【料理の鉄人】 陳建一のトリビア 【アイアンシェフ】

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旧・料理の鉄人で、ただ一人全期に渡って鉄人を務めた中華の鉄人・陳建一さん。料理の鉄人・アイアンシェフを100倍楽しむためのトリビアです

■料理の鉄人・陳建一とは

陳 建一(ちん けんいち、本名:東 建一(あずま けんいち)、1956年1月5日 – )は、中華料理(四川料理)の料理人・調理師。

東京都生まれ。四川料理の第一人者である父陳建民と日本人の母の間に生まれる。
父は結婚後日本へ帰化済みだったので、建一の国籍は日本。
中国系日本人2世。息子陳建太郎も料理人。

大学卒業後、父建民の元で本格的に四川料理の修行をする。

■鉄人の城「四川飯店」とは

父の建民は日本に四川料理を紹介した功績で「四川料理の父」と言われており、建一の得意料理「エビのチリソース」は父のレシピを受け継いだもの
陳建一 – Wikipedia

出演は、審査員も務めた岸朝子の推薦によるもの。
料理の鉄人 – Wikipedia

岸朝子氏

以前から陳は何かに挑戦する必要性を感じていた。
そして番組構成に興味を引かれ、出演を引き受けることになった。

■そして“料理の鉄人”へ・・・

コスチュームは黄色。登場シーンでは、片手に中華包丁を手にしていた。
陳建一 – Wikipedia

調理中はしばしば味見をするのが特徴で、蒸気立つ鍋の中にお玉を入れては味見をし、そのお玉で調理を続けた。
番組の中ではこの習慣が出るとユーモアたっぷりに「陳がまた食べる」とコメントされた。

初の女性挑戦者であった加賀田京子に負けたときも「かわいい人だなあ」と思いながら漫然と料理をしてしまった。
料理の鉄人 – Wikipedia

加賀田京子さん

当初は、「もっとも弱い」や「女性挑戦者に弱い」と言われてきたが、戦うごとに成長を重ね、名実共に鉄人の重責を担う存在となった。

■鉄人としての戦績は 94戦68勝23敗3分

番組開始当初から最後まで出演し続けた、ただ1人の鉄人でもある。
また、史上初めて敗れた鉄人でもある。
陳建一 – Wikipedia

最も壮絶だったのはラ・トゥール・ダルジャンのドミニク・コービーとの試合。
1戦目で引き分けたため、2戦目で決勝を行うが、またも引き分けとなる。
主宰の鹿賀丈史が「両者とも勝利」と宣言した勝負は、同番組6年間の歴史の中でもこの時1度きりである。

「17連勝」という、鉄人史上最長の連勝記録を誇る。

最終回では全鉄人を代表してスピーチを担当した。
料理の鉄人 – Wikipedia

料理の鉄人たち

現在、四川飯店グループオーナーシェフとして後進の指導にあたる。

■陳建一のエピソード

生まれて初めて作った料理は、中華ではなく「マカロニグラタン」である
陳建一 – Wikipedia

学校に持っていく弁当も四川料理だった為、たこウインナーに憧れていた。

子供の頃の夢は野球選手。料理人になることを決めたのは高校生の頃である

6年間という長い放送期間中、陳は何度か番組を離れることを考えたという。
番組が始まって以来、オーナーシェフを務める四川飯店は連日予約いっぱいの状態であり、店をしっかり守りたいという思いが理由。

番組開始3年目には、実母の死など私生活上の要因もあり、実際に番組に降板を申し入れている。
しかし結局は、フレンチの鉄人坂井宏行に説得され、「どちらかがやめるときには一緒にやめよう」という約束で鉄人を継続したという

オーナーシェフを務める四川飯店グループは、赤坂、池袋、六本木、徳島、呉、松山、博多で店舗を展開しているが、経営は病気療養のため息子・陳建太郎に譲っている

2011年5月、日本中国料理協会の会長に就任した。

座右の銘は、父がよく言っていた「料理は愛情」
ここまでの引用は 陳建一 – Wikipedia

■役立ち情報

https://matome.naver.jp/odai/2135244430334251301
2012年11月10日