国家を建設した。
日本では以前からマホメットと言われることが多かったが現在では原音に最も近いムハンマドが使われることが多い。

※何よりも尊い聖戦は、自我克服のための聖戦である。

※山は動きたくないらしいから、私の方から行こう。

※人間の真の富とは、この世で行う善行である。

※いかなる人も、眠り続けた状態にある。
覚めないうちに、死ななければならない。

※アラーは、商売は許されたが、貸金は許されない。

※姦通した女は、姦通した男か、邪教徒の男を夫を持て。

※現世は束の間の戯曲、戯曲の中の戯曲は仇である。

サラディン(1138~1193)

現在のイラク中部ティクリートでクルド人の家系に生まれる。イラクとシリアを支配したザンギー朝の司令官として活躍、1169年、エジプトでアイユーブ朝を興した後、十字軍との戦争に乗り出し、1187年にエルサレムを奪回した。エルサレム再奪還を目指して遠征したイングランド王リチャード1世を迎え撃ち、1192年、停戦協定を結んだが、翌年ダマスカスで病死した。

※神の敵に対する勝利を。

※アッラーは殺し合いを好まぬ。
キリストとて、同じであろうに。

※アッラーは情け深い、戦わない者は殺さない。

※捕虜たちを、全員、奴隷にする。
身代金を払える者は、自由にする。
払えない者は、領主に払わせば良い。

※賢者の知恵が無ければ、私のことは解し得ない。

聖徳太子(574~622)

飛鳥時代の政治家であり、宗教的思想家である。593年、推古天皇の摂政となった聖徳太子は、蘇我馬子と協力して、天皇中心の政治を目指した。豪族たちの力が強いなかで、603年、冠位十二階を定めて、今までとは違い、個人の能力による人材の登用をはかり、604年には十七条の憲法を制定した。

※一に曰く、和を以て、貴と為せ
二に曰く、仏法僧、三宝を篤く敬え
三に曰く、勅を受けては、必ず、謹め
四に曰く、群臣、礼を以て、本と為せ
五に曰く、餐を絶ち、欲を棄て、訴訟を弁えよ
六に曰く、古に学び、悪を懲らし、善を勧めよ
七に曰く、任を持ち、濫りに用いてはならない
八に曰く、群臣、参るのは早く、帰るのは遅く
九に曰く、信が義の本である、悉くに信を置け
十に曰く、人が違える事を、怒ってはならない
十一に曰く、功と過を明かに、賞と罰を当てよ
十二に曰く、国に二つ君なし、民に両の主なし
十三に曰く、官に任せる者、同じく職掌を知れ
十四に曰く、互いに、嫉妬を抱いてはならない
十五に曰く、臣の道とは、私を捨て、公を選ぶ
十六に曰く 古に学び、民を使う時は機を選べ
十七に曰く、独りで決めるな、周りと話しあえ

※我、必ずしも聖にあらず、彼、必ずしも愚にあらず。
人の違えるを怒らざれ、共に、これ、即ち、凡夫のみ。

※如来とは、真如そのものであり、
姿や形というものを、離れている。
しかも、あらゆるを照らすを心とし、
衆生一人一人に、大悲を至らせている。

※心の怒りを絶ち、面の怒りを棄て、人の違えるを怒らざれ。

※世間は虚仮にして、唯だ仏のみ真如なり。

ゴータマ・シッダールタ(前560年~前480年) 釈迦

仏教の開祖である。

※怒る人に怒りを返さない人は、勝ち難い争いに勝つ。

※誰かが勝てば誰かが負ける、勝利は憎悪を生む。
戦いにおいて、一人が千人に打ち勝つこともある。
しかし、己に克つ者が、最も偉大なる勝利者である。

※今日があるのは、昨日の想いから。
今日の想いは、明日の人生を形作る。
すなわち、人生は、心の創造物である。

※己の得るところを軽んずるなかれ。

※法を燈明とし、己を燈明とし、帰依処とせよ。

※千本の蝋燭の火は、一本の蝋燭より得る。
火を分け与え、蝋燭が短くなることはない。
同様に分け与え、幸福が失われることはない。

※過去を偲ぶな、未来を願うな、今、この瞬間を念じよ。

※アーナンダよ、将来、私の入滅の後に、
医師と呼ばれる僧が、北の方角に現れる。
彼は、前世で、数十万の覚者方に仕えた後、
一つ前の覚者に、傑出した貢献をなしたのだ。

※彼は、善行と思索の土台が出来ており、
多くの有情の魂の、利益と幸福のために、
汚れ無き、菩薩の道に、入った人物である。

※彼は、菩薩の教義という経典に精通した、
博識な者として現われ、大乗の言葉を語り、
完璧なまでに、大乗の道を説き明かすだろう。

注 チベットのガンポパを予言(大悲蓮華経)

シャーンティデーヴァ(650年頃~750年頃)  寂天

中観派プラーサンギカの論師。
菩薩の修行に欠かせない実践についてまとめた『入菩提行論』などを記した。
チベットでは非常に重視された論師の一人である。

※自と他を、速やかに救わんと欲する者は、
自と他を置き換える、最高の法を実践せよ。

※これを人に与えれば、私は何も食べられない。
このように考える者は、利己で餓鬼に生まれる。

※これを私が食べれば、人に何も与えられない。
このように考える者は、利他で神々に生まれる。

※自我の為に他我を攻めると、地獄で煮られて、
他我の為に自我を責めるとき、天界の幸がある。

※この世で苦しむ人は、全て利己を図った為である。
この世を楽しめる人は、総て利他を望んだ為である。

※輪廻において、人が、真理に巡り合う確率は、
百年に一度だけ、海の上に頭を出す、盲の亀が、
風に流される、牛の軛に頭を入れる確率に等しい。

※人間という舟を得たら、それで苦悩の大河を渡れ。
愚か者よ、惰眠を貪るな、この舟は、再び得がたい。

※抑え切れない怒りで、私は幾度も地獄に落ちた。
この世の苦しみは、地獄の苦悩には遠く及ばない。
地獄を取り除く、この世の苦しみを喜ぶべきである。

一休宗純(1394~1481)

一休宗純(いっきゅうそうじゅん)は、室町時代の臨済宗大徳寺派の僧、詩人。説話のモデルとしても知られる。

※自分の人生は、自分一代のものだ。

※詩を作るより、田を作れ。

※世の中は食うて糞して寝て起きて、
さて、その後は、死ぬるばかりよ。

※この道を行けば、どうなるものか。
危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。
迷わず行けよ、行けば、分かるさ。

※渇しては水を夢み、寒ずれば衣を夢み、
閨房を夢みる、すなわち、余の性なり。

※生まれては、死ぬるなり。
釈迦も達磨も、猫も杓子も。

※正月は、冥土の旅の一里塚。
めでたくもあり、めでたくもなし。

※大丈夫だ、心配するな、なんとかなる。

※人間の有り様は、万事が止まることがない。
生の始りを知らないと、死の終りを弁えない。
やみやみ茫々として、苦しみの海に沈んでいく。

※袈裟が有り難く見えるのは、在家の他力本願。

※自心、すなわち、仏であることを悟るなら、
阿弥陀に願うに及ばず、自心の外に浄土なし。

ゾロアスター(紀元前7世紀頃)

古代ペルシアの宗教家、思想家。ゾロアスター教の開祖。ペルシア語でザラスシュトラZarathushtraという。ゾロアスターはギリシア語を介しての英語読み。

※他人に親切にするのは、断じて義務などではない。
それは、光栄であり、健康と幸福と歓喜をもたらす。

※自らの手をして、地を耕そうとしない者は、
人の手から零れた物を、食べるようになろう。

ナーガールジュナ(150~250)

大乗仏教中観派の祖であり、日本では、八宗の祖師と称される。また真言宗では、真言八祖の1人であり、浄土真宗の七高僧の第一祖とされ「龍樹菩薩」、「龍樹大士」と尊称される。密教系の仏教では、「龍猛」(りゅうみょう)と呼ばれることもある。

※我が善き果実は、他の上に実りますように。
他の悪しき果実は、我が上に実りますように。

※我々の命を害するものは、実に、沢山ある。
さながら、命は、風で壊れる水泡の如きもの。
吐いた後に息を吸って、眠った後に目が覚める、
これを、奇跡と言わずに、何と言うべきだろうか。

※発疹は、掻けば楽だが、無ければより楽である。
欲望は、満たすと楽だが、無ければより楽である。

※原因と条件によって、生じたに過ぎないものに、
実体があると、錯覚してしまうのは、無明である。
この無明から始まって、縁起の十二支が生じている。

※輪廻と涅槃の両者は、実際的には存在していない。
輪廻を正しく認識する、これを涅槃と呼ぶのである。

※現実を見ながら、真実が見えない、彼は愚かだ。

※真実は、欺かないものではない。
真実とは、人を益するものである。

※老いては、則ち、子に従う。

※仏は、余人に法を説かず、一人に法を解く。

シャンカラ(788~820)

インドの宗教家、哲学者。インド哲学の主流をなすベーダーンタ学派のなかの不二一元論(ふにいちげんろん)派の開祖。

※上でも下でもなく、内でも外でもない。
中でも端でもなく、前でも後ろでもない。
自己とは、遍く行き渡る、ただ一つのもの。
私は唯一なるもの 自由にして幸いなるもの。
そう、ただ、それだけが ここに存在している。

※唯一、という観念さえ生じないのに、
それ以外の、二つ目が考えられようか。
絶対も相対もないし、無でも有でもない。
絶対不二一元を本質とする、ただの、それ。

※女性の豊かな乳房を見て、妄想に支配されるな。
脂肪の塊に過ぎないと、心の中で、よく熟考せよ。

※人生とは、蓮の葉の上の露のようなもの。
世の全てが、悲しみに覆われていると知れ。

※若い時には、家の中の者は、君を慕うだろうが、
老いて来れば、家の中の誰も 君を当てにしない。

※少年の時は、遊びに夢中になり、
青年の時は、若い女に夢中になり、
老年の時は 悩める事に夢中になる。
ブラフマンを慕う者など、誰も居ない。

フローレンス・ナイチンゲール(1820~1910)

イギリスの看護婦、社会起業家、統計学者、看護教育学者。近代看護教育の生みの親。病院建築でも非凡な才能を発揮した。クリミア戦争での負傷兵たちへの献身や統計に基づく医療衛生改革で著名。

※みんな、成し遂げることより、言い分ける方が好き。

※私たちは、いつも、こうなりたいと望むものになれる。

※すべての病院がなくなることを、私は願っています。

※看護とは、自然が働き易いように、
病人を、最善の状態に置くことです。

ダルマキールティ(七世紀)

法称(ほっしょう、ダルマキールティ (dharmakiirti))は、7世紀中葉のインド仏教最大の知識論の学問僧。唯識派に分類される。デカン地方の出身とされるが、生没年は不詳である。活動期は、インドに留学した玄奘と義浄との中間にあたる。

※自己を認識する、作用がある限り、
自己が現われると、他者が現われる。
更に自他を差別する、作用がある限り、
己に愛着が生じて、他には嫌悪が生じる。

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2013年06月18日