AKB48高橋みなみのエピソードまとめ

sinzaki
AKB48のリーダーであり、あの秋元氏をして「AKB48とは、高橋みなみのことである」とまでいわしめた高橋みなみ。印象深いエピソードを、Wikipediaやエケペディアさんを参考に、項目ごとにまとめました。

基本情報

AKB48の主力メンバーの一人。(中略)AKB48のイベント、記者会見等においてグループ全体を代表して挨拶やコメントをする場合は大抵において高橋がその役目を負うということもあり、メディアや雑誌をはじめ、多方面からAKB48全体のリーダーとされている

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時に「AKB48の生徒会長」「AKB48の良心」「AKB48の魂」と称され、また偶然にも4月8日が誕生日である事から「AKB48の申し子」とも呼ばれる。

戸賀崎曰く、高橋がAKB48のオーディションに合格した理由は、身長が148.5cmで、誕生日が4月8日だったから。それだけだとか

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ニックネームは「たかみな」。後輩などは「たかみなさん」

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髪飾りのリボンがトレードマークになっている。私服で着用することも多く、中学1年生の時からコレクションしていて、300個近く所持している

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メンバー内では「パパ」という扱い。高橋が怒っていると、前田が「パパが怒っているよ~」と言う。

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愛されキャラ

AKB48内では、自他共に認める「スベりキャラ」。『AKB0じ59ふん!』では「みなみ高橋のすべらない話」と題し、高橋が面白いと思っている話を披露したが周囲にまったくウケず、「すべる話」のレッテルを貼られた

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言動がオヤジであり、またメンバーと今まで1回も一緒にお風呂に入った事がない事や、朝は誰よりも早く起きて化粧をしている(ヒゲを剃っていると思われている)事などの理由で、メンバーから「男じゃないか?」と疑われている。

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3歳の時に自宅で父親に「大きくなったら何になりたいですか?」と問われた際、「食べ物に、キャベツに」と答えていた様子を父親がホームビデオに撮影していたが、それから16年後、カゴメ『野菜一日これ一本』のCMタイアップで「野菜シスターズ」が結成され、参加した25人のメンバーが異なる野菜の着ぐるみを着ることとなった際、奇しくも高橋はキャベツ役となり、偶然ながら3歳当時の夢が実現したことになる

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涙のエピソード多数

非常に涙もろい性格で、メンバーの生誕祭や昇格、卒業、番組内では、清人の母が見つかった時、旧友との再会、清人の結婚、本当にあったほっこりする話、バッドボーイズ降板ドッキリなど、挙げるとキリがないほど数多くの場面で涙を流してきた。あまりにもよく泣くため、篠田麻里子には「安っぽい」と言われている

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デビューから2週間ほどした頃、楽屋にファンレターが届けられた。

貰ったのは大島麻衣と高橋の二人だけだったが、「『うわー手紙来たー』って大騒ぎになったのを覚えてます。みんな楽屋に集まって『嬉しいね』って。まるでお祭りですよね。『正直最初はなめてました』『こんなにすごい事をやっているのを、いろんな人に知って貰いたい』『元気を貰いました』って。泣きました。

毎日毎日、先が見えない道を進んでいて、死にそうになっている私たちに手を差し伸べてくれて、『命が助かった』っていうぐらいの気持ちですよ。本当に希望が見えたっていうか」

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雑誌インタビューで佐藤由加理が語った所によると、SDN48に移籍(=AKB48から卒業)するメンバーは事前に、移籍についての話はされていた。メンバーには話してはいけないと言われており、おそらくメンバー自体にも何らかの発表があるとは予想していた。

ライブ最終日に、高橋がトイレ前でうずくまって泣いており、スタッフに対しコンサートタイトルの「組閣祭りって何ですか!」と問い詰めていた。スタッフがなだめていると「ウソだ! 大人はいっつもウソをつくんだ!」と言っていた。実際に発表時は、まず最初に各チームのキャプテンから名前が発表されたが、名前を呼ばれた高橋の表情は嬉しさではなく、怒りや悲しみに近い表情をしている

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(佐藤亜美菜が、初めてPVを収録して)
「PVの最初はドラマ仕立てだったんですけど、そこではほとんど映っていなくて、曲になっても全然出てこないんですよ。『あれ・・・私、どこ?』って。あれだけ一生懸命に投票してくれたファンの皆さんに申し訳なくて・・・。そのままみんなはアンダーガールズの『飛べないアゲハチョウ』のPVを観始めたんですけど・・・私、そこにいたら泣いちゃうって思って『お疲れさまです』って、部屋を出たんです」 廊下を歩きながら、両目には涙が溜まってくる。惨めで悔しくて申し訳なくて・・・。そんな佐藤亜美菜を、後ろからひとつの足音が追いかけてきた。

「『待って!』って言われて、振り向いたら、たかみな(高橋みなみ)だったんです。『思っていること、あるでしょ』って。『それを我慢していたらイライラしちゃうし、溜め込んじゃダメだから』って、そのままトイレの個室に連れていかれたんです」

そこで鍵をかけて、高橋は言った。「全部出さなきゃスッキリしないよ!泣いたっていいんだよ!」

(略)「大声で泣きました。本当に悔しくて。(略)あの頃たくさん泣いた分、前に進めていると思います」

AKI × RIE Infomation

リーダーシップ

グループ発足当初は、秋元や本人が認めるように、「リーダーシップを取るようなタイプではなかった」。折井あゆみが卒業して公演前の円陣の掛け声をする者がいなくなり、駒谷仁美から、「『どうするか?』ってなった時に、『じゃたかみなやってみなよ』って言われた」ことから、「『誰も引っ張る人がいないんならやってみたいな』っていう気持ちになって」、それ以降リーダーシップを取るようになったという

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楽屋とかを隈なく回って(通称、たかみなパトロール)、落ち込んでいたり、元気がないメンバーを見つけてはさりげなく声をかけて励ましたりしている

ORICON STYLE

高橋「いやいや、別に自分をキャプテンなんて思ってないですよ。『私はキャプテンだ』って自ら言うヤツなんかに、私はついていきたくないですし。ただ、(自分が)頑張っている姿を見て、『私も頑張ろう』って思える相乗効果がチームにとっては一番大切だと思うので、そうした雰囲気は作っていきたいと思ってます」

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『DOCUMENTARY of AKB48 to be continued』では、AKB48のリーダーとしてメンバーに、「誰かがやると思わないで。考えて」「間違えないで。すげぇ目立つわ」「聞けよ! 返事しろよ!」と、普段とは打って変わって激しい口調でメンバーに檄を飛ばす姿も

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岩崎夏海(AKB初期のプロデューサー)は、「一番尊敬するメンバーは高橋みなみ。高橋がいなかったら、AKB48ってどうなっていたんだろうと考える。高橋の役割を担うメンバーはいたのかもしれないけど、高橋ぐらいの高いレベルでリーダーシップを発揮できたかはわからない。(中略)

僕自身が芸能界を見ていて、『この人には敵わない。イメージの遥か上を行く』と思ったのは、とんねるずの石橋貴明さんと高橋だけしかいない。それほどスゴイ存在」。

さらに「ひまわり2nd公演で、当時研究生として加入したばかりだった宮崎美穂が高橋のアンダーで、最初宮崎は踊れなくて、高橋がミラーになって(自分の踊りを左右反転させて)、振り付けを教えていたんです。あの姿は壮絶でしたね。そこまで熱心に後輩の練習に付き合うのは高橋ぐらい。それは『今、AKBの公演を成立させるためには、宮崎をちゃんと踊らせるしかない』『ファンにAKB48として恥ずかしいものを見せるわけにはいかない』という高橋の強固な使命感が集約された行動だったと思います」と語っている。

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Q,まとめ上げる為に心がけている事は?

高橋「とにかく本音でぶつかる事ですね。

でも少し前まではメンバーに対して言いたい事があっても、『嫌われたらどうしよう?』って考えてしまって、自分の中で気持ちを抑えていた部分があったんです。

だけど秋元さんから『嫌われる勇気を持ちなさい』と言われて、一気に吹っ切れたんです」

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https://matome.naver.jp/odai/2133070496608655201
2012年03月07日