盛田 幸妃氏(もりた・こうき=元プロ野球投手)16日午前、病気のため死去、45歳。
盛田 幸妃氏(もりた・こうき=元プロ野球投手)16日午前、病気のため死去、45歳。
北海道出身。葬儀の日取りは未定。
北海道・函館有斗高(現函館大有斗高)から1988年にドラフト1位で大洋(のち横浜、現DeNA)に入団。92年に最優秀防御率のタイトルを獲得、98年には近鉄に移籍した。同年、脳腫瘍の手術を受け、翌年に1軍復帰。2001年には34試合に登板してカムバック賞を受賞した。通算成績は47勝34敗29セーブ。02年に現役を引退し、野球解説者として活躍していた
http://www.youtube.com/watch?v=MFJP_Psi1bs
盛田幸妃 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動先: 案内 、 検索 この項目は 亡くなったばかりの人物 について扱っています。 その人物の死の詳細や取り巻く環境また状況が知れ渡っていくに従い、この項目の内容もまた急速に大きく変化することがありますのでご注意ください。 盛田 幸妃 基本情報 国籍 日本 出身地 北海道 茅部郡 鹿部町 生年月日 1969年 11月21…
1987年のドラフト1位で横浜大洋ホエールズに入団。ルーキーイヤーから1軍で登板し、1992年には“大魔神”佐々木主浩投手とのダブルストッパーとして活躍、14勝を挙げ、最優秀防御率のタイトルも獲得した。そして1997年オフに近鉄へ移籍。1998年に脳腫瘍が発覚し摘出手術を受け、リハビリを経て復活。2001年にはカムバック賞を受賞し、オールスターにも出場した。
2002年に現役引退後は球団職員やプロ野球解説者などを務めた。
盛田幸妃(もりたこうき)さんは1969年11月21日生まれで45歳でした。
身長186センチ。
体重89キロ。
出身地は北海道茅部郡鹿部町で、5歳のとき実弟を脳腫瘍で亡くし、弟が遺したおもちゃのグローブで遊ぶようになったことがきっかけで野球を始めます。
鹿部中学を経て、函館有斗高校に進学。
3度の甲子園出場を果たしています。
そして、1987年のドラフトで1位指名を受けて横浜大洋ホエールズに入団します。
そして、セリーグ最優秀防御率のタイトルを獲得するなど、速球派の投手として知られるようになります。
1998年に脳腫瘍が見つかり、摘出手術を受けてリハビリを行い、翌年の8月には二軍戦に登板できるまでに復活します。
2002年9月に現役引退を表明し、10月6日のオリックス・ブルーウェーブ戦で引退試合が行われ、5年振りに先発しています。
https://matome.naver.jp/odai/2144499345084384701
2015年10月16日















出身地北海道茅部郡鹿部町
生年月日1969年11月21日
没年月日2015年10月16日(満45歳没)
身長
体重186 cm
89 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
プロ入り1987年 ドラフト1位
初出場1988年5月21日
最終出場2002年10月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
函館有斗高等学校
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ (1988 – 1997)
近鉄バファローズ
大阪近鉄バファローズ (1998 – 2002)