現実を飛び越えたアーティスト

ぐのっち
日本のシュルレアリスム(超現実主義)を創りあげた4人の画家を紹介

▷日本におけるシュルレアリスム絵画の先駆者『古賀春江』

1917年9月第4回二科会展に「鶏小屋」(水彩)初入選。以降、画家として活躍を始める。1923年2月、福岡市極楽寺に移る1927年11月、神経衰弱にて帰郷。翌年 5月長崎に転地。東郷青児、竹中久七と知る。1931年川端康成と知る。装幀・挿絵の仕事に追わる。1932年強度の神経痛に冒され身体衰え次第に厭人的となり入浴恐怖、奇妙な強迫観念に悩む。翌年8月帝大病院に入院、9月永眠。
引用:http://goo.gl/Cxe9V
『海』
日本で始めてのシュルレアリスム絵画と評価されており、多くの美術評論家もシュルレアリスム絵画と評しています。
引用:http://goo.gl/HnMgh

私たちがこの絵を見て感じるのは、詩情とともに、何故か懐かしいような一種のノスタルジアです。
古賀春江「海」 | マジックトレイン・ブログ

科学は進歩するもの。最先端の科学技術でも、明日には古くなる宿命を持っています。人の憧れが強いほど、科学は郷愁の対象になります。蒸気機関車からアポロ、ファミコン、自動車、ロボット…全てがそうであるように、古賀春江の時代の飛行船も潜水艦も同様です。古賀春江は図らずも、シュルレアリスムでも未来派でもない郷愁の絵画を世に残したのだと、私は思います

加藤新平@Shimpei_Kato

あと、今日観に行った展覧会で初めて古賀春江の「海」を生で観ました。解説を読んで初めて作品のもつ構造を理解しました。なんだか、何も考えてないように見えるのに、実は綿密に計算されていて、創作を専門とする人間として、頭の下がる思いでした。

▷日本にシュルレアリスムを紹介した『福沢一郎』

一貫して主題(画題)を如何に表現するかということを追究し続けた、日本の絵画史に異彩を放つ作家です。また、昭和初期における所謂「シュルレアリスム絵画」の紹介者としても広く知られています。
引用:http://goo.gl/xEWTn

1936年秋頃、彼は本郷・動坂の自宅に「福澤絵画研究所」を開設しました。
板橋区立美術館 2010スケジュール

研究所には福沢やシュルレアリスムに興味を持つ若い画家たちが美術雑誌の広告や研究所の看板を見て集り、さらに比較的近所にあった東京美術学校、東京帝国大学の美術サークルの学生たちも朝から晩まで自由に学んでいました。

『牛』
はじめは彫刻を学んでいたが、渡欧してヨーロッパの古典画に接して絵画へ転向。シュールレアリズム(超現実主義)を日本に紹介した。平成3年には文化勲章を受章。本作『牛』は2・26事件がおきた年、日中戦争の前年に描かれた。
引用:http://goo.gl/3oorL

どこか歪(いびつ)な印象の絵だ。
うつし世は夢、夜の夢こそまこと: ダブルスピークの絵画とスキタイの羊、あるいはマンドラゴラの根

牛は短足で不格好で、ところどころ穴があいているし、肉にしまりがなく、どこか不気味である。背後では、人が、意味もなく折り重なっているのだろうか。どんよりとした雲。荒涼とした大地に太陽が容赦なく照りつけている。

福沢一郎はマックス・エルンストに倣って19世紀の版画を作品に引用した。これはフランスでは古臭いイメージの再利用だろう。だけど『犯罪科学』という1930年代の雑誌では正に前世紀的な西洋版画を掲載した。すると福沢の作品は日本ではやはり古賀と同様新しいイメージの使用だったんじゃないか

▷シュルレアリスム運動を行った『北脇昇』

画壇に本格的に登場したのは 昭和12年(1937)第7回独立展に出品した「独活(うど)」を出品したころからで「空港」 をはじめとして、草木や石など身近なものに広大なヴィジョンを重ね合わせた特異な幻想画風の世界をつくった。昭和26年12月18日肺がんのため没(50歳)
引用:http://goo.gl/0IshI
『独活(うど)』
ダリの絵が思い出される、北脇昇「独活(うど)」1937年。どちらも戦前の作とは思えない絵でした
引用:http://goo.gl/Zncbs

「意味」というものを見つめてしまったが故に、「意味」自体が崩壊していく。それでいて「正気」を保っている、その悲劇が描かれた作品なのかもしれない。
■北脇昇と出会う。東京国立近代美術館。: そこに魂はあるのか?

田中武@stkstnk

国立近代美では結局2時間半いました。狩野芳崖「仁王捉鬼図」は何度みても素晴らしかった。北脇昇「空港」も好きでした。あと田中功起さんの映像作品も面白かった。よく許可がでたなぁと思うような近代美を巻き込んだ作品。見入った。会場では三瀬さんにもバッタリ。

▷特異な画風で知られ、38歳で早死した『靉光(あいみつ)』

‘35「シシ」で中央美術展賞をうけ、しばらくライオンのモチーフに執心し、’37「ライオン」が独立美術展に入選。このころからシュールレアリズム的画風をつよめ、’ 38「眼のある風景」が独立美術展に入選。その後『花園』『鳥』などの作品でシュールレアリズムと宋元画との融合を示す。
引用:http://goo.gl/Ah8fS
『眼のある風景』
靉光の代表作の一つ(東京国立近代美術館所蔵)
引用:http://goo.gl/xK0Zw

描く対象に迫るために絵具を塗ったり削ったりする作業を繰り返すうちに、次第に幻想的な世界が生み出されていくのです。
展覧会情報生誕100年 靉光展

こうした制作方法をつきつめて、代表作《眼のある風景》が描かれました。当時フランスから紹介されていた前衛芸術、シュルレアリスムとも呼応するようなこの作品は、強烈な存在感で、見る者を逆に見つめ返します。

たいぽ@desico_

靉光「眼のある風景」強い印象を受ける

▷シュール・リンク

「古賀春江の全貌」
福沢一郎記念館
https://matome.naver.jp/odai/2135587348116741701
2012年12月25日