たまにはブッダの言葉を聞いて心に健康を。

rokka-k
いまも新しいブッダの2500年前の教え。それは認知科学であり心理学であり、きわめて実践的な心のトレーニングメソッドである。(超訳ブッダの言葉より)

もし誰かに嫌な目に遭わされたら
増支部経典

もし君が敵に嫌な目に遭わされて落ち込んだり鬱になったりするのなら、それを見た敵は笑って喜ぶだろう。だから、どんな嫌な目に遭わされても平常心を保つ。君の優しい表情を見た敵は、ガッカリするだろう。

悪口を言われない人はいない
法句経228

この世のどんな人でも、必ずどこかで誰かの怒りを買っている。それが当たり前。昔も今もこの先も、未来永劫、それは当たり前の事実なのだから、悪口なんて涼しく聞き流すのがよい。

君も相手も、やがては死んでここから消え去る
法句経6

誰かと敵対して争いが生じそうになったら、しかと意識してみるとよい。君も相手もやがては死んで、ここから消え去る、ということを。君以外の人々は、「自分もやがて死ぬ」という心理をうっかり忘却しているけれども、君がこの心理をはっきり意識していれば、怒りも争いも静まることだろう。

悪口がいけない理由
法句経222

人はその口によく切れる斧を持って生まれ、その斧により他人を傷つけるつもりで実は、知らぬうちに自分自身の心をグサッと傷つけている。
他人を避難する悪口の斧を君がブンっと振り下ろすたび、まっさきに君の心がこわばって、君の脳内に不快な神経刺激が生まれ、君の内蔵に毒素が発生し、君の呼吸には毒ガスが混ざるのだから。

人を苦しめるのがいけない理由
法句経291

「次はいつ会えるかな」と聞かれて、わざと「さあ、わかんない」と答え、相手が不安になり苦しむ表情を見て優越感という快感を錯覚する。このように他人を困らせ苦しめる事で、快感を得ようとする習慣が身についてしまうと、怒りの業(カルマ)が心に蓄えられて、ネガティブ思考の牢獄に閉じ込められてしまう事になるだろう。

相手の悪(あやまち)ではなく、自分の内側を見よ
法句経50

他人の「悪」(あやまち)に気づいても、君がイライラする必要はない。他人がやらかしてしまったこと、他人がすっぽかしてしまったこと、そんなものジロジロ見なくていい。そのかわりに視線をグルっと君の内側へと反転させて、じっくり見てみるとよい。「自分は何をやらかしてきて、何をすっぽかしてきたのかな」と。

仲間入りをしてはいけない最低の人間 パート1
経集116

すぐにカッカと怒る人。
いつまでも恨みを忘れない人。
自分の欠点を隠そうとする人。
自分を実際より良く見せようと親切を押し付ける偽善者。
こういった人々は最低(いやしい)人間だと知っておき、その仲間入りをしないように。

仲間入りをしてはいけない最低の人間 パート2
経集125

母、父、兄弟姉妹、パートナー、その母や父。
そういった身近で大事な存在に対し、いやな振る舞いをしたり、言葉で傷つけ悩ませる人は、たとえ外面では「いい人」を演じて、会社や学校では優しく振る舞っていたとしても、最低の人間だと知っておき、その仲間入りをしないように。

関連動画

https://matome.naver.jp/odai/2135287124690586801
2012年11月20日